真・恋姫?無双 〜天下争乱、久遠胡蝶の章〜 第四章 蒼麗再臨   第十二話
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振り払われた手をじっと見やり、仲達は思考に耽った。

 

 

何と愚かな行動。

何と下らぬ浅慮。

 

 

そう、言ってやるだけなら実に容易い。

 

本気で止めようと思ったのなら、止める手立ては幾らでもあった筈だ。

 

 

なのに、仲達は一刀を追わなかった。

 

 

 

(何故、か……)

 

 

 

―――そんな、分かりきった問答を自分にする程仲達は自分が愚かでない事を知っている。

 

 

利益と損失。

体裁と内実。

 

そうした損得勘定“だけ”で済まないからこそ、何時の時代にだって英雄という存在はいるのだ。

 

胸を焦がす様な英雄譚に、義侠心に名を馳せた武勇伝に、人は何時だって魅せられてきた。

 

それは、軍師である自分の様な立場からすれば、何処までも愚かしく、下らぬ、馬鹿馬鹿しい事かもしれない。

 

 

 

――――――だけど、人は夢を捨てられない。

 

 

 

 

 

『人は夢を望むものです。そして……』

『――――――夢は、何者にも壊せない』

 

 

 

 

 

 

(……やれやれ、これでは一刀の事を言えないではないか)

 

 

以前の自分であれば、下らぬと一考するまでも無く切り捨てた事を、しかし今では実行しようとしている。

軍の命運すら左右しかねない事態だと云うのに、何と愚かな事だろうか。

 

 

「……フン、仕方ないな」

 

 

とはいえ、このまま見過ごすというのも実に不快だ。

戦に乗じ、火事場泥棒に託けようなどと目論む下賤の賊徒を許せる程、仲達は高徳ではない。

 

 

―――そう。不快だ。

―――“僕にとって”不快だから、潰す。

 

 

ただ、そう結論付けて、自分を納得させた。

 

 

「朱里、兵を百ばかり借りて行くぞ」

 

 

さて、何はともあれ先ず為すべきは一つ。

 

 

(――――――僕らが行くまでに、死んでくれるなよ? 一刀)

 

 

軍議用の黒羽扇を机の上に置き、早足に仲達は天幕から出る。

傍に控えていた近衛兵に二、三指示を飛ばし、自らも馬に跨った。

 

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「司馬懿が動いた?」

「はっ」

 

 

予め各方面の軍に放っておいた斥候からの報告に、華琳は眉を顰めた。

 

 

「この膠着状態、無理に力技で押しきれるものでもないというのに……」

 

 

華琳の傍に控えていた荀ケ―――桂花が呆れかえった様な声音を洩らす。

華琳にその才を見出されて以来、軍師としてその知略を発揮してきた彼女にしてみれば、攻め難い相手の砦を更に数で押し切ろうとするのは愚策も良い所だった。

 

 

「それで? まさかバカ正直に真正面から突っ込んだ訳じゃないでしょうね?」

「い、いえ……それが…………」

 

 

僅かに言い淀んだ斥候に鋭い視線を向けて言葉を促すと、慌てた様子で二の句を告げた。

 

 

「『司馬』の旗を掲げた部隊は、本戦場から迂回し、近隣の村へ向かったとの事です」

「はぁ?」

 

 

正気を疑う様な桂花の声が天幕に響いた。

 

 

「この大事な時に戦線離脱…………程度が知れるというものね」

「控えなさい、桂花」

 

 

ぴしゃり、と華琳の声が桂花の言葉を遮った。

生唾を飲み込む様に息を呑んだ桂花に一瞥もくれず、華琳は宝石の様な双眸に斥候を映した。

 

 

「確か先刻、公孫?の部隊から劉備の軍が離脱したとの報せがあったわね」

「はっ」

「……成程。大方、あのお人好しに中てられたといった所かしら」

 

 

疲れた様に華琳は呟くと、桂花に命じた。

 

 

「桂花、“裏道”の調べはついているわね?」

「はい、華琳様」

「では秋蘭の部隊を向かわせなさい。態々先陣を譲ってくれるというのなら、謹んで受け取るのが礼儀というもの……存分に魅せてあげましょう。この曹孟徳の軍の強さを」

 

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劉備―――桃香は、自分がお人好しである事を知っている。

それが一軍の将としての“甘さ”で、一国の主としての“弱さ”である事も、十二分に理解している。

 

 

だが。

だがそれでも、自分の道に“見捨てる”という言葉はあってはならないと、彼女はいつも感じていた。

 

 

例え零落しようと、この身は中山靖王の末裔、漢王朝にその名を連ねる者―――即ち、天下万民を守護し、導くべき存在。

 

故に、守るべきは守り、庇うべきは庇い、愛すべきは愛す。

 

 

それが甘さであろうと弱さであろうと、この心の在り方だけは変えたくない。変える訳にはいかなかった。

 

 

