【AGE】Weiβ polarlicht【7話目/最終話】
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前書き(注意書き)

 

・フリット君が生まれたときから女の子です

・カップリングはウルフ・エニアクル×フリット・アスノ(♀)

・「weiβ flamme(一話目)」「weiβ wald(二話目)」「weiβ schattan(三話目)」

 「weiβ gestirn(四話目)」「weiβ weigerung(五話目)」「weiβ schlamm(六話目)」の続きで七話目(最終話)です。

・一部百合っぽい

・Xラウンダーの不思議能力

・捏造たっぷり

 

以上の項目に吐き気や腹痛の症状が現れた方はこのページから避難しましょう。

大丈夫だった方はビームサーベルの出力を上げながら続きへどうぞお進みください。

 

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ウォルドルフェザーホテル襲撃テロ事件は匿名の通報で事が大きくなる前に収束された。

ESGと名乗る組織はホテル内に客を装って潜入していた者もおり用意周到に立ち回っていたはずであったが、彼らが武器を手にしたのは事件を起こすたった二日前だった。

綿密な計画性を持っていなかったことからホテル襲撃後彼らは人質の処遇や要求について内部分裂を起こしていたことも彼らの失敗の要因である。

武器を横流ししたと疑惑の上がった大手企業には捜索令状を突きつけて警察の手が入っている頃合いだろう。

 

様々な理由を持つ者が組織に集結していたため、逃走して確保し損ねた者を除いても五百人を超える。コロニーの警備隊とデインノン基地の白兵部隊だけでは数が足りないとモビルスーツ部隊にも招集を掛けて彼らは現場に向かった。

 

ウルフは面倒な仕事が入ってきたなとぼやいていたが、ホテルの会場内で床に伏せているラーガンを見咎めたときに彼の傍らに転がるハロとピンクのリボンにどういうことかと駆け寄れば、ラーガンは意識を取り戻して腹部を押さえながらもウルフに伝える。

 

「フリットが…AGEデバイス、が側にある、なら、ハロが」

 

ハロは個人を識別出来るが、一定以上の距離を離れると認知しなくなる。正し、AGEデバイスだけは別であり、追跡機能がある。ホテルのように入り組んだ建物では、ハロだけでフリットのもとに行くのは難しいが誰かと一緒ならば辿り着けるはずだった。

 

ラーガンが伝えたいことを正しく読み取ったウルフは近くの者にラーガンのことを頼み、自分はリボンを手に取り、ハロを抱えてホテル内を駆けだした。ハロが1154というナンバーの扉の前で跳ね続けたところでウルフは扉を蹴破った。

その後の事は頭に血が上って自分がどう動いたかについては曖昧だったが、視界が捉えたものは鮮明に焼き付いていて離れない。

 

デインノン基地では警察の収容所では収まりきらないテロリストの半数を抱え込み、ウルフの横を通り過ぎる軍人達は慌ただしく走り回っていた。

そんな中、ウルフの目の前にやってきた新しい上官はいつもの穏和な顔でウルフの肩に片手を乗せる。

 

「お姫様を送り届けるお仕事だ、王子様」

「は?」

 

上官の発言の意味を読み取れず、ウルフは事件の夜から初めて言葉を発した。

続く上官の説明によれば、フリットとラーガンの治療は終わったが、テロリストを収容している現在、彼女らを此処に留まらせておくのは適切ではない。

まだ安静にしているべきだが、設備の整っているビッグリング基地へと預けた方が良いという判断になり、この上司はウルフにその仕事を任せることにしたのだ。

 

「ミレース・アロイ中尉とも顔見知りだと聞いた。彼女と共に無事に送り届けるように。以上だ」

 

そう言ってウルフの肩を二度叩いて上官は横を通り過ぎて去っていく。

ウルフはジャケットの衣?(いのう)に手を突っ込み、その中にある本人に返しそびれたリボンを確かめるように握った。

 

 

 

