闇夜を駆ける二人
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 月明かりだけが照らす、夜の薄暗い石畳の道路。

 その中を剣を持ちながら疾走する金髪の青年と、青年を追いかける物体が一体。

 青年を追いかけるのは、巷で噂となっている“ガジェットドローン”と呼ばれる自立型の機械。

 AMF(アンチ・マギリング・フィールド)と言う特殊なバリアを使用する為、魔導師や騎士の天敵とも言える。

 だが、ガジェットに追いかけられている魔導師らしき青年は、突如走るスピードを緩めると剣を構えて後を振り向く。

 

「……はあっ!」

 

 魔力で作られた蒼色の刃を持つ片手剣が、突進してきたガジェットに叩き込まれる!

 普通ならば、常時発動されているAMFの前に魔力は分散され、剣としての効力を失う――はずだった。

 しかし青年が叩き込んだ剣閃は、ガジェットが展開したAMFを突き破ると、下の装甲部分を斬り裂く。

 重く、鋭い一撃にガジェットは一瞬火花を散らす。しかし、叩き込まれた剣閃は一撃だけでは無い。

 一撃目を叩き込んだ時点で青年は、ガジェットの限界認識速度を超える速度で次の一撃を叩き込む準備を終えていた。

 

「マルチウェイ」

 

――閃、閃、閃ッ!!

 

 続けざまに叩き込まれた三度の剣閃で、ガジェットは一瞬にて原型を全く留めぬ鉄の塊へと変化。

 黒煙を立てながら――恐らく内部の回線がショートしたのであろう――鈍い音を立てて地面に落ちると同時に、姿を消した青年が姿を現す。

 しかしガジェットの残骸には目もくれずに青年――レン・T・ハラオウン――は機能停止を確認すると、地面を蹴って再び走り出した。

 今宵、彼が狙っている標的は唯一つだけ。それ以外の物は、彼にとって全て道を塞ぐ単なる障害物でしか無いのだから。

 

【標的撃破(ターゲットクリア)。そのまま右へ進んで下さい】

 

「あいよー。しかしまぁ、何とも面倒臭い所に逃げ込んでくれたもんだ」

 

 首からぶら下がる剣型のペンダント――ラグナロク――から指示が飛ぶ。

 それに気の抜けた声で応じ、また同時に覇気の感じられない口調でぼそりと呟いた。

 レンからやる気は全くと言っていいほど感じられない。が、先を見据える瞳は鋭い眼光を放っている。

 ……それは丸で、自分の縄張り(テリトリー)に逃げ込んだ獲物を狩る、狩人のようであった。

 

 指定された道を右へと曲がり、狭い路地へと入った瞬間。

 首からぶら下げたラグナロクが点滅し、新たな敵の接近を告げる。

 

【前方から三機、後方からも三機。高速で接近してきます】

 

「ここで挟み撃ちってか? 上等じゃねーか。カートリッジロード」

 

【Load cartridge!】

 

 右手に握られた片手剣――エルシウス――は空薬莢を二発放出。

 同時にレンの前方と背後から、先程とは少し形の異なったガジェットが姿を現す。

 魔力で生成された刃の純度が増し、刃には風――恐らく魔力で発生させた物であろう――を纏う。

 狭い路地で挟み撃ちにされ、尚且つ相手はAMFを標準搭載しているガジェットドローンである。

 普通の魔導師であれば、五分と持たずに撃墜されているであろう。……“普通の魔導師”であれば、の話だが。

 

「疾風剣。一気に決めるぞ」

 

 しかし、今ここに居るのはレン・T・ハラオウンだ。

 数多の修羅場を潜り抜けて来た彼にとって、ガジェットは鉄屑同然。

 いや、最早彼にとってガジェットは“敵では無い”と言っていいかもしれない。

 

【Windness Blade!】

 

 レンの指示から少し遅れ、エルシウスの機械音声が路地に響き渡る。

 エルシウスの機械音声を合図にレンは地面を蹴り、まずは前方の三機のガジェットへ。

 風を纏った刃はAMFを打ち消し、その奥にある装甲部分をいとも容易く捉える。

 

 しかし、それだけでは留まらずに刃は装甲部分の更に奥。

 回路や配線だらけの内部を突き抜けて反対側へと飛び出た。

 それだけでもガジェットにとっては致命傷だが、レンはまだ攻撃を終えるつもりはない。

 ガジェットに刃を突き刺したままカートリッジをロードし、刃の魔力純度を一気に高め――――

 

「スラッシュ!」

 

【Explode!】

 

 魔力を暴発させる!

