GIOGAME |
GIOGAME
プロローグ 天より降り来るモノ
東京。
嘗て隆盛を極めた極東国家に存在する一都市。
人口一千万を越す怪物都市の一角で彼らは奇跡を目撃していた。
東京において最も自然を有する地域、奥多摩。
広大な山林や古びた私道、林道、あるいは民家、川、草原、そんな場所の至るところで彼らは空を見上げながら世界最後の日と目されたX-DAYを過ごしていた。
巨大隕石激突なんて映画で使い古されたネタではあった。
しかし、彼らにとって生存不可能という政府広報も十分実感の湧かない冗談だった。
それでも世界各国のマスコミは相変わらず祈る以外にもはや手は無いと言う話を垂れ流していたし、最後の日を家族と過ごそうと大勢の政治家や企業役員、あらゆる業種職種の重役達も家に帰っていた。
世界のリーダー達の帰宅風景が映画さながらに世界中の至る場所で見られ、人々に滅亡を実感させた。
世界中の核弾頭を一斉発射する案や絶対境界線上に宇宙用の核機雷を敷設するなんて方法も国連主体で進められ、全世界の核弾頭三分の一以上が宇宙に上げられていたが、それでも状況は絶望的だった。
地球に隕石が当たれば何処に逃げようと惑星そのものが崩壊すると言われた通称【黒い隕石】(ブラックメテオ)は最新の光学観測技術によって地球には存在しない分子組成を持っていて極端な耐熱性を有するらしい・・・・なんて新聞に載ったので、彼らの誰もが人類滅亡というお祭り騒ぎを静かに鑑賞しようという諦観しか持ち合わせていなかった。
諸外国では暴動・略奪・犯罪件数が鰻上りとなり、国家の破綻や経済の破綻が起きていたが、日本の混乱は極めて軽微なものだと新聞は人々の冷静さを伝えていた。
草原でノートパソコンを開く若者を中心に人の輪が出来ている。
リアルタイムでカウントダウンされる人類滅亡、隕石衝突時刻を黄昏時と空と交互に見つめていた人々は、ジャスト一分を切って、家族や恋人と抱き合った。
午後七時三分。
カウンターゼロ。
大質量隕石の衝突。
地殻が捲れ上がり、惑星が歪み、一瞬の内に人々は熱波で蒸発する、はずだった。
【・・・・・・】
長い沈黙と死んでいるかもしれない恐怖と安堵とも着かない胸の高鳴りを彼らは奇妙に思い空を見上げる。
夏も近い暮れ掛けた空には雲一つ無く、太陽は未だ穏やかな光で人々を包んでいた。
――――助かったんだ。
誰かの言葉だった。
助かったんだ。
続く言葉を紡ぐ者がいた。
彼らの間に大きな声が上がり始める。
世界は滅んでいない。
地球は滅んでいない。
喜びの声が山林を振るわせんばかりに巨大化し風に乗って渡っていく。
「どうして・・・・・・」
ノートパソコンを持っていた青年はネット上に応えを求めようとして、メールが届いた事に気づく。
「こんな時に人妻もOLもお断りだ。くそったれ」
ダイレクトメールの節操の無さで生きている事を実感してしまった自分に苦笑して、青年はメールを開いた。
「GIO? 何処の会社だ」
メールの添付ファイルを開くと大きな垂れ幕に【祝。人類生存おめでとう。我が社の商品を特定区域の方々にプレゼント致します】の文字。
小さな捕捉項目を呼んで「ああ」と青年は納得する。
特定区域のGPS位置情報を送信する事によってゲーム内でのクーポンやら特典やらを受け取る事が出来るジオゲームと呼ばれる種類のネトゲが最近流行している。
様々な会社が特定のイベントを行う際に様々なネトゲとコラボして特定時間、特定区域の位置情報にクーポンや特典を設置してもらう事も多々あり、近頃ではそういう客寄せ効果を期待してか、ゲーム会社だけではなく普通の会社もサイトで位置情報特典契約という項目を設けている。
イベント加者が位置情報を送れば特典として何か送られてくる。
そういう話だ。
「それにしてもこんな時に回線込み合ってるはずだろ?」
半ば呆れながら商魂逞しい会社に脱帽しつつ青年はパソコンを閉じる。
青年が伸びをして当たりを見回すと誰も彼もが喜びを互いに分かち合いつつ平静を取り戻し始めていた。
ピロリン。
青年の後方にいた少年が手に持っていたケータイに着信が入る。
ポロン。
青年の前方にいた老人の手にあったスマホにも着信だった。
家族と連絡を取り合った者、電話を終えた者、メールを送り終えた者。
誰のケータイにも着信音が響き始める。
青年はひょいっと後ろにいた少年のケータイを横から覗き込んだ。
そこにはやはり【GIO】という会社名があった。
世界が滅びなかった日、GPS機能を搭載する情報端末約四億台にそのメールが届いた。
新たな世界に響く着信が誰の目にも奇異に映っていた。
セカンドプロローグ ジオネット
20××年某月。
国会において一つの法案が提出され全会一致の可決を見た。
時に人類の生存から十五年後。
太陽系絶対防衛線構想が持ち上がってから十年の月日が流れていた。
【個人座標情報保護法案】
俗に【ジオネット法】と呼ばれる個人情報保護法案は新たな時代の到来を告げた。
