記憶録「夢ヲ想モウ」A
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 身体中に走るむず痒さに大貴は起こされた。

 蚊かダニにでも喰われたようだ。掃除も何もしていないのだから当然だろう。眼が覚める前からぼりぼりと引っ掻いていたらしく、あちこちに血の痕ある。斑模様に広がる赤いぶつぶつを見ていると気分が悪くなってくる。

 腕や肩をさすりながら視線を適当に泳がせ、雑魚寝していた部屋を見渡す。

 都会生まれの団地暮らしが常だった大貴からすれば、一軒家というものそのものが珍しい。彼の言う家とは、リビングやキッチンに和室等々と名付けられて適当に区分けされた狭い空間のことで、上下左右に同じような部屋がある建物のことを指す。

 

「でかいしぼろい」

 

 大人はいずれは一軒家に引越したいとよく言っているが、その気持ちが分からない。団地は狭いというが、むしろその位の広さが荷物的にも心地よさ的にも合っている。宴会ができるような無駄に広い部屋が並び、築何十年と歴史だけ家に住むのはご免被りたい。

 だが、いま大貴はその最も住みたくない家にいる。

 誘ってきたの友人の姿はない。

 昨日は遅くに帰ってきたのは覚えているが、そのあとは家族に相手にされない疲れきったサラリーマンみたいな表情をしてどこかに行ってしまった。部屋のどこかで同じように雑魚寝でもしているのだろう。

 よっこらせ、と起き上がる。

 時間は分からないが、入り込んでくる日差しから考えるに早朝と呼べる時間だろう。本来であれば夢の中にいるはずだが、快適と程遠い場所では夏場に現れる睡眠の敵には敵わなかったようだ。

 

「お〜い〜。博識どこだ〜い」

 

 いくつもある部屋を適当に開けては次の部屋に向かう。

 どこも埃だらけで、開けただけで舞ってしまうほど。長い間だれかが入った気配はない。そんな場所にいるはずがないと見渡さず一瞥だけして歩を進める。

 日の当たらない廊下でそれを三度ほど繰り返して、人気のある部屋を見つけた。閉めきっているはずの襖がわずかに開き、朝日が零れている。

 

「おう。お目覚めの時間だぜ……ぁ?」

 

 隙間に指を掛け、一気に開く。

 いた。

 毛布を掛けることなく畳の上で、昨日と変わらない服装でまるくなって寝ていた。暑さと蚊に安眠妨害された大貴とは打って変わってとても心地良さそうな寝顔をしている。

 ただおかしいと思ったのは、そこにはもう一人。

 朱袴と白衣を身に纏った少女が、博識に寄り添い抱くように寝ていたことだった。

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 目覚めて早々、博識は大貴とにらめっこしていた。

 違うといえば、大貴は笑わせようとせず本気で睨みつけ、博識は困ったように眉を寄せていた。

 

「実はアレだろ。曾ばあさんの荷物の片付けってのは名目で、本当は内密にお付き合いしていた巫女さんとキャッキャウフフするのが目的だったんだろ?」

 

「いやそもそも会ったことないんだが」

 

「昨晩はお楽しみだったんだろ? あれか? 帰りが遅かったのはヤってたからか? だから汗だくだったんだろ? 見事な演出とシチュエーションじゃねえか」

 

 こじつけと言いがかりをまくし立てる大貴は止まらない。

 

「俺を連れてきたのは彼女自慢か? ああそうだよな。こんな綺麗な姉ちゃんを隠してたんじゃ自慢の一つや二つとは言わず四つも五つも六つも七つも八つも九つ十(とお)としたいよなそれが普通だしな」

 

「俺は彼女のことなんて知らないし、曾祖母の荷物を整理しにきたのは本当のことだ。第一、脱童貞をした覚えはまだないんだが」

 

 何を言っているのだろうかと自分で言って毒づく。

 

「五月蝿い青姦野郎。くそ、羨ましくないからな」

 

 ついには目尻に涙を浮かべて畳を叩き始めた。

 気まずいを通り越して、もう面倒この上ない。

 朝、唐突に叩き起こされ、有無を言わさずに戯言を言い始めた

 何はともあれ、こうなった現況であり、一番の問題点に話を振った。

 