 レンが引き起こした急激な魔力の逆流による爆発。

 それはガジェットの視界を黒煙で覆い、一時的にではあるが認識機能を鈍らせる。

 ……だが、レンにとってはその一時的な隙だけで十分だった。

 

 爆発に巻き込まれる直前に上空へ離脱し、エルシウスに残った最後のカートリッジをロード。

 あえて飛行魔法を使わず、地面へと落ちる際に発生する重力を利用して次の技の威力を高めて……。

 標的を目掛けて、一気に振り下ろす!

 

「ブルクラッシュ」

 

【Dancing Circle!】

 

 レンが振り下ろしたエルシウスは、認識機能を鈍らせていたガジェットを一刀両断。

 火花と共に機能が完全に停止した事を確認した直後には、既に残りの四機に向かって加速していた。

 

 まず一機。袈裟斬りをフェイントに使った、背後からの横薙ぎで破壊。

 接近していたもう一機を、今度は素早い横薙ぎと袈裟斬りの十字斬りで続けざまに撃破。

 残った二機を同時に仕留める為に更に加速し、片方を荒々しい一閃で木端微塵に。

 もう片方は打って変わって、流れるような美しい一閃で壁に叩き付けてショートさせた。

 

「おっし、これで終わりだな」

 

 呟き、剣としての役目を終えたエルシウスを杖形態に戻したレン。

 しばらくその場に留まり、地面に無残な姿で転がるガジェットが動かないのを確認。

 そうして最終的にはエルシウスを待機形態にしてから、ふぅと大きく息を吐く。

 普段であればもう少し余韻に浸る所であるが、今回ばかりはそうもいかない。

 

「これでこの辺りのガラクタは破壊し尽くしたって所か?」

 

【そうですね。それとしばらく探索(サーチ)に専念しますので、終わるまで適当にブラブラしてて下さい】

 

「はいはいっと」

 

 それまで点滅し、喋っていたラグナロクが点滅を止めて無言になったのを合図に。

 レンは空を見上げるとそのまま飛行魔法で空中へ音も無く浮き上がり、そのまま加速。

 闇に閉ざされた街を空の上からゆっくりと見渡す。

 

「……実際にこんな街があったもんなら、今頃は犯罪者の巣窟だろうな」

 

 飛行魔法で空を駆けるレンを満月と無数の星々が照らす。

 レンの眼下に広がる街に人の住む気配はなく、街灯の一つすらも点灯していない。

 こんな様子ではレンが呟いた事が現実になりそうな感じがしてしまう。

 ――――あくまで、“この街が実在するのであれば”の話だが。

 

 レンが現在居るこの街は実在しておらず、あくまで“訓練施設内に再現された街の一角”である。

 だからこそ、先程レンがああして呟いたのであり。街灯すらも点灯していないのだ。

 周囲に視線を巡らせながら、作られた街を空から見物するレン。しかし、その余裕も一瞬で緊張へと変わった。

 

【マスター! 三時の方向から高速で接近する物体が! これは……!】

 

「あぁ、分かってるさ。いよいよ“本命”の登場って事だ」

 

 突然ラグナロクが告げた未確認物体の接近。

 同時に、レンも告げられた方向から急速に接近してくる気配を感じ取っていた。

 今まで戦っていた傀儡(ガジェット)とは明らかに違う、魔力とオーラ。

 それらを感じ取ったのとほぼ同時に、人影がレンの目の前に現れる。

 

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 ツインテールに結んだ長い黒髪に琥珀色の瞳。

 黒い外套に同じ色のスカート。そして、山吹色の魔力刃を持つ片手剣。

 見覚えのある容姿と武器。自身の前に立ち塞がる最後の相手は、やはり――――

 

「……やっぱり、最後の相手はお前なんだな? “サクラ”」

 

「そうだよ。と言うか、お兄ちゃんは絶対分かってたでしょ?」

 

 両手を腰に当ててやれやれ、と言った表情で問いかけた少女。

 それこそレンの妹であり次の剣帝を継ぐ者、サクラ・T・ハラオウンその人であった。

 

「さて、何の事やらさっぱり。ま、とにかく今は――――」

 

