さて、どうしたものか……?
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「おい、聞いたか? あいつがホワイトランに戻ってきたって話だぜ!!」

 薄暗いごつごつとした岩肌がむき出しになっている洞窟に入ってくるや、バリトンの効いた低音の声が洞窟中にこだました。

 男の手には粗末なずた袋が握られており、中には何処から拾ってきたのか分からないようないわゆる「がらくた」が入っていた。山賊は盗賊と違って目立たず行動するという行為はしない。そのため昼夜問わず人を傷つけては金品を漁ったり、街道で落ちているものを探したりなど乞食まがいの行動など何でもお構いなしだ。

 そんながらくた拾いから帰ってくるしな男が叫んだものだから、何事かと武器を構えて仲間の一人が出てきた。擦り切れた鎧を纏った男だ。

「……なんだ、ゴブか。驚かすなよ。いきなり叫んだもんだからベッドから転げ落ちちまったじゃねぇか、うとうとしてきた頃に敵襲かと思ったぜ」

 どうやら夜の見張りを終えて眠りについたばかりだったらしい。ゴブと呼ばれた低音の声を洞窟中に響かせた男はすまんと頭を軽く下げる。が、すぐに思い出したように、

「そうじゃなくって……寝てる場合かよ、オド! そうだよ! あいつがホワイトランに戻ってきたんだって! どうやら衛兵は捕まえ損ねたって話らしいぜ」

 まくしたてるゴブの言葉に気圧されつつも、あいつ、ホワイトラン、という単語にぴんときたのか、眠そうに目を擦っていた男──オドという名前のようだ──は思い出したのか、はっと目がさめた様子で、

「あいつって……“ドラゴンボーン”か? 俺らが情報屋に容姿だのなんだの教えてもらった、あの……」

「“ジュリアン”か?」

 洞窟内にしつらえた、瑣末な扉を開けて奥から男が出てきた。ゴブとオドからは兄貴と呼ばれてる山賊長だ。ゴブの声を聞いて彼もまた眠りから覚めた様子だったが、寝込みを襲われても即死しないよう板金鎧を着込んだまま寝ていたのだろう、体を時折ほぐすように動かしている。

「そう、そうですぜ兄貴。あいつがホワイトランに戻ってきたそうで。衛兵は探し回ってるみたいで。どうやら捕らえ損ねたみたいでさ」

 なんだ捕らえ損ねたのか、とオドは肩をすくめた。「さすがホワイトラン。警備状態は最悪だという噂は本当のようでさァ、兄貴」

 兄貴は軽く首肯すると、口元を歪ませにやりと不気味な笑みを浮かべた。

「まだ始まったばかりだ。捕まってもらっては困る。……ドラゴンボーンを、ジュリアンを、スカイリム中の指名手配者に仕立て上げるのが目的だからな。奴は逃げ場を失い、いずれ捕らえられるだろう。そして英雄という姿とは似ても似つかない極悪人として歴史に刻み込んでやる」

 そう言うと、山賊長は腰につけた荷袋から金色に輝くものを取り出した。一見兜のようにも見えたが頭を覆うように出来ておらず、仮面のように顔を覆うだけの防具のようだ。金色に輝く金属で作られているあたり、詳しいものならすぐにそれがドワーフが残した防具の一つだと気づくだろう。

 しかしそれはドワーフ製のものにしては異質だった。仮面をとりまくようにぼんやりと薄い光が青黒く光沢を放っているのもおかしいし、仮面という形もまた妙だ。ドワーフ製の兜とおなじように彫刻等が施されてあるが、仮面、というあたり防具のために使うものではなさそうだ。

「しかし兄貴、それをドワーフの遺跡で見つけたおかげで計画大成功でさァ。拾ってきた時はどうやって使うか分からなかったですけどねぇ」

 ゴブがご機嫌取りのような猫なで声でそう言ってきた。山賊長は頷きながらその当時の事を思い返す。

 ──あの時は山賊長を含め、仲間数人が生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

 お宝が眠っているだろう、という仲間達の声に逆らえず、数年前……当時も山賊をまとめていた兄貴と呼ばれる山賊長、ゴブとオド、そしてもう一人──あと数人居た仲間は死んでしまった──で、当時ねぐらとしていたドワーフの遺跡に潜ってみよう、という話になってしまったのだ。