それは政府の下にGPSの送受信を一元管理保護する法案であり、複数の財閥、コングロマリットが政治工作を全面的に行ったと揶揄される程に、一部の者達には刺激的な内容だった。
具体的内容に付いては政府管理下のサーバーを経由しなければGPS情報を扱えないよう端末への新OS導入を行うというものである。それは様々な環境下で通信を確保する光量子通信網を持って旧態然とした複数の情報網を刷新する大規模なインフラ整備でもあった。
商業利用においてのGPS機能、特にジオゲームと呼ばれる位置情報の送信によって様々な特典を得るゲームに端を発した【位置情報利益】(ジオプロフィット)に関する様々な規定・罰則を設けた事で、ジオネット法は世に多大な影響を与えたと言われている。
GPS機能を用いた個人位置情報の取得とその送受信に関して世界に先立って行われた法整備が威力を発揮しだしたのはそれから数年後の事だった。
商業目的でジオプロフィットは莫大な利益を生む利権と化した。
企業側から提供される特典と特典を得る為に特定の場所へと集まる民衆。
この図は一目では企業側からのみ利益が供与されているように見えるが、実際には人を集める新しい方法として企業側にとっても有益な手段となった。
最初期、イベントなどの開催を行いながら人を集めて収益を上げるという形を取っていたジオプロフィットの基本的なスタイルに変化が起きた。複数のジオプロフィットを扱う企業や団体が日時や位置に規定を置き、その規定によって得られる利益にも起伏を付けるという事をやりだしたのだ。
これによって単なる客寄せ効果は人口を複雑に分配する効果へと昇華された。
人の位置を自在とまではいかなくとも、ある程度コントロールする術を企業・政府・民間を問わず手に入れたのだ。
心理学とジオプロフィット。
最初に新しいジオプロフィットスタイルを確立した男はそう最初に説いた。
人を動かす為に必要なのは動機。
その動機を補強する為の因子として彼はジオプロフィットを使った。
「もしも、目の前の位置で十秒後十万円を確実に得られるとしたら君たちはどうする?」
カリカリと講義を行っていた老齢の教授が訊く。
窓から入ってくる熱線にグッタリしている学生達は心此処にあらずと言った心境で無言だった。
「まぁ、大概の連中は十秒後までにその位置に陣取って待つだろう」
反応は無い。
「簡単な話だ。ジオプロフィットは人間を特定位置へ精神的にも経済的にも縛り付ける効果を発揮する。これを心理学的な応用と組み合わせて、彼は様々なイベントや政府主催の巨大事業をプロデュースしたのだ」
カリカリと応えない学生達がノートを取る音だけが響く。
「現在、政府のジオプロフィット政策には主に三つのものがある。一つは超高齢者社会対策、福祉分野への応用。二つ目は税制に関する応用。三つ目は企業へのジオプロフィットマニュアルの推進。その他の例外として自衛隊、つまり軍事関連が現在模索されている状態だ」
ジリジリと髪を焦がしているような顔で教授が話しを進める。
「君達も知る通り、高齢化と過疎化が進む地域では特定の期間や時刻に政府が特典を設けている。その時期、その時間帯を歩きながら端末で位置情報を送るだけではあるが、人が集まる事で地域の横の繋がりや高齢者と若者の交流、更にはもしもの時の対策として多いに役立っている。昨年、この政策で夏場に病院へ運ばれた人間は六千人。政府広報は当てに出来んが、少なくとも数百人以上の人間は命を取り留めただろう。効果を疑問視されていたにしては上々な成果だとは思わんかね? 利益目当ての人間でも死に掛けた老人をそのままにしておけない奴がいれば電話の一つも掛けてくれるというわけだ」
丁度、ベルが鳴った。
「続きは来週。各自、今回話した福祉分野においてのジオプロフィット応用についてレポートを一枚提出するように。それと先週から言っていた任意の常時位置情報送信については更に一週間期限を延ばす。来週の講義は外国人条項の削除がジオプロフィットスタイルにおいて望ましいかどうかだ。では、解散」
ゾンビのように起き出した学生達がフラフラと部屋から出て行く。
「あちーよ。なげーよ。もうことばがぜーんぶひらがなになっちまうぐらいな」
背丈のある青年だった。
洒落っ気の無い黒のスラックスとワイシャツに黒革のごついベルトをしている。
何処かのバーでソファーに寝そべっていれば「組」に関係した「そっち系」な「有力株」のように見えない事もない。
彫りの微妙に深い顔はまるで刃物の鋭さとは無縁そうなだらしないものだが、ワイシャツの中に詰まっている決して太くは無い洗練された筋肉が青年の雰囲気を多少シリアスに保っている。
青年はソファー代わりの長椅子でだるそうに寝そべる。
その手にあるペットボトルのお茶は温くなっていた。
「貧乏学生してるかい。貧乏人」
姿の見えない声の主に青年はだるさ全開で無視を決め込む。
「僕が恵んであげた熱いお茶も温くなってるみたいだけど、君もこちらの冷たいアイスティーの方が良かったかい?」
クスクスと声が弾む。
