世界を渡る転生物語 影技16 【勝負と心の行方】 |
?【殺】の一文字、心に懐け?
鋭い剣閃が幾重にも走り、剣戟が火花を散らす中。
右薙の一閃と逆風の一閃がぶつかり、弾けあいながら、修練場に響く声。
それは、己の中にある【殺】一文字を呼び起こす言の葉。
?さすれば、その一文字は牙となる?
幾度となく繰り出される刃の応酬が激しくぶつかり、時には受け流され、両者の衣服を切り裂き、余波が皮膚を裂く。
朗々と紡がれる言葉が殺意という刃となり、両者に重圧となって圧し掛かる。
?【殺】文字──【剛剣((士|死))】?
言葉を紡ぎながらも剣戟は止む事なく、剣戟のたびに火花が舞い、剣閃がその火花を散らす。
やがて、それは剣を触媒としてその形を変え、目に見える殺気となり、その刃を振るう牙と化し─
ー【剛剣((士|死))・見参!】ー
ー剛 剣 交 差ー
「─【刃・((四手|ヨツデ))】!」
「─【刃・((大牙|タイガ))】!」
一際大きい剣戟を響かせた後、【剛剣((士|死))】となって顕現したその刃は、その四刃・六牙をぶつけ合い、交差させ、弾けとぶ。
「はっ!」
「ふっ!」
即座にその刃の形を取り戻した剣が、持ち主の手に戻り……渾身の一振りが繰り出され、下段構えから右斬上の一閃と、上段からの袈裟斬の一閃が交差する。
その剣戟は衝撃と轟音を持ってぶつかり合い、空気が振るえ、火花が閃光となり、互いの剣が軋む音を立てる。
やがて、はじけるように離れる二人。
「─さすがです、サイさん!」
「─フッ、まだまだ御主には負けられんよジン。こちらにも……兄弟子としての意地があるのだからな!」
距離を置いて相対するジンとサイ。
心からの敬意を表し、その顔に笑みを浮かべて八双に剣を構えるジンと、不適な笑みを口元に浮かべ、下段に剣を構えるサイ。
互いの殺気がぶつかり合い、周囲に重圧となってまき散られる。
空間が軋むような錯覚を齎すような空気の中─
ー『はっ!!!』ー
ー剣 戟 衝 破ー
地面を蹴り出す勢いが地面を砕き、一瞬で間合いを詰める二人。
さながら、二人の繰り出す剣閃の如く、体が刃と化した様なその一撃がぶつかりあう。
轟音轟き、その衝撃破が剣戟を中心に広がり、余波が地面を削り、空気を震わせ、びりびりと肌を叩く。
「ぬぅううあああ!」
「はぁあああああ!」
拮抗した剣がガチガチと鍔迫り合いをし、両者が裂帛の気合と共に前のめりに体重をかけていく。
そして─
「ぐ!」
「う!」
その極限まで圧縮された力が、そのぶつかり合いに耐えかねて弾け、両者を後方へと吹き飛ばす。
即座にバランスを整え、着地するものの勢いは衰えず、地面に剣を突き刺し、両足と剣で地面を削りながらもようやく止まる二人。
荒々しい息遣いが場に木霊し、土煙が舞う。
再び両者の視線が交差し、殺気と殺意が重圧となってぶつかり合い……ゆっくりと両者が立ち上がる。
「─そこまで!」
「サイ殿! 見事でした!」
「お疲れ様、ジン! 貴方は本当にすごいわね」
ザル=ザキューレ……ザル、と表記していたが、何気に響きがよくないのでザキューレと表記をかえ、娘のリキュナは名前で呼ぶことにし……そのザキューレがその手を挙げ、戦いの終了を宣言する。
深く息を吐き出し、剣を鞘に収める二人。
体中に流れる汗が両者の戦いの激しさを物語っていた。
そんな二人に、興奮した様子のリキュナとフォウリィーが駆け寄り、手にもっていた手ぬぐいを二人に渡し、健闘を称える。
「──見事。さすがは我が弟子! もう……私が教える事もそう多くないな……」
「何をおっしゃいます、お師匠様! 未だ道は至らず、今後ともご指導のほどを!」
「そうですよお父様! 我等、【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の看板を背負うお方が弱気でどうするのです!」
「─フッ、そうであったな。……リキュナは……やはり母に似たか」
感慨深くそう呟くザキューレに、サイとリキュナが動揺と激励の言葉を返し、リキュナの言葉に失った妻の面影を見たザキューレが、その口元に穏やかな笑みを浮かべる。
そう……ザキューレと【((影技|シャドウ・スキル))】エレ=ラグのあの決闘、【四天滅殺】の危機を回避し、ザキューレ家に身を寄せてからもうすぐ一週間。
明日はいよいよ……約束の日。
フォウリィーと【((影技|シャドウ・スキル))】との決戦の日である。
思えば……たかが一週間、されど……濃密で濃厚な一週間だった。
命を救い、傷を治してもらった礼にとザキューレにより請われ、【キシュラナ流剛剣((士|死))術】を仕込まれ、【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の【五修法】を持って剣の腕を鍛え、【五殺刃】を持って殺気を、剣の理念を習得し、【五剣((士|死))】を体得したジン。
さらにはその数千年の歴史に、公式には刻まれぬであろう新たなる【殺】一文字。
【剛剣((士|死))】・【刃・((戦授|センジュ))】を創造するにまで至ったのである。
下地が出来ていたとはいえ、見る間に【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の【五修法】の段階を飛び越え、その才覚を発揮し、習得していくジンに触発され、サイやリキュナもまたその腕を一段階も二段階も上げていった。
そして、そこにフォウリィーが加わる事で手合わせのバリエーションが増え、より効率的に、より濃密に戦闘経験が得られるようになったのである。
【剛剣((士|死))】習得前は、ジンを積極的に鍛え上げる為にジン×サイ・リキュナ・フォウリィーという総当りを行っていたが、四人という人数になった事、そしてジンが皆伝ともいえる【剛剣((士|死))】を習得し、あまつさえ新しき【剛剣((士|死))】を創造したこともあり、2×2……ジン×サイ・リキュナ×フォウリィー・ジン×リキュナ・サイ×フォウリィー・ジン×フォウリィー・サイ×リキュナという総当りへと変化していった。
この圧倒的な数の手合わせに混じることにより、当初は疲労困憊、全戦全敗であったフォウリィーも、この濃密な手合わせの中で勝利を模索し、やがて【((呪符魔術士|スイレーム))】としての天才的頭脳、戦術を開花させていった。
そして、明日が決戦という事もあり、最終日となった今朝の総当りでは、ついに今までの全敗を覆して全員と引き分けというレベルにまで自身を押し上げたのである。
ザキューレをもって唸らせる彼女の【((呪符魔術士|スイレーム))】としての実力。
それに得難い経験と自信を得て……フォウリィーは決戦に臨むこととなる。
やはり……技の錬度……型や技の技法の向上は一人でも出来るが、それをいかに扱い、いかに振るうかという、実戦における戦闘経験というものは、生死を分ける戦いにおいて何よりも優先されるべきものであり、それは当然の如く一人では得られないものであり、相手がいるというのは、そのものの成長具合にも大きく反映するものなのだ、と実感できる一週間でもあった。
それ故、あの【((影技|シャドウ・スキル))】エレ=ラグも実戦を求め、他者に戦いを挑み、その腕を磨き上げているのだろう。
……【四天滅殺】に関係なしというのは、さすがにいただけないが……。
やがて、クールダウンにジンがいつも行っている基礎修練である、ゆっくりとした動作で徐々に早く動き、攻撃・防御・気や魔力の流れを確かめる鍛練法である【流((舞|武))法】を取り入れ、全員で一列に並び、ゆっくりと殺気や殺意を鎮めていく一同。
「……ふむ、やはりこの鍛練法はすばらしいな」
「はい、お師匠様。自分の動きを知り、流れを知るには最適かと」
「ええ、自分の動きの荒さがわかり、自分がまだまだだと悟り、奢りを無くすには最適かと」
「そんな事ないと思いますよリキュナさん。元々【流円】を主としてましたし、すごく綺麗に纏まった動きだと思います」
「そうよね。……体捌き的にに言えば私が一番雑だし……」
「……いや、フォウリィーさん、【((呪符魔術士|スイレーム))】だからね?」
【流((舞|武))法】に感心したように、ここ最近ようやく傷が癒着して体を動かせるようになったザキューレが、リハビリがてらに剣を持って【流((舞|武))法】を行い、この鍛練法の良さを指摘し、それに頷くサイとリキュナ。
一番自分の動きが雑だと落ち込み気味のフォウリィーに、【((呪符魔術士|スイレーム))】ですからとジンがつっこんだりしつつ……午前の部、そして決戦前の修練を終える一行。
午後からは、明日の決戦に備えて英気を養う時間にする事となり、心身ともに休めるために、修練自体を休む事にした一行。
やがて、女中さんから昼食の声がかかり、中華風の点心、焼き飯などが並ぶ昼食に舌鼓を打つ中─
午後からの休養という言葉を口にした瞬間、はっとした表情で呟くザキューレ。
「……そういえば、ジンやフォウリィー殿は、この家に訪れる道以外のキシュラナの町並みを歩いた事がなかった、のではないか?」
「……そう、ですねお師匠様。この屋敷に入って以降は、我等とひたすら修練に勤しんでおりましたし……」
「……命の恩人に対して、修練だけをさせるとは……ザキューレ家一生の不覚……」
「あ、え? いや、そんなに落ち込まなくても?! そもそもそういう目的で入国した訳じゃありませんし!」
「そ、そうですよ?! お気になさらず!」
この一週間で初めての休養日を設けた瞬間、この国を初めて訪れたというジン達に対してこの街を案内する事すらしていなかった自分達に愕然となり、武人としてはありだろうが、人としてはなしだろうと落ち込むザキューレ達。
いきなり凹み、沈みだす三人に慌てて言葉をかける羽目になったジンとフォウリィーがフォローを入れる。
やがて、食事を終えて何かを決心したような表情になるザキューレ・サイ・リキュナが立ち上がり─
「あれが、このキシュラナの象徴たる皇帝が住まう居城よ。すごいでしょう?」
「うん、おっきいし、煌びやかだね〜」
「そうねえ、あの金縁と鳳凰をかたどった屋根飾りは細やかな細工がなされていて美しいわ」
午後からはキシュラナでの観光案内をする事にしたザキューレ達。
口数の少ない男達は護衛役として、そしてリキュナは観光案内役として、ガイドをしながら街中を案内してくれていた。