「君はどうしてそこにいたんだ? そもそもからして、名前は?」

 

 眼が覚めた時、博識は彼女の横にいた。

 

「私は……そうですね、アヤツとも呼ばれておりましたのでそのようにお呼びください。ここにいる理由は貴方様がこちらにいたからですよ」

 

 アヤツはそれが自然だと博識の横で正座している。

 俗にいう巫女服を着ている彼女は、博識をあやす様に寄り添って眠っていた。突然の事態に呆然としたが、整った顔立ちに朝日を浴びてより黒を強調する滑らかな長髪に見惚れたのも事実だった。

 現に、優しく微笑みかけてくるアヤツを直視するには少々気恥ずかしいものがある。

 

「やっぱりお前の女じゃねえか!」

 

 反して大貴は怒り心頭中。

 

「こんな質素可憐を形にしたような大和撫子巫女、しかも精霊だと。清純すぎてもはやパーフェクトじゃねえか穢れてる要素がお前しかねえ」

 

「精霊?」

 

 聞き捨てならない言葉に首を捻る。

 

「は? どう見ても精霊だろ」

 

「あの、いま気付かれたのですか?」

 

「いや分かるか。彼女はどこをどう見ても人間じゃないか」

 

 さも当然だと反応する二人。

 連盟に属している大貴なら一見すれば分かるだろうが、ごく一般人である博識に分かれと言うほうが酷である。耳や尻尾など特徴が強く出ていればまた違っただろうが、アヤツにそのようなものはない。

 言ったも見たも、人間そのまま。

 幼さを残しつつも美しいと頷ける美貌を持った少女そのものだった。

 

「でだ。俺がいたからってのはどういう意味なんだ?」

 

 見たことがないにしろ、精霊や亜人といった類に関する知識は、保育園や幼稚園で一般教養として叩き込まれている。

 亜人というのは、肉体そのものがある特徴と持った人種を指すことになっている。ヒトに近い彼らが社会に溶け込むのに、種特有の感性という障害があったものの、時間こそ掛かったがさして難しくはなかった。

 対して、精霊という枠の存在は面倒だ。

 肉体を持たず、自然や現象そのものに人格を持たせたようなものである精霊に、ヒトがヒトであるための権利を与えていいものか。今でこそ認められているが、憲法に記載されている文章は臆病かつあやふやなものである。

 用は認識の在り方。

 元々は自分とは違う在り方の種を同列に その考えこそが差別になると言う人もいるくらい微妙で絶妙な関係でこの社会は成り立っている。

 

「貴方様から“ごえん”をいただきました。それに――」

 

 アヤツは頬を火照らせ、視線を泳がせて続けた。

 

「お付き合いを申し込まれましたから……お傍にと……」

 

「ちょっと待ってくれ。それって、あの神社でのことか?」

 

 微妙に言い方は間違っているが、博識に思い当たる節は確かにあった。

 妙な不安と徒労で疲れ果てた先で見つけた古びた神社。

 もう何年も人の手が入れられていないそこで、彼は願い事をしていた。彼女くれ、そして無事に帰れるように、と。

 

「はい。私はあの神社で奉られていたものです」

 

 それで巫女服なのかと見当違いな納得をする。

 だが、それは精霊ではなくもはや神ではないのかとも首を捻る。

 

「あ〜つまりなに? アヤツちゃんは博識の願望を叶えたからそこにいて、決して幼馴染だとか婚約者だとかもうヤっちゃったとかの関係じゃないのね?」

 

 冷めた視線で眺めていた大貴が

 アヤツが精霊ということはもうどうでも良いらしく、

 

「それはあの……いずれ、そういう関係になれればと……」

 

 どう考えても幼馴染は無理だと言い掛けたが、恥ずかしさのあまり俯くアヤツを見て呑み込む。喜んでいる傍からわざわざ影を差す必要はないだろう。

 

「けっ、リア充が」

 

 付き合いきれないと彼のひがみは無視する。

 

「とりあえず何か食べよう。アヤツも、荷物の片付けを手伝ってもらってもいいか?」

 

