ヒーローに憧れた悪魔のお話2 |
一誠を連れて部室に帰った後部室で待っていた梓が血塗れではないが、幾分か傷を負った一誠を見て血相を変えてオロオロと部室内を駆け巡りまわったが、正体を人間として偽る梓では一誠を癒すことはできない。
友人が怪我して帰ってきたというのなんと歯がゆい思いかと思うが、朱乃が一誠を魔力で治療するのを見て、どうにも収まった。
これが怪我して帰って来たのが孝一ならばどうなっていたか。
「悪魔祓いは二通りあるわ」
その説明はなにも知らない一誠のための説明だろう。すでに悪魔祓いの説明を受けてる一誠だが、まだ『はぐれ』としての悪魔祓いのことは知らない。
まあどっちにしても悪魔にとっては有益では「ないことは確かであるのだが。
「一つは神の祝福を受けた者たちが行う正規の悪魔祓い(エクソシスト)。こちらは神や天使の力を借りて悪魔を滅するわ。そしてもう一つ……。『はぐれ悪魔祓い』」
はぐれと聞くその言葉はついこの前討伐したはぐれ悪魔を連想させる。
はぐれ悪魔は主を殺してか、裏切って逃走した悪魔のなれの果てだが、はぐれ悪魔祓いはそれとはまた違うだろう。主を殺すということは祝福を授けた神を殺すということ。
たかが一介の人間がそんなことができたら悪魔なんてこの世に存在することがない。そもそもそんな思考を持ってれば教会から異端認定されるだけだ。
「悪魔祓い(エクソシスト)は神の名の下に魔を滅する儀式。だけれども悪魔を殺すことに快楽を生み出した悪魔祓いがたまに現れるわ。悪魔を倒すことに生きがいや悦楽を覚えてしまった輩のこと、彼らは例外なく教会から異端視され、、追放されるか有害とみなされて始末されるわ」
だがそんな人間は揃いも揃って生き汚い。そう易々と殺される性質でもなく、始末されるのはごく一部。上手く逃げ伸びる者が数多い。
その末路は。
「彼らは堕天使の祝福を受けて新たに悪魔を殺すの」
そう堕天使。教会から追われた半端者。堕天使もまた天使から堕ちた半端者。半端者同士気が合うのだろうか、はぐれとなった悪魔祓いは堕天使の祝福を受ける。
「堕天使も天から追放されたとはいえ光の力………元を正せば天使なのだから悪魔を滅するその力を有してるわ」
それに加え。
「堕天使も先の戦争で仲間の大半を失った。そこで彼らもわたしたちと同じように下僕を集めることにしたの」
「どこも考えることは同じか」
「そうね孝一」
相槌を打つリアス。そう。
始めたのがどこが最初か、孝一もリアスも知らないが考えることはどこも同じと言ったところか。絶対数の少なくなった種族は互いに歩み寄ることも良しとせず、今だ争い、さらには絶対数が圧倒的に多い人間を巻き込んでまでまだ争いを続けようと思ってるのだろう。
「部長!俺はあのアーシアって子を!」
「はぁー……あのな一誠」
「無理よ」
孝一が止める前にリアスが言う。
一誠がそう言うと予想していた孝一がどう一誠を止めたものかと考えていたのだが、それも無用だったもよう。そもそもリアスに言う前に納得させつるつもりだったのだが、女性が絡んだ一誠の行動の早さを軽んじた孝一が悪かった。
まあ今回は邪な思いでというわけでないのだ孝一もなんとかしてあげたいとは思うが。
「どうやって救うの?あなたは悪魔。彼女は堕天使の下僕。相容れない存在同士、彼女を救うということはわたしたちとも戦わなければならないのよ」
無言で打ちひしがれる一誠。どんな理由が内部事情があろうとも、あの少女は敵だ。敵を助けるとあれば仲間もその敵の仲間も黙ってはいない。
だがそう言って聞かせても一誠は動く。正論言われてはい、そうですかで終わるほど一誠は物分かりが良くない。
駒王学園に入ってからという短い付き合いの中で孝一は一誠という人物をよく知った。バカで、スケベで、年がら年中発情期みたいにエロい妄想をしているまさしくエロの権化足る彼だが。
「俺も一応忠告はしてやる。一誠……今回だけは諦めろ」
良く理解しているからこそわかる。リアスの言い分も理解し、孝一の忠告を胸に受け止めてるだろうが。目の前に助けを求めている少女を一誠は見たのだ。
止まらない。止まるはずがない。
孝一は何時だって一を捨てて九を助ける正義の味方(ヒーロー)。どれだけ頑張ろうが、どれだけ苦労しようがそれは変わることのない事実。
だって孝一の代わりにその一を救うもう一人の正義の味方(ヒーロー)がいるのだから。
そんな大事な一を一誠が……助けを求めてた少女を放っておくわけがない。
◇
「一を救えない哀れなヒーローか」
大勢の人を助けるには必然と切り捨てなければならない人が出てくるのもまた事実。正義の使者……つまり正義の味方に憧れた孝一にその事実はあまりにも非常。
誰かを助けたければそれは必然と誰かを殺すことになった。現実は物語のように誰も彼も幸せになって終わり(ハッピーエンド)なんて都合のいいことなんて起きはしない。
とある弓兵は言った。
助ければ助けるほど、それと同じだけの人を見殺しにした。そして大事な者だけが一となって、気付けば手遅れ。
平和になれと願い続けながら助けた数だけの人を殺し、また人を助けるために人を殺す。永遠に続く穴の狢。
終わらないそのループは人という生物が滅びるまで続く。
正義の味方(ヒーロー)とは物語だけに赦された特権なのだ。現実に成りえることはどこの誰にもできない。
「堕天使の下僕……ね」
とある少女。一誠から詳しく聞いた話によると彼女は堕天使の下僕になるつもりなどなかったのだろう。教会から異端認定されて追放され、それでも神を信じた少女。
どうこうして異端視されるきっかけになったのかは一誠も知らないみたいだが、彼女はまだ神に祈れるならと。
この街の教会を根城にする堕天使の下へとやってきたようだ。
きっと純粋無垢で何も知らないような彼女。はぐれ悪魔祓いがどういう存在かも知っていそうにないような性格をした少女。
実際に孝一が見て、聞いて、話したわけではないが、聞く限りのところそんな印象を植え付けられる。
昨晩跨いで一誠はまだ行動を起こしていないがそれも時間の問題。できるなら部長の琴線に触れず、密かに事を終わらせることを願いたいとこだが……。
「そうままならないことだな……」
夜になって部室前に来て見ればパンと頬を打たれるような音。
扉を開けなくとも孝一にはだいたいの予想がついた。一誠が動いたのだと。
1
「何度言ったらわかるの。ダメのものはダメ、あのシスターの救出は認められないわ」
扉の内。つまり部室内では一誠とリアスが言い合いをしていた。少女の救出を認めないリアスに尚諦めず、深手を負ってまで帰って来た一誠につい手がでてしまうリアス。
叩かれた頬に手を当てて放心する一誠を目にしてもリアスは意見を変えようとはしない。
そこに扉が開かれ梓とともに入って来た孝一が部室の中に入るが、リアスはチラリとそれを横目で確認したのちまた一誠へ視線を戻す。
「でも部長……。俺はアーシアを、アーシアを助けたいんです!」
食い下がる一誠。頬を叩かれて放心こそしたがその思いは止まらない。