 

 

 

 

ビッグリング基地の医務室から出てきたミレースにラーガンは顔を上げる。

通路の壁に背を預け、向かい合わせに立っているウルフとラーガンそれぞれにミレースは苦笑した。

 

「結構元気よ、食事もちゃんと喉を通ってるし。けど、声が出にくいみたい」

 

ミレースがフリットを挟んで女医から聞いた診断結果は心因性発声障害というもので、心理的要因によって声が出ない症状を指す。

自然治癒出来るものだが、声を取り戻しても繰り返し声が出なくなる可能性がある症状であり、一概に安心出来る内容ではなかった。

 

フリット自身は左頬の腫れも目立たなくなり、意識もはっきりしていた。目元が少し赤いこと以外はいつも通りに見える。

ただ、本当にいつも通りか確認するにはラーガンやウルフにも会わせたほうが良いだろうとミレースは考えていた。

 

「どうしますか?」

 

病室に入るか入らないかの選択にラーガンは腹部の僅かな痛みを感じながらミレースに頷いて医務室の扉を潜り、ウルフも無言でそれに続く。

ミレースはウルフが心配だったが、ラーガンも共にいるならと自分は医務室前の通路で待っていることにした。

 

 

 

 

 

「フリット、大丈夫か?」

 

医務室のベッドに腰掛けているフリットはガウンとスウェットを身に付けた患者服姿でベッド横に備えられた椅子に座るラーガンに一つ頷く。

声が出ないのは本当らしく、いつもよりはっきりした身振りで頷くフリットにラーガンは皺の寄りそうな眉間を見せまいとする。

 

「何か必要なものとかあれば遠慮しなくていいから」

 

な、とラーガンがフリットの肩を手で叩こうとした時だった。

フリットは怯えるように身を縮こまらせたかと思えば、直ぐに違うとラーガンの手を自ら掴んだ。

それだけで理解する。男から触られることに怖がっていることに。

 

咄嗟にラーガンの手を掴んだのは自分からならば平気であり、ラーガンはあの男達とは違うから大丈夫だと分からせるためだ。けれど、他人から触れられるのは何をされるのかという恐怖が芽生える。

 

ラーガンとの間に出来たぎこちない空気にフリットはどうすればいいか考えを巡らした。

口を開いたが、大丈夫だとも、ごめんなさいとも、もう少し待って欲しいとも口にすることは出来なかった。

 

医師の診断では心因性発声障害だと言われたが、フリット自身はそんな病名を言われるようなことではないと思っていた。ただ、大声で泣いたから喉が嗄れているだけなのだと。

そう思い込めば平気だと過信していたのに。

 

「無理に喋ろうとしなくていいだろ」

 

ふわりと頭を撫でられてフリットは不思議に思い、ラーガンも驚く。

フリットはウルフに頭を撫でられたまま彼の為すがままであり、ラーガンはそうかと一人で納得して立ち上がる。

 

「俺もこれから検査だからもう行くな」

 

フリットはそれに頷き、ラーガンはウルフの肩を軽く一度叩いて医務室から出て行った。

ハロが自分の横にいるとしても、ウルフと二人きりという状況にフリットは僅かに戸惑う。

 

ラーガンが自分に触ろうとした時怖いと感じたのは確かだった。けれど、ウルフの手が自分に近づいてきたことは分かっていたのに何の抵抗も見せなかった自分自身に一番驚いたのはフリットだ。それが自分の中に戸惑いとして揺蕩(たゆた)う。

しかし、戸惑いの気持ちはあれど、彼に感謝しなくてはならないことと謝らなくてはいけないことがフリットにはある。

 

ウルフは衣?に仕舞い込んでいたピンクのリボンをフリットの傍らに置く。その動作を視線で追いかけていたフリットは柔らかな眼差しをリボンに落とした。

AGEデバイスをその手に返してやった時も安堵の表情を見せたフリットだが、今の表情に何故か苛立ちを覚えたウルフはそのまま踵を返そうと背を向ける。けれど、フリットがウルフのジャケットに手を伸ばした。

