垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】――  BOX―3 不幸好きと、あと変態
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 不幸を望むなら、自分のために生きることを貫け。

 

 幸福を望むなら、自分のために死ぬことを貫け。

 

 どちらも望まぬのなら、他人のために生きることを貫け。

 

 ――92回目の「僕」――

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「くーだーらーちゃーん! あーそーぼー!」

 

「……はいはい」

 

 玄関で大声を上げている善吉と、おそらく――いや確実にいるだろうめだかの元に百済は向かう。

 病院での一件があって以来、善吉とめだかは四六時中一緒にいるようになり、何故か百済もその輪に巻き込まれることが多かった。

 今日も今日とて教えた覚えのない百済の自宅に二人が押しかけ、遊べ遊べと喧しい。

 三人揃っての遊び場所といえば、これまでは出会いの場所であった病院の託児室だったのだが、やはりと言おうかなんと言おうか、めだかの「此処は狭くて飽きたぞ!」の一言で、『遊び場』の範囲は極端に拡大した。

 

 具体的には、どこかの研究施設の広大な実験室や、まともに泊まれば費用は億を超えるだろうホテルの屋上プールなど、思い切り何かが間違っているものばかりだ。

 

「お待たせいたしましたーっと」

 

「む、遅いぞ百済! 呼んだらすぐに来い!」

 

 仁王立ちのまま腕組みをして、百済を叱咤するめだか。

 他人の家の玄関で、どうしてそこまで偉そうにできるのだろう。というか、以前から言っているのだが、事前に連絡くらいは入れてほしい。

 

「ごめんごめん。今の今まで寝てたからさぁ」

 

 パジャマ姿のまま応対に出たのはせめてもの抵抗だ。

 

「そうなのか? 私は戦隊ヒーローを見て気分は最高だぞ!」

 

「僕もー!」

 

 そう言って、擬音で表すならシャキーン! とおそらくはそのヒーローのものであろう決めポーズを取る二人。

 寝起きなのにとても疲れた気分になった百済は、寝癖だらけの頭を掻きながら「着替えてくるからもう少し待って」と言い残し、部屋に戻った。

 洋服ダンスから、白い無地の長袖シャツと黒のズボンを引っ張り出して着用する。

 洗面所で寝癖に水をかけて適当に直し、頭に巻いた包帯が乱れていないか確認する。途中でキッチンに寄り、買い置きしていた惣菜パンを子ども用栄養ドリンクで胃に流し込む。三歳児らしからぬ朝食ではあるが致し方ない。

 休日は朝から晩まで遊ぶことも珍しくなかったため、留守電に伝言を残し、玄関に向かった。

 

 上がり框に座って足をバタバタさせていた二人の背に声を掛ける。

 

「……ほんで? 今日はどこで遊ぶ?」

 

 基本的に、百済は遊び場にこだわりを持たない。

 善吉は三人で遊ぶのがよほど嬉しいのか、どこであろうと元気いっぱいに遊び回る。

 必然的に決定権はめだかに回ってくるのだが、黒神財閥の令嬢ともなればその常識・観念はどこかぶっ飛んでいる。

 

「ふむ、今日は私の家で遊ぶぞ!」

 

 だが、今日の提案はいつもの突拍子もないものに比べれば幾分まとも……なのだろうか。

 

「やったー! 百済ちゃん、めだかちゃんの家ってスッゴイ大きいんだよ!」

 

「感想が漠然としすぎていて逆に想像できないよ((善吉|ぜんき))っちゃん」

 

 見たことはないが、それは大きいのだろう。黒神グループの会長宅なのだから。

 

「でも遠いんじゃないの? 行き来にあまり時間かけたくないんだけど」

 

 近くにあるのなら噂になっていないわけがないし、百済が暮らす極普通の住宅地にそんな豪邸があるのなら目立つ以前に違和感しか感じない。

 

「それは問題ないぞ!」

 

 いつの間にか外に出ていためだかが、パチリと指を鳴らす。それを合図に烈風を巻き上げて上空に現れたのは漆黒のボディを持つ大型の――

 

「……軍用ヘリっスか」

 

「わーいヘリコプターだー!」

 

 目をキラキラさせているところ悪いのだけれど善吉くん。キミは本当にあれに乗る気なのかい?

