インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#03 |
[side:篠ノ之箒]
「それでは、この時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する。」
始まった三時間目は今までの二時間と違って山田先生ではなく千冬さんの授業だった。
あの千凪空という人物の事が気にならないでもないが、あの『アキトさんを知っているか?』という問に対する様子からして望みは薄いだろう。
だとすればまあ、普通の級友として付き合えばいいか。
「ああ、その前に来月に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
ふと、思い出したように千冬さんは言った。
一夏は例に漏れず『訳が分からない』という顔をしていて、空の方は相変わらずの微笑みを浮かべている。
「クラス代表とは、まあ書いて字の如く、そのままだ。対抗戦だけではなく生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力を測るものだ。今の時点では大した差は無いが競争は向上心を生む。一度決まったら一年間変更は無いからそのつもりで。―――自薦他薦は問わないぞ。やる気のある奴はいないか。」
「はいっ、織斑くんを推薦します。」
「あ、私もそれがいいと思います。」
「私は千凪くんを。」
「あ、私もー。」
途端に始まった推薦の嵐。
私としては誰がやっても構わないと思う。
だが、なんだろうか。
この、これからひと悶着ありそうな嫌な予感は……
「では、候補者は織斑一夏と千凪空。この二人でいいか?」
「お、俺!?」
立ち上がって妙な声をあげる一夏。
あいつの事だ。
大方、『織斑姓が自分以外に居て、そっちが推薦されている』とでも思っていたのだろう。
「織斑、席につけ。邪魔だ。さて、他にはいないのか?いないなら票決に移るぞ。」
「ちょ、ちょっと待った!俺はそんなのやらないし、空だって突然言われたら―――」
「私は自薦他薦問わないと言った。選ばれた以上覚悟しろ。」
「い、いやでも―――」
なおも食い下がろうとした一夏だが、その攻防は別の方向からの横やりで幕は閉じられた。
「待ってください!納得がいきませんわ!」
机をバンっと叩いて立ち上がったのは、先ほど一夏に食ってかかってきていた、―――確かセシリア・オルコットだったか。
「そのような選出は認められません!大体、クラス代表が男だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
「…だったら自分が立候補すればいいんじゃないのかな?」
空の呟きが私の所まで聞こえてきた。
私の周囲で何人かがうんうん、と頷く。
私も同意見だ。
本人の様子からして、推薦して貰いたかったか何かなのだろう。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然!それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
更に白熱してまくしたてるオルコット。
それにしても随分な言い分だな。
私は沸点はそれほど高い方ではないが決して低くは無い。
それでもふつふつと怒りが込み上がってくるのは解る。
今、オルコットがしているのは一夏個人を超え日本人全体に対しての侮辱だ。
「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれは入試主席であるわたくしですわ!」
興奮冷めやらぬ様子、いやますますいきり立つオルコット。
黙って言われるままになっている一夏も大分頭に来ているようだ。
私を含む日本国籍の生徒たちもオルコットに対して怒りの含まれた視線を投げかけている。
ただ唯一、空だけが黙って、目を瞑って聞いている。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはならない事自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」
そして、我慢の限界に達しそうになって少しばかり力が入ったとほぼ同時、
『ガンッ!』
ビクッ!
不意に、私の斜め後ろで大きな音がした。
近場にいた者は皆、驚いて首をすくめ、演説を打っていたオルコットも突然の事に黙る。
千冬さんが驚いて意外そうな顔をして見開いた目に映っているのは、空。
女子と大差のない小柄な体の何処にあるのかが疑問なほどの迫力に気押されたのかオルコットは言い淀む。
「さて、ミスオルコット。落ち着いた処で廻りを見てみようか。」
「わたくしはれい―――ッ!」
恐らく、冷静だと言いたかったのだろうが、思わず身を竦めるオルコット。
それも当然だ。
このIS学園における国籍としては日本人がおよそ五〇パーセント。
さらに言えば担任が元日本代表、副担任が元日本代表候補生。
そんなクラスで『日本という国に対する侮辱』をしたらどんな事になるか。
――当然、クラスの半数を占める日本人の生徒の((顰蹙|ひんしゅく))を買う。
それも頭に『大』が付き場合によってはそれ以上のものも混じって。
今、オルコットには二〇余の敵意のこもった視線が向けられている筈だ。
そんな中で((国の侮辱|あんなまね))の続きができるのはよほどの日本嫌いか、役者くらいだ。
オルコットは代表候補生であっても役者でもない。
ただ、熱くなって言いすぎただけなのだろう。
だから、敵意をぶつけられて言い淀む。
中には空の放つ殺気じみた((敵意|もの))も含まれていて、その射線上に居合わせてしまった山田先生が涙目になっている。
「あれだけ盛大に言ったんだ。言ったって事は同じ事をされても文句は言えないよね、ミスオルコット?――――ああ、一夏、言いたいことがあるなら言っていいよ。」
「え、あ…」
「お、おう。」
言い淀むオルコット。
急に指名された一夏もまた、戸惑いながら思いを紡ぎ始める。
ただ、矢張りカチンと来ていたらしく程なくして一夏のそれは激しさを増していた。
「俺が猿呼ばわりとか、文化がどうこうって話は…まあ置いておく。実際、俺はISについてはここにいる誰よりも素人だし、価値観は人それぞれだし、そもそもで耐えがたいなら来なけりゃ良いだけだろ?それより、―――」
一夏が、真っすぐオルコットを睨みつけた。
「((千冬姉や箒たち|みんな))を俺と同じように扱われるのは我慢ならない。取り消せ。」
ドキリ、と胸が跳ねた。
一夏のヤツ、あんな小恥ずかしいセリフを真顔で………
「ッ――――――!」
オルコットは、何も言えない。
真っすぐと見据える一夏に気押されているかのように。
「っ…!け、決闘ですわ!」
沈黙を破ったのは、そんなオルコットの悲鳴染みた声だった。
「勝負は一週間後の月曜日。放課後に第三アリーナで行う。代表者決定の為の総当たり戦だ。三名とも準備をしておけ。」
千冬さんがパン、と手を打って『話しはここまでだ』と言外に言う。
話を終わらせるタイミングを見計らっていたのだろう、問答無用で終わらせて授業を始める支度を整えてしまう。
「それでは授業を始める。」
テキストを取りだし、ノートを開く。
春の日差しが差し込む教室は、二時間目までよりも温かく感じた。
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#03:火種投下 | ||
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