ブレイブキャット・テイル |
雨上がりの朧月の空。冬の冷たい夜気を裂いて疾駆する人影が一つ。
家屋の屋根をまるで猫のように駆け抜け、飛び跳ねているそれは一人の、年端もいかない少女の形をしていた。
結われた白髪。袖のないタートルネックの白の衣に、大胆な丈の短パンに黒いニーハイソックス。防寒のためにその上から淡いピンクのダッフルコートをはおり。
格好こそ世間にいる少女のそれと変わらないが、しかし彼女は圧倒的に異質だった。
彼女の両手に握られているのは白と黒の二挺の拳銃。
そのデザインはこの世界のどれにも当てはまらず、彼女だけのモノと想像するのにそう難くはない。
まぁそも、少女が夜中に屋根をぴょんぴょんしながら移動している、という時点で限りなく異質ではあるのだが…
少女の名前は黒羽紗雪。この月読島の平和を人知れず護っている駆け出しの『((召喚せし者|マホウツカイ))』である。
紗雪が異変に気づいたのは深夜のパトロールを始めてからしばらくしてのことだった。
住宅街を抜けて、商店街を抜けて、出来たばかりのショッピングモールにさしかかろうかという辺り。
紗雪はまだまだ駆け出しで技術は未熟である。足に魔力を集中させて走力や跳躍力に強化補正をかける基礎的な((魔力魔術兵装|エイン・フェリア))も憶えたばかりだ。
それでも紗雪がその異変に気づけたのだから、異変の規模はこれまでより大きいものかもしれない。考えたくはないが、自分だけではどうしようもないかもしれない。
だっていうのに異変を感じた方へとつま先を向けるのは、彼女の持つ正義感とかそういうものではなく。
純粋に護りたいのだ。大切な((存在|もの))を。
その想いは恩返しであり、好意でもあった。
そして、風のように自由な彼女の近しい人間への憧れでもあった。
「私は知っているし、気づいている。だのに何もしないで誰かが傷つけば、私はきっと後悔する…」
誰に聴こえることなく呟かれた紗雪の声は、まるで氷像のように繊細で透き通るような声だった。
同時に、固い決意を感じさせた。
人生に後悔がないように、自分がそうしたいと思ったことをする。
そう述べたのは彼女に近しい人間だったか。
家屋が切れ、紗雪は道を駆ける。
近づいてくるにつれ、異変を感じている現場の状況をより濃く感じ取れてきた。
正確な数まではまだ把握出来ていないが、異質な気配の数は一つではなく、それ単体ではそう大した力はないように感じる。紗雪がこの存在を感じられたのは群れをなしていたからだろう。
場所はおそらく、ここからの位置関係からして星見公園辺りだろう。あそこならこの時間に人は寄り付かないし、敷地が広く遮蔽物もない。何かを展開させるには適している。
公園の柵を一足で跳び越え雑木林の中を行く。
枝葉に朧の月光はほとんど届かないが、紗雪は夜目がよく走行に特筆するような問題はなかった。
ほどなく雑木林を抜ける。その先は特に遊具のない芝生が敷かれた広場だった。
晴れた日の日中は太陽ぽかぽかで、寝そべるのも気持ちいいその場所は、もうこのセカイから切り離されたような異質な状況だった。
カタ・・・カタ・・・カタ・・・カタ・・・
風に乗って聴こえてくるのは木が擦れ合うような音。その数は数多。
紗雪の眼前には、マネキンのような人形が十数体。何をしているわけでもなく、ただ、その場で不出来な関節でちぐはぐな歩行を繰り返しているだけ。
「――意味が判らない…」
目の前の光景に紗雪は首を傾げて思わず口にする。
それはそうだろう。この状況を一発で理解出来るのは神様でも難しい。
公園の広場に動く出来損ないのマネキンがひしめいているだけなのだ。本当にそれだけの状況。
――少なくとも、今は、そう。
「どうしよう…?」
紗雪は眉間に皺を寄せて考え始めた。
相手が何か悪さをしていたのなら問答無用で((銃爪|ひきがね))を引いてもよかったのだが、見ている光景は悲劇でも惨劇でもなく喜劇に等しい。これの元凶が悪いことを考えていなければ注意だけして見逃してもいいのだが。
マネキンがこちらへの敵意を出さないのなら、優先すべきはこのマネキンを操っている、もしくは動かした張本人を見つけることである。
