恋姫異聞録145 ― 蜂王と宿将の思い ― |
「うむ、このくらいで良いじゃろう」
「や、やっと終わり?」
腰に手を当てて鍬を担ぐ美羽の隣で項垂れるのは雪蓮
先ほどまでの剣呑とした雰囲気など何処へやら、額から汗を流し鍬を杖のようにして躯を支えていた
よほど疲れたのだろう、肩で息をして差し出されて竹筒に入った水をガブガブと一気に飲み干し
昼食を食べずに働いた為、昼飯替わりに老人からもらった饅頭を口にしていた
朝のやり取りの後、真名を交換した雪蓮は、七乃を怪我させた詫びに何か手伝うわと申し出て
始め美羽は、とても雪蓮には荷が重いと断っていたが、こう見ても呉では家畜の世話や収穫の手伝いをしていたのよとの答えに
ならばと新たな苗を試すために畝を作って欲しいと言われ三本万能鍬を渡された
「任せて、何処までやれば良いの?」
「そうじゃの、とりあえず五拾畝じゃ」
「え?」
とりあえずで1500坪の土地を耕し畝を作ると言い出す美羽に、雪蓮は他に誰か手伝う人間は居るのだろう
まさか二人で耕す訳が無いと辺を見渡すが、誰一人おらず美羽に「何をキョロキョロしておる、始めるぞと」言われ悲鳴を上げていた
そもそもこの養蜂場は森の中にあり、作られたばかりで従業員もまだ居ない。森を切り開くのに警備隊の人間を何人か借りたが
畑を開墾するのにまで人を借りる事は出来無いと、七乃と二人で耕すつもりだったらしく、あちらこちらに大きめの石が転がり
切り株が残ったままの所まであるのだ。石を拾い、ザクザクと地面を掘り起こしながら美羽に一日じゃ無理よねと振り向けば
美羽は恐ろしい速さで石を一箇所へ投げ捨て、地面を掘り起こし、切り株をテコを利用して掘り返す
「ほ、本気でやるつもりなのね・・・」
白衣を着て、ヒラヒラとした衣装を中に着込んで居るというのにも関わらず、そこら辺の農夫よりも数段素早く作業をこなす美羽に
雪蓮は一度、深呼吸をして気合を入れ、やると行ったのは私自身だものね!と呟くと鍬を振り上げて美羽に負けじと地面を耕し始めた
その様子を見た美羽は、鍬を投げ捨て雪蓮の代わりに石を投げ捨て切り株を起こし、最後は息を上げて項垂れる雪蓮を休ませ
畝を一人で作り上げていた
「後は、猪対策の柵を立てて、苗を植えて水を撒くだけじゃ」
「そう、何を植えるの?」
「西紅柿じゃ、大きく実るように色々と掛け合わせてみた」
トマトという聞いたことも無い植物に、雪蓮が尋ねれば紅くて美味いとだけ言われ、想像が着かず首を傾げた
収穫したら、一番に喰わせてやろうと言われ頷く雪蓮は、出来上がった畑を眺めて居た
随分慣れてる、何度、繰り返して来たのかしら。植物に精通していると言うのも、この娘の努力の結果なのね
全て償いのためだけでは無いのだろう。民の笑顔は父への恩返しにつながると思っているのかもしれない
この娘なら、きっとそういった考えを持つはず。あの時、彼が自分に向けた本気の言葉は、真剣に自分の娘を考えているから
呉との交渉で戦を回避しようとしていたことを考えてもよく分かる。他人の幸福を願い、其れが自分の娘達の幸福に繋がると思っている
「彼は、きっと貴方達の為に戦っているのね」
「そうじゃの、其れが妾や妹が幸せに繋がると思っておる。妾も同じじゃ」
頷き、同じように耕し終わった畑に差し込む夕日を眺めながら、美羽は鍬柄と刃の付け根で固まった土を崩し
刃に着いた土を落とすと、洗って片付けるぞと雪蓮の鍬を受け取った
「うん・・・っと、忘れる所だったわ、教えて欲しいことがあるの」
「む?妾にかえ?」
「そう。貴女、飛蝗を操って蝗害から田畑を守った事があるって聞いたわ。呉は、蝗害が発生することが多いのよ」
蝗害に対する対策を聞こうと思っていた事を思い出した雪蓮は、本来知識はお金を出しても買えない、属国である呉が図々しく
こんなお願いをするのは間違って居るかもしれないが、出来れば力を貸してほしいと言うと、雪蓮の顔を見て思う所があったのか
少し待つが良いと小屋へ入っていってしまう。鍬を洗う桶を取りに行ったのか、手伝うわよと小屋に入ろうと戸に手をかけると
「入るでない、死ぬぞ」
等と物騒な事をいきなり言われ、素直に戸にかけた手を放して小屋から離れれば、体中に蜂が群がる美羽が戸から出てくる姿
蜂達が美羽の周りを飛び回り、肩や頭に蜂達が蠢き、雪蓮は顔を青くして後退った
「ちょ、ちょっと大丈夫なのっ!?」
「うむ、刺したりはせぬ。蚕蛾を知っておるか?」
