オアシスがかれるほど騒ぎたいU 《完全版》
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第1話

 

金曜日の放課後、俺は若干特別な思いでいつもよりも早く生徒会室に向かった。

 

「騎士団入団テスト!」とか言う無数に張り付けてある謎のポスターなどには目もくれず、俺は部室棟一階にある生徒会室の扉を開けた。

 

室内のカーテンと窓は全開で、穏やかな陽気の中、部屋の中心の机の上で会長が一人、携帯を耳にあてがい何やら通話していた。

 

「へぇ〜ホントに? どんな子? へ〜。う〜ん。へ〜。うん、じゃあね〜」

 

俺が聞いたのはそれだけだ。通話を終えたのか、会長は携帯を閉じてスカートのポケットにしまう。

 

「あら和也、早いじゃない? どうしたの?」

 

会長は不思議そうに言う。

 

「会長。一つだけ聞きたいことがあるんです!」

 

「何よ改まって。まさか辞めたいって言うんじゃないでしょうね?」

 

その思いもあるけど……。

 

それに聞きたいことがある、とは言ったが、言いたいことがあるとは言ってない。

 

会長が今、さらっと言ったことは、言いたいことの類いに当てはまる。

 

って。

 

「いえ違います」

 

「何? もったいぶらないで早く言いなさいよ。そんな早く来たってことは、私にだけ聞きたいんでしょ? 早くしないとみんな来ちゃうわよ?」

 

さすが会長だ。何でも察する。

 

「前にくるりんから、会長は雛菊育成園の出身と聞いたんですが、本当ですか?」

 

俺がそう言うと会長は、感慨深げに腕を組んだ。

 

俺は答えにささやかな期待を寄せる。

 

「そうよ。それで?」

 

もうちょっとはぐらかすんじゃないかと思ったんだが……。なんか拍子抜けした。

 

でも、まだ聞きたいことがある。会長もそれをどうやら察しているようだ。

 

「いつ頃までいたんですか?」

 

「知りたい?」

 

ここで焦らしが入なんて。俺の予想とは違う。

 

「ええ、知りたいです」

 

俺は真剣な面持ちを作り言う。室内に謎の緊張感が漂う。

 

会長はまた腕を組んで今度は目を閉じる。そして音をたてて大きく息を吸った。すると、一気に笑顔になり、むふふ、と不気味というかマヌケな笑顔で下を出しながら「教えな〜い」と俺を嘲笑うように言う。

 

相変わらず憎たらしい!

 

けど、ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「何でですか?」

 

「う〜ん。なんでも」

 

「は?」

 

「とにかく! お・し・え・な・い!」

 

会長がそう叫んだ途端、会長からすればナイスタイミングだろう、ドアが開き栗山さんと小泉さんが入ってきた。

 

もしかして、いや、ホントにもしかして、会長かこのタイミングも見計らって、わざと焦らしたのか?

 

今までの出来事からするとそう考えざるおえない。

 

「和也くん。こんなに早く……。それに二人で何の話?」

 

小泉さんもグルのように見える。俺の思い過ごしかもしれないが。

 

「大した話じゃないわ。悩み相談みたいなものね」

 

会長がデタラメを言う。

 

「俺がいつ会長に悩み相談したっていうんですか」

 

「そうだよね。悩み相談なら占い部にするもんね!」

 

小泉さんはそう言いながら、特等席の窓際にある椅子へ向かい、腰を掛ける。

 

それにしても、枕研に占い部、それにさっき「合宿部」まで見た。この学校はホントに何でもあるなぁ……。

 

俺が呆れて床に胡座をかいた途端、今度は浜田さんが室内に入ってきた。

 

「こんにちは美園。こんにちはみんな」

 

礼儀正しく挨拶をする浜田さん。

 

それにつられて、というよりは礼儀を重んじて俺も栗山さんもペコリとお辞儀する。

 

そういえば、なんでこんな真面目そうな人が生徒会に入ったんだ?

 

会長は手紙を渡したって言ってたけど、あの手紙には何て書いてあるんだろう……。

 

「今日はどんなお仕事で私らを苦労させる気? 会長さん」

 

小泉さんが窓の外を見つめながら皮肉っぽく言う。

 

すると会長は「う〜ん……」ともう一声掛けてほしげに小さく唸る。

 

よし、ここはみんなのかわりに俺が言ってやろう。

 

「どうしたんですか会長」

 

「それがね。一つ困ってることがあるのよ……」

 

柄にもなくテンションが低い会長。

 

「悩みなら占い部に相談しろって、小泉さんが今さっき言ってましたけど?」

 

俺はあえて冗談で食って掛かる。

 

「今私が言おうと思ったのに!」

 

なぜか小泉さんは悔しがる。

 

「ある女の子がね――」

 

俺らのことなど軽くシカトし、会長は話し始める。

 

「生徒会に入れてくれって言って、朝からずっと私に言ってくるのよ。それで困っててねえ……」

 

会長は呆れたように言う。

 

「いれてあげればいいんじゃないんですか? メンバーを増やしたがってたじゃないですか」

 

「もう! 和也はホントに……和也だねぇ」

 

いや、意味が分からん。

 

どうやら俺の意見には誰も賛成してないようだ。まさにアウェーの空気だ。

 

俺がただならぬ空気を感じた途端、急に背後から大きなノックの音が聞こえて、体が反応する。

 

「は〜い?」

 

会長が叫ぶ。

 

するとドアが開き、そこに立っていたのは一人の女子生徒だった。

 

茶髪ショートヘアーの少女。着崩した制服。謎の赤い首輪。見たことあるぞ。こいつは確か同級生だ。というか同じクラスだ。

 

名前は確か……広瀬 小海(ひろせ こうみ)だ。

 

自己紹介の時に「スキー場のあのほどよく雪が積もってるちょうど良い感じの角度の斜面ががとけるほど恋したい!」って意味不明なことを高らかに叫んでたのを覚えてる。

 

ほどよく雪が積もってるちょうど良い感じの角度の斜面って『ゲレンデ』のことだろって思いながら聞いてたのも覚えてる。

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第2話

 

 

「また来た……」

 

会長がめんどくさそうに眉を潜める。

 

「噂をすればってやつ」

 

小泉さんが笑う。

 

広瀬さんは堂々と仁王立ちをして、なんか偉そうに会長を見据える。

 

しばらく会長と広瀬さんの謎のにらみ合いが続く。

 

俺を含め他のメンバーは蚊帳の外からその数分間のにらめっこを見つめた。

 

「何か用かしら?」

 

痺れを切らした会長が沈黙を破り、少し優しい口調で帰れと言う。

 

広瀬さんは、ぶらっと下げてあった腕に力を入れ、ぎゅっと握りこぶしを作った。

 

そして、何をしだすのかと思えば、キレて頭を机に打ち付ける小学生のような勢いで、お辞儀をした。

 

「お願いです! 私を生徒会に入れてください!」

 

広瀬さんの涙声にも似た叫び声が室内に満遍なく響き渡る。

 

会長が煙たそうに言ってたのって広瀬さんのことか。

 

入れてやりゃいいのに。何で、何の取り柄も無い俺や、無口で何も喋んない栗山さんとか、いつ裏切るかも分からない埃みたいに漂ってる新聞部部長とか堅苦しくて後々厄介になりそうな風紀委員長を入れて、広瀬さんはダメなんだ?

 

会長の好みがわからん……。

 

「どんなことでもやります!」

 

お辞儀をしたままそう言う広瀬さん。

 

「う〜ん……良いわよ?」

 

え!? さっきあんなに煙たがってたのに良いのかよ!

 

「ほ、本当ですか!?」

 

広瀬さんは、顔を上げ、目を光らせながら会長の顔を見る。

 

「でも、その前にまずはテストを受けてもらうわ。ほら――」

 

そう言って会長は、机の上からおりると、スカートのポケットから丁寧に折り畳まれた紙を取り出した。

 

そして自らそれを開いて広瀬さんに見せる。

 

「それは……なんですか?」

 

「『入団テスト』よ! あなたのために特別に用意したの。騎士団の連中も、見たでしょ? ポスター。ぜーんぜん懲りずにメンバーを集めようとしてるから、私たちもそろそろピンチなのよホントのことを言うとね。だけど、ただ単に寄せ集めのメンバーってわけにはいかないの。ちゃんと面接をして能力を判断ないとね。ここにいる全員、テストを受けたのよ?」

 

嘘だ! 入団テストなんて一回も受けてないぞ!