その言葉にリアスの表情は険しくなる一方。ままならないといった状態か、すでに止まることができない一誠。そこに朱乃がリアスに近付いて耳打ちすると、リアスはなにを思い至ったのか『兵士《ポーン》』の説明をし始める。
「いいイッセー。あなたは『兵士』のことを軽んじてるみたいだけれどそれは違うわ。兵士は主が認めた敵地へと進出するとプロモーションと言って、『王《キング》』以外の駒のすべてに成り変わることができるの」
まだ一誠は成りたてで『女王』に成るkとはできないが、それでも敵地なら女王以外の他の駒に成り変ることができる。
「想いなさい。神器は想いの力で動くわ。そして……その力も決定する」
そ言ってリアスは朱乃を連れて部室の扉に手を駆ける。がちゃりと半開きした扉をくぐる前にリアスは続けて言った。
「最後にイッセー。絶対にこれだけは忘れないこと、兵士でも王はとれるわ。チェスの基本ね。それは悪魔の駒でも変わらない、イッセーあなたは強くなれるわ」
一誠は沈黙を残し、リアスは部室を出た。
今さっき述べたリアスの言葉は何を意味していたのか。バカで鈍感な兵藤一誠は気付きもしていないだろう。
だが孝一は嬉しく思う。意味に気付いてないのは一誠だけで、木場も、子猫も感づいた。もちろん孝一も理解したからこそ嬉しく思ってる。
「一誠。頑張れよ……お前ならできるさ」
続けて孝一も梓を連れて部室の外へ向かう。木場と子猫は孝一の行動を止めようと思ったが、孝一の目配らせに気付き、残った。
「早くこないと俺が救っちまぜ?」
閉じた部室の扉の前で孝一がそう言ったなんて一誠は露にも思ってなかっただろう。
目指すは教会。
「派手にやりますか」
「これぞツンデレってやつ?」
「バーカ、ちげぇよ。……ただの良いとこ取りだ!」
「素直じゃないねぇー。まあ孝一だし?」
「それよりも梓は待っていてもいいんだぞ」
「それこそ三分、ううん。限界の九分までに一誠くんたちが来なかったらどうするのよ」
忠告していた手前。一緒に動くことが恥ずかしといった思いの正義の味方が動く。
それが正しいと知って動くことができなかった償いのため。少しでも多くの敵を仲間の道標として葬るために。
2
教会の手前で見張りをしていた彼は後にこう述べた。それこそ死ぬ手前に遺言のように。
「ダチのダチに手ぇだしてんだ。それこそ俺のダチと言っても変わりはない。そんな子に手ぇ出したお前ら屑に手加減は必要ないよな?」
弾幕。それこそ年季が入った建物で小奇麗とは言えなかった教会だが、まさしく弾幕と言えるそれに半壊した。
杖を突いた覚束ない足取りの一人の悪魔と見た目人間の少女。昼に堕天使が撃退した悪魔と仲間と思わしき者が来るとは連絡が入っていたために警戒して、この教会に席を置いていた全はぐれ悪魔祓いが集まったそこに。少年少女はのらりくらりとたった二人で現れた。
「『三分間の無敵の時間(ヒーロー・タイム)』……。最初《はな》っから全力だ。生きて帰れると思うなよ?」
そこからは戦いと思えるようなものではなかった。ただの蹂躙。虐殺。最初に述べたように辺り一面埋めつくすような弾幕の嵐がただただ教会に降り注ぐ。
炎も、氷も、雷も、全てが揃ったその弾幕に教会は燃やされ、凍らされ、また雷の熱で焼かれる。それはまさしく天災。
見張りも内部も関係なかった。孝一は短い時間で少しでも多くと、一誠たちが来る前に戦う敵がいないと文句を言われるまでに圧倒的にはぐれ悪魔祓いを蹂躙する。
「うわー……見境ないねー?」
「殺すことに快楽を覚えるこいつらにこれが丁度いいだろ?」
「悪魔ちゃんはっけーーんっっ!」
外から充分すぎるほどに弾幕を張り、外の敵は殲滅し尽くした孝一と梓は半壊した教会へと足を踏み入れる。中は弾幕で貫かれて倒れるはぐれ悪魔祓いで埋め尽くされてるが、それでもまだ生きている者はいるようで。
「うひゃひゃ、また会ったねー悪魔ちゃーんっ!」
孝一に斬りかかる目の前の少年神父もまたその一人。
「ああ、この前のいかれた神父か……」
「俺ってばね!一度会った悪魔とは二度々合わない主義なのよ。それってなんでだと思いますぅ?」
ちゃらけた口調で語るその少年神父。
発砲音もなく、弾丸が飛ぶ銃を撃ちながら少年神父は言う。
「俺様ってチョー強いわけよ。だからさぁ、一度会った悪魔はそこで殺すわけでございます!」
だが弾丸は孝一に触れることすらない。
まだヒーロー・タイムは続いてる。残り短い時間のそれだが、続く限りは誰にも孝一を害することはできない。波紋状に広がったオレンジ色の盾が孝一を護るのだから。
「ムッキー!だったらこれならどうよ!?」
銃を下げて少年神父は剣を持って孝一に突進する。目を閉じて動かない孝一を目の前にして少年神父は腕を振り下ろした。
だが。
「弱いな……」
盾もなく。
なにも身に付けてない素手の掌。
「おいおい……マジか!?」
「この程度での光で俺を殺すか?」
血の一滴も流さず受け止めたその手。そもそも孝一は人間の時ではあったが堕天使の光の槍を手傷も負わず掴むという離れ業をやってのけてる。
それは悪魔になってからも変わらない。悪魔にとって弱点である光だろうが、なんだろうが。今の状態の孝一にとってそれはただの棒にもなりはしない。
「孝一!」
「紫藤くん!」
「紫藤先輩」
そしてその場に一誠たちが遅れてやってきた。
些か遅いご登場だが、それでもまだやることは残されてる。すでに孝一のヒーロー・タイムの制限時間も秒読み過ぎた。
このまま光の剣を受け止めたままだと効果が切れた直前に手を焼き斬られる。
「遅いぞ一誠。残ってるのは地下のアホどもと堕天使だけだ。さっさと行っちまって助けてこい!」
「だけど……!」
「くどい。俺がこんなアホみたいな狂った神父《バカ》にやられるかってーの」
「恩に着るよ紫藤くん」
「頑張ってください紫藤先輩」
そう言ってる間にも木場と子猫は一誠を置いて先に進んでいく。
「死ぬなよっ!」
「お前も頑張ってこいや……」
続けて行く一誠。走りながら左手に神器を発現し、先に降りた木場と子猫を追う様に地下に降りて行った。
「さて、と!?」
「離せこの野郎!あーもうどうしてくれるんこの悪魔野郎!後でレイナーレ様に怒られちまう!ま、いっか……お前を殺せばモーマンタイ。優しく厳しい堕天使様なら許してくれるでございましょう!」
突っ掛かる少年神父の剣を手から離し、少年神父は孝一から距離をとる。
同時にヒーロー・タイムの効果が切れたため、手を焼き切らず済んだとと少しホッとした孝一。
「まだ俺を殺せると思ってんのかお前……?」
「はぁぁあっ?!当たり前だろ!今からチョー強い俺様がチョー華麗に切り刻んでバラバラにしてやんだからよぉ!」
「ま、いっか。それよりお前にはちょっと特別に見せてやるか。本当はここを支配する堕天使に見せてやるつもりだったんだけど、それは一誠に譲ったしな」
感謝しろよと続けた孝一はまた新たにコーヒー缶を一飲みして本日二回目のヒーロー・タイム。
「手伝う?」
横目でそう尋ねる梓に首を振って否定し、孝一は呟く。
「さあ、絶望の時間だ。本来なら梓を使ってしか“再現”できないんだが、今回は特別だ。−−−みせてやるぜ」
孝一の背から灰色の翼が生えのを少年神父は見た。
2
「逃げ足だけははえーのな……」