「蚕蛾?えっと絹を作る虫だったわよね」
美羽が言うには、蚕蛾は翅をもつが飛ぶことはできず、口も退化している。繭を作ってから二十日程で
繭に穴をあけて出て、すぐ交尾に入り卵を産む。寿命は1週間ほどであると言うこと
「それがどうしたの?」
「蚕はの、元は野生におった。じゃが、人が飼いならすうちに自然では生きられぬようになった」
「家畜みたいなものかしら、いや其れよりもっと・・・」
「そうじゃの、人間の我儘でこうなってしまった。虫達は、飛ぶことも諦め、ただ子孫を残す為だけに命を縮め
糸を吐くモノに成り下がってしまった」
悲しそうに眼を伏せる美羽は、掌に乗る蜂達を見ながら言葉を繋げていく
今では蚕蛾は、木に止まらせれば一晩で他の虫や鳥に喰われ、木から落ちれば直ぐに死ぬ
最も悲しむべき点は、成虫は人間を見かければ寄ってくるようになってしまったということらしい
「じゃあ、その蜂達は」
「ふふっ、そうでは無いがの、別の視点から考えれば蚕蛾達は知恵を絞ったということじゃ生き残る為に」
「人間に飼われる事が、生き延びるのに最も最善だと言うの?そのために自由に飛び回る羽を失っても」
「そうじゃ、虫達は賢い。妾にこうやって群がり、飛び回っておるのも雪蓮が殺気を出しておったからじゃ」
近づくなと言ったのは、虫達は美羽に敵意を向けた雪蓮に明確な殺意を持っているからだ
小屋の戸が閉まっており、虫達は出ることが無かったが小屋の中では、美羽に向けられる殺意に反応していたと言うこと
七乃が飛び出してきたのも、虫達が騒ぎ出すのを聞いたからであった
雪蓮は、美羽を護ろうと飛び回る蜂達を見ながら、そして蚕蛾の話を聞きながら自分達の呉へと重ね合わせていた
意図して言った言葉なのかは解らない、だが蚕蛾はまるで今の呉の姿のように思えてしまう。知恵を絞り、生き残ることを選んだ
だが、このままでは蚕のように、自ら餌を食べる口を無くし、空を自由に飛び回る事すらできなくなってしまうのではないかと
魏の属国になり、まるで首輪の繋がれた犬のように成り下がるのではないかと、心の何処かで呉の未来を憂いていた事に気付いた雪蓮
妹達に託した呉は、いずれ衰退し魏の中に消えてしまうかも知れない
そんな雪蓮の考えを知ってか知らずか、美羽は蜂達が乗る腕を雪蓮へと伸ばす
「蚕蛾と蜂は違う、妾の腕に止まる蜂達は、人と共存することを選んだ。何方が上とは言えぬ、妾ですら蜂達の譲れぬ領域を穢せば
この群がる蜂の大群が容赦なく妾に毒針を向ける」
己のが命と引換にしてもな。そう、繋げる言葉に雪蓮は微笑んだ
そうだ、負けたからと言っても自由と言う名の羽をもがれた訳じゃない、対等ではないかもしれないが
自分達は蜂のように、戦い生き抜く意志を誇りを失った訳じゃない。何時の日か、魏と対等になれば良い
魏と呉が互いに協力し、共存出来るような道を作り出せば良いのだと
眼の奥に強い意志の光を灯す雪蓮に、美羽が微笑めば、腕にのった蜂達が数匹、雪蓮の周りを飛び回っていた
まるで彼女の決意を祝福するかのように
「で、飛蝗じゃったか、あれは何てことはない。防ぐことも出来れば、操ることも容易じゃ」
「簡単に言うけど、剣でも槍でも弓でもダメ、盾なんかまったく意味がない虫の大軍をどうするの?」
「火じゃ、虫は火に集まる。夜に火を焚いて誘導すれば良い。後は治水じゃな、河が氾濫するのは解っておるじゃろう?
呉は水が豊富な場所、ならば治水の方法を心得ておるじゃろ」
蝗害について、火で誘導するとの説明に、野営でよく見た蛾が火の中に入り込む様子を思い出し納得するが
治水の話が出た途端、雪蓮は眉根を寄せていた。何か言い出しにくそうに腕を組む雪蓮
だが、美羽は火での誘導を後で竹簡に纏めると、蜂達を森に放し水瓶から桶で水を汲んで鍬を洗い始めた
治水など、呉の人間にとっては日常であろう。妾よりもずっと知恵が在るはずじゃと藁を束ねたタワシでゴシゴシと泥を落としていた
「・・・言いにくいんだけど」
「何じゃ?まさか、治水の仕方が解らぬ等と、阿呆な事を言うわけではあるまい?」
冗談だ、馬鹿なことを言ったと美羽は笑い、泥を落とした鍬をクルリと回して水を払う
水気を切った後、鍬を小屋に立てかけ返事が帰ってこない雪蓮の方を見れば、顔を真赤にして美羽を睨んでいた
「ぬ・・・まさかとは思うが」
「そうよ、治水の仕方、良くわからないの」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げる美羽は、耳まで紅く染める雪蓮をみて眼を丸くして驚いていた