 タンデムローターの轟音で、近隣の住民が何事かと窓から顔を出している。悪目立ちしすぎだった。

 

「大体、どこに着陸させる気だよ。そんなスペースないでしょ」

 

 百済の自宅前の道路は、車二台がギリギリすれ違えるほどの幅しかない。機体そのものは何とか収まるだろうがローター部分は間違いなく家屋を直撃する。

 

「ふふん、愚問だな百済よ。この私がそのことに考えが及ばなかったとでも?」

 

「むしろこれ以上何か考えがあるのかと思うと不安で仕方がないよ」

 

「ふむ? ……まあいい。さあ善吉、百済、早く乗るがよい!」

 

 そしてヘリから垂らされる縄梯子。

 躊躇いなく足を掛け、上ってゆくめだか。

 

 イヤナヨカンから、トテツモナクイヤナカクシンに変わった。

 

「いやいやいやいや無理だから。僕三歳、キミたち二歳。おわかり?」

 

「百済ちゃーん、はやくー!」

 

「善吉っちゃんも素直に上らないで!」

 

 二人とも行動力ありすぎだから、という百済の叫びは轟音で掻き消された。

 

 兎にも角にも、善吉もああでは仕方がない。二人と出会ってからもはや癖となりつつあるため息を吐き、百済も縄梯子に足を掛けた。

 それと同時に梯子の巻き上げを開始するヘリ。

 

『さあ、私の家へ向かうぞ!』

 

「とりあえずスピーカーで話すのをやめてほしいなぁ」

 

 ウィーン、と巻き上げられながら、明日からのご近所付き合いに苦労しそうだと、現実逃避気味に主婦じみた考えで辟易する百済であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ねっ!? スッゴイ大きいでしょ!?」

 

「ああうん、ソウダネー」

 

 着陸したヘリの窓から外を覗く。

 

 黒神グループ。

 世界有数の大財閥、その会長宅なのだから、世間一般の常識に当てはまらないような豪邸に住んでいるのだろうという百済の予想は概ね当たっていた。

 しかし、

 

「限度ってあるだろうに……」

 

 百済の住まう一軒家など十や二十は余裕で入ってしまうそうな洋風建築は、屋敷ではなくもはや城に近い。

 広大な野原は、めだかに言わせれば「ただ広いだけでつまらない」ものであるらしく、屋敷の後方にも同じ規模で広がっているらしい。その野原をぐるりと取り囲むのは戦車でも打ち崩すことが不可能な厚さと高さを持つ鉄扉と城壁だ。

 

「……要塞かよ」

 

「何を呆けている。早く降りるぞ!」

 

 めだかに急かされてヘリを降りる。

 足元に広がるのは屋敷の玄関まで延びるレッドカーペット。その両脇にはずらりと並んだメイドさんと執事さん。

 

『お帰りなさいませお嬢様!』

 

 一糸乱れぬ動きで一礼するメイドさんと執事さん。

 めだかはそれに軽く手を挙げて応え、善吉に至っては暢気に「こんにちはー」と挨拶している。

 

「……もういいや」

 

 人生は諦めが肝心、というのは誰の言葉だったか。

 

 善吉に背中を押される形で、百済は黒神宅に足を踏み入れた。

 内部も絢爛豪華の一言に尽きるのだが、頭が痛くなってきた百済は早々に観察するのを諦めた。

 

 通されたのはめだかの自室であるらしい。

 子供部屋らしからぬ内装ではあったが、ぽつりと飾られているビスクドールや掛けられた子供服が、かろうじてめだかのために用意された部屋であることを教えている。

 

「さあ、遊ぶぞ!」

 