「そだねー。一分ももたなかったんじゃない?」
「さあな」
半壊した教会の中で佇む二人の男女。すでにやることは終えたとばかりに二人はその場に立っている。
「でかい口叩くからも少し根性あるのかと思ったけどやっぱりはぐれだな」
友人の友人を助けるべく教会に殴りこんだこの二人。戦ったのは孝一だけだが、それでも充分すぎる成果を上げた。
ただ一つ失態を犯したと言えば一人のはぐれ悪魔祓いを逃がしたということ。
すでに地上にいるはぐれ悪魔祓いを一瞬で方をつけはしたが、一人逃がした事実は痛い。教会の地下に巣食うはぐれ悪魔祓いと堕天使に関しては一誠と木場や子猫が方をつけてくれるだろうと勝手に結論付けてすでに休憩モードの孝一。
しかしそれは仕方がないことともいえる。
すでに孝一は二回の三分間の無敵の時間(ヒーロー・タイム)を使った。残された回数は一回。
一日計九分のその力は見れば圧倒的で、頼もしい能力なのだが。
「ダメだこりゃ……」
「あらら。無理するからだよ」
使った代償は大きい。
「こうなりゃ後は任せるだけだろ」
「一番に特攻しといて無責任だねー」
そもそもが人に扱える限度を超えるその能力。
一回三分。一日合計して九分しか使えないその力。だが、もともとのこの能力は制約などついてなかった。だが人に過ぎたその力。
常時開放できるほどに孝一は扱えることができなかったのだ。
そのための制約。
そして上手くコントロールできない力による代償。大きすぎる力はただ身体に毒なだけなのである。一度解放する度に孝一の身体を蝕むその力。
普段孝一が貧弱なのはこれに起因する。
使えば使うほど本体を蝕み、弱らせるその力。まさに諸刃の剣。
「とっと……ん?」
倒れ込むように地べたに座り込む孝一。だがそんな弱った彼の耳に聞こえる一つの足跡。
「なんだ一誠か……?」
地下の儀式上からまさしく駆け上がって来たのは兵藤一誠。そんな彼の両腕には力なく横たわる一人の少女。最初こそ助け出すことに成功したと勘違いした孝一。
だがそんな彼の勘違いは友人の表情を見て違ったのだと思い知ることになってしまった。
「おい、どうした一誠!?」
そこまで来たら孝一には悪い予感しかしなかった。だがそれでも孝一は希望に縋りたい。せっかく助けに来たのだ。一誠だって頑張ったはずだ。慣れない実戦に、下級悪魔にはただの恐怖でしかない光の力。そんな力を持ち合わせたはぐれ悪魔祓いや、堕天使と戦ったに違いない。
孝一とて手は抜いてなかった。
誰よりも早くこの場に先回りして、さらには仲間の行く先を示すためにまさしく身体を張った。
木場も子猫も。地下で今だ残るはぐれ悪魔祓いと死闘しているだろう。
リアスや朱乃がこの場にはいないが、きっと裏で何かしていてくれてるに違いない。
全員がただ一人の少女を助けるために努力した。
なのに結果がそれでは……
「い…っ…せい……さん……」
振り絞ったような声量。声を出すのももう辛いといったその声。
今にでも儚く、風に飛ばされば意図も簡単に掠れてしまいそうなその声。
少女は一誠の腕の上で最後の言葉を告げる。
「わたし……少しの……間だけでも……、幸せ……でした。もし……生まれ変わったら……、また友達に………なってくれますか?」
「ダメだ!アーシアしっかりしてくれ!頼むから……。これからもっと楽しいことするんだろ?このまま俺と友達続けて、そんで俺の友達と一緒に遊ぶんだ。……カラオケに、ゲーセンに、それにボーリングも!」
一誠の腕が震えていた。ただ力強く抱きしめる一誠だけがそれに気付けたのだろう。少女は段々と冷たくなっていくことに。
もう少女に残された熱は少ない。人と人とが触れ合ってるのに、感じられる暖かさは一誠の体温だけ。暖かな温もりをもっていた少女の身体に残された暖かさは消えかけていた。
「きっと……この国…で生まれ……て。イッセー…さんと同じ……学校に………行けたら………」
「行こうぜ……。俺たちの学校に……。きっとアーシアが来たら楽しい学園生活になるよ」
一誠の目元に輝く雫。ボロボロと流れ落ちて行くそれは涙。すでに手放しそうにまで震えたその両腕だが、少女はもう自分の身体が揺れていることにも気付けない。視界も朦朧としたその少女。
だが。
「………わたしのために泣いてくれる……。ありが……とう…………」
だがそれだけは見えたのだろう。少女は顔に笑みを残して息を引き取った。
「報われない……報われねぇよ………」
ただただやるせない。目の前で息を引き取ったその少女。誰もが助けるために行動したその結果……。何も救えず、ただ差し伸べた掌は隙間が空いたように零れ落ちる。
納得なんていくはずがない。
でもそれが事実だ。
「なぁ神様!」
叫び上げる一誠。
少女をその腕に抱いたまま両膝をついてるそれはまるで神に懺悔するような。
「神様いるんだろ!?悪魔や天使がいるんだ、神様だっているんだよな!見てるんだろ!これを見ているんだろう!?」
それは見ていてあまりにも痛々しすぎた。だが、まるで懺悔するように天に叫ぶ一誠を止めることは孝一にはできない。
それこそ主であるリアスだって。朱乃でも、子猫でも、木場でも、梓でも止めることはできない。
「この子を連れて行かないでくれよ!頼む…頼みますっ!この子は何もしていだろう!ただ友達が欲しかっただけじゃないか!だから俺がずっと友達でいるから!だから頼むよ……。この子にもっと笑って欲しんだ!!!」
願いは聞き届けられない。いくら叫ぼうが、どれだけ叫ぼうが、もしこの世に神様がいようが、死んだ者
が生き返ることはもうないのだ。たった一回の生だからこそ人は努力する。嬉し、悲しみ、怒り、泣く。そうして人はただ一回の人生を生きるのだ。
そこに例外はない。それこそ神の“気紛れ”か、悪魔の契約でもないかぎりそれが覆されることはない。
「俺が悪魔だからですか!?俺が悪魔だからナシなんですかっ!?」
「一誠……」
「煩いわね……。悪魔が懺悔なんてバカバカしい」
黒い羽。一誠に気をとられて孝一も梓もその接近に気がつくことができなかった。
何時か見た堕天使の少女。一誠を殺した堕天使の少女。
「レイ、ナーレっ!」
「そう邪険にしなくてもいいでじゃない。それよりも見て?ここに来る途中、下で『騎士』の子にやられてしまった傷」
この教会を滑る大本。その堕天使が何が嬉しいのか、腕につけられた切り傷を見せびらかす。
どうやら木場は堕天使を止めることはできなかったが手傷を負わせることはできたのだろう。今だ追ってこないとこを見ると、まだはぐれ悪魔祓いの相手も終わってないこともわかる。
「見て、素敵でしょう?どんなに傷ついても治ってしまう……神の加護を失ったわたしたち堕天使にとってあの子の神器《セイクリッド・ギア》は素晴らしい贈り物だわ」
淡い緑色の放つそれ。ゆっくりとだが、じょじょに傷を癒すそれは一誠もよく知る力。
笑顔が眩しい、そして友達の作り方も知らなかった魔女と呼ばれた少女の力。
それを見て一誠の顔つきは見る見る内に変わっていく。涙は止まらないが、それでも悲しさよりも。