 

「…放せ」

 

ウルフには見えていないがフリットは小さく首を横に振る。

フリットが何を伝えたいのかはっきり理解したわけではないが、ある程度は予想がつく。ドレスを台無しにしてごめんなさいと助けてくれたことへの礼だ。

しかし、そんな律儀な言葉なんていらなかった。こっちはずっと我慢しているのだと、ウルフが一歩を踏み出せばフリットは待ってと言うようにジャケットの裾を引っ張る。 それが引き金を引いてしまった。

 

ウルフが振り返ったかと思えば、フリットは彼に腕と肩を掴まれてベッドに大腿部から頭までを押しつけられる形になった。

 

「俺はな、自分が許せない!お前のことも!あの時無理矢理にでもマーキングしておくべきだったか!お前は俺のものだって!他の男に指の一本も触らせたくなかった!どうして殺すなと俺を止めた!お前のその甘さはいずれ自分を傷つけるんだぞ!分かってるのか!!」

 

俺がお前のことをどうしようもなく好きだということを。

 

こんな風に吐き出すつもりはなかった。吐き出しきって、とっくに成人を過ぎていようが自分は今も餓鬼でしかないのだとウルフは胸の内で自嘲した。

 

弾丸のように止めどない叫びにフリットは首を横に振るだけだった。今の自分にはそれだけしか出来ないと思ったから。

肩と腕から伝わってくるウルフの震えも叫びも胸を締め付けた。こんなに声を荒げる彼を見たことはなくて、激情を知る。

自分なんかよりも辛そうで苦しそうな彼の顔は今にも泣き出しそうだとそんなことを思う。

 

そんな緊迫した状況でもハロだけが構ってくれないだろうかとベッドの上でゆらゆらとリズムを取るように揺れていた。

ウルフは口を引き結び、静かにフリットから手を放して今度こそ踵を返して出入り口で一度立ち止まる。

 

「悪かった」

 

そう言い残して出て行くウルフにフリットは感情に痛みを覚えて、それを押さえ込むように膝を抱えて蹲(うずくま)った。

 

 

 

 

 

 

 

ラーガンだけが先に医務室から出てきたことにミレースは心配になって医務室に入ろうとしたが、ラーガンに肩を掴まれて止められる。

 

「何故ですか?」

「心配無い。あとは二人だけの問題だ」

 

フリットはもう自分の気持ちに気付いている。彼女が自ら引いてしまった線を消せば良いのだ。

そう思い、今から検査があると嘘を言ってフリットとウルフに結果を委ねた。

 

ラーガンのほうがフリットとは長い付き合いなのを知っているミレースは、あまり納得がいかなかったが彼の言葉に従うことにしてその場に留まる。

 

「フリット、以前と印象が変わりましたね」

 

アリンストン基地で軍務に勤しんでいる時からミレースはガンダムをそこで開発していることを耳に入れていたが、フリットと面と向かって顔を合わせたのはディーヴァに乗艦してからが初めてだった。

“ファーデーン”の一件以来、フリットが女の子だということは周知の事実となり、エミリーに引っ張られながら連れてこられたフリットは回を重ねるごとにミレースを頼るようにもなった。

 

確かに男の子のような容姿だったが、フリットを見て思ったのは元々の育ちが良いせいもあると思われるが、がさつな仕草が無いということだ。

今、ミレースが変わったと感じたのはそういう元々持ち合わせていたものの変化ではなくて、外見ともまた違った意味での変化だった。

 

「女の子ってそういうものじゃないのか?」

 

第二次性徴期という言葉を思い出しながらラーガンが問いかければ、ミレースは自分のことは分からないが、客観的に見ればそういうものなのかもしれないと頷くに留めた。

そんなミレースの反応にラーガンは気掛かりだったことを尋ねる。

 