一応マネキンを警戒しつつ、紗雪は周囲を見回し。
目的はあっさりと達成された。
マネキンの群れのそのむこう。ベンチに座っている人影が見えた。マネキンと夜の闇でしっかりと視認出来ないが、それは大きな本を手に首を右往左往させているようだった。
群れの中心を抜けて行くのがさすがに軽率だろうと、紗雪はわざわざ群れを迂回していくようにベンチへと進んでいく。
「あの、すいません…」
「はい?」
紗雪の呼びかけに分厚い本から顔を上げたのは、無精髭を生やした丸眼鏡の中年男性だった。発した声はなんというか覇気がない。
それに格好もなんだか微妙だった。アニメ柄のTシャツに短パン。白衣。顔はお世辞にもかっこいいとは言えない中肉中背の男だった。
「あのマネキンのようなものはあなたの仕業ですか?」
問い掛けるが警戒は怠っていない。もし男が何か仕掛けてきても紗雪は即座に反応出来る。
しかしそれは杞憂なのか、男はおっさんには似つかわしくないくらいに屈託に笑い、
「いいえ違います」
しれっと、そんなことを言い出した。
「え?あ…?」
まさかこの状況でそんな返事が返ってくるとは思ってなかった紗雪が唖然としてしまう。
「まぁ、冗談ですがね。それで、お嬢さんはなんですか?そんな物騒な物を持ち出したりして?」
紗雪の携えた双銃に視線が向くのは必然。むしろ訊かれない方がおかしく、でも、男の表情は訝しげではなく。
「いやいや。答えはいいですよ。アレでしょ?君は((予言の巫女|ヴォルスパー))なのでしょう?」
「ぼるすぱー…?」
初めて訊く言葉に紗雪は眉をひそめる。
「…しらばっくれるならそれもかまいませんがね。なんにせよ、私がやることにかわりはない」
「っ!?」
先ほどまでの薄ら笑いは何処へやら。一転した男の表情に紗雪は思わず飛び退いた。
「私は造形のセンスは持ち合わせていなかったようで見た目はアレですが、性能は悪くないと思うんですよ」
男は本を傍らに置き、足を組む。
「この本の知識を元に初めて創造したゴーレム。不運だったと諦めて実験台になってくださいね」
カタ・・・カタ・・・カタ・・・カタカタカタカタカタカタっ!
まるでスローモーションだったマネキンの群れが忙しくなく動き出す。
その速さはそれまでの比ではなく、統率のとれた動きであっという間に紗雪を取り囲んでしまった。
「行け!」
男の号令一喝。深夜の公園に戦端は開かれた。
両の掌から錐のような刃を延ばしたマネキンが4体、紗雪の四方から襲い掛かる。
まずはこの囲まれている状態をなんとかするが吉。跳躍して群れの中から抜け出すのは可能だが、あのマネキンに飛び道具が搭載されているかもしれない。浮遊中にそれで攻撃されればかっこうの的。それだけで致命傷になりかねない。
「((風の靴|ヴィント))!」
先ほどまで使っていた加速の((魔力魔術兵装|エイン・フェリア))を再起動。合間を縫って群れの中から脱することに成功する。
刹那。きびすを返して。
紗雪がターゲットを選定するその前に、眼前に躍り出るマネキン1体。すでに錐を振り上げて攻撃体勢。
「甘い…」
呟きとともに跳ね上がったのは右の足。即座に迎撃として放たれたのは右の上段回し蹴りだった。
がら空きだった脇腹に炸裂した回し蹴りはマネキンの体を砕き、弾き飛ばした。
人の胴ほどある木材を思いっきり蹴れば、当然蹴った足にもダメージが及ぶ。しかし今の紗雪の足は魔術によって強化されているために反動もなく、むしろ威力を向上させているのだ。故に造形の甘い木製のゴーレムを蹴り飛ばすなど容易い。
とどめとばかりに芝生に転がったマネキンへ((銃爪|ひきがね))を引く。漆黒の銃から放たれた黒光の弾丸が完全に胴体を破砕。活動を停止したマネキンは風化して夜気に溶け消えた。
「丈夫じゃない。これなら…」
紗雪が立て続けに弾丸を発射する。飛び散る白と黒の光弾が次々とマネキンを砕き、木片が爆ぜる。
基本的に((造形魔術|シェプフング))は材料から人形を構築するセンスが重要とされる。外装や外見はともかく、その固体の基本骨子、稼動領域、構造をしっかりイメージ出来るセンスが重要とされる類の魔術。故に造形センスの乏しい術者が構築出来る人形などはたかが知れている。紗雪の眼前に群れる出来損ないがいい例だろう。