「堕天使とか……神様だとか、悪魔だとか!………そんなものあの子には関係なかった。周りにとやかく言われることなく静かに暮らせることもできたんだ!」
「無理ね。異質な神器を有した者はどこの世界でも爪弾き者になるわ。強力な力を持っているが故、他者とは違う力を持っているが故。ほら、人間ってそういうの毛嫌いするでしょ?こんなにも素敵な力なのにね?」
ごもっともである。
人は違うということを酷く嫌う。人種も、肌の色も、住むところが違うだけで敵対しする者もいるのだ。
人は異物を嫌う。それは本能的に加えられた行動でもあり、また人がそうしたいからだからこそでもある。神器とは名ばかりに実際それはただの異質な力。例え神に与えられようが、人眼から見たそれはただの悪魔の力に過ぎない。
人を癒すその力でさえ人間は恐ろしと怯えるのだ。
「なら俺がアーシアの友達になってやる……その上で守ってみせる……」
「アハハハハハッ!無理よ!だって、死んじゃったじゃない!あなたは守れなかった!夕刻の時も、今も!その子を救えなかったのよ。本当におかしな子……面白いわ!」
腹を抱えて笑うのは堕天使。
そうだ。一誠は守れなかった。仲間が手助けしてくれた。一誠も必死になってここまで来た。なのに助けられなかった。
でも、だから、だからこそ。
「だから許せないんだ。……お前も!そして俺もっ!」
少女を床に寝かせる。抱えて時こそ震えていた両腕はすでにその震えを止めている。涙は止まらない。
でも。
「返せよ……。アーシアを返せよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
《Dragon booste!》
身体に溢れた力も止まることはなかった。
「ぁぁぁぁああああああっっっ!!!」
まるで叫びに呼応するように光を放つそれ。それは一誠の左手から、真に発動した『神器《セイクリッド・ギア》』の中心の宝玉からだ。
「レイナーレっ!」
堕天使の名を叫び上げながら左手を振りかぶる一誠。すぐそこに手が届きそうな距離にいるその者を殴ろうと振りかぶったはいいが。
「気易く名前を呼ばないで頂戴」
その黒翌の翼を羽ばたかせながら飛び退くように飛翔したレイナーレ。その両手には光の槍。
「避けろ一誠!」
孝一が叫ぶのだがそれは虚しくも一誠の両足に深々と突き刺さる。
光は悪魔にとって有毒だ。猛毒といっていい。
上級悪魔ならまだしも、一介の、それも成り立ての転生悪魔で下級悪魔である一誠にはただの有害にしか過ぎないそれ。
掠るならまだしも、一撃でも直撃したなら本来なら生存すら望めない。
「くそっ……一誠!」
すでに限界近く力を使い、制止がかかってる身体に鞭を打つように孝一は動かす。限界が近いといってもまだ限界は迎えていない。
そもそもまだあと一回は残ってるのだ。
今だ消えず、両足に突き刺さったまま残るそれを抜きさろうとする一誠をただ見ているだけなんて。友達である孝一にできるはずがない。否、できない。
「アハハハハ!その光に悪魔が触れるなんて愚の骨頂よ!光は悪魔にとって猛毒。触れるだけでたちまち身を焦がすのよ!その激痛は最大級、あなたのような下級悪魔が−−−−」
だが。
「ぬがぁぁぁっあああああああ!!」
一誠は聞く耳持たない。奇声を上げながらも一誠は光の槍を抜いたのだ。驚愕に眼を見開かれるレイナーレ。
孝一ですらその光景に目を見張る。
「こんなもの……っ!あの子が!アーシアが苦しんだものに比べたらなんだってんだよ!」
手は光が触ったことで焼き爛れ、全身には光の熱で中から焼かれる。両足には二つの大穴。だが、それでも、それでも一誠は目に光を失わない。
レイナーレの言うとおりに、まさしく激痛が身体の中を駆けずりまわってるというのに彼は倒れるどころか、倒れさえしない。
「そんな!?嘘よ!」
「……なあ孝一、梓ちゃん。こういう時って…神様に頼むのかな?」
「そうだな……」
「神様って気紛れだしねー。それに一誠くんや孝一は悪魔だしー?」
「まあそういうことだ。いっそ魔王様にでも願ったらどうだ一誠?」
神は手を伸ばさない。これは絶望した誰もが知る愁然の事実だ。物語のような都合のいい話なんてただのフィクション、嘘、つまりそう。
だから悪魔に願う。
悪魔が悪魔に願うとはまたシュールだが、悪魔は誰にだって手を伸ばすのだ。そこに契約があるかぎり、契約が破られないかぎり。
「そうか……そうだよな。そんじゃ魔王様、聞いてくれますか?俺も一応悪魔なんで、ちょっとだけでもいいんで俺の願い聞いてください」
願うことはただ一つの思い。堕天使を倒したいや、圧倒できる力なんて一誠は望まない。ただ一つだ。それさえできれば一誠は満足できる。
「目の前のクソ堕天使を今から殴りに行きます。だから邪魔が入らないようにしてください。ほら、乱入とかマジでごめんです。増援もいりません。足も自分でなんとかします。だから、……だから今だけこいつとガチンコさせてください。一発だけでもいいんです。俺に−−−−−殴らせてください!」
本来なら魔王もそれを聞き届けることなんてありもしない。だが、それでも願ったのは一誠が本心でそう思ってるからこそ。一発。その一発に込められた言葉の真意。
倒すなんて高望みはしない。力なんてもっともだ。自分の力で、ただそれだけで。
「なんなもよあなた……。なんでこの絶望的な状態でまだ立ち向かおうっていうの!?狂ってるわ!」
レイナーレがそう叫ぶが人とは常にどこかが狂ってる生き物だ。元から人外、つまり天使であった彼女にそれがわかる由もない。
例えば孝一は正義に狂ってる。幼少のころから願い続けたほどに狂ってる。一誠はただそれだけに狂ってるだけのことだ。
「行けよ一誠。今だけは俺がお前の魔王様だ。補助《サポート》だけはしっかりしてやる!」
缶コーヒーを一飲みする。本日最後の無敵の時間。それは友だけのために。死ぬ気で願った友の思いを答えるだけのために使う。
「おぅ。ありがと孝一。……なぁ、俺の神器さん。目の前のこいつを殴り飛ばすだけの力………あるよな?トドメとシャレこもうぜっ!」
《Explosion!!》
機械的な音声。それは眩しい光とともに一誠の左手から発せられる。
「ありえない……。何よ、これ。どうしてこんなことが………。その『神器《セイクリッド・ギア》』は持ち主の力を倍加する『龍の手《トゥワイス・クリティカル》』でしょ……?なんでよ。ありえないわ。どうしてあなたの力がわたしの力を超えているのよ!?」
レイナーレは勘違いしていた。
しかしそれは仕方ない。誰もそれがどこにでもいるような、それも平凡な男の手の下にあるなんて思うはずがない。
数ある龍の魂が封じられた神器。その中でも異彩の色を放つ二つの内の一つ。
伝説も伝説の御伽話のような存在の龍が封じられた篭手。
レイナーレは気付きもしなかっただろう。一誠は自分の中にある力の存在にすら気付いてなかった。つまり覚醒するしていなかったそれはまるで有り触れた、それこそレイナーレも知っていた神器に見えた。
『龍の篭手《トゥワイス・クリティカル》』。違う。勘違いだ。
確かに一誠のその篭手は持ち主の力を倍加する。
似たような力を持ったことも確かである。だが−−−−ー