青年は嘆きながら顔を顰めた。
「それじゃあ、賭けは僕の勝ちだね。利子は明日までに払ってもらおうかな」
「金は無い。それ以前にこのクソ熱い時間帯に熱湯寸前のお茶を飲み干せたら利子を待ってやるとか何か? 悪鬼羅刹なのかお前は?」
「可哀想な人生の負け犬には僕の家に飛び込んでくれば三食昼寝つき待遇で借金帳消し待遇をご用意するけど?」
「それは、ない」
「あ、今一瞬だけ考えただろう?」
悪戯ずきな子供のように声の主が笑う。
「まぁ、それじゃあ仕方ないね。利子も払えぬ輩には一仕事してもらおうかな」
青年の顔に一枚の紙が落ちる。
「探偵事務所もとい興信所の犬として君には新しい任務に付いてもらおう」
「非合法の癖に」
ボソッと青年が愚痴ると紙が細い手によって引き上げられそうになる。
青年は紙の端をさっと掴んだ。
「探偵じゃなくて【何でも屋】だろう?」
青年が紙を放さず起き上がる。
青年の目の前にはニヤニヤと笑う女が一人立っていた。
真夏だというのに全身を黒のスーツで覆い男のように無造作な髪型の女は甘い声で青年に囁く。
「いい加減に返済を諦めてくれると僕も嬉しいんだけどな。外字久重(がじ・ひさしげ)君」
「テメェだけはお断りだ。アズ」
黒のスーツの内、ワイシャツのボタンが上から三つまで外れている女はまるで汗を掻いていない。
ワイシャツの中に治まっている胸はかなり「無い」ものの、そのまま直視し続けるのは躊躇われて、青年久重はアズと呼んだ女から顔を背けて紙を強引に奪い取った。
「ふふ、ノーブラな僕に釘付けになりたくないという君の気持ちは男として普通の事だよ。ひさしげ」
「僕口調の年齢不詳女が何言ってやがる」
吐き捨てられる言葉にニヤニヤしながらアズはやれやれと肩を竦める。
「未だに僕の事が怖いなんて、君はよっぽど強い星の下に生まれたんだね」
「たまには人間らしい顔でもしてみせやがれ。この悪魔」
「悪魔だったら今頃僕は君を誘惑し放題でとっくの昔に落としてるよ」
「オレの信条はノータッチオカルト、ノータッチアズ、だ」
久重が紙の内容を頭に入れ始める。
「今回のは別に【ちょっと怪しい病院で夜の叫び声の調査をしたら不倫現場でした】とか【丑三つ時の路地裏で行われている取引を調査したらヤクじゃなくてチャカでした】とかじゃないから大丈夫大丈夫。君なら楽勝さ♪」
「無いはずのクラブを探し出せってのはどこら辺が大丈夫なんだおい?」
「ダミー企業でジオネット使って連中の足取りを追ってみたんだけど、途中で消えちゃって困っててね。地下か特殊な施設にでもいるのか一定区域で情報が途切れちゃって」
「おい。ダミー企業でジオネット使うとか何考えてるんだテメェは?!」
「大丈夫大丈夫。休眠状態の宗教法人複数買い取って、その系列の会社って事で審査通してるから。使い終わったらポイっとね」
置かれていた飲み掛けのペットボトルに蓋をしてアズがゴミ箱へと投げた。
「あ〜〜〜もう?! 訊かなきゃ良かった!! そんな裏話?! オレのささやかな青春がバラ色からドブ色に!!」
もう、お前なんかの話を聞いてられるか。
ベチリとそう机に紙を置いて久重はその場から「うわ〜〜ん。オレの青春がぁああああああ」と逃げ出していく。
アズは放り出された紙に目を通した。
ビッシリと書き込まれた情報は普通の人間ならば一度見ただけでは覚え切れない程の量に達している。
「ふふ、やっぱり君は僕に相応しい男だよ。久重」
妖艶に笑んだアズの指から離れ紙が窓から外へと運ばれていく。
20××年七月下旬。
外字久重二十四歳の日常は借金と危ない仕事と黒い女によって九割が占められていた。
第一話 迫り来る恐怖の影
朝方の薄暗闇に画面からの光が輝く。
マンション二十五階ワンフロアーの一角で朝からシュールな音楽が流れていた。
じゃーじゃん、じゃーじゃん、じゃーじゃんじゃーじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん―――。
朝から海と叫びとヒレと牙とサスペンスが繰り広げられる一室で、裸の女が毛布に包まり寝こけている。
横のソファーでバスローブ姿の優男が次々に餌食になっていく画面の中の人々をぼんやりと見つめていた。
ポチコーンと安っぽい呼び鈴の音が鳴ると優男はノロノロ起き出して玄関まで遠い廊下を歩きつつ、あちこちに散らかる衣服を無造作に拾い上げ一応の身嗜みを整えた。
無造作に玄関のドアを開けた優男はドアの先にいた男の顔を見て、閉めた。
「おい?! ちょっと待て!! さすがにそれは傷つきますよ?! ええ、オレの心情的に!!」
「何だ。ただの新聞配達のおっさんか。家新聞取ってないですよ」
優男の返答にドアがガンガンと叩き壊される勢いで打ち鳴らされる。
「もうその発言が矛盾してるから!? 親友として少しは親友を敬いやがれ!! というか飯を食わせろ!!」
優男がドアを開ける。
「本音はそれ? 久重」
「う・・・」
「今月で何回目だっけ?」
「ぐく・・・」
