双子物語-37話-
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【叶】

 

 先輩が風邪で寝込んでいるのを見つけて、勝手にキスをしてから、気まずい思いを

ずっとしていて、気づかれたら嫌われると思っていたのに。

 

 先輩のオススメの本を見て進めると私がしでかしたようなことに似たシーンが

目に飛び込んできて、閉じようかと思ったら先輩が後ろから覗いてくる気配を感じ

閉じれなくなっていた。

 

 急に閉じて、気づかれるのか。それともオススメした本が合わないのか。

どちらにしても、先輩からしたら私への印象はプラスにはならないであろうことは明白。

 

 あまりに切羽詰って、ギリギリの私は自分で抱えた重さに耐え切れなくて、

今まであったことを先輩に吐き出してしまった。全て終わったと思っていた。

 

「嬉しいよ」

 

 その言葉が私の耳に入ってから、耳を疑った。気持ち悪くない、と彼女は言った。

あまりに嬉しくて、それ以外の言葉はほとんど聞こえてこなかったけれど。

 

 何はともあれ、私は先輩に嫌われずに済んだのだ。

 

 

「へぇ、そんなことがあったんだ・・・」

 

 何だかムッとしている、親友の名畑が不貞腐れたような顔をして溜息交じりに

返事をした。親友がピンチを乗り切ったことに関しては微塵も興味がないのだろうか。

 

「へぇって、こっちは生きた心地がしなかったんだよ!」

「で、何。私にすごーい、だの。危なかったねー、だの言って欲しかったの?」

 

「なんか今日の名畑は言葉に棘があるね。何かあったの?」

 

 悩みがあったら相談に乗ってあげると言うと更に表情が曇っていく。

私の何にそんな不満があるのだろうか。ここに来るまではそんな態度は私の前では

したことがなかったというのに。

 

 ちょっと寂しい気持ちとモヤッとした感覚が私の中であった。

 

「別に・・・。でも、よかったじゃない。先輩に構ってもらえて」

「そうだけど〜・・・」

 

「あによ?」

 

 飴玉を口の中で転がしながらもごもごと篭ったような声で呟く。

だけど、私が気にしてるのを察して、ちょっと無理をしていつものような笑顔を

向けようとする名畑が少し心配だった。

 

 親友にも話せない悩みがあるのだろうか・・・と。

 

「・・・」

「まぁ、私のことを気にするより、せっかく先輩と良い雰囲気になったんだから

そのことを考えときなよ」

 

「う、うん・・・」

 

 最後の言葉だけ、いつもの調子に見えた私はスッキリしなかったけど

納得することにした。

 

 

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 そして、先輩のことや、名畑のことがあってから、数日。

なんと、雪乃先輩から買い物のお誘いをかけられたのだ。部活内で、堂々と。

 

「叶ちゃん。こんどの休みにちょっと下まで付き合ってくれるかな?」

 

 山のような丘にある、学園である。下というのは学園の道を降りた先にある

町のことである。まともな買い物をするにはそこまでいかないと満足にできない。

 

 途中、コンビニとかはあるが。そこにない代物は街中まで降りないと手に入らない。

だから、こんな自然が多くて綺麗なとこでもそういう不便さがあるのだ。

 

 そんな貴重な買い物の日に私が誘われたということは・・・デ、デートだと思っても

いいのだろうか・・・!でも、以前にああいうことがあって、嫌われなかっただけでも

奇跡なんだから、調子に乗らないように気をつけなきゃ。

 

「はい、私でよければ!」

 

 名畑を含む全部員がいる中で私は声を高らかに返事をした。

だけど、後々考えると少し恥ずかしいような気もしたが、それよりも雪乃先輩に

誘われたことへのテンションの方が勝っていたのだ。

 

 

 その日までが長いような短いような。前日の夜は二人っきりの買い物のことで

意識が強まってなかなか眠れなかった。いわゆる遠足前の子供みたいな。

 

 子供の時の遠足は正直そんな気持ちにはならなかったけど。とかどうでもいいことを

考えていくのは、少し頭がぼ〜っとしていたため。

 久しぶりの寝てる時間がずれてしまうとこうなっていけない。

 

