鐵拳姑娘小露茜 壱 |
第1章 魔道殺手
―ガマニシオン帝国領アフィオセム自治区ガドネリ魔田
「ほぁ〜あ……」
半月が微弱な明かりを放つ夜空に、野太い声の欠伸が響く。
その発声元は、一人の獣人からであった。犀の妖魔であるライノス族特有の、分厚い装甲の如き肌の上から、更に甲冑を着込み、手には先端が斧になったポール・ウェポン『ハルバード』を把持し、だらしなく肩に立てかけている。
−夜間警備というものはどうにも眠くなるものだ
彼はそんな事を考えていた。昼間帯なら空も明るく、そこいらに同僚や魔田職員も居て時間の潰しようは有る。
一人で宵闇の中に立っているのは暇で暇で仕方の無い仕事。彼はそう感じていた。
「コラ貴様!」
後方から掛けられた声に驚き、振り返る。
「いいご身分だな、たかが戦士(ウォーリア)の分際で」
怒声の主は二人の人間の男。ローブの様な軍服を纏い、片手に持った杖で石畳を突きながらゆっくりと歩いてくる。
犀の獣人は自分よりも遥かに小さな人間の男たちに謝りながら頭を下げる。
傍から見れば、手にしたハルバードを一振りでもすれば人間二人などまとめて両断出来そうなものだ。しかし、実際はそうではない。この二人は『魔道師』だ。魔法の使えぬ『戦士』では到底太刀打ち出来ない。その戦力差は雲泥と言っていい。
「貴様らが生きていられるのも、我々魔道師と、その力の源たる『魔田』あってのこそ。その魔田を警備することは名誉と知れ!!」
「はっ!」
獣人は跪きながら叱咤と罵声を受け止める。その光景からも、魔道師と戦士の力関係が見て取れるようだ。
「解ったら真面目に仕事をしろ。二度は無いぞ」
魔道師の一人が喋り、もう一人は指先に炎の弾を浮かべ獣人の鼻から生えた角に近付ける。
「はい・・・解りました」
鼻先の熱に耐えながら獣人は答える。
「ふん」
魔道師二人は鼻を鳴らしながら獣人の両脇を通り抜けた。
「・・・クソッ」
魔道師達の姿が見えなくなるや、獣人は舌打ちしつつ立ち上がった。
「警備っつったってな…こんな所に侵入する奴なんているもんかよ」
ここ「魔田」には、この獣人のような警備兵も居れば、先ほどの魔道師も少なからず居る。今の時代、魔道師に逆らう輩には確実に死が待っている。魔田に危害をもたらす不届きモノが居るとすれば、余程の命知らずだ。
「そんな奴が・・・」
居た。
気が付くと、眼前3メートルほどの位置に人影。小柄な体格を全身すっぽりと黒い布に覆っている為、顔は見えない。
「誰かっ!?」
獣人は誰何しハルバードを構えた。
「・・・・・・」
黒衣の侵入者は黙って黒衣の背から鉄棍を取り出し、構えた。
獣人はハルバードを思い切り横薙ぎに払う。
侵入者は軽快な動きで跳躍し、一閃をかわした。天井の無い渡り廊下だからこそ出来る芸当だ。
ハルバードを振った獣人の隙を突いて、跳んだ勢いのまま侵入者は肉薄。
獣人の額に跳び蹴りを見舞った。兜越しに伝わる鈍くも重い衝撃。よろめいた獣人を、鉄棍による突きが何度も襲う。
「そこを通せ。魔道師以外の命は奪いたくない」
黒衣の中から聞こえるのは女の声だった。
「グゥッ・・・」
獣人はふらつきながらも壁に備え付けられた警報装置に手を伸ばす。
「!!」
侵入者は一瞬驚きの眼差しをフードの奥から覗かせた。
如何に武芸に優れたモノなれど、魔道師の手に掛かれば赤子同然。この侵入者は無残な最期を遂げるだろう。自分にも懲罰は下るが、眼前の賊が辿る運命に比べれば幾分かかわいい物だ。
「面倒なことをしてくれたな・・・」
侵入者は呟いた。
−面倒だと?逃れられぬ死が訪れようという時にこの者は何を言っているのだ・・・
そう思った直後であった。轟音とともに火炎弾が侵入者に向かって飛んでいった。
侵入者は足元の石畳に直撃した炎の焦げ後には目もくれず、炎の発射元を確認する。獣人の後方に先ほどの魔道師二人が立っていた。
「どこの誰かは知らんが、我らガマニシオン帝国に逆らうとは愚かな奴よ!」
魔道師Aが言うと、魔道師Bは掌を突き出し呪文を唱え始め、再び掌に火炎弾を発生させる。
「次は外さん!死ぬがいい!!」
射出される火炎弾。よけようともしない侵入者。潔く死を迎え入れる気なのだろうか。獣人も魔道師もそう思った。しかし、彼らは想像を見事に裏切られる。
「哈ァッ!!」
発声と同時に、包帯に覆われた左手で火炎弾を打ち払った。
「!!!」
獣人と魔道師が驚くのも無理は無い。魔力によって生み出された炎や雷は、同じ力である魔力でしか打ち消すことは出来ない。
ならばこの賊は魔道師なのか。いや、魔道師の力の源でもある魔力は魔田から作られる。魔道師が魔田を襲う旨みなど微粒子レベルほども存在しないのだ。
「貴様…何者だ!?」
侵入者は答えない。答える必要など無いのだから。
そして、地を蹴り、魔道士達に肉迫する。構えた掌は包帯が焼け焦げ、その下に黒い皮膚が顔を覗かせている。
「導斷功!!」
左右それぞれの掌を魔道師の鳩尾に添え、押すように打撃を放った。
「!!?」
多少の痛みはあれど、致命傷にはほど遠い。魔術師Bはすぐさま反撃に移る。
「至近距離なら外しはしない!焼け死ぬがいい!!!」
お得意の火炎攻撃を、謎の左手で弾かれぬように見舞う・・・しかし、炎のほの字すら出ない。
「・・・?」
