Recollection of Walkure |
雷神の鉄槌によって貫かれ、色鮮やかな光の粒となって消える瞬間―――私は、愛する人との出会いを思い起こしていた。
あれはいつのことだったろうか。
あの人のためなら、心も、体も……信念ですら、差し出せた。
たとえ親友をこの手で殺めようとも、あの人の力になりたかった。
あれは、確か―――
………………
…………
……
―――それは大地から流れ出す、川の渓流のような旋律。
指は意識せずとも鍵盤をなぞり、詩を紡ぐように音が生徒会室へと溢れ出す。
星見学園生徒会室。
私こと、((雨宮|あまみや)) ((綾音|あやね))は日課である昼食前のピアノを弾いていた。
幼少の頃から幾度となく弾いてきた曲『Princess melody』を奏でながら、そろそろ『あの二人』が来る時間だろうと推測する。
一人は、((鈴白|すずしろ)) なぎさ―――私の親友の一人であり、臆病だが、まっすぐで朗らかな性格をしており、からかいがいのある女の子。
幼馴染である皇樹くんに恋心を抱いており、陰で及ばずながら私も協力したいとは思っているのだけれど……皇樹くんの朴念仁さと、なぎさの臆病な性格も相まってか、恋が成就する気配は見えないのが悲しいところである。
個人的な見解では、皇樹くんの意識が変わるとあの二人の関係も劇的に変かすると予想している。ただ、今なぎさが皇樹くんへ告白しても、なぎさ以外のものを『見過ぎている』皇樹くんでは、なぎさの気持ちは受け止めきれないだろう。
そしてもう一人の親友―――((里村|さとむら)) ((紅葉|もみじ))。
性格は大胆不敵で唯我独尊。裏表がはっきりして、仲の良い友人には人懐っこく素直だけれど、気に入らない者に対してはドライな対応で、それでも踏み込んでくる相手には毒舌で押し返すという、少々苛烈な性格の女の子。
こちらも私見なのだけれど、男を狂わし、惑わせる『小悪魔』気質が見え隠れしている部分を感じる時がある。もし紅葉自身がこれを意識し始めた時、世の男性は紅葉によって骨抜きにされるでしょうね。
……もっとも、紅葉が男を手玉にとっている姿を見ることなく、私がこの世界から消え去ることになるかもしれないのだけれど。
……………
………
……
有塚陣、という少年に((始まりの大地|イザヴェル))へと招待されてから数日が経つ。
((最終戦争|ラグナロク))という((召喚せし者|マホウツカイ))同士によるバトルロイヤルが行われるということ。
有塚陣に((始まりの大地|イザヴェル))へと誘われたのは、黒スーツを着こなし、サングラスをかけた長身の男、学園でも何度か見かけたことがある少女、そして……私の親友の一人である紅葉だった。
あの陣という少年の言うことが正しければ、((私|マホウツカイ))たちはたった一人になるまで、自らの存在をかけて戦わなければならない。
もちろん、このままいけば((召喚せし者|マホウツカイ))であり、親友である紅葉とも戦うことになる。
まず、有塚陣は能力もさることながら、恐らくあの自信に見合うほどの能力は持っているのだろう。
だが、それを扱う中身のほうは、年相応の幼稚で自己陶酔に陥った未成熟な思考、というべきか。
もっとも、“人を見る眼”だけは確かなようだけど。
そしてあの中で最も警戒しなければいけないのは、長身のスーツの男だろう。