 私は目を覚まさせるのに、水場のある所まで顔を洗いに行く。時間までまだあるのに、

胸のドキドキが静かに聞こえてくる。いつもと違ってふわふわした気持ちで部屋へと

戻った。

 

 中へと入った先で、何か違和感を覚えた。なんだろうかと周囲を探っていると

同じルームメイトである名畑の姿が見えなかった。顔を洗う前には可愛い寝顔をしながら

眠っていたのに。

 

「どこに行ったんだろう・・・」

 

 学校もないし、他にすることなんて聞いたこともないし。まぁ、親友だからって

何でも話せるわけじゃないだろうけど。今までになかったことだから少し動揺していた。

でも、名畑のことを信頼しているからなのか、先輩のことが気になるからなのか、

時間が迫ってくるとその心配も薄くなった私は時間に遅れまいと、急いで指定された

場所に走っていった。

 

 学園の校門に約束を交わした私は、予定の30分ほど前に着く様にゆっくりと向かった。

そして、その場所にたどり着くと既に雪乃先輩が立って待っていたではないか。

 

 私は内心焦ってちょっと小走りに先輩の元へ向かった。

 

「ま、待たせましたか?」

 

 ちょっと動揺してアワアワと戸惑う私を見て、視線を外してプッと笑う。

その動きに私は若干ショックを受けたが、すぐにまた私と向き合って可愛らしい笑顔を

浮かべた。

 

 あまり先輩と付き合いのない生徒はクールで薄幸でかっこいい感じのイメージを先輩に

抱いているのが多いけれど、実際にお喋りしていると可愛い面も見えてくるのだ。

 

 そんな学園内の人気者と買い物にいける私の胸の中にある優越感がを味わいながら

先輩の後をついていく。バスに揺られながら下って町の中へと入っていく。

 

 バスから降りると先輩は何も言わずに歩き出して私はどこにいくのかわからないまま

ついていくと、見たこともないようなお店にたどり着く。ちょっとした不安を胸に

中へ入ると、色んな模様の紙やペンの形をした道具やらいろんな種類の商品が

置いてあった。

 

「ちょっと、久しぶりに使おうと思ってね。あと、マンガを描くのに最低限必要な物も

必要だし」

 

 私の顔色をちょいちょい窺っていた先輩は不思議そうに見ている私に軽く説明を

してくれた。どうやら、ここは画材屋らしい。この学校へ来る前に見かけて時間に余裕が

あったから先に見ていたらしい。

 

 その一年間は色々あったらしくて見に来れなかったようだけど、最近は余裕が少しは

出来てきたと、喜びながら語っている。その表情がたまらなく愛おしかった。

 

「先輩はマンガも描くんですか?」

 

 私がいつも見ているのは小説を書いている先輩しか見たことがなかったから純粋な

疑問で気になったのだ。だけど、その質問が不用意だったのか・・・。

 

「・・・。うん」

 

 一瞬、複雑そうな表情を浮かべた後に、笑顔で返してきたのだ。

 

「今度描いたら見せてあげるね」

「楽しみにしてます」

 

 私の言葉に嬉しそうにする先輩を見て、さっきの表情がまるで嘘のように明るく

振舞っているから私はそれ以上、気にしないようにした。

 

 本人が言いたくないことは探りたくは無い。それが私の中で決めていることである。

自然に話せるようになるまで待つと。

 

「よし、ある程度の買い物は出来たし、次に行こうか?」

「はい。あの・・・荷物持ちましょうか?」

 

 弱々しい先輩に似合わない重そうな荷物を持っているのを見て、

つい言葉を出してしまう。あまり無理されて具合が悪くなられても困るし。

私のその言葉に笑顔で返してくれる。

 

「本当に? ありがとう〜。後で近くの喫茶店で何か奢るよ」

「わかりました!」

 

 本当はその言葉と向けられた笑顔だけで十分な報酬なのだろうけど、それを言って

気持ち悪がられるのも嫌なので、素直に受けておくことにした。

 

 

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 その他にショッピングが出来る大型モールがあり、そこで服やら小物屋やら

色んな所をお喋りしながら巡っていた。

 

 一段落して、食事の時間帯になったからどこに寄ろうかとした時に。

楽しかった一時に水を差す出来事が起こった。

 