 数人でドワーフの遺跡に入り、最初は色々ドワーフの金属物やらがらくたやらを集めているだけで楽しかったのだ、だが進んでいくうちに、突如よくわからないモノ──後から知ったのだが、それらはオートマトンと呼ばれている、ドワーフの遺跡を今も守るガーディアン──が現れた後は最悪になった。

 次々と現れるオートマトン。彼らはドワーフの遺跡を守るように仕組まれ、だから我々に攻撃を仕掛けてきたのだ。その攻撃は強く、そして防御は金属で作られたもの故に固く、魔法ですら通しにくい。

 厄介な敵──相手からすれば我々のほうが遺跡荒らしにきた敵だろうが──に仲間は次々倒され、そして倒せないと見るや否や、散り散りになって逃げ出した。

 山賊長もまた、オートマトンの攻撃から逃れつつ必死で走り逃げ続けた。最早何処から来てどのように戻ればいいのかすら分からない。進むも地獄、戻るも地獄とはまさにこの事だった。

 来た道なのか遺跡の奥に進んでいるのか、それすらもわからない。しかし彼は必死に走った……生きるために。

 ……その時の事を思い出す度、山賊長である男は胸を痛め続けてきた。無駄死にさせた仲間の事、自分がしっかり統率していればと何度も悔やみ続けてきた。共に脱出した今の仲間──彼らだけは死なせやしまい。そう心に誓った。

 しかし、いつ、どこでこの仮面を手に入れたのか……それだけ覚えていなかった。ただ瀕死の状態で遺跡から脱出した際、手にしていたものはこれだけだった。

 ゴブやオドもそれを手にしていた時は覚えているのだが、その前の記憶がはっきりしない。もう一人の仲間は何かを知っている様子ではあるのだが──頑なに口を閉ざしたままであり、今現在も口を割ってくれそうにもなかった。

 別段知ったところで仲間が遺跡のガーディアンに倒された事は代わりはない。自分が唯一つ持っていたこの仮面を持ち続ける事が、亡くなった彼らを忘れない証だ──と、最初の頃はそう思っていた。とある日、ふざけて仮面を被ってみるまでは……。

「しかし兄貴、あの時本当本人と見紛う方なき姿でしたなぁ。おかげで俺達も自由に物盗りできるわ女を犯せるわで最高でしたぜ。で、次はいつやるんで?」

 オドがにやにやといやらしい笑みを顔に浮かべながら言った。女を久しぶりに抱いた──あれは抱いたというより犯したと言ったほうが正確だが──のが余程嬉しかったのか、はたまた抵抗する女を犯す事に快感を覚えたのか。ゴブもつられた様子でうんうんと傍らで頷いてみせる。

「そうそう。兄貴がジュリアンに化けてくれたおかげで、昼日中ホワイトランで物盗りが出来るなんて最高でさァ。誰も奴を疑っちゃいねぇのに俺らが襲撃した時の、あの市民の顔ったら! ありゃ最高だったでさァ」

 化ける──それこそがこの仮面の真なる姿。頭の中で思い起こす人物の顔に成りすます事ができる不思議な仮面。

 希少価値の高い物、総じて武器や防具、装飾品等をアーティファクトと呼ぶ。それらは得てして未知なる力を帯びており、持つものに力を与える。

 そしてこの仮面もその一つだった。一見ただのドワーフ製の兜と同じ形の仮面だが、顔につけ、頭の中で人物の容貌を強く思うだけ──その人物を目の前にして見ているだけでも──でその人物の顔そっくりそのまま自分に写し取る事が出来るのだ。

