二人の大徳 無双と夢想
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 蜀の居城である白帝城。そこで一人の人物がその天命を全うしようとしていた。

 

「雲長……翼徳……じきに私もそちらへ行くぞ」

 

「殿、弱気になってはいけません。まだこの国は殿を必要としております」

 

「諸葛亮よ、その言葉は嬉しいがもう私にはそれに応える力も資格もない。怒りに我を忘れ、君主ではなく個人として動いてしまった今の私には、な」

 

 そう答えて彼は薄く笑う。それは自嘲の笑み。愛する義弟を失い、それが原因で多くの兵を死なせ、愛する民達を苦しめた事。それを彼は悔いていたのだ。それを分かっているのだろう。諸葛亮も返す言葉がない。

 何を言っても今の彼には届かない。そう気付いてしまったのだ。誰よりも先の戦での敗因を悟っているのが目の前で横たわる人物だと。故に無言でその言葉を聞こうとした。これから言われるのは仕えると決めた相手の最後の言葉になるだろうと思って。

 

 それを彼も理解した。小さく「此度はすまぬ。願わくば劉禅の事を支えてやって欲しい。だが、もし暗愚ではあれば全てはそなたへ託す」と告げたのだ。それに諸葛亮はただ一言「御意」と返した。言いたい事はある。だがきっと言っても彼はそれに頷かない。長年の付き合いでそれを悟った諸葛亮はそう判断したのだ。

 諸葛亮の返事に安堵するように笑顔を浮かべて彼は目を閉じる。彼の名は劉備玄徳。大徳と呼ばれた蜀漢の初代皇帝。後の世で仁君と評され、多くの者から慕われる事になる人物。その最後だった。

 

(結局、あの桃園での誓いは守れなかったか。雲長も翼徳も私を置いて行ってしまった。願わくば、来世ではあの誓いを守りたいものだ……)

 

 劉備は唯一の心残りである事を思い出しながら息を引き取った。だが、彼の人生はこれで終わりではなかった。その今わの際に抱いた願い。それが思いもよらぬ縁を引き寄せる。いや、正確には送り込まれる事となる。

 彼が望んだ平和な大陸。民達が安心して暮らせる国。それを叶えさせるように不思議な力がその身を導く。正史で敗れた英雄の願いを果たさせんとするかのように。無限の可能性の世界、外史。そこで大徳の新しい人生が始まろうとしていた……

 

 

 

「ん……」

 

 劉備は背中に感じる妙な感覚で目を開けた。まず最初に見えたのは青空と白い雲。そして見慣れたはずの白帝城の景色ではない光景だった。

 

「ここは……どこだ?」

 

 ゆっくりと起き上がり周囲を見渡す。そこは荒野だった。それ以外に表現のしようがないため、劉備は現在位置を把握する事を諦めた。そして別の事を考え始める。そう、彼の体が軽かったのだ。まるで義勇軍として関羽や張飛と立ち上がった頃のように。

 と、そこで劉備は己の手を見てある事に気付いた。見慣れている老いた状態ではなかったのだ。慌てて彼は顔を触る。そこにもシワのようなものはない。そこで劉備は完全に訳が分からなくなった。何故自分が若返っているのか。どうして外にいるのか。全てが理解を超えていたのだから。

 

 そんな混乱する劉備の場所へゆっくりと近付く者達がいた。それは三人の女性。優しそうな雰囲気の女性と黒い長髪で偃月刀を持った女性。それと蛇矛を持った小柄な少女だった。彼女達は劉備の姿を見て足を止めた。

 

「あれ? あの人何か困ってるみたいだね」

 

「そのようですな。見れば身なりはしっかりしているようです。……どこかの役人か貴族でしょうか?」

 

「にゃ? その割には一人なのだ。ちょっとおかしくないか?」

 

「そう言われればそうだねぇ。よし、とりあえず声を掛けてみよう。お〜い!」

 

 その呑気な声で劉備が意識を女性達へ向ける。だが、その目がある物を見つけて見開いた。

 

―――せ、青龍偃月刀に蛇矛、だと……?

 

 女性達の所持する武器。それが彼の義弟達のそれとそっくりだったのだ。この世に二つとないはずの物が目の前にある。それに劉備は驚きを禁じ得なかった。その彼の前まで一人の女性が駆け寄ってくる。その豊かな胸元を揺らし、彼女は劉備へ問いかけた。

 

「お困りのようですがどうかしました?」

 

「あ、その、信じてもらえぬとは思うのだが、気がついたらここにいたのだ。それでここがどこか分からぬため途方に暮れていた」

 

「気が付いたら?」

 

「……ああ」

 

 女性が不思議そうに小首を傾げるのを見て照れながら劉備は頷いた。だが、その目はしっかり女性の反応を見ていた。自分の告げた話を疑う事もせず、どういう事かと考えている反応を。そこから劉備は女性が優しい性格だという事を感じ取っていた。