当たり前だ、考えられるはずはない、呉は水軍が強いと有名であるし、水が豊富で戦いの場所に赤壁を選んだほどで
恥ずかしそうに顔を俯かせる雪蓮の姿を見ても、未だ信じられない美羽がそこに居た
「な、なによ。呉が治水のやり方をしならきゃ変?」
「へ・・・変と言うかの・・・その、軍師達は?」
「冥琳は何方かって言うと内政よりも軍事関係が専門だし、穏一人じゃ全部は、亞莎もまだまだだし」
「黄蓋殿は?呉王に二代仕えた宿将じゃろう?」
「祭は、武官だから内政の細かい所は、そりゃ少しは解るわよ・・・少しは」
小さな声で竹簡に記されてるやり方とか、知ってる人間集めたりとか等とブツブツ言い出す雪蓮に益々呆れて仕舞う美羽
今まで一体どうしてきたんだと言えば、毎年氾濫で収穫が少ない時は、貴女のお父様から援助をと小さくなる声
そう、呉は内政をそこそこにし、とにかく領土を広げて安定させる事に力を注ぎ続けていたのだ
治水などの古くから積み重ねて来た知識は、ある理由によって使えない。一つは、元々の土地が美羽に取られたていた事もある
お陰で、作物の収穫は少なく、其れを海からの恵み、海産物や敵から奪う物資、魏からの援助を元にして戦い続けていたのだ
「途中まではちゃんと治水を」
「何じゃ?」
「な、なんでもない」
何か言いたげに、視線をそらす雪蓮に美羽は大きく溜息を吐き、頭を抱えていた。助力を願い出た理由が解った
恐らく、治水が上手く行かず塩害で毎年の収穫量も不安定なのだろう、それを豊富な海産物で補っていたに違いないと
美羽は眉根を寄せた後、白衣を脱いで小屋の中に仕舞うと、何かを決意したように雪蓮の前で腰に手を当てた
「良いか、妾が今からすることに何も口を出すでない、もし約束を違えたら妾は二度と手を貸さぬ」
「助けてくれるの?」
「無論じゃ、皆を幸福に、其れが主と約束したことであろ」
「うん、でもどうするの?」
任せておけと、日が沈み辺が暗くなり始めた森を後にする
城へと向かう途中、前を歩く美羽に着いて行く雪蓮だが、美羽は急に立ち止まると振り向き
「今日は名前を交換じゃ、妾は孫策。主は夏侯覇、良いな」と言い出し、再び城へと歩く
口出しするなと言われている以上、意味が解らないが素直に頷き、雪蓮は美羽の後を追って診療所へと向かった
元気そうな七乃を確認し、周瑜に美羽の協力を得られる事を伝えれば、周瑜は「夏侯覇殿の御尽力に感謝いたします」と
丁寧に頭を下げていた。周瑜は、すでにどのように事が運ぶかを予想していたのだろう、袁術とは呼ばず
恨み言すら言わず、ただ感謝の礼を取っていた
その後、夏侯邸へと戻り、相変わらず秋蘭に甘えるしおらしい華琳に事の顛末を伝えると
呉の屋敷を用意し祭も既に移動していると、偽りの真名ではなく、本当の真名を聴きだす素早い行動を起こす華琳
雪蓮は、こんな状態でもやることはやるのねと驚いていた
夕餉となれば、再び市で今度は途中で合流して義兄と遊んで来たのだろう、翠達と昭が共に家に戻り
董卓である月が、詠と共にこの間の饅頭の礼だとオカズを運んでくれば、今度ばかりは月の姿に死んだはずでは?と雪蓮が驚いていた
食事を終え、雪蓮は早速用意された屋敷へと足を向けようとしたが、昼間の出来事が頭に過る
自分が歩いてきた道のり、後悔など無かったはずだ。だが、母を思い出せば思い出すほど、自分は本当に間違って居なかったのかと
自問する。母ならば、もっと違う道が見いだせたのではないか、ひたすら前だけを見て戦ってきたのは、本当に正しかったのか
今、ようやく立ち止まり、自分のしてきた事を振り返れば疑問ばかり
疑問の一つとして、軽蔑し、侮蔑していたあの娘にすら、自分は勝てないと思ってしまう自分が居ること
「あの娘のように、私は今、自分の道が見えてる?」
あれほど器が大きく、人を殺すのではなく人を生かし、大きな道を見続けている美羽に今の自分はきっと劣る
素晴らしい人間だと思う。自分よりずっと己の道を悟っている。だが、どうしても心の奥底では美羽を認める事を拒む
勿論、矜持が素直に認めることを拒んでいる事もある。毛先ほど小さな矜持だが、こんなものは直ぐに捨てられるケチなものだ
何時しか雪蓮は、城壁へと登って物憂げに夜空を見上げていた
「器、小さくなっちゃったかな・・・」
心の何処かで認められないのは、きっと嫉妬しているからだ。でも、何に対する嫉妬?