都市中央に位置する、豪華絢爛な皇帝の住まう宮殿。
宮殿に配された、【剛剣((士|死))】達が切磋琢磨する練武場。
街の子供達が通う【キシュラナ流剛剣((士|死))術】石畳の道場。
都市内を流れる川と、それを渡す橋の上からの景色。
高台から望む、町並みを一望できる丘。
そして、そこから見える……理路整然と枡の目に整理された、古代中国と日本家屋が入り混じったような景色。
「──すごいね、人の作りあげた景色だけど……とても美しい」
「そうね……人通りを重視した町並みね。真っ直ぐで凹凸の少ない道路は、馬車でもそれほど揺れなさそうだし」
「数千年という時をかけて磨き上げ、直され、形になった古都。それがキシュラナといえるのだろうな。古き町並みに歴史を刻み、人々はその歴史を重んじる。……古臭いと他国に言われることもあるが……私はこの街が好きなのだ」
「……そうですねお師匠様。いざ、事が起きれば……我々【キシュラナ流剛剣((士|死))術】を学んだ【((左武頼|さぶらい))】達は……命を賭して国の刃となる」
「……国を守るのは防人の役目。我等はただひたすらに前に出て、【殺】一文字を【牙】として、眼前の敵を屠る。それが我等の在り方」
眼下の風景を見下ろし、感嘆の声をあげるジンとフォウリィー。
そんな二人を見て満足げに微笑みつつも、自分の住まうこの土地を自慢し、見据え……自分達【((左武頼|さぶらい))】の在り方を語る三人。
しばし、時が過ぎる中を……静かに風の音と、遠くに聞こえる喧騒を耳にしながら佇む一行だった。
やがて、ザキューレ家への帰り道。
ふと回り道をするように、寂れた通りへと足を運ぶザキューレ達。
朽ちた塀や、寂れた雰囲気が漂う一角に……朽ち果てた武家の門が目に映る。
草生した庭は、かつて修練場だったのだろう、丸太が腐り落ち、僅かに面影を留めるにいたっていた。
門の上にあった、名を刻む看板も折れ、文字が掠れて見えなくなっていて─
「……ここはかつて、我がザキューレ家と、【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の腕を競いあった名家のあった場所。優れた【((左武頼|さぶらい))】を数多く選出した名門であった」
ザキューレさんがそう言いながら、目を細めて朽ちた屋敷を見つめ続ける。
「……我等の参加した、皇帝の恩前で行われた、次代を担う若手剣士達による【御前試合】が原因で名を失ったと聞きましたが……」
「そうですね、確か……その当時の当主の一人娘がその【御前試合】に参加し、御付の女性剣士と共に一位二位を総なめにするだろうと期待されるほどの腕前だったとか」
その補足をするかのように、顎に手をあてて考えこみ、思い出すかのように語るサイとリキュナ。
なぜ突然そんな話をするのかを疑問に思いつつも、ザキューレ達の語る内容に耳を傾けるジンとフォウリィー。
「しかし、その娘は、御前試合の予選において体調を崩し敗退。そして……その御付だった女性剣士は敵討ちをするかのように決勝まで上り詰めたものの……若い力を次代に残すため、不殺という取り決めのあった御前試合において相手を打ち負かし、挙句の果てにその首を撥ねるという暴挙を行った。それにより、皇帝から賜るはずだった勝利の栄光を剥奪され、それに激昂した当主は、未だ体調の優れなかった我が子と、御付の娘を裸一貫で破門とし、御前試合の責任を負わせ、国外追放をした。結果……跡継ぎを失い、決勝で命を落とした門派とのいざこざもあり、この道場は名を失う憂き目にあったのだ」
「……然り。相手の道場も、何やら【((左武頼|さぶらい))】の風上にも置けぬ所業を行っていたとの告発があり、潰れたと聞きますが……」
「はい。当時、名家がいきなり二つ潰れたとの事で大騒ぎになったそうですし、記録にも残っています。いわゆる裏家業というものに手を出していたようですね。門下生も腕試しといっては人々に切りつけるような輩だったとか。【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の風上にもおけぬ者達だったようです」
淡々と事実として、出来事を告げるザキューレと、それを補足しながらも、【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の名を汚した出来事に眉を潜める二人。
そして、ゆっくりとそれをじっと聞いていたジンへと向き直り、膝をついて目線を合わせるザキューレ。
ジンの小さい肩に両手を置き、ジンに語り聞かせるかのように言葉をかける。
「──よいかジン。今はまだ分からぬかもしれんが……自らの名を過信し、奢るものは足元を不確かとし、こういった最後を迎えるものだ。そして……力に執着し、己が信念をなくして外道に堕ちたものもまた、その報いを受ける。盛者必衰の理だ」
「……はい」
この屋敷の内情を語りだしてから、通常では考えられないほど饒舌に語るザキューレに内心驚きつつも、真剣な様子に頷きながら先の言葉を待つ。
「御主は……その身に圧倒的な成長を遂げる才能を、生まれながらに持っている。それは……御主自信の力なのだ。天から与えられようが、生まれが特殊であろうが、それは御主の力に他ならん。……どうやら御主は、それを過ぎたる力だと、努力をしている人間を蔑ろにする力だと疎ましく思っておるようだが……それは違う」
「! ……でも!」
「よいか? この滅びた家のものも然り……力を持つものというのは総じて奢り高ぶり、足元を固める基礎を疎かにし、日々の鍛練ですら手を抜くようになっていく。それは、御主のような力を持っているものならなおさらだ」
「…………」
そんなジンに対し、いつも引け目を感じていることをフォウリィーから聞き、自身も感じていた事としてジン自信の体に宿る能力の事に関して諭すザキューレ。
それに驚き、顔を悲しそうに歪めて反論しようとするジンに対し、ザキューレは言葉を遮って言葉をかけ続ける。
「しかと聞くのだジン。どのような力も使いよう。使いこなせなければ意味がない。その点……御主はその天性の才に奢ることなく、自らを鍛え上げ、基礎を怠らず、不断の意思で己を磨き続けている。それは並大抵の人間には出来ぬ事だ。そして……力を扱うは己の心。己の意思だ。小さく纏まるなジン。力を嫌うのではなく受け入れよ。御主は、自らの力で! 意思で! 新たな一文字を成し得たのだから! 我等数千年の歴史……高々一角の才能如きで崩せるものではない。あの【刃・((戦授|センジュ))】を完成させたのは御主の意思そのもの! 努力し続ける姿勢あってこそなのだ! 折角己に宿った力なのだ。完全に自分のものとせよ! 己自身を律せぬものに先はない! 待つのは目の前の惨状だ! 使いこなせよジン! すべては自身から生まれ、自身に還るものなのだから! そして……我等の及ばぬ高みまで昇って見せよジン! そして、我等がその背を追いかける道標となれ!」
「ッ!!」
暗鬱とした思いがジンの心を駆け巡り、その表情をどんどん曇らせる中。
ザキューレは裂帛の気合に自らの想いを込めてジンに言葉を叩き付ける。
それは、自らの剣士としての魂を込めた重く、心に響く声だった。
『力を使うのは己自身の心であり、意思である。己から湧き出る力に、自らの意思の乗らぬものなどない』
【((進化細胞|ラーニング))】・【((解析眼|アナライズ・アイ))】・【((無限の書庫|インフィニティ・ライブラリー))】という望んだ能力、また望まなかった能力を含め、十数年の努力を短期間でモノにしてしまう事に、能力がすごいだけで自身の力ではないと引け目を感じていたジン。
それ故……ザキューレの語りかけるこの言葉は……ジンの思い悩む心を打ち砕き、曇った目を覚まさせるには十二分な強さを持っていたのだ。
「……力を使うのは自分の意思……」
「そうだ。そして……それを当たり前に出来るようになってこそ、【((左武頼|さぶらい))】と、武人と呼べるようになるのだジンよ。御主の心は強い鉄の刃だ。しかし……その思いがぶれては、その刃を本当の意味で使いこなすことはできぬ。ただ殺すための刃としては十分かもしれぬ……しかし、己の強さを貫くためにはまだ足りん! 【殺】の一文字も曇ればたちまちその意味を失うだろう。心に炎を灯し、心の刃を鍛えよ、ジン! 打ち連ね、挫折を知り、折り重なり、再び鍛え上げた心は……やがて真なる((鋼|刃金))となろう。力を従え、己を知り、十全なモノとせよ。さすれば……もはや御主の前に敵はない! よいな? ジン。大切なのは……己が心、己が意思なのだ」
「…………はい!」
「うむ……良い目だ」
やがて、肩から手を離し……ジンの心臓の位置へと拳を添えるザキューレ。
強い意志の宿った瞳がジンを射抜き、その心に炎を灯す。
心に染み入る言葉に真剣に頷くジン。
やがて……その表情を崩し、穏やかな表情となったザキューレがジンの頭を撫でる。
無骨でいて、優しいその手に目を細めつつ……己の在り方を見つめなおすことが出来たジンを、後ろから優しく抱き締めるフォウリィー。
そして、そんな姿を寄り添いながら見つめるサイとリキュナ。
フォウリィーの懸念を受け、師として、武に生きる先達として道を示して見せたザキューレ。
これ以降、ジンは更に己の腕を、技術を、力を磨くことを、己の意思で貫いて行く事となる。
そしてそれは……更なる高みへとジンを誘うこととなるのだった。
やがて、ザキューレに誘われ、リキュナが先立ってザキューレ家への帰路へとつく帰り道。
その通路に面した賑やかな屋台や、店が軒を連ねる市場へと足を踏み入れた一行。
何かが焼ける香ばしい匂いや、甘い匂いが立ち込める中……リキュナとフォウリィーに誘われて屋台を覗くジン。
シュウマイや餃子、蒸した饅頭など、馴染み深いものを目にして嬉しそうにはしゃぐジンと、それを見て顔を綻ばせるザキューレ達。
そして……そんな愛らしい表情を見せるジンに対し、店の店主もその相好を崩し、ついついおまけをしてしまい……それを見て、まるで触発されたように、次々と周りの屋台の店主達が自分のところの商品の売り込みと同時におまけを渡し、見る間にジンの両手が一杯になっていく。
そんな様子に苦笑する面々と、おまけをもらえて嬉しくなったジンが、飲み食いの出来る一角、テーブルの上に荷物を置き─
「おじさん、おばさん、どうもありがとう!」