「あ、そっか。今月は借金の利息で首が回らなくて二日に一回ペースだったかな?」
「だ、ダメ?!」
ヒシッと低姿勢で久重が優男に上目遣いのキレーな瞳で訊く。
「はぁ・・・」
優男がサンダルを突っかけてマンションの外付け非常階段を下りる。
「僕、永橋風御(ながはし・かぜお)はこれから親友(笑)と食事に行きたい気分だから、来たかったら来れば?」
「おぉ、心の友的な発言に感謝しませう」
なむなむと拝み倒す勢いに優男風御は親友(笑)久重にジットリとした視線を向けた。
「朝っぱらから友達に食事をたかるしか能の無い人間て最低だよね」
「人間は食わなければ生きていけないんだ」
「ドヤ顔で言うな」
風御は歩きながら財布の中を確認した。
現金なんてものはなく、カードばかりが並ぶ財布の中身に久重が脂汗を浮かべた。
「何でお前のカードは金ぴかと真っ黒しかないんだろうな」
「僕、昔からカードコレクターだったんだよ。結構今でもコレクターらしいだろ?」
「ええ、そうでございますですはい。どうせオレは鉄道ゲームで必ず貧乏神的な何かが付くような人間ですよ」
「朝から何かテンションおかしくない? 僕は今はスーパー賢者タイム突入中なんだけど、さすがに切れていい?」
「何て羨まし――ごほん。何て爛れた生活を!? そんなんだから未だにスーパーニートなんだよ!!」
「悔しがれビンボー人」
「自分で言っておいて何だが自滅!?」
下らない話をしながら二人が向かったのは大手牛丼チェーンだった。
朝っぱらから開いている聖地を目の前に久重がハートマークにならんばかりの瞳を輝かせる。
牛丼大盛りが二つ。
久重の箸が牛肉に掛かる刹那、風御が話を切り出す。
「で、どうしたの久重?」
「ぐ、こういう時だけ鋭い・・・」
「で?」
「・・・アズからの仕事だ」
「僕、関係ないみたいだから帰ろっかな。あ、支払いはしておいて」
「ちょ、ガチで親友を食い逃げ犯にするつもりか親友!?」
溜息を付いて風御は再び席に腰を降ろした。
「それで僕に何を頼みたいわけ?」
「あ〜〜〜ほんのちょっとでいいから真っ黒の方貸してくんない?」
「とうとう落ちるとこまで落ちちゃったんだね久重・・・・」
哀れみの視線に久重が否定する。
「今回行かなきゃならない場所の情報は解ったんだが、入る方法がそれしかなくてな」
「一分以内で簡潔に説明してよ」
「アズに頼まれたスニーキングミッション【あるはずのないクラブを探し出せ (できれば内部の情報も一緒に)】でそれらしい場所までは解ったんだが、扉の前にこわーいガチムチ黒人お兄さんがいて【おいジャップ。テメェみたいな貧乏人には此処に入る資格なんざねーんだよヒャッハー】とか言われた」
「金持ちのフリして入りたいわけね?」
「ま、まぁ、簡単に言うと」
「・・・何処?」
「さっすが親友。話が解るぅううう」
「そのキャラうざい。静かに食べようよ。人間でしょ君?」
「はい。申し訳ありませんでした親友様」
イソイソと食事に戻った久重が牛丼を約三分で平らげる。
「それにしてもまだ諦めてないの? あのアズトゥーアズに狙われて無事だなんて君くらいだよ」
「オレだってまだ人生の墓場に向かうのは早いと思ってる」
「最終手段はアズの奴隷か。これが大学一の頭脳(笑)とは世界って広いよね」
「頭の出来と貧乏は関係ない」
「ちょちょいと書庫で金融工学でも学んでくれば?」
「オレはそういうのは・・・」
久重が苦い顔で水を呷る。
「あーはいはい。頭良い癖に中の中で成績維持してた人間には無理か。ま、こっちも人のことをとやかく言えるような人間じゃないからいいよ」
「・・・悪い」
「悪いと思ってるなら誠意で返して欲しいね。今まで奢った朝食代を耳を揃えて返してくれるとか」
「ごめんなさい。オレが全面的に悪い」
溜息を吐いて久重から時間と場所を聞き出した風御は食事を済ませた後、久重を連れて駅へと向かう。
「カード貸したところで入れる場所でもないでしょ。僕が付いてってやるからガードと調査は任せる」
「了解した。それで何処に向かってるんだ?」
「こんなみすぼらしい格好でクラブとか行けとかどうかしてるよ。久重」
「男の買い物に付き合うとか。オレの青春が遠のいていく」
「ま、君もだけどね」
「は?」
久重がその言葉を理解するのは数時間後。
無駄に高そうなスーツを着込まされ、グラサンを与えられ、ちゃらいリングや指輪を付けさせられてからだった。
午後八時。
当初の予定時刻に達した二人は高層ビルが立ち並ぶ一角の商業ビルへと足を運んでいた。
未だに営業している店が多数あるというのに早々とネオンが消えたビルの中を進む。
あちこちにある監視カメラに視線を向ける事もなく二人はその入り口まで辿り着く事が出来た。
安っぽい鉄製の扉の前にはお約束の如く黒スーツの黒人が屯している。
「ハロー」
ズンズン進んでいき軽いノリで挨拶をかました風御に黒人の瞳が集まる。
如何にもちゃらいスーツ姿の優男。
無駄に光物が使用されている腕時計を煌かせる姿は何処かのホスト風とも見える。