 

―――周辺の賊が、近隣の村を襲撃している。

 

 

 

だから彼女は、傷だらけのみすぼらしい村人が涙ながらに訴えたその言葉に応えた。

守護するべき官軍が見捨て、切り捨てようとした命を救う為に。

 

 

「桃香お姉ちゃん!! 危ないのだ!!」

 

 

逃げ惑う村人を甚振る様に殺して、穢して回る黄巾賊を―――貧困に苦しみ、家族の為に窃盗を行うしかなかった者達を、討つ。

 

 

その結論に、迷いがなかったとは決して言わない。

だが、それは絶対に言えないのだ。この身はもう、自分一人だけのものではないのだから。

 

 

だというのに、気づけば彼女は転んでしまった少女を守る為に、迫り来る賊徒を前に両手をいっぱいに広げて仁王立ちしていた。

腰に提げた家伝の宝剣―――靖王伝家を抜く事すら忘れ、ただ“守る”者として。

 

 

だから、目の前に鈍い銀色が閃いた時、彼女はただ漠然と「ああ……私、死んじゃうんだ」と考え、泰然とそれを受け入れようとしていた。

 

 

 

所詮、この身は一国の主、一軍の将には相応しからぬ、ただの凡俗な少女。

“守りたい”という想いだけが空回りしてしまう、愚かな正義感の塊。

 

 

それでも――――――桃香は迷わなかった。

守るべき正義の為に、自分に出来る事をやった――――――今際の際に、そんな想いが彼女の胸に去来した。

 

 

「死ねぇっ!!」

 

 

嗚呼―――もう逃れようはない。

その肉厚の刃がこの身を抉り、命を奪う数瞬先の未来を幻視し―――それでも桃香は、その背中に背負った守るべき命に向かって叫んだ。

 

 

「生きて……!」

 

 

 

 

 

―――その言葉に、答える様に。

 

 

 

 

「お、らぁっ!!」

 

 

煌びやかな輝きが横を通り抜けて、眼前の男を切り裂いた。

 

 

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――――――これまでの君の動きを見てきたが、やはり君にはこれが一番よく合う様だな。

 

 

旗揚げの時、仲達達が俺に内緒でこっそり用意してくれた“それ”は、初めて触れた筈なのに、とても懐かしい感じがした。

 

 

――――――最も、僕ら三人は揃いも揃って武芸が達者とは云い難いからな。君が気に入ってくれるのなら、それが一番なのだが。

 

 

独特の反り。

刀身に宿る波紋。

 

そして―――手にした瞬間、全身に伝わる感覚。

まるでそれまで眠っていた細胞が呼び起こされる様に沸き上がった高揚感は、今でも鮮明に憶えている。

 

 

 

 

 

 

―――それは、嘗て俺が剣術を習う際に、爺ちゃんから一番初めに教えられた事。

 

 

 

『一刀、これを持ってみろ』

 

 

 

抜いた瞬間、ずしりと伝わる重量と、背筋を奔る言い知れぬ感覚。

それは、美術品として造られたモノとは一線を画した、人の命を“奪う”為に造られた一振り。

 

 

 

『それが、人の命を奪う“重さ”だ。それを決して忘れるな』

 

 

 

そう。

本来、人の命を刈り取るそれが軽いモノであっていい筈がなかった。

 

 

遍く全てのモノに与えられた、只一つの命。

それを奪う為に、時に守る為に、活かす為に用いられてきた。

 

 

それが、それこそが―――“刀”のあるべき姿なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだテメェは!?」

 

 

切っ先を相手に向け、正眼の構えをとる。

嘗て散々叩き込まれた足運びが、まるで流水の様に自然に蘇る。

 

 

―――一切の雑念を捨てろ、一切の油断を捨てろ。

―――この輝きは、本来賞讃されるモノではない。賛美されるものではない。

 

 

応えない一刀に業を煮やした様に、男達が一斉に飛びかかった。

構えも何もない、力任せの獣の様に襲い来るそれを前に――――――一刀は、酷く落ち着いていた。

 

 

「―――ッ」

 

 

刃で木の葉の表面を薄く削ぐ様に、一閃。

手首の返しと共に、無防備な肩目がけて袈裟切り。次いで切り上げ。

無謀にも真正面から迫って来たそれを、大上段から一気に叩き斬る。

 

 

演武の様ですらあるその流麗な動きを彩る様に、一瞬遅れて鮮血の花が三輪、艶やかに花開いた。

 

 

後ろで息を呑む声が聞こえた。

 

だが一刀の双眸はスッと細められ、未だ周囲で唖然とする賊たちを睨みつけていた。

 

 

そして大きく息を吸い込み、高らかに吼えた。

 

 

「天救義志軍総大将、北郷一刀! 義によって、劉備殿にお味方する!!」

 

 

 

説明
もうペースが戻りません…………。

そして若干一刀君がKAZUTO化してます。
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