良くわからない雪蓮は、胸に手をあてる。思い出すのは蚕蛾の話
自由を取られたように感じていた事を、あの子は知っていたのかしら。それとも、会話の中で感じ取ったのか
蜂のように誇りを持ち、自由の為に戦い生き続け子を残す。あの子から学んだ事は、とても素晴らしい事よ、母さま
自分はまた一つ学んだ、妹たちにも広がった知識を伝え、教える事が出来る
「良くできたら、褒めてあげなきゃね」
妹達を思い出し母のように、柔らかい笑で夜空を見上げる雪蓮
「今日は、美羽と夜空を見る日だったな」
城壁の階段から聞こえてくる穏やかで、少し低い声
視線を向ければ、一段一段ゆっくり階段を上がってくる、蒼い外套に身を包んだ昭の姿
そのまま、雪蓮の隣に寄ると同じように夜空を見上げた
「あの娘も来るの?」
「今日は、美羽なんだろう」
なるほど、美羽が昭に言ったのかと、納得した雪蓮は少し柔らかい表情を見せた
それならば、少し楽しませてもらおう。今は冥琳に無理はさせられないし、と
「ふふっ、なら父様、今日ね孫策って人と話をしたのよ」
「ああ」
美羽になりきって、自分の事を話す雪蓮。顔を見た瞬間、殺気を放って手刀を構えたこと
自分は、父の教え通りに誠実に孫策に対応し、きっと孫策は、自分の姿に別人だと感じていたこと
孫策は、張勲に手を上げる前に、怨みを向ける相手では無いと既に悟っていたこと
自分のした行為を、器が小さいと感じたのか、彼女は母の名を呟いて泣いていた
だから、怒らないであげてほしい、出来れば彼女と仲良くして欲しいということ
「蜂達は、やっぱり怒っていて、小屋に入ったらもう大変、私を守るように飛び回っていたわ」
蚕蛾の話をしたこと、今の呉を蚕蛾のように考えていたから、自分は蜂たちを見せたこと
蜂たちを見せて、呉はきっと魏と共存できる国になると教えてあげたこと
「それからね、呉は治水の仕方を知らなかった見たい、ふふっ可笑しいでしょう」
「そうか、それは可笑しいな」
静かに頷き、娘の話を聞く昭に雪蓮は、何時しか夢中になっていた
治水の話をしたら、孫策は顔を赤くしていたこと
軍師は誰も治水を詳しく知らず、宿将である黄蓋ですらわずかに知るのみで呆れたこと
だから、自分に任せろと言って孫策を安心させたこと
「それでね、帰りに名前を一日だけ交換したの」
「うん、それはどうしてだい?」
「それはね、それは・・・えっと・・・」
何かに気がついた雪蓮は、顔を俯かせて肩を震わせると、ボロボロと涙を流し始めた
何度も何度も、手で拭って涙を止めようとするが、後から後から溢れだし、頬を伝い地面へ落ちる
「父様、私は・・・私はね・・・」
「・・・」
美羽は気付き、作ってくれたのだ。自分の気持を吐き出せる場所を、一時的ではあるが、全てを受け止めてくれる人を
「私は、孫策って人がかわいそうだって思ったの、誰も褒めてくれる人は居なくって、一生懸命耐えて、頑張っても頑張っても
認めてくれる人は居なくって、戦いに終わりなんか見えなくて、お友達の周瑜って人も病気で、褒めてなんて言えなくって」
自分は頑張っているか、自分は間違って居なかったか、考えるまもなく走り続け、結局は周りにも其れが当然となっていて
友である周瑜は、雪蓮がもう何も耐えずに済むようにと病と戦い続け、雪蓮は、そんな友に甘えることなど出来ず
王であるからこそ、前を見続けていた。母の変わりであるからこそ、弱い所など見せず妹達を守ってきた
「誰もね、間違って無いよって言ってくれないの。誰にも、苦しいよって言えないの。誰にも、辛いよって言えないの
お母様は、早くに死んじゃって、冥琳も病気に・・・私も、死ぬんだって」
「うん」
「だから、頑張らなきゃって。死ぬ予感がしてたから、蓮花やシャオが、困らないようにって。でも魏の舞王って人が来たら
死ねないって解って、だからもっと頑張らなきゃ、苦しいなんて言えない、冥琳だって頑張ってる、私にはこの先も在るんだからって」
ぐしゃぐしゃの顔で、泣き崩れ、溜め込んだ感情を吐き出し続ける雪蓮は、子供のように泣き叫び
昭は、ゆっくり腰を下ろして泣き崩れる雪蓮を優しく抱きしめた
未熟な者が多い呉では、彼女は完璧な母となるしか無かった。全てを受け止める大きな包容力を有し、甘えさせる存在で
挫ける姿など見せること無く、自分を支える者など居ない、皆を支えるのは王である自分なのだ
妹達の前で奔放に振るまい、民達との交流の仕方を見せる。民を受け止める懐深い王として
「私ね、嫉妬したの。お父様がいて、頑張れば認めて、褒めて、甘えさせてくれる人が居る。あの娘に嫉妬したのよ」
ごめんなさいと、何度も謝る雪蓮。それは一体誰に言っている言葉なのか、自分にか、それとも偉大な母に対してか
それは誰にも解らない。だが、知らず知らず、魏に負け周瑜が捕らえられて頭を下げた時から
少しずつ、彼女の中で自分を支えるものが崩れていったのだろう
そして、止めを刺したのが美羽だった。もう、自分は王では無くなった、それでも呪縛のように妹達を考え呉を考え
母のように在らねば、誰も褒める者など居なくとも、誰も認める者が居らずとも、それが自分に課せられた使命だと
無意識に自分の器を確かめ、自分の経験を妹達に伝えようとした。一体、自分は何時まで強い母を演じれば良いのか?
