獣王恋姫伝 〜時代の破壊者〜
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獣は言葉を解せない。

本能の赴くがままに戦い、喰らい、生きる為に他の命を奪う。

 

人は言葉を解する事が出来る。

獣のような力を持たぬ人が生きる為には持って生まれた『言葉』を用いる。

 

―――なれば獣の力と人の言葉を併せ持った存在が居たとしたらどうだろう?

しかし獣の如き凶暴さと人間の如き聡明さ、相対する二つを併せ持てる存在などがこの世に居る訳があるまい。

何故なら人は獣にはなれず、獣もまた人にはなれぬのだからだ。

 

だが、此処よりその二つの反する思考・意思を併せ持つ者が現れる。

揶揄や徒名でも何でもない、本当に人の意思と獣の力を持ち得る存在が―――

 

時代に翻弄され、世界に利用され、人でも獣でもない存在として生きた一人の青年の歩みの軌跡。

その青年の新たなる運命との出会いと別れ、その生涯を今此処に記そう。

 

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時は西暦20××年――

俗に言う"近未来”と呼ばれる時代、辺境に存在するフォーレタウンと呼ばれる町より物語は始まる。

 

鉱山地帯が多く、その中から取れるレアメタルや宝石・鉱石により栄えていたこの町。

多くの国がこの町の利権を争い、奪い合い・・・その度に多くの犠牲を出しながら、それでも他の国に利権を奪われる事無く中立を保ち続けていた。

多くの国に狙われる中で何処か属国になる事も支配下になる事もなく中立を保ち続ける事がどれ程に険しく難しい事なのかは改めて説明する必要もあるまい。

 

日本やコスタリカのように戦争の為の兵を持たず、世界そのものの抑止の為の核すら持たぬこの辺境の国が何度となく他国の侵攻を防ぎ続けた事にはある理由がある。

それはこの国には兵や核が存在せぬ代わり―――それ相応に匹敵する力が存在していたからなのだ。

 

フォーレタウンには表には語られぬ“裏の顔”がある。

それはあらゆる環境・状況に適応させ、どのような状況下であっても任務を遂行・完遂させる傭兵を各国に派遣すると言うPMC(※)のような顔。

そして上記したような傭兵を生み出す為・・・言い方を変えるならどのような戦況下でも戦え、幾らでも代えの利くサイボーグ兵士の研究開発をすると言う顔を併せ持っていた。

 

※)PMC(Private Military Contracter)

『民間軍事会社』と言う意味で直接戦闘、要人・施設・車列の警備、軍事教育、兵站などの軍事的サービスを行う企業の事

昨今の対テロ戦争などにより急成長した新たな傭兵形態であり、表では中立を保ち続けるフォーレタウンが実は裏では戦争の為の兵士を派遣していたと言うのは皮肉な話である

 

さて、話を戻そう。

先も語った通りこのフォーレタウンでは戦争の際に幾らでも代えの利くサイボーグ兵士と言うものを裏で秘密裏に開発している。

しかしサイボーグ兵士と言っても読者諸君が想像するであろう“サイボーグ”とは少し違う。

 

このフォーレタウンで研究されているのは『ゲノム・サイボーグ』と呼ばれる特殊兵士だ。

ゲノムサイボーグとはヒトゲノム、つまり人間が本来持つ遺伝子に獣の遺伝子を埋め込み、多種多様な状況下において姿を変えながら戦える兵士を作り出すと言う神をも恐れぬ計画である。

 

研究施設で作り出されたゲノム・サイボーグ兵士は人間と同じように他国に派遣され猛威を振るう。

そして元々ヒトゲノムと獣の遺伝子の融合実験が成功したと言う結果さえ残っていれば兵士を多量に量産する事も可能だ。

遺伝子実験によりクローンを何百、何千と生み出し、それらを改造して各国に兵士として派遣する・・・それならば自らの身は痛まず、何人戦場で死んだ所でまた作れば良い。

更に研究費用は鉱山から産出されるレアメタルやら鉱石・宝石を他国に売買するだけで事足りる、まさにゲノムサイボーグ研究は金のなる木とも言えた。

 