 言葉を途中で止め、首からぶら下がっていた三角形のペンダントを右手で握りしめる。

 ほぼ同時に握りしめたペンダントは手の中で輝きを放ち、武器のシルエットを形作っていく。

 やがてシルエットは徐々に輝きを失っていき、ものの十数秒もした頃にはしっかりとした武器の形となっていた。

 レンが持つ武器は黄色いコアを持つ黒槍、バルディッシュ・アサルトシュラウド。

 槍使いの構えとは全く異なる構え。例えるのであれば魔導師が杖(スタッフ)を構えるのと同じように。

 

【Drive form,get set】

 

「全力で来いよ。少しだけ遊んでやる」

 

 シュラウドの刃先をサクラに向けて、一言だけ告げた。

 それは、レンからサクラに対しての宣戦布告……否、挑発に等しい。

 一瞬、サクラは呆気にとられた。しかし、直ぐに表情を変えて。

 レンの挑発に呼応するかのように、片手剣――アルタイル――を正眼に構え直す。

 

「言ったね? 後で後悔しても知らないんだから!」

 

 少し怒ったような口調で言葉を残し、サクラの姿は消える。

 レンはそれに全く動じる事無く、サクラの魔力気配だけを追う為に瞳を閉じて神経を集中させた。

 

――――どこから来る? 前後左右は動きを止めた瞬間にいつでも攻撃を撃ち込める。だとすれば、残るのは上か下か……。

 

 ……何秒、何十秒、何分。どれだけ時間が経ったのかは分からない。

 サクラが姿を消してからの間、レンはずっと魔力気配を追い続けている。

 既にサクラの反応自体は何処にあるのか突き止めていたが、レンはあえて動かずに止まったままでいた。

 

 未だにサクラが動きを止める気配は無く、ただ空気の振動が僅かに感じられるのみ。

 静かにその時を待ち続けるレン。と、その時。サクラの魔力反応がレンの真上で止まる。

 直ぐに上を見上げたレンの視界には、アルタイルを振りかぶるサクラの姿があった――――!

 

「ブルクラッシュ!」

 

――――やはり上からか!

 

 サクラの声が響くのとレンが動きを止めたサクラを見上げたのはほぼ同時。

 振り下ろしたアルタイルと攻撃を防ぐ為に振り上げたシュラウドが交わるのも――――

 

 同時、とは行かずに若干レンの方が遅かった。

 アルタイルを受け止めきれず、衝撃に負けたレンは地面へ向けて急降下。

 しかし、それもレンの予想の範囲内。落ちながら体勢を整え、飛行魔法を展開しながらシュラウドへ指示を飛ばす。

 

「ったく、調子に乗りやがって……。ロッドフォーム」

 

【Yes sir】

 

 マスターであるレンの指示に応じ、シュラウドは再び姿を変える。

 黒槍から今度は杖(ロッド)へ。ただ砲撃を撃つ為に特化したスタイルへと形を変えたシュラウド。

 それを確認したレンは地面ギリギリから飛行魔法で急加速。同時に自身の周囲にスフィアを展開していく。

 

【Axim Lancer】

 

 金槍――アクシムランサーのスフィア――を十、二十、合計で三十。

 自身の周囲に展開し終えたレンは更に加速。サクラの視界に入ると同時に――――

 

「ファイア!」

 

――弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾!

 

 急停止し、スフィアを一斉に発射!

 瞬く間にサクラの視界はレンが放ったスフィアで埋め尽くされる。

 が、サクラは全く臆する事なく、アルタイルを構えてスフィアの雨の中へ飛び込む。

 

【ロードカートリッジ!】

 

 空薬莢を一発だけ放出したアルタイルに魔力が急速に集中。

 直後。サクラは自身に向かってくるスフィアの雨に向け、アルタイルを振るった。

 

――斬!

 

 払っただけでスフィアが五個ほどまとめて消し飛ぶ。

 が、それでもスフィアはサクラに向かって降り注ぎ続ける。

 むしろ、時を追う毎にその数が段々と増えているような感覚さえ覚える。

 だが、サクラは止まらない。

 スフィアを払い、斬り、薙ぎ、時には避けてひたすら前へ進む、進む、進む、進む……!

 

【ロードカートリッジ!】

 

 途中で更に一発の空薬莢をアルタイルが放出。

 それに呼応するかのように、サクラは腕を振るう速度を上げる!