驚愕と怪訝の入り混じった表情を浮かべる魔道師B。侵入者は間髪入れずに鉄棍で魔道師Bの顔面を粉砕した。
「ば・・・馬鹿な・・・」
魔道師Bの炎魔術が発動せず、魔力防御壁(バリア)が現れることも無く、打撃により魔道師が息絶えたのだ。そんな話は聞いた事が無い。
「まさか…」
身震いする魔道師A。
「そうだ。お前達の『導脈』を断った」
侵入者の声が震えを加速させる。
『導脈』は魔道師の身体を流れる「魔力の血管」とでも言うべきものだ。コレを失った魔道師は、水を得た魚から、翼を もがれた鳥…否、格闘の覚えも無ければ地上を這う蚯蚓の如く弱体化する。
「次はお前だ!!」
侵入者の鉄棍が魔術師Aめがけ振り下ろされる。
「ヒイィィィッ!!?」
魔道師は情けない声を上げた。
「!!」
鉄棍を伝うのは骨と肉を破壊する音ではなかった。聞こえるは甲高い金属音。獣人のハルバードが鉄棍の行く手を阻んでいた。
「クッ・・・」
侵入者はバックステップで間合いを空ける。
「フハハハハ!残念だったな!!」
魔道師は懐から大型の拳銃を抜き、侵入者めがけ発砲した。
「!!魔力弾か!!?」
慌てて左手を押し出すが、その威力は防ぎ切れるものではなく・・・魔力の爆発とともに、小柄な身体は吹っ飛び、渡り廊下の外へ投げ出された。
「仕留められなかったか!」
魔道師は警報装置を再び鳴らし、魔導通信器で追っ手を差し向ける。
「何をしている!貴様もとっとと向かわんか!!」
その有様を眺めていた獣人に一喝。すると、獣人は魔道師の胸倉を掴み、その身体を浮かせた。
「魔術の使えない今のお前に、何が出来る?」
「!!!!」
蛇に睨まれた蛙の如く、魔道師は硬直。獣人が手を離すと、魔道師は石畳にしこたま背中を打ちつけた。
「まぁいい。今の段階ではお前もまだガマニシオン帝国の魔導兵だろうからな」
獣人はハルバードを担ぐと、侵入者の追撃に向かう。
「魔導殺し(マジック・キラー)・・・」
獣人は呟いた。
―『魔導革命』
『魔法』と『科学』相反する二つの技術が融合することにより、世界に変革がもたらされた。
それ以前まで、「魔法」は「剣」、「科学」は「伝統」の影に追いやられてきた。しかし、これら二つの技術の向上と融合が王政と騎士道の封建社会を駆逐してゆく。
決起した魔道師と科学者らは革命を成した後、新たな国家『魔導帝国ガマニシオン』を建国。いまや世界のほぼ全てを掌握する大帝国にまで膨れ上がった。
「魔導と科学の発達は万民の暮らしを豊なるものとする。向上・成長・発展なきは大罪と知れ」
ガマニシオン帝国初代皇帝の一声の下、人々は帝国の民となる事を受け入れる他なかった。
「父上!父上!!」
少女は叫ぶ。
周囲を包む火の海。行く手を阻む炎の壁の向こうに、父の姿はあった。家宝の青龍刀を手に、長い鬚を靡かせ戦う父の姿は、神絡化された武人を思わせる。
しかし、その斬撃が敵の身体を傷つける事はない。少女の目に映るは外来の未知なる力・「魔法」。
武林最強と謳われた父が手も足も出ない。信ずるモノが瓦解してゆくのを抑えるため、少女は必死に父の名を叫ぶしかなかった。
「煩い小娘だ!」
魔道師は手刀を少女めがけ一振り、空を切った先から、魔力により生成されし風の刃が少女を襲う。
「!!!!」
左肩に走るであろう激痛は無く、代わりに身を襲うのは不快な目の覚め方。
「また、あの時の夢……」
少女は肩口まで包帯に巻かれた左手を押さえ呟いた。
「・・・ここは?」
気が付くと、そこは全く知らない場所であった。木製建て家屋の片付いた部屋、手入れの行き届いたベッド。おそらく人の居住する空間である。
「目が覚めた?」
澄んだような声は、入室と同時に聞こえた。声の主は空色の長い髪をした、見目麗しい美少女。恐らく自分と同年代だろう。
「・・・・・・えっと、あなたが、あたしをここに……?」
ベッドから半身を起こした少女は空色の髪をした少女に問うた。
「私、エルナ。あなたは?」
「あ、あたしは・・・ルーシーだ」
エルナと名乗った空色の髪の少女はベッドの上の少女、ルーシーに笑顔で続ける。
「森へ薬草を採りに行ったら、倒れたあなたを見付けてね。・・・・・・大変だったのよ?」
「・・・・・・ありがとう」
ルーシーは胸の前で握った右拳に左の掌を当て、頭を下げた。
「変わった挨拶ね?」
「あたしの故郷の挨拶なんだ」
珍しげにルーシーの仕草を見るエルナ。
「そう言えばあなた、変わった服を着ていたわね。やっぱり旅人さんだったのね」
言われるや、ルーシーは自分の服装の異変に気付く。今着ているのは見覚えの無い綿のワンピース。
「汚れてたから、着替えさせてもらったわ。あなたの服は洗濯中よ。左手の包帯も替えたかったんだけど、ソレ
取れなくて・・・」
微笑むエルナ。
「ああ・・・これはいいよ」
「でも怪我してるんじゃない?なら尚更清潔にしとかなきゃ」
心配そうにエルナは言う。
「だ、大丈夫。自分で替えるからさ」
「それならいいけど・・・」
ルーシーは咄嗟に話題を変える。
「あとさ、あたしが倒れてる周りに、鉄の棒とか・・・落ちてなかった?」
「鉄の・・・棒?見てないわね・・・」
「そ、そっか・・・どっかに落としたかナー・・・・・・あはは」
鉄の棒。少女が持つに似合わぬ名前を聞き、エルナは一瞬、怪訝そうにルーシーを見たが、すぐに微笑を取り繕った。余計な詮索は互いの為にならぬと判断したのだ。