 ふざけて仮面をつけたりしなかったら、一生気づかなかったに違いない。

「──一週間後、再びホワイトランに襲撃に行く。ただし今度は衛兵も敏感になっている筈だ。最初は仮面をつけずに城壁から進入し、城下町に入ってからジュリアンになりすます。そして一暴れしてやろう。彼は二度とホワイトランに戻ることはできまい。そして他の地域も同じようにしてやる。一週間は大人しくしているんだ。いいな」

 山賊長がそう言うと、ゴブとオドは分かったようにへいと言って軽く会釈をした。が、その後すぐゴブが何かを思い出したように付け加えた。

「そうだ……リズにも言っておいたほうがいいでさァね。あいつ、この計画にはなんだか乗り気じゃなかったですけど」

 ゴブの言葉にその通りだといわんばかりにオドが頷いてみせる。

「そうだなぁ。あいつなんか仮面を使ってって事を話した時、顔を曇らせてたなぁ……この成りすまし襲撃にも今一つって感じだったしな」

 話し合うゴブとオドを残し、山賊長は踵を返して自室の方へと歩いていく。

「ゴブ。見張りをしておくんだぞ。いいな」

 そういい残して、彼は奥の部屋へと消えた。先程ゴブの叫びで眠りを妨げられたから再び寝るのだろう。彼が扉の奥に消えるのを見送ってから、

「じゃ、俺ももっかい寝るわ。ゴブお前、リズにさっきの事話しとけよ。……おやすみ」

 オドはベッドに再び潜り込み、数分後には寝息を立てていた。

 一人残されたゴブはとりあえずリズに話しておこうと洞窟中を探し回ったが、姿が見つからない。

「あいつ、何処行ったんだ……? まあいい、外に出てるなら見張りをしておけば戻ってきた時話せるだろう」

 ぶつぶつ言いながらゴブは洞窟の入り口に向かって歩いていく。

 彼が注意深く見ていればこの時気づいていたかもしれない。リズの武器と防具が無くなっていた事に……。

 

 夜風が体に沁みる。

 スカイリムの夜は寒い。元々寒いツンドラ地帯の場所なのだから寒くない訳が無い。まして夜は温かみを与えてくれる日の光がないから気温が上がるはずもなく、凍った風が体を突き抜けるたびに身を震わせた。

 馬を走らせ、ホワイトランの領土を抜け、イーストマーチ領──ウインドヘルムある領内だ──に入ると途端に夜風の冷たさが増した。ホワイトランよりやや北東に位置する場所な為、気温も気候も同じ地方なのに段違いだ。俺は外套を引っ掴み、体に巻いた。

 とりあえずどこかで野宿するしかない。幸いそういう時の為にテント等の野宿用装備は一式持っていた。疾走させていた馬を並足程度までに速度を落とし、寝床にする場所を定める。

 そういや、イーストマーチには温泉地帯があったな……あそこらへんでテントを作ろう。あの場所なら雪もそんなに積もってなかったし、何より温泉地帯で吹き出る硫黄が地面を暖めてくれる。床があたたかいならベッドロールを敷いても冷たくて眠れない、なんてことは無いだろう。

 鐙で馬の腹を蹴って再び走らせる。ダークウォーター川を越えて東へ進むと風に乗って硫黄の匂いぷん、と鼻をついだ。

 街道を外れ、ごつごつとした岩肌むき出しの大地を走らせていけばすぐ温泉が沸く一帯が目に飛び込んでくる。あちこちで噴出す源泉のせいで辺り一面硫黄のにおいで充満しているといった有様だ。寒いスカイリムの地方で源泉が湧き出る温泉地帯は俺が知る限りここだけしかないから、時折旅人が疲れを癒して温泉に浸かる姿を見るのは珍しくない光景だった。

 さすがに硫黄の中で眠るわけにもいかず、少し外れた場所に馬を止めてテントを張った。簡易テントだが雨風避けるにはありがたいものだ。小さいウッドチェアもついており、手近の木から枝などを拾えば焚き火もできるし焚き火でちょっとした調理も出来るように調理器具もそろえてある。野宿用としていつも所持しているものの、まさか今日使う事になるとは思ってもみなかったのだが……。