 どこからか大量のボードゲームを引っ張り出すめだか。

 箱庭病院であれだけの知育玩具をいとも簡単に解いていためだかにとって、文字通り児戯に等しいものなのだろうが、三人でできる遊びとして彼女なりに考えた結果なのだろう。

 

 場所は異常だが、遊びの内容は至極まともであることに百済は安堵するのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……にしても広すぎだろうよこの家」

 

 善吉とめだかがオセロをし始め、百済も傍らでそれを眺めていた。だが、長丁場になりそうな雰囲気――めだかが善吉に合わせてレベルを落としていたため――だったので、めだかに一言「散歩してくる」と伝えて部屋を出たのだ。

 

 それがいけなかった。

 

「迷ったねーこりゃ」

 

 口に出しても虚しさが増大する一方だ。

 道を聞こうにも、十数分歩いて誰とも出会わない。

 

「玄関からめだかちゃんの部屋までの道は覚えているから……まずは玄関でも探すか」

 

 とりあえず迷路脱出の定石として『左手の法則』を実行することにした。これは壁に左手をつき、壁に沿って進んでいけばいずれは出口に辿り着くというものなのだが。

 

「他人様の家の中で使う羽目になるとは思わなかったよ」

 

 愚痴りつつも進んでゆくと、一際異質な扉の前に辿り着いた。

 鎖で幾重にも囲い、いくつもの南京錠で封印された重厚な造りだ。

 押し開けてみると、どうにか子ども一人が通れるくらいの隙間ができた。

 

「……中に人がいれば御の字か」

 

 隙間に身体を捻じ込む。

 

「ここは……図書室か?」

 

 百済の目に飛び込んできたのは、大量の本、本、本の山。

 大人の背丈の倍はある本棚にはみっしりと本が収まっている。それも専門家しか理解できないような難解な学術書ばかりで、百済の知る図書館のような安らぎなどの多幸感はない。

 

 照明の類がないため薄暗く。

 あるのは全身に襲い掛かる負の重圧。

 この部屋全体が不幸を望んでいるかのような、粘り――纏わりつく執念が百済には酷くむず痒い。

 

 本棚の合間を縫うように進んでいく。途中、積み重なった本や乱暴に丸め捨てられた紙屑などがいくつも放置されていた。

 どうやら、この部屋を使用している人間は片付けには興味がない性格であるらしい。

 

 それが、彼女だ。

 

 部屋のほぼ中央、唯一照明のついた机にかじりつき、鬼気迫る表情で狂ったようにペンを走らせている少女がいた。身体を鎖で縛りつけた拷問の如きスタイルで、脇目も振らず一心不乱に学業に励む姿は一種の造形美として百済の肌を粟立たせた。

 

 百済は少女に声を掛けることもなく、本の山の一つに腰かけた。

 少女は百済に気付いていないのか、それとも意識して無視を決め込んでいるのかは分からないが、ペンの音だけが響く空間の中、互いに無言のまま時間だけが過ぎて行った。

 

 

 

 

 

「おいテメェ」

 

「んん?」

 

 二十分ほど経ち、百済が何故かあった奇術の指南書を半分ほど読み終えたところで。

 少女らしからぬ口調で呼びかけられた。

 

 百済がページから視線を移すと、少女がこちらを睨んでいる。

 

「さっきから視界の端で鬱陶しいんだよ。邪魔だからとっとと失せろ」

 

「そりゃ確かに、先客のお前に挨拶も許可も取らなかったのは悪いと思うさ。けど、((それがどうかしたか|・・・・・・・・・))?」

 

 百済も乱暴な口調で、少女を睨み返す。

 

「鎖で縛られているお前にとって、僕はそんなに気を取られるような存在なのかよ、あぁ?」

 

 少女は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、それ以上は何も言わず再び机に向かい始めた。

 百済は本を元の場所に戻すと、出入り口ではなく、少女の隣に歩み寄る。

 上から紙面を覗き込むと、そこには無数の数式や遺伝子配列、薬の化学式らしきのもが延々と羅列してあった。

 

