垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】―― BOX―4 ど・う・ぶ・つ・えん、だぁあああっ! byめだか |
日常と非日常に、そう大差はない。
獣にとって、人間が生きていることがすでに非日常だからだ。
――43回目の[僕]――
◆ ◆ ◆
本日、俗にゴールデンウィークと呼ばれる連休の初日。
天気は快晴、降水確率0%。
絶好の行楽日和であった。
何処も彼処も親子連れで賑わい、騒がしいながらも和気藹々とした雰囲気に満たされていた。
それはこの動物園も同様であった。
ただし、その入り口では既に一騒動起こってはいたが。
「さあ着いたぞ! 動物たちを愛でて撫でて遊んでやろう! 皆私に続くがよい!」
「待ってー!」
先陣を切って動物園に吶喊してゆくめだか。
その後を楽しそうに追いかける善吉。
「いつもの凛としためだかちゃんも可愛いけど、動物目当ての無邪気なめだかちゃんも可愛いなあゲフェッ!」
「邪魔だから前でグネグネしてんなよ馬鹿兄貴。つか私は勉強の途中だったんだがな」
深すぎる妹愛に悶える真黒。
兄の背を蹴り飛ばし睥睨するくじら。
そして最後に――
「と言いつつさりげなく僕に負ぶさるのやめてくれねぇかなくじらちゃん」
寝癖が残った頭を掻き、欠伸を噛み殺している百済。
なんとも個性的すぎるこの五人組も、休日ということで動物園に繰り出したのだ。
◆ ◆ ◆
いつものように黒神家に招待された善吉と百済(輸送方法については既にご近所名物になっていたりするので割愛する)。
遊びの内容を決めようとしたのだが、偶然点いていたテレビにめだかが釘付けになった。
つられて見やれば、行楽地の特集をしているらしく、動物園を背景に、リポーターが通りかかった親子に話を聞いていた。
「動物園か……」
「百済ちゃんは行ったことある?」
「んー、去年幼稚園の遠足で行ったかな……。善吉っちゃんは?」
「うん、お母さんと一緒に行ったことあるよ」
動物さんがいっぱいいたよー、と当たり前な感想を言う善吉。
――あの瞳先生と一緒に?
百済は想像した。
善吉と手を繋いで動物園を歩く人吉女史…………どこから見ても姉と弟だった。
怖い絵になってしまった。
「――ぃぞ」
「はい?」
黙ってテレビを見ていためだかがぽつりと呟いた。
「私も動物園に行きたいぞー!」
「はあ、左様ですか」
何となく、今後の展開がどうなるか分かってしまった百済であった。
◆ ◆ ◆
「こうして僕たちは動物園に来ることになったのでした、まる」
案の定、早朝から迎えに来ためだかたち一向。
予想できていたからといって早起きするような考えは百済にはなく、身だしなみを整えるのもそこそこに、用意された車に乗り込んだ。
「……何度も言うけどさ、限度とか常識とかあるだろうに」
ちらり、と今しがた降りた車を見る。
動物園に似つかわしくない黒塗りのリムジンが威風堂々と停車していた。
周囲には人だかりができ、写真を撮る者まで現れる始末。撮ってどうしようというのか。
「動物以上に注目されてるし」
「百済くん、突っ立ってないで私らも行こう」
呆れていても仕方がない。
くじらに促されるまま、百済も動物園に足を踏み入れる。途中で変態っぽいものを踏んだような気がしたが、くじらが何も言わないのでスルーした。
「あれ? めだかちゃんと善吉っちゃんは?」
中に入ると、先に行ったはずの二人が見当たらない。
優しい善吉と理路整然としためだかの性格上、待っているものと思っていたのだが。
「大方興奮してあっちこっち走り回ってんだろ。さてと、私らはどれからにする?」
背後から肩越しに延ばされた手がパンフレットを広げる。
どれだけ文句を言っていても、めだか同様楽しみではあるらしい。
「やっぱ爬虫類館は外せないよな。あとハシビロコウもいいな、あの近寄るなって目つきと雰囲気が好きだ」
動物のチョイスは少々微妙だが。
「一緒に見るのは決定事項なのね、まあいいけど。ほんじゃリクエストにお応えして爬虫類館から回りますか」
子供向けにやたらデフォルメされた地図を確認し、爬虫類館へ向かう。
ちなみに真黒はその場に放置した。放っておいても、余りある妹への愛とやらでめだかかくじらの元へ飛んでくるはずだ。即座に反撃されるだろうが。
「にしても人が多いな。思わず解剖したくなっちゃう?」
「笑って物騒なこと言ってんじゃねぇよ、僕たちだって同じ立場だろうが。んなことより、僕はお前が来たことに驚いてんだけどな」
実は百済と出会った後も、くじらの不幸好きは治まることはなかった。
睡眠時間と食事をこれまでよりも多く取り、何故か百済が居る時に限ってではあったがめだかたちとも遊ぶようになった。けれど、それ以外の時は相変わらず書庫にこもり、机にかじりついて数式を解く日々が続いていた。
気付いた点と言えば、勉強しているときの顔つきが幾分柔らかくなったことが百済には不思議だった。以前は強迫観念に駆られた鬼のような表情だったのだが、今はどこか余裕のあるものになっているのだ。