「エルナや、そろそろ降りてきとくれ」
突如、階下からしわがれた声が聞こえてきた。
「いけない、お爺ちゃんのお手伝いの時間だわ」
「オジイチャン?」
「この家の主人よ」
「なら、あたしも行くよ。挨拶しないといけないし、礼もまだだし」
ルーシーはベッドから立ち上がり、サンダルを履いた。
ルーシーが厄介になった家屋はガドネリ町の農家。
ガドネリは魔導革命前までは、アフィオセムという小国の領地であり、革命後にアフィオセムは帝国の領土として併合、それに抵抗したガドネリ領主は処刑され、城のあった場所はガドネリ魔田となった。
「エルナは領主様の娘だったんじゃ。じゃが、領主様は帰らぬ人となった・・・」
家の主である翁が語る。
「なぜ・・・?」
ルーシーは出された紅茶のカップをテーブルに置くと、翁へと問うた。
「領主様の一族はエルフじゃ。生まれた時から魔力の資質を持っている。帝国にしてみれば、それを徴用すれば、素養の無い兵士に導脈を植えつけるより手っ取り早くて確実じゃ」
翁は白い顎鬚をさする。
「……それを、拒んだのか」
「左様。領主様も最後まで抵抗したが、帝国には血も涙も無かった。奴らは見せしめにアフィオセム国地方の領主達を次々に手をかけた。それでも領主様はガドネリを守ろうとして……」
ルーシーにとっても胸糞の悪くなる話であった。帝国の横行蛮行は民を苦しめるだけだ。魔力と科学の恩恵にあやかれるのは魔道師達ばかり。自分と同じ境遇のエルナを放っては置けなくなった。
「お爺さん、エルナは今どこに?」
「今頃は・・・ここから北の広場じゃろう」
「そっか、ありがとう。お茶美味しかったよ!」
ルーシーは包拳し、足早に家を出た。
―広場
開けた芝生の上に立つエルナと、座して彼女の話を聞く子供達の姿が見えた。
勉強でも教えているのだろうか?ルーシーはそう考えたが、どうやら違う。
「赤き炎となりて、侵せ―フレム!」
エルナの掌から迸る炎。火炎の魔術だ。
「エルナ姉ちゃん、すげえ!」
「僕達も出来るようになるかなぁ?」
子供達は拍手喝采し喜び、羨望と尊敬の眼差しで彼女を見ていた。
「みんなも練習すれば使えるようになるわよ…」
「エルナ!」
ルーシーが駆け足で近づく。
「姉ちゃん、誰?」
子供達の一人が尋ねると、エルナが簡単に紹介する。
「この娘(こ)はルーシー。旅の人で私の友達よ」
「外人!?」
「なら姉ちゃんも魔法、使えるの?」
子供達は瞳を輝かせ、ルーシーを見つめる。
「ああ、悪いが魔法は使えないよ」
ルーシーはきっぱりと答えた。
「なんだ、つまんねーの」
「今どき、魔法の一つも使えないと生きていけないって皆言ってるよ?」
子供達はさも残念そうにルーシーを見る。
「ははは、じゃあ代わりに面白いモノ見せてあげるよ」
言うと、ルーシーは転がっていた大き目の石を拾い上げ、包帯で巻かれた左手に握る。腰を落とし、足は肩幅より少し広く開くと、右手を腰の高さで握る。鼻腔から空気を吸い込むと、腹に力を込めた。
「哈ッッ!!!」
一声と同時に石は粉々に砕け散った。
「すっげえ!姉ちゃん、今の何?」
子供達は興奮した面持ちでルーシーに群がる。
「今のは『内氣功』って言ってね、あたしの故郷の武術さ」
「姉ちゃん、ソレ僕達にも使える?」
子供達の問いにルーシーは答える。
「武術はねぇ、強い体と綺麗な心、正しい生活が出来ないと体得できないよ。覚えたかったら家に帰って勉強とお家の手伝いでもしな」
ルーシーの言葉を聞くと、子供達は一斉に家へと帰ってゆく。子供達の姿が見えなくなると、ルーシーは再び口を開く。
「エルナ、さっきのは…」
「私ね、町の子供達に魔法を教えてるの」
「どうして・・・?」
「今は魔法が使えないと生きていけない時代になろうとしてるわ。小さいうちから魔法を覚えていて損は無いじゃない。それに・・・私、帝国の魔道師になろうと思うの」
エルナの意外な言葉を聞き、ルーシーは息を呑んだ。
「何で・・・!?エルナ、君の両親は帝国に・・・・・・」
「おじいちゃんから聞いたのね?」
しまった、とルーシーは慌てて口を閉じた。
「町を・・・皆を助けるにはそれしか無いのよ。旅人のあなたには解らないわ!」
エルナはルーシーから顔を背けて走り去ってゆく。
「エルナ・・・・・・」
ルーシーは砕いた石の粉を振り払った。
―夜
ルーシーは自分がもと着ていた服に着替えると、家を出ようとした。
「行きなさるか」
背後から聞こえたのは翁の声。
「ええ。世話になりました・・・・・・エルナにもよろしく伝えてください」
「おぬしのたまに見せるおかしな挙動と、その背中に施された太陽のマーク、もしや・・・」
「おそらく貴方の思っている通りですよ。あたしは復讐の為に旅をしてるんで」
そう言うと、ルーシーは家を出た。
(そう、あたしは復讐鬼。討つは帝国、殺すは魔道師。・・・向かう先は魔田)
―ガドネリ魔田
「哈っ!」
「あべし!」
一人の警備兵が隙を見せるや、延髄に蹴りを叩き込む。そして物陰に引きずり込むと鍵の束を奪った。
緋色の髪を二つの団子に丸め、口元を黒いマスクで覆った少女。赤いベストと左手の白い包帯はかなり目立つが、丈の短いズボンと、コンバットブーツは機動性に優れているようだ。