「ねぇねぇ、君君〜」

「はい?」

 

 何だか、ちゃらそうな男に声をかけられてしまった私達。振り返ると見るからに

遊んでそうな男共が近づいてきて、私は胸焼けをするような嫌な感覚になる。

 

 今にも先輩に手をかけてきそうな奴らを見て、私は咄嗟に先輩と男の間に割って

入った。それはもう、身長の低い私は見上げるようにして相手を睨みつける。

 

「なんだ、このガキ?」

「おい」

 

「それよりも君、ちょっと話とかできない?」

 

 完璧に無視られた私はそのままに、話を続けようとする男二人。冷静な表情のまま

先輩の声が私に向けたものと違い、冷たい声を男達にかける。

 

「それはナンパでしょうかね」

「そうなるかもな」

 

 笑いながら言う男達。先輩も同じように笑ってはいるが、嘲笑の気持ちが入った

感じである。それに気づかずに気があると思い込んでるのか、男達は上機嫌に話を

続けた。だけど、先輩は目を開くとスッパリと断る。

 

「いえ、私達は用事があるのでお断りします」

「そんなこと言わないでさ〜」

 

 しつこく食い下がる男の一人が私を連れて去ろうと男達に背中を向けようと

振り返ろうとした際に、男達に腕を掴まれた先輩。再び顔だけ向きなおすと

ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、切なげな台詞を言いながらしつこく迫ってくる。

 

「そんな冷たくされると俺達寂しいなぁ〜」

「お前ら・・・」

 

 私が拳を握り締めて、男達に殴りかかろうと考えると空いた手で私をそっと制止する

先輩。それで頭に血が上っていた私はやや、落ち着きを取り戻したが、この場面をどう

凌ぐかが私は心配であった。

 

 こんな奴らについていったら、とんでもないことになりそうで。怖かったのだ。

 

 昼間のしかもこんな人が多いとこで大きなこともできないし。誘われただけで

殴るのはまずいと思ったのだろう。相手がある程度強行してこないと、こちらからは

口で断るしかできないのだ。

 

「先輩・・・」

 

 不安そうな私を見た先輩はすごい力強い目で私を励ましてくれた。大丈夫、何も心配は

いらないと、言葉で聞かずとも感じ取れるような、そんな感じ。

固唾を呑んで見守ろうとした矢先。男が掴んだ手に力が入ると、先輩の表情が軽く歪んだ。

痛いのだ。話が進まない男たちは少し慌てたのか強引に引っ張ろうとした瞬間。

 

「いっ・・・」

「あ?」

 

 先輩は痛がった後に、男たちの後ろの方に目をやると驚く表情を浮かばせた。

この場に対しての驚きではない。それとは違う、エリアから誰かが来るのを確認した

ようなそんな表情。それもここにいるわけはないのに、といった種類の驚きである。

 

 そして、その意味はすぐに結果として現れる。先輩が驚いてから十数秒足らずで

男達の肩に手を乗せる人が出た。見ると、それは普通の人とは異なる強面の男性数人。

 

 振り返りざまに先輩の手を離して後ろの男たちに文句を言おうとすると、絶句した。

 

「なんだ・・・てめぇ・・・は・・・」

 

 勢いよく始めた台詞も急速に速度が落ちていき、最後は言葉にすらできずにいた。

 

「うちのお嬢さんに何か用ですかい?」

 

 スーツを着てサングラスから覗いた鋭い眼光が男達を貫く。そう、頬の傷や

態度からして、ヤクザの組の人間であった。先輩のことを言っているのだろうか。

 

「だとしたら何だってんだ」

「勝手にお嬢様に近づく輩から守るのが自分たちの役目でしてね」

 

 すると、素早く男たちの手首を掴んで捻りあげられ、いててと呻いていた。

 

「確かお嬢様をこうやって痛い目に合わせてましたよね・・・。その件で話があるので

ついてきてくれませんかねえ」

 

 聞き方からするに断ることも出来るような言い回しはしているが、その態度からして

到底、簡単に逃げられるはずもない状況である。何かを言いたげにしてはいるが、

相手がカタギの人間じゃないとわかると、恐怖に声も出てこないようだ。

 

「話がわかる方でよかった。じゃあ、一緒に来てもらいましょうか」

「あ・・・その・・・」

 