自分の演じる母の姿は間違っていないのか、違う道に導いては居ないか、何時まで分からないまま進み続けるのか
【誰か、一言でいい。自分を認めて、間違って無いって】
もしかしたら、周瑜が回復すれば彼女の心は保ったのかもしれない。治療が終わり、彼女を包む役目をするならば
雪蓮は強く在り続ける事が出来たのかもしれない。だが、それは間に合わなかった。彼女の心もまた、限界だったのだ
だから、昭は周瑜の代わりに言葉を告げる。自分の娘を褒めるように、優しくゆっくり頭を撫でながら
「お前は間違って無い、よく頑張ったな」
ほめられた瞬間、堰を切ったかのように涙が溢れ、頬を伝い地面を濡らす
子供のように泣き喚き、指が食い込む程に昭の背を掴むが、昭はなすがままに、娘が泣き止むまで
優しく頭を撫で続けていた
翌日、泣き崩れてそのまま昭の胸で眠ってしまった雪蓮は、抱えられて夏侯邸で寝かされていた
起きた時には、ボーっと辺りを見回し、昨夜の出来事を思い出して気恥ずかしさにクスクスと笑っていた
だが、全てを吐き出してすっきりとしたと、心が軽くなった雪蓮は欠伸をしながらもそもそと戸を開ければ
どうやら居間の直ぐ隣の部屋だったようで、まるでリスが頬袋に餌を詰め込んだように、頬を膨らます美羽の姿
部屋から香ばしい匂いと、甘い匂いが漂い、小さく雪蓮の腹が鳴き声を上げた
「んぐっ・・・おはよう」
「おはよう、昨日は有難う」
もしゃもしゃと咀嚼し、紅茶で流しこむと美羽から挨拶され、雪蓮は髪を手櫛で何度か直して挨拶を返す
随分と遅く起きてしまったのだろう、屋敷には誰も居らず、美羽が自分を待っていてくれたようだった
昨日の事に礼を言えば、美羽は首を振り、朝食を食えと自分の正面を指さした
素直に頷き卓へ座れば、相変わらず見たことがない食事が並び、雪蓮はどうやって食べる物かと首を傾げていた
美羽が土間から持ってきたのは、朝早く陶器を扱う店で売り出す焼成釜を使った麺麭(パン)
外側がカリカリに焼きあげられ、割れば中からはふんわりもちもちの生地が現れる
小刀で適度な大きさに切り取り雪蓮の皿に置き、もう一切を自分の皿へと置くと、様々な瓶が並ぶ盆に手を伸ばす
手に取ったのは、蜜柑と書かれた小瓶。匙を取り出せば、粘度のある蜜のようなものがトロリと流れ落ちる
それを麺麭へと乗せて全体に伸ばすと美羽は、一気に口の中へ入れて再び頬を膨らませてもしゃもしゃと咀嚼していた
なるほど、そうやって食べるのかと、同じように麺麭を手に取り、美羽とは違った色の小瓶、西紅柿と書かれた瓶を引き寄せる
昨日植えた植物だ、どういう味がするのだろうと、同じように伸ばして口に含めば甘酸っぱい木苺のような味が口の中に広がる
雪蓮が食べたのは、トマトのジャム。トマトをジャムにすれば、まるでイチゴのような甘酸っぱいジャムとなる
昨日の食事に続き、これも気に入ったのだろう、並ぶ様々な小瓶の中身を試しては感激していた
喉が乾けば、同じように美羽の真似をして紅茶を飲もうとしたが、美羽に牛乳を薦められ
搾りたての牛乳と共に含めば、口の中で新たな味が創り上げられ感動していた
もしゃもしゃと麺麭にかぶりつき、箸休めのマヨネーズを付けた生野菜をたまに口に運び、再び麺麭へとかぶりつく
更に、牛酪(バター)を出され雪蓮は教えられた通りに麺麭に塗りたくり、用意されたベーコンと卵を挟んでかぶりつけば
ジャムの甘さに塩気が欲しくなった所へガツンと塩の効いたカリカリのベーコンと卵の濃い味が襲いかかり「ん〜!!」と唸っていた
一心不乱に食事を取っていたが、途中で昨日の美羽の言葉を思い出す。そういえば、一体なにをするつもりなのか
「ねえ、何をするつもりなの?」
「・・・」
「口を出さないって言ったけど、あまり変なことするようなら約束出来無いわよ」
「・・・」
「・・・聞いてる?」
無言でもしゃもしゃと口を動かし、ゴクリと飲み込むと、手で雪蓮を制してはちみつを垂らした紅茶を優雅に飲み干す
「すまんの、口の中にモノを入れて話すと父様に叱られる」
「ああ、そうね。貴女のお父様、厳しいもの」
うむ、と再び新たに注いだ紅茶で喉を湿らすと、まあ見ておれと一言。結局は、何をするのか教えてもらえず
食器とジャムを片付けた美羽は、では出かけてくると一人で何処かへと行ってしまった
とりあえず、何をするかも分からないし、華琳からは要請などを受けて居ないから、冥琳の様子でも見に行こうと
雪蓮は診療所へと足を向けた。一定の間隔で鳴り響く鐘の音に、随分と寝ていたのだなと再確認する雪蓮は
御土産を買っていこうと市に寄り、様々なモノの並ぶ新城の市場を楽しんでいた
「で、結局こんなに買い込んでしまったということか、どうするんだこの大量の食材は」
「えへへっ、だってものすごく安かったんだもん」
「そのようだ、肉まんなどは昼食として食べるにしても、他の野菜などは祭殿の所へ持って行ってくれ