 

 視界に入るスフィアを避け、斬り、あるいは受け流しながら前へ前へと進む。

 ……どれくらい経ったのだろう。しばらくして、サクラはレンの姿を再び視界に捉えた。

 サクラに気付いたのか、レンはサクラと目が合うとシュラウドを再び構え直す。

 が、どうした事かレンの方から自分の方へ近づいて来ようとする気配は感じられない。

 それを好機と見たサクラは一気にレンとの距離を詰めるべく、空中で大きく一歩を踏みこんだ。

 

【Axim――――】

 

「いや、近距離で落とすぞ。サイズフォーム」

 

【Yes sir】

 

 接近してくるサクラに対し、シュラウドは更にアクシムランサーを放とうとした。

 が、レンからの命令に応じて、カートリッジをロードして三度姿を変える。

 杖から鎌(サイズ)へ。変形と同時にカートリッジを更にロード。

 魔力が十分に行き渡った事を確認し、レンはシュラウドを振りかぶった!

 

「はっ!」

 

「やあっ!」

 

 レンがシュラウドを払うのと、サクラがアルタイルを振り下ろしたのはほぼ同時。

 魔力刃同士が真っ向からぶつかり合う度に火花が散り、鈍い金属音が空気を振動させる。

 

――撃、閃、斬!

 

 サクラが少しでも引けばレンが押し、逆にレンが引けば今度はサクラが押す。

 互いに一歩も引かぬ激しい鍔迫り合いを幾度となく繰り返した後、上空で二人は再び対峙した。

 

【Load cartridge.Haken Saber】

 

 が、それも一瞬。

 レンは直ぐに横へ飛ぶと、カートリッジをロードしたシュラウドをサクラに向かって振るう!

 撃ち出された金色の魔力刃をサクラは普通にアルタイルで弾こう――――として、慌てて横に飛ぶ。

 

――砲!

 

 飛んだ次の瞬間には、数瞬前までサクラが居た場所を集束砲撃が通過していた。

 安堵する間もなく、自身に向かって来た魔力刃を今度こそアルタイルで弾き、サクラは加速。

 囮と本命の両方を避けられたレンは舌打ちをしてから、向かってくるサクラを迎え撃つ!

 

「んー、餌と本命を両方とも避けられたか……。ちと予想外だったな」

 

 右、左、前、上、下……。

 あらぬ方向より幾度も繰り出される剣閃を全て受け流しつつ、ぼそりと呟く。

 

「それだけ私が成長してる、って証拠……でしょっ!」

 

 対するサクラは攻撃の手を緩めず、逆により一層攻撃を撃ち込む速度を早める。

 が、その全てをレンはシュラウドを持つ右手を軌道上へと重ねる事で、防ぎ切ってしまう。

 一旦後退し、少し崩れていた体勢を整えてから再びアルタイルをレン目掛けて打ち込む!

 ――――だが。

 

「やれやれ。お前の実力はこんなもんか?」

 

 渾身の一撃はあっさりと止められた。

 それもシュラウドではなく、指一本――恐らく魔力を込めてあるであろう――で。

 ここにきてサクラは一撃目を交えた時に感じた事を身をもって実感した。

 ――――レンは本気を出していない、と。

 

「アルタイル、モード3rd!」

 

【了解。No.3ファイアブランド、スタートアップ!】

 

 だからこそ。

 サクラは今まで抑えていたリミッターを外した。

 普段は使う事のない切り札。解放と同時に魔力が全身を包み込む。

 同時に片手剣は両刃剣へと変化。モード3rd、アルクトゥルス。サクラ自身、滅多に使わないフルドライブだ。

 フルドライブを発動したサクラを見、レンはポケットから銀色の翼の形をした指輪を取り出す。

 

「ようやく、か。んじゃ、俺もちょっとばっかし本気で行きますかね」

 

【Stand by ready.set up】

 

 指輪――待機形態のエルシウス――は鋭い輝きを放つと、次の瞬間には片手剣に。

 それと同時にシュラウドは金色の魔力粒子を残して、待機形態――三角形のバッジ――へと変化した。

 レンから溢れる尋常ではない量の魔力を感じ、サクラも表情を険しくする。

 

「……行くぞ」

 

 静かな呟きと同時にレンは踏み込み――――

 次の瞬間にはレンの姿はサクラの目の前にあり、サクラ目掛けてエルシウスを振り下ろしていた。

 咄嗟にサクラはアルタイルを顔の前へと持ってきたが、それも間に合わず。

 レンの一撃をまともに食らったサクラは、強い衝撃によって地面へと吹き飛ばされる!