と、笑顔満面でお礼をいい、頭を下げる。
心にあったわだかまりが解け、すっきりした非常に明るくいい笑顔でそう言い放った言葉は─
ー『ごっふうう』ー
「……はっ?! あ、あれえええ?!」
店主達、そして町並みを歩く客を含め、その笑顔をまともに見た人達のハートを直撃した。
ズキュゥーンという擬音が響くほどに体を弓形にしながら赤いアーチを描いて愛を迸らせ、崩れ落ちる一行。
そんな光景に引きながらも、慌てて介抱に向かい─
「えへ……えへへへへ」
「これが夢にまでみた桃源郷……」
「あんた……いい土産話ができたよ……」
「我が生涯……実にいいものであった……」
「わ、わああ〜!? 何その死亡フラグ満載の言葉?! おじちゃん! おばちゃん! もどってきてえええ〜!」
なにやら危険なフラグを立てるような言葉が周囲の人達から漏れ出し、必死に介抱する羽目になるジンであった。
そして、そんなジンの陰では─
「……ふっ…………がふっ」
「くっ……またしても見蕩れるとは……不覚!」
「……きょ、強烈だわ……」
「そ、そうね……慣れているはずの私ですら、今一瞬意識を失ったわ……」
ジンから顔を背け、必死に手で顔を隠しつつも、その隠した指の間から赤いものを覗かせる一行が、真っ赤な顔をして悶えているのだった。
やがて、場が収まり、ザキューレとサイが手分けして荷物を持ち、再びザキューレ家への帰路につく中、薬草や薬剤を扱う薬屋を見つけたジン。
そういえば、薬草の調達を行っていなかったな、とザキューレ達の治療の際に消費した薬草を補い、新たな効果を持つ薬草を探すために、ザキューレ達に断って店内へと入り、【((解析|アナライズ))】を駆使して薬草の成分を吟味し、明日の戦い以降、必要になるであろう外傷に効く薬を調合するための薬草を手に取っていくジン。
品物の入った籠ごと買うといって、白髪で顎鬚の立派な店主が驚くほどに大量に注文し、大きな麻袋に、厚紙で仕切りを入れてもらいながらも薬草を詰めてもらう。
一つ一つ袋に種類ごとに詰められていく中、頼んだ以上に薬草が詰められたりして大きな麻袋がパンパンになり、さすがにこんなに買えないとジンが困惑する中。
「ホッホッホ、ザキューレ殿のお使いじゃろう? 気にせんでもよいよ、この歳でそれだけの目利きが出来ればたいしたものじゃ。これはお爺ちゃんからのおまけじゃからのう。値段は頼まれたもののままじゃからの?」
そういって細い目をより細め、柔らかい笑みを浮かべてジンの頭を撫でる店主。
どうやらこの店はザキューレ家ゆかりの薬屋だったらしく、サイやリキュナも店主と親しげに挨拶を交わしていたりと、幼い頃から親交があったことを伺わせていた。
それ故、孫のように感じられるジンに対しておまけをしたくなったのであろう、実にお爺ちゃんをしている店主に素直に礼をいいながら荷物を受け取り、それに対して満足げに微笑み返して顎鬚をすく店主。
では会計をと、店主とジンが向かい合い、口頭で伝えられた金額を払おうと、ジンが財布を取り出した時。
それを遮るザキューレの手が、ジンの財布をジンの元へと押し返す。
驚くジンがザキューレを見上げる中、何も言わずに店主に頷くザキューレと、その意思を汲み取り、微笑みながら荷物をサイへと手渡す店主。
「さ、ゆくぞジン」
「は……へ?! え?、で、でも」
「では、いつものように」
「ホッホッホ。後日受け取りに参りますわい」
「ありがとうございます。ではまた」
「ほら、ジン。ここは黙っていきましょう? ……(大人の事情よ。ここはザキューレさんを立ててあげなさい)」
店主に手を上げて店を出て行くザキューレに声をかけようとするジンではあったが、それをフォウリィーが耳打ちしながら悪戯っ子のような微笑を浮かべて遮る。
サイとリキュナが店主に礼をしながら微笑みを交わしつつ、その後に続く。
大人四人もいるのに子供にお金を払わせる武家の当主ってどうよ、というプライドからくる行動だから、と少し離れた位置でジンに説明するフォウリィー。
なるほど、と頷きつつ、ザキューレにお礼の言葉をかけると、背を向けたままそれに返事を返してくる。
「ほう……見事な夕日だな」
「……美しい」
「……はい、サイ殿」
「わ〜……綺麗だね、フォウリィーさん」
「ええ、本当ね」
ザキューレさんが視線を送る先。
空を、そして照らす人々を赤々照らしながら沈み行く太陽を横目で見るジン達。
そして……そんな夕日に隠れるかのように、真っ赤に染まったザキューレの耳を見てフォウリィーと顔を見合わせ、微笑みあいながら……キシュラナで過ごす時間が過ぎていくのだった。
最後の日ぐらいはと、サイ、そして怪我がよくなり、包帯を取ったザキューレと一緒にお風呂に入り、二人の背中を流すジン。
お返しにとザキューレが背中を流してくれ、サイが髪を洗ってくれたりといった師弟のスキンシップを交わしつつ、言葉数が少ないながらも優しい時間を過ごす男達。
サイもザキューレも自分の髪が長いため、髪を洗うのに手馴れていて、非常に気持ちよく、危うく寝てしまいそうになり、微笑ましい目で見られて照れる羽目になるジンだった。
そして─
「明日への英気を養うため……乾杯!」
ー『乾杯!』ー
ジンが屋台からもらった点心や食材が調理され、豪勢な料理が湯気を立てる夕餉。
ザキューレ家秘蔵の酒という、透明で度数の高いお酒を盃でなめる程度入れてもらい、乾杯をするジン。
積極的に【((解析|アナライズ))】をかけながら料理を頬張り、リスのようにもきゅもきゅと食べ進めていくジンと、それに癒されながら甲斐甲斐しく世話をするリキュナとフォウリィー。
二時間ほどの豪華な酒宴は、再びリキュナがサイに絡み、それをザキューレが二人を同じ部屋へと押し込めることでお開きとし、各自部屋へと戻っていく。
?真名において結晶す?
部屋に入り、早速とばかりに明日の決戦に向けて呪符の作成を始めるフォウリィーと、その横で買ってもらった薬草を麻袋から取り出し、床に並べて整理しつつ、薬剤の調合を始めるジン。
?上天御願?
「え〜っと……こっちがこれと合わせる分でっと」
大分手馴れてきた呪符の同時作成を行うフォウリィーの傍ら、乳鉢・すり鉢で薬草をすり潰し、ペースト状に練り上げたり、丸薬にしたりと次々と薬を作り上げていくジン。
?昊天御願?
硯から魔力を受けた墨が空中へと文字を描き─
そんなフォウリィーを横目で眺めつつ、丁寧に出来上がった薬を紙で包み、区分けして整理していく。
?蒼天御願?
白紙の呪符に【魔力文字】がしみこむように焼きつき─
リュックサックの中を探り、しまわれていた薬草の束を取り出し、今日買って来た薬草と調合して薬にしてく。
?旻天御願?
呪符に刻まれた【魔力文字】が輝きを放つ。
ついでにとばかりに荷物の整理を行い、決戦後一度荷物を取りに戻る事も考えつつも、旅立ちに備える。
?魔力文字結晶?
「呪符、完成っと……」
「お疲れ様、フォウリィーさん」
「ええ。って、ジンはさすがねえ。もうそれだけ薬を作り上げたの?」
「はい。明日の決戦で使うかな、と。まあ、無傷で終わる戦いじゃないでしょうし……」
「そう、ね」
出来上がった数枚の呪符をその手に掴み、纏め上げるフォウリィー。
出来上がった薬の数々をリュックの一番上に並べて詰めているのを見て、簡単とも呆れともつかない言葉を投げかけるフォウリィーに対して、明日の決戦を想うジン。
やがてその呪符を整理し終え、明日に疲れを残さぬようにと早めに休む事にしたジン達だったが─
「……何してるんですか……」
「ええ〜……今日はお風呂一緒に入らなかったんだから、一緒に寝るぐらいいいじゃな〜い」
布団に横になろうとしたジンを抱き締め、自分の布団へと引き入れるフォウリィー。
いつもよりも妙にテンションの高いフォウリィーに疑問を抱きつつも、抱き締められるがままにされていると……。
「……フォウリィーさん? 震えて……るんですか?」
「!? ……ふふ、これだけ近ければ分かっちゃうわよね。……自分で仕掛けた勝負なのに……今更ながら怖くなっちゃったのよ……我ながら情けないのだけどね……」
小刻みに体を震わせ、いつもよりも抱き締める力の強いフォウリィーにそう声をかけるジン。
指摘され、自嘲しながら『笑っちゃうでしょう?』と自虐するフォウリィー。
「……情けないなんていいません。明日は……クルダ最高の戦士、あのザキューレさん達をも下した【((修練闘士|セヴァール))】と渡り合う事になるんですから。怖くて当然なんです。それでも……フォウリィーさんは逃げずに挑もうとしてる。それだけでも十分すごいと思います。だけど……その恐怖に飲まれちゃダメですよ? 自分をしっかりもって視野を広げ、俺達と手合わせした事を思い出し、やれるだけのことをやればいいんですから」
「ジン……」
両手の抱き締める力が弱まったのを機に、もぞもぞと体を動かしてフォウリィーの顔を抱きしめるジン。
そんなジンを抱き締め返すフォウリィー。
「……ポレロさんとも約束しましたよね? なら守らないと。フォウリィーさんの無事を祈り、帰りを待ってるんですから」
「……そう……ね。必ず、あの人の元……へ……」
抱き締めながらフォウリィーの頭を撫でていたジン。
やがて、フォウリィーの体の震えが収まり、ジンを抱き締めていた力が弱まっていく。
そして……それに続き、聞こえてくる吐息に近い寝息。
「……いよいよ、か。互いに……大事にならないといいんだけどな」
一度顔を離し、穏やかな表情で眠るフォウリィーの顔にかかる髪をよせた後、再び抱き締めて眠るジン。
時間は刻一刻と……二人を決戦へと誘う。
そして……朝日が昇り、蒼く透き通った空が広がる早朝。
「では……参ろうか」
ー『はい!』ー
冷たい朝の空気が体を包む通りを歩くザキューレ達五人。
ジンが先頭に立って門番に顔を出すと、何の調べもなくあっさりと門を通してくれ、改めて聖王女からもらった身分証の力に顔を見合わせて苦笑する一同。
やがて歩くことしばし。
ジン達が出会った場所でもある、廃れ、寂れ、建物の砕けた遺跡へとたどり着く。
【((影技|シャドウ・スキル))】がまだ到着していないとの事で、これからの戦いに向けて精神統一を行うフォウリィーと、それを見守るザキューレ達。
そして、その邪魔をしないようにと、広場になっているこの遺跡周辺の森に─
「──ジン=ソウエンが符に問う。其は何ぞ」
ー【発動】ー
?『我は幻 夢幻の影』?