「はっ、さっぱりわかんねぇや」

 

「……当たり前だ。テメェみたいなお気楽で幸せそうな奴に解けるものじゃない」

 

「へぇ、そう見えるか?」

 

「私は幸福を嫌悪する、忌避する、拒絶する。楽しむことはなまけることだ。喜ぶことはだらけることだ。笑うことは不真面目なことだ。歴史上の天才の((尽|ことごと))くが不遇の人生を送っている。偉大な発明や発見のほとんどが劣等感から生まれている。素晴らしいものは地獄からしか生まれない!」

 

 少女は両手を机に叩きつけた。それだけでは飽き足らず、積まれていた本を蹴り飛ばし、時計や水差しを叩き落とす。

 

「それに比べてこの私はどうだ!? 恵まれた生まれ恵まれた容姿恵まれた才能恵まれた環境! クソ喰らえだ! こんな幸福のままじゃ私は駄目になる! もっと苦しまなきゃ、もっと追い込まれなきゃダメだ! もっと地獄を、もっともっと地獄を!」

 

 形振り構わず物に当り散らす少女。

 その姿に、欲望に。

 不幸の何たるかを知らないド素人の醜態に。

 百済は殺意を覚えた。

 

 

 

「――そこまでにしとけよ不幸((もどき|・・・))が」

 

 

 

 

 唐突に、少女の右腕に鋭い痛みが走った。

 手首から肘の辺りに掛けて、無数の細かい切り傷が出来ていたのだ。今暴れたために出来たものではない。いずれもそう深くはないものではあったが、それらは少女の動きを止めるには十分な役割を果たす。

 

 突如現れた傷に困惑する少女の隙を逃さず、百済は少女を椅子ごと全力で蹴り飛ばした。

 

 鎖に繋がれていたため、少女は机の上に吊るされる形となる。

 百済は机に飛び乗り、少女に覆いかぶさる。

 左手は少女の首を握り、右手は袖口から取り出したドライバーを掴んで、少女の琥珀色に輝く瞳の数ミリ手前に突き立てた。

 

「……いいこと教えてやる。今までお前がどんな不幸を経験してきたか知らないけどな、そんなもんは不幸ですらねぇよ。本当の地獄がどんなものか見たことがあんのか? 自分の断末魔を聞いたことは? 屍臭を嗅いだことは? 生きながら身を焼かれたことは? 骨という骨を砕かれたことは? ((不幸|ぼくたち))が味わった地獄のほんの一端でも見たいっつーんならその綺麗な両の目ン玉抉って素敵で愉快な光景たっぷり見せてやんよ」

 

 ぎりぎりと左手に力を込める。

 少女が腕を引っ掻いてこようがお構いなしだ。

 友人の家族だろうが知ったことか。

 

「――っか、がっ、が、はっ!」

 

「素晴らしいものは地獄から生まれる? 地獄からは最低と最悪しか生まれねぇよ! 世界の天才や偉人は不遇の人生を送っている? お前の頭ん中にご本人降臨して囁きでもしてんのか? ボクノジンセイハフコウデシター、ワタシノジンセイハサイテイデシター。お前ひとりの価値観で他人の人生の良し悪し決めつけてんじゃねぇよ」

 

 そこまで言って、百済はようやく手を離し、机から下りた。

 

「ゲホッ、ケホッ! ガッ、ゲホッ!」

 

 少女が咳き込み、涎を垂らしながらも百済を視線で射殺そうとする。

 

「本当に――正真正銘の不幸なら、発見や発明なんか出来やしねぇよ。這い上がる余地なんて微塵もなく、ただひたすら滑稽に、見るも無残に堕ちていくだけだ」

 

「……なら」

 

 掠れた声で少女は問う。

 

「なら私はどうしたらいい!? これ以上ない((偉人|アブノーマル))になるために、私はどうしたらいいんだ!? 教えてくれよ!」

 