そんな研究所で新たな研究開発が行われようとしていた―――

 

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此処にある一人の青年が居た。

幼き日より紛争地帯で生まれ、筆記用具の変わりに銃を持ち、学校に行く代わりに多くの人が死んでいく紛争地帯で少年兵として多くの命を奪い続け、10年以上が経過している。

その面持ちは既に20代の青年の夢に生きる清々しいものではない・・・機械のように無表情で無感情、ただ“仕事”として人を撃っているだけの人形のような表情をしていた。

 

そんな青年に転機が訪れる。

ある紛争に赴いた際に命を失い掛ける程の重傷を負った青年は、当時のゲノムサイボーグ研究の第一人者である博士によって瀕死の所を拾われて改造手術を受ける事となった。

元々戦場にて新たなゲノムサイボーグプロジェクトの被験者を探して回っていた博士にとって、青年の命に関わる程の重傷は“好都合”だったのだ。

 

新たなゲノムサイボーグプロジェクトの詳細。

それは、本来今までは肉体やヒトゲノムの限界により一人につき一つしか埋め込む事の出来なかった獣性遺伝子を纏めて幾つも組み込むと言うプロジェクトである。

理論上はこれにより多種多様な形態を状況に応じて使い分けると言う事が可能であり、ある意味ではそれにより今までのゲノムサイボーグ兵士など足元にも及ばぬ“超兵”を生み出す事が可能な筈であった。

 

しかし・・・人間の身体はそれに耐えられる程に頑強なものではない。

超兵開発計画において犠牲となった被験者は数える事が面倒な程に多く、今回もまた失敗に終わると思われていた・・・。

 

だが、改造手術は予想を反し成功した。

瀕死であった人形のような青年の『死にたくない』と言う、人間誰しもが持つ原初の意思が過酷な改造手術を乗り越えさせたのである。

それにより青年は超兵開発計画の“最初”で“最後”の成功例となったのであった。

 

最初で最後とは一体どう言う事なのか?

それはフォーレタウンで起こったある未曾有のバイオハザード(生物災害)が関係していた―――

 

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青年が超兵型ゲノムサイボーグ兵に改造され、各国の戦場で極秘任務に付き、暫く時が経ったある日。

ゲノムサイボーグ研究を行っている研究所を擁するフォーレタウンに突然の封鎖命令が発生したのだ―――その理由は研究所内に存在していた『ゲノムミスト』と呼ばれる物質が突如としてフォーレタウンに流出した為であった。

 

ゲノムミストとはゲノムサイボーグ開発の際に用いられる一種のウィルスの事。

人体にとっては有害な毒であり、生物の体内に取り込まれる事によってヒトゲノムを突然変異させてしまい・・・生物を怪物へと変異させてしまう恐ろしい存在である。

更にゲノムミストの流出下ではゲノムサイボーグしか活動が出来ないという状況でもあったのだ。

 

フォーレタウンの封鎖から約三週間後・・・。

ある軍に雇われていた青年は唯一ゲノムミスト下で行動が可能な事を理由に、フォーレタウンの生存者確認・救出の任務を与えられる事となった。

 

そして軍用戦闘機にてフォーレタウンへと潜入した彼が見たものは・・・。

人ならざるもの、禍々しい獣人や巨大なクリーチャー達が跳梁跋扈する地獄という存在が生温い様な現状であったのだ。

人も、獣も、若者も、年寄りも、男も女も、大人も子供さえも怪物へとその姿を変えた現状を目の当たりにした青年の凍っていた心に何かが去来する。

 

人の姿を失い、心を失った獣達は青年の姿を見つけると一斉に襲い掛かる。

そんな人から変異してしまった彼らが襲い来る姿を呆然と見つめていた青年―――しかし、此処で死ぬ訳にはいかない。

戦場に居た時・・・ただ命令のみを機械的にこなして時とは違い、躊躇しながらだが青年は“生きる為”に目の前に迫り来る怪物達の命を狩った。

 

どれだけの時が流れただろうか?