あの方なら、酒の肴に平らげてくれるだろう」
周瑜は、ようやく食事が思うように取れるようになったばかりだと言うのに、病室にこれでもかと言わんばかりに山積みにされた食材に
呆れた溜息を吐く。これでも、張勲の所に半分おいてきたと言うのだから、一体、どれほど魏の物価は安いのだと眺めると
気がついたのだろうその理由に、そして、いかに自分達の内政が杜撰なものになっていたのか理解し、自嘲の笑を浮かべていた
「どうしたの?」
「いや、何でもない。それよりも、何かあったか?随分とすっきりとした顔をしているが」
普段よりも表情の明るい、何処か付き物が落ちたような雪蓮に、周瑜は少し怪訝な顔になる
だが、雪蓮は「ひ・み・つ!」とウインクをすると、食材を包んで担ぐとまた来るわねと診療所を後にした
立ち去る雪蓮に、昔、共に遊んだ時の笑顔を重ねた周瑜は、何があったにしろ雪蓮のとって良いことだったのだろう
袁術との交流を進めたかいがあったと胸を撫で下ろしていた
友の元気な姿に足取り軽く、新たな家となる呉の大使館とも言うべき場所へ向かう雪蓮
戦は近いが、きっと魏とならば良い国が作れそうだ、特に美羽と共にならば自分はずっと良い姉として
妹達に新たな風を吹きこませる事が出来るはずだと、これから来るであろう未来に思いを馳せる
「そうだ、美羽と義姉妹になれないかな。冥琳だって嫌とは言わないわ、そうすれば、彼は私の父様」
なんてねと舌をだし、調子に乗りすぎかと宮の近くに差し掛かり、直ぐとなりの屋敷を見れば、一目で呉の屋敷だと解った
柱や窓枠は朱で塗られ、呉の特徴的な紅の色を基調とした屋敷が建っていたのだから
魏の建物は基本的に蒼を多く使う。恐らくは、新たに色を塗り替えたのだろう。立派な建物に雪蓮は、これなら妹達や
呉の将が全員来ても、快適に滞在出来ると喜んでいた
華琳の話だと、もう祭がこの屋敷に居るはずだ、早速顔を見に行こうと食材を担ぎ直し、門へと足を向けた所で立ち止まる
「あの娘・・・」
門を目と鼻の先にして、雪蓮は建物の影に隠れて仕舞う。彼女の目に映ったのは、門の前で地に膝を着けて頭を下げる美羽の姿
美羽の前には、入り口で仁王立ちし、激昂する黄蓋の姿
「口出しするなって、こういう事なの!?」
矢を構えられても、身じろぎせずに唯、頭を下げる姿。自分にしたように、美羽は呉の将、全てに礼を尽くすつもりだろう
民全てには無理だと理解している、だからこそ将に頭を下げ、己の知で民に償おうとしているのだ
何よりも、美羽が頭を下げる一番の理由として、治水を教えるため、蝗害の防ぎ方を教えるため、塩害から土地を救うため
呉の土地に入る事を許されなければならないということだ。だからこそ頭を下げる、雪蓮と約束をしたのだから
怒りの声を上げ、二度と顔を見せるなと言い放つ黄蓋だが、美羽はその場から動こうとはせず
何時間も何時間もその場で頭を下げ続ける。やがて、日が落ちて辺りを闇に染め、もう諦めただろうと
門の外をのぞく黄蓋の瞳に映る、昼間に見た時と同じままの美羽の姿
一瞬、驚きに顔を染めるが、直ぐに顔をしかめ黄蓋は直ぐに門を締めて屋敷へと入ってしまう
ずっと、その様子を見ていた雪蓮は、腰が砕けたようにズルズルとその場に腰を地につけていた
自分との約束を、そこまで真摯に受け止め、護ろうとする姿に打ちのめされていた
もう十分だ、十分に約束を護ろうとしてくれた。美羽はもう敵などではない、怨みの対象などではない
償いは終わったのだ、そう自分の心が叫んでいると、屋敷の裏口から入り、黄蓋の名を呼んだ
「おお、策殿。どうなされた、それは儂に差し入れでございましょうか?」
「祭っ!聞いて、あのっ・・・」
そこまで言って、雪蓮は口を噤んでしまう。此処で、黄蓋に言えば首を縦に振り、自分の心を押し殺して従ってくれるだろう
だが、そんな事を美羽は望んでいるだろうか、いいや望むわけが無い。それどころか、私が約束を破った事に悲しい顔をするだろう
決して責めることはない、だがきっと誠実にあろうとする心を裏切られ、深く傷つくはずだ
それでも、笑を見せて許してくれるはずだ。何故なら、あの娘は優しい娘なのだから
何も言えず、担いだ食材を無言で渡す雪蓮に黄蓋は感づいたのだろう。腰に手を当てて首を振る
いかに貴女様の言葉でも、これは聞けない。確かに魏の属国となった今、もう袁術との戦いは終わっている
首輪を繋がれた犬だとしても、許せぬ領域が在る。気に入らねば主人の喉に噛み付く事もある
武官である自分は、義の為に死んだ者達の思いを背負う者。袁術のしたことは、容易く許せるものではない
いずれ、許せる時も来るだろうがそれは今ではないと、部屋の椅子に座り卓の上の呑みかけの酒を一気に煽っていた
「それに、あの袁術の童子の事、勢いだけで直ぐに逃げ出すに決まっておりましょう」
そんなことはない、あの娘は絶対に逃げたりしない、どれだけ恐ろしい事であろうと目の前の事から逃げ出したりはしない