纏っている雰囲気、目線、立ち振る舞い……幼少の頃から両親から作法を学んでいた私だからこそ、分かってしまう。あの男は危険だ、と。
まるで、そう―――死神、というべきか。
それに比べれば有塚陣、白髪の女生徒などは取るに足らないだろうと思える。
もちろん油断は大敵だ。自らの存在を守るために、慢心などはしてはいけない。((常に全力で|appasionato))、だ。
音の交響曲を奏でながら、私は((召喚せし者|マホウツカイ))になった時を思い出す。
私が((召喚せし者|マホウツカイ))になったのはただの偶然だった。
いつものように星見公園に作曲作業をしようと、芝生の上にシートを敷こうとしていた時だった。
足元に何か光るものがあったため、屈んでそれを拾い上げてみると、ルビーのような赤い宝石があった。それを拾い上げると、その宝石はまるで私の体に吸い込まれるようにして消えた。
そして、私は((召喚せし者|マホウツカイ))になった、というわけだ。
その力を得た代償として、今に至る。
本当、どうすればいいのかしらね……
私も自分の命は惜しいし、将来は両親のような世界的に有名なピアニストになりたいと思っている。
だけど、大事な親友を手にかけてまで、それは掴むべき((勝利|未来))なのか、と。
……分からない。
私には戦う力がある。
実践経験は無いが、他の((召喚せし者|マホウツカイ))からすれば圧倒的な能力だとは思う。
ただ、戦う意思が無いのだ。正確に言えば、覚悟が無い、と言うべきか。
特に不便ない暮らしと、なぎさと紅葉という、親友二人と過ごす日々に満足している私からすれば、((最終戦争|ラグナロク))に勝ち、究極魔法とやらを手に入れたとしても、何を望めばいいのか?
ドアの外が騒がしくなり、紅葉の甲高い声がこちらまで聞こえてくる。
どうやらあの二人が到着したらしい。
沈んだ思考をふり払うように、目を瞑り、ただ音の世界へと、深く同化していく。
「かいちょ〜、お邪魔しま〜す!」
紅葉の能天気な声に続き、生徒会室のドアが開く音が耳に届く。
だけど指を休めることはなく、旋律の世界を構築するため、鍵盤へと指を滑らせていく。
コツコツ、と足音が……1つ、2つ……3つ?
いつもより一つ多い。紅葉かなぎさが誰かを連れてきたのかしら?
恐らく後者だとは思うのだけれど。
だって、紅葉が誰かを紹介してきたことなんて、今までに一度も無かったのですもの。
と、なると自動的になぎさが連れてきたことになる。
もしかして今日転校してきた皇樹くんかしら?
ふふっ、紅葉の手助けでここまで連れてきたのだろう。今回ばかりは紅葉のお手柄ね。
……ここだけは私の日常なのだ。
((召喚せし者|マホウツカイ))も、((最終戦争|ラグナロク))も関係ない、私の陽だまりであり、私の憩いの場。
「かいちょ〜! 今日もお昼食べに来たよ〜」
その声に、私の世界を構築していた指を止め、ゆっくり目を開けていく。
「――――――……」
「……っ」
あら、見慣れない顔ね。
紅葉となぎさの後ろの男子生徒が、息を呑んだ様子で私を見つめているのが目に入った。
細身だが、しかりと筋肉はついており、男らしさを感じさせる体格。
全てを見通すような澄んだ茶の入った切れ長の瞳。子供らしさと男らしさを兼ね備え、どこかアンバランスな印象を受ける。容姿から言えば、まずまずと言ったところだろうか。しかし、私は彼に見覚えはなかった。転校生かしら?