「もしかして、ミレースはウルフのこと今でも」

「冗談言わないで下さい。私、年下は趣味じゃありません」

 

ラーガンはミレースが強い意志を持っているのなら止めることは出来ないと思ったが、彼の言葉にミレースは表情を歪めた。

 

「私は真っ直ぐに前を見据えている真面目な人が好みですから。だから、その人の背中を追います」

 

そう言って、ミレースは医務室の扉に背を向けて歩き去る。その背中を見送りながらラーガンは独り呟く。

 

「告白する前に振られたな、これは」

 

情けないと額に手の甲を押しつければ、医務室からウルフの怒鳴り声が聞こえてきて肩が跳ねた。

ミレースにはああ言ったが、これは仲裁に入っていくべきだろうかと迷っている間にウルフが医務室から出てくる。

後悔しているその顔にラーガンは場所を移そうと提案し、彼らは第三格納庫に並ぶジェノアスとGエグゼスを見上げられる場所に立った。

 

“ヴェルデ”からビッグリング基地へは軍用シャトルで赴いたが、ESGと名乗る組織の残党がモビルスーツを所有していないという確証は無い。そのため、シャトルにGエグゼスも搭乗させていた。以前のチームである整備士達がやり残したことがあるからと今は此処の格納庫に搬送されている。

 

日々のメンテナンスや微調整はモビルスーツにとって欠かせない作業だが、実際にやり残したと言えるほどのことは何も無かった。元チームの面々は“ヴェルデ”で起こった事件をある程度耳に入れていたからこそ、ウルフが少しでも長くビッグリングに滞在出来るように計らったのだ。

 

「俺のこと殴れよ」

 

ラーガンが敬語を使わないのは今は別の隊であることよりも、一人の男としてウルフと対峙しているからだ。

女の子一人守ってやれない役立たずなんて殴ればいい。ウルフもそう思っているだろう。

 

「そんなことしても変わらねぇだろ」

「俺の気持ちの問題だ」

「それこそ自己満足でしかない」

 

そうだなと静かに返し、ラーガンはしゃきっとしろよとウルフの背中を思いっきり叩いた。

ラーガンに背中を叩かれるとは不覚だと、ウルフはらしくない態度だったことを自覚する。ウルフ・エニアクルはこんな男じゃない。狩りはまだ終わっていない。

 

「アルファの座はまだ譲らないぜ」

「俺は自分の実力を弁(わきま)えてますよ」

 

調子を取り戻したウルフにラーガンはそう返す。

 

「あいつのリボンのこと、お前は知ってるのか?」

 

突然そんなことを訊かれてラーガンは首を傾げながらもウルフの疑問に答える。

 

「誰かの形見だとは聞きました」

「形見?母親のか?」

「いや、そうは言ってなかったです。何か気になることでも?」

「海賊の作戦後のこと、お前根掘り葉掘り訊いてきたよな」

 

貴方だってはぐらかしたじゃないかという反論はせずに肩を竦めれば、食えない奴だとウルフは微苦笑した。

苦笑を引っ込めて気になったことをウルフはラーガンに説明し始める。

 

海賊討伐作戦後、自分の部屋を訪ねてきたフリットのリボンに触れたとき、彼女が自分を拒んだこと。先程医務室でリボンを見つめていたフリットが見せた表情に苛立ちを覚えたことを。この苛立ちが嫉妬心なのは直ぐに気付いた。けれど、形見だというのならその相手を自分が追い越せる機会は無いということだ。

 

「形見なら女性が使っていたものだと思いますけどね」

「それでも妬けるのさ」

 

けれど、ウルフが警戒心に似た気掛かりを感じているというのなら、フリットがウルフを簡単に受け入れることの出来ない理由がそこにあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