 焚き木となる枝や木材を拾い、炎の魔法で炙っただけですぐに火は燃え広がった。暖かさが心地よい。

 ほっと一息つく。思えばホワイトランを追われてからずっと緊張しっぱなしだった。別の領地内に入ったから追われる必要こそなくなったものの、これからどうすればいいんだと考えれば頭を抱えてしまう。

「……なんで俺が」

 常に頭にまとわりついていた疑問。

 ホワイトランの市民や衛兵の、俺を見る目が異質や汚らしいものを見るそれだった。俺の手を突いて切った衛兵。俺に向かってまた襲うんでしょ、と言ってきたイソルダ。

 手の傷よりも、詰られた言葉よりも、分からない事が多すぎてそれが逆に俺の心を余計混乱に陥れていた。

 ホワイトラン──囚人としての立場から自由の身になり、最初に世話になった都市。従士となってからは市民の手助けをしたりも、俺なりに尽力を尽くしてきた──つもりだった。

 それがまさか、自分が居ない間に濡れ衣を被せられるわ、衛兵は俺に間違いないと断言するわ……一体誰なんだ? 俺の顔を被った狐は? 

 衛兵だけでなく市民ですら俺に間違いないと思い込んでやがる。仮に百歩その考えを譲ってもだ、──どうやって俺に似せた顔を作る事が出来る? 姿格好は鎧を着込めばある程度誤魔化せても、顔を真似る事なんて不可能だ。

 ……いやまてよ、デイドラだったら? デイドラは本人の姿に化ける事も……けどデイドラが俺の姿を真似て何になる? 第一デイドラが数人──盗賊のような格好だったと言ってたな──引き連れてやってきたとして、人から金品純潔(?)奪ったとして何になる?

 確かにそういう人を貶めるデイドラも居るっちゃ居るが、俺が居ない間にそんな事をする、という点でおかしい。大概デイドラは害を加えたい本人に直接か、もしくは本人の目の前で行動を起こすのが基本であって、本人の居ないところで害を加えるというのは聞いた事がない。前例を聞いてないだけかもしれないが。

 辻褄が合わない。そう、合わないのだ。俺に似た人間が居る確率は若干高くても、それが俺の名前を騙り、ホワイトランを襲撃する確率は格段に低くなる──もしかして俺がドラゴンボーンだから? 

「あ〜〜〜〜、分からねぇ」

 思考を切って俺はベッドロールに横たわった。食欲すら沸かない。食べておかなければ体温を維持できず凍傷ないし最悪には凍死する可能性だってなくはなかった。けど心から拭えない不安がそれを押しとどめる。

 これからどうする……? ホワイトランを追われた以上、領地内を歩くのは捕まえてくださいと言ってるようなもんだ。

 二度とホワイトランに戻れない。捕らえられて無実の罪を服役という形で──しかしもしホワイトラン以外でも同じように俺の姿を騙った奴が襲撃したとしたら──

 背筋を冷たいものが走る。それこそヘルゲンで首を切られるのと同様の罪を被せられかねない。あの時も無実だった。そして今も……。

 それだけは阻止しなくては。黙って指くわえて見てる訳にはいかない。俺の信用を一瞬で陥れた奴を探し出さなくては。なんとしても。

 そう思い至った所で心が落ち着いたのか、ふっと力が抜けるように俺は眠りに落ちていった。

 その眠りは決して心地いいものではなかったが。

 

「……と、…じょうぶ……?」

「寝……みたいだ。………しないと……」

 ……声?

 微かに声が聞こえる。そして体が微かに揺れた。誰かが俺の肩を掴んで揺さぶっている。

「ん……誰、だ?」

 薄目を開けると、男がテントの中で寝ている俺の肩を掴み起こそうとしていた。テントの外に女の姿も見える。

「起きたか? あんた大丈夫か? 随分体が冷えていたから死んでるのかと思ったぞ」

 え?