ある意味では一瞬のようであり、永遠に続くようでもあった時を経た後―――周囲には哀れな獣人達の亡骸が散乱していた。

その中心で全身中を返り血で赤黒く染めながら青年は無言で立ち尽くす。

 

今までだってこうやって戦場で彼は人の命を奪ってきた。

敵の兵士、部隊長、軍団長に将校に至るまで様々な人物の命を生きる為に奪い、時には味方の介錯を勤め、それによって今まで生きて来た。

 

今更命を奪って来た命に対して許しを得ようなどとは思わない。

そもそも戦場で幼き日から育ち、命を奪う技術しか覚えて来なかった青年にとって・・・最初に人を殺した時から穏やかな余生など既に捨てている。

しかし戦場へ自らの意思で来る兵士達や傭兵達ならばまだしも、非戦闘員を例え人ではない何かに変わっていたとは言え殺す事は青年にとって戦場では決して感じる事のない罪悪感を彼の心に植え付けていたのだ。

 

虚ろな目で辺りを見回す青年。

周囲に多種多様に刻まれてばら撒かれている異形の屍の中には明らかに大人とは違う大きさの四肢の破片が混じっている。

苦痛に顔を歪め、その双眼を見開き、涙を流す小さな獣人達の死に顔・・・本来、生きていればもっと色々な事を知り、自分とは違い多感な青春を生き、色々な生き方があったであろう幼き子供達の姿。

それを思い浮かべ、空を見上げる―――

 

空は暗く、赤く染まった大地に向かってその穢れを洗い流すかのように雨が降り注ぐ。

最初に超兵計画の被験者となり、強化改造をされた際に感じた事は正直な話、何も感じなかったというのが本音だ。

元々戦場を渡り歩き、いつ死ぬかも理解出来ないような現実を生きていた青年にとっては例え己が人ではなくなったとしても何の感傷も無かった。

思えばそれがどれ程傲慢で、どれ程愚かな事だったなどと思い付きもしなかったのである。

 

視線が歪む―――

降り注ぐ雨は返り血に塗れた青年の頬を洗い流す。

雨を避ける事も、振り払う事もせず、ただ降り注ぐ雨を見つめ続けていた青年。

その姿はまるで・・・涙を流しているようにも見えた。

 

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フォーレタウンで見た現実は青年の人形のように殆ど思考する事無かった心を氷解させた。

そして二度とこのような絶望を繰り返さぬ為に、自分のような怪物を生み出す為に犠牲者を出させない為に、ゲノムサイボーグ関係の全てを消去する為に戦う事を誓う。

今回のゲノムミストの流出事件の解明と元凶を見つけ出す為に彼は、雇われていた軍を脱走したのだ。

 

フォーレタウンで事件の元凶に迫る青年。

その中で重度のゲノムミストにより変質した数多くの人間や生物達の息の根を止めながら進み続け、その先で遂に彼は事件の真実を知る事となる。

ゲノムミストの流出、それは仕組まれた事であったのだ。

 

一連の事件の起こったそもそもの原因は・・・一人の女性の狂った愛情、そして科学者の愚かな夢。

究極の生命体を生み出す事を望んだ男と、それを支えようとした女の起こした・・・身勝手で、愚かで、取り返しの付かない悲劇。

男は己の生涯全てを究極の生命体を生み出す為に捧げ、女は己の密かに慕う男の為に自らの身を捧げ・・・その二つの狂気が一つの辺境の小国全てを喰らい尽くした。

 

全てを喰らい、青年をも取り込もうとする為に女は究極の生命体へと姿を変えて襲い掛かる。

戦いは熾烈を極め、青年も自らに存在する力の全てを使い戦い続け・・・そして最後には究極の生命体すらも退けた。

崩れ滅び行く女の姿、その女に取り込まれた科学者の消え行く姿を最後まで見届けた青年―――彼は最後に全てのゲノムサイボーグプロジェクトの情報を抹消させる為に研究所の炉心を暴走させ、研究所ごと死の町と化したフォーレタウンを消滅させる。

 