森の要所要所の木々に呪符を貼り付け、こちらにやってきた圧倒的な闘気を放つ人間が通り過ぎるのを待って呪符を発動させる。
ー【魔力文字変換】ー
?『真実を覆い隠し 諸人を遠ざける者也』?
ー【呪 符 発 動】ー
ー周 包 幻 影ー
余人交えぬ決闘に、関係者以外の余計な人間を入れないために、家と外の風景を歪め、内部の決闘を見せないようにしつつも……この場へとやってこようとする者達の感覚を狂わせ、真っ直ぐ進んでいると認識させていつのまにか森の外へと追い出す【認識疎外】の呪符が展開・起動する。
さらに─
「ジン=ソウエンが符に問う。答えよ、其は何ぞ」
ー【発動】ー
?『我は壁 隔てる壁』?
ジンの両手に握られた呪符全てに魔力を通し、発動させて天へと呪符を飛ばすジン。
ー【魔力文字変換】ー
?『貴公と外界を切り離し』?
空に舞い踊る呪符が、【認識阻害】の呪符に引かれるかのように四方八方に飛び散り、それの呪符同士を繋ぎ、点と線を繋ぐように魔力のラインを引く。
?『貴公の周りを覆う者也』?
ー【呪符発動】ー
ー結 界 展 開ー
魔力のラインが目に見えない魔力の壁となり、【認識阻害】の内側に内外を遮断し、内側からの被害を外へと漏らさないようにする結界を構築する。
「へへ、すげえじゃねえかジン。よお、わりい。遅れたか?」
「──いいえ、大丈夫よ。悪いわねジン」
そして……森の樹上から肉体のバネを使い、静かにフォウリィーの前へと着地するのは……【((修練闘士|セヴァール))】・【((影技|シャドウ・スキル))】・エレ=ラグ。
そして、その声に反応して目を開き、下準備をしてくれたジンにお礼を言うフォウリィー。
「気にしないでください。今張ったのは外から中を見えなくし、人を寄せ付けないようにする【認識阻害】と、中の被害を外に、そして外からの侵入者を防ぐ【結界】の呪符。外からは見えないし、派手な技を使っても相当な無茶じゃない限りは外には漏れないから、お互いに死なない程度で安心して暴れても大丈夫です」
「へへ、なんだよ、至れりつくせりじゃねえか」
「助かるわジン。──さて」
視線を逸らさず、その口元をニヤリと歪めるエレと、それを冷静に見つめるフォウリィー。
そこにゆっくりと歩いて近寄っていくザキューレ。
「─見極め人は、不肖、【四天滅殺】・【キシュラナ流剛剣((士|死))術】師範・ザル=ザキューレが引き受ける。各々方、覚悟は良いか?」
「応!」
「ええ!」
腕に巻きつけた包帯を風に飛ばし、その下にあった【((修練闘士|セヴァール))】の【((印|シンボル))】をさらけ出し、右親指を八重歯に引っ掛けて切り裂き、左頬に斜めに血のラインを引くエレ。
それは……この戦いをクルダの英雄、【((刀傷|スカー・フェイス))】に捧げるという、クルダ決闘の血化粧。
本気を持って相手を打倒するという、意思を込めた必勝を誓う印。
対して、魔力を体に漲らせ、その手に呪符を扇のように展開し、間合いを離すフォウリィー。
魔力を受けた呪符が【魔力文字】を輝かせ、今か今かと発動の時を待つ。
張り詰めた空気の中、風の音だけが響くこの場。
そして─
「【((呪符魔術士|スイレーム))協会長】オキト=クリンスが一番弟子。【((呪符魔術士|スイレーム))】フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザー!」
「応! クルダ第59代【((修練闘士|セヴァール))】! 【((影技|シャドウ・スキル))】エレ=ラグ!」
「いざ! 尋常に──」
名乗りをあげ、気勢をあげる二人の中間でその右手をあげるザキューレ。
ー『勝負!』ー
そして、その右手を振り下ろすと同時に、決戦の火蓋が……切って落とされる。
「っらあ!」
?【((刃拳|ハーケン))】?
ー疾 風 切 刃ー
先手必勝とばかりに、エレがその拳を高速で振るい、その拳が空気を切り裂き、真空の刃となってフォウリィーに迫る。
「はっ!」
ー【呪符発動】ー
ー疾 風 切 刃ー
それを【詠唱破棄】で【風刃】を起動し、振るう事で相殺しするフォウリィー。
空気の刃が砕け、地面を抉って土埃を上げる中─
ドン、という音と共に地面を踏み込み、一足飛びでフォウリィーとの間合いを詰め─
「おらああ!」
?【((爪刀|ソード))】?
ー疾 風 斬 刃ー
土煙を突破し、踵落としから、足版の【((刃拳|ハーケン))】……真空の大きな刃を生み出しながら唐竹に蹴り降ろすエレ。
真っ直ぐに切り下ろされ、地面を切り裂く刃を横目に、それを右に避けたフォウリィーが、その手に持った【炎刃】を発動。
ー【呪符発動】ー
ー炎 刃 薙 払ー
右薙に右手を一閃し、エレの胴を薙ごうとする炎の刃を、しゃがむことで避けるエレ。
少し遅れて回避された彼女の三つ編みが少しこげ、髪の焦げる嫌な匂いが風に舞う。
「くっ、お伺いなしなくせにえらく威力がつええ!」
「おしゃべりしている余裕はないわよ!」
「くっ!」
ー【呪符発動】ー
ー氷 槍 突 上ー
?【((爪刀|ソード))】?
ー氷 斬 風 刃ー
しゃがみこんだエレの足元へと【氷槍】を放ち、逆風からエレを貫かんと氷の槍が突き上げるが、両腕と両足の力を持って空中に逃れたエレが、【((爪刀|ソード))】を放って氷の槍を斬り砕く。
「飛んだわね! 食らいなさい!」
ー【呪符発動】ー
ー紅 蓮 炎 上ー
空中のエレに対し【紅蓮】の呪符が投げつけられ、エレを焼き尽くさんと迫るが─
「く、容赦ねえなおい!」
?【((刀砲|トマホーク))】?
ー衝 破 空 砲ー
【((爪刀|ソード))】を放った体性から体を捻り、両足で空気を蹴り出し、空気の砲弾を放つエレの【((刀砲|トマホーク))】が、【紅蓮】にぶつかって空中に赤い炎の花を咲かせる。
「──フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーが符に問う、其は何ぞ!」
ー【発動】ー
?『我は電撃─』?
フォウリィーがその炎に隠れるかのようにその手の呪符を発動させ、炎を突き抜けるように呪符を地面へと投げつける。
ー【魔力文字変換】ー
?『電光にて我が敵を縛る者也』?
ー【呪符発動】ー
ー電 撃 結 界ー
「げっ! マジかよお!」
それは、地面に張り付くと同時にエレの足元を狙って広範囲に展開される電撃のトラップ床となる。
それを見たエレが驚愕と冷や汗をかきながらも体を回転させ─
「っざけんなあ! ぶっ壊われやがれええ!」
?【((滅刺|メイス))】?
ー剛 地 粉 砕ー
拳を地面に叩きつけながら、呪符ごと地面を粉砕し、地面がその威力で抉れて土塊が飛び散る。
「ッツウ……やりやがる!」
「それはどうも!」
「なっ!?」
呪符の効果を地面ごと砕いたものの、さすがに無傷とは行かなかったエレが、電撃で痺れる手を振りながら顔を上げると、その目の前には土煙と塊を【風刃】で切り裂いたフォウリィーの姿が迫っており、魔力で覆われた回転肘がエレの眼前へと迫る。
慌ててそれを【((腕受け|アーム・ブロック))】するエレ。
しかし─
「ぐっ!……んだあ? この重さ!」
「はっ!」
ー【呪符発動】ー
ー剛 金 殴 打ー
手首に巻きつけた呪符が発動し、拳から肘までが鋼色に変化した拳を振るうフォウリィーの一撃は重く、先ほどの雷撃で痺れた腕で受けてしまったエレの手が弾き飛ばされる。
そこに、返す拳がわき腹目掛けて繰り出される。
しかし、その拳をエレが左足で蹴り上げ─
?【((舞麗|ブレード))】?
ー二 段 蹴 斬ー
腕を跳ね上げる一段目、そして返す二段目で踵落としがフォウリィー目掛けて逆袈裟に振り下ろされ、フォウリィーの体に突き刺さるが─
ー【発動】ー
?『我は障壁 不可視の障壁』?
「何ぃ?!」
「くっ!」
体に巻きつけた【高速呪符帯】がそれに反応して自動発動し、フォウリィーの体を衝撃で弾き飛ばしながらもその体に怪我をする事なく離れることに成功する。
ー【魔力文字変換】ー
?『全ての者より 貴公の命を守る者也』?
攻撃を身代わりに受け止め、腰に巻いてあった部分が根こそぎ破裂し、短くなって空中に舞い散る【守護障壁】の【高速呪符帯】。
「……お前……一体どういう鍛え方してやがる?! あたしの【クルダ流交殺法】についてこれる【((呪符魔術士|スイレーム))】だなんて、尋常じゃねえぞ?!」
「おあいにく様。毎日相手をしてくれる子がいてね。ちょっとやそっとじゃ負ける気がしないのよ!!」
残った【守護障壁】の【高速呪符帯】を手に取り、それを腕に巻きつつ、距離を置いたことにより、再びホルダーから呪符を取り出すフォウリィー。
「フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーが符に問う、答えよ─」
「やらせるかよ!」
?【((乱刺|ランス))】?
呪符を両腕に構え、フォウリィーが呪符にお伺いを立てた瞬間、それをさせまいと圧倒的脚力で間合いを詰めながら、鋭い前蹴りの【((乱刺|ランス))】を放つエレ。
「─其は何ぞ!」
「ちい!」
ー符 破 止 蹴ー
それを先ほど腕に巻いた【守護障壁】の【高速呪符帯】で受け止め、符が弾けとぶのを見ながらも、手にもった呪符を発動させるフォウリィー。
ー【発動】ー
呪符がお伺いを受けて起動し、呪符の【魔力文字】が輝くのを目にし、舌打ちをしながらも、その一撃を耐えて反撃するため、腕を交差させて【((腕受け|アーム・ブロック))】をしつつ、鍛え上げられた筋肉を収縮させて硬化させ、今まさに迫り来る呪符の一撃に備えるエレ。
しかし─
「なっ?!」
?『我は戒め 大地の戒め』?