「うぉぉぉぉおおおおおおっっ!!」
《boost!》
そこに十秒毎にという言葉がつくのだが。
1
「こ、来ないでっ!!」
「立ち止まるな!走れ一誠!」
一誠の接近に甲高い悲鳴を上げてレイナーレは光の槍を投げる。まるで癇癪を起したように見境なく光の槍を投げるレイナーレ。
それほどまでに一誠が恐ろしいのだろうか。
実際、事実。相対している彼女だからこそわかることだが……恐ろしいのだろう。
「いいか、三分だ!それだけしか俺はお前の補助《サポート》はできないからなっ!きっちり片付けてこい!」
すでに走りだした一誠の耳には届いてないのかもしれない。それでも孝一はそう叫んだ。乱雑に飛び交う光の槍を潜るように走り過ぎる一誠。
見てて補助は必要ないかもと思いはするが、きっと彼は前(レイナーレ)以外見ていない。それが危なっかしくてしかたがない。
「焔よ。集い別れて、全てを焼けつくす刃となれ!」
掌に魔力を集わせる。燃え盛る炎に変換したそれ。
「デタラメに狙うってのも危ないもんだなっ!」
レイナーレが投げる光の槍を放っておけば危険だ。今の教会は半壊している。それは孝一のせいではあるが、一誠に当たらなくとも壁に当たれば光の槍は壁を壊すのだ。いつ崩れてしまっておかしくない半壊状態の建物。
そんな場所でデタラメにだが、暴れまわれては困るのだ。うっかり崩れてしまったでは笑い話にもなりはしない。まだ地下には木場も子猫もいるし、室内にも一誠含めて梓がいる。
当たらないからと捨て置くわけにもいかない。
「撃て(ファイア)っ!」
塊となった炎は拡散されて放たれる。赤い尾を引きながら飛行するそれは小さな流星。
光り輝く槍とぶつかり合って消えていくそれを見てレイナーレはまたしても顔を絶望に染めるのだ。
「な、なんであなたもわたしの邪魔をするの!?」
「言ったろ?友人を弄んだ罪は重いって」
それは初めて彼が少女と出会ったときに言った言葉。
「別にお前が誰で、何してようが俺には興味ない。だけどな、だけど許せないことが一つ。お前は俺の友達を殺して、弄んで、今も尚苦しめてる」
堕天使の不幸はただ一つ。選んだ相手を間違えたこと。最初こそただの上からの命令だったそれだが、それでも堕天使は行うべきではなかった。
平凡な少年にただ一人の誤算。
「俺の友達はお前を殴りたいそうだ。だから−−−−−とっとと殴られて楽になれ」
《boost!!》
「レイナーレェェェェッッッ!」
「なっ!?」
握りしめた拳がミシミシと震えて音を上げる。すでにレイナーレの目の前で腕を振り上げた一誠。後はその綺麗な顔目掛けて拳を振るうだけだ。
手加減はしない。本気で殴る。
何時の間に、と驚愕していることなんて関係なかった。
握りしめたその拳はただこの一撃のために使うものなのだから。
「らぁぁあああああああああああっっっ!!!」
ただ一つの誤算。それは……孝一の友達に一誠が含まれていることだった。
2
打撃は綺麗に的確にレイナーレの頬を捉えた。大砲が撃たれかのように轟音を呻り上げたその一撃。まるで風にに吹っ飛ばされる紙のようにレイナーレを吹っ飛ばした。
壁を粉砕し、軽く外まで吹っ飛ばすその一撃はいくら神器の力を借りてようが人間技には見えない。いや、今や一誠は悪魔なのだから悪魔技というべきなのかもしれないが、そこは置いて置くとしよう。
すでに一発殴るということを成し遂げた一誠は傷の痛みと、疲労の重なりでその場に座り込んでいる。
真に恐ろしいことは今の一撃でレイナーレを再起不能にしたことか。
一発だけの言葉上だけの約束ではあったが、それだけで終わらせることができた一誠。いくら孝一が補助《サポート》に徹したとはいえ、その一撃で終わらせた一誠。
神器は想いの力でその力を決定するとのリアスの言葉。あながち間違いではなかったのだろう。
あの一撃だけに込められた想いはそれほど重かった。
「お疲れ。すごいね、堕天使を倒しちゃうなんてね」
「お疲れ様です先輩方……」
木場と子猫。二人して地下から上がって来たことからすでに地下の掃討は終わったのだろう。幾分か破けた制服が目立つが、木場のそれを見て興奮するのは婦女子の皆さんだけ。
子猫はまあ、目の保養となるとだけでも思ってなければ孝一もまた一誠と同じ変態になってしまう。
「遅ぇーよ、色おと……こ?」
「おう。木場と子猫に部長に朱乃さん。いいとこは全部一誠が持っていっちまったぞ」
「邪魔するなって、部長に言われてたからね」
木場と子猫の後ろ。一誠も地下に降りてるからしっているが、あそこにどこかへと繋がるスペース(道)などない。だが、孝一も知る限りこの教会を通ったのは木場と子猫と一誠の三人。
だがそれだと釣り合わない。
祭壇から歩いて近づく木場と子猫の後ろには一誠も見覚えのある人影があったのだ。
「ぶ、部長!?どこから?!」
それはリアスグレモリ―と姫島朱乃の二人。
「地下よ。用事が済んだから、魔法陣で此処へ飛んだの。教会に飛ぶなんて初めてだから少し緊張したわ」
驚く一誠をからかうようにそう言ってほほ笑むリアス。実際そう思ってたのか怪しいとこだが、追求するのも最後には骨折り損になることは間違いないのでしないことにかぎる。
リアスが現れたことがそんなに不思議なのか、一誠は緊張に顔を歪ませてるがどうにもわかってない。最終的にはリアスは認めたのだ。
確かな言葉にしていなくとも、言動はその魔逆。リアスから怒られることはあってもそれは形式的なものだ。つまりただの見せかけ。褒められることはあっても、怒られるようなことなど一誠はしていない。
「子猫……、お願い」
隣の子猫へと目配りさせるリアス。それに頷いた子猫は教会の外へと歩いて行くがいったい何しに行ったのだろうか。
外にまだはぐれ悪魔祓いがいたのか?しかしそれで子猫だけを行かせるのは的確な判断とは思えない。確かな深手は負ってないでも、子猫も木場も戦いで疲労しているのだから。
だからまた違う用事だろう。
そこからは決まりごとのような説明会が始まった。
一誠は成り立てなので知らないことが多すぎるのだ。孝一は長年裏の業界に居続けたことから多少なりとは事情を知っている身。今回のように悪魔が神の加護地である教会に乗り込むなど本来はあってはいけないことである。
なぜなら神に喧嘩を売ってるようなものだからだ。天界側の陣地である教会。稀に堕天使が居着いたりはあるが、彼らは元天使だ。それこそ天界の隙をついて一つの教会を知られずに陥れることも可能にする。
今回のように悪魔が教会に乗り込んで暴れまわるなどの所業をしてしまったなら、本来なら他の教会から刺客が贈られる。
意味は間違ってない。文字通り、報復という名の贈り物(プレゼント)だ。そこに幾分かの恨みが混ざっているが。
だがしかし今回の例は特別もまた特別。特例みたいなものだ。
リアス曰く堕ちた教会。
神に見放され、捨てられた教会。最初から相手(天界)は知らないのだ。事が起きたこともわかりもしない。
だから一誠にはお咎めもないし、刺客から追われる毎日もありはしない。
「部長。持ってきました」
ずるずると引きずるような音。外から教会に帰って来た子猫はその手になにか(・・・)を掴みながら戻って来た。