「…………めだかちゃんがめだかちゃんならお前もお前だな。いくら姉妹でも余計なところまで似すぎだ」

 

 あれだけ濃密だった殺意は嘘のように消え去り、のんびりとした動きで少女に手を伸ばす。

 少女は思わず目を閉じるが、訪れたのは痛みではなく、頭を優しく撫でられる感触。

 

「何でもかんでも一人で背負いすぎだっつの。天才たちだって理解者がいたから死ぬまでやってこれたんだろうが。お前も友達でも作ってそいつを頼れよ」

 

 基本的な解決にはなっていない。おまけに他人任せ。

 格好のつかない答えであった。

 

 けれど、

 

「テメェ、結構バカだろ」

 

 救われた。

 

「まあ、お前に比べたらそうだわな」

 

「……でも、ありがとな」

 

 聞こえないほど小さな声で呟き、一筋の涙を流しながら、糸が切れたように少女は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あ、帰り道聞くの忘れた」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 水面を漂うような感覚と柔らかな熱で、黒神くじらは目を覚ました。

 視界に映るのは、滅多に見ることがなかった自宅の廊下と、誰かの背中。

 自分は今、背負われているのだとすぐに理解した。

 

「やっと起きたか。つかお前軽すぎ。食うもん食わないと背も伸びねぇぞ?」

 

 聞き覚えのある声。

 何故だか無性に恥ずかしくなったくじらは、百済の肩から顔を離した。

 

「おいテメェ――」

 

「お前それ女の言葉遣いじゃねぇぞ。ついでにテメェじゃねぇ。垂水百済っつー立派な名前があるっつの」

 

「ああそうかよ。私にもくじらって名前がある。それで垂み…………百済、どうして私をおぶっているんだ?」

 

「名前呼び捨てかよ……まあいいけど。お前に帰り道を聞こうと思ってな。起きるまで待つのも、放っておくのもアレだったし、何となく?」

 

「帰り道って……百済、もしかして迷子か?」

 

 百済は答えない。けれど全身から『それは言うなオーラ』が撒き散らされている。

 

「へぇ――ふぅん」

 

 にやり、とくじらの顔に意地の悪そうな笑みが浮かぶ。

 

「迷ってんだぁ。私にあんなこと言っといてガキっぽーい」

 

「三歳だからガキでいいんだよ、落とすぞコラ」

 

「あーあ、じゃあこの優しい大人なくじらさんが仕方なーく教えてやるよ。ちょっと止まれ」

 

「おや意外と親切。しかしその少女には裏の顔が――痛っ!」

 

「馬鹿なこと言うな。じゃあ……回れ右っ」

 

「暴力反対。つか方向逆かよ!」

 

 ぶちぶち言いながら、反対方向に歩き始める百済。

 

「ところで百済はどうして私の家にいるんだ?」

 

「ほんとに今更だなその質問。めだかちゃんに誘われたんだよ。日曜の朝から叩き起こされてな」

 

 突き当りを右に曲がり、広大な野原を窓から眺めながら進む。

 

「妹と……友達なのか?」

 

「あ? あー、どうだろうな。家に誘うくらいだから、向こうは友達だと思ってんのか?」

 

「私が質問したんだろうが」

 

「友達の定義なんか知らねーって。お互いにそう思えばそうなんじゃねぇの?」

 

「……そういう、ものなのか」

 

「僕の主観だから信用できねぇけどな」

 

 その後、くじらは何も言わなくなった。ただ、ぶつぶつと低い声で呟いている。

 少し怖いの止めてほしいと百済は思った。

 

 階段を下り、大広間の前を通り過ぎる。

 

 くじらが再び口を開いたのは、別の階段を上がり、同じような扉がいくつも並ぶ廊下を進んでいるときだった。

 

「じゃ、じゃあ……さ」

 

「んー?」

 

「私も、その、と、友達になっていいか?」

 

 消えてしまいそうなか細い声。けれど、百済にははっきりと聞こえた。

 聞こえはしたが、さっきの仕返しとばかりに聞き返す。

 