フォウリィーはその呪符をエレのその強固な腹筋に貼り付け、符呪を起動させ─
ー【魔力文字変換】ー
?『地より成りて 汝の敵を捕える者也』?
ー【呪符発動】ー
ー樹 根 捕 縛ー
「くっそぉ! んだこりゃあ?! 手前! 【リキトア流皇牙王殺法】でもあるまいし!」
【樹縛】の呪符が発動すると同時に、地面からあふれ出すように飛び出した木の根がエレをがんじがらめに拘束し、根が戻るのと共に地面に縛り付ける。
簀巻きになったエレが地面に転がるのを見届けた後、先ほど【((乱刺|ランス))】を【守護障壁】で受け止めたものの、その防御力を超えていたために赤く晴れ上がった左腕に顔を顰めながらも治癒呪符を貼り付けるフォウリィー。
「まったく……とんでもないわね、こっちの障壁を抜けてダメージを与えるだなんて……」
「そりゃあこっちの台詞だ! 見たこともねえ呪符ばっか使いやがって!」
「まったく……最初から想っていたけど、貴女女の子なのに言葉遣いが汚すぎよ? もう少しおしとやかにならないと、お嫁さんに……いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね?」
「んだよ?! そこまでいってやめんなよ! そしてマジであやまんなあああ?!」
そんな漫才のような掛け合いをする中。
涙目で簀巻きになっているエレを見ながら冗談めかして話してはいるが、左腕は恐らく折れているのだろう、冷や汗がフォウリィーの顔を伝い、地面へと落ちていく。
「──フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーが符に問う。答えよ、其は何ぞ!」
「げっ! やっべえ!」
ー【発動】ー
?『我は氷 白き氷』?
左腕をだらんと下げたまま、右腕でホルダーから呪符を数枚抜き放ち、扇状に展開して発動させるフォウリィー。
ー【魔力文字変換】ー
?『大気に舞い散り氷を従え』?
やがて青白い光が呪符から漏れ出し、それを簀巻き姿で地面でもがくエレの元へと投げつけると、エレの周囲を取り囲むように浮かび上がる。
「うっそだろ〜!?」
?『汝の敵をその身に閉じ込める者也』?
ー【呪符発動】ー
ー氷 閉 内 棺ー
ぎゃ〜! と涙目になって動くエレを置いて呪符が発動し、呪符同士を繋ぐラインが構成されると共にそれは結界となり、内部に対して一斉に冷気を放出し……氷の彫像のように氷の中へとエレを閉じ込める【氷棺】の呪符が完成する。
「やった、かしら……ね」
荒い息を吐きながら左腕を押さえて膝をつくフォウリィー。
治療呪符がゆっくりと骨折とそれによって発生する熱を取り除く中、表面が白く固まったエレの入った【氷棺】を見つめ続ける。
動かない【氷棺】を見たザキューレがそれを見て勝負あったか、とフォウリィーに感嘆を示しながら勝利宣言を成そうとしたその瞬間─
ー氷 罅 割 落ー
ー『?!』ー
唐突に【氷棺】に罅が入り、砕けた氷が地面に落ちる。
「ま、さかとは思っていたけれど……」
瞬く間に氷に次々と亀裂が入り、氷が砕け─
「っらあ!」
「!!!」
ー氷 樹 粉 砕ー
氷の中からエレの裂帛の気合の声が響くと共に、彼女を拘束していた氷と、【呪縛】が砕け散り、全身から湯気をあげたエレが立ち上がる。
「あ〜……さっみ〜! ……へへ、お前……つええな……フォウリィー!」
「……さすがね……普通はあれで終わりだと思ったのだけれど……【((修練闘士|セヴァール))】は伊達ではない、という事ね?【((影技|シャドウ・スキル))】!」
「ったりめ〜だ! それに……こういうのは前に手前の兄弟子にやられたからな。【((修練闘士|セヴァール))】相手に同じ手は通用しねえ!」
「……ふふ、参ったわね……」
全身の筋肉が盛り上がり、パンパンに張り詰めた状態で体を震わせながらも……その顔に笑みを浮かべるエレと、息を整えながらもその顔に苦笑を浮かべて立ち上がり、だらんとした左腕を捨て、右手で呪符を構えてエレと対峙をするフォウリィー。
「だけど……お前……何悩んでるんだ? さっきの攻撃だって、もっと直接的な【氷槍】とかで突き刺す事だって出来ただろう? 迷いのある攻撃じゃ、あたしに……【((修練闘士|セヴァール))】になんか勝てやしねえぞ!」
「っ! ……余計なお世話よ!」
少し怒気を含んだ声で、そうフォウリィーに向かって怒鳴り気味に声をかけるエレと、指摘され、動揺を見せるフォウリィー。
「──迷うな。今は誰の為でもない。あたし……【((修練闘士|セヴァール))】・【((影技|シャドウ・スキル))】・エレ=ラグと、お前……【((呪符魔術士|スイレーム))】・フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーとの勝負なんだ。親父の名誉とか、家の名誉のためにじゃない。純粋なあたしとお前の勝負なんだよ! ……それでもまだ迷いがあるてんなら──」
そう、フォウリィーに声をかけながら、エレがゆっくりと【((印|シンボル))】の入った左腕を持ち上げてフォウリィーを指差し─
「──一撃だ」
「ッ!!」
それは圧倒的な力を持った言葉だった。
その迫力に、その威圧感に飲まれ、後退しそうになる自分をどうにか押し留めるフォウリィー。
「次の一撃で……あたしはあんたを……いや、貴公を倒す。だから……貴公も全力で私を倒しにこい! 【((呪符魔術士|スイレーム))】・フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザー!」
「───ふふ、ええ、そうね。もちろん! 受けて立つわ! 【((影技|シャドウ・スキル))】エレ=ラグ!!」
「へっ! そうだ! そうこなくっちゃあなあ!」
【((印|シンボル))】を掲げ、フォウリィーに向かって吼えるエレと……その気概を汲み取り、吹っ切れた表情で覚悟を決めるフォウリィー。
両者譲らぬ闘気がぶつかり合い、にらみ合う視線が交差する中。
大きく息を吸い込むエレが─
?我は無敵也?
威風堂々、自らを、そして相手を威圧するような、圧倒的な言の葉を吐き出す。
それと同時に、手にした呪符を手放し、腰元に下げていた筒状の入れ物の蓋を外すフォウリィー。
「あれは……【武技言語】! まさに必勝を持って次の一撃にかけるか、【((影技|シャドウ・スキル))】!」
「【武技言語】……?」
「左様。己の内に埋没し、自己暗示をかけて己の潜在能力を引き出し、次に放つ一撃の威力を数倍にも高めるという、【クルダ流交殺法】の奥義の一つだ!」
ザキューレがエレの言い放つ【武技言語】を聞いて驚愕を露にし、ジンがそれに関して質問をする中、目の前の状況は刻一刻と進んで行く。
?我が影技に敵う者無し?
朗々と響き渡る力ある言葉が、エレの全身に力を漲らせ、その身に必殺の一撃を打ち込む力を与える。
そして、フォウリィーもまた、筒から丸められた巻物を取り出すと、その封を切って広げて魔力を通し、空中に浮かびあがる巨大な呪符……【((広域殲滅用特殊大型符|大アルカナ))】。
「フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーが符に問う……答えよ!其は何ぞ!」
ー【発動】ー
?『我は大気』?
フォウリィーの伺いを受け、【魔力文字】がその力を解放しはじめ……周囲の魔力が集い、風が突き出したフォウリィーの右手に集約されていく。
【風刃】など、比較にならないほど、圧倒的な……まさに竜巻を思わせる暴風が凝縮されていく。
「! いけない! ザキューレさん! サイさん! リキュナさん! 俺の後ろに!」
ー『?! 承知!』ー
ー【発動】ー
ー守 護 障 壁ー
ジンがフォウリィーの展開した【((広域殲滅用特殊大型符|大アルカナ))】を見て咄嗟に前に出て、ホルダーから両手一杯に【守護障壁】を取り出し、同期起動させる事によってその効果を高めつつ全力防御の姿勢に入るのを見て、息をのみながらもその呪符の後ろで勝負を見守る三人。
?我が一撃は?
?『我が四方の』?
ー【魔力文字変換】ー
暴風が一気に圧縮され、フォウリィーの手の前に猛威を持って集約され、それを見ていたエレが地面を砕きながらも一足飛びに間合いを詰め、フォウリィーの前へと躍り出る。
?無敵也!?
?全てを切り裂く?
ー【呪符発動】ー
「失せろーーーー!!!!」
「はああああああああ!!!」
その右手の前に存在した猛威を握りつぶし、その暴力を開放するフォウリーと、【武技言語】をその身に宿し、全身の力を振り絞ったとび蹴りをその圧倒的な力の塊へと叩き込むエレ。
?【クルダ流交殺法】【影門】【死殺技】─【((裂破|レイピア))】?