背中に生えた黒翌の翼。長く真黒な黒髪と、見慣れたその顔はほんの数分前まで見ていた顔ぶれだ。
「ありがとう子猫。さて、起きてもらいましょうか……。朱乃」
「はい」
堕天使レイナーレ。気を失わせたその身体をダラリと擲つ様にしながら彼女はここまで引きずられてきた。
リアスの言葉に返事をした朱乃がその意識を起こすまで。
◇
強制的に、痛み故にとは言え眠りに付いた意識を起こすのはそれこそ手間だ。確かに叩いてすぐに起きるようなものではないとはいえ、その目覚まし(水かけ)は意識を起こすのには充分なる一撃だったのだろう。
量も量故にだが、バケツ一杯文どころか、二三杯のそれは例え爆睡してても起きる自身は孝一にはあった。
起きたレイナーレが取った行動はまず意地を張ることだった。
上級悪魔ではないが爵位持ちの純潔悪魔たるリアス。それに加えて、その配下の下僕悪魔全員に囲まれてよくできるものだと孝一は呆れたもんのと、だが逆にそれがすがすがしいぐらいに意地を張るレイナーレには少し敵ながら感動した。
やれ、自分には仲間の堕天使がいるやら、自分を殺せば上の堕天使が黙ってないやらと喚き叫ぶレイナーレ。
それもリアスが三つの黒い羽を懐から取り出して黙ったが、それでも諦めなかったレイナーレは純粋にすごいと思う。
ここで一誠の神器が神を殺せる可能性を持つ『神滅具《ロンギヌス》』だと知るとさらにレイナーレは浅ましくなった。
神の子を殺した槍の名を関するその神器はまさしく希少そのもの。手に入れたいと思うのも無理はない。
だが彼女は遅い。
「一誠君助けて!この悪魔がわたしを殺そうとしているの!わたし、あなたのことが大好きよ!愛してる!だから一緒にこの悪魔を倒しましょう!」
すでに語ることはもうないとリアスが黒い魔力を放出しながら前に出た時堕天使は一誠に向けてそう言ったのだ。
それは一誠にとってとても懐かし記憶。つい最近の彼が思う中で一番幸せだったころの記憶の中の少女。彼が人間だったころの最後の幸せだった声。
歯軋りしながら睨んだのは決して堪えていたわけではない。一誠は恥じていたのだ。己の過去を。こんな浅ましくて、狡猾な堕天使に一目ぼれしたことを。
「グッバイ、俺の初恋。お願いします部長−−−−ー」
今日から一誠は生まれ変わる。苦い初恋の思いを下地にして。
悲鳴を上げて消滅した堕天使を過去のものとして。
1
その昔。一人の少女は聖女と周りの人間から称えられていた。
きっかけは幼い子供のころ。怪我をした動物を救うことで始まる。少女は捨て子だった。たくさんの同じ事情を抱えた子供たちと同じように孤児院に住み、そして毎日を精一杯に生きる。
そんな時、一匹の子犬が怪我をして少女の前に現れた。少女はその子犬をたいへん可哀そうに思い。どうにかしてあげられないかと願いながらその患部に手を当てたのだ。
淡い緑色の光。
治癒を施す神器。『聖母の微笑み《トワイライト・ヒーリング》』の覚醒の瞬間だった。
子犬の怪我を瞬く間に治療した不思議な力。それは偶然訪れていた神官の目にとまった。それから少女は聖女と称えられるようになった。
孤児院からも教会から引き取られ、毎日、毎日人を癒す生活。だが少女はそれを苦としない。こんな自分でも一の役に立つことができる。その想いの一心で少女は日々を過ごしたのだ。
だが転機が訪れた。
一人の若者が教会付近で行き倒れていた。その身に致命傷の如く、深い傷を負って。
優しい少女はその若者を癒した。だがそれが転機となる。
若者は“悪魔”だった。悪魔と知らず少女はその者を癒した。きっと知っていても少女は癒したのだろう。少女は一の役に立つということを是非としていたのだ。それが悪魔だろうが、怪物だろうが、関係はなかった。
関係はなかったのだ。少女にとってはの話になるが。悪魔を癒したところを見ていた神官がいたのだ。
悪魔と敵対する教会にとっては面白くない話にしかならなかったそれ。悪魔を癒す聖女とは教会にとっては居てはならない存在。教会が聖女を魔女として糾弾し始めるのはそう遅くはなかった。
聖女から一転して魔女に堕ちた少女。教会から追放され、流浪に生きた少女。だが少女の理念は変わらない。変わらなかった。
今まで尽くしてきた相手が魔女として少女を罵ろうとも、少女は癒し続けた。そして少女は流れるように堕天使の下へやってきた。
今まで以上に役に立てるという言葉に踊らせれて。
そして少女の人生は幕を閉じたのだった。その堕天使に命を奪われて。
「なんともまあ、悲惨な人生だな……」
それが一誠から聞いた孝一が知る限りの少女の真実。その全ての見解だった。
目の前で眠るように死んでいる少女。
聖女から一転し魔女として転落し、悲惨な人生を歩んだ少女。
「どうにかできないですか部長……」
「そうね……。イッセー。これを見て」
リアスが持ち出したのは黒い駒。それもチェスでいう『僧侶』の駒だ。つまりそういうことだろう。やはりリアスは身内に甘いのか、それともただアーシアという少女の神器に可能性を見出したのか。
「あなたたちに説明するのが遅れたけど、爵位持ちの悪魔が手にできる数は決まってるわ。『兵士』が八つ。『騎士』、『戦車』、『僧侶』がそれぞれ二つずつに、『女王』が一つの計十五。実際のチェスの数と同じね。すでに『僧侶』の駒は一つ使ってしまっているけど、わたしにはあと一つだけ『僧侶』の駒があるわ」
そしてリアスはその駒を少女の胸へと置く。はぐれ悪魔の討伐のときには『僧侶』の効果を聞くことはなかったが、どうやら概ね『僧侶』の名の想像通り、それは補助《サポート》に特化した力らしい。
悪魔として必要な魔力を莫大に引き上げるその特性。
神器は想いの力とは別に魔力を糧にしてでも力を上げることも可能だ。癒しの力を持った神器を持つ少女。これ以上に『僧侶』に似合った存在はそうはいないだろう。
「教会のシスターを悪魔に転生だなんて前代未聞だけれど、やってみる価値はあるわね」
「ということは!」
「ええ」
パチンと片眼を閉じてウインクするリアス。失敗する気はないのだろう。前代未聞だなんて言ってのけるが、リアスがイッセーに格好悪い姿なんてものを見せるはずもない。
「我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、アーシア・アルジェント。今再び我の下僕となるためこの地へ魂を帰還させ、悪魔となれ。汝我が『僧侶《ビショップ》』として新たな生を歓喜せよっ!」
魔法陣が動く。詠唱と同時に展開された紅色の魔法陣が。
クルクルと回転し、まるで歯車が回っているように魔法陣が回る。胸に置いた黒い僧侶の駒が同期するように同じ光を発し、少女の胸へ沈んだ。そこには堕天使によって抜かれた神器も同じく入り込んでいく。
数秒経ち、儀式が終わって辺りを包んだのは静寂だった。
眩しい朝日を浴びながら、長い道のりを歩く。
隣接する住宅街をやっとの思いで抜けて一息つく。悪魔になった障害と昨晩の力の反動が思ったより孝一の身体を著しく痛めつけていた。
足取りは重く、片杖を突いて歩いても目的地へまでは一向に辿りつかない。