 思わずがばっと体を起こす。途端に腕がじん、と麻痺したように痺れ、力が入らず再びベッドに倒れこんでしまった。

「おいおい、大丈夫かよ。俺達が見つけなかったらあんた死んでたぞ、焚き火もとっくに消えてたし」

 見たところ狩人のようだった。弓と矢を背中に背負い、軽装で毛皮を身につけている所からしてそう推測した。

「ああ……ありがとう。おかげで助かった」

 腕を引っ張ってもらい、なんとか上体を起こす。よろよろとテントから這い出ると、外に居た女のほうが木製の器をすっと差し出した。

「体が冷えてるなら内側から暖めないと。あったまったら温泉に浸かったほうがいいわね。いきなり温泉に入ると心臓がびっくりするわよ」

 はい、とやはり木製のスプーンを寄越してくれる。わざわざ作ってくれたのだろう。器の中身はどうやらシチューのようだった。鹿肉と羊肉を煮込んだもので、いい匂いが鼻腔をくすぐる。

 口に入れると熱さに舌がびっくりしたが、飲み込んでみると体にやっと栄養がしみこんでいくようでほっとする。思っていた以上に腹が減っていたようだった。

「おいしいかい?」

 気さくに女が話しかけてくる。思った通りの事を伝えてやると嬉しそうににかっと笑ってくれた。

「しかしあんた、見かけない顔だな。冒険者かい? 温泉地帯とはいえこんなとこで野宿とは頂けないな」

 傍らで女性からシチューを受け取りつつ、男の方が話しかけてきた。さてどう答えたものか。どうやら俺の素性は知らないようだ。

「……ああ、見ての通り冒険者だ。旅の途中だったんだが馬がくたびれちまってな。ここで休むしかなかったんだよ」

 荷物が少ないため、商人だとは誤魔化せない。彼らの言うとおり冒険者として言っておいた方が賢明と判断しそう答えた。

「そうかい、ここらも夜になれば冷え込むからな。テントだけじゃ夜風はしのげても凍える寒さから身を守る事はできないし。あんた命拾いしたな。あと1時間もすれば凍死してたぜ」

 特に詮索はしてこないのが有難い。

「全くだ。お二人には感謝だよ。命の恩人だ」

 大げさに言ってみると、二人はおかしそうに笑った。つられて俺も笑ってしまう。その時だけは嫌な事を忘れさせてくれた。

 シチューを数杯戴いたところでようやく体が落ち着いた。しばし談笑をしてから、彼らは荷物をたたんで狩りにいく準備をし、

「しばらく温泉に浸かってったほうがいい。俺達はここら一帯で狩りをしている。縁が合ったらまた会おう」

「ああ、達者でな」

 お互い挨拶を交わし、彼らは獲物を求めて何処かへ走っていった。去っていくのを見送った後、俺も荷物をまとめて馬の背中につける。太陽は正午を表すようにてっぺんまで上っていた。

 彼らの言うとおり温泉に浸かってから行くか。行動する時間はいくらでもある。今は体を休めたほうがいいと判断してのことだった。

 ブーツを脱ぎ、上から順に軽装鎧を地面に落とす。チュニックも脱ぐとさすがに日中でも気温が上がらないため鳥肌が立つ。慌てて温泉に入ると、じんとした熱さが体を突き抜けた。

 肩まで浸かるとそのじりじりとした熱さと硫黄のむせ返る匂いにうっとくるものの、体の冷えていた節々が弛緩されていくようで心地よかった。思わずああ、と声が漏れる。

 このままうとうと眠ってもいい……なんて思った矢先だった。

 誰かがこちらに向かって走ってくる。盗賊の星の守護を得ているため、姿を捉えなくても遠くから足音は耳に入ってくるのだ。

 足音はまっすぐこちらへ向かっているようだった。先程の狩人達ではない。足音は一人分だし、靴が立てる足音が微妙に違う。俺は温泉に座って浸かっている為、俺からも向こうからも互いの姿は見えない。こちらに向かって走ってくるのは馬がすぐ傍に立っているせいだろうか?

