ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」05 |
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真っ白いアーチを描く柱が幾重にも続いている。
ルネサンス様式を模して造られた美しい校舎。半円窓から差す柔らかい光は、廊下に涼しげな影を落として幾何学的な陰影のコントラストを作っていた。
比較的新しい国であるクリスナ公国では、このバストロ学園の学舎は、同じく姉妹校であるシュゲント魔法学校のものと並び最古の建築物と言われている。
そのスタッコ壁特有の紋様が、魔術紋として白き壁の至る所に浮き上がっているのは圧巻の一言に尽きる。しかし、それでいて無駄な装飾はほとんどなく、学舎に相応しいシンプルなデザインの様式は、逆に神聖な情景を作り出す。その厳かな空気は魔女戦争で滅んだとされる神の学舎に似ていた。
それもそのはず、このバスロト魔法学園を造った聖騎士バストロは、元は『教会』の守護騎士であったという。そんな彼が、『教会』とは相反する魔道の園を造るに至るとは、それも歴史の悪戯と言ってしまうには憚られる曲折があったのだろう。設立から二百十年が過ぎてなお、バスロト魔法学園の学舎には魔道に臨む者を引きつけてやまない情景があった。
とは言うものの、その建築の素晴らしさなど、今現在その学舎に身を寄せる者にはあまり関係のない話で、エディとマリーナはやたらと背の高い廊下を、しずしずと共に歩いていた。教員室が並ぶ区画、他に廊下を行く者はおらず、ひっそりと冷たい空気が流れている。
このバストロ学園があるクリスナ公国はフランス共和国とスイス連邦、そしてドイツ帝国の三国に囲まれた、西ヨーロッパに位置する人口百万にも満たない小国である。
形としてはクリスナ大公が統治する君主国家ではあるが、その実情は欧州大陸の魔道、全てに糸を引く『魔道機関統制連盟』、通称『連盟』の魔法使いを養成する為だけにある国であるとまで言われている。
エディもその養成されている魔法使い候補生なのだが、バストロ学園に編入して早七ヶ月、その成果は未だに芽を出していない。
魔法学校を卒業すれば、『連盟』か、各国家の魔道機関の幹部になるという道が開かれる。しかし、それは同時に、魔法が戦争の道具となり戦況を左右する重要な因子になってしまった現在では、有事の際に戦争の前線に立つ軍力でもあるのだ。
だからこそ中途半端では魔法学園は卒業出来はしないし、学園内でも様々な勢力の思惑が渦巻き、他者の蹴落としなど日常茶飯事なのである。
しかし、成績が優秀とは言えないエディとマリーナには、そこまで緊張感のある世界という実感はない。よくて初等学校の延長線上との感覚が抜けきらないのが実際である。それは何も二人だけに限らず、序列の上位になれない多くの者に言えることかもしれない。
「重いね……」
静かな廊下を行く二人の足音は妙につたない。というのも、エディとマリーナは両手に山積みになるほどの書類を抱えているからである。
「何よ〜。どうして私たちがエクトラ先生の手伝いなんてしないといけないのよ〜」
「別に運ぶぐらい、いいんじゃ……ない?」
「もう、エディはいつもそうやって自分の内側で終わるのどうにかしたら? たまには大声で文句の一つぐらい言ってやんなさいよ」
「文句なんて、……ないよ」
「今の間は絶対あるでしょ」
「ううん。全部、私が不甲斐ないせいだから……」
エディの答えにマリーナは顔を歪めた。表情豊かで明るい彼女だからこそ、そういう悪感情を表に出すのは珍しいことだった。
マリーナはエディが不平をあまり漏らさない性格であることを指摘しているのに、本人はまた自分の魔法使いとしての実力の話と捉えてしまった。その後ろ向きなエディの考えがマリーナは気に入らないのだ。
エクトラ師に注意された件の原因については、エディの成績は全く関係がないはずであるのに、彼女はどうしてもその話題に囚われてしまう。エディのそんな性格に飽き飽きなのか、マリーナは溜息を吐いて歩みを速めた。
足早に行くマリーナを横目に、エディはふと窓から外を見た。
視界に映るのはヴォージェ山脈から連なる広大な雑木林と青い空だけ。上空にはコマドリが一羽飛んでいた。
(林が騒がしい?)
エディの『霊視』には、普段とは少し様子の異なる、わななくような気配を帯びた幽星気の漂いが視えた。そして林を包む霊子がざわつくのが聞こえる。
「エディ、何してるの? 行くよ」
「え? あ、うん。待ってそんなに急いで、わぎゃ!」
奇妙な声にマリーナは足を止めた。振り返り見れば、エディが見事に転び、手にしていた多量の書類が廊下一帯にぶちまけられていた。
「あなたね。何もない所で転ぶなんて、いつからドジっ娘になったのよ」
「私そんな属性ないよぅ。私は単なる出来ない娘だよ」
「あのね。そんなこと自分で言うんじゃないの。ほら、拾うわよ」
わざわざ自分が持っている書類の束を床に置いて、マリーナが散乱した紙を拾い集めるのを手伝ってくれた。
「ごめん……」
反射的にエディの口から謝罪が漏れた。途端にマリーナは不機嫌な瞳で睨みつけた。
「私の話、全然聞いてないでしょ。私も仕舞いには怒るよ」
「ご、……。うん」
学園で数少ない友人のマリーナとでさえこんな調子だ。エディの交友関係は、落ちこぼれと揶揄されているのを差し引いても決して広くない。
それはエディが山里育ちであるのにも原因があるのだろう。エディの故郷は、スイス南西部にあるウェアの町から更に数時間、山を登った所にある小さな集落だ。その集落にエディと同年代の子供はほとんどいない。周りは大人、それも高齢の人ばかり。実を言うと、エディとルームメイトであるマリーナは、エディにとって始めて接することになった友達なのである。
だからだろうか、エディはマリーナとの空気が悪くなるのをいつも恐れていた。その二人の関係は、明らかに対等とは言い難い。今も、落とした書類を拾ってくれるマリーナ相手に、どうしていいのかわからずに戸惑っている始末だ。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第一章の05 |
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