 アヤツは嬉しそうに、はいと答えた。

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 昨晩でほぼ消滅した食事は、予想外の形で豪華になった。

 期待していなかったごはんに味噌汁。赤黄緑とバランスの取れたおかずの数々。そして冷やっこ。朝にしては多すぎる量だったが、夕飯を取らなかったからか全て食べきってしまった。しかも、それ全部をアヤツだけで作り上げたことも驚きだ。

 肝心の食材といえば――。

 

「ご近所のみなさんがお裾分けしてくださって助かりましたね」

 

「一村民のひ孫が来たくらいで爺さん達ははしゃぎ過ぎなんだよ」

 

 朝食をどうしようかと悩んでいたところ、昨日の老人が広めたのだろう話を聞きつけた村民たちが集まってきた。みんな面白さと珍しい客人見たさだったが食材がないことを知ると、それならうちの野菜をと次から次へと持ってきてくれた。

 それは申し訳ないと断ろうとしたが、気にするな余っているからと逆に断られてしまった。

 彼らは持ってこれるだけ、置けるだけ置いていくと満足そうに帰っていった。勧誘すら上回る強引さに博識たちは唖然とするしかなかった。

 

「行き過ぎた善意は悪意よりも怖いって」

 

「そんな失礼なこと言っては駄目です。折角のご好意ですから、有り難く頂いて、美味しく召し上がるのが最大の感謝です。きっとお爺さん達もそのほうが喜びますよ」

 

 そして一息休憩を入れてから始めた荷物整理。

 タンスを開けてみれば、出るわ出るわの大騒ぎ。

 何十年もしまっていた手紙に年賀状。季節や行事ごとに分けられた色とりどりの和服。色あせてしまった写真が集まるアルバム。家族で見上げただろう雛人形にこいのぼりまで。どれもが大切な思い出たちの塊が、各部屋いたるところから溢れ出した。

 どれもが懐かしく、当時を匂いを思い出させるものばかりだ。

 また集まったときに出そうと、大切にしまわれていた。

 それぞれは多くはなかったが、かさばる物がほとんどで整理するのが一苦労だ。

 

「色々なものがございますね」

 

 そんな溢れかえった荷物を、アヤツが一つ一つ丁寧にまとめていく。

 量が多いとなれば人手は多いことにこしたことはない。むしろ彼女が快く応じてくれたことには感謝している。

 もう一人の、博識が連れてきた人手である大貴は「リア充のキャッキャウフフなんか見たくない」と言って居間から出て行った。おそらく他の部屋で作業しているはずだろう。

 

「齢百を余裕で超えていたから、それだけ溜め込んでいたなって……これ、子供のころ着させられた気が……」

 

 そう難しい顔で手に取ったのは小さな袴(はかま)。ところどころ虫に食われて穴が開き、裾はボロボロにほつれている。

 気紛れに実家のアルバムを開いたとき、これを着た子供の頃の写真がはず。

 

「さぞ可愛らしい姿だったんでしょうね。写真か何かありませんか?」

 

「見せないからな」

 

 眼を輝かせていたアヤツの顔が残念そうにしゅんと俯くが、こればかりは気恥ずかしくなるので却下する。よく分からないまま着せられる子供は親からすればいい着せ替え人形だったと思うとなお更だろう。

 

「きっとお婆さまも心待ちにしていたのでしょうね」

 

 次へと手を伸ばし、取った雛人形を見つめて、アヤツがぽつりを言葉を落とした。

 

「下手に長生きした分、それだけが楽しみだったんだろうな。こんな田舎じゃ楽しみといえばそれくらいだろうし」

 

「博識さまはお婆さまとは……」

 

「あんまり覚えがないな。小さい時に何度かは会ったことがあるらしいけど、もう昔の事だしな」

 

「これらも全て、処分されるのですか?」

 

「いや。あくまでまとめて来いって言われてるだけだから捨てるわけじゃないけど、実家には持っていかないだろうな」

 

「これを飾っていた頃は、この家にも笑い声はあったんでしょうね」

 

 今ではなくなってしまった笑い声。

 僅かに残っていただろうその思い出が、夏の風に乗って脳裏に蘇り、問い掛けてくる。あの頃は楽しかったか。そんなに思い出は楽しいか。あの頃が懐かしいか。過去を振り返るのは心地よいか。今は楽しいか。今が寂しいか。未来が、つらいか?