 

会長が見せた紙を見てみると『生徒会新メンバー募集!』と色とりどりの字で書かれていた。

 

「是非! 受けます!」

 

騙されてますよ! 広瀬さん!

 

会長は広瀬さんに紙を渡すと「そこに書いてある時間に、ちゃんと来てね」と広瀬さんを送り返す。

 

広瀬さんは騙されたとは知らずに嬉しそうに鼻歌をうたいながら部屋を出ていく。

 

それを確認すると、ドアを閉め、机の上に座り直すと「はぁ〜〜〜」と大きくため息をついた。

 

「キョンキョン、あとは頼んだわよ」

 

「わかってるよ、美園」

 

いったい今度は何を企んでるんだ会長たちは。また俺だけが仲間はずれになる展開は勘弁だ!

 

ここはハッキリ言っておこう。

 

「今度はどういう作戦ですか? 今度こそは俺にも教えてくださいよ!」

 

「知りたい?」

 

会長は表情を一つ変えずに無意味な焦らしを入れる。

 

「はひ……」

 

あえて俺は声を掠める。『はい』と言ったつもりだ。

 

 

「ちょっとすみません!」

 

急に浜田さんの張った声が突然室内に響いた。

 

「どうしたの? 伊代ちゃん」

 

「この教室に、椅子は一つしか無いのですか? 立ってるのが辛いです。床は汚れて私にはとても座ることはできません」

 

まるでロボットのようだ。言葉に温度を感じない。

 

「う〜んそうね……。じゃあ、枕研に借りてこようかしら」

 

またあそこか。

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第3話

 

 

 

俺は一人、また隣の枕研へと向かった。

 

ドアを軽くノックしながら、「すみませ〜ん」と言う。

 

……。誰も出てこないなぁ〜……。

 

もう一度ノックする。

 

……。それでも誰も出ない。いないのか?

 

「勝手に入っちゃいなよ」

 

びっくりした!

 

急に背後から声がするから振り返れば、そこには小泉さんがいた。

 

「そんなチンケなノックじゃ起きないよ?」

 

「起きない、ってどういう意味ですか?」

 

「枕研の活動内容って、大体寝ることだからね」

 

なんじゃそりゃ。だったら帰ればいいのに!

 

「合宿部、では」

 

「ないよ? 枕研と合宿部は似てるようで違うからね。枕研は、泊まらないの。合宿部は泊まる。ほら、全然違うでしょ?」

 

ほら、って言われても……。俺にはその違いが今一理解できないんだけど……。

 

「今は、みんな寝てるから、勝手に入っていいのよ?」

 

平然とそう言う小泉さん。

 

「でも、ちょっと気が引けるなぁ……」

 

「なんなの……? 家にキ●タマ置き忘れてきたの? 男でしょうが!」

 

うぁ!

 

っていうか、小泉さんは呆れながらそう言うけど、性別の問題じゃないし。

 

「もう!」

 

小泉さんは業を煮やしたのか、俺を差し置いて枕研のドアの前に立った。

 

「よ〜く見てなさいよ。一回しか見せないからね!」

 

そう意気込むと小泉さんは、気合いを入れる不気味な雄叫びとか、戦隊ヒーローみたいな見世物のファイティングポーズをとるわけでもなく、公園のチビッ子が親御の前でいきなり「チ●コ!」と叫ぶようなノリで、枕研のドアを蹴り飛ばした!

 

大きな音を立てて開くドアの向こうに広がった光景に俺は唖然とした。

 

十畳ぐらいの畳が敷かれた部屋のちょうど真ん中に布団が敷かれてあった。周囲の広々としたスペースには数個の机と椅子が並べられてあった。

 

しかもその布団で、一人の女子生徒が寝息を立てて寝ていた。

 

黒いショートボブ、への字に閉じたキュートな口、剥がれた掛け布団が見せるピンクのパジャマ姿、大きく開いた胸元。

 

その寝姿は言い様の無くすごい無防備で、それに部室の鍵を閉めないのもあって、寝込みを襲うのは簡単そうだ。

 

この女子生徒とは、前にもここで会ったっけな。名前は知らないけど。

 

こいつのパジャマ姿はもう慣れた。普通に構内をパジャマで歩いてるからなぁ〜……。

 

「熟睡ね」

 

小泉さんが寝姿を見ながら言う。

 

「そうですね……」

 

そうとしか言いようが無い。

 

そう言えば、前はクレイヴとかいう部長がいた気がしたんだが? 今日は不在のようだ。

 

「それじゃ私は用事があるから。じゃあねっ。女の子を泣かすんじゃないわよ〜」

 

そう言って小泉さんはその場を後にする。

 

「ちょっ」

 

俺は思わず小泉さんに手を伸ばした。

 

かなり気まずいからねこの状況。

 

だけど小泉さんは会長とは違って察する能力なんてないようで、そそくさと棟を出ていった。

 

さて……どうする? 会長も待たせてるんだ。

 

「し、失礼しま〜す……」

 

俺は上履きを脱いで恐る恐る室内の畳に足を乗せる。

 

「すー……すー……」

 

寝息を立てるパジャマ少女の横を俺は忍び足で、通過し、俺は椅子たちが待つ楽園へ向かう。

 

まるで集中力ゲームだ。

 

それにしてもこの部屋、良い香りがする。何の匂いだ? なんか、甘酸っぱい、レモンみたいだ……。

 

そんなことを考えながら、俺は椅子の背凭れに手をかける。椅子を二つ同時に持ち、出入り口へ向かう。もちろん忍び足で。

 

起きるなよ〜……。

 

なんとか、俺は廊下まで辿り着き、ゆっくりドアを閉めて、生徒会室へ戻る。

 

「なかなかの遅さね。ねむ子ちゃんと一発ヤってきたの?」

 

何の話だ。

 

「ねむ子って?」

 

俺は椅子を置きながら言う。

 

「枕研の部員よ。北乃くうちゃん。みんなは『ねむ子』って読んでるわ。有名でしょ? パジャマで授業受けてる子よ」

 

ああ、パジャマ少女のことか。

 

「あれは、アリなんですか?」

 

「ナシだったらとっくに制服に着替えてるわよ」

 

まぁそうでしょうね。

 

俺が持ってきた椅子は、すでに浜田さんと栗山さんが占拠していた。

 

まぁ仕方ないよね。そのために持ってきたんだから。俺は当分床でいいや。

 

「あともう一つ椅子が必要みたいね」

 

会長がそう言う。もしかして俺のやつか?

 

「俺は良いです」

 

「何言ってるの? 私の椅子よ」

 

「いつも机の上に座ってるじゃないですか」

 

偉そうにね。

 

「持ってきなさい」

 

「またですか?」

 

「聞こえなかったの?」

 

はぁ〜……。

 

めんどくさい奴だ。自分で持ってくればいいのに。

 

俺はまた枕研の部室へ向かった。

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第4話

 

 

「失礼しま〜す……」

 

俺はまた、恐る恐る枕研の部室のドア開けて、こっそり忍び込む。

 

さて、第二ラウンドの始まりだ。

 

寝息を立てるパジャマ少女こと北乃さんの横を通り、椅子がある室内の隅っこへ向かう……。

 

起きるなよ〜……。

 

足音を立てないようにこっそりと……。

 

まるで通学路の番犬との駆け引きだ。

 

俺は北乃さんに背を向ける……。

 

「本日はおはようございますぅ〜」

 

げ!

 

背後から高い声がした! それに合わせて俺は魔法をかけられたように動きが止まる。そして胸の鼓動が高まる。

 

北乃さんが起きたようだ。と、とりあえず挨拶しとこう……。

 

「おはよ――うぎゃ!」

 

俺の体は何かが飛び付いてきて仰向けに倒れてしまう。それが何かは一瞬の出来事で、確認なんてできなかった。

 

畳の上に倒れた俺は急いでそれを確認する。

 

……北乃さんだ。

 

どうやら北乃さんが俺に抱きついてきたようだ。

 

柔らかい感覚が全身を駆け巡ると同時に鳥肌が立つ。

 

「本日はおはようございますぅ……」

 

どうやら北乃さんは寝ぼけているようだ。目も開いてない……。

 

俺は急いで北乃さんを引き離す。

 

しかし、北乃さんは何故か抵抗する。なかなか離れない。むしろ頬擦りをしてくる。

 

この状況じゃちっとも嬉しくないし、新聞部に見られたら大変だ!