そして・・・最後に己自身の成すべき“最後の任務”の為に彼は姿を消した。

青年の名は北郷一刀―――この物語の主人公であり、他人によってではあるが人為的に人としての生を捨てる事となった唯一にして究極、そして最初で最後の超兵型ゲノムサイボーグのかつての名である。

 

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其処は無数の木を使って作られた粗末な十字架が立つ丘。

その場所に北郷一刀と言う名をかつては名乗っていた青年が静かに目を瞑り佇んでいた。

 

此処に並ぶ無数の十字架は墓標だ。

かのフォーレタウンの未曾有のバイオハザードによって命を失った者達を鎮魂する為に彼が作ったもの。

こんな事は所詮、自己満足に過ぎないのは分かっている・・・だがそれでも、少しでもあの日に奪った命が安らかに眠れるように彼はたった一人でこの場所を作り上げたのだ。

 

「・・・・・・」

 

ただ無言で目を瞑り祈る青年。

長き時の間祈り続けた後にゆっくりと眼を開き、青年は眼前に広がる無数の墓標の前に跪くと胸元から何かを取り出す。

 

重厚で、黒く輝くそれは・・・拳銃だ。

手馴れた操作でマガジン(弾倉)を取り出すと、其処に一発の銃弾を取り出して込める。

そして一度だけ拳銃を見つめると、その銃口を青年は自らのこめかみへと向けたのだ―――

 

遺伝子改造され人ではなくなった呪われた己の身。

フォーレタウンの惨劇を見たあの日、全てのゲノムサイボーグプロジェクトの終焉を見たあの日に名を捨てた青年は心に決めていた。

全ての終焉と共に、自らの呪われた力を後世に残さない為に・・・。

 

何処までも澄み渡った青空。

乾いた風が吹く事以外に喧騒の無い墓標の並ぶ小さな丘。

 

―――ダキュゥゥゥン!!

 

一発の銃声が空に響き渡った・・・・。

 

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「・・・ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・」

 

銃声が鳴り響いた空の下、大量の脂汗を流しながら青年は肩で息をする。

撃てなかった―――何時でも死ぬ覚悟は出来ていた筈だった、しかしその覚悟とは反し自らの身体は己の命を己で奪う事を拒否したのだ。

 

自分で終わらせる勇気も無かった。

思えば戦場で幼き日から人の命を奪い続けていた時から・・・青年は誰かに自らを終わらせて貰うのを指を咥えて待っていただけなのかも知れない。

硝煙と血の彩る戦場に生き、まるで風が吹くかのように散っていく命を垣間見、心を通わせた仲間達の死ぬ姿を見つめ続けたが故に・・・無我という殻を被り、前に進む事から逃げていただけだった。

 

状況に流されて死んで逃げる事、それがどれだけ卑怯者なのか。

訳知り顔で戦場を生き、多くの命を奪って来た青年・・・自ら己の命を絶つ勇気も無い愚かで哀れな人外の化け物。

死ぬ事も、殺される事も出来ない青年が成せる事など存在するのか・・・?

 

―――その時だった。

 

「・・・それで良いのよ。

死んだ所で何も変わらないし、貴方にはこれから遣らなければならない事があるのだから」

 

いきなり響き渡る声に青年は声のした方向に銃を向ける。

其処にはいつの間に現れたのか、水色の瞳を持つ銀髪の少女が立っていたのだ・・・。

 

「・・・子供・・・?」

 

所謂、ゴスロリと現代では呼ばれるであろう服装を身に纏う可憐な容姿の少女。

年の頃は中学生か、もしくはそれより下か・・・少なくともこのような墓標の並ぶような場所には似つかわしくない様な可愛らしい人物であった。

だが、不思議と青年はその少女に向けた拳銃を下ろす事が出来なかったのだ―――その可憐な容姿と裏腹に、得体の知れない気配を醸し出す事が気になって。

多分ある意味では今まで戦場を渡り歩き、何度も何度も死線を潜り抜けてきた故に青年自身の持つ勘が警鐘を鳴らし続けていたのであろう。

するとそんな青年の姿を見て、少女は無表情のまま口を開く。

 

「そんな無粋なものは下ろして貰えるかしら?