ー暴 爆 嵐 風ー
力と力がぶつかり合い……凄まじい爆音が響き渡る。
爆発した風が四散し、その破壊力を持ってジンの【守護障壁】を叩きつけ、【結界】内の地面を抉りとり、木々を根こそぎ吹き飛ばし、遺跡を粉々に打ち砕く。
爆心地にクレーターを残し、圧倒的な破壊力をもって大地を更地に変えていく。
やがて、魔力の余波が収まり、風がやみ、【結界】内の土埃がゆっくりと収まりはじめ─
「……ぐう、き、きつかったあ。大丈夫ですか?! ザキューレさん! サイさん! リキュナさん!」
「すまぬなジン。大丈夫だ」
「こちらも問題ない」
「ありがとうございます、ジン殿!」
【守護障壁】を張ったジンも、その呪符が圧力に耐えかねて次々と破裂し、消滅しながら【結界】を張った壁際へと暴風に押されていきながらも、辛うじて維持し続け、どうにか耐え抜くことに成功していた。
【((広域殲滅用特殊大型符|大アルカナ))】・【大気】の破壊力に唖然としつつも─
「!! そ、そうだ! 二人は?!」
力のぶつかり合いで爆発に巻き込まれ、真逆にぶっとんだ二人を視線で追うジン達。
「フォウリーさん?!」
そんな視線の先には……木々や瓦礫の山の上に、全身血だらけで仰向けに横たわるフォウリィーの姿があり、慌てて駆け寄るジン。
そして─
ー重 音 退 岩ー
「あ〜……いってえ……ったく、死ぬかと思った……」
同じく全身傷だらけで、【((印|シンボル))】を掲げた左手をだらんとあらぬ方向へと向けたエレが、その背に背負っていた遺跡の壁を右手一本で退かし、立ち上がる。
そんな両者を見定めたザキューレが静かにその左手をあげ─
「──勝者、代59代【((修練闘士|セヴァール))】。【((影技|シャドウ・スキル))】・エレ=ラグ殿!」
その場に響き渡るほどの声量でそう宣言する。
「っへへ、ああ……いい勝負、だった……」
「?! 【((影技|シャドウ・スキル))】殿!」
「ちょっと?! エレ=ラグ! しっかりしなさい!」
その宣言を聞き、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちるエレと、それを見て慌てて駆け寄るサイとリキュナ。
やがてジンの元へと運ばれる二人ではあったが、【((魔導士|ラザレーム))】の力を使わねばならないほどの深刻な怪我は幸いにもなかったので、治療呪符で骨折等の重要箇所を重点的に癒した後、残りの怪我と、意識を失った二人を看護するために、一路キシュラナへととんぼ返りをする羽目になった一行。
怪我人を背負っていることで慌てふためく門番に、怪我人の治療の為だといって通してもらい、キシュラナ国内へと入った後、その脚力を持って疾風の如くザキューレ家へと舞い戻る。
ザキューレさんの指示により、女中達が即座に道を開き、室内道場備え付けの部屋へと二人を運び込み、女中さんの用意してくれた桶に満ちているお湯を使い、傷口を洗って血の汚れを流し、体を拭いた後、荷解きをして前日に作り上げておいた薬を取り出し、塗りつけて包帯や薬草で蓋をしながら治療を施していく。
傷が熱を持ち、全身に汗を掻いて魘される二人の汗をふき取りながら、一昼夜二人の容態を見続け、包帯を変え、衣服を取り替え一昼夜。
「いってええ! ちょ! それ染みるって〜!」
「ん〜〜、ジン〜♪」
「エレさん? 貴女【((修練闘士|セヴァール))】なんだからこれぐらい余裕でしょ?! 我慢してください! フォウリィーさん? 安心したのは分かりますけど、治療がありますから離してください!」
──意識を取り戻したフォウリィーに絡まれ、薬がしみると涙目で暴れるエレに四苦八苦するジンの姿がそこにあった。
カオスな状況の中、騒がしい様を聞き取り、様子を見に来たザキューレに、決戦後に出て行くなどと告げながらも戻ってきて、尚且つまた屋敷にご厄介になる事を詫びるジン。
しかし─
「案ずるな、この程度は想定内だ」
と微笑まれ、項垂れるジンの頭を撫でるザキューレの優しさに涙しつつも……二人の傷の手当をする事早一週間。
その間、ザキューレの伝手を使い、心配しているであろうポレロ・オキトの両名に、事が無事に終わり、フォウリィーも怪我をし、負けたものの無事である事を告げる手紙を書き記すジン。
そして、治療が終わり次第、クルダへと足を運び、クルダで暫く留まる事を考えているとう事も書き記して沿え、落ち着いたらまた手紙を出すという事も書き足した後、フォウリィーに今後の件……つまりはポレロやオキトの待つ家へと帰る件について尋ねると─
「何いってるの? もちろんジンについていくに決まってるじゃない!」
と、治りかけの傷を見ながら、ばっさり帰郷の件を斬り捨てるフォウリィー。
薬を塗っていたジンとしては無論嬉しかったのだが、家族の二人が心配するだろうと困惑を露にする。
「馬鹿ね。子供が余計な気を回さなくてもいいの。それに……貴方だって家族なのよ? 一番年下の家族を守るのが、年長者の務めってものでしょうに」
悪戯っ子の顔つきで微笑みながら、ジンの額をつつくフォウリィーの言葉にじんと来て、目を伏せるジンと、その様子を横から見て見ぬ振りをしながら、何かを考え込むようにこちらに背を向けるエレ。
そして……重症箇所に呪符をつかい治してあったのでほぼ完治状態のフォウリィーと、同じく【((修練闘士|セヴァール))】としての優れた肉体により、同じく完治状態だったエレだが……前々から無茶を繰り返していたのだろう、怪我をした後に、それが完治する間もなく戦い続けたという後がありありと見える体であり、体全体の骨格のバランスが崩れ、歪んでいる事を【((解析|アナライズ))】結果から察したジン。
そして─
「あだだだだ! あ、あたしの身体はそんな風に曲がるようにできてねえええ!」
「ほら、じっとしてください! 骨がずれてるんですか……ら!」
ー骨 鳴 異 音ー
ゴキィという音が鳴り響き、涙目のエレが絶叫するのを無視してずれた骨格を治す為にその腕を振るうジン。
「ちょっ、ま! 殺す気かあああ」
「はいはい 無茶しすぎる子はどんどん治しちゃおうねえ」
ー骨 鳴 奇 音ー
弓形に体を逸らせ、骨盤の歪みを矯正した後、次々とずれていると認識される部位を治して行くジン。
「ま、まて! 話せば」
ー骨 鳴 変 音ー
エレが涙目で必死に話しかけるも、それを聞くこともなく、ゴキ、とかゴリ、とかいう音を立てて骨をはめ込んでいくジン。
「いぎ! おい! ジ」
ー骨 鳴 違 音ー
やがて、その言葉が聞こえなくなるのと同時に、エレのほとんどの骨格の歪みを矯正できたことを確認するジン。
「おし、こんな感じかな……大体いいですよー。調子どうです? エレ……さん?」
すっかりやり遂げた顔で額の汗を拭い、得意げにエレに声をかけるも、なぜかピクリとも動こく事がなく……その反応を疑問におもったジンが、エレの顔を覗き込むと……何故か白目を向いて口から白い物体をはみ出して気絶しているエレの姿がそこにあった。
「──さ! もう一度この国を去る準備をしておかないとな!」
それを視界の外に外し、怪我の治療に使っていた道具や薬をリュックサックの中に整理整頓をして出かけられる準備をし、さも何事もなかったかのように、割り当てられている自室へと戻るジン。
──まさに現実逃避であった。
やがて、大体の荷物を纏め終えた時、板張りの廊下を走ってくる足音が聞こえ─
「おい! ジン! 手前ぇ〜!」
と、目を三角にしながら息巻くエレが、部屋の戸を開き、抗議の怒声をジンにかける。
まあまあ、とエレに声をかけながらも、エレの体の調子を確認するジン。
「手前! ごまかそうったってそうは……って、あれえ?! すげえ、嘘みたいに軽い!」
指摘され、初めて気がついたのか、両肩をぐるぐる回したり、屈伸したりして具合を確かめるエレ。
その様子に満足げに微笑みつつも─
「実際、今まで怪我したときはどうしてたんですか?」
「ん? 大概は傷あらって傷薬ぶっかけるだけかな。あんまひどいときは【((呪符魔術士|スイレーム))】に頼んで〜って……ジ、ジン?!」
怪我をした際の雑な処理に、ジンの怒りが沸騰し……その様子を察して一歩下がるエレの手首を、ジンがガッチリと捕まえる。
「フッフッフ……もう少し! 念入りな! お仕置きが! 必要なようですね……!」
「ちょ……、ジン! ほ、ほら! そろそろ飯の時間─」
「大丈夫ですよ……すぐ済みますからねえ」
「─まっ?! え?! あっ! アーーーッ!」
ー異 奇 変 違ー
実にィィ笑みを浮かべるジンの顔を見て、必死の抵抗をするエレではあったが……そんた抵抗空しく、ジンの手が煌き、お仕置きの骨格強制(誤字に在らず)をするジン。
断末魔の叫び声を連想させるようなエレの声が家中に木霊し、再び白い何かを口から吐き出して畳の上に轟沈するエレ。
何事かと駆け寄ってきた一同にそんな笑みを見せ……思い切り引かれる事となるジンであった。
……もちろんその後、骨格矯正のほうを施され、同じように何かを口からはみ出しつつも、調子がよくなった一行がいたのは余談である。
そんな事をやっていたジンではあったが─
「ジン、少し良いか?」
「え? はい」
再び荷物をまとめ終え、ふと暇になった時間にザキューレから声をかけられ、当主の間へと案内されるジン。
そこには背筋を伸ばして正座をするサイとリキュナの姿もあって─
「──本来ならば、新しき【剛剣((士|死))】を生み出したお前が、皇帝の恩前で【((左武頼|さぶらい))】の名を冠する事となり、我等に伝わる士剣【牙斬】を託すが道理。しかし……残念ながら御主はこの国のものでも、古くから伝わるキシュラナの血族でもない。故に─」
ザキューレとジンもまた、正座をして向き合い、士剣を託せない事に非常に残念な顔をする三人ではあったが、ザキューレが傍にあった古く黄ばんだ布の包みを紐解き、ジンの前へと広げてみせる。
そこにあったのは─
「これは、我等がザキューレ家より選出されたといわれる……歴代最強とその名を歴史に刻んだ【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の使い手、【剣聖】が使っていたとされる剣だ。クルダが我が国からの属国から脱却する戦争を起こした最中、初代クルダ王と戦い、引き分けるも折れてしまった剣と伝えられている」
「ッ! これが……」
広げられた布の中央に、細かく砕けた刃を針金で纏め上げ、柄と鍔が外された状態で姿を現した……((鋼|刃金))。
数千年の時を経て、未だ錆びずにその刃に輝きを纏うその姿は、歴戦を戦い続け、脈々と受け継がれる意思のようなものを感じさせた。