 

 

「本日はおはようございます」

 

相変わらずそれしか言わずに離れない北乃さん。

 

駆け引きは数分に及んだ。

 

全然離れない!

 

と思った途端、北乃さんが目を開けた。そしてそのまま俺の顔を見た。

 

「本日はおはようございます……」

 

小声で呟くようにというか様子をうかがうように俺を見つめる北乃さん。

 

「お、おはようございます!」

 

慌てて俺は返事をする。

 

「本日はおはようございます……」

 

『北乃くう』という名の巨大レコーダーには「本日はおはようございます」ってワンパターンの台詞が何パターンも録音されてるようだ。

 

「あ、あの、き、北乃、さん?」

 

今の状況を説明すると……俺が尻餅をついてM字開脚で座り込んでるところに、北乃さんが俺の両肩に両腕をかけて俺のうなじに手を回して、俺の腰に両足でしがみついてる。

 

北乃さんの暖かい吐息が俺の顔にかかる。

 

新聞部に嘘かかれても言い逃れができなくなる!

 

「くうちゃんです」

 

北乃さんが俺のまだ眠そうな目をじっと見つめながら掴み所の無い雲のようなおっとりとした声で言う。

 

「え?」

 

「くうちゃんです」

 

「く、くう、ちゃん……?」

 

「はい?」

 

「は、離れてくれない、かな?」

 

「くうちゃんは嫌です」

 

日本人、だよな?

 

「いや、まずいんだって!」

 

俺は無理矢理北乃さんの肩をつかんで引き離す。

 

「くうちゃんは離れません!」

 

ちょっと!

 

北乃さんは、叫ぶと同時に俺を強く抱き寄せて、何故か俺の首筋に噛みついた。

 

生暖かい、唾液と舌と歯の感触を感じた。すごいくすぐったい!

 

びっくりした〜。食い千切られるかと思った……。

 

さて、この牙無しのエセヴァンパイアをこれからどうするか……。一刻も早く椅子をもってこっから立ち去らないと。

 

しばらくすると、北乃さんの甘噛みはおさまり、その跡地である首筋がスースーして少し気持ち悪い。

 

「枕研に入りませんか? 和也っち」

 

真正面を向いて言う北乃さん。

 

和也っちって、ていうか、俺の名前知ってたのか? まぁ、無理もないか……。色々あったもんな。

 

「ま、まず離れてくれない?」

 

「返事が先です」

 

「いやぁ……俺は生徒会で精一杯なんです」

 

「だいじょです。会長さんがついてますぅ……ふわぁ〜」

 

眠たそうにあくび混じりに言う北乃さん。あれ? 前に来たとき、こんなおっとりしてたっけ。もっと冷たい感じじゃなかったっけ?

 

「会長がついてるって?」

 

「会長さんは私と和也を二人きりにしてくれた恋のキューピットなのです」

 

「え?」

 

まさか、俺はまた会長の作戦にハマったのか?

 

待てよ……。

 

今思えば、浜田さんの椅子が欲しい発言も、会長が椅子を取りに行かせたのも、部長がここにいないのも枕研に俺を勧誘の機会を与える作戦だったのか?

 

だとしたら回りくどくないか?

 

「入ってくださあい!」

 

「入らないよ!」

 

「じゃあ離れまてん!」

 

困る!

 

どうしよう……。

 

ふと、北乃さんの顔を見てみると、目に涙を浮かべていた。今にも声を立てて泣き出しそうな勢いだ。

 

小泉さんがさっき言ってたのはこれのことだったのか!

 

汚い連中だ。

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第5話

 

 

「入ってください……」

 

北乃さんは鼻をすすり、目から涙が頬を伝って畳に滴り落ちた。ホントに悲しそうな顔をする。

 

もう!

 

「わ、わかったよ!」

 

「ホントですか!」

 

北乃さんは目を輝かして俺を見る。

 

「だから離れて!」

 

北乃さんはようやく俺から離れてくれた。そして、パジャマの胸ポケットから一枚の紙切れを取り出して無言で俺に渡してきた。

 

見てみるとそれは入部届だった。さすが会長が仕込んだだけある。準備が良い。

 

「月曜までに書いて顧問に届けるよ……」

 

ていうか枕研の顧問って誰なんだ?

 

「クレイヴさんに届けてくださあい。顧問はいないのですぅ」

 

納得。寝るだけの部活に顧問がつかないのは。

 

「じ、じゃあ、俺はこれで……」

 

俺は当初の目的だった椅子を持って、そそくさと部室を後にする。

 

「絶対に来てね!」

 

そう言って北乃さんは俺を見送る。

 

ドアを閉めてすぐ隣の生徒会室に大慌てで向かおうとした。

 

しかし、「今ごろ出てきたの? 椅子一つだけでいいの?」と背後から声がした。それは正真正銘、小泉さんの声だった。

 

俺はシカトして生徒会室へ向かう。生憎、小泉さんとも目的地が同じなので、シカトしたことについてしつこく聞かれた。

 

でも無視無視。

 

生徒会室のドアを開けると、一番最初に会長の膨れっ面が見えた。

 

「遅い! 何してたのよ!」

 

会長が俺に向かって怒鳴る。俺にはそれが耳鳴りに聞こえた。

 

いや、何って言われても……。

 

「それより美園。どうすんの?」

 

小泉さんがちょうど良いタイミングで会長に、恐らく広瀬さんのことを聞く。

 

「そうね。はぁ〜……なんでこうもめんどくさいのかしら……」

 

会長は染々とそう言いながらも、喋り始める。

 

「一応みんなに話すわね。今回の作戦はこうよ、小海ちゃんを騎士団のメンバーに入れるの。あえてね。それにもう手は打ってあるわ。小海ちゃんに騎士団のオーディションを受けさせるの」

 

いきなり始まったけど、騎士団との戦いのことか。というか今回は俺にも作戦を教えてくれるのか!

 

でも……

 

「受からなかったらどうするんですか?」

 

俺はストレートな疑問を投げ掛ける。

 

「残念だけど軽く作戦失敗ね……。その時は別の方法を考えるわ」

 

まぁ、会長には力ずくという最終手段があるからね……。

 

「今のところ二対〇だから、負けてもそんなに悔しくないしね」

 

そう言って小泉さんが笑う。

 

「何言ってるのよ! 負けは悔しいわ! すっごくね! むしゃくしゃするし、面白くもない!」

 

会長が叫ぶ。

 

「美園は小さい頃から負けず嫌いだからね……」

 

浜田さんが宥めるように言う。

 

というか、え? 会長と浜田さんってもしかして幼馴染みだったの?

 

「ちょっと伊代ちゃんってば! シー!」

 

会長は人差し指を唇にあてる。

 

「あ! ごめんなさい……」

 

何故か謝る浜田さん。

 

そして何故か小泉さんが笑い出す。

 

この三人、絶対何か隠してるな。居心地が悪い。栗山さんも俺と同じ気持ちなのか、笑顔が無い。――って元々か……。

 

「気を付けてよね……!」

 

小声で言う会長。

 

「それより、ねえみんな!」

 

すぐに話を切り替える会長。回転が早い。会長が飲食店とか出したら、五分で出されそうだ。

 

それ以前に会長の店なんて誰も来ないよな……。

 

全員が会長に注目すると、会長は喋り始める。

 

「この生徒会も、名前、つけない?」

 

「名前?」

 

みんなを代表して俺が答える。

 

「そうよ? でも『東菫の騎士団』なんてダサい名前はノーサンキューね」

 

「う〜ん……」

 

小泉さんが興味を持ったのか考え込む。

 

前々から思ってたけど、これ生徒会じゃなくて部活だよな? 完全に。

 

俺に部活二つ掛け持たせて、会長はいったい何を企んでるんだ?

 

今度はどんな手で騎士団を圧倒する気なんだろう。いつしか会長に期待してるし……。

 

頭が良いのか、バカなのか、それさえも考える余地を与えないパワフルな会長にはある意味憧れるよ……。

 

「――レジスタンス、なんてどう?」

 

小泉さんが提案する。

 

たしか、『抵抗』って意味だよな? まさにこの生徒会にぴったりじゃん!