「あ? なんだって?」

 

「こ、の……………………と、友達に、なってください!」

 

 見えないが、おそらくくじらの顔は真っ赤に染まっているだろう。

 

「オーケーオーケー、よく言えました」

 

「……テメェ、性格最悪だな」

 

「親の教育がいいもので。んじゃあ、ほれ」

 

 肩越しに右手を差し出す。

 

「何だ?」

 

「友好の証っつーことで、とりあえず握手?」

 

「どうして疑問形なんだよ」

 

 それでも、くじらは手を握り返した。

 とても温かく――顔が綻ぶほど嬉しかった。

 

「ところで、めだかちゃんの部屋ってまだか?」

 

「あ、ああ。もう少し先、名前が扉に彫られてあるはずだから――」

 

 あれだ、とくじらがとある扉を指差した途端、それは内側から吹き飛ぶように開き、

 

 砲弾の如き勢いで、少年のような『何か』が壁に激突した。

 

「………………」

 

 百済、訳がわからず無言。

 

「………………」

 

 くじら、顔を歪めて無言。

 

「ウ、フフ、フフフフフフ。抱きついただけで正拳突きなんて手厳しいねめだかちゃん。けど大丈夫、お兄ちゃんには本心がちゃーんと伝わっているよ? 照れ隠しなんだねそうなんだね? 本当は嬉しいけどお友達の前だから恥ずかしかったんだね? ああもうそんな照れ屋さんなめだかちゃんも可愛いなぁ」

 

 クネクネガクガクと痙攣しながら、呪言めいたことを口走る少年っぽい『何か』。

 

 うわー、と百済はくじらを見やる。

 くじらは、気まずそうに、けれどもあからさまに目を逸らした。

 

「あのー、くじらさん?」

 

「……さっさと部屋に入って扉閉めて鍵かけろ」

 

「いやでもこの人……」

 

「いいから早く!」

 

 言われたとおり、めだかの部屋に入って扉を閉めて鍵をかける。

 

「わー、お帰り百済ちゃん!」

 

「お姉様……?」

 

 帰ってきた百済に善吉は喜び、めだかは背負われているくじらを見て目を丸くした。

 

「百済ちゃん、お土産ある!?」

 

「ねぇよ。んで? 僕がいない間に何があったわけ? 二人でオセロしてたんだよね?」

 

 百済はめだかに説明を求める。

 とりあえず、部屋の外のいるアレがめだかに抱きついて殴り飛ばされたことまではわかっている。その前が知りたい。

 

「うむ。実は貴様が出て行った後、勝負は思いの他あっけなく着いてな。貴様が帰ってくるまで将棋やチェスもしていたのだ。そうしたらウチの変態兄貴が全速力で突っ込んできたのだ。だから私はこんなこともあろうかと体得していた格闘術をもって――」

 

「――ちょっと待て。兄貴?」

 

「うん、めだかちゃんのお兄ちゃんの真黒さんだよ?」

 

 話を遮った百済の疑問に、善吉と背中のくじらが答える。

 

「……あの変態的な物体Xの名称は黒神真黒。私たちの、尊敬できるかとても微妙な兄貴だよ」

 

 確かに自分で『お兄ちゃん』とか言ってたなぁアレ。

 

「つまり、黒神家は変なのがいっぱい居るんだな」

 

「「((兄貴|アレ))と一緒にするな!!!」」

 

 しみじみ言う百済の頭を、めだかとくじらが同時に叩いた。

 

「にしても、締め出しちゃったけど本当に良かったのか?」

 

「ああ。この程度じゃまだ生温い方だし」

 

「お姉さまの言うとおりだ。いつもならこのまま兄貴の部屋まで引き摺って閉じ込めて見張りを立てなければ心配なくらいだからな」

 

「どういう兄弟関係だよ」

 

 

 

「フフフ、めだかちゃんは愛情表現が少し過激なんだよ」

 

 

 