ルーシーは再びこの摩田に潜入した。
魔田内に入るや、彼女は慎重に排気ダクトの中へ潜り込み這い進む。前回の襲撃で失敗したが為、警備が厳重になっている。あの時、魔道師と獣人を殺めなかったのは更に失敗だった。姿こそ晒してはいないものの、自分の侵入を目の当たりにした者がいる以上、敵陣に存在が知れ渡っている。
「特に魔道師のほう・・・」
自分がただの盗人か何かだと思われていれば、まだ奴らに慢心があっただろう。しかし、『魔道師の導脈を破壊する』という手の内まで知られているのだ。魔導師達はこの上なく自分を警戒している筈である。
「くっそぉ・・・・・・」
腹が立つ。このダクトのカビ臭さに。そしてとんでもない過ちを犯した二日前の自分に。
「よっと・・・・・・」
ダクトを抜け降りたのは魔田の武器庫。前回の失敗時に愛用の鉄棍を紛失していた為、今の彼女は丸腰であった。自慢の鉄拳も、そこから繰り出す拳法も、思うほど万能ではない。徒手空拳で戦闘を続ければいずれ力は尽きる。特に氣功は体力の消耗が激しいのだ。
「弥摩都(やまと)の言葉にケンドーサンバイダンってのがあったっけ」
極東の国・弥摩都にはサムラーイ・フェンサーという者達が居て、剣を持ったサムラーイに素手で勝つにはサムラーイの三倍強くなければならない・・・そんな事を習った記憶がある。
「ドレもコレも魔導兵器ばかりだな・・・」
棚の端から端を見てゆき、自分にも扱えそうなモノを何点か見繕う。
「火薬製の爆弾、魔導銃・・・」
重火器の扱いには、はっきり言って自信が無かった。幼い頃から武術の鍛錬に打ち込み、故郷のお国柄、それらを手にする事も見る事も無かったのだから。
「あとはコレかぁ」
先ほどの警備兵から奪った二対の西洋剣。「バゼラード」という短めの両刃剣だ。彼女にとって、剣というのは片刃のものが殆どであり、両刃の剣には馴染みが無い。
「贅沢は言ってられない・・・か」
武器庫を出て、エレベーターホールへと向かう。
ホールは障害物が殆ど無く、周囲の状態が殆ど見渡せる。
「居たぞ!賊だ!!」
一人の魔道師が叫ぶや、次々と警備兵達が向かってきた。ルーシーは両手にバゼラードを構え、縦横無尽に襲い来る武器をかわし、いなし、突破してゆく。軽功を巧みに使い、警備兵達の頭を踏み台にして跳躍。
彼女の狙いは指揮を執る魔道師。左手のバゼラードを投擲。牽制の刃を避けた魔道師めがけ、着地と同時に走り寄り、右手のバゼラードを振りかぶり、斬りかかる。
「甘いわ!」
魔道師はすぐさまバリアを張り、斬撃を受け止めた。すると、ルーシーの眼が嗤った様に見開かれた。口元はマスクで覆われており見えないが、間違いなくこれは嗤っている顔だ。
一瞬、怖気だった魔道師に包帯で覆われた左拳が襲う。拳はバリアをひしゃぐ様に破り、近づいてくる。話に聞いたとおり、奴の左手には不可思議な仕掛けがある・・・奴はワザと自分にバリアを張らせた。
気付いた時既に、魔導師は顔面を鷲掴みにされていた。よく考えれば何故、小柄な少女の腕が大の男の顔面を掴めるのだ。それに、この包帯越しに伝わる邪悪な気配・・・
(これはこの少女本来の腕ではない。何か別の生き物の腕・・・)
「見鬼去?ァァァッッ!」
聞き慣れない言語が耳朶を打ち、頭骨が軋み、全身が悲鳴を上げる・・・
ルーシーの左手は魔道師の頭を海綿の様に握り潰していた。ルーシーが野獣の如き眼光で睨むと、警備兵達は震え上がり一目散に逃げ出してゆく。
「化け物だァ〜〜ッッ」
警備兵達の殆どが獣人などの妖魔であり、ルーシーの様な人間から見れば彼らの方が余程「化け物」めいた姿であろう。化け物達に「化け物」と言わせしめるほどの凄みとオーラが、今のルーシーにはあった。
「そうさ・・・あたしは魔道師達を皆殺しにする為、この化け物の腕を受け入れたんだ!」
ルーシーは魔道師の死体を放り捨てると、エレベーターへと足を踏み入れた。
エレベーターが停まったのは4階。ここから先は、渡り廊下を越えて別棟に行かなければならない。前回の潜入でルーシーは、魔田中枢まであと一歩の所で失敗を喫してしまったのだ。
扉が開くと同時に、低く飛び込むように肩から斜めに前転。案の定、警備兵は待ち構えており、手にした大鉈でルーシーを狙っていた。しかし、ルーシーの出方までは読めなかった様であり、鉈は袈裟懸けに空を斬る。
警備兵がこちらを振り向くより先にバゼラードを投擲。右肩口に命中。深々と突き刺さる。
「リャァッー!!」
ルーシーは起き上がると同時に跳躍。ブーツのつま先がヘルメット越しにこめかみを強打した。脳震盪を起こし倒れる警備兵。
相手の肩に刺さったバゼラードを回収すると、抜き身のまま把持。先を急ぐ。
「!!」
振り向いた先に人影が佇んでいる事に気付いた。灰色の軍服姿。顔は帽子のつばで見えない。
「いつの間に!!」
同時にルーシーは走り出し、跳躍、上背のある相手の眉間に蹴りを叩き込む。
「・・・・・・」
蹴られた方はピクリともせず、平然とルーシーの蹴り足を脛の辺りで掴むと、地面へと叩きつける。
「がはっ!!」
咄嗟に内氣功をコントロールし、被ダメージを最小限に抑えたが、予想だにしない反撃で呼吸が若干乱れた。
ルーシーのブーツは爪先が鉛で覆われており、渾身の力で蹴られれば大の男でも容易く殺傷できるほどだ。
バリアを張られたのか?