 

「それ良い! 悪い奴をやっつける『レジスタンス』! 私たちにぴったりじゃない! 決まり!」

 

何か色々間違ってる気がするし。客観的に見ると、向こうがヒーローでこっちが悪だと思うんだよなぁ。

 

「今作戦から、我々は『レジスタンス』って名前で活動するわ! 新聞部、記事まかせたわよ! もし新名発表後も『生徒会』とか呼ぶような奴がいたら、そいつには振り向かなくて良いわよ!」

 

女の子の言うことじゃない!

 

「じゃあ、今日はこれにて解散!」

 

会長は間髪入れずに叫ぶ。

 

全く忙しい人だ。

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第6話

 

 

次の日、昨日は金曜、なら今日は? もちろん土曜日だ。

 

平日という名の広い砂漠の中にひっそりと蜃気楼で人々を誘うオアシスに行き着いても、ふと気づいた頃にはもう干上がってるんだ。そんな幻想にも似た現実、この高低さに酔ってしまうと、当日に主役の代役を言い渡された冴えない劇団員みたいに熱も冷めないまま舞台上であたふたしてしまう。

 

でも俺にはそんなの関係ないね!

 

とにかく俺はオアシスもとい休日を楽しみたいんだ。

 

土曜日といったら俺が行く場所はただ一つ、そう、雛菊育成園だ。

 

いつもより少し遅い時間に起きて、やることやってから、妹の桐乃をあしらい、朝十時、自転車に乗り、一人隣町へ向かう。

 

いつもの幹線道路の片隅を流されるまま自転車を漕ぎ、駅から近いガード下の小さな脇道へ吸い込まれるように進入し、住宅街の路地に忍者のように紛れた緑色の門を確認し、その隣の小さな駐輪場に自転車をとめる。

 

自転車からおり、さっさと中に入ろうと緑色の門へ向かおうとした時、来た道から黒いリムジンがゆっくりとしたスピードで走ってきた。

 

珍しいな。もしかして、政治家とか有名人が乗ってるのかな?

 

俺はリムジンを見送ろうとしたが、そのリムジンは何故か俺の前で停車した。

 

そして後部座席の車窓が開いた。

 

やばい。なんか緊張する。大統領だったらどうしよう!

 

「ハぁ〜イ、元気してる?」

 

遊び心をによわせた高い声が、馴れ馴れしく俺に声を掛けてきた。

 

この声、聞いたことあるぞ……。

 

車内なのにストローハット、垂れ下がった水色の長い髪、洒落たサングラスをずらしながら俺の顔をうかがう純白のドレスを着た年上の女性、というか女子……

 

「もしかして、会長……ですか?」

 

「なあに? その宇宙人を目撃しちゃったような顔は。いつも会ってるじゃない」

 

そんな舞踏会みたいな格好をした会長には会ったことはないよ。

 

「なにしてるんですか、こんなところで」

 

「その質問は野暮よ」

 

そう言うと、会長は自分で車のドアを開けて俺に近寄る。

 

ストローハットとサングラスをとり、車内へ雑に放り投げると会長は年老いた運転手に、ジェスチャーで合図すると、運転手はめんどくさそうに微笑んで、リムジンは走り去っていった。

 

会長は何も言わずに施設の門を開け、俺よりさきに中に入った。

 

慌てて俺も会長に続く。

 

会長も、施設が名残惜しいのか? 俺みたいに定期的に来てるのかな?

 

若干ワクワクした様子でレモンの家の呼鈴を押して、待つ。

 

家の中から何やらドタバタと暴れまわるような騒音が聞こえ、すぐに玄関のドアが開いた。

 

出たのは理緒だった。

 

理緒は、すこし焦っている様子で、息を切らしていた。

 

「いったい何事なの?」

 

会長が訊ねる。

 

「前に電話で言った」

 

「アメリちゃんね……」

 

くい気味に会長が言う。

 

アメリちゃん? 誰だそれ。

 

「そんなことより大変なの!」

 

理緒がもどかしげに叫ぶ。

 

「さあて品定めと行きますか……」

 

そう言って会長が家に上がり込む。

 

アメリちゃんが気にたって俺も上がる。

 

「しゃーコラーー!」

 

リビングへ続く廊下で、何やら甲高い叫び声が聞こえた。同時に物が崩れ落ちる大きな音も聞こえる。

 

いったい何事か……。

 

そう思った時、リビングのドアに嵌め込まれてる長方形の曇りガラスの向こうに人影が見えた。

 

その影はどんどん大きくなり、何かがドアに近づいてるのがすぐにわかった。

 

「――ちょっ待って!」

 

理緒が泣きそうな声で叫んだ。

 

その次の瞬間だった!

 

耳をつんざくような大きくて高い音が廊下に響いた。

 

俺はその正体をちゃんとこの目で確認した。

 

ドアのガラスを突き破って、一人の背の低い、小学生ぐらいの金髪で長い髪の女の子が廊下に飛び出てきた!

 

ガラスの破片は飛び散り、俺と会長と理緒は反射神経でそれをかわす。

 

金髪の女の子は、頭から飛び込んだのか額から血を流しながらも、廊下に落ちた破片をものともせず思いっきり踏みつけ、痛みも出血もものともせず、まるで花畑でも駆け回ってるんじゃないかってぐらいに走ってくる。ただ顔はかなりのしかめっ面だ。

 

金髪少女は何か叫びながら目にも止まらぬ早さで廊下を駆け抜けると、突き当たりで思いっきり身体を打ち付けると「うぎゃ!」と声を上げて倒れ込み、動かなくなった。

 

「こ、これは面白いわね……」

 

さすがの会長も苦笑いだ。

 

アーメン――。

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第7話

 

 

「――ドレスに血がついたじゃない」

 

会長が呟く。

 

そんなの着てくるからだよ! つーか何でドレスなんか着てきたんだ会長は。

 

それにしても何なんだアレは。ブルドーザーが突っ込んできたのかと思った。

 

「大丈夫……?」

 

啜り泣く理緒を慰める会長。

 

俺は床に散らばった破片に気を付けながら、ドアは開けずに割れたガラスの穴からリビングへ入った。

 

「ひどいなこりゃ……」

 

思わず声が漏れる。無理もない……。

 

食卓の大きなテーブルは虫の死体みたいに引っくり返り、辺りには割れた皿などが散乱していて、それを施設の職員が片付けてる。

 

二つの部屋の合間にあった大きな本棚は倒れて、辺りに本が散乱した状態になってる。

 

壁には至るところに穴がいていて、まるで蜂の巣だ。

 

庭に通じるスライドドアの窓は跡形無く全て割られていて、その窓際のソファーが置かれた小さな団欒スペースにあるレモンの家唯一の大型液晶テレビは、何故か真っ二つで一つは、右側は俺の目の前に転がっていた。

 

もう片方はと思い、リビングを恐る恐る歩きながら見渡し、探していると何やらドアの開いたままの部屋の中から泣き叫ぶ大声が聞こえた。

 

俺は警戒しながらその部屋へ向かう。

 

「テレビぃーー!」

 

部屋に入ると、明里がテレビの左側を抱き抱えながら泣き叫んでいた。そしてくるりんがそれを慰めようとしているのか明里を撫でていた。

 

「和也くん」

 

くるりんが俺に気づいて、俺の方を向いた。

 

「いったい何が起こったんだ? まるで戦場だ。こんな悲惨な光景……」

 

「理緒のバカがアメリちゃんを怒らせたの!」

 

キレ気味に明里の頭を撫でながら言うくるりん。

 

「アメリって、さっき凄まじい勢いで突っ込んできた金髪少女か……いったい何者なんだ? アイツは」

 

「つい昨日、ここに入ってきたんだ。すごく大人しい子なんだけど、怒ると嘘みたいに豹変しちゃうの。そのせいで、親に捨てられたんだって」

 

なるほどね……。凄すぎて何も言えないよ……。これから雛菊はどうなっていくのやら。

 

「今どうなってる? アメリちゃん」

 

くるりんが心配そうに訊ねてくる。

 

「気絶したのか死んだのか……とにかく意識を失ってるみたい。壁に思いっきりぶつかって奇声上げてね」

 

俺がそう言うと、くるりんはホッと肩を撫で下ろした。

 

その傍らで相変わらず「テレビぃーー」と悲痛に泣き叫ぶ明里。相当テレビが好きなんだなぁ。

 

「和也くん、おはよう……」

 

ふと背後から声が聞こえた。

 

振り返ると、施設の職員である本田美香子さんだ。この人には俺もお世話になった。

 

「おはようございます」

 

他人行儀に挨拶をする俺。

 

「明里ちゃん、理沙ちゃん、ちょっと私、これからアメリちゃんを病院に送り届けてくるね」

 

本田さんが二人に言った。

 

「あ、アメリちゃん!?」

 

不意にくるりんがリビングの方を見て叫ぶ。

 

その言葉に俺と本田さんが振り返る。

 

そこには額から出血して顔面が血だらけの青い瞳の少女、噂のアメリが立っていた! もう目覚めたのか!