しかし、黒人達はその腕に囚われるわけでもなく、風御の隅々まで舐めるように見回した。
「いやん。僕そういう趣味ないよ?」
ゲラゲラと品も無く笑う男の全身がまったくもって完全無欠に【金】以外の言葉が見当たらない事を確認して、二人の内の一人が風御にボソボソと質問した。
「あーうん。紹介は無いんだけどさ。お得意様にはなってあげられるかもよ? ここそういう場所でしょ?」
黒人が難色を示すと風御は後ろで控えていた完全無欠に危ない「お兄さん」と化した久重に目配せする。
久重は手に持っていたケースの中身をぶちまけた。
比較的重い紙の束がほぼ百、床に落ちたソレを見て黒人達が慌てる。
「あーうん。これでここのオーナーさんに取り次いでくれる? 幾分か懐に入れても構わないよ?」
サラッと流した風御の言葉に男達が二人で顔を見合わせた後、一人を残して慌てて扉の中に入っていく。
扉を開けると更に扉があり、その扉の内には更に扉がある。
三重の警戒を解いた内部へ駆け込んだ黒人が戻ってくる頃にはケースに再び束が収められていた。
残って散らかった束を片付けた黒人が手数料とばかりに幾つか束を懐に入れているのをニコニコしながら見ていた風御が出てきた黒人に振り返る。
黒人は慇懃無礼に礼をして扉の内部へと二人を招き入れる。
扉の先の暗幕が払われた。
ボディーチェックを受けて入った扉の中には十数人の客。
(!?)
内部の様子に僅かに久重が動揺する。
「久重。自重」
「―――解ってる」
久重がグラサン越しにも解る内部の様子に歯を軋ませ風御に止められる。
内部では競りが行われていた。
競りが行われている以外の場所には複数の強化プラスチック製とも見える大きな箱が無造作に置かれている。商品はまるで生気もなく与えられた食事をもそもそと口に入れていた。
「あなたがお見えになられたお客様ですか?」
競りを行っているステージ横から出てきたのは安っぽい流行りの戦隊モノの仮面を被った壮年の男だった。
「その仮面も売り物?」
「いえ、これはちょっとしたお遊びですよ。競りに来ている方々の中にもそういう方がいらっしゃいます」
久重が競りを行っている者達の内の数人が様々な仮面を付けている事に気付く。
東南アジアのものと思われるもの。
米国のヒーローを象ったもの。
それぞれにまったく別の仮面が競りに夢中で札を上げ下げする光景は滑稽なものに見えた。
「ふーん。結構、雰囲気良い店だね。昔はこういうとこって、もっと臭い場所だったもんだけど」
「いえ、それでは近頃の商売は成り立たないもので」
「そうなんだ」
「はい。それでお客様は何方様からの紹介も無いという事ですが、此処の事は何処で?」
「え? ああ、僕さ。【ADET】の関係者だったもんなんだけど、一人で商売始めたら少し仕入れが芳しくなくてね。小耳に挟んだ此処でちょっと仕入れて見ようかなぁって」
「【ADET】の? 今はフリーという事ですか?」
「まずいかな?」
「いえ、それなら基本的に身元確認さえ行っていただければ今からでも競りに参加できますが」
「あ、そう? 無理言って悪いね。それじゃあ、ほら出して」
久重が懐から数枚の書類を取り出して仮面の男に渡す。
「はい。では、どうぞ。ご既約はお読みになりますか?」
「え? いいよ。どうせ、何処も同じでしょ」
「それは・・・まぁ、そうかもしれません」
「そうそう。で、ちょっと相談なんだけど、今競りに出されてるモノと此処にいるモノ合計で何匹?」
「今はそうですね。おい、在庫表を」
仮面が競りの参加者にシャンパンを配っていたボーイ風の男に声を掛ける。
ラテン系の顔立ちの男はすぐに店の奥に消えて戻ってきた。
男から渡された紙に仮面の男が目を通す。
「現在二十四匹で。今競りに出されているのが一、上物が七、売約済みが一、それ以外が十四、塵が一」
「売約済みと競りに出されてるの以外を全部でコレぐらいでどう?」
風御がスマホを取り出して計算した金額を提示した。
「ん・・・んん。今日のお客様方をこちらも手ぶらで帰らせるのは忍びないのですが」
難色を示す仮面の男に風御が更に追い討ちを掛ける。
「ま、それじゃあ、ちょっとおまけしようか。参加者に一人これくらいでどう?」
「ふむ。それならば」
「商談成立。ちなみにキャッシュでいいよね?」
「ええ、それ以外は受け付けていません」
「なら、コレ。隣のビルの七階にフェラーリ止めてあるから。車ごとでいいよ。差分は次の競りが行われる時に回収でいいかな?」
「よろしいですとも」
仮面が上機嫌に頷く。
「で、モノの移動はどうやってしてるのか聞いていい?」
「はい。落札後は基本的にお客様のご自宅に私どもの宅配業者が赴く事になって――――」
「トイレって何処?」
「トイレは左奥の部屋を曲がって突き当たりです」
久重の言葉に仮面の男がすぐに返した。
「じゃ、後は任せる」
「はいはい」
風御が安請け合いすると久重はそのまま歩き出した。
(ホント、君は優しいよ。久重)
内心で溜息を吐きながら、親友の善良さを好ましく思う風御は更に商談を進めた。