そもそもこんないたいけで可憐な私に向かってそんな無粋なものを向けるなんて、本来ならば万死に値する行為よ?」

 

冗談なのか本気で言っているのか判らないような態度で肩を竦める謎の少女。

そんな彼女の態度に対しても青年は拳銃を向けたまま下ろさず、動きがあれば直ぐにでも引き金を引けるように構えていた。

 

だが―――

 

「ふう・・・少しは人の話を聞いた方が良いわよ、北郷一刀?」

 

いきなり捨てた筈の名前を呼ばれ、一瞬困惑する青年・北郷一刀。

その一瞬の刹那、それこそ瞬きするよりも短い程度の時間少女から眼を離した瞬間・・・その姿は忽然と消えていた。

 

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「何っ!?」

 

更にそれに続くようにして腕に走る衝撃。

その電気が走ったかのような衝撃に手から拳銃が零れ落ちたその時、目の前にいた少女の手には先程まで一刀の手に握られていた筈の拳銃が握られていた。

 

「言ったでしょう、私に拳銃を向けるなんて本来なら万死に値する行為だって。

・・・躾の行き届いていない犬には仕置きが必要かしら?」

 

その言葉が語られた刹那、一刀は全身の毛が立ち上がるかのような気配を感じ、立っていた場所から横に飛び退く。

転がりながら足の部分のホルダーに刺してあったナイフを抜きながら・・・すると次の瞬間、今まで一刀の立っていた場所に膨大な量の雷光が降り注いだのだ。

雷光は大地を焦がし、静かに帯電しながら消えた。

 

「まあ、この程度は避けられて当然ね」

 

さも当然の如く言う少女。

一瞬間違えば一撃で黒焦げだっただろう、思いとは裏腹の生存本能というのが一刀を救ったのだ。

 

「貴様・・・」

 

一言だけ呟くとナイフを構えて少女に向かって地を蹴る一刀。

その眼は完全に感情が消え、まるで機械か人形かのように見るものを恐怖させる―――しかしそんな自分に向かってくる一刀を一瞥すると、少女は指を“パチッ”と鳴らした。

すると初めから狙っていたかの如く、少女の前まで来た瞬間に一刀の頭の上に大量の流水が降り注いだのだ。

 

「なっ!?」

 

ずぶ濡れになる一刀。

そんな彼を静かに見つめながら少女は口を開く。

 

「これで少しは頭が冷えたかしら?」

 

頭から浴びた凍える程に冷えた流水により寒さを感じ、震える一刀。

だがその脳裏は少女の言葉通りにクールダウンしていた・・・先程まで全身中を支配していた感情は消える。

思えば自分の事を知っていて危険を感じたとは言え、直接このような状況になったのは自らが頑なに拳銃を向けていたからだ。

機械のように冷徹な感情を持ちながらも、間違いを理解する柔軟さも彼は併せ持っているのであった。

 

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「・・・先程の事は詫びる、済まない」

 

感情無くだがそれでも謝罪をする一刀。

対して少女は一刀を見つめながら同じく無表情のまま言葉を返す。

 

「寛大な私に感謝なさい、本来ならば先程も言った通り万死に値する行為よ北郷一刀」

 

・・・何故か偉そうに、見ようによってはふんぞり返っているかのようにも見える少女の態度。

無表情ではあるがその態度が彼女の感情を表しているようで実にシュールであり、見ようによっては可愛いらしい。

だがそんな事などより一刀は疑問を投げ掛けた。

 

「なぜ俺の名を知っている?

そもそも貴様は誰だ女、俺は貴様のような知り合いは居ない・・・そもそも名ぐらい名乗れ、それと俺に何の用だ?」

 

矢継ぎ早に質問を投げ掛ける一刀。

基本的に彼に残った数少ない感情は興味を持たない事には関わりを持つ事は殆ど無いが、少女の実力には興味を持ったらしい。

・・・まあそもそも生きる屍のような人生を生きている彼にとって興味を持つと言う事自体が実に稀なのだが。

 

「貴方の名前を知っているのは簡単な事、貴方を知ってるからよ。

用件はそうね・・・まあ説明した所で理解出来るとは思えないけど、貴方にしか出来ない役目を貴方自身が果たす為の手助けに来たと言った所かしら?」

 

・・・意味が判らない。

この少女が一体何を言いたいのか、そして自分に一体何を頼みに来たのか?