「これは代々、我がザキューレ家において影ながら受け継がれてきた刃でな。我等はこれを【志】として受け継いできたのだ。しかし、我等が数世代前の当主がいつまでも古い因習に拘るのも良くないとして、新しき象徴として新たな士剣を作り上げてな。それ故、この刃の意味も失われかけていたのだ。……正式な士剣ではなくて心苦しいが、御主を我が流派を収めたもの、【((左武頼|さぶらい))】として認め……我等、【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の【志】を御主に託す事とする」
「──!!」
ゆっくりと包みなおしたその((鋼|刃金))を、ジンのほうに押し出しながらそう告げるザキューレと、それを見て微笑みを浮かべて頷くサイとリキュナ。
やがて驚きで固まっていたジンが、姿勢を但し─
「──確かに。このジン=ソウエン、【((左武頼|さぶらい))】の【志】、受け継がせていただきます!」
「うむ。精進を怠らぬようにな」
「おめでとう、ジン!」
「おめでとうございます、ジン殿!」
正座したまま、深々と一礼をし、包みを大事そうに抱えるジン。
それに満足げに微笑んで顔を見合わせ、ジンの頭を撫でるザキューレ、肩に手を置くサイ、後ろから抱き締めるリキュナ。
別ち難い絆を確かめ、表沙汰には出来ぬとはいえ……師弟としての確かな仲を深めるジン達。
こうして……師から弟子へと、その【志】が受け継がれる事となったのだった。
「しかし……いつまでも折れたままでは忍びない。やはり剣というのは絶えず相手を打ち砕く【牙】でなくてはならぬ」
「しかし、この剣をもって国内の鍛冶師に渡してしまえば、必ず【牙斬】として作られましょう。【四天滅殺】の事を考えれば……あからさまに【キシュラナ流剛剣((士|死))術】の使い手とみなされるのは、いくら聖王女認可の身分証があるとはいえ、まずいことになります」
折れた刃を想い、顎に手を当ててそう考え込むザキューレと、それに同意しつつも、国内では作れない事を示唆するサイ。
やがて、それを聞いていたリキュナが口を開き─
「…………ならば、他国の凄腕の鍛冶師に託してみてはいかがでしょうか? 確か……ジン殿はクルダに向かうのよね? ならば、【ブロラハン】というクルダの街に、【((黒い翼|ブラック・ウィング))】という、元【((闘士|ヴァール))】にして、最高の武器職人として名を馳せる御仁がいると聞きます。武気を作る相手を選ぶとは言われていますが……ジン殿ならば間違いなく彼の御仁も興味を抱くはず。一度尋ねてみてはどうでしょうか?」
「! 【((黒い翼|ブラック・ウィング))】……【ブロラハン】ですね? わかりました、いってみます!」
丁度これからクルダに旅をするという事から、凄腕の【((闘士|ヴァール))】だった天才武器職人がいる【ブロラハン】の情報を教えてくれるリキュナ。
丁度クルダに行く事は決めていても、旅の目的自体は定まっていなかったので、一路そこを目指すことを決める。
やがて、リキュナにお礼をいって微笑むと、再び顔を赤くしたリキュナに前から抱き締められ、あわあわとあわてる様をザキューレとサイが微笑ましく見守ったりと、おなじみの光景が場に展開され─
「うむ……そうだな、もしうまくいった暁には、蘇った【牙】をこの目で見てみたいものではあるが」
「縁があれば必ず。そうだな? ジンよ」
「それでなくても、いつでもこのキシュラナに来てくれていいからね?」
「ありがとうございます!」
こうして、フォウリィーとエレの治療も終わり、今度こそ旅立つとの事で、キシュラナ最終日の時は過ぎ……ザキューレが旅立ちに向けてと豪勢な宴の席が催される事となった。
食事が始まり、酒が振舞われ、陽気にわいわいと大声でフォウリィーとリキュナに絡むエレと、それに応対して叫ぶリキュナと、あきれたように溜息を吐くフォウリィー。
そんな様子を苦笑しながらザキューレとサイ、そしてジンが見守りつつも食事を楽しむ中。
「なあジン、フォウリィー? お前ら旅をしてるっていってたけど……次に向かうのはどこかとか決めてんのか?」
「ええ、クルダに向かおうと思っているのよ。そうよね? ジン」
「うん。それに……今は目的も出来たから、まずはクルダに入って情報を集めてから、その街に向かおうかと思ってるんだ」
不意に思い出したようにそう問いかけるエレに答え、クルダに向かうと告げるジンとフォウリィー。
「お? そっか。んじゃあたしも一緒にいっていいか? ぼちぼち戻りたいと思ってたところだしな」
「あら、【((修練闘士|セヴァール))】様の道案内なんて……中々に豪勢じゃない?」
「おい、やめろよフォウリィー! そんなんじゃねえって! 旅は道連れっていうじゃねえか」
「あはは。まあ、案内がてら一緒にいってもらえれば嬉しいですけど。それに、エレさんが案内してくれるなら情報を集めなくても直に目的地までいけるそうだし」
「ん? いいぞ? どこいくんだ?」
その答えを聞き、ニカっと人懐っこい笑みを浮かべて同行を申し出るエレ。
それをからかうフォウリィーとのやりとりに苦笑しつつも、案内してくれるなら手間が省けるな、と目的地への案内を頼むジン。
軽く引きうけ、場所を問うエレに対し─
「ちょっと鍛え直してもらいたいモノがありまして、【ブロラハン】って街までお願いしたいんですよ」
食事を口にし、飲み込んだ後で、酒に口をつけるエレにそう告げるジン。
すると……その街の名を聞いた瞬間、エレの動きが止まり、笑みが消え、真顔になるって口にくわえていた酒瓶を降ろす。
「……その町は数年前の戦争で、今は一人しか住んでない町だぞ?」
「え? そうなんだ……まあ、その人が目的の人なら問題ないんですけど……天才武器職人って言われている【((黒い翼|ブラック・ウィング))】って人に会いたいんです」
「そ……っか……」
視線を合わせてそう問いかけてくるエレに対し、【((黒い翼|ブラック・ウィング))】の名を告げると、消えそうなほど小さな声でかぶりをふって俯いてしまうエレ。
「どうしたのよ? エレ=ラグ? ……ん? そういえば……【((黒い翼|ブラック・ウィング))】の名前ってたしか……ディアス、ディアス=ラグ!」
「え、ラグ?!」
そんなエレの様子に眉を潜め、呼びかけるリキュナではあったが……ディアス=ラグ、【((黒い翼|ブラック・ウィング))】の名を聞いた瞬間、同じ苗字を持つエレに視線が集中する。
「ああ……そうさ。ディアス=ラグは、あたしの正真正銘の……兄貴だ」
観念したように両手をあげ、自嘲とも取れる苦笑を浮かべながら、らしくない態度でそう頷きながらそう呟くエレ。
「……ま、目的地もわかったし! この【((影技|シャドウ・スキル))】、エレ=ラグ様に任せろ〜ってな! さ、宴の席なんだ、じゃんじゃんのもうぜ〜!」
「わ?! ちょっと! いきなりなにすんのよエレ!」
「んだよお、あたしの酒が飲めねえってのかあ?!」
はっと我に返り、場の雰囲気を悪くしたのが自分であると悟ると、無理して明るい笑顔をしながらもフォウリィーやリキュナに絡んでいくエレ。
やがて酒瓶を口につっこまれて飲まされ、ダウンするリキュナがいたりするカオスな宴へと発展していくが……先ほどエレが見せた暗鬱で悲しそうな表情がジンの頭から離れる事はなかった。
やがて……そんなカオスな宴からあけて翌日。
朝食後を食べた後、旅支度を終え、玄関に荷物を運んでいる最中に、エレに呼び出され、エレに割り当てられた部屋へと入るジン。
すでに旅支度は終わっているため、後は出発するだけというこの時間に、一体何事かと思い、エレに声をかけようとすると、ドアを閉めたエレが、ジンの目の前で突然座り込み、頭を下げる……土下座をしてきたのだ。
「な?! エレさん、どうしたの?!」
唐突なエレの行動に理解が追いつかず、混乱した頭でどうにか立たせようとするジンではあったが、一瞬顔をあげたその顔が、懇願に近いものである事を見て取り、目線を合わせて話を聞くことにしたジン。
「突然の事で訳が分からないとは思うんだけど……ジン、お前に頼みがあるんだ。最悪聞いてくれるだけでも構わねえ。……いいか?」
「言いも悪いもないよ。まずは話を聞かせて?」
真剣な顔を見て、茶化すべき内容ではない事を悟り、正座をして話を聞く体性をとるジン。
「──あたしが小さいとき……両親が流行り病でおっちんじまってな。あたしは兄貴……ディアス=ラグと二人きりになっちまったんだが……運悪く、その病気にあたしもかかっちまったんだ。治療法が難しい病ではあったが、あたしがかかった頃には治療法も見つかり、治す事も可能な病となっていたんだ。ただ……それは聖地ジュリアネスでしか施せない治療らしくて、その治療費はもめちゃくちゃ高かったんだ」
その時を思い出しながら話しているのか、いつもの彼女とはまったく違った弱弱しい雰囲気のエレ。
戸口に気配を感じ、一瞬視線を送ると、戸口の隙間から躊躇いがちにこちらを覗くフォウリィーと視線が合い、アイコンタクトで少しまってくれるように頼み、それに頷くフォウリィー。
やがてフォウリィーが壁に背を預けてこちらの事情を聞きながらも待つ体性に入ると同時に、エレの独白は続いてく。
「その時すでに【((闘士|ヴァール))】として有名だった兄貴は……たった一人の肉親であるあたしの病気を治す為、その大金を稼ぐために戦場に出て行った。……熱に浮かされ、夢見午後地だったけど……今でも覚えてる。戦場に行く前、バンダナと字名の由来……【((黒い翼|ブラック・ウィング))】をその手に持ってあたしに……『兄ちゃんが絶対助けてやるからな!』って泣きながら呼びかけ、去っていくあの背中を」
顔を伏せ、泣きそうな顔になっているエレが言葉を詰まらせながらも語り続け─
「その腕で、その名前で、ひっきりなしに戦場に、戦争に傭兵として雇われ、戦場を渡り歩いて金を稼ぎ続けた兄貴の努力の甲斐あって、たった二ヶ月であたしの治療費がたまり、あたしはジュリアネスでの治療を受け、一命を取り留めた。でも……二ヶ月間、寝る間も惜しみ、食事を取る暇すら惜しんで無理を通し、無茶をしてきた兄貴の体は……【((修練闘士|セヴァール))】の名は確実と言われていたにも関わらず……ぶっ壊れちまった……あたしを、あたしを助けたせいで!」
正座した膝の上で手をぎゅっと硬く握るエレの、その拳の間から握りこみすぎて爪が掌を破ったのであろう、流れ出す赤い血。