しかし反面、センスがなくとも構築は可能であり、かつ生産性に優れ、魔力総量の多い術者ならば個人からなる人海戦術も可能である。
そして不運なことに、紗雪が相手にしている男はその類の術者だった。魔力総量だけなら((超能力者|クリエイター))と言っても過言ではない。
ぼこ・・・ぼこぼこ・・・
芝生が、土が盛り上がって人型をなしてゆく。
「なるほどなるほど。生産のコツが掴めてきました」
言うやいなや、またもや土のゴーレムが生産されてゆく。その数ざっと10体はあるんではなかろうか。
聡い紗雪はこの状況を瞬時に悟る。
(人形の相手をしていたら私が先に燃料切れになる。叩くなら術者のあの人…)
そう。術者を倒せれば魔力供給はなくなり、木は木に、土は土に還る。
だが問題がある。まるで壁のように群れるゴーレムの隙間から術者を狙い撃つのは難しい。足による突破も難しい。弾丸の威力は1発で1体を破砕するだけで限界なので貫通狙撃も不可能。
――ただ、手がないわけでもない。術者だけを狙い撃てる妙技を紗雪は有している。けれどそれを行うにはいくばくかの溜め時間が必要になる。それを黙って見過ごしてくれるとは到底思えないし、溜めている間は双銃を使えない。だから足技だけでやり過ごさなくてはならなくなるわけだが、あの数を相手に巧く立ち回れる自信もない。
自分だけでは難しい。でもここには自分しかいない。自分だけでなんとかしなくては。ならどうやって?
繰り返す自問自答。答えを待ってくれるほど敵も悠長ではなく。
「やるしかない…!」
意を決し、紗雪は繰り出された土人形のパンチをかがんでかわし、その脇をすり抜ける。
同時に双銃への魔力チャージを開始。目を眩ませるほどの白と黒の光が双銃を包み込む。
「なんだか厄介そうですね。やらせませんよ!」
見目にも派手な必殺技予告。気づかないわけもなく、傀儡の群れが一斉に紗雪へ殺到し始めた。
土の拳、木の錐。矢継ぎ早に襲ってくるそれらの攻撃をかわし、蹴り飛ばし。
けれど彼我戦力差は歴然で、土の拳が紗雪の痩躯を盛大に殴り飛ばした。
「く…あぁ…!?」
地面に転がり、表情には苦悶が浮かぶ。
インパクトの瞬間、自ら後方に飛んで威力を軽減させたものの、土の異形の一撃。少女の躯に悲鳴をあげさせることなど容易い威力はある。
「けほ…」
即座に起き上がろうとするが、ついて出た咳に足が止まる。
そこへ容赦なくマネキンの錐が振り下ろされる。
「このっ!」
だがそれよりも速く紗雪は足を払い、マネキンが尻餅つき、振り下ろされた錐が空振った。
一難去ったと思ったその刹那。誤算が生じる。
「うっ!?」
空振った錐が地面を抉り、土がまるで飛礫のように紗雪の顔を襲ったのだ。
幸い目に直撃はしてないが、散った粒の幾つかが視界を奪う。
目にゴミがはいった程度ではあるが、この状況でのそれはかなり厳しい。
腹部に鈍痛。視界はなかば奪われ、かつ四面楚歌。劣勢も劣勢。窮地にも等しい。
それでもまだ、紗雪は諦めてはいない。起死回生の一撃を狙って、双銃へのチャージは継続している。
「え〜と、こういう時はこんな風に言うんでしたっけ?チェックメイト、と」
男がにまりと不気味に笑う。月光がレンズに跳ね返ってまるで眼鏡が眼球のようだ。
「慣らし運転としては上々でした。お礼にせめて苦しまないように逝かせてさしあげましょう」
土人形が紗雪の頭を無造作に掴み上げ、その前にマネキンが立つ。錐の切っ先を心臓に向けて。
目の前にある死出の槍。恐怖もなく、ただ、笑みが零れた。
だって視線の先にへんてこな仮面を見つけたのだ。サーカスでピエロがつけるようなアシンメトリーの仮面。
なんの冗談なのか、その道化師面した奴が大木の枝の上でなんかライフルみたいな物を構えているのだから余計に滑稽だ。
(…今日は剣じゃないんだ。その前は槍で…)
この人は浮気性なのでは、と紗雪が失笑した次の瞬間には風向きが変わっていた。
それは自然界のそれではなく、戦況的なアレの方。
きゅん…っ!
