三題噺2『曲がり角』『明細書』『グループディスカッション』 |
「…………これだけ?」
提示された額に不満だったのは、彼女だけじゃ無い。
一番不満なのは、当然ながら僕だった。
「普通の魔法の剣ならば相応の値段で買い取りもするが……」
最初に口を開いたのは、しわがれた声の老婆。
「喋るのよ。これだけの大魔法が封じられた剣、大陸にだってもう何本もあるかどうか分かんないのよ?」
「……喋るだけではの」
そして、眉間に深い皺を寄せた老爺。
その皺は、恐らくは普段からのものでは無いのだろう。
「…………すみません喋るだけで」
確かに僕には、切れ味の強化も、かざせば雷を呼ぶようなチカラも備わってない。
無い無い尽くしに、僕の存在しない胸がぐさりと痛む。いやまあぐさりと刺すのは喋る剣たる僕の仕事のハズなんだけども。
「以前、喋るポットを買い取った事もあるが、やれ磨けだの暗い所には置くなだの美味いお茶を淹れろだの、散々に五月蝿うてのぅ」
言葉を継ぐのは、禿頭の老人。
「贅沢言いませんから」
けれど、禿頭の老人は首を横に振るだけだ。
「そうじゃそうじゃ。好事家に売っても、三日もすれば戻ってきおる」
禿頭の老人に応じたのは、長く伸ばした髪に埋もれた、老爺とも老婆ともつかぬ小柄な人物。
声の調子から老人と言う事だけ分かるけれど……。
「引き取っていただいたら、そんなこと言いませんから」
性別不明のその人物も、それ以上は喋る事無くゆるりと首を振ってみせるだけ。
「で、売るかね」
「売りません」
即答だった。
「売ってください」
僕も即答した。
「あんた、こんなはした金で買い叩かれて良いの?」
娘がひらひらと振るのは、僕についての査定の明細だ。
魔法の剣という所で大幅に価値が跳ね上がり……その後は、魔法の種類や品質状態で、どんどんとマイナス査定が連なっている。
老人達は、ああでもないこうでもないとディスカッションを繰り広げながら、僕にとっても不本意極まりない明細書を作り上げていった……わけだけれど。
「良くないけど、君の元にいるよりはマシだ」
大陸一とは言わないけれど……この辺りでは剣豪で鳴らした彼女の剣の扱いは、凄惨極まるものだった。今までの歴代の剣達は、よくこんな虐待に耐え切れたものだと思う。
……いや、強度的な意味で耐えられなかったからこそ、こうして僕が彼女に振り回されているのだけれど。
「あんたが売れないと、わたしがご飯食べられないの」
あの悪夢の地からこの街まで、それなりに路銀は稼いできたと思うのだけれど……彼女の求める剣というのは、一体どの程度のレベルなのだろうか。
僕の先代の剣の様子からしても、それほど高い剣を必要としているわけでもないように思えるのだけれど。
「いいわ。もうちょっとマシな所に行くから」
「そうか」
「気が向いたらおいで」
「喋らぬ喋る剣なら、前のポットよりはマシであろうて」
そう言ってめいめい手を振る老人達に小さくあかんべぇをして、娘は僕を連れて店を後にするのだった。
曲がり角の彼方に見えるのは、赤い夕陽。
「…………最初の店が一番高い値を付けてくれていたとはね」
それは、僕にとっても不本意極まりない結果だった。
二割、三割は当たり前で、酷い店に至っては「ただでも要らない」と言い放つ始末。
……どうにも、僕が大陸でも数少ない喋る剣という立ち位置は、僕が思っていたのとは少しずれた意味合いであるらしかった。
「あんた、魔法の力とかないの?」
「残念ながら、喋るだけで精一杯だよ」
せめて雷光を呼ぶなり、主の危機なりでも察知できれば……いや、過ぎた事はもう言うまい。
僕の値段の事も、愚かな先代主の事も、今更言っても歴史が変わるわけでもない。
「次の角を曲がって、もう一件お店があるはずなのよ。そこなら間違いないわ!」
その自信がどこから来るのかは分からなかったけれど、兎にも角にも娘は力一杯曲がり角に向かって踏み出すのだった。
願わくば。
どうか次の店で、とっとと僕を売り払って良い剣を買ってくれますように。
説明 | ||
寝られないので暇潰しに三題噺botが呟いていたお題で文章書きました。所要時間30分ほどの小品です。 | ||
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