 

アメリに寄り添うように、会長と目元の赤い理緒が立っている。

 

「病院なんていかないもん。アメリピンピンしてる!」

 

寝ぼけたようなふわふわした口調でそう言うアメリ。なんて屈強なタフガールなんだ!

 

「ダメ! ほら、足とか、頭とか痛いでしょ?」

 

本田さんがしゃがんでアメリの両二の腕をつかんで言う。

 

「そんなことより――お腹空いた!」

 

その言葉にその場の全員が呆れ返った……。

 

しかし、一人、会長だ。会長は嬉しそうに携帯片手に何やらメールを打ってるようだ。事の深刻さを理解していないようだ。

 

「片付けが最初よ!」

 

本田さんが怒鳴ると、アメリはしょぼんとうなだれてしまった。しかし反省はしていないようだ。

 

アメリは足の裏に刺さったガラスの破片を平然と痛がる様子など無く抜き取って雑にその場に捨てた。

 

「片付けなら、俺も手伝いますよ」

 

「ありがとう和也くん」

 

とは言っても、あんな戦場をどう片付けるのか……。

 

そう思った時、不意に視線を感じた。

 

その視線を逆探知すると、アメリの青眼(ブルーアイズ)に辿り着く。

 

目が合うと、アメリは俺にニコッと笑いかけた。

 

なんて可愛らしい無邪気な笑顔だ。これがさっきのあのしかめっ面になんて何も知らなかったら絶対に結び付かない。

 

こんな不思議な女の子、会長以来だな……。

 

会長よりも強烈なのは間違いない。

 

「これは年末の大掃除より大変ね……」

 

そう呟きながらリビングに戻る本田さん。俺もそれについていく。

 

斯くして俺たちの大掃除が始まった――。

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第8話

 

 

大掃除が終わると、俺と会長とくるりんと明里と理緒、そしてアメリは、くるりんと明里の部屋で一休みをすることになった。

 

会長はくるりんに対する嫌味のようにくるりんの勉強机の椅子に座る。理緒は絨毯の床に、明里、くるりん、アメリは二段ベッドの一階で寛ぐ。

 

掃除中、アメリは何故か俺にすっごくなついてきて、くっついて離れようとしなかった。

 

今も俺がアメリを膝枕してやっていて、アメリはすっごく嬉しそうに下から俺の顔を見ている。可愛いもんだ。

 

俺は作り笑いでアメリを撫でる。なぜならコイツの機嫌を損ねると次こそはレモンの家が倒壊する、と大暴れを目撃した奴らに忠告されたんだ。

 

そんなことより、門で会長に会った時から気になってたことがある。

 

「会長って、かなりの金持ちに引き取られたんですね」

 

「そうよ」

 

会長が即座に反応する。

 

「なんかすごいお城みたいなところに住んでそう……」

 

「そう見える? 正解よ。和也の家の数十倍の敷地面積はあるわね」

 

その場の全員が関心する。しかし、くるりんだけは不満そうだ。

 

「そんな金持ちだったら、もっとすごいことできるんじゃないんですか?」

 

犬を可愛がるようにアメリの頭を撫でながら言ったこれが本題だ。

 

「すごいこと?」

 

会長が首をかしげる。

 

「なんで騎士団との対決の時、あんなネチネチした作戦立てるんですか? 金にものを言わせれば」

 

「ナンセンスよ。それは」

 

会長が食い気味に人差し指を横に振りながら言う。

 

そして、よくぞ聞いてくれた! と言わんばかりに語り出す。

 

「教えてあげる。私は、常にクールで、そしてスマートでいたいの。それに引き取ってもらった分際で、わがままも言えないしね。それに私そういうの大嫌いなの。金持ちが金にものを言わせて好き勝手するのって。私は、自分が作った作戦で相手を打ち負かしたいの! 私の武器は家柄じゃない! とにかく私は家族には迷惑かけないの!」

 

珍しいな。会長がこんな熱弁するなんて。

 

明里や理緒は会長に謎の拍手をおくる。

 

だが、くるりんは「――よく言うよ」と不満げに呟く。同感だ。

 

会長は立ち上がるとくるりんに近づき、仰け反るくるりんの頭を雑に無理矢理撫でると「あなたにも解るわよ。そのうちね」と怖めの微笑みを雑に叩き込む。

 

「あれ?」

 

不意に、理緒が開いたままのドアの向こうに何か見つけたのか覗き込む。

 

「どうした?」

 

「今外に誰か知らない人がいた……」

 

幽霊を見たかのように不安げな理緒。

 

それと同時に会長の携帯のバイブレーションが鳴った。

 

「理緒ちゃん、安心して……私の知り合いだから……」

 

そう言って会長は部屋を出ていって、玄関へと向かっていった。

 

会長の知り合い? 俺も知ってる人なのかな?

 

数分すると、会長が戻ってきた。会長の横にもう一人誰かがいた。

 

俺はその姿を見て驚愕した!

 

「矢口さん? どうしてここに!?」

 

「こんにちは和也くん。み、美園に呼ばれたの。楽しいよって」

 

会長と矢口さんって仲良しだったのか。上級生なのに呼び捨てだ。でも少しぎこちない。

 

「真依、紹介するわ――」

 

そう言って会長は、それぞれの紹介を始める。

 

会長も矢口さんのことを呼び捨てだ。俺もまだ真依って呼んだこと無いのに!

 

「――そして、この子がアメリちゃん。昨日入ってきたね」

 

「へぇ〜可愛い〜」

 

矢口さんは目を輝かせながらアメリをみる。そして「よろしくアメリちゃん」と手を差し伸べる。

 

「よろしく真依ちゃん!」

 

アメリは起き上がり、二人は握手する。それを会長がうんうんと頷きながら見つめる。

 

「気を付けてよ真依。見たでしょリビングを。アメリちゃんを怒らせると酷い目みるわ」

 

矢口さんに注意を促す会長。酷い目どころではないけどね。

 

「ねえ、和也」

 

矢口さんと会長が話してる端でアメリが小声で俺の顔を見つめる。

 

「どうした?」

 

俺も小声で言う。

 

「アメリ眠いの……」

 

そう言うと問答無用でアメリは俺に強く抱きつくと、一瞬ですやすやと寝息を立てて寝てしまった。

 

こんなに可愛いのに残念だ。色々と。

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第9話

 

 

冥王曜日が回ってきた。

 

土曜日、なんとかアメリを説得して午後八時という遅い時間に家に帰れた俺は、その次の日、日曜日も施設へ向かい、アメリの相手をした。

 

日曜日は奇跡的にアメリはキレなかった。

 

だけど帰れたのは土曜よりも遅い九時だ。笑える。

 

 

そんで平日最初の日、そう今日の昼休み、俺が向かっていたのは三年C組の教室。

 

理由はもちろん、クレイヴさんに入部届を出すためだ。

 

途中、騎士団の連中に会わないかひやひやしたが、奇跡的に会わずにすんだ。

 

C組の教室のドアから一番近い生徒を経由してクレイヴさんを呼んでもらう。

 

クレイヴさんは、ふわふわとした穏やかな微笑みを保ちながら俺のもとへやってきた。

 

「こんにちは」

 

俺はとりあえず挨拶する。

 

「おはよう。入部届は?」

 

穏やかな割に噛み合ってないし、結構唐突に来る人なんだな。

 

呆れながらも俺はクレイヴさんに入部届を渡す。

 

「確かに受け取ったよ……。これでくうも喜ぶね。今日は僕は行けないから、くうを頼んだよ」

 

「は、はい……」

 

前にあんなことがあったから、少し気が重い……。

 

新聞部という厄介者もいるし……。

 

クレイヴさんと別れ、俺は自分のクラスに戻る。

 

途中、騎士団が作ったポスターに目が行く。

 

『入団テストは土曜日に終了! たいへん優秀な人材が集まりました!』

 

おいおい。また変なの兼敵が増えたのか……。

 

会長も大変だな。会長が悪いんだけどね。

 

そういえば、広瀬さんの生徒会役員オーディションってのはどうなったんだろう?