夜を裂いて雷光の様な一閃が駆ける。
放たれた一撃はいとも容易く紗雪を掴んでいた土人形の腕を穿孔、破砕し、なおかつその射線上にいた2体のマネキンと1体の土人形を穿ち、還した。
「なっ!?」
何処からともなく放たれた援護射撃に、男は驚愕を隠せない。周囲を見回しその存在を探すが、それよりも早く。
雷光は納まりを知らず、あれよあれよと木偶を、土塊を撃ち貫いていく。
「まさか、そんな…」
男は呆然とその光景を目の当たりにする。
ほんの10秒にも満たない間に、あれだけいた傀儡が1体も残らず自然に還ってしまったのだ。男の視線の先には佇むは双銃を構えた紗雪のみ。
「悪夢かこれは!?なにがどうなった!?」
「これは現実。あなたにもう勝ち目はない…」
取り乱す男に紗雪は冷徹に言い放つ。
「まだだ!私はまだまだ造れるんですよ!」
激昂して男が自分の周囲に土人形を生み出す。
明らかな悪足掻きをする男に紗雪は静か終焉を告げる。
「((さようなら|アウフヴィーダーゼーン))、((名も無き魔術師|マーギア))」
腕をクロスさせ構えた双銃が一際輝きを増す!
「((福音の魔弾|ヴァイス・シュヴァルツ))っ!」
銃口から解き放たれる白と黒の((弾丸|けもの))。男を討つべき飛翔する。
しかしその行く手には土人形が立ち塞がる。
弾丸の威力は通常のものより高いが、貫通性は弱い。土人形ごと男を打倒するには役不足。
けれどもこれは現在紗雪の使える最大の一手であり、その真骨頂は威力ではなく。
白と黒の弾丸が軌跡を描く。それは本来なら有り得ない奇跡のような流線形。
「え…?」
男が状況を理解するよりも早く。
弾丸は男を左右から挟撃し、沈黙させた。
完全に意識を失った男が芝生の上に倒れるのに合わせ、傀儡も土へと戻って崩壊していった。
『((福音の魔弾|ヴァイス・シュヴァルツ))』――攻撃対象から発する音を探知して、軌道修正、追尾する必殺の魔弾である。
「ふぅ…」
戦いの終わりに紗雪は安堵のため息を漏らす。
でも今日の戦いは危うかった。援護がなければやられていたのは自分だっただろう。もっと強くならなくてはいけない。そうでなければこのチカラは嘘だ。
紗雪は手にした銃を握り締め、そう思い、誓う。
「そいつはいつも通りこちらで処理しておく。ご苦労様」
背後からの声に振り返れば、そこは近未来的なフォルムをした細身のライフルを肩に預けた道化師がいた。
黒いコートに黒いシャツ。黒いズボン。闇夜に溶け込む漆黒の道化師。
「すいません、助かりました」
「いや。気にするな。同業者のよしみ、てヤツだ。むしろ来るのが遅れて悪かったな。痛かったろ?」
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
自分の身を心配してくれた道化師に紗雪は微笑み言葉を返す。
それはやせ我慢とかではなく、紗雪のダメージはすでに回復していた。『((召喚せし者|マホウツカイ))』は基本的に肉体は不死である。手にしているマホウさえ無事なら体は自然に回復、修復していくのだ。
「ならもう帰れ女子高生。明日も学校だろう?さっさと帰ってさっさと寝ろ」
手をしっしとジェスチャーしつつ悪態にも似た言葉で道化師は言う。
「はい。では、あとはよろしくお願いします」
けれど紗雪はそれに対して怒ったりはしなかった。
会ったのは数度。でもそれだけで、口は悪いが実はいい人、と紗雪は思っているからだ。
「あんま独断で無茶はするなよ?こういう荒事でお前が頑張る必要はないんだから。いっそただの女子高生に戻れっての」
ほら。やっぱり気遣ってくれる優しい人。