だが意味の判らない事は此処から更に加速するのである。

 

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「・・・正気か、貴様?」

 

「生憎と正気を失うような柔な女では無いわよ私は」

 

少女が語った言葉―――それは一刀の想像を遥かに上回るようなものであった。

少女曰く『この世界は正史と外史と呼ばれる世界があり、自分はその二つの均等を護る為の存在である』だそうだ。

 

「外史の観測者だと? 本来の歴史から歪んだ形で生み出された世界だと?

そんな与太話を俺に信じろというのか貴様は? 悪い事は言わんからさっさと医者に行け、そして二度と俺に関わるな」

 

信じられる筈があるまい。

この世界は所謂、正史と呼ばれる現実が人々の妄想や想像によって歪み、形を成した世界であるなどと。

そして人の詰らぬ幻想が本来ならば平穏に生きている筈の『北郷一刀』という存在を歪め、今の自分にとっての現実を生み出したなどと言う事を。

つまり少女の言葉を彼なりの考え方に変えるならば・・・“人が望んだから自分は人とも獣とも言えぬ化け物へと成り果て、そして人が望んだからこそこの世界では罪無き人々が生物災害に巻き込まれ、未来を失った”という事なのだから。

 

そんな言葉を吐く一刀に対して少女は静かに首を横に振ると続ける。

 

「残念ながら事実だし、証拠は無いけれど信じさせる方法はあるわ。

まあそれに、別に放って置いたとしても時期にこの現実は・・・都合の良い理由をつけられて消去される事になるもの。

何故ならそれが“この外史の末路”なのですもの―――貴方が怪物にされたのも、この世界で終わらぬ戦が続くのも、全てはそう言う“悲劇”を作る為の舞台でしかないわ。

言い換えるならそうね・・・惨たらしく死んでいった人達も、起こる戦争も、全ては演劇のようなもの・・・初めから結果が決まっていて、ただそれを模倣するだけ」

 

何と空しく、残酷な現実か。

この世界は言うなれば悲劇・・・いや喜劇の舞台と同じだ。

この世界そのものが舞台、存在する全ての事象は舞台の台本、そして登場人物は笑い続ける哀れな道化師。

全ては正史と一つの外史、そのような世界の形を存在させ続ける為だけに作り出されただけ・・・。

 

「・・・貴様が言う事が事実なら、フォーレタウンで死んだ奴らは・・・それが“役目”だったてのか」

 

「ええ、残酷だけどね・・・そして幻想の外史というのが肥大すれば肥大して行く程、犠牲になるそれ以外の外史世界はどんどん増えるわ」

 

こんな与太話を信じた心算は無い。

しかし少女の語る言葉にも、そしてその眼差しにも嘘の色は見えないのだ。

・・・ならば自ら命を絶つ事も出来ない、償えない罪を背負い逃げ続けるだけの人生を生きている己に出来る事はただ一つだ。

 

「女・・・俺に頼みたい事は何だ?」

 

これが償いになるとは思わない。

例え定められた道行がフォーレタウンを滅ぼし、老若男女を怪物と変えたとは言え・・・直接手を下したのは己だ。

ならば己の奪った命の分まで足掻いて足掻いて足掻き抜いて、泥に塗れようとも生き恥を晒し、これ以上に己と同じような思いをするものを生み出させないようにしなければならない。

そんな一刀の覚悟を表情から知り、少女は口を開いた。

 

「人の幻想が生み出し、肥大化し過ぎてしまったある外史を鎮めて欲しいの。

ただしその世界は他の外史とは違い、人の愚かな幻想が世界そのものを歪め、本来の舞台の主役たる北郷一刀が存在する事が出来なくなってしまった世界なの。

だから・・・その世界にもし行くのであれば、貴方は“北郷一刀”と言う自分自身すら捨てなければならなくなるわ」

 