「相変わらず、((演奏者の機微|brillante))を理解してくれないのね貴女は……」
呆れたような私の言葉に、紅葉は口を尖らせ自分のせいじゃないと言うように反論する。
「そんなの、お昼時に私達が来るのを知ってて弾いてるかいちょーが悪いんじゃん」
「紅葉はもう少し、((優美でお淑やか|grazioso))な言動をするべきだと言っているのよ。女の子として、ね」
そうなれば『小悪魔気質』とも組み合わさり、ますます紅葉の女性としての魅力は輝きを増すことになるだろう。
一体、何人の男性が泣かされることでしょうね。
訪れるか定かではない未来を想像しながら、紅葉によって泣かさるであろう男性達を憐れんでおく。
……せめて、夢を見ることだけは許してほしい。
ずっと親友二人と、この生徒会室で過ごすことができる。そんな、夢を。
「かいちょーはいちいち細かいコト気にしすぎなんだよ。着飾るのは、身体だけで十分だってば」
「今日もお邪魔します、会長」
ぺこり、と背筋を伸ばしながら、小さく会釈を返してくるなぎさ。
それよりも―――
「あら……珍しいのね、紅葉。今日は男の子のお客さんも一緒なのかしら」
ボーっと突っ立ていた男子生徒へと視線を向け、私は椅子から立ち上がり、彼へと微笑みかける。
「あ……っと……」
彼は困ったように頭をかき、言葉を吐き出そうとしてるが言い淀んでしまう。
あら、照れてるのかしら。うふふっ。
「うん。転校生の、芳乃れーじっていうの。生徒会室で一緒にご飯食べようって誘って来たんだ」
どうやら((あの|・・))紅葉が彼を誘って来たらしい。
男性になびくことはなく、というよりも辛辣な態度で接しており、言い寄ってきた男性にはきつい言葉を浴びせる紅葉がだ。
……明日、空から槍が降る覚悟をしておこうかしら。
「へえ……紅葉が男性になびくなんて、珍しいわね。
……私は雨宮 綾音。よろしくね、((零二くん|・・・・))」
「あ、ああ。よろしく」
零二くんに向かって手を差し伸べると、彼は一瞬どうしたものかと戸惑った後、慌てて私の手に触れてきた。
少しだけ手汗を感じたことから、彼が緊張していることが伝わってくる。
紅葉が連れてきた男の子だから、何かあるのかしら……とは思ったものの、特に他の男子生徒と変わりない印象を受けた。
そう、変わりはない―――どの生徒も私を慕いながらも、特別視し、決して近づいては来ない。
あまりにも自分達とかけ離れた存在に、委縮しちゃうんですよ、とはなぎさの談。
自分としては皆と変わらないつもりでいるのに……私もあなたたちと同じ、一人の人間なのに。
「先輩はなんと、三年生にして現生徒会長でもある天才音楽一家のカリスマピアニストなんだよ」
補足するようになぎさが私のプロフィールを零二くんへと説明する。
「なるほど。道理で、凄いわけだ……」
零二くんは感心したように呟く。
やはり彼も今まで出会ってきた人たちと同じように……見えない壁を作って、私に近づいてこないのかしら。
「私の家系はたしかに音楽一家だけれど、私自身はまだ未熟者にすぎないわ。そんな肩書きで、印象を底上げしようとするのは望ましくないわね」
あくまでも“肩書き”なのだ。私自身の魅力でも、軌跡でもない、与えられたもの。
そんなものには価値はなく、与えられたものをどう使いこなすかによって、本当の価値が決まると私は思っている。
だから私はまだまだ未熟者で、与えられ物にすがっている子供なのだ。
学園のみんなとなんら変わりのない、恋さえしたことがない((初心な女の子|・・・・・・))だというのに。
「とまあ、成績は三年間学園トップでスポーツも万能。その上こんな美人で、謙虚と来たもんだ」
やれやれ、と少しだけ嫌味も混ぜながらなぎさの説明を補足する紅葉。
その言葉を引き継ぐようにして、なぎさが説明を続ける。
「だから当然の帰結と言えるけど、先輩は生徒会選挙で前代未聞の三年連続支持率99パーセントなの」
「三年連続……?」
不思議そうな表情を浮かべ、芳乃くんは聞きかえす。
「そうだよ。一年生でかいちょーってのも十分凄いけど三年になっても、代わりの人はいないだろうって事で先生にまでお願いされて、就任したんだよね」
「学園のほぼ全員が会長の就任を願ってたから、会長も断れなかったの」
「ふふっ。人間として未熟とはいえ、それだけみんなに慕われていたら、簡単には断れないでしょう?