 背後から聞こえてきた声に、百済はくじらを背負ったままその場から飛び退き、めだかに至っては完全に臨戦態勢に入っていた。

 

 立っていたのは当然――黒神真黒。

 

 めだかが日常茶飯事と言うだけあって、兄の耐久性もかなりのものであるらしい。

 よくよく観察してみれば、確かに――男女の遺伝子的な骨格の差はあるものの――顔の造りがめだかやくじらによく似ていた。

 けれど、普通だ。

 めだかのような、くじらのような異常性を感じない。

 同じ親から生まれ、同じ環境で育って、妹たちだけ異常性が開花することなどあり得るのだろうか。

 まあ、重度の((妹愛|シスコン))も異常といえば異常だが。

 

「お兄様、鍵がかかっていたはずなのにどうやって……」

 

「それはねめだかちゃん。愛さえあれば妹の部屋のカギなんか無に等しいからさ!」

 

 いや意味わかんねぇから。

 

 扉を見れば、カギの部分が取っ手ごと分解されていた。

 そこまでするか?

 百済は真黒の深すぎる愛(業とも言う)に戦慄した。

 

「おや、善吉くんの他にも見慣れない子がいるね? キミもめだかちゃんのお友達かい? 仲が良くていいねえ。けど僕のめだかちゃんに対する愛には及ばない。ああ自己紹介がまだだったね僕はめだかちゃんの兄の真黒だよ。好きなものは妹、大事なものは妹だ。本当はもう一人、くじらちゃんっていう愛すべき可愛い妹がいるのだけれどこれが少し――ってくじらちゃゴハァ!!」

 

「吐血してぶっ倒れた!? 何で!?」

 

 血の池に倒れ伏す真黒にツッコむ百済と、衝撃的な光景に涙目になる善吉。

 黒神姉妹は冷静に――というか虫ケラでも見る目つきになっている。

 

「く、くじらちゃん!」

 

 バネ仕掛けのように飛び起きる真黒。

 もう何も言うまい、と百済は傍観を決め込んだ。

 

「どうしたんだいくじらちゃん!? 僕があれだけ説得しても書庫から一歩も出なかったのにめだかちゃんの部屋にいて、し、しかもそんな素直な子猫のようにおんぶされてるだなんて! くぅぅ羨ましい! 羨ましすぎるぞ名前も知らないキミ!」

 

「………………」

 

 くじらは無言のまま、百済の背中から跳び上がると――

 

「ぜひ代わってくれさあ代わってくれ! 待っててねくじらちゃん、お兄ちゃんがすぐに最高のおんぶをしてあげるからねゲハァッ!」 

 

 見事な延髄蹴りを叩きこんだ。

 吹き飛ぶほどの威力はないが、人体の構造と急所を熟知した、正に一撃必殺の破壊技だった。

 そして反動を利用して体勢を整え、百済の背中に舞い戻る。

 

「……ところでお姉さま。いい加減、百済の背中から下りてくれませんか?」

 

「どうして? 別にいいじゃないか、誰にも迷惑をかけたりしてないだろ?」

 

「百済が困った顔をしています。それになんだか私も不愉快です」

 

「何だ、嫉妬か? んん?」

 

「是が非でも下りていただきます!」

 

「はっ、やれるもんならやってみろ!」

 

「お前ら僕を挟んで喧嘩してんじゃねぇええ!!」

 

 姉妹に前後を封じられて辟易する百済。

 

「わーい、僕も混ざるー!」

 

「善吉っちゃんは少し空気読んで頼むから!」

 

「さあくじらちゃんめだかちゃん! お兄ちゃんの背中はここだよ!」

 

「「邪魔だ!」」

 

「僕もおんぶー!」

 

「…………誰でもいいから止めてくれ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 友人の家に招かれ、日常を紡いだ。

 不幸好きの少女と出会い、不幸を説いた。

 妹好きの少年と出会い、変態を知った。

 

 全てが夢であれば良かったと、今でも切に願う。

説明
第三話
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