誰もいないトイレの鏡の前。
「クソがッ」
手洗いの台に拳を振り下ろして久重が唇を噛み締めた。
店内の商品と競りが生み出す空気が未だ久重の肺に蟠っていた。
「人間を何だと思ってやがる!?」
店の商品は人間であり店の競りは人間の競りだった。
嘗て黒人奴隷が競りに賭けられていた如く店内では若い人間が競られていた。
(ああ、くそ! アズめ!? 最初からオレがどういう反応するか解ってて・・・・・)
妖艶な笑みで人を地獄に落とす天才を恨みながら久重は頭を切り替える。
トイレを出ると左脇にスタッフオンリーの文字が扉に刻印されていた。
躊躇無く扉を開けて内部に侵入し扉を閉じる。
内部で監視モニターを見ている二人と先程までボーイをしていたラテン系の男がギョッと驚いている間に久重は行動に移る。
距離を瞬時に詰め、立っているラテン系の男の喉を拳で潰し、そのまま肘で鳩尾を抉り抜く。
振り向きざまに二人の男の一人を無防備な首筋に拳を振り下ろし昏倒させ、立ち上がろうとしたもう一人の顔面を蹴り砕いた。
脳震盪で意識を失った三人の男達がそれぞれに下手をすると死亡する可能性があったが、久重は構わずに辺りに積み上げられている資料の何枚かを掴んで懐に収める。
部屋の上部にブレーカーと配電盤を見つけて、久重は座る者無き椅子を持ち上げて投げ放った。
突如として店内の全ての電源が落ち、一瞬の静寂の後、ざわめきが広がる。
部屋から出た久重は確認しておいたステージの舞台裏へと移動した。
まだ何が起こったのか把握しない監視者が三人いた。
舞台裏で外国人の少年少女を監視していた男達へ音も無く歩み寄った久重は予め闇に慣らしていた片目からの情報を頼りに拳銃を取り出していた男の鳩尾に拳を打ち込んだ。
「がはッ!?」
仲間の苦鳴に驚いた二人が銃口を向けた時には、姿勢を低く保ったまま突進していた久重の拳がもう一人の鳩尾を打ち抜いている。
「がッッ」
やっと慣れてきた目で仲間を打ち倒した侵入者を見つけた最後の一人が発砲する。
左腕を掠めた銃弾に怯む事なく、久重が低姿勢から全力で膝蹴りを放つ。
「―――――――」
ゴチュリ。
男の下半身から聞こえる男には耐え難い音に顔を顰めて、久重は男達が落とした銃を舞台へと蹴った。
銃声に恐慌を来たした客達が扉の方へと殺到しているのか。
悲鳴とざわめきに包まれる暗闇がやっと本来の意味を取り戻したように異様な気配を醸し出す。
人が売り買いされるという異質さを包んでいたオブラートが消え去った今、その場に残っているのは暴力と悪徳の気配のみだった。
「これで後は警察にでも任せるか」
さっさと撤収しようと久重が親友の姿を探そうとした時だった。
「【ITE】起動」
小さな声に篭る殺意に久重は反射的にその場から飛び退いた。
刹那、久重が今までいた場所が明滅した。
瞬時に治まった光が何だったのか解らない久重の背筋に冷たいものが走る。
理解できない致命的な何か。
それを本能的に感じ取った久重がその場から舞台へと疾走する。
「【ITEND】Multiplication Rate4。Increase Level3」
久重の後を追うように立て続けに光が明滅した。
「【Devil1】Armoryより項目Martial Artを検索。第四種近接格闘武装Download」
久重が舞台から飛び降りると明滅が止まった。
しかし、それでも久重の耳には小さな声がしっかりと聞こえていた。
その声に込められた敵意の源を見定めた久重が呻く。
「マジか・・・・子供とか」
声の主が今まで震えていた舞台袖の子供達の中から立ち上がる。
夜目の利く久重には線の細い欧州系の人種、十二歳程の白人の少女と見えた。
「構築終了まで十七秒。SabWeapon“Fire Bag”」
舞台へと進み出てくる少女が仄かに照らし出された。
「な!?」
少女の手が燃えていた。
辺りにガソリンの匂いが立ち込め始める。
『助けてくれぇええええええええええええええええええ!!!』
誰も少女など見ていなかった。
客の誰もが入り口へと殺到し続けている。
一人客席に取り残された形になった久重は己の手が燃えている少女の瞳に息を呑む。
その瞳には殺意と侮蔑と敵意だけが宿っていた。
「アレは絶対に渡さない」
「な、何の話だ!? ちょ、ちょっと待て!!」
「惚ける気? 言っておく。もし、私があの場所まで行けばジオネットを通してアレは破壊される」
「何か物凄い勘違いで殺されかけているような気が。って何だソレ?!」
少女のまったく聞く耳を持たない姿勢に久重が脱力しようとして、少女の燃えている手に長い棒が握られつつある事に気付いた。
「痛いじゃ済まない。もう増殖は終わってる。構築も終了した。“Fire Bag”の威力は知ってるでしょ? この屋内で逃げ場が無い以上、逃れられると思わないで!」
一人で盛り上がる少女が血気盛んに叫ぶ。
ギリッと今だに燃えている手が握っていた棒が差し向けられる。
(この棒・・・伸びてるのか?)