知っている人間によく似た口調で、紗雪は不思議と安堵し、柔和な笑顔を浮かべる。
「私が言うのも生意気かもしれませんが、あなたも無茶しないでくださいね」
「ったく。生意気だ」
彼の表情は見えない。でもなんだか、仮面の向こうで微笑んでいるだと想像出来た。
「おやすみなさい、ペルソナさん」
「…仮面の人ね。まぁ、そうだな」
彼の名前は知らない。だから仮面から連想してつけた呼び名に、どうやら彼は納得したようで、
「おやすみ、黒羽。今日はご苦労さん。ゆっくり休め」
と言葉を返し、紗雪に背中をむけて歩き出した。
去る彼にもうわざわざかける言葉もなく、紗雪は小さく一礼して地面を蹴った。
公園を抜けて雲の晴れた月夜に跳ね、電柱の上に降り立ち、何気なく肩越しに振り返る。
そこからはさっきまで戦闘していた広場が見通せた。
「・・・あれ?」
雲がなくなり煌々と輝く月光もあり、夜目のいい紗雪にはその場にいる人影が見て取れた。
人影は二つあった。
一人は言わずもがな、仮面の道化師。
そしてもう一人は――
とんがり帽子に地につかんばかりに長いマント。現代からかけ離れた中世の魔女を彷彿させる小柄なフォルム。紗雪には心当たりがあった。
「相楽さん・・・?」
自分が今住んでいる家の家主、相楽苺。彼女は何故かああいう衣服を好んで着ている。
だとしたら、何故彼女があそこにいるかが解せない。
確認するために戻るべきか?
――いや。何故だろう。あそこにはもう行ってはいけない気がする。
行く気が褪せていく。
そうであることが当たり前に思えてきて、なんでわざわざあそこへ行かなくちゃいけないのか意味不明になっていく。
人避けの結界。その術中に紗雪はかかってゆき、ほどなく。
「早く帰って寝ないと…」
あの場にまったく興味がなくなった紗雪は電柱を蹴り、帰路へと戻ったのだった。
「帰ったようじゃの」
町の中に消えていく少女を確認し、そう呟いたのは魔女の井出達をした彼女。
「そりゃあいつは結界への耐性もなければ、対策を講じる技術もねぇからな」
仮面の男はそう応えつつ、縛って動きを封じた魔術師を肩に担ぎ上げた。
「しかし、今回は危なかったのではないか?おぬしや私が毎回駆けつけられるとも思えん。正体を明かしてちゃんと修行をつけてやるべきじゃと思うぞ?」
「そうなると本格的にこっち側になる。それは出来れば避けたい」
嘆息混じりに言う仮面の男。そして、その手が仮面へとのびる。
「まぁ、そうじゃの。紗雪も零二もそういう血筋ではあるが、普通に暮らせるのならそれが一番じゃろうて…」
魔女の彼女は儚げな表情で夜空を仰ぐ。
雲は晴れ、星が瞬き、月は煌々と。
さきほどまでここが戦地であったことなど忘れるくらいに静かな月夜になっていた。
「それじゃ、オレはこいつを支部に連行する。今夜はもう平気だろうけど、わんこ姉は一応てきとーに巡回しておいてくれ」
仮面を外す。その先にあったのは鋭い目つきの端整な青年の顔だった。
――これは黒羽紗雪とそれを支えている者達の物語。そのほんの((1小節|ワンフレーズ))。
物語は過去に、未来にと無限に枝葉し広がっていく。
それは史実通りの定説でもあり、常道を蹴り飛ばした異説でもあり、支離滅裂な暴説でもあり。
それでも変わらないのは、勇敢な子猫は大切なモノのために戦っていくだろうということだ。
避けては通れない戦の中、彼女と彼女を取り巻く存在に幸あることを祈り。
此度は幕を閉じようと思う――
説明 | ||
これは勇敢な子猫の物語。その一節。 | ||
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