もっとも、あんな大挙して頼まれれば断るに断れない状況だったんだけれども、と心の中で苦笑する。
「ははっ……そうかもしれないですね」
零二くんは微かに微笑を浮かべながら、同意の意を示した。
その表情は落ち着いた大人のような笑みの中に、守ってあげたくなるような子供っぽさも内包しているように感じられた。もしかして紅葉はここに惹かれたのかしら。
なら、少しだけ、からかってみましょうか。
「零二くん、だったわよね? 歓迎するわ。ようこそ星見学園生徒会室へ」
「うっ……」
ニッコリと彼へと微笑かけると、不意を突かれたように零二くんは赤面してしまった。
普段はここまでしないのだけれど……たまにはなぎさではなく、紅葉をからかうためですもの。利用することになってしまって、ごめんなさいね、零二くん。
と、心の中で彼に頭を下げておく。
「ちょっと、かいちょーっ! れーじは私のなんだから手ぇ出さないでくださいよっ」
私の目論見通り、紅葉は獲物を取られた肉食獣のように焦ったような声を上げる。
「あら? 私は別に色目なんて使って無いわよ。ねえ? ((零二くん|・・・・))?」
と、わざととぼけるようにして、ウインクしてから、零二くんへと流し目で視線を送る。
「あ、ああ」
「と、とにかくダメだったら! 離れろこらぁ〜っ!」
そんな私の様子に、紅葉は駄々っ子のように腕をぶんぶんと上下に振り上げ、私と零二くんの間へと侵入してくる。
あらあら、これは予想以上に彼にお熱のようね。一体、どういう経緯でここまで彼に好意を抱いたのかしら。
「意中の男性を奪われたく無ければ、他人を貶めるのではなくて、まず自分を磨き上げるべきよ?」
「うっさい! それはこれから頑張るんだよっ!」
ガルルルと、まるで獣のように餌を―――いえ、これは雄を奪われないように同じ雌である私へと威嚇してくる
ふふっ、紅葉が男性を取られまいと嫉妬してくるなんて、想像したこともなかったわ。
「まったく、なぎさの事が大好きなのに、何でそんなに口が悪いのかしらね、紅葉は……」
少なくともこれを直すだけで、大分人間関係は広がるとは思うのだけれど。
「自己の意思で言葉を着飾ってこそ、自らの思考を正確に相手へ伝える事ができるのよ? それを怠るから、紅葉はいつも他人から誤解されてしまうんじゃない」
「うるさいなぁ、かいちょーは……いいじゃん、別に。興味無いその他大勢に媚び売る必要なんてないし」
そんな私のアドバイスに紅葉は口をへの字にさせて、ばっさりと切り捨てる。
それが彼女のよいところでもあり、悪いところでもあるのだけれど……もう少し、その攻撃的な性格は抑えたほうがよいのではないかしら。
「まあまあ二人とも。それより、早く昼食にしようよ。そうしないとお昼休み終わっちゃうよ?」
口論を重ねている私と紅葉をとりなすようにしてなぎさが声を上げる。
「そうね。紅葉は捨て置いて、お昼にしましょう」
納得のいかない表情の紅葉から意識を外すと、テーブルへ移動する。
……後ろから零二くんから視線を感じる。
これでも女の子ですもの。殿方の熱い視線は悪くない。
ただ、私の特別になるかどうかは別なのだけれど。
「今、この学園の生徒会業務は、実質生徒会長が全て一人でこなしてるの。だから生徒会室は先輩の部屋みたいなものなんだよ」
「なるほどな……だから、好き勝手に使ってるわけか」
「まあ、その程度の特権は使わせてもらわないとね。もちろん代わりに生徒会の仕事は全力でやらせてもらっているわよ?」
本来ならば各委員会の委員長、書記、副会長など、10人ほどの役員がいるはずだった。
ただ、私は“自分一人でやったほうが効率がよい”と判断し、業務を一人でこなしている。
一応、各委員会の委員長はいるのだが、名前だけの存在で、執行部のメンバーも副会長は紅葉、書記はなぎさという肩書きだけの部員がいあるだけだ。
「……ま、お固いイメージはあるけど、かいちょーは話も解るからね。私達は生徒会のメンバーって事で、名目上だけは生徒会役員だから、出入り自由なんだ」
いつまでも怒っていても仕方ないと感じたのか、すぐさま切り替えた様子の紅葉がわざとらしく、私と零二くんの間へとどかりと座りこみ、補足した。
「でも、いいのか? 俺は生徒会メンバーじゃないのにこんなところで飯を食って」
「だからだから、れーじが入ればいいんだよ、生徒会! 役職貰うだけで、後は何もしなくていーんだから」
それはあまりにもぶっちゃけすぎじゃないかしら、紅葉?