つまり少女の話を説明するならば・・・。

幻想の世界に介入する為には、己と言うそのものを捨てなければならないと言うこと。

北郷一刀という存在が存在出来ない世界に行く為には、己自身と言う個我を捨てて別の人間として生きなければならないと言う事だ。

 

「・・・何だ、その程度の事か」

 

だが少女の言葉に迷う事無く一刀は返す。

元より己に個我など無い・・・北郷一刀と言う名はあれど、それは遥か昔に捨てた名だ。

そもそも北郷一刀と言う己は初めて戦場で生きる為に人の命を奪ったその時に・・・既に壊れてしまっていたのだから。

 

人は心があるから人足り得る。

故に既に心の壊れた存在を人とは言わない・・・そしてその身も既に遺伝子改造により人ではない。

糸の切れた人形に価値は無く、機器の壊れた機械に意味は無い・・・悲しむ者も居らず、この世界から己と言う存在が消えれば完全にゲノムサイボーグプロジェクトの終局を意味する。

ならば答えなど、最初から決まっていたのだ。

 

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まるで魔方陣のような読めない象形文字が円のように描かれるその中心に一刀は座り込んでいた。

少女が呪文のようなものを唱えると象形文字は初めは淡く、続いて力強く光り輝きだしたのだ・・・この光全てが一刀の全てを包んだその時、彼の存在はこの世界から消える。

 

「光の中で常に自分の姿を頭に描き続けなさい。

『北郷一刀』と言う個我を捨てた事によってあの外史に介入する事は出来るようになったけど、個我を失うと言う事は自分自身の存在を失う事と同じ。

あの世界に介入出来たは良いけど、無機物になってたら意味が無いのだから」

 

少女の言葉に小さく頷く一刀・・・いや、かつては北郷一刀と言う個であった筈の存在。

光が彼を覆い尽くし、少しずつ意識そのものが消え行こうとしていたその時、不意に彼は少女へと言葉を掛ける。

 

「・・・そう言えば最後に聞き忘れていた事があった」

 

「あら、何かしら?」

 

尋ね返す少女に向かって飛ばした質問、それは―――

 

「貴様の名前を聞いていなかった」

 

その質問に一瞬だけ少女は躊躇したような、ばつが悪そうな態度を取る。

そして・・・意地悪そうな笑顔を彼に向けながら、少女は消え行く方陣に向かって自らの名を名乗った。

 

「私の名は色々あるわ。

だけどかつて名乗っていた中で気に入って名前は―――貂蝉(ちょうせん)って名前よ。

まあ、その頃はこんな可憐な姿じゃなかったけどね」

 

貂蝉―――その名を脳裏に刻み込み、彼の意識は消えていった・・・。

 

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〜Side ????〜

 

「やれやれ・・・全く以って馬鹿共の機嫌を取るのも楽ではないな」

 

雲一つ無い青空とは反し、しみじみと呟いた初老の男の表情には明らかに疲れの色が見える。

本来は政(まつりごと)の場になど興味は無く、本人もいつも断っているのだが・・・毎度毎度の事ながらつまらない理由をつけて呼び出される。

その度に聞きたくも無いお世辞を囁かれ、完全に腹に一物持った連中が自らを利用しようとあれこれ手を回して来た。

 

一人身でいる事を知り、女を送り込んでくる馬鹿さえいた。

その度に今の大陸に巣食う害虫達の存在を疎ましく思い、いっその事始末してしまおうかとまで思った事もある。

 

今の時代の中では存在するのは凡愚共のみ。

あれならば寧ろ、自らの知人の子達の方が何倍も何十倍も賢いのではないかと思う程だ。

思えば最近知人から預かった娘もまた聡明で、褒められればまるで自分の娘が褒められているかのように嬉しいものであった。

 

一生涯を謎の探求と知に捧げてきた己の人生。

妻も居らず、子も居らず、親戚衆すら流行り病で早々と亡くし、天涯孤独の身の上。

それが寂しくないと言えば嘘になるが、知人達も知人達の子も自らを家族のように父のように慕ってくれている。

・・・まあ、言うなればそれで十分だろう。

 