 

「くっ……!」

 

 飛ばされてる最中に何とか体勢を立て直し、地面との衝突は回避したサクラ。

 一旦地面に降り立つも、一息つく間もなく上空から容赦なくスフィアが撃ち込まれてくる。

 避けれるスフィアは上下左右に飛んで回避し、避けれない物はアルタイルで弾きながらサクラは地面を駆け抜けていく。

 上空から見えにくい狭い路地に逃げ込んだ所で、ようやくサクラは一息つく事が出来た。

 

「はぁ……はぁ……私がフルドライブを発動した瞬間から、容赦なさすぎでしょ……!」

 

【仕方ないです。それがマイスターですから】

 

 容赦なく攻撃を放つレンに対して苛立つサクラ。

 そんなマスターをなだめつつ、身体強化魔法――レイジング・パッセルド――を重ねて発動させるアルタイル。

 少し身体が軽くなった感覚を覚えたサクラであったが、表情は依然として険しいままだ。

 

「さてと、どうしようか。今のままじゃ互角には戦えるけど勝つ事は……」

 

【何とかするしかありません。それにマイスターはまだ完全な本気ではありませんよ?】

 

「それは分かってるよ。分かってるけど……」

 

 焦る気持ちを抑えながら言葉を絞り出したサクラ。

 今、この状況においては勝つ事が目的では無い。だが、ここまで来たのなら何としてでも勝ちたい。

 勝てるチャンスは確かに目の前にある。それを自ら手放してしまって、本当にいいのだろうか。

 

 ――――否。

 確かに自分はレンに敵わないかもしれない。事実、キャリアも実力も遥かに違う。

 だが、レンにしか無い物があるように、サクラにしか無い物もある。

 だったら、それを全部ぶつけてやればいいではないか。

 アルタイルを握る手に力を込め、決意を固めてサクラは空を見上げる。

 

「やるしかないよ。だって目の前にチャンスがあるんだから!」

 

【それでこそマスターです。今日こそマイスターに一泡吹かせてやりましょう!】

 

 足に魔力を溜め、一気に空へ舞い上がる。

 そのまま空中でカートリッジをロード。魔力を溜め込み、レンへ向かって行く!

 高速で接近してくるサクラを見つつ、いつもと変わらぬ表情でレンはエルシウスへ指示を飛ばす。

 

「アクシムランサー」

 

【Axim Lancer Phalanx Shift!!】

 

 数秒も経たぬ内に、レンの周囲には再び無数の金槍が出現。

 レンが再び指示を飛ばす前に、金槍はサクラ目掛けて乱れ飛ぶ!

 直後にサクラも金槍の存在を感知。だが、サクラは止まらない。

 アルタイルにカートリッジを二発ロードさせると、空中で急停止してから呟く。

 

「――――風神の剣舞(ヴェント・オブ・ブレイドダンス)」

 

【第一楽章、突風(ラフィカ)!!】

 

 直後。サクラの動きが、明らかに変わった。

 それまでは飛ぶような動きだったのが、丸で空中を舞うように。

 ダンスを思い起こさせる流れるようなステップを踏み、スフィアを撃破。あるいは避けていく。

 ――――そして、“唐突に消えた”。

 

「!?」

 

 驚くレンだが、直ぐにサクラを見つける。しかしサクラは既に眼前まで迫っていた。

 一瞬だがサクラを見失った事により、エルシウスで受け流すタイミングを見失ったレン。

 まともに攻撃をくらうか魔力盾で防ぐ。その二択しかレンは取れなかった。

 

「ちっ!」

 

【Defencer】

 

 舌打ちし、右手を前へと出して魔力盾を形成した直後。

 

――閃!

 

 アルタイルの刃が魔力盾目掛けて撃ち込まれていた。

 しかし、咄嗟に形成した魔力盾にはヒビ一つ入らず掠り傷を付けた程度。

 レンは油断してたとは言え、自分に魔力盾で防がせたサクラに。

 サクラはレンが咄嗟に形成した魔力盾がビクともしない事に、それぞれ驚きを隠せなかった。

 

「やるじゃねーか……」

 

「まだまだ、こんなものじゃないよ……!」

 

 言葉を交わし、双方共に一旦後退。

 サクラはカートリッジを三発ロードして、アルタイルに蒼色の。

 レンは二発ロードして、エルシウスに紅色の電撃を纏って再び突貫!