「無茶するからだよー?」
「それに関しては悪いと思ってる……」
隣で一緒に歩く梓に戒められるが、そうもいかなかったのはまた事実。3回といかなくても、昨晩は確実に2回は使う必要があったのだ。
だがそれを独断先行してまで突っ走たのだ。仕方がないとは言えないかもしれないが、必要だったとは確信して言える。
「つーか梓」
「なに?」
「先に行けよ。これじゃ遅刻確定だぞ」
いつもと同じ時間の登校。だがそれでも今日は間に合いそうにない。普段のことからいつもかなり早めに家を出てるのだが、どうにも足が進まなかった。
そうしてる間にもそこらに同じ制服を着た学生達の姿が見受けられきた。このまま、このスピードで歩いていれば遅刻は免れないのは間違いがないだろう。
「そういうわけにもいかないでしょー?そんな状態じゃ学校についてもすぐ倒れちゃうよ。着いて早々、早退なんてちょっと笑えないかも」
「だげど……」
「けどもないよ。……まったくなんのためのわたしなんだか……」
呆れるように頭を左右に振る梓と参ったといわんばかりの表情の孝一。二人のその行動と表情からは昨晩のあの戦いは想像できなかっただろう。
言いだしたら聞かない梓のその言葉に早々諦めた孝一は黙って歩くのみ。
一歩一歩、遅い足取りだが確実にその先は駒王学園と向けられていた。
1
「あら、来たわね」
旧校舎にあるオカルト研究部の部室の扉を開けて聞こえた第一声はそれだった。
部屋の奥の机に待たれるように座ったリアスからだ。
その隣には朱乃もいるし、木場も壁横に立っており子猫はいつもどうりソファーに座って茶を飲みながら寛いでる。
どうやら一誠はまだ来ていないようだがなにをしているのだろう。孝一と同じクラスの彼は授業の終わりも同じであるというのに、足の遅い孝一より遅れてくるとはまた珍しい。
「大丈夫?少し顔色悪いわよ孝一」
「いえ、まあ。昨日の暴れ過ぎた反動ってとこですよ……」
リアスがそう言うのも頷けるぐらいに孝一の顔色は悪かった。どうにも“隣に梓がいるために”なんとか体裁を保てるが、本来なら歩くことすら億劫なのだ。案の定と言えば案の定。
学園にも遅刻してしまってる。
「そう。具合悪いなら帰ってもいいのよ?」
「あー、そんなこと言っても孝一は言うこと聞きませんよリアス先輩」
言いだしたら聞かないのは梓も孝一も一緒だ。自業自得と言ってもいいことをしてこうなってるのだから、これもまた罰なのだろうと、そう言い聞かせるように自身を思いこませながら孝一は今日を過ごしてる。
独断先行も、救えなかったことも、見逃してしまったことも。全部ひっくるめて。
「まあ、そういうことですよ部長」
ははっと苦笑いしながら孝一はソファーに座った。子猫が座るソファーと反対側のためにお互いの顔を直視するのだが、子猫はどうにも興味なさそうにすぐに手元の茶を飲み、目の前に置かれた茶菓子に手を出す。
「そういえば一誠は?」
「まだ来てないわよ」
これはまた、と孝一はまだ来てない級友を思った。
自分より遅く来るなんてないと思ってため、今は出ているのかと考えたがどうやらまだ来ていない様子。いったいどこで道草を食ってるのか気になるし、それにしても今日は一誠にとってもサプライズな行事《イベント》があるというのに。
「まったく……あのバカは」
「まあそう言わないの。バカな子ほど可愛いって言うじゃない?」
「そうですかね……」
「そうかしら?朱乃もそう思うわよね?」
一誠の話をしながら微笑むリアスを見て楽しそうに微笑してる朱乃はただ相槌を打つ。
後輩である一誠や孝一を可愛がってくれてることはまた確かなことだろうが、それ以上にこのリアスは家族、まるで弟を見るようにして一誠を見ているのだろう。
朱乃が言う可愛いとはまた違う可愛いと思われる。
それをわかってるからこそ朱乃もまた微笑しているのだ。
「すいませんっ!遅れました!」
勢いよく開かれる扉。そこから走り出てくるのは兵藤一誠。
「遅いぞ一誠」
「やあイッセー君」
「……遅いですイッセー先輩」
「やっと来たわねイッセー」
「あらあら」
「皆楽しそうですねー」
降りかかる声。どれもまるで待ちわびてたような、そんな感情が籠った声。
気付いたのは朱乃、そして梓。
「すいません。ちょっと色々な所要があって……」
如何した理由で遅れたのかは誰も知りはしないが、一誠が誠意を込めて謝ってるので許してしまう。わざわざ蒸し返すこともしないし、それは時間の無駄でしかないので、さっさと次へと進む。
「そうそう。イッセー、あなたに見せたいものがあるの」
リアスがそう言いながら部屋の奥へと声をかける。既に部室へ来ていた孝一や梓はその姿を見ていたために驚くことはもうないいが、一誠はきっと驚くに違いない。
「イッセーさんっ」
リアスの呼びかけに応じて来たのは金髪碧眼の少女。
「アーシア!?」
それは一誠もよく知った少女だ。いつもは教会のシスター服を好んで着る少女なのだが、今日は違った服装を身に纏ってこの場にいる。
「どうしてここに?いや、それにその制服は……」
見慣れた制服。だが少女がそれを着ていることには見慣れてない。いつもシスター服しか着ているところしか見たことがなかったためにその驚きは少女のその制服を着こなしてしまう可愛さと相まって一誠の思考を止めていた。
「わたし……明日からここの生徒なんです!」
「ここの生徒って」
嬉しさ相まって体当たりするように抱きついてくる少女に一誠はただなされるがまま。少女の柔らかい部分が身体に当たる嬉しさと、抱きつかれるという恥ずかしさ。
ほんのりと頬を赤くしながら一誠はリアスへと視線を向ける。
「ま、そういうことね」
片眼を閉じ、一誠にウインクするリアス。そういうことと言われてもどういうことかわかりはしていなかった一誠だが、ここ数日目茶苦茶な日常ばかりだったためにそれを疑問に思うことはない。
そもそもがこの駒王学園の系列はリアス率いるグレモリーが経営する場所のなのだ。その気になればリアスの一言次第でどうにもできてしまうのだろう。
「学生としても、悪魔としてもあなたが先輩なのだからちゃんとリードしてあげるのよ?」
微笑むリアスに一誠はただ感謝するのみだった。
この心優しい悪魔の主に。
◇
アーシア・アルジェントの蘇生に関しては成功した。
一時は静寂の長さからして失敗かと思われもしたが、時間はかかりもしたが見事アーシアは目を覚ましたのだ。
その時の一誠の顔なんかは見てられないな孝一が思うほどに泣きじゃくってた。
眼が真っ赤になるほどまでに一誠は泣いて、泣いて、そしてリアスに感謝していた。アーシアを生き返らせてくれたことを、何だかんだで自分の我が儘を聞いてくれたことを。
もしリアスの許可が下りなければアーシアを救うことすらできなかった。一人で立ち向かって、無惨に、惨めに負けて帰ってきて終わりだったに違いない。
いや、もしかしたら一誠が死んでた可能性だってあった。
リアスの許しがなければ木場も子猫も動かなかっただろう。木場は教会関係になにか私怨を抱いてるようだが、個人の思いで行動するようには見えなかった。
子猫に関しては論外だろう。