と、思わず苦笑を浮かべてしまう。どうせなら大きな行事前には少し手伝ってほしいのだ。
「かいちょー、別にいいよね? まだポスト余ってるし」
「ええ、構わないわ。……それに、私の仕事を手伝ってもらうのを口実に、二人きりにもなれるしね」
「んなっ……!?」
「まだ紅葉と付き合っているわけでは無いんでしょう? なら、私にだってそのくらいの権利はあるはずよ」
先ほどの仕返しとばかりに畳みかけるようにして紅葉を責める。
見ると、うっすらと目の端に膜が張ってあった。いじめすぎたかしら?
「会長〜、あんまり紅葉をいじめないでやってください」
「あら、私だって女の子なのよ? ずっと男っ気の無い女三人の学園生活だけじゃ、潤いが足りないわ」
バスケットからサンドイッチを取り出しながら、半分冗談半分本音の答えを返す。
「たとえ零二くんが誰を好きになっても自由なんだし、今は私達が全員フリーなのも事実でしょう?」
私はもちろんのこと、紅葉は男性に対しては下手に出ることなく、それどころからきつい態度を取り続けている。
なぎさは皇樹くんに好意を抱いているものの、奥手な性格のためか踏み出すことが出来ず、といった状況だ。
だから、男の気配は皆無、と言うのは過言ではない。
「か、会長〜っ」
「ふふっ。どちらにせよ歓迎するわ。あとは零二くんの意思次第ね」
本来ならばここで紅葉の提案をやんわりと断り、彼を追い返すところだった。
だけど、せめて紅葉と零二くんの間に恋が実るようにと……友人として最後であるかもしれない手助けをしたかった。少しの間にでも“恋”という未知の感情を知ってほしかった。
たとえ―――いつか私が紅葉と命を奪い合う関係になったとしても。
「まあ、これだけの好条件を出されれば、断る道理は無いですよ」
やれやれ、と口元に苦笑を浮かべながら、
「よろしくお願いします、雨宮先輩」
と、零二くんは私に向かって頭を下げてきた。
……そうだわ。彼を試してみましょうか。
もっとも、今までの男性達と同じように、私に対して遠慮してしまうのだろうけれども。
でも、((あの紅葉|・・・・))が選んだ男性なのだ。万が一、ということもありえる。
ほんの少しだけ希望を持ちながら、私は彼に一つ提案をしてみる。
「ふふっ。これからよろしくされるなら、敬語なんて少々畏まりすぎじゃないかしら?」
「まあ、でも先輩ですから」
「あら、私はたかだか一歳の年の差なんて振りかざすつもりは無いわよ? ……それに、未来の旦那さまなんだから遠慮は不要よ、((零二くん|・・・・))?」
あくまでも私は紅葉の“((道化師|キューピット))”。
私が未だに知らない恋を知った親友である紅葉のために、せめてもの手向けであるのだから。
これで私に対抗して紅葉がもっと積極的に彼へとアプローチを重ねれば……
「ははっ。そいつは光栄だな……それじゃ、雨宮って呼ばせてもらうよ」
―――え?