 

「轟け、蒼き稲妻っ!!」

 

【サンダーブレイク!!】

 

「穿て、紅き稲妻!」

 

【Thunder Fang!!】

 

――撃!

 

 雷を纏った剣同士が火花を散らして激しくぶつかり合う!

 お互いに一歩も引く事の出来ない、正面からの真っ向勝負。

 しばらく鍔迫り合いが続き、最初に仕掛けたのはサクラだった。

 

【第二楽章、烈風(フィアート)!】

 

 加速……否、急速離脱。

 サクラの姿が再び唐突に消え、次の瞬間にはレンの右に。

 横薙ぎに振るわれたアルタイルをレンがエルシウスで防いだ瞬間に、再び消失。

 そして数瞬の間を置いて、今度は左から袈裟斬りを放つ!

 

――撃、撃、閃、閃!

 

 袈裟斬り、横薙ぎ、十字斬り、そして再び袈裟斬り。

 前後左右から矢継ぎ早に繰り出される剣技に、流石のレンでも防ぐのが精一杯。

 まだ本気を出していないとは言え、今の自分ではこれ以上は凌ぎ切れない。超えられるとまさに……

 

――――正真正銘の、ヒットアンドアウェイ!

 

 袈裟斬りを弾いた所で体勢を整える為に後退したレン。

 が、サクラはその隙を見逃さずに更に空中で一歩を踏みこむ!

 しまった、とレンは思ったが時既に遅し。アルタイルの魔力刃は既に目と鼻の先まで迫っている。

 

「っち……!」

 

【Earth Guard!】

 

――撃!

 

 サクラもレン自身も入った、と確信した一撃をエルシウスはギリギリで防いでみせた。

 それも、存在し得るほぼ全ての魔力攻撃を無力化する防御魔法の最高峰、アースガードで。

 双方共に一瞬呆気に取られたが、先に我に返ったレンが今度こそ体勢を整えるべく後退する。

 

「……サンキュー、エルシウス。助かった」

 

【No problem】

 

 労いの言葉にもエルシウスはいつも通りの反応。

 レンはそれだけで何となく理解は出来たようだが、対峙するサクラはどうも納得が行かないらしく。

 遠くからでは声が聞こえないと思ったのか、念話を使って問いかけて来た。

 

『お兄ちゃんってどれだけデタラメなの!? 今のは絶対入ってたでしょ!?』

 

『質問なら俺じゃなくてエルシウスにしてくれ! 正直、俺も何が起こったのかサッパリなんだよ!』

 

 驚き半分怒り半分、と言った口調のサクラにレンも同じような口調で反論。

 サクラからすればますます納得のいかない答えではあるが、レンも現状でこうとしか言えないのである意味仕方がないのだ。

 

「アルタイル、全力で行くよ!」

 

【分かりましたってば! 第三楽章、旋風(ストーム)!】

 

 納得のいかない答えを聞いたサクラは、怒りに任せてアルタイルのカートリッジを更にロード。

 同時に三度サクラの姿がレンの視界から消える。

 しかし、今まで何もしていなかったレンはここに来て初めて動く。

 

「んー、これ以上長引かせるのも面倒だし……。しゃーない、決めてくか」

 

【Yes,my master.Thunder Blade】

 

 カートリッジをロード。

 エルシウスに電撃を纏わせ――――レンは姿を消した。

 直後。

 

――閃、閃!

 

 何かと何かが激しくぶつかり合う音が空気を振動させる!

 恐らくエルシウスとアルタイルが交わる音だろうが、肝心の二人の姿は未だに見えない。

 ただ、一定間隔で音が辺りに響くのみだ。

 

【Over drive.Full burst!】

 

【最終楽章、疾風(テンペスタ)!!】

 

 唐突に響く機械音声。

 それを合図に今まで姿の見えなかった二人が距離を置いた状態で姿を現す。

 

「マルチウェイ、ストライクシフト!」

 

「冥王剣!」

 

 が、それも一瞬。

 双方共に再び空中で一歩を踏み込み、相手目掛けて得物を振るった!

 上段から振り下ろされるエルシウスと、下から上へ向かって振るわれるアルタイル。

 

――撃!