 彼が逆の立場でも同じ事をしたが、それがそう簡単な事ではないのを誰よりも知っているのも彼だった。すると、そこへ残る二人の女性も近付き、劉備の姿を見て小首を傾げる。

 

(何故だ? この男の雰囲気、どこかで感じた事があるような……)

 

(うにゃ? こいつ、どこかで似たような感じの奴と会った気がするのだ……)

 

 劉備の持つ雰囲気。それが二人の何かを刺激する。どこかで感じた事がある。それを思い出そうとする二人。そんな時、今まで考えていた女性が急に大きな声を出した。

 

「あっ!? もしかしたら……天の御遣い様ですか!?」

 

「「「天の御遣い……?」」」

 

「はいっ! 予言で乱世を終わらせてくれる存在だって言われている方です。この辺りに現れるらしいって聞いて、私達はここへやってきたんですよ」

 

 女性の説明に劉備は恐れ多いと感じて両手を横に振った。自分は天の御遣いなどではないと。そこでまだ名乗っていなかった事を思い出し、それを告げれば誤解も解けるだろうと彼は考えた。これがある意味での肯定になってしまうと知らずに。

 

「名乗るのが遅くなってしまったな。私は劉玄徳と言うのだ。これで天の御遣いなどではないと分かってもらえただろうか?」

 

「へ〜、貴方も劉玄徳って言うんですね。私も劉玄徳って言うんです。性が劉、名は備、字が玄徳です」

 

「なっ……それは本当か?」

 

「? ええ、本当ですよ。凄い偶然もあるものですねぇ」

 

 のほほんと答える女性へ劉備は信じられないと思って問いかける。蜀はどこかなどから始まるいくつもの問いかけを。それらに女性達は困惑していく。唯一答える事が出来たのは、現在地ぐらいだった。そこまで来て劉備はまさかと思いつつ女性達へある事を確認する事にした。

 

「最後に聞かせてもらいたいのだが……」

 

「何ですか?」

 

「もしや、そちらの黒髪の女性は関羽と言う名前で、そちらの少女は張飛と言う名前ではないだろうか?」

 

 その言葉に三人が一斉に息を呑んだ。それだけで劉備は何かを察した。関羽と張飛にはこんな娘はいない。であればその得物を託すはずもないし、尚且つ自身と同じ名前の存在がいるのだ。つまり、ここは自分が生きていた時代ではない事を。

 その瞬間、劉備の脳裏に一つの説話が浮かんだ。胡蝶の夢と呼ばれるものだ。ある人物が蝶になって飛ぶ夢を見た。だが、果たしてそれが本当に夢なのか。それとも現実なのかは誰にも分からないというもの。

 

(もしや、これはその一種なのか? 私は死したために別の世界へ導かれた夢を見ているのかもしれぬ。私達が叶わなかったあの誓いを果たす事を別の私達へ託すために)

 

 劉備がそう考えるのと三人が我に返るのはほぼ同時だった。

 

「そなた、劉備と言ったな?」

 

「ああ」

 

「……騙り、のはずはないか。姉上の名前を騙っても益は得られまい」

 

「じゃ、やっぱりこの人は天の御遣い様?」

 

「その可能性は高いでしょう。我らの知らぬ名前に知らぬ国名。更には我らの名を言い当てた事。これだけあれば十分です」

 

 その言葉に劉備は反論しようとするが―――出来なかった。この後起きるであろう事を知っている自分は確かに天の御遣いとも呼べるような存在と思えたからだ。劉備が沈黙したのを見て最終確認と考えて黒髪の女性が問いかけた。

 

「それに、そなたは真名を知らぬであろう?」

 

「まな?」

 

「やはりか。これで確証も得られました。劉備殿、真名とは許した者以外は決して知っていても呼んではならぬ名で、もし呼べば殺されても文句を言えぬものなのです」

 

「そうなのか。しかし厳しい決まりなのだな。迂闊に呼べば殺されても仕方ないとは……」

 

 劉備の呟きは三人からすれば成人の言う内容ではなかった。それも余計に彼の異常性を示している。と、そこで彼女達はある事を思い出した。まだ完全な自己紹介をしていない事を。

 

「愛紗ちゃん、鈴々ちゃん。えっと……何て呼んだらいいですか?」

 

「ああ、そうだったな。私とそなたの名は同じか」

 

「呼び方については後で決めましょう。まずは自己紹介を。私は性は関、名は羽、字が雲長です。それに真名は愛紗と言います」

 

「っ!? 大事な名を私へ名乗ってもよいのか?」

 

「桃香様と同じ名を持ち、天の御遣いであると考えれば何の躊躇いもありません。それに、真名で呼んだ方が貴方の心を安らげられるかと思いまして」

 

 愛紗の言葉に劉備は思わず返す言葉を無くした。関羽と呼ぶ事になれば嫌でも義弟の事を思い出す事になり、加えて愛する義弟と同じ名前で別人を呼ばねばならなくなる。それを愛紗は気遣ったのだ。

 その寛大な配慮に劉備は感じ入っていた。大事な名を初対面の相手へ呼ばせる。それがどれ程愛紗にとって大きな事かを考えて。

 