フリットはいつもの学生服姿で川がせせらぐ音が聞こえる草原の中にいた。

これが夢だということを朧気に理解しながらフリットは周囲を見渡した。目に映るのは、連邦に加盟せず中立を保っているコロニー“ミンスリー”によく似た景観で、地球が豊かな自然に囲まれていた頃を再現したその場所に足を踏み入れた時と同じ感覚を得る。

再び前を向けば黒髪の少女がそこに佇んでいた。

 

「ユリン…」

「フリット、また逢えた」

 

彼女に近づけば、自分より背が低くて今までの年月を思い知らされる。三年前の容姿のままであるユリンは顔を上げて、フリットを見つめて微笑んだ。

 

「女の子だったんだね。私、フリットのことずっと男の子だと思ってたの」

 

ごめんねと恥ずかしそうに言う彼女に気にしてないよとフリットは微笑み返す。彼女といる時間が心を穏やかにしてくれた。

 

春一番のような大きな風が一度吹き、白い花びらが二人の間を駆け抜けていった。

ユリンが俯けば、彼女の表情に影が掛かる。

 

バーミングスの屋敷でお義父様と生活していくことを決めて数日が過ぎたある日、赤い髪と黄色い瞳が印象的な少年が自分のもとに来た。その時、自分は生きて再びフリットと会うことを選んでしまった。

モビルスーツに乗ることになったとしても、自分の意志で動かせるものだとばかり思っていたからだ。けれど、そんな考えは甘かった。

 

どんなことになろうと、フリットが私を助け出してくれると、絵本の中の女の子達のように最後には幸せになれると信じて疑わなかった。だが、それは子供のために都合良く書き換えられた偽りの物語だ。

赤い靴を履いた女の子は足を切られ、雪のように白いお姫様は残忍な復讐鬼となり、赤い衣を纏った少女の父親は獣で彼女は実の父を殺害した。

 

自分の意志で動かせないファルシアというモビルスーツがもどかしくて、怖くて。私がいるからいけないんだと、ようやく理解した時とフリットを傷つけたくないと願った瞬間が重なった刹那、ファルシアは私の言うことを聞いてくれた。

 

「私は生きるのが難しくて諦めちゃったけど…」

 

それは違うとフリットは咄嗟に首を横に振る。

 

「ユリンは僕を守るために…!」

 

あの時、自分の楯となりファルシア諸共突き刺されたユリンが鮮明に思い出されてフリットは目の奥が熱くなる。

 

「フリットは優しいね」

 

ユリンは嬉しいと微笑んで、フリットに近づいて彼女を抱きしめた。

フリットはユリンの女の子の香りを感じてどきりとする。本当に此処にいるような感触が温もりを伝えてきて実感出来たことに夢であることを忘れそうになる。

 

「貴女の記憶の中にずっといられて私は幸せだよ」

でもね

「私は、フリットにも幸せになって欲しいの」

 

「ユリン?」

「良いんだよ、幸せになって。好きになって」

 

誰のことを言っているのかが分かり、フリットは肩を揺らす。それを感じ取ったユリンはやっぱりそうだよねと頬をフリットの肩口より少し下にすり寄せる。

自分がフリットの足枷になっていることをユリンは十分に理解していた。

 

彼女にずっと想われて自分だけを見ていて欲しいという気持ちが無いわけじゃない。けれど、そんなのは違う。フリットを縛っていい理由など、自分には無い。

だって、あの人は本当にフリットことを特別に想っている。概念に限りなく近い霧のようなものとしてしか残っていない自分ではフリットを守りきれない。見守ることしか出来ない。

 

あの宇宙で、フリットを守れたことが最期の私の誇れることだった。

家族を失い、自分も家族のもとに行こうと死ぬことを選んで“ノーラ”でその時を迎えようとしていた。けれど、ガンダムが、フリットが、手を差し伸べてくれた。

生きたい。と、思った。

 

ユリンはフリットから離れ、一歩を下がる。

 

あなたのことが好き。

あなたが女の子でもそれは変わらない。

 

ユリンは背中を向けて何かを堪えるように空を見上げた。

 