今にも口から美羽を庇う言葉が出そうになるが、雪蓮は拳を握りしめて部屋から出ていってしまう
黄蓋は、部屋から出ていった雪蓮を追わずに再び杯に酒を注ぐと、何かを思い出すようにゆっくり瞼を閉じた
「・・・そう簡単に許してしまっては、お前達がとても報われぬよ」
杯に揺らめく酒の光を見ながら黄蓋は呟き、再び一気に酒を煽る。愛する部下達の命を預かる武の将として
殺されたに等しい、寝食を共にした息子達とも言える兵達の姿を思い浮かべながら
翌朝、酒を飲んだまま机に伏して、眠ってしまったのか、黄蓋は酒瓶の中身が空になっている事を確認し
台所へと空き瓶を片づけ、室内に引かれた用水路で顔を洗う
「魏とは便利なものじゃな、わざわざ水を汲みに行かぬとも良いとは」
ふかふかの手ぬぐいで顔を拭い、香油を髪に馴染ませて長く美しい白髪を結わえ直す
丹桂の香油は呉に住む黄蓋にとって馴染みのあるもの、直ぐに用意して屋敷に置いてくれたことに感謝していた
「うむ、良い香りじゃ。魏の丹桂も悪くない」
上機嫌で香油の香りと、しっくりくる髪型に満足した黄蓋は、朝食を外でとりつつ周瑜の様子でも見に行くかと
自分に割り当てられた部屋に戻り、衣服を正すと、屋敷の門へと足を向けた
外へと向かう途中、昨日の美羽の事が思い出されたが、流石に朝も早いし夜通し門の前で頭を下げていた等と言うことは無いだろうと
門を開ければ、昨日見たままの姿で、一歩も動いて居ないのだろう、服も髪も土風に晒され埃だらけになっていた
「・・・っ!」
黄蓋が門から出てきた事を解っているであろう美羽
だが、何も語らず自分がしたことを許してくれなどと軽々しく言わない
ただ呉の地に入ることを、民の力になることを許してほしいと頭を下げる
昨日の言葉を繰り返せばしつこく迫っているだけ、願う者が取る態度ではない。そう考えているのだろう
じっと頭を一晩中下げ続け、黄蓋とその背に背負う兵達の魂に礼を尽くしてた
「何時までも、無駄な事をするでない」
声に怒気を孕み、静かに重く、言葉をぶつけ、それでも動かない美羽に
勝手にしろ、何時までもそうしているが良いとばかりに身を翻し、門をでて周瑜の居る診療所へと足を向けた
腕を組み、眼を伏せ、眉根を寄せたまま診療所へと足をすすめる黄蓋
どうやら自分が考えていた事とは違うようだ、少しはマシになったようだ。だが、認められはしない
我等は自由を目指し、自由の為に戦った。死した者達は、魏の飼い犬になるために命を落としたのではない
いかに舞王の娘になったからと、袁術では無くなったからと、容易く首を縦に振れるものか
属国になったからと言って受けた屈辱を、死んでいった兵たちを忘れることなど出来る訳がないだろう
此ればかりは、幾ら夏侯昭殿との約束があるとはいえ首を縦に振ることは出来ん。例え、夏侯昭殿が儂に願っても・・・
「いや、言わぬな。昭殿は、兵を兄弟と言っている。儂に無理にそれを望む訳がない」
だから姿を現さぬか、娘がすることを黙って見ているのか、飄々としている所があるぶん策殿より解りづらい時がある
溜息を吐き、苛立つ胸の内に表情が硬くなる。此れでは駄目だ、周瑜に合うというのに心配をさせる様な事はできない
黄蓋は一度顔を拭い、息を吸い込み心を落ち着かせた
夏侯昭殿に対する恩は大きい、大きすぎるほどだ。呉が領土を広げる際に、どれだけ力を尽くしてもらったことか
戦に負けたと言うのに、友人の神医は約束だと全ての力を使って冥琳を救ってくれた。だから、それに対して
儂は、呉を治める為に力を貸すことに何の不満もない、皆を説得する事も喜んでこなそう。寧ろ自ら名乗りでたほどだ
だが、袁術のことだけは別だ。大恩ある夏侯昭殿の娘になったからと言って、都合よく忘れる事などできようか
兵が望んだ戦で死んでいったのならば儂は何も言うことはない。命を賭けて守るものがあったのならば
そこに口を挟む事など出来ようか、しかし、袁術の元で使われ、戦い、死んでいった兵たちは何もない
孫呉の王の為と言えば聞こえが良いだろうが、袁術の元から放たれるまで奴から利用され唯、武具のように消費されただけだ
使い捨てられ死んでいった者達に、戦に負け属国となった今、どうやって報いる事が出来ると言うのだ
残された民に自由を与える事で報われるハズの命が、自由という羽をもがれたも同然の我等に報いようが有るのか
答えは【無い】だ。だからこそ、儂は袁術を認めることは出来無い。もう、何も命を賭けた者達に報いる術が無いのだ
「袁術を認めない。それが、今できる唯一の事・・・」
小さい事だと言われるだろう、冥琳を助けてくれた魏の者達とて同じだと言われれば確かにその通りだ
我等を打ち倒した魏の者達とて、我等の兵に殺され悲しむ者が居るはず。だというのに、冥琳を救ってくれた
戦が終われば我等を仲間だと言って、手を差し伸べるなど出来る事ではない