 

会長が好きそうな奴ではなかったけどね。

 

広瀬さんが女子で一番ガサツな奴だってことは、校内にしれわたってるからな。

 

それにしても生徒会役員選挙とかは重要なことだから朝会とかで取り上げられるけど、このオーディションは生徒会メンバーしか知らないんじゃないかってくらい内密に行われてる。

 

騎士団の団員募集のポスターは至るところで見たが、生徒会オーディションポスターって全く見かけないな……。

 

騎士団にでも剥がされたのかな?

 

 

放課後、俺は生徒会室へ行く思いではなく、枕研へ向かう思いでB組の教室を出る。

 

C組の北乃さんは、授業に参加せずにずっと部室で寝てることを聞いて、少し枕研に偏見を持ちながら、一階へ向かう。

 

だが階段の踊り場で、なにやらこそこそしてる小泉さんを見かけた。

 

「小泉さん?」

 

声をかけてみる。

 

「静かに! シッシッどっか行って! これから大仕事――大スクープなの!」

 

そう言って俺を追い払う小泉さん。新聞部も大変だな。

 

俺はいつものように渡り廊下側へ行こうとしたが、途中で気になる人物を発見した。

 

栗山さんと浜田さんだ。二人は、靴を完全に履き替え、正門に向かっていた。

 

あの二人、バックレる気か?

 

「……心配しないで。お使いに行かせただけよ」

 

ふと、横から声が聞こえたと思えば、会長がたっていた。

 

「何があったんですか」

 

俺が訊ねたのも束の間、会長は俺の手を強引に引いて、生徒会室へと引きずり込んだ。

 

そして椅子に座らされる。

 

「あ、あの……」

 

俺が訊ねようとした時、会長の携帯が鳴った。

 

「――もしもしキョンキョン?」

 

会長が出て、話始める

 

もしもし+キョンキョン。なんか可愛らしいのかバカみたいなのか……。

 

「そう……」

 

それだけで会長は携帯を切ってポケットにしまう。

 

すると会長はいつものように机の上に座った。だけど今日は少し不機嫌そうだ。

 

「あの……会長、俺、枕研に」

 

「座っててよ!」

 

食い気味に叫ぶ会長。ホントに様子がおかしい。

 

恋人にでもフラれたのか?

 

なーんて、会長に恋人なんてできるわけないか……。

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第10話

 

 

「会長、どうしたんですか?」

 

俺がそう訊ねると、会長は項垂れてしまった。

 

こんな会長、珍しい……。

 

そんな時、ふとドアをノックする音が静かな室内に響き渡った。

 

だが会長は出ようとしない。代わりに俺が出ようと立ち上がるが、その必要は無くドアは勝手に開いた。

 

すると二人の男女がズカズカと入ってきた。

 

騎士団の一木さんと山口さんだ。なぜまたここに? やられに来たのか?

 

「こんにちは会長さん」

 

一木さんが会長に向かって言う。しかし反応は無い。

 

一木さんは今度は俺の方を向いた。

 

「そして、こんにちは桐生和也くん。東菫の騎士団、団長改め会長の一木 博だ」

 

え? 前に自己紹介したはずだけど? 忘れっぽいのかこのメガネは。

 

ぽかんとしていると、一木さんは不気味ににやける。

 

「まだわからないか? 君は忘れっぽいんだな。俺が恋のキューピッドさ。君と北乃くうのね」

 

「どういうこと、ですか?」

 

全然話が掴めない!

 

「今日この日、忌まわしき生徒会長、今田美園の作戦は我々の手によって潰されたのさ!」

 

一木さんが嬉しそうに叫ぶと、隣の山口さんが淡々と喋り始める。

 

「私たちは、北乃さんが和也くんのことが好きだって情報を入手したの。それで、私たちが北乃さんに恋のキューピッドになってあげるから、和也くんを枕研に誘いなさいと言ったの。枕研に和也くんを誘って、枕研は寝る部活だからその最中に我々は和也くんを捕らえるって作戦よ。二人だけの空間を作ってね。でもそれだけじゃ二人の空間なんて生まれないわよね。だって、普段和也くんは枕研なんて行かないものね? だから私たちはこの情報をあえて新聞部に流したの。美園はまんまと和也くんを枕研に送り込んで、二人だけの空間を作ったみたいね」

 

「でも会長は俺たちを疑っていたんだ。それで会長が利用したのは、かねてから生徒会に入りたがっていた広瀬小海だ。会長は、我々が作ったポスターを真似て、『生徒会オーディション』という紙切れを作った。日時、集合場所は騎士団の入団テストと全く同じ。嬉しそうに生徒会室を出た広瀬に小泉が後から声を掛けたんだ。団員はちゃんと目撃していた。小泉が広瀬に騎士団へスパイとして入り込んで情報を盗んでこいと言ってるところはね」

 

あの時、広瀬さんが嬉しそうに出ていった後に会長が小泉さんに「頼んだわよ」って言ってたのは、このことだったのか!

 

「私たちはあえて小海ちゃんを騎士団に入れたわ。スパイにはスパイの仕事をさせてあげるためにね。私たちはデタラメな情報を彼女に教えて、それを美園に伝えさせたのよ。枕研での作戦は嘘で、北乃さんを捕らえたから、北乃さんからの呼び出しと見せかけて、和也くんを一年C組に呼び、隠れていた団員で一斉に和也くんを捕まえる。ってね。でも、それはただ単に厄介な新聞部部長を捕まえるための罠よ。会長はまんまと騙されて、今日歌をC組に送り込んだわ――」

 

小泉さんが、さっきこそこそしてたのって、このことか。

 

「――それで、こそこそしてる今日歌を聖ちゃんが捕まえたの。それを皮切りに生徒会の手先である新聞部を全員ね。そして、今日歌の携帯を使って美園にこう言ったの。『作戦成功!』とね」

 

これってもしかして、会長がおされてる? 会長は相変わらずうなだれている。

 

「何をしにいったかは知らないが、きっとお前の下らない作戦の一部だったんだろう、さっき出ていった風紀委員長と栗山夏子も捕獲済みだ」

 

またしてもいきなり生徒会と騎士団の作戦に巻き込まれたかと思えば、どうやら大ピンチのようだ……。

 

「か、会長……」

 

不安な俺は会長に声を掛けるが、やはり反応しない!

 

不意に、一木さんが指を鳴らした。

 

すると、室内が一気に暗くなったと思ったら、窓の外に謎の黒ずくめの集団が現れた!

 

その集団は窓ガラスを一気に割った。

 

大きな音を立てて破片が室内に飛び散る。会長に破片があたるが、会長はびくともせず項垂れている……。

 

そして、割れた窓から黒ずくめの集団が数十人体勢で押し寄せて、俺と会長を囲んだ!

 

これはホントにまずい気がする!

 

まるでアクション映画のクライマックスだ!

 

山口さんが会長に歩み寄る。

 

「わかったでしょ? 負けるってすっごく悔しい。『家柄』を使えばよかったのにね。……仲間を助けてほしかったら、とっとと降伏しなさい! アンタの大好きな和也と一緒にね!」

 

山口さんの声が響き渡る。

 

なんとか言ってくれ会長!

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第11話

 

 

なんか空しい感じするけど、よくよく考えてみれば、これが正義なんじゃないのかな?