 助けを求めるようにこちらに向くが、そんな都合よく助けるかと、虫けらを見るような

目で先輩は男達に背を向けてヤクザの人にこう言い放った。

 

「サブちゃん。存分に可愛がってあげてね」

 

 その一言は私の背筋も凍るほど冷たいものであった。その後、彼らがどうされるか

わかる前に、先輩が私の背中に触れ、軽く押してその場から去ることを言葉無く

促された。

 

「先輩、今の人たちは・・・」

「ん?」

 

 人が少なくなって、人気の無い公園のベンチに座る私と先輩。そんな状況だから

聞けることだった。言いにくいことなら、聞きはしまいと思っていたのだが、返ってきた

言葉は驚くほど暢気なものであった。

 

「今のはうちの家族の人なの」

「へ?」

 

「まぁ、見た通りの仕事だけど。でもあれはあれで可愛いとこもあるのよ」

「そ、そうなんですか」

 

 家族自慢のように語り始めた先輩の表情がいつもより柔らかでにこやかにしている

から私はびっくりを通り越して、気持ちがこけそうになった。でも、話を聞いていると

先輩が小さい頃からお世話になっていたことが窺えた。

 

 こんな可愛い面も持ってるんだなって、改めて思った。まるで、子供に戻ったかの

ような、あどけない一面であった。

 

「それにしても、今日は嫌な思いをさせてごめんね」

「え?そんなことないですよ」

 

 それは先輩に気を遣わせないための言葉ではなく、本心から出た言葉であった。

確かにあの男たちの場面では嫌な気分になりはしたが、それは先輩に対しての

心配だったりしただけで。結果無事だったし、それまでの買い物だったり

その後の、この会話だったりを考えるとかなり楽しい気持ちでいられた。

 

「ずっと先輩とこうしていたいくらいですよ・・・」

「ふふっ、ありがとう」

 

 気づくと徐々に外の明るさに変化が訪れる時間帯になっていた。今、公園のベンチ

周辺には私達しかいない。早く戻ろうと私は立ち上がると、急に腕を引っ張られて

その反動で私は体勢を崩してそのまま先輩の体に向かって倒れていくのを

グッと抱きしめられて私の唇は静かに先輩の唇に塞がれた。

 

 どのくらいの時間が経過したのかわからないが、すごく短い時間だと思われた。

でも、その甘い一時は私には長く感じられて。終わって欲しくないと願っていた。

 

 だけど、そんなことはありえない。終わってすぐに先輩は私の立ち上がらせて

何事もなかったかのように私の手を握ってバス停まで歩き出した。

 

「帰ろうか」

「はい・・・」

 

 先輩にとって、私はどういう存在なんですか。嬉しくもはっきりしないこの関係に

少し私の心に靄がかかっていた。近くにいるはずの先輩が気のせいか、

遠くに感じるような気がした。

 

「ん、どうかした?」

「いいえ・・・」

 

 私は笑顔を作って、そう返した。うん、気のせいということにしておこう。

今は先輩と楽しくいられる日をじっくり味わわないと損だと考えるのだ。

こんな甘くも暖かい気持ちになれたのはあまりにも少なくて。

 

「先輩、今日はありがとうございました。楽しかったです」

「私も今日は有意義な日を過ごせたわ。ありがとう、叶ちゃん」

 

 すごくハマってしまいそうで、どんどん引き込まれて私は先輩無しでは

生きていけなくなりそうな、そんな気持ちでいっぱいなのだった。

 

 その後、予定より少し遅れて寮長さんに注意されてから私達はそれぞれの部屋に戻る。

心配そうに訊ねてきた名畑には今日あったことの楽しい部分を話してから就寝の時間まで

過ごして、一日が終わった。

 

 また誘われるかな。そんな甘い気持ちに心を躍らせながら、疲れていた私は

すぐに眠りに就いたのだった。遠い後の話で、この気持ちが枷になることも知らずに…。

 

 

説明
曖昧な感じのまま、好きだと少しずつ感じている二人。
距離が徐々に縮み始め、この先の恋愛模様はどうなっていくの
だろうね。という話。あと、一部古臭い表現なのは仕方ないのでww
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