 俺は片手剣を引き抜き、そっと馬の影に隠れた。

 外にいる以上何が降ってくるか分かったもんじゃない。ドラゴンが襲ってくる事だってある。丸腰にならないよう、武器だけは帯びたままだった。

 馬の裏に隠れていれば、一瞬相手は俺が何処にいるか気づくのが遅れる。その隙に相手よりも有利な立場になるようにするしかない。

 ──こちらに向かって走ってきた足音は歩く音に変わった。しゅうしゅうと硫黄が吹き上げる音に掻き消されそうだったが、足音はもうすぐ傍までやってきていた。

 馬を狙っていた訳じゃないのか、足音が馬の横を通り、走ってきた者の影が見えた時──俺は瞬時に剣を相手の喉元に突きつけた。

「俺の命を戴こうって奴か? だとしたら甘かったな。両手を上げて武器を捨てろ。そうすれば命を奪う事は──」

 威圧するようにどす声で叫んだつもりだったが──相手を見て意外なことに思わず声が途切れてしまった。

 見た事のある者ではなかった。しかし意外だと思った理由は──女性だったからだ。

 相手は俺にいきなり剣を突きつけられたせいで思わず両手を上げていたが、俺の格好が裸同然だったせいか、視線をあちらこちらに動かしてはどこを見たらいいのか困っていた様子だった。その姿を見て妙だな、と思う。

 姿格好は一般女性が着るような衣服を着ているのではなく、鋲のついた軽装鎧を着込んでいたし、腰には短剣を装備している。顔はまあ、美人と言ってもいい程度の顔つきだった。金髪に青い瞳。ノルドのようだ──いやいや、姿格好の事が妙なのではないのだ。問題なのは一人で女性が何故俺の居る場所に向かって走ってきたのか、だ。

「あんた、誰だ? 何故ここに来た?」

 剣を突きつけたまま、再びどす声で威圧するように言ってみる。女は変わらず視線を彷徨わせていたが、俺の顔を見て何かを得たと思ったのか、やや怯えた感を残しながらも、

「……ジュリアン、さんですよね?」

 体が強張る。こいつは俺の事を知っている。……何者だ?

 ここでいいやと言っても何も変わらない。彼女が何をしに来たのか──探らなければならないからだ。

「そうだ」

 認めると、彼女は何かを納得するように数回頷いて見せた。

「やっぱり。私、貴方を追ってきたんです。貴方がイーストマーチ方面に逃げたと衛兵から聞いて。あちこち探し回って」

 ほう。

「……てことはわざわざ俺を衛兵に差し出そうって事か? そうする前にお前の首が胴体から切り離されて泣き別れする羽目になるぜ?」

 再び威圧するように吐き捨てると、彼女はそうじゃないというように首を縦にぶんぶんと振った。

「違います! 貴方に──私の仲間を助けて欲しいんです。このままじゃ彼は──」

「何のことを言ってるのかさっぱりわからねぇな。悪いが今の俺は誰かを助ける余裕はないんだ。他を当たってくれ」

 剣を向けたままでも怖気づかず、必死に話しかける姿勢は立派だったが──彼女の言っている意味はわからないし、今は自分で手一杯だ。どうやったら俺の瓜二つの奴を見つける事が出来るか──

「分かってます。貴方と同じ顔をした者が現れて、貴方は今濡れ衣を着せられてる。そうですよね? その同じ顔の正体を知っているとしたら、どうですか?」

 彼女が言った事はまさしく今俺が考えていた事と同じだった──そして彼女は“正体を知っている”? 瓜二つの顔を持つ奴の正体を?

 俺のはっとした顔を見て、こちらの興味を引いたと彼女は分かったのだろう、にっこり笑ってこういった。

「私、リズと言います。ジュリアン──いえ、英雄ドラゴンボーン。貴方に彼を止めてもらいたくてやってきました。話を聞いてくれますよね?」

説明
スカイリム二次創作第4章です。なんかあちこち変なところとかあるかもしれません。。でもまぁ、ゲームは18歳以上じゃないと出来ませんが小説は全年齢を目指してます。多分。
(小説内に出てくるキャンプキットはPC版スカイリムでのみ扱えるMOD「Camping Lite」を使用してます)
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