 

俺たち生徒会はバカだったんだ。それをほっといた教師もね。

 

これを機に俺は普通のつまらない人間として高校生活を送るのか……。

 

もうちょっと生徒会で良い思い出ができてからでもよかったのになぁ……。

 

「ねえ和也、覚えてる……? 私が言った言葉」

 

会長が項垂れながら呟く。

 

「な、何をですか?」

 

「私たちを『生徒会』って呼ぶ連中はシカトして良いって……」

 

たしかにそんなこと言ってたな……。

 

だからずっと無言だったのか。

 

「は、はい」

 

「今さら何を言い出すのかと思えば……」

 

一木さんが呆れる。

 

ふと、廊下から、足音が聞こえてきた。

 

「ねえ、和也。騎士団が一つ、忘れてることがあること知ってる?」

 

「……へ?」

 

その言葉に、その場の全員が会長に注目する。

 

「紹介するわ、私の親友よ――」

 

会長がそう言った途端、生徒会室の出入り口の前に一人の少女が立った。

 

矢口さんだ。

 

「またせた? 美園」

 

「もう! すっごい待ったんだから!」

 

会長はさっきまでの落ち込み具合が嘘だったかのようにきゃぴきゃぴ喋る。

 

もしかして、ずっと黙っていたのって、『生徒会』って呼んだからだけじゃなくて、矢口さんを待ってたからなのか?

 

「呆れた……。あんたなんかに何ができるっていうの?」

 

山口さんが嘲笑う。

 

「……山口、さんでしたっけ? 紹介します。私の友達です――」

 

怒りを必死に堪える矢口さんの後ろから一人の背の低い少女が顔を出した。

 

金髪に青い目……あ、アメリ!? なぜここに!

 

……なるほど。どうやら、この戦いも、会長の勝ちのようだ。

 

アメリは不機嫌そうに山口さんをはじめとした騎士団員を睨み付ける。

 

「実は、夏子と伊代ちゃんには、アメリちゃんを迎えに行かせたのよ。でも私は二人だけじゃ不安だから、保険を掛けたのよ。元々騎士団の手先で、今は完全にノーマークの真依をね。案の定、真依の出番ができたわ。不本意だけどね。……バカな騎士団がわざわざ施設まで来てこそこそ得た情報は、私が『金持ち』ってだけ。ホントに、笑えるわ!」

 

「だからどうだっていうの?」

 

山口さん……アーメン。

 

「私の勝ち、あんたらの負け、それだけ」

 

会長がそう言い終わった時、突然、部屋中に大きな金属音が響いた。

 

その途端、黒ずくめの騎士団の手先たちがざわめき、後ずさる。

 

俺はその正体を目撃していた。

 

初対面の時と全く同じ眉間にシワを寄せた厳つい表情でアメリが見せた一瞬のショーは、アメリの身体よりも大きな生徒会室の鉄のドアを根こそぎ取り外したかと思えば、それを持ち上げ、頭上で本を閉じるかのような軽さで一気に折り畳んでしまった。

 

ドアに嵌め込まれていたガラスの破片がアメリの頭に降り注いだが、アメリは顔色一つ変えないで、騎士団の連中を睨む。

 

俺はこの時はじめて、アメリがキレることに対する喜びを感じた。

 

「アメリちゃんの本領発揮ね――」

 

会長が笑みを浮かべながら呟く。

 

「な、なんなの……?」

 

山口さんがアメリに偏見な視線を向け、一木さんと共に後ずさる。

 

「しゃー! コラー!」

 

アメリは気合いを入れるように大声で叫び、上体を少し仰け反らせた。

 

恐らくあの折り畳んだドアを投げるつもりなんだろうけど、明らかにこのまま投げたら机の上に座ってる会長にあたるって!

 

俺の心の叫びも空しく、アメリは一気に腰を引っ込ませ上体を前に突き出し、その勢いで頭上のドアを会長目掛けて投げつけた!

 

しかし一瞬だけ見えたアメリがドアを投げつけるまでの会長の表情は、余裕そのものだった。

 

俺にはちゃんと見えた。

 

会長は、凄まじい勢いで飛んできたドアを完全に見切り、座ったまま股を開き、出来た隙間に両手をつけ腕を曲げると、勢いをつけ、ドアが直撃する、まさにその寸前に、両腕をバネにして宙に飛び上がった!

 

会長と机の狭間を猛スピードで通過するドアの上を会長は華麗に一回転した!

 

生徒会室のドアは真っ直ぐと脇目もふらず、黒ずくめの集団へ突っ込んだ。連中はかわすことなどできず無様な声を上げてまるでボウリングのピンのように弾け飛ぶ。

 

完全に怯んだ騎士団の手先を蔑ろに、会長は机の上に綺麗に両足で着地した。

 

かと思えば、間髪入れずにしゃがみこんだ。

 

「アメリちゃん!」

 

会長はそう叫ぶと、勢い良く、アメリのいる廊下の方へ飛び込んだ!

 

それを合図に、アメリは机の方へ突進する。

 

一気に会長とアメリの位置が逆転しようとしていた。

 

俺も身の危険を感じ、会長が着地した廊下に逃げる!

 

アメリは机の脚を片手で掴むと、それを狂気したように振り回し、次々と黒ずくめの騎士団の手先を打ち負かす。

 

全員が戦闘不能になったのを確認すると、廊下際の机を一木さんへ向かって机をぶん投げた!

 

机は一木さんにクリーンヒットし、一木さんは衝撃で吹っ飛ばされ、机と共に壁に身体を打ち付け、倒れ込んでしまった。

 

一木さんが打ち付けた壁には窪んで蜘蛛の巣状に亀裂が走っていた。

 

ホントに、アメリの本領発揮だ……。

 

「面白いじゃない……」

 

山口さんは驚きながらも、どこか余裕の表情でアメリを見据える。

 

そして、メガネを外した。

 

どうやら山口さんも本領発揮するようだ……。

 

「楽しませてくれそうね。尿色金髪おチビちゃん」

 

そう言って山口さんは右手に握った自分のメガネを思いっきり握り潰し、それを思いっきりアメリに投げつけた。

 

アメリは平然と首を曲げてそれをかわした。アメリの目は、輝きを失い、まるで狂気の殺人鬼のようだ。

 

山口さんと対角の壁にメガネが打ち付けられた小さな音を合図に、アメリが山口さんに向かって走り出す!

 

今回は会長も固唾をのんで見守っていた……。

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第12話

 

 

俺たちはアメリという名の金髪美少女小学生の皮を被ったエイリアンと、それを狩ろうとする山口百子もといプレデターの壮絶な死闘が今まさに始まろうとしていた!

 

「心配しなくてもアメリちゃんは大丈夫よ」

 

会長が俺の肩に手を置いて優しく呟く。

 

テレビを真っ二つにして、ドアを折り畳んだ奴なんだ。それに山口さんは会長にすら勝ってない。

 

大丈夫だろうけど、山口さんの謎の余裕さが気になる。

 

そうこう思ってる間にも二人の戦闘は激化する。

 

アメリの先制突進を流れるような滑らかな動きでかわして後ろに回り込んだ山口さんは、腰を落とし、左足を曲げ、バットを振るようにピンと伸ばした右足でアメリに足払いを決める!

 

アメリは仰向けに倒れこむ!

 

だが山口さんは間髪入れずすぐ立ち上がると倒れたアメリの顔面に大人げない強烈右ストレートを叩き込む!

 

アメリは暴走の達人とはいっても、武道の達人ではないんだよなぁ……。

 

山口さんは口元に笑みを浮かべながらアメリの顔面から拳を退ける。

 

アメリは気絶したのか目をつぶり、顔は赤くなり、鼻血が出ている。

 

「観念した?」

 

山口さんが嘲笑う。

 

すると、アメリはふと目を開ける。

 

そして瞬く間に立ち上がると、山口さんに掴みかかるが、平然とかわされ、回し蹴りを腹部に喰らい、吹っ飛ばされ、枕研側の壁に身体を強く打ち付けた。

 

手加減しない山口さんは、そのまま壁に凭れたアメリに殴りかかるが、すぐに起き上がったアメリは、突っ込んできた山口の腰に抱きつくと、そのまま半回転し、自分もろとも壁に豪快な体当たりをする。

 

お陰で壁には大きな穴が開き崩れ落ちる。

 

壁を突き抜けてしまった二人の姿は見えなくなり、俺と会長と矢口さんは、すぐに隣の枕研の部室へ向かう。

 

そしてすぐさまドアを開ける。

 

すると、呑気に布団で寝ている北乃さんの宙を舞い、また壁に身体を打ち付けた。

 

恐らく山口さんに投げ飛ばされたんだろう。

 

ボロボロの姿で項垂れるアメリ。もう見ていられない!