 

 魔力刃同士が激しくぶつかり合う。

 サクラが少しでも引けばレンが押し、逆にレンが引けば今度はサクラが押す。

 お互いに全力を出し合った、意地と意地のぶつけ合い。

 ――――少しでも気を抜けばやられる。

 限界ギリギリの鍔迫り合いは意外な形で決着を迎える事に。

 

「……っ」

 

 レンが微かな呻き声と同時に再び自ら後退。

 奇しくも先程と同じ展開。今度こそ押しきれる、と確信してサクラは追撃を試みる。

 だが、直後にサクラは自分の見通しが甘かった事を思い知らされる事に。

 

「――――コスモ・チェイン」

 

「!?」

 

 追撃を試みた瞬間、サクラの両手両足を金色の鎖が縛りつける。

 しまった、とサクラは思ったが時既に遅し。先程まで目の前に居たはずのレンは、いつの間にか自身の真上に居た。

 エルシウスに魔力を集中させ、止めの一撃を叩き込む準備を終えた状態で。

 

「よく見とけ、サクラ。これが本物のマルチウェイだ」

 

【Multi way!!】

 

――閃!

 

 まず一撃。

 一瞬でサクラの目の前に現れたレンはエルシウスで容赦なく一閃。

 背後に回り込み、カートリッジを一発ロード。しばし静止した後……

 

――閃、閃、閃、閃、閃閃閃閃閃閃!

 

 瞬きする間に十もの剣閃を叩き込む!

 その一つ一つ全てがサクラの身体に的確なダメージを与え、体力を確実に奪っていく。

 一撃一撃が致命傷に近い攻撃を十回もくらわせられては、流石のサクラもどうしようもない。

 レンが剣閃を全て叩き込んでからしばらくして、ゆっくりと倒れるように気を失った。

 

「っとと、あぶねー」

 

 前のめりになって落下しかけたサクラを何とか受け止め。

 地面に降り立ったレンは何かの指示を待つかのように、上空へと視線を送る。

 

【標的撃破(ターゲットクリア)。ミッションコンプリートです】

 

 ――――しばらくして、この場に居ない第三者の声が響く。

 直後。視界に移る空、建物、地面の全てが一瞬ではあるがホワイトアウト。

 だがそれも一瞬で、次の瞬間には無機質なコンクリート張りの部屋に風景は変わっていた。

 

【レン隊長とサクラさん、お疲れ様でした。最後の戦闘は中々に見応えがありましたよ】

 

「いや、アレはそんなもんじゃないだろ。俺が一方的にボコってただけじゃねーか」

 

 再び響く先程の声に、レンはいつの間にか首元に付けていたインカムに向かって話す。

 と、ここで先程から意識を失っていたサクラがゆっくりと瞳を開く。

 開口一番、サクラは最後にレンが放った最後のバインドについて文句をつけた。

 

「最後のバインドはずるいよ……。あれってミスティック・チェインの強化版だよね?」

 

「そうだ。お前が実戦で使ってたのを見様見真似で使ってみたら、あぁなった」

 

「……まぁいっか。今度こそは絶対に勝つからね!」

 

「俺はいつでもいいぜ。第一線から退く前に一本取って見やがれ」

 

 会話の途中でサクラはゆっくりと起き上がり、少しフラフラしながらも部屋の出口に向かって歩いて行く。

 それを追いかけるレンは服こそ少しボロボロだが、足取りは至って軽い。

 何よりも、二人の顔には“笑顔”があった。

 

 お互いに高みを目指す者同士だからこそ出来る手加減なしの訓練。

 納得している結果であるからこそ、笑い合える。

 全力を出したからこその結果だから、多少の不満はあれども心はすっきりしている。

 戦闘から解放された久々の日常で己を鍛えるべく、今日も彼らは訓練に励む。

 

 ……その時の彼らには想像もつかなかっただろう。

 この後、自分達が時を超えて様々な時代を駆ける事になるとは。

 彼らはまだ気付かない。しかし、既に引き金(トリガー)はセットされていた。

 引き金(トリガー)に指が掛かった時、彼らは日常の終わりを知る事になる。

説明
某所で連載中(?)のクロスリレーの戦闘オンリーな外伝。
クロスリレー本編とは一切関係なし、オリキャラのみ。

今後、こちらで執筆活動をする為のテストです。
投稿形態が多少おかしいかもしれませんが、ご了承ください。
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