ルーシーはそう考えた。相手は警備兵とも帝国軍魔道師とも異なった服装をしている。が、こいつが魔道師ではないという保障は無い。考えられるのはそのくらいだった。
「ならば!!」
動脈を断つ。魔道師ならそれで無力化できるからだ。
ルーシーは左掌を相手の鳩尾に当てると、氣功を放つ。しかし、まるで手応えが無い。「・・・・ッ!!!!」
敵の前蹴りがルーシーの腹にヒット。矮躯は盛大に吹っ飛んだ。
そして、敵の被っていた制帽が反動で落ち、つばの陰に隠れていた双眸が晒される。
「ゲェッ!?」
驚愕の声をあげるルーシー。相手の顔は目も鼻も無く、口の位置には排熱用のスリットがあるばかり。他は全て金属の曲面板一枚で覆われていた。鉄仮面というわけではない。仮でなく真に鉄面なのだ。
「サイボーグ!!!」
体の隅々までを機械化した戦闘兵・サイボーグ。その力・丈夫さ、正確さ、疲労を知らぬ持続力は全ての生物を凌駕する、まさに科学技術の生み出した脅威。噂には聞いていたが、目にするのは初めてであった。
サイボーグ兵が右手を突き出すと、手首から折れ曲がり、断面から砲身が飛び出した。そして、マズルフラッシュとほぼ同時に火を吹く。
「うわぁっー」
慌てて右側方に飛びのくルーシー。着弾時の爆風に煽られ、エレベーター扉の方まで飛ばされた。
「サイボーグだなんて、そんなモノまで用意されていたのか!」
ルーシーが呟く。
「アレはただのサイボーグじゃないぜ」
先ほど倒した警備兵が、尻餅を突いていたルーシーの右手を握り、立たせながら言った。
「アンタ・・・?」
「アレは魔導サイボーグっていってな、まだ試作段階のモンさ」
亀の獣人である彼は、立たせたルーシーから手を離した。敵意は既に無いという表れでもあるのだろう。
「魔導サイボーグ?」
「ああ。既存のサイボーグに魔導技術を組み込んである。さっきの魔導砲がそれさ」
魔導砲の反動か、サイボーグの腕砲身からは煙が立ち上り、動きも鈍くなっている。
「尤も、アイツは脳まで機械化してロボットみたいなもんだがな」
「ロボットね・・・」
ルーシーは再びサイボーグに向かい、歩き出す。
「お、オイお前・・・」
「要はぶっ壊しゃあいいワケだ」
サイボーグへ飛び掛かる。向かう先には充填を終えようとする魔導砲の砲門。
「目には目を!」
ルーシーは跳躍し、懐に右手を差し入れる。
「魔導兵器には魔導兵器!!!」
取り出したのは先刻、武器庫からくすねた魔導爆弾。
「うおりゃァッー!!」
投擲された爆弾が砲門に収まった。同時に、火を吹く魔導砲。その火は爆弾へと着火。
大爆発。
爆風に翻弄されたルーシーを亀の獣人が受け止めた。
「なんて奴だよ・・・」
腕の中の少女とほぼ全壊し動かなくなった鉄と機械の塊を見て驚嘆の混じった息を吐いた。
「よっと」
ルーシーは獣人の腕から抜け出すと、そのまま渡り廊下への扉へと駆けてゆく。
「じゃあね、亀さん」
サイボーグの残骸を跳び越え、煤だらけになったドアを開けると、警備兵に手を振り、部屋を出た。
「バルトンの奴がやられただけの事はある・・・・・・もしかしたら、ここも持たんかもな」
亀の獣人は踵を返すと、エレベーターを呼び、階下へと降りる。残されたサイボーグの残骸が煙を出し続けていた。
管制塔へと続く橋をルーシーは突き進む。今回は、あの犀の獣人は居ない。いける。そう思い、橋の中腹までたどり着いた。
「ッ!!」
ふと、管制塔側の扉から人影が見えた。
「うわははは!ここで会ったが百年目だ!曲者め!!」
前回対峙した魔道師二人組の生き残った方だった。
「貴様のせいで私は導脈を失い、そして地位までも奪われた!!ただでは殺さんぞ!!!」
怒りに目を血走らせながら魔道師はホルスターから魔導拳銃を引き抜き、ルーシーに向けた。
「げっ!またアレか!?」
前回の失敗状況が脳裏をよぎる。今と殆ど同じ状況が。
この狭い橋でアレを撃たれれば、逃げ場は無い。あるとすれば左右に見える空中。しかし、そんな事をすればまた振り出しに戻る事になる。
避けても避けなくても詰み手。どうすれば最悪の状況を回避できようか。魔道師の指がトリガーに掛けられたその時だった。
「!!!!!!」
魔道師の胴体が真っ二つに別れ、上半身は橋の外に投げ出された。そして巨木の様な脚が腸を露出させた下半身を蹴り上げ、上半身とは別方向に飛ばされた。
「あんたは・・・?」
魔道師を両断したのは犀の獣人が持つハルバードであった。
犀の獣人はルーシーに向かい、何かを投擲。いきなりの攻撃に身構えるルーシー。しかし、それは攻撃では無かった。
投げられたそれは、ルーシーの前に落ちるとカラコロ音を立てて転がり、ブーツの先に当たると、小気味の良い音を立てて停まった。それは、濃紺色をした長さ3尺4寸、直径1寸ほどの八角柱状の棒。
「あたしの鉄棍!!」
ルーシーは愛用の鉄棍を拾い上げた。
「あんた、コレを取っておいてくれたのか!?」
ルーシーの問いに、獣人は答える。
「あの時の蹴りが俺の戦士としての魂を呼び覚ましたのだ。故に貴様とは全力で戦ってみたくなってな」
ハルバードの矛先がルーシーに向けられる。
「我が名はバルトン・セラス!ここガドネリ城の警備兵長なり!娘、貴様の名は?」
「あたしはルーシー。ルーシー・ヤンだ」
ルーシーも鉄棍を構え、答えた。