異常な状況を久重は冷静に受け止める。
1少女は自分を敵だと思っている。
2少女は手が燃えて、燃えた手に握られた棒は伸びている。
3少女はFire Bag(たぶんはあの発光現象)を攻撃手段として認識している。
4少女の言い分を聞く限り攻撃が当たったら死ぬ(かもしれない)。
5少女から安全に逃げる術が今のところ思いつかない。
以下の条件から導き出されるその場での最善の方策を久重は瞬時に叩き出した。
「投降する。だから、オレの話を聞いてくれ」
「馬鹿じゃないの?!」
思い切り悪態を吐かれて、棒が振り回される。
飛び退った久重のいた場所を棒が通り抜けていく。
少女の燃えていた手の光が消える。
次の瞬間、久重は一瞬少女を見失い、大量に何かの欠片が落ちる音を聞いた。
「い?!」
それが少女の振り回した棒の通り過ぎた後の観客達の椅子の末路だと気付いて、久重はそろそろ全員が脱出しそうになっている扉へと逃げるべきか悩んだ。
「ッッ」
久重が瞬時にその場から跳ぶ。
瞬間的に空間がまた明滅した。
「何ソレ?! 気配も何も無い攻撃避けるなんて薬でもやってるの?!」
「オレは基本的にノータッチオカルト・ノータッチアズ・ノータッチヤクの厳然とした普通人だ!!」
「そうやって混乱させようなんて!! 【連中】らしい手口!!」
「『連中』って誰だ!!」
明滅から逃れながら瞬間的に見える少女と棒を回避しつつ、退路を探す久重の耳に開けっ放しのドアの外から警察よろしくパトカーのサイレンが聞こえ始める。
「く、警察にだってまだ息が掛かってない場所くらいあるんだから!!」
「何か大事になってくれてるようでまったく嬉しくない予感だチクショォオオオ!!」
涙目で回避行動を取りつつ久重が何とか少女を取り押さえようとした時だった。
銃声が響く。
「あうッッ!?」
弾かれたように少女が倒れた。
「何の騒ぎかと思えば、やはり貴女でしたか。ソラ・スクリプトゥーラ」
突如、電源が回復し当たりに明かりが戻る。
「ッ、おい!!」
久重の目の前で少女の金髪が血に塗れていた。
「ター・・ポーリ・・・ン」
少女はどう考えても致命傷だった。
出血する胸元から後から後から血が溢れていく。
「気をしっかり持て!! すぐ救急車を呼んでやる!!」
少女の傍に膝を付いて久重が胸の傷を押さえながら声を掛ける。
「どうやら逃避行も此処までのようで。【D1】は回収させて頂きます」
舞台袖から白いスーツの青年が降りてくる。
普通の日本人然とした顔とは不釣合いな白いスーツが薄暗い中で浮かび上がり、底知れぬ何かを連想させる。
「おい!? テメェか!! この子を撃ったのは!!」
「え・・・?」
「ソラ。彼はどういったお知り合いですか?」
「ま・・さ・・か・・・」
少女が死の間際に目を見開く。
「おや? まさか、貴女の知り合いではない。という事は部外者? はは、貴女も最後まで笑える人生ですねぇ。関係ない人間と戦ってる最中に隙を見せるとは・・・く、くく、いやいや、傑作にも程があるでしょう」
笑いを堪え切れないように青年が口元を押さえる。
「ぁ・・・ご・・・め・・・ッ」
少女が久重を見上げて喋ろうとして吐血した。
「いい!? もう喋るな!! すぐに助けが来る!!」
「で・・・ごめ・・・・な・・・・かん・・・・け・・・・」
「いい!! 気にしてない!!」
「ぁ・・・」
少女は微かに久重の言葉に微笑んで、手から棒が零れ落ちた。
「さて、掃除も済んだ事ですし、貴方にも死んで頂きましょうか」
「おぃ」
「はい?」
薄ら笑いを浮かべていた青年が銃を久重の頭に付けて撃ったと同時。
青年の顔が見事に歪み、体が数メートル吹き飛んだ。
「テメェは、クズだ」
白く握り締められた拳から血が滴り落ちる。
「はは、これは・・・どういう冗談で・・・私が傷を?」
何か酷く驚いている青年が見上げる。
「貴方は何なんですか?」
「オレか? オレはただの通りすがりの何でも屋だ」
近づいてくる久重に対し、青年は構わず銃を連続で撃ち放つ。
計十五発。
しかし、弾丸が久重に当たっている様子は無かった。
弾丸は全て外れていた。