 しかし一瞬の出来事。

 夢が風に乗ってやってきたように、また幻想は風に乗って流れ去った。

 

「まぁ捨てるわけじゃないだろうし、ほら、もしかすると誰かに譲るのかもしれないし。次の持ち手が可愛がってくれるって」

 

 そんな慌てて和ませようとする博識がおかしかったのか、アヤツの表情が和らいだ。

 

「そうですね。この子もきっとそれを望んでいます」

 

 でも、と言葉を区切り、

 

「できるなら、私は貴方様と一緒に飾ってみたかったです」

 

 頬を赤らめて恥ずかしそうに視線を落とした。

 これは聞いた博識も思わず熱くなる。

 ――家で一緒に暮らし、季節を感じて、日の当たる居間で、子供がいて、春は花を見て、夏は海に行き、秋に月と団子、冬に雪ではしゃぎ、そして夜――。

 と、そこまできて、何を考えているんだと頭を振るう。

 行き過ぎた妄想を打ち止めようと何度もするが、どんどんドツボにはまっていく。脳内ではすでに夜が明けて日差しが差している。こんな妄想は夏のせいだと言い張るが、頭の中では妄想が加速する。終わらない。止まらない。

 時間にして一秒足らず。

 しかし、この状況を打開する言葉も逸らす話も見つからず、どこか悶々としたまま作業は止まった。

 チクタク、チクタイと針だけが進む。

 吹き抜ける季節の風は、桃色ピンク臭だけは流せなかった。

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 友人に頼まれたとはいえ、他人の興味のない荷物を整理するのは飽きるのが早い。

 加えて、博識とアヤツがいちゃついていることを考えると一人で作業するのが馬鹿馬鹿らしくなってきて、そっと抜け出して時間の浪費に勤しんでいた。

 

「あれだろ。つまり神社で賽銭いれれば俺にもクオリティ高い彼女ができるって考えていいんだな、うん」

 

 何を思い立ったのか。

 博識がしたことを再現すれば自分にも素敵な彼女ができるのではないか。

 そんな不純満載の下心を抱えて、村のどこかにあるだろう神社を探して真夏の暑さもなんのそので、太陽の下を歩いていた。

 何度かすれ違う老人に神社の場所を問うと怪訝な顔をされた。妙に浮かれた若者だと思われたのだろうが、気にせずに全速前進。後ろ指ではなく妙な視線を背中に受けながら、夢と期待と妄想に向かう。

 教えてもらった道を辿り、長い階段もなんのそので駆け上がった先に見つけた倒壊寸前の神社。だが、大貴には外見に反比例して神秘に満ちた黄金の大社に見えていた。

 

「なんて歴史のある神社だ。今もクソもなくもう風化して趣のあるようにすら見えない。これなら森の中にあるほこらの苔のほうが風の流れがあるんじゃね?」

 

 もはや褒め言葉ではない悪口を、心にもないのにポロポロと零して賽銭箱に近づく。

 覗けば、そこにはなにもない。

 入る物もいなければ盗る物もない。継ぎ接ぎだらけのガラクタのような箱。

 

「ん〜。こんな場所にも賽銭泥棒でもいるのか。不況の波ってのはノッてるみたいだ」

 

 だというのに、賽銭箱には真新しい壊れた跡。

 よほど焦っていたのか、金に困っていたのか。原型こそ止めているがどこからでも覗き手を伸ばせるように穴が開いている。

 もっとも、中身の結果には絶望していたに違いない。

 

「で、徹夜で頑張ったであろう苦労人は中でおやすみ中か」

 

 よおし、と腕を回して開かれた扉に向かう。

 何も起きないと思っていた田舎の作業で、友人が羨ましく妬ましい事態になり、対して自らイベントを求めて出歩いたが、予想以上に面白いことが起きそうで妙に心が踊っている。

 どうやら、賽銭を放り込んで彼女を得たという珍しい奴を友に持てば、壊して盗むという珍しい奴に出会うらしい。

説明
【あらすじ】曾祖母の遺品をまとめるよう親に押し付けられた博識。訪れた村で道に迷い、その先で見つけた神社で「彼女くれ。そして無事に帰れるように」と願うのだった。そして翌朝――
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