「ではルーシー・ヤン、貴様に一騎打ちを申し込む!」
「受けて立とうじゃない!」
久しぶりに武人らしい勝負が出来る。ルーシーの心は無意識のうちに昂ぶっていた。
一呼吸。
そして二人はほぼ同時に駆け出した。
先手を打ったのはルーシー。自分より遥かに上回る巨躯を持つバルトンに対し、跳躍しての突きを放つ。狙うは眉間。いかに硬い装甲を持つライノス族だろうと、脳に衝撃を与える事は出来る。
しかし、バルトンは首を横に振ると、鼻先の立派な角で鉄棍をいなした。
「なにっ・・・」
バランスを崩し、地面に倒れこむルーシー。そこにバルトンの脚が上から襲う。
「せっ!」
身体を旋回させ、踏み付けを回避したルーシー。膝を着き、立ち上がろうとするルーシーに、ハルバードの刃が振ってくる。
甲高い音と火花を散らし、斧刃は鉄棍に遮られた。この棍が鉄でなければ、棍とともに頭を割られていただろう。ルーシーは左手を素早く握り変えると、鉄棍を回転させるように刃を払いのけ、バックステップで距離を取った。
呼吸を整え、再び鉄棍を構える。
「やるな・・・」
「そっちこそ!」
互いの腕を褒め合う様に、二人は笑みを浮かべた。
「だが、次で決めさせてもらう!!」
バルトンは怒号とともにハルバードを振り下ろす。
「天華流・柳転心!」
ルーシーは風に揺れる柳の如く身をかわすと、振り下ろされたハルバードの上に飛び乗った。
「くっ!?」
バルトンが慌ててハルバードを振り上げるとルーシーはふわり、と飛び上がりバルトンの角めがけ蹴りを放つ。
「三段流星脚!!!」
飛び後ろ回し蹴りから、回転の勢いを利用して、逆の足での足刀、縦方向に回転しての踵落とし。これを一回の跳躍による滞空でやってのけた。
集中攻撃に耐え兼ね、バルトンの角が中程から折れた。くずおれる巨躯。肩膝を着いたバルトンの眉間に、鉄棍の先が添えられた。
「あたしの勝ちだ!」
少し上から見下ろす様にルーシーは言った。
「なぜ止めを刺さん!?」
「前にも言っただろ?あたしは魔道師以外は殺す気は無いって。それに・・・」
「それに・・・?」
「アンタ、さっきここの事を『ガドネリ城』って言ったよね?『ガドネリ魔田』じゃなくってさ」
ルーシーの問いに押し黙るバルトン。
「やっぱり事情があるみたいだね。」
「・・・・・・行け」
余計な詮索はする事無く、ルーシーはバルトンの横を通り過ぎた。
「一つだけ言っておく」
バルトンの一言にルーシーは足を止めた。
「ここの主、『炎のアエネウス』は恐ろしく強い。ルーシー、お前でも勝てるかどうか・・・」
バルトンの言葉を遮るようにルーシーは言う。
「そんなの、やってみなけりゃ解らんでしょ。それに、あたしは勝たなきゃならないんだ」
言い残し、ルーシーは管制塔へと続く橋を渡り、塔へと足を踏み入れた。
その姿を見送り、バルトンは橋の反対側に目をやる。
「!!!」
ふと、歩いてくる姿に驚嘆した。
「・・・バルトン?」
澄んだ声に名を呼ばれ、バルトンは震え、涙を浮かべる。
「お嬢様・・・・・・・・・?」
魔田の制御室に入ったルーシーを待ち受けていたのは十数人の魔道師達であった。
広い面積の室内に集まった魔道師達は、施設内に残された魔道師全てをかき集めた人数だろうか。仇敵であるルーシーに殺意を向ける者、怯える者、それぞれの心境は様々だ。 怒声とともに襲い来る火炎、氷塊、雷鳴、岩石・・・魔道師達が一斉に唱えた呪文は様々な形で呪詛となりルーシーを襲う。対するルーシーは慣れた様にそれらを回避し、左手で防ぎながら魔導師達との距離を詰めてゆく。
魔道師達の殆どは格闘戦に不慣れである。迫り来るルーシーの鉄棍や鉄拳に対し、成すすべなく葬られる者、バリアを張るも左手に破られ導脈ごと息の根を断たれる者、逃げようとしても、命乞いをしても容赦なく殺められる者。十数人からなる魔道師達全てが一瞬にして肉塊と化していた。
「貴様が例の『魔導殺し』か」
部屋の奥―大きな段差の上から一人の男が現れる。白を基調としたガマニシオン帝国軍将校服に身を包んだ男は、毛髪の無い頭部を持ち、橙色の肌をした妖魔であった。
「お前が『炎のアエネウス』とやらか」
ルーシーは鉄棍の先端を相手に向け、言った。
「いかにも。俺はガマニシオン帝国八天鬼が一人、アエネウス・アグニール。侵入者よ、これから死にゆく貴様の名も聞いておこう!」
アエネウスが答えると同時にルーシーは飛び掛った。
「ルーシー・ヤンだ!冥土の土産に覚えとけぇ!」
ルーシーの左拳がアエネウスの顎を狙う。
「甘いわ!」
目を見開いたアエネウスの全身が炎に包まれた。
「何!?」
ルーシーの左拳は炎の壁に阻まれ、慌てて拳を引っ込めたルーシーを火柱が押し飛ばした。
「うわぁぁぁッ!!!」
元いた場所まで吹き飛ばされ、ルーシーはうつ伏せた状態で着地した。
「ヤン・・・どこかで聞いた姓かと思えば、我らに滅ぼされたかの国の王朝の名前だったな」
アエネウスの言葉に、ルーシーは反射的に身を起こす。
「やはりそうか!思い出したぞ、あの国の皇帝には娘がいたと聞くからな。名前も確か・・・『陽露茜(ヤン・ルーシー)』!!」
「ああ、そうだよ。あたしはお前らガマニシオンに滅ぼされた華国陽王朝の皇女だ!!父と母と兄達と華の民の仇を討つ為に、魔道師を殺し、魔田を破壊し、貴様らの帝国を潰す!!」