「さて、帰るか・・・ん?」

 

周囲に馬鹿共がいれば再び聞きたくも無いようなお世辞やら何やらを聞かされて面倒だ。

さっさと己が屋敷に帰ろうと歩き出そうとしたまさにその時―――不意にその眼にあるものが映った。

其処にはボロボロの布のようなものを身体に巻き付けた一人の少年が倒れていたのだ。

 

「何故このような場所に子供など居る・・・?」

 

本来、このような場所に子供が居る訳が無い。

しかもこの子供は明らかに普通の子供とは違う事は理解出来る・・・着物のようなボロボロの布の間から見えている皮膚には多くの傷が刻まれているのだ。

切り傷、突き傷、焼き傷・・・中には理解出来ないような傷まで負っているようだが・・・。

 

―――普通ならこのまま無視すべきだろう。

明らかに身元も理解出来ないような全身中に傷を負っている子供、理由は不明だが明らかにまともではない。

そう、本来ならばどう考えても無視するべきであったのだ―――

 

だが・・・何故だろうか。

その傷だらけで倒れている少年に初老の男はかつての自分を見た。

 

「・・・ふむ、まあ良いか。

どうせ屋敷に帰った所で私一人しか居らぬし・・・このまま放って置いて死なれでもしたら目覚めが悪い」

 

そう小さく呟くと、初老の男は少年を背に背負い歩き出した。

・・・この出会いが後の時代にこの世界を、人々底無き愚かな幻想によって生み出され、正史と外史の崩壊に向かって肥大し続けるこの世界を救う切欠となる事を知らずに。

そしてこの出会いが・・・後の時代に『三国時代』と呼ばれる時代の終焉へと導くと今は知らずに。

 

少年のかつての名は―――北郷一刀。

此処より始まるのは絶望に惑い、世界から拒絶され・・・それでも購えぬ罪を償う為に我武者羅に進む事を選んだ一人の獣の力を得た人間の軌跡である。

 

〜Side out〜

 

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これより始まるのは私が今までの作品を考慮し描く、恋姫夢想のSSの集大成。

今までの作品とは違い、色々な設定やオリジナルキャラクターを登場させ、始まりから終わりまでを描いていこうと思っています。

人々の飽くなき欲望によって生み出されてしまった幻想の外史・・・正史をも侵食し、崩壊に導こうとする現実の中で“北郷一刀”とかつて呼ばれた少年は何を成すのか?

想い、絆、繋がり・・・それらがこの世界を、そして少年に何を齎すのか?

 

この物語は何かを失い、そしてその失った何かを再び取り戻す為の歩み。

世界を鎮める為に必要なもの、それは―――遥か昔に少年が失ってしまった人との絆。

 

 

とまあ、真面目になんか書いてますが基本的には今までの作品のように時には格好良く、時には優しい作品を描いていきます^^

しかしこの作品では『北郷一刀』という存在は現れません、この作品で一刀であった名も無き少年は三国時代の登場人物の名前を名乗り生きて行く事になります。

ま、それが誰なのかは皆様でじゃんじゃん想像しちゃってください^^

 

そしてこの物語・・・あの漢女な筋肉達磨は出て来ません。

いや、実際には出て来てますが、少なくとも存在感だけで他人に嫌悪感を与える“アレ”は出て来ませんのでお見知り置きを。

更にオリジナルキャラクターは実は元ネタがありますので登場の際は細くしますのでどうぞ宜しくです^^

 

 

追伸:遅筆故に一週間に一度程度の更新かもしれませんがご容赦を。

 

【謎の少女の元ネタ】

彼女の元ネタは同じ三国志女性化PC作品【三極姫】に登場した人物です

と言っても性格は微妙にブレイブルーと言う格闘ゲームに登場する人物、レイチェル・アルカードを元にしてますけどね

説明
【プロローグ:獣王転生】
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真・恋姫夢想 オリキャラ オリ主 クロスオーバー(獣王記、三極姫) 

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