三題噺『十字架』『黒髪』『大阪』
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1.辺りに響くのは、一定のリズムで刻まれる音。楽しげですらあるその打音を奏でるのは、赤と白の縦縞の服をまとう小男だ。ある種けばけばしいとさえ言えるその装いの主は、この街に暮す者ならば誰もが知っているだろう。

 だがその音が響くのは、いつものネオンと喧噪に彩られた街の……はるか上方。

 

 

2.その。

 普段ならば眼下のネオンが消えるまで刻まれ続ける音が、止んだ。

 ツヤやかな丸顔と併せ、滑稽な印象さえ与える丸眼鏡の奥。淀んだ色を湛える瞳に標的に姿を映した瞬間、道化の巨躯は既にそこには無い。

 

 

3.軽快な打音ではない。

 響くのは、真の打撃音。

 オリジナルよりもはるかに巨大なそいつの棍打を受け止めたのは、異形の男の半分ほどもない、小柄な娘。

 

 

4.肩ほどでまっすぐに切り揃えられた黒髪は衝撃に大きく舞い上がり、夜目にも鮮やかな真っ白なシャツは受け流しきれなかった棍の端に触れて袖を肩口まで持って行かれている。

 ビルの屋上。薄底の学生靴でコンクリートを踏みしめれば、反動で赤い釣りスカートの短めの裾がふわりと広がった。

 

 

5.息を呑む少女を前に、再び滑稽なリズムを刻み始める巨躯。月明かりに照らされ、落ちる影は……ヒトガタですらない、異形のものだ。

 

 それを何と呼ぶか少女は知らない。

 分かるのは、相手からは既に迷いはおろか魂さえも喪われているだろう事と、初撃を防げたのは奇跡に等しいという事だけ。

 

 

6.黒い瞳を決意で満たし、少女は正面を見据える。

 その瞬間、思考より早く動いたのは、少女のか細い体。

 彼女の意思でも反射でもない。動力源となったのは、横殴りに叩き込まれた撥の一撃だ。

 左腕が軋み、鈍い音を立てる。

 折れ、砕け、飛んだのは……。

 

 

7.全身ではない。

 腕だけだ。

 体ごと吹き飛ばされそうになる一瞬の判断で左腕だけに衝撃を逃がし、頸部から展開させたアウトリガーで支え切る。次々と流れ込んでくる左腕破損の確認情報と断線状況、痛覚表示を片っ端からカット。

 

 

8.そして少女の意識は、既に左には無い。

 右腕だ。

 既に少女のそこは、内部から展開したフレームによって巨大な十字架を模した杭と化していた。その本質も少女は知らない。ただ彼女をこんな物体に換えた者達から、必倒の手段とだけ聞かされていた。

 

 

9.棍打に流れる巨躯に向けての、全霊をもったカウンター。

 聖別された十字に貫かれた絶叫が響き渡り、その衝撃を支え切れぬ少女の小さな体が大きく振り回される。

 やがて咆哮が止み……戦場だった場所に紡がれるのは、既に原型など留めぬ、少女の唇から漏れた言の葉。

「……兄さん」

説明
『「十字架」「黒髪」「大阪」の3つの言葉を含め、9ツイート以内で悲しい話を書きなさい』
 というお題に対しての回答です。
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