ルーシーは立ち上がり、鉄棍を構えた。
「・・・ウソ・・・・・・」
はっ、とルーシーは背後からした声に振り返る。
「ルーシーが・・・華国のお姫様・・・?」
扉の外に立っていたのはエルナとバルトンであった。
「エルナ!オッサン!何でここに・・・?」
ルーシーも驚いたように問う。
「あなたが・・・魔田の方に向かったって聞いて心配になって・・・」
そこへ、不敵な笑いとともにアエネウスが口を挟む
「フハハハ、誰かと思えば前・領主の娘ではないか!亡国の姫が二人揃うとは何の真似だ?」
アエネウスの笑い声にルーシーは怒りを顕にする。
「そして陽露茜、一ついい事を教えてやろう。我々が華を襲撃した際、都と城を焼いたのは、このアエネウスの炎だ!」
「何だと・・・?」
「いやはや、よく燃えた。貴様の父たる皇帝も、貴様を除いた一族郎党、この世に塵一つ残さず燃やし尽くしたぞ」
炎の体の奥に光る目と、裂けるように広がった口で嘲笑うその声が、ルーシーの怒りすらも燃やした。
「貴様ァァァァ!!!」
ルーシーは再度飛び掛り、手にした鉄棍でアエネウスを滅多打つ。しかし、体そのものを炎と化したアエネウスに対しては、暖簾に腕押すも同じであった。
「効かんわ!!」
再び火柱がルーシーを吹き飛ばした。
「ルーシー!!」
エルナとバルトンはルーシーへと駆け寄る。しかしルーシーは答えず、黙したまま。
「しっかりして!ルーシー!!」
座り込み、ルーシーの上体を抱き起こすエルナ。しかしルーシーは失神している。
「フハッハハハ!!これで陽王朝は今度こそ滅びの時を迎える!!」
アエネウスは掌に、ひときわ巨大な炎の弾を発生させた。
「…シー……ルーシー・・・」
自分を呼ぶ声がした。気が付くとそこは、海原を背にした高原。
「露茜よ、そなたの攻撃、何故ワシに当たらんと思う?それもこの片腕の老人にだ」
目の前で、片腕の老人が問う。全身を針金の様に硬い毛に包んだ、甲冑のような肌を持つ、身の丈2メートルはあろうかという妖魔だ。
息を切らし、答えあぐねるルーシーに対し、鉄猩は質問を変えた。。
「では、何故お主は戦う?」
その問いにはルーシーも即答する。
「帝国の奴等を皆殺しにするためだ!!」
「それがイカンというのだ」
鉄猩は一喝。
「よいか、怒りとは『火』だ。感情をくべればくべるほど燃え上がる。しかし、燃えすぎた炎は己すら飲み込むであろう」
鉄猩の言に対し、ルーシーは眉を顰める。
「そして、その『火』の心に克つは『水』の心」
「水の心?」
「左様。気持ちを落ち着かせ、心身ともに水の柔和さを得るのだ。さすればどんな炎だって消す事が出来よう・・・」
そこで意識は再び暗転した。
アエネウスの手にした火炎弾は、今にもその手を離れようとしていた。
「老師・・・」
意識を失っていたルーシーが小声で呟く。
「ルーシー!?」
「目を覚ましたか!!」
エルナとバルトンが覗き込むと、その顔は微かに目を見開いていた。
「ほぉう、まだ立ち上がるか」
アエネウスの言葉に応える様にルーシーは起き上がり、大きく跳躍し、エルナ達と距離を取る。
「今はあたしとオマエの勝負だろ?その二人は巻き込むな!」
ルーシーは鉄棍の先を向け、言い放つ。
「ならば望みどおり始末してくれるわ!!」
アエネウスが火炎弾を更に大きく膨れ上がらせてゆく。
「水の・・・心・・・」
ルーシーは鉄棍を放り捨て、大きく息を吸い込む
「死ぬがいいっ!!」
アエネウスは巨大な火炎弾をルーシーめがけ投げつけた。
「波紋を湛える湖沼の如く・・・」
ルーシーは最低限の動きで火炎弾を左手で打ち払う。
「何!?」
驚愕するアエネウスをよそに、ルーシーは再び息を吸うと、走り出すと同時に吐き出す。
「棹差さば流れる河川の如く!!」
一瞬で距離を詰めるルーシー。
「降り注ぐ豪雨の如く!!」
拳と蹴りの連撃を、目にも留まらぬ速さで繰り出す。そして、その猛襲がアエネウスの体から炎を剥ぎ取ってゆくかの様に消していった。
「そこだッ!!」
動脈の場所を特定したルーシーは、左掌をアエネウスの喉元めがけ、突き出す。
「させん!」
アエネウスの右手がルーシーの左手首を掴む。
「水の心だか何だか知らんが、身体に直接炎を流し込めば!!」
アエネウスの掌から発せられた炎がルーシーの左手を覆ってゆく。
「ククク・・・ハァッハハハハ!!!」
高らかに笑うアエネウス。しかし、ルーシーの左手の異変に気付く。燃えているのは包帯だけだ。そして、包帯の下から顔を覗かせる腕は、どんどん肥大してゆくではないか。
「な、なんだそれh・・・がひッ」
『それ』がアエネウスの喉元を鷲掴みにした。
『それ』は、1本1本が針金の様な剛毛と、甲冑の様な皮膚をしていた。
小柄なルーシーの左肩から生えた『それ』は、右手と比べ、アシンメトリーにしてアンバランス。雄のシオマネキを思わせる奇怪なフォルムであった。
「ルーシー、それは・・・?」
エルナが思わず声を漏らした。隣で平然を繕うバルトンも、喉を掴まれ声の出せないアエネウスも思っていた疑問だろう。
「鉄猩の腕・・・こいつらに斬りおとされた左手に代わって、老師(ラオシー)から授かった腕さ」
鉄猩。エルナもアエネウスも聞いた事があった。名の通り鉄の如く強靭な身体をした猩猩の妖魔。何より彼らの恐ろしい所は、魔力への恐ろしく高い耐性を持つという所だ。