「もしも、もしもだよ。生まれ変わることが出来たら…」

 

あなたが男の子で、私が女の子だったら。その逆でも良いのだけれど、神様は気紛れだから分からないね。

狡い子だと我ながら思う。

けど、また生きて会いたい。だから、もしも生まれ変われたら。

その時は。

 

「お嫁さんにしてね」

 

振り返ったユリンの顔は気恥ずかしそうで、それでいて悪戯っぽく微笑んでいた。

 

「ユリン!」

 

薄れていく彼女が光りの粒となって風に運ばれようとしていく姿にフリットが手を伸ばせば、ユリンは首を横に小さく振った。そして、その口元が「ありがとう」と動いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

いつの間に布団を被ったのか記憶に無いまま背中を起こしたフリットは手の中のリボンに視線を落とす。

自分が都合良くイメージした夢なのかもしれなかった。けれど、確かにあったユリンの温もりは嘘でも偽りでも無い。

 

「フリット、起きたの?」

 

カーテンを少し開けて顔を覗かせたのはミレースで、彼女が布団を被せてくれたのだと理解する。

 

「ミレースさん、僕の着替えありますか?」

 

貴女、声がと驚くもミレースは彼女の問いかけに答える。

 

「ええ。さっきいつも貴女が使ってる作業服だって言われて、そのつなぎを貰ってきたところよ」

 

それらを手渡されてフリットはガウンとスウェットを脱いで黒いシャツを身に付け、山吹色のつなぎを履いて袖は通さずに腰に縛り付ける。

三つ編みはせずにピンクのリボンを首後ろにまわして髪を結えば、フリットはベッドから飛び降りた。

 

「どこに行くの?」

「野暮用です!」

 

早口にそう告げて走り出すフリットをベッド横にいたハロが追いかけていく。

ミレースは嵐のように出て行ってしまったフリットに唖然とするが、ラーガンの言う通り良い方向に向かいそうだと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ウルフ中尉、少し見て頂きたいところがあるんですが!」

 

アルフィに大声で呼ばれ、ウルフは返事を返してラーガンに行ってくるわと手を軽く上げる。ラーガンもそれに手を上げ返してウルフを見送る。

 

格納庫内は作業がしやすいように低重力設定になっている。ウルフは開かれたままのGエグゼスのコクピットハッチに足を着いて近くで端末を操作しているエンジニアのアルフィに身体を向けようとした。

 

「ウルフさん!」

 

けれど、声が出ないと言われていたフリットの声に弾かれるようにそちらを振り向いた。

モビルスーツらの腰あたりにある通路の柵に足裏をついてフリットはGエグゼスのコクピットを目掛ける。

 

慌てているからか、少し勢いのあるフリットの動きに彼女を受け止めようとウルフはその肩に両手を置こうとした。けれど、それが成し遂げられる前にフリットがウルフのジャケットの胸ぐらを両手で掴んで引き寄せた。

目の前で繰り広げられた光景にアルフィは慌てて二人から視線を外すように背中を向ける。

 

ウルフの唇はフリットの唇に奪われていた。

長いとは言えない触れ合いだったが、周囲が注目する時間は十分にあった。

 

ようやくフリットの肩をウルフが受け止めたとき、フリットは気持ちを伝えるのだと確かな決意を持って、少しだけ頬を染めて、言葉に勇気を込める。

 

「好きです。貴方が、好き」

 

多分でも、絶対でも無い。ただ、好きなのだと。どうしようもなく。

 

ウルフが自分のことを好きだと言う前からフリットはこの人に対して抱く感情が恋情であると内なる何処かで知っていた。けれど気付かないようにしていた。

認めたくないではなく、認めてはいけないのだと。

 

ユリンを理由に拒んでしまったことに彼女にもウルフにも非礼なことをしていたのだと今なら分かる。

好きになって良いよと背中を押してくれたユリンが気付かせてくれた想いを受け入れてしまえば、それは止まらずに加速した。

 