「愛紗殿、そなたの優しい心遣いに心より感謝する。この劉玄徳、その恩に必ずや報いてみせよう」

 

「……桃香様と違って大分勇ましさもお持ちのようだ」

 

「愛紗ちゃん、何か言った?」

 

 劉備を見つめて愛紗が思わず感心するように呟いた言葉。それに桃香が不思議そうに小首を傾げる。それに愛紗は慌てて何でもないと否定する。そんな中で劉備は残る一人の名前を聞いていた。

 

「鈴々は性が張、名が飛、字が翼徳なのだ! 愛紗も許したし、鈴々も鈴々って呼ぶのを許してあげる」

 

「そうか。ならば鈴々、そなたの心遣いにも感謝する。この恩、決して忘れないと誓おう」

 

 鈴々の愛らしい雰囲気に微笑みながら劉備ははっきりとそう告げた。どこか偉そうな口調は張飛そっくりだと感じたのだ。その劉備の表情に鈴々は疑問符を浮かべるも、すぐに嬉しそうに笑顔を返した。

 

「お兄ちゃんって不思議なのだ。全然顔は似てないのに桃香お姉ちゃんと似てる気がするのだ」

 

「……言われてみればたしかにそうだね。やっぱり名前が同じだから?」

 

「かもしれぬ。さて、私の呼び方を考えねばならぬな。このままでは周囲に混乱される」

 

「そうですね。私は桃香って呼んでもらうとして、御使い様って呼ばれるのも嫌ですよね?」

 

 桃香の問いかけに劉備が申し訳なさそうに頷いた。彼の中では天の御遣いとの扱いは仕方ない部分が多い。なのでせめて周囲からの呼び方ぐらいはそうでないものがよかったのだ。それを察して頭を抱える桃香へ愛紗が苦笑しつつ口を開いた。

 

「それですが、立場上劉備殿は天の御遣いとなります。なので我らの主人と言う事で主と呼ぶのはどうでしょう?」

 

「鈴々はお兄ちゃんでいいのだ。ね?」

 

 鈴々の確認に劉備は父親の如き笑みで頷いた。それに鈴々も笑みを返す。

 

「主、ねぇ。なら私はご主人様とでも呼ぼうかな?」

 

「それは遠慮させて欲しい。せめて主殿では駄目だろうか?」

 

「それじゃあ御使い様って感じがしないですよ〜。あ、じゃあじゃあ主様ならどうです?」

 

 桃香の名案といわんばかりの表情に、劉備は一瞬面食らうもすぐに苦笑と共に了承した。そこが妥協点かと理解したのだ。こうして呼び方も決まり、四人は早速とばかりに動き出す。まずは近くの街か村でゆっくり話をしようと相成って。

 歩きながら劉備は思う。桃香達三人がこれから立ち向かわねばならない幾多の戦い。それがもし自身の知るものと同じではないとしたら果たして力になれるかと。それでも彼は歩みを止めない。そう、ならばあの頃と同じになるだけだと思い直して。

 

―――雲長、翼徳、すまぬ。お前達の元へ行くのはもう少し後になりそうだ。私はここで桃香殿達と共にお前達と目指したものを掴んでみようと思う。……あの時のような悲しみを繰り返さぬために。

 

 そう誓いを立て劉備は行く。彼は知らない。ここで彼を待つのはあの三国時代とは大きく異なる流れなのだ。名前を知る者達がほとんど女性となっている世界。そこで劉備は再び太平の世を目指して奮戦する事になる。

 無双の大徳と夢想の大徳。二人の仁君が出会った時、この外史の結末は誰にも分からぬものへと変わっていく。それもまた一つの可能性。理想だけを見つめるしかなかった大徳は、現実の中で足掻いてきた大徳とどんな世を描くのだろうか。それはまだ誰にも分からない……

 

 

 

 

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真三國無双の劉備が真恋姫夢想の劉備達と出会ったら面白いかな。そんな思いつきで書いてみました。なので今の所続きは考えてません。

 

劉備の能力は全てが無双ゲームに準じさせますので恋姫世界でも通用すると思います。無双乱舞とかなんて反則ですから。まぁ使う事なんて早々ないと思いますけど。

説明
夷陵の戦いの後、劉玄徳は病に倒れ白帝城で床に臥せる。
彼の中に湧き上がるのは激しい後悔と無念。そして二人の義弟への想いだった。
死したはずの彼が目を覚ました先、そこは白帝城ではなかった。
そこから始まる新たな人生。果たしてその結末はどうなるのだろうか?
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コメント
正史の劉備は傭兵隊長としては凄く有能なのですが。 部隊を率いるのなら曹操に継ぐと思われますが(翠湖)
始めまして。正史や演義の劉備なら絶対活躍出来ないと思うけど、真三國無双の劉備なら大活躍間違いなし。続き期待してます。(陸奥守)
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真三國無双 真恋姫夢想 一刀は出ません 

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