ルーシーの左手があらゆる魔力への耐性を持っていたのは、この異形の腕を移植されていたからであった。
鉄猩の腕に喉を掴まれ、宙吊りにされたアエネウスは、恐怖に顔を歪める。
「お前に焼かれた華の民も、恐怖し、絶望する間もなく死んでいった!!」
ルーシーが左手から氣功を放つと、ぶち、ぶち、と、導脈の切れる感触が伝わった。
そしてルーシーは腰を落とし、右脇腹に添えた右拳を握り締め、大きく息を吸う。
「怒りに捉われるな・・・水の心・・・全てを流す大海の如く・・・」
ルーシーが左手を離すと、魔力を失い、ただの妖魔となったアエネウスは背中を向け走り出そうとする。
「天華流・涛波拳!!」
その背中をルーシーの右拳が打ち抜いた。衝撃に背骨は砕け、心臓は破裂。アエネウスは口から大量の血と吐瀉物を撒き散らし絶命した。
「・・・・・・・・・」
勝利の余韻に浸ることはなく、ルーシーは敗者の死に顔を一瞥し、天を仰いだ。
「ルーシー!」
そこへ、エルナとバルトンが駆け寄ってくる。
「エルナ・・・オッサン・・・」
エルナはルーシーの両手を握ると、涙を浮かべる。
「心配かけて、ゴメン」
ルーシーは精一杯の笑顔で謝った。
「ルーシー、まだ終わってはおらんだろう」
バルトンの言葉に、ルーシーは本来の目的を思い出した。
「そうか、魔田の機能を破壊しないと!」
「・・・着いて来い」
先導するバルトンに従い、ルーシーとエルナは部屋の奥に設けられた階段を下りてゆく。
魔田の地下室に、金属と機械に囲まれた空間があった。どうやらここが魔田の機能を制御する核たる設備なのだろう。
バルトンは壁と一体化した機械の前で足を止めた。機械には何やら頑丈そうな扉が取り付けられている。
「これを破壊すれば、ここの機能は停止する」
「よっしゃあ!」
バルトンはハルバードを、ルーシーは鉄棍を振り上げ、力いっぱい機械に叩きつける。何度目かの衝撃で、機械は煙を吹いて火花を散らし、機能を停止した。そして、機械に取り付けられていた扉が開く。
「!!!」
ルーシーとエルナは息を呑んだ。扉の中のスペースには、壮年の男がチューブやコードに絡まりながら眠っていたのだ。青い髪と髭は伸び放題になり、相当な期間、ここに監禁されていた様子が伺える。
「お父様!!」
エルナは無我夢中で男の体からチューブ、コード類を外してゆく。
「・・・父さん?って事はこの人が・・・・・・」
「ガドネリの領主様だ」
ルーシーの問いに答えたバルトンは、瞳から大粒の涙を流していた。
「おお・・・エルナ・・・それにバルトン・・・ではないか」
エルナの父―領主が目を覚ます。
「お父様!気が付いたのね!」
「魔田は・・・それにアエネウスは・・・?」
領主はきょろきょろと、周囲を見渡した。
「領主様、それならここに居るルーシーが倒しましたぞ」
「そうか・・・ありがとう、ルーシー・・・殿・・・」
領主は再び目を閉じた。直後に聞こえた鼾から、眠っているだけだと解った。
「オッサンは領主さんに仕えてたのか。んで、領主さんを人質に取られて帝国に従ってたのか」
ルーシーは納得したように手を打った。
「でもこの変な機械は何だ?」
ルーシーの新たな疑問にバルトンは答える。
「どうやら魔田の動力は、領主様から吸い取っていたらしい」
「「!!!?」」
バルトンの一言にエルナとルーシーは絶句する。
「魔力を作り出す魔田の起動そのものには、高い魔力を持った人やモノを贄として動かす必要があった様だな」
「そんな・・・じゃあお父様は城が魔田になってから何年も・・・?」
エルナの悲痛のこもった声を聞き、ルーシーは歯噛み、拳を握り締める。
「こんな胸糞悪いモンが、世界中にゴロゴロ建てられてるってのかッ・・・・・・」
魔田の外に出ると、太陽が暁の空から顔を出そうとしていた。
「ねえルーシー、今日は町に泊まって行ってよ。お父様を助けてもらったお礼がしたいわ」
エルナの提案に、領主を背負ったバルトンも頷く。
「いや、気持ちはありがたいけど、よしとくよ」
ルーシーは左手に巻かれた新しい包帯を整えながら言った。
「どうして!?」
「あたしは魔田を破壊したテロリストだ。帝国に追われる身のあたしが居れば、皆にも迷惑が掛かる。だから、もう行くよ」
ルーシーの応えに、エルナは涙を浮かべた。
「大丈夫。生きてりゃまた会えるさ。帝国の奴らをブチのめしたら、また会いに来るからさ!」
そう応えるルーシーの笑顔に、エルナも笑顔で返す。
「約束だからね?」
「うん。エルナも、オッサンも元気でね!」
そう言うと、ルーシーは背を向けて、日の昇る方とは反対の方角へと歩き出した。
「達者でな!鉄拳の露茜(アイアン・ルーシー)!!!」
陽の光が、遠ざかる少女の背を照らす。そこに象られるは太陽の紋章。その印に込められしは復讐。
彼女の名は陽露茜。またの名をアイアン・ルーシー。
第一章 終
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超幻想武侠片 絵師:Koh Sato http://www.tinami.com/creator/profile/11232 |
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