一誠にも、アーシアに関心はなかったはずである。特にアーシアに関しては知らない他人。これもまた動くことはなかった。
最後に孝一や梓だが……。
彼らは自称正義の使者や正義の味方を名乗ってる。
もしかしたら一誠のために動いてたかもしれない。だがかも(・・)でしかない。それは絶対ではないのだ。
二人に関しても動いた切っ掛けはリアスの許可が下りただからだろう。下りなくても動いたのかもしれないが、結局がそれは絶対ではないのだ。
1
「あとアーシアの下宿先なのだけれど、それはまた部活が終わったあとに案内するわ」
「イッセーさんも着いて来てくださね」
笑顔でそう言うリアスとアーシア(二人)に一誠もまた笑顔で返す。
「じゃあサプライズも終わったことだし活動を始めましょう」
何もかもを終えて、たった一人の少女を巡った騒動はこれにて終わりを迎えた。少女は一度死に、悪魔に転生してしまったことだけは悔やまれることなのだろうが、それでもアーシア《少女》が幸せそうに笑みを浮かべてるのだから幸せな終わりかた(ハッピーエンド)なのだろうと一誠も、孝一も思った。
これから今までいた悪魔たちに加えてアーシアも増えて楽しい学園生活が始まればそれはよかったのかもしれない。
だが。
「感動的だなァ?てめェも随分と楽しそうにしてるし、しばらく連絡しないうちに変わッちまうもンなンだな、人ってもンわよォ?」
ぎぃっと音を立てて静かに、だが高らかにオカルト研究部の扉が開かれた。こつこつと木造建築である建物の床を靴で鳴らしながらその人はそう述べた。
「誰のことかわかッてるよなァ………孝一くんよォ?」
さらさらと流れるような金色の髪。真黒な漆黒のローブ。そして金色の下に隠された肉食獣のように鋭く尖った視線と真っ赤な瞳。
それはすべてこの部室内でソファーにもたれるように座っていた孝一だけを貫いていた。
「どう、して……」
まるで信じられないものを眼にするのように梓は絶句し、孝一はただただ眼を見開くのみ。
「フェルの言ったこと忘れたかァ?あいつ怒ってるぜ。ほら、今も」
金髪の男がローブを翻した。
そのローブの後ろから姿を顕わにしたのは一人の少女と黒髪の女性。そして放たれた重圧。誰も逆らうことはできない。圧倒的なまでの力の圧力。
リアスも、朱乃も、木場も、子猫も、一誠も、アーシアも、孝一も動くことがままならない。
「お久しぶりですね紫藤孝一くん。少し見ない間にこんなにも変わって……。わたしは悲しいです。あれだけ忠告したわたしの言葉も忘れて呆気なく死んで……、悪魔に転生までしてしまうなんて」
親代わりとして泣いてしまいそうですと続けた蒼い髪の少女は哀しそうに孝一を見る。そして少女は視線を変える。
「梓」
「は……い、主………」
その場に跪いて震える梓にその視線と重圧を向けるのだ。
ガタガタと少女に怯えるように震える梓は孝一以外誰も見たことがなかった。そして、その彼女が主と呼ぶ人を孝一以外誰も知りはしなかった。
「あなたは何をしていたのですか?孝一の危機を感じ取れず、あまつさえ殺してしまうとは……。守護天使失格です」
天使。確かにその少女はその名を告げた。悪魔の対敵の名前をその少女は確かに告げたのだ。
「例え疑似とはいえ、あなたはわたしが創った天使なのですよ?役割を全うできず、よくわたしに顔を見せられたものですね?」
「申し訳ありません我が主………」
「そもそもが間違ってるのです。なぜ孝一くんに力を使わせたのですか?あなたが」
「止めてくれ……フェルさん。俺はもう梓を使う気なんてなれない……」
「やはり孝一くんが原因でしたか……あなたには力を与えるべきではなかったですね」
矢継ぎに続けられていく会話。そのどれもを孝一と梓と少女以外は理解できるものではなかった。彼らはそれを知るには早すぎた。
彼らはまだ孝一のことも梓のこともよく知らないのだから当たり前なのだが、それでもこれは孝一が悪魔になったことで起こるであろうと仮定されていたことなのだ。すでに予想できていたはずなのに対策すること疎かにしてしまった。
それはもし告げて関係が終わってしまうことを恐れた孝一の恐れで。
「約束どうり孝一くんのその力は没収します。やはりあなたには過ぎた力でしかなかったようですし、それにあなたのその身体を見るにもう限界が近いでしょう」
少女は告げる。孝一は身を起こそうとした。だがそれは銀色の刃に阻まれる。
「ら、ラーグさん……っ」
「動くなよォ。間違って斬ッちまうかもしれねェからな」
それは槍斧《ハルバード》。孝一を押し倒すようにそしてその横で槍斧《ハルバード》をソファーに突き立てながら金髪の男は言った。
思わず顔を顰めてしまう。別に孝一はこの金髪の男や蒼髪の少女が孝一のことを嫌って言ってることではないことも理解している。まったく逆の心配をしていてくれてることも孝一にはわかってるのだ。
それでも孝一は諦めるわけにはいかない。
このまま手をこね巻いていて連れ去られて力を没収されてはい、終わりというのはいただけない。
「そういうわけにも……いかないんですよ!」
抵抗。
それは抵抗だ。『三分間の無敵の時間(ヒーロー・タイム)』を使う条件を満たせない今の孝一にでもできることはある。
例え缶コーヒーが手元になくても戦えるのだ。
力がなくとも……
「残念だが、てめェはすでに詰んでんだよ」
という甘い考えが通じる相手でもなかったわけだが。
槍斧がバラける。それはまさしく言葉の通り。だがそれは棒の中心、つまり中から鎖で繋がれてまるで意思でもあるかのように動き、孝一を囲む。
「力が使ェねえてめェじゃフェンリルからは逃れらンねェ。まあ使えても無理だがな」
金髪の男はそう言って獰猛的に笑う。それはまさしく獲物を捉えた肉食獣のそれ。獲物であり、捉えられた孝一にはそう感じられた。逃げることなど第一にできるこどができはしないと考えさせられた。
そも、逃げれると思えたことが奇跡に近いだろう。
なぜそんな思考ができたのだろうかと孝一は思った。一生かかってもそんなことができることは起こり得ることがないというのに。
「それでは孝一くん。行きましょうか」
少女は微笑む。全てを魅了して止まないその笑みで。
「約束を破ったのです。罰は受けなけなければなりません」
流石にこの詰んだ状況で孝一もどうこうと言う気はない。初めから詰んでいたのだが、それでも何に期待していたのやら、と孝一は考えてしまう。
(約束を破った罰ね……)
連れていかれてただ力を抜きとられる程度で終わる予感がしないのだが、そこはあえて突っ込まないでおこうと、とりあえずそれはまた後で考えようと孝一は露に思った。
物語はまだ始まったばかりなのだ。
これで終わりなんて笑い話にもなりはしない。
2章に続く。
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子供の頃からの夢だった。叶うことのないそれを夢見て生きてきた。大人になって、変わらないそれを感じて、ただ思った。どうしてこんな世界に生まれたんだろう、と。 | ||
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