「銃弾が効かない? いえ、これは、ッ?!」
立ち上がった青年の顔に渾身のストレートがめり込み舞台下へと激突した。
「これはいけない。さすがに未知数の存在との交戦は骨が折れる」
鼻がねじ折れ、歯が欠けた青年が己の状態を意に介した風も無く立ち上がる。
久重が疾走する。
まるでトラックが激突したような衝撃音。
最後の一撃を見舞われた青年が何とかその拳を両腕でガードして、舞台へと吹き飛ばされる。
ゴトリと立ち止まった久重の足元に何かが落ちた。
閃光。
「彼方のような得体の知れないモノと戦うのはご遠慮します。もしもまた会う事があれば、その時はお相手しましょう。では」
舞台からすでに消えている青年の足音が遠ざかっていく。
追いかけようとした久重だったが、その時異様な臭いに気付いた。
「ガソリン!」
ハッと顔を上げた久重に雨のようなガソリンが降り注ぐ。
「くそ!? 証拠隠滅は万全とか!?」
舞台袖で震えていた子供達の事を思い出し、久重が走る。
数人の子供達を見つけた時にはスプリンクラーで撒かれたガソリンに部屋の一角から火が回り始めていた。
久重が透明な箱の鍵を次々に破り、売り物にされていた誰もを走らせる。
避難させる途中。
客達の椅子の最中に倒れ臥した少女を見つけたが、完全に炎に巻かれていた。
「――――悪い」
久重は歯を食い縛って、未だに逃げ遅れている者の誘導を行う。
見る限り最後の一人を外に出した時点で扉の外に出た久重は扉を閉めた。
すでにビル周辺には紅いパトカーのサイレンが屯していた。
大勢の足音が駆けつけてくる。
「この子達を非難させてくれ!!」
銀色の衣服を身に纏う消防隊数人が駆け寄ってくると久重の言葉に頷いた。
そのまま隊員に先導されてビルの外に出た久重が上を見上げるとビルの一角から煙が立ち上っていた。
「くそ!!」
助けられなかった少女の事を思い、久重が歯を噛み締める。
「君!! そこの君!! 今、ビルから子供達と一緒に出てきたね!!」
警官の声に振り向いた久重は自分が多くの警官に囲まれている事に気付いた。
「ちょっと事情を聞かせてもらいたい。署の方までご同行願うよ」
完全に密室となった店内。
炎がうねり、全てを呑み込んでいく。
血に塗れた少女の死体もまた燃えていた。
しかし、燃えているにも関わらず、少女の体には焦げ目一つ付いてはいない。
少女の前髪が炎の熱で炙られて揺らいだ。
髪に今まで隠れていた額付近に僅かな輝きが灯る。
少女の額に文字が浮かび上がった。
【ITE】Automatic Control。
Lost Part Activate。
【ITEND】Re:Start。
周囲の炎が急激に静まり始める。
その熱量はただ一点へと吸収されていく。
少女の負った傷へと。
GIONET Connecting。
Channel Police Radio。
【あーこちら233。本件の重要参考人と思われる青年一名を確保。これより移送する。名前は本人によると外字久重。二十四歳。來邦大学大学院一年生。尚、現場での―――】
「・・・ひさ・・・しげ」
その日、商業ビル群の一角で起こった小火騒ぎは比較的小規模で収束した。
火の手は何故か急激に弱まり、二時間後には鎮火。
火事における犠牲者は零だった。
ただ、不思議な事に店内の一角だけが不自然に焼け残っていた為、現場検証が引き続き行われている。
そこにはもう少女の姿は無かった。
説明 | ||
借金生活に悩む大学院生【外字久重(がじ・ひさしげ)】は何でも屋として最先端科学の産物であるITEND(インフォメーション・サーマル・エンジン・ナノ・デバイス)を使う少女ソラと共に日本の未来を掛けて超巨大企業GIOが主催するGAMEへと挑む。近未来科学によって社会、国家、民族、企業、あらゆる人の群れが混沌へと飲み込まれていく最中、WWW(ワールド・ウォーター・ウォー)へと突き進む日本を止めようとする青年と少女は策動する陰謀に巻き込まれGAMEに未来を掛ける者達との熾烈な争いに身を投じていく。 | ||
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