「あたしは、それが我慢できなくて、弱い自分がいやで、必死になって医者を探し、兄貴の体を治す為にいろんな医者に見せ続けた。凄腕の【((呪符魔術士|スイレーム))】や、挙句の果てには【((銀の剣|シルバー・ソード))】たる【((魔導士|ラザレーム))】・カイ=シンク様にまで頼んでみた! だけど……その【((魔導士|ラザレーム))】すら、兄貴を治すのは不可能だと、そう、言ったんだ。あたしは……それが悔しくて、せめて兄貴が得るはずだった名声を、名を得ようと様々な戦いを経験し、無茶をし、体を鍛えて第59代【((修練闘士|セヴァール))】にまでたどり着いた。……だけど、本来の第59代【((修練闘士|セヴァール))】はあたしじゃない! 兄貴じゃなくちゃいけなかったんだ!」
ダン、と床を叩き付け、びりびりと床がその振動を伝え、血が床に飛び散るのを構わず、自らの心の内を吐露するエレ。
言葉を挟まず、それを聞き続けるジンとフォウリィーが聞き続ける中、荒れてしまった自分を省みて『すまねえ』と呟き─
「──こんな事をいきなり頼むのも筋違いだし、お前にも迷惑だとは分かってるだけど……頼む! 頼むよ……兄貴を……助けてやってくれ! カイ様にも無理だった兄貴の体だけど……ザキューレを助けた時のように、【((魔導士|ラザレーム))】の力をカイ様よりうまく使うお前なら!……お前ならなんとか兄貴を助けられるんじゃねえかと思うんだ! なんなら一度兄貴の体を診てくれるだけでもいい! 頼む、この通りだ!」
ジンがその年齢上、【((魔導士|ラザレーム))】としての力を隠したがっていることも知っており、自分もそれを公言しないと誓っているエレが、それを曲げてでも願い、頭を下げ、額を床に擦り付けて頼見込む姿。
そして……頭を下げた先、板張りの床の上にぽたぽたと落ちて広がっていく……水の染み。
そんなエレを見つめ、戸口から心配そうにこちらを見つめるフォウリィーさんに微笑みながらも─
「──頭をあげてくださいエレさん。その話……お受けします」
「ほんとか?!」
がばっと頭をあげ、ジンの顔を泣き顔で見上げるエレ。
やがて、戸口から入ってきたフォウリィーが、泣きじゃくるエレさんの肩を抱く後ろから抱き締める。
「だって……当たり前でしょ? 俺たちはもう……拳を交え、共に認め合った……【友達】になったんだから」
「っ……あり……がとう!」
やがて……その言葉を聴いて驚愕したエレの顔が、その見開いた瞳から大粒の涙を零し、再び泣き顔へと変わっていき、それを隠すために両手で顔を覆うエレ。
そんなエレの頭を抱き締め、あやすようになでて背中を叩くフォウリィー。
エレの押し殺した泣き声が……部屋の中に静かに木霊するのだった。
やがて─
「な、なんつうか……みっともねえとこ……見せちまったな……」
ようやく気持ちが落ち着いたのか、恥ずかしそうに顔を赤くしながら鼻を掻くエレ。
そんなエレを見て顔を見合わせ、微笑んで見つめるジンとフォウリィー。
「つうか! なんでいるんだフォウリィー! ドア閉めてたはずだろ?!」
「なんでって……荷物はあるし、出発時間なのにジンもあなたも来ないから様子を見にきたんじゃないの……」
「あ……うっ、わりい……」
あきれたように肩をすくめて、そう答えるフォウリィーに、自業自得かとがっくりと肩を落とすエレ。
「……ちなみにいつから聞いてたんだ?」
「ん〜、『ジン、お前に頼みがある』からかしら」
「それって最初からじゃねえか!?」
「まあまあ……いいじゃない」
「よかねえよお〜……」
恥ずかしそうにそう、尋ねると、俺が知っているとおり、最初から戸口で聞いていた事を話すフォウリィーに、顔を真っ赤にしてう〜っと頭を抱えて恥ずかしがるエレ。
いつもの強気な様子からは想像もつかない姿を見せられ─
「なんだ、ただのがさつものかと思っていたけれど……可愛いところもあるじゃない」
「うん、可愛いね」
「な?! ななななな!? 何いってやがる?! あ、あ、あたしが可愛いだと?!」
ー『照れちゃって、可愛い〜♪』ー
「声かぶってんじゃねえか! うああああ〜!」
いつかのフォウリィーを思わせるかのように、頭を抱えて床を転がるエレを見て、声をあげて笑うジン達だった。
そして、ようやく落ち着いたエレを連れて、玄関へと足を運ぶ俺達。
そこには─
「──来たか」
「いよいよ……立つか、ジン」
「寂しくなりますね……」
門の前に佇むザキューレとサイ、そして寂しそうに肩を落とすリキュナと……ハンカチで目元を拭いながら並び立つ女中達の姿があった。
随分豪勢な見送りに内心緊張しながらも、門を先に出てこちらを振り返っているエレとフォウリィーにも見守られつつ、名残惜しい思いと共に─
「……ザキューレさん、いえ……今だけは……師匠と。ご指導ありがとうございました。表立って使う事は叶いませんが……これから先、貴方に指導され、この心に刻んだ【志】を胸に、生きていく上での力として、使わせていただきます」
「……うむ、我が愛弟子よ。忘れるな? 力を振るうのは己自身。己の力を己自身のものとし、御してこそ、力は始めて己のものとなるのだ。奢りに自分を見失う事なかれ。蔑みに力を使う事を恐れる事なかれ。御主ならば……できるはずだ」
「はい……」
しゃがみこんだザキューレと抱擁を交わし、静かな言葉がジンの心に染み渡る。
静かに涙を流すジンの背を、無骨ながらも優しい掌が叩く。
「──共に精進しよう、ジン。いつか再び……お前と刃を交えるその時まで。同じ高みで会えると信じて」
「はい、サイさん。お世話になりました」
隣のサイとも抱擁を交わし、その腕を競い合った、短くも濃密な時間に思いを馳せる二人。
「元気でね? ジン殿。いつか……かならず会いに来て頂戴!」
「はい、リキュナさんもお元気で。……いつか、呼び捨てで呼んでくださいね」
「ええ、次にあった時には……必ず」
互いに涙を流し、強く抱き締めあいながらも言葉を交わすリキュナとジン。
その横で─
「大分お世話になってしまって……。本当にありがとうございます」
「あたしまで世話んなっちまって、わりいな……」
「構わぬ。これも縁というやつだろう。【四天滅殺】の縛りがあるゆえ、おおっぴらには会えぬが、機会があればまた会おう」
「いつか、聖王女にお願いをし、御前で手合わせができるその日には……御主を破ってみせよう、【((影技|シャドウ・スキル))】殿」
「応! 楽しみにしてるぜ!」
硬い握手を交わし、言葉を交わすザキューレ・サイと、フォウリィー・エレの両名。
「それじゃあ、またねリキュナさん。……がんばりなさいよ?」
「んじゃあ、またなリキュナ。……押し倒すのもありだと思うぜ?」
「んな?! も、もう! ……またね、フォウリィー、エレ」
女同士で抱擁を交わしあいながらも、ぼそっと耳元で告げる言葉に赤くなるリキュナ。
ー『お元気で〜〜〜!』ー
「さようなら〜! またいつか〜!」
ザキューレ家総出で手を振り、見送ってくれるのに苦笑しながらも、手を振り返して見送りに答えるジン達。
ザキューレ家の全員が、ジン達のその背中が見えなくなるまで、手を振り見送るのだった。
「それじゃあ、いこっか、傭兵王国……クルダへ!」
「応! 案内は任せろ!」
「ええ、行きましょうか」
やがて国境を越え、門番に見送られて国外へと出た俺達。
足取り軽く、先を歩くエレの背中を追いかけながらも、二週間と少し。
短いながらも過ごしたキシュラナに別れをつげ、一路南の大国。
傭兵王国クルダを目指す。
空は快晴。
クルダでの出会いに期待し、胸膨らませるジンだった。
登録名【蒼焔 刃】
生年月日 6月1日(前世標準時間)
年齢 7歳
種族 人間?
性別 男
身長 123cm
体重 30kg
【師匠】
カイラ=ル=ルカ
フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザー
ワークス=F=ポレロ
ザル=ザキューレ
【基本能力】
筋力 AA+
耐久力 B
速力 AA+
知力 S
精神力 SS+
魔力 SS+ 【世界樹の御子】補正
気力 SS+
幸運 B
魅力 S+ 【男の娘】補正
【固有スキル】
解析眼 S
無限の書庫 EX
進化細胞 A+
【知識系スキル】
現代知識 C
自然知識 S New(サバイバル・薬草・食材・植物・動物・水生物知識統合)
罠知識 A
狩人知識 S
地理知識 S
医術知識 S New(人体・応急・医療知識統合)
剣術知識 A
【運動系スキル】
水泳 A
【探索系スキル】
気配感知 A
気配遮断 A
罠感知 A-
足跡捜索 A
【作成系スキル】
料理 A+ New (精肉処理統合)
家事全般 A
皮加工 A
骨加工 A
木材加工 B
罠作成 B
薬草調合 S
呪符作成 S
農耕知識 S New(ガーデニング・植物栽培統合)
【操作系スキル】
魔力操作 S
気力操作 AA⇒S New
流動変換 C
【戦闘系スキル】
格闘 A
弓 S 【正射必中】補正
剣術 A
リキトア流皇牙王殺法 A+
キシュラナ流剛剣((士|死))術 S
【魔術系スキル】
呪符魔術士 S
魔導士 EX (【世界樹】との契約にてEX・【神力魔導】の真実を知る)
【補正系スキル】
男の娘 S (魅力に補正)
正射必中 S (射撃に補正)
世界樹の御子 S (魔力に補正)
【特殊称号】
真名【ルーナ】 【((呪符魔術士|スイレーム))】の真名。
自分で呪符を作成する過程における【魔力文字】を形どる為のキーワード。
【((左武頼|さぶらい))】 New! (【キシュラナ流剛剣((士|死))術】を収めた証)
【ランク説明】
超人 EX⇒EXD⇒EXT⇒EXS
達人 S⇒SS⇒SSS⇒EX-
最優 A⇒AA⇒AAA⇒S-
優秀 B⇒BB⇒BBB⇒A-
普通 C⇒CC⇒CCC⇒B-
やや劣る D⇒DD⇒DDD⇒C-
劣る E⇒EE⇒EEE⇒D-
悪い F⇒FF⇒FFF⇒E-
※+はランク×1.25補正、−はランク×0.75補正
【所持品】
呪符作成道具一式
白紙呪符
自作呪符
蒼焔呪符
お手製弓矢一式
世界樹の腕輪
衣服一式
簡易調理器具一式
調合道具一式
薬草一式
皮素材
骨素材
聖王女公式身文書
革張りの財布
折れた士剣 New
説明 | ||
お待たせしました〜! 今回はいよいよエレとフォウリィーの決戦となります。 楽しんでいただければ嬉しいのですが。 今回は投稿内でも最長の70.6KB! 相変わらずのオリジナル要素を盛り込んだ作品ではありますが、今回もよろしくお願いします! |
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