 

山口さんのやってることは非人道的だ!

 

しかし、アメリはやっぱりダイハードなタフガールだ。普通の奴ならもうとっくに死んでるような衝撃を受けても、また起き上がりふらつきながらも、山口さんへ力強く足を踏み込む!

 

だが、山口さんは向かってくるアメリの顎を蹴り上げる。アメリは垂直に宙に浮かぶ。

 

その隙も逃さず山口さんは、いや山口は、アメリの服を掴み、窓へ思いっきり投げ付けた!

 

大きな音を立てて割れた脆い窓ガラスの破片と共に外へ投げ出されるアメリ。

 

それでも北乃さんは起きない。

 

山口は、俺たちの方を振り返る。

 

「あれが生徒会の最終兵器なの?」

 

「……」

 

山口が『生徒会』と呼ぶからか、会長はシカトする。

 

「そんなことより――」

 

シカト決め込むかと思っていたが、会長が口を開く。

 

すると、山口の真下の畳が不自然に盛り上がる。異様な光景だ。

 

盛り上がった畳は、火山が噴火するように、一気に押し上げられ、山口は仰け反り、尻餅をつく。

 

畳の下から現れたのは、ガラスの破片が身体中に刺さって血だらけのアメリだった!

 

さすがタフガールだ。

 

山口はすぐに立ち上がろうとしていたが、立ち上がれなかった。

 

いつの間にか背後から山口に近寄っていた会長が、両腕を山口の脇の下から通し、山口の身体を押さえつけていた。

 

「離せ!」

 

焦りを見せる山口。

 

アメリは、畳の縁を掴むと、畳で、山口の顔にビンタを撃ち込んだ!

 

畳の角が山口の顔面を直撃し、山口は血を吐く。

 

アメリは畳を窓の外に投げ捨てると、姿勢を低くし、思いっきり足を踏み込み、山口の腹部目掛けて突進した!

 

その衝撃で会長もろとも吹っ飛び、コンクリートの壁を突き抜け、廊下へ飛び出した!

 

飛び散った瓦礫で煙が発生し、三人の姿が隠れてしまい、どんな状況かわからない。

 

俺と矢口さんは、固唾を呑んで煙がおさまるのを待つ。

 

会長とアメリは、そして生徒会、じゃなくてレジスタンスはいったいどうなってしまうんだ!?

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第13話(終)

 

 

煙が引き、俺の目に映った光景は、まるで寝相の悪い女子生徒が集まった修学旅行の夜中のように、瓦礫に埋もれた三人の姿だった。

 

三人は死んだように動かない。

 

俺と矢口さんはそれを凝視する。言葉が出ない。

 

割れた窓ガラス、穴の空いた床、崩壊した壁二ヶ所、そして起きない北乃さん。

 

まるでディズニーランドだと言われて廃墟に連れてこられた時みたいな空しい気分だ。

 

連れてきた奴、そう、会長を恨みたいが、そこを連れてこられたのを機に廃墟にハマったように凄まじい光景を見れたことに関心してしまった。

 

「死んじゃった、のかな……?」

 

心配そうに呟く矢口さん。

 

「まさか。会長もアメリも、それに山口も、かなりのタフガールだし、壁突き破った程度じゃ死なないと思う」

 

「そう、だよね……」

 

とは言っても一向に起きる気配が無い。

 

会長がここで死んだら、レジスタンスも、束縛も無くなるんだろうけど、それはそれで寂しい。

 

ふと、背後から無数の足音が聞こえてきた――

 

「和也く〜〜〜ん!」

 

――それと聞き覚えのある声も。

 

振り返ると、小泉さんを始めとした、浜田さん、栗山さん、広瀬さんが走り寄ってくる。

 

「みんな! 大丈夫だったの?」

 

俺がそう言うと、小泉さんは、余裕の表情で、自らの腕を手で叩いて俺に見せつける。

 

「私の実力を嘗めないでよね! 縄脱けなんて朝飯前!」

 

さすが新聞部。というか小泉さん。

 

「というか騎士団の連中はどうしたんですか?」

 

「スタンガンと催涙スプレーもレジスタンスの一員だってことをもう忘れたの?」

 

なるほどね……。

 

普通に考えたらおかしいんだけどね。なんて言葉はもはやナンセンスだね……。

 

「全くひどいわね……」

 

浜田さんが瓦礫に埋もれた三人を見て呟く。

 

栗山さんや広瀬さんも、その異様な光景をこの世のものとは思えないんだろう、目を見開き見つめる。

 

ふと、瓦礫が崩れる音がしたから見てみると、破片と血と埃だらけのアメリが起き上がっていた!

 

けろりとしていて、欠伸をして目を擦る。

 

ホントに修学旅行の朝みたいだ。

 

「アメリちゃん! 大丈夫なの?!」

 

矢口さんが驚き、叫ぶ。

 

アメリは無言で、初めて歩き出した赤ちゃんのように手を前に伸ばして俺に近寄ってきた。

 

「和也くん……」

 

そう言って俺に抱きついてくるアメリ。

 

俺はそれを優しく抱きしめて上げる。

 

端から見れば実に奇妙な光景だろう。

 

「美園! あんた平気なの!?」

 

小泉さんが叫ぶ。会長も起き上がったようだ。

 

「……今日は久しぶりに楽しめたわ」

 

顔にできた無数の切り傷や後頭部の出血なんてものともせず感想を述べる会長。

 

……さすがです会長。というか前にもこんな出来事があったのか?

 

気絶して倒れている山口を見据えながら会長は微笑む。

 

「三対〇」

 

小泉さん山口に小さい瓦礫の石をぽんと投げる。その石は山口の顔面に当たった。

 

すると、山口は目を開けた!

 

「ハ〜イ、気分はどう?」

 

会長が嫌味のように話しかける。

 

「アンタに触れた背中が痒いわ」

 

山口は会長に向かってツバを吐きかける。ツバは会長のほっぺたに付着した。

 

「キョンキョン……」

 

会長がそう言うと、分かっていたかのように小泉さんが会長にスタンガンを渡した。

 

受け取った会長は、電源を入れて山口の腹部に感電させた。

 

山口は強がったのかグッと声を堪えて気絶する。

 

「今回は結構ヤバかったんじゃない?」

 

小泉さんが山口を見据えながら会長に言う。

 

「確かにね。キョンキョンが捕まったことも予想外だったし。アメリちゃんがいなかったら完全に負けてたわ……」

 

ホントにピンチだったんだなぁ〜。

 

「みんな! 今日は打ち上げに行きましょ。私の奢りよ。お金なら腐るほどあるわ」

 

「いえい!」

 

明確に喜んだのは小泉さんだけで、他は呆れ返った苦笑いだ。

 

「あ、あの!」

 

広瀬さんが意を決したように会長に歩み寄る。

 

「どうしたの? 小海ちゃん」

 

「あ、あの、あの生徒会の件は……」

 

「入って良いわよ。それと生徒会じゃなくてレジスタンスね」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

またメンバーが増えるのか……。

 

それにどうする気なんだ? 騎士団。

 

校舎は会長が弁償するとして……。

 

 

-14ページ-

 

 

あとがき

 

 

「小説家になろう」にて、連載している偶作「オアシスがかれるほど騒ぎたい!」の第4章(2011年9月14〜18日)。このサイトでは第2章として連載。公募用の堅苦しい作品を制作していた最中、息抜きのためにプロットも何も作らずに書いた作品だったけど、意外に好評だったため、一時はこちらを執筆するのに集中することもありました。この章は、その第1次黄金期を築いた章です。

説明
生徒会長は美少女! ……でも、頑固で口汚くて悪賢い。そのせいで学校中は敵だらけ。 平凡な高校生・桐生和也が主人公の座を脅かされながらも、会長に捨てられないために偽生徒会役員として大奮闘!(活躍はしないけどね) いつかアイツの口に石鹸を突っ込むんだ──! いつも寝てる呑気な娘や、センスの無い偽名で学校生活を送ってる娘、火星からの留学生などなど、様々な刺客が彼の前に立ちはだかる!


「小説家になろう」公式ランキング・コメディー部門、最高10位!
「小説家になろう」非公式ランキング・コメディー部門、最高1位!


第2章まとめ。




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