言えた、と息を吐く暇もなくフリットはその存在を確かめるようにウルフに強く抱きしめられた。プラネタナイトの時のように優しい抱擁とは違って少し痛いと感じたけれど、その痛みさえウルフへの愛おしい気持ちの輪郭を確かにしていく。

 

フリットがいつもの三つ編みではないことに、今になって気付いてウルフはゆっくりと腕を解く。

熱に浮かされて濡れるコバルトグリーンの瞳を間近にして、ウルフは柄にもなく心臓が跳ねた。

 

「…ゴホン」

 

流石にもう二人の甘ったるい空気に耐えることが出来ずにアルフィが態(わざ)とらしく咳払いをすれば、彼の存在を初めて知ったフリットは驚いてウルフから一歩離れる。

 

周囲への目配りに長けるフリットにしては珍しく現状が把握し切れていなかった。それほどにウルフのことで頭がいっぱいだったわけである。

此処が格納庫でモビルスーツの整備をしている者達で溢れていることを今更理解したようで、フリットは自分を追って近くで漂っているハロを両手で引っ掴むと自分の顔を隠した。

 

けれど、顔の赤みはハロだけで隠しきれるものではなくて、どうしようと困り果てたフリットはGエグゼスから飛び退いてハロを胸に抱えると先程足場にした通路に着地して走り出した。格納庫から出ると直ぐ側の通路の壁に背中を付けてその場にしゃがみ込む。

 

少しだけ冷静さを取り戻し始めたフリットは自分がしでかした行動に益々恥ずかしさがこみ上げてきて、ハロにこつんと額を押しつけた。

 

「フリット」

 

びくりと肩を揺らしたフリットがおずおずと顔を上げれば、首後ろに手を当てて自分から視線を外しているウルフが立っていた。

それに困っているのだと判断し、フリットは自分の行動を反省する。

 

「…すみません」

「何で謝るんだ、お前は」

 

ウルフがフリットに視線を向け、その手を掴んで立たせれば、フリットは彼と視線を合わせられなくて下を向いてしまう。けれど、ウルフに掴まれたままの手に力を僅かに入れてフリットはぎゅうと握りかえした。

その反応にウルフは少しだけ目を瞠り、一度口を引き結ぶ。少しだけ時間を置いて、言う。

 

「良いんだよな。俺のものにして」

 

フリットは顔を上げてウルフと視線を合わせて何かを言おうと口を開くが、緊張で震える口元に気付いて何も言わずに口を閉じ、こくりと頷き返した。

すれば、ウルフはフリットを自分に引き寄せる。

 

フリットの手の中にいたハロは彼女の手からふわりと通路の床に滑り落ち、フリットはウルフの胸板に頬を押しつけるような形になる。ウルフの鼓動の速さに気付いて、自分もまた同じなのだとフリットは思う。

髪に鼻を押しつけて匂いを嗅がれ、くすぐったさに小さく身震いした。

 

「ウルフさん?」

「お前の唇を奪ってやりたいが、今はこれで我慢してやる。あとで覚悟しておけよ」

 

フリットからの不意打ちを先程は甘んじて受けてしまったことに不覚を感じていたウルフは意趣返しだとばかりにそう言い、フリットを手放して格納庫へと颯爽と戻っていった。

ウルフの背中を見送った後に、彼の台詞の意味を読み取ってフリットは音がしそうなほどに顔を真っ赤に染めた。

 

 

 

 

END

 

 

 

説明
七話目。女体化注意。
前回http://www.tinami.com/view/435642の続きになります。

同設定の派生話はHPに。
http://www.geocities.jp/zephyranthes19/index.html

HPが読みにくい方はpixivをば。
http://www.pixiv.net/series.php?id=90830
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タグ
ガンダムAGE 女体化 ウルフリ(♀) フリット・アスノ ウルフ・エニアクル 

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