心の中で何かが弾けた音がした。
それはどんな音楽よりも甘美で、優雅で、そして―――心に響く旋律だった。
心の中を悟られないようにして、平静を装うため、全ての神経を集中して顔の表情を固定する。
見ると、紅葉となぎさも口を開け、驚いた表情を浮かべていた。
それはそうだろう。だって……私を相手に、それも年下である男の子が、そんな親しく呼んでくれることなんてなかったから。
声が震えないよう、喉の奥底から絞り出すように言葉を続ける。
「ええ。なんなら、名前で呼んでもらっても構わないわ。……そう呼び合うような関係になるのも、悪くないんじゃないかしら」
「な、なによそれ!? ちょっと、馬鹿いちょーっ! 勝手にれーじを((旦那|こいびと))扱いしないでよっ!!」
たまらず声を上げ、体全体を使って私へと抗議の意思を示してくる紅葉。
「まあまあ、これで芳乃くんと一緒に昼食できることになったんだし……」
「そ、それはそーだけど……」
だけど、私には二人の声も、表情も、目にも、耳にも入ってこない。
だた、目の前の―――((愛しの人|零二くん))へと注がれていたのだから。
先ほどまでただの後輩だった男子生徒は、今や私の心の大半を占める存在へと昇華していた。
これが恋……というものなのかしら。熱く、胸が苦しくて……だけど、心地よい、そんな曖昧な感覚に包まれる。
彼の声が愛おしい。
彼の一挙一側が愛おしい。
彼の―――((存在自体|すべて))が愛おしい。
私の気持ちを聞いたとき、もしかしたら彼は驚くかもしれない、“たったそれだけで人を好きになるのか”と。
だけど、あなたは初めて、私を見てくれた。向き合ってくれたのだから。
「改めて、星見学園生徒会にようこそ、芳乃 零二くん」
「ああ。よろしく頼む、みんな」
私の中で一つの炎が宿る。
この、((最終戦争|ラグナロク))を戦う理由が出来た。
((紅葉|親友))と戦い、どちらかが脱落し、彼女と会えなくなるのは非常に心苦しいし、つらいものがある。
だけど、“零二くんと会えなくなること”のほうが私にとっては何よりも耐え難い苦痛なるのだから。
「ついに生徒会に四人目のメンバーが出来たのかぁ……それじゃ、改めてよろしくね、芳乃くん!」
「う……嬉しいような危険なような、複雑な心境……」
「ふふっ。これから、楽しくなりそうね」
その言葉に嘘はない。彼と過ごす日常―――それが私の何よりの生きがいとして深く心に刻まれた。
零二くんのためにも、彼だけの((戦乙女|ワルキューレ))として、愛しの人を守り通し、この戦争で勝ち残り、添い遂げてみせる。
たとえ、((親友|紅葉))を――この手で殺めることになっても。
―――そう、((決断した|誓った))はずだったのに。
「フフ―――参ったわ。これで、終わりなんでしょう?」
『九つの世界』との併用で、触れれば『絶対』に相手を仕留める『((総てを超越せし九つの雷光|トールハンマー・フルアクセス))』
皇樹くんの放った攻撃によって、私の存在は跡形もなく消滅していく間際だった。
そんな状況にも関わらず、思わず笑みが浮かんだ。
だって……こんなにも、私は素敵な恋が出来たのだから。
悔いはない、と言えば嘘になる。
だけれど、それ以上にあの人―――零二くんに出逢えたことが私にとって何物にも代えがたい宝物だったのだから。
「…………はい」
静かに皇樹くんが首を縦に振った瞬間。
九つの世界は今、一つの((世界|けつまつ))へと収束した。
「まったく……とても残念な((終楽章|Finale))になってしまったわ」
鮮烈な雷光に身体が包まれる中、私は一つの予感を覚え、静かな笑みを浮かべながら、呟いた。
きっと、彼にはまた逢える。そして今度こそ、貴方に私の想いを届けてみせよう。
「またね―――零二くん」
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ゲーム本編内の「星見学園生徒会」を綾音視点で書いてみました。 綾音視点が本編内に無かったので、綾音の台詞、行動から推察して心情を描いたつもりです。 |
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