だが此れは王の理想と共に戦えたから出来る事、自らが望み信頼し命を預ける事のできる将の元で戦う事が出来たからこそ出来るのだ
袁術の元に居たときはそうとは言えない。我等が望まぬ戦に無理やり駆りだされ、己のが身が危険に及べば平気で盾とする
そこに兵たちの望みがあったか?兵たちの命を賭けるべき場所であったのか?そう問われれば、儂は否と答えるだろう
回避できる戦を回避できず、生き延びるはずが死の道を選ばされる。死んでいった者達の慟哭は今でも耳から離れることはない
「許してやれなど簡単にほざくのは、奴らの思いと冥琳を理解せぬ馬鹿者達よ」
「どうなされた祭殿」
拭いきれぬ思い、怒りと怨恨が入り混じり悲しみに噛み締められる唇
心の中が憎悪で満たされ市で朝食も満足に取れなかった黄蓋は、仕方なく周瑜へ軽食を購入して診療所へと着ていた
入り口で心を落ち着かせたものの、周瑜の顔を見た途端、思い起こしてしまう
一体、どれだけ冥琳が苦しんできたか解るか?死にゆく者達を背負う軍師たる冥琳に
知らず知らず兵を駒のように考えざる選なくさせたのだ。背負う責任の大きさに、軍師は心を凍らせる
それでも、完全に心を凍てつかせ兵を死地に向かわせる等出来はしない。運命を共にする呉の兵を、王を愛する民を
何も感じぬように心を殺し、他の王の為に死ね等と言う事がどれだけ苦痛か解るものか、病の原因の一端は貴様らに有るのだぞ
唇を噛み締める黄蓋を心配し寝台から躯を起こせば、黄蓋はなだめるように頬を撫で口元を柔らかく穏やかな雰囲気を纏う
医師の話では精神的な負荷が冥琳の病の元だと聞いた、ようやく病が治ったのだ、これ以上躯に負担をかけさせてなるものか
儂一人が抱えれば良い、呉の地には決して踏み込ませはせん
「なんでもない、気にするな」
「それならば良いのですが、気分がすぐれない様ならば」
「ふふっ、病人に心配されるとはな。なに、朝食を取っていなくてな、腹が減っただけだ」
「そうでしたか、私に差し入れを買う時に食事をされたと思っておりました」
「酒の飲み過ぎか、朝は何も口にする気になれ無かっただけじゃ。帰りに何か口に入れることにする」
「はい、そうなさってください。病人の私一人では、雪蓮の御守りは務まりませんから」
貴女にまで倒れられては新たな王に顔向けできませんと言う周瑜に、黄蓋は全くだと腰に手を当てまた様子を見に来ると病室を後にした
無用な心配はかけとうない、これは儂の問題。儂と死した兵達の問題よ
そう心のなかで呟き、頬のこけた周瑜の姿を瞼の裏に焼き付けた黄蓋は、拳をきつく握りしめていた
説明 | ||
引き続き美羽様の話です 次回で決着つくかな〜? 呉と袁術の話なので、長くなってしまうと思っていたのですが 予想以上だったのでちょっと困っています>< 何時も読んでくださる皆様、コメントくださる皆様 応援メッセージをくださるみなさま、本当に有難うございます これからもよろしくお願いいたします |
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コメント | ||
一回できてしまった綻びを簡単に直せる人なんて早々いませんよね・・・人の心って難儀なものですよね・・・。(ラーズグリーズ1) 人というものは自分のまわりならば見えるけど、それを外側から見てほかの人の視点から見て考えるっていうのがあまりできないですからね。それに見ていないことを信じれないそれが人間ですよ。(鎖紅十字) こぼれ落ちてしまった者達の為に、変えられないものがある…本当に難しいですね。(アーバックス) 部下からの信頼が厚かった黄蓋である祭だから、早々に美羽のことは認められないでしょうね。その祭に雪蓮の時と同じように覚悟を持って礼を尽くす美羽の姿に、亡くなった兵の家族のもとに行った時の昭の姿が重なりますね。美羽と祭、二人がどういう関係になるのか楽しみです。(Ocean) 今の黄蓋は宿将というよりも老兵ですね。それ故に大きな決断を迫られそうです。(h995) 捨てきれぬ、捨てられぬ、宿将の意地、か。まったくもって、難しい。(紫炎) 変わる者、変わらざる者、捨てる者、捨てきれぬ者・・・・・いつかは手を取り合う者達になってほしいですねぇ。(shirou) 成長した美羽が格好良すぎる!(hokuto) 黄蓋の気持ち・・・わかるな・・・もう理屈でなく、魂の問題な。(patishin) 美羽が大人になってることに感動です。 昭が美羽をかえたんでしょうね。美羽たちはいい父にあえましたね。(siasia) 美羽が本当にものすごい成長ぶりを見せ続けていますね。一方祭さんの考えもわかりますし…どうなるか、気になります。(summon) 美羽…本当に成長した。この話の美羽が一番好きだ。(破滅の焦土) |
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