心境の変化でもあったのか、と一度聞いたことがある。
くじらの答えは、
『過去の偉人たちには理解者がいたから不幸ではないし孤独でもなかったんだろ? だったら私にも必ず素晴らしいものを生み出せる。今ならそう確信できる。私にもちゃんといるからな!』
というものだった。
よくは分からないが、自分の意見――あれは脅迫に近かったが――を参考に、新たな考えに至ることが出来たのだと納得することにした。
「別に妹とばっかり動物園に行くなんてズリーとかそういうのじゃなくてだな、たまたま、偶然にも今度の研究対象がこの動物園にいる猛獣だったんだ。都合がよかったからついてきた。特に深い意味はない、うん、ないんだ」
余談ではあるが、出かけることを聞いたくじらが、それまで着手していた研究をほっぽりだして動物対象の研究に切り替えたことは誰も知らない。
「お、着いたぞ? 爬虫類館」
「外は結構普通なんだな」
「そりゃそうだろ」
密林を模した爬虫類館の内部は薄暗く、動物のいるガラス張りの檻だけが淡いライトで照らされていた。
独特の光沢をもつ鱗や瞳に、くじらは目を輝かせる。
「……一匹でもいいから欲しいなー」
「お前だとペットというより動物実験に使いそうで怖いな」
「もちろんアレとは別にだ」
「実験動物は既にいるのかよ」
その後もカメレオンに餌やりをしたり、ニシキヘビに巻かれたりと濃い時間を過ごした。
「うあー、まぶしー」
薄明かりに慣れていた眼が、日光で眩む。
「次はハシビロコウだな」
「あのお前に雰囲気似てる鳥ね………………似てるって言えば、お前とめだかちゃんもそっくりだよな」
「……そんなに((妹|アイツ))と似てるのか?」
「ああ、目つきはお前の方が数倍凶悪だけど、顔とか偉そうな話し方とかはほとんど同じだな」
「……そうか、同じか」
何気なく振った話題なのだが、どういうわけかくじらの機嫌が悪くなり、首に回された腕の力も強くなったような気がする。
「――嫌だな」
「ん?」
「なんでもない」
どうかしたのかと立ち止まり、振り返るが、くじらは顔を伏せてしまっていて表情は分からない。
「気分が悪いなら休憩するか?」
「いい、大丈夫」
「んな不機嫌そうな声で大丈夫って言われても――っ!」
そこで百済は異変に気が付いた。
「くじらちゃん」
「だから大丈夫だって――」
「そうじゃなくて……静かすぎないか?」
え? とくじらも顔を上げて周囲を見回した。
道行く親子連れや風船を持ったマスコットキャラの着ぐるみ。
平々凡々とした動物園の一風景だ。
だが、そこにはあるべきものが、なければならないものが欠落していた。
「動物が、いなくなってる?」
くじらの言葉通り、檻の中はもぬけの殻となっていた。
一つに近寄って見てみるが、鳴き声はおろか気配すら感じない。
二人の横を、ただならぬ様子の係員が無線機に喚きながら走っていく。
「どうする百済くん?」
「どうするもこうするも、ひとまず善吉っちゃんたちと合流しようぜ。真黒さんも……こっちにいないってことはめだかちゃんのところにいるんだろうし」
入口からここまで会うことはなかった。ならばこのまま進んだ先に三人がいる可能性は高い。
百済はくじらを背負ったまま走り出した。
◆ ◆ ◆
幸いにも、三人とはすぐに合流を果たせた。
だが、様子がおかしい。
あれだけはしゃいでいためだかは傍から見てもわかるくらいに落胆し、隣にいる善吉に話しかけられても肩を震わせるだけで何も言わない。
その善吉の顔も悲しげで、必死にめだかを慰めようとしている。
「兄貴、どういう状況なんだこれは? 動物全員アブダクションでもされたのか?」
「くじらちゃん、一研究者としてその発想はどうかと思うぜ?」
くじらが、数歩離れたところに立っていた真黒に声を掛けた。
さすがに((変態的行動|いつものようなこと))は自重しているのか、苦笑を浮かべている。
「ああ二人とも……実はこれはめだかちゃんが原因なんだ」
「アイツの?」
「めだかちゃんの圧倒的存在感――威圧感のせいで動物たちが怯えてしまったんだ」
「それでこの有様、ですか」
改めて、めだかの異常性には驚かされる。
万能であるがゆえに孤独で、完全であるがゆえに孤高で、完成しているがゆえに孤立する。
望んで生まれ持ったわけではないだろうに。
こうなれば異常も過負荷も大して変わらない。
「……しゃーねぇな」
ため息を吐き、くじらを下ろす。
「百済くん?」
「僕なりにめだかちゃんを慰めてみるわ」
「何をする気だい?」
「まあ見ててください」
二人をその場に残し、めだかたちに歩み寄る。
「百済ちゃん……」
「百済ぁ……」
「ひどい顔だねぇ二人とも。それはさておき」
めだかの背を押して、檻に近づける。
「グスッ……何のつもりだ百済。こんなことをしても動物が出てくるわけがないだろ」
「いいからそこで待ってなって」
言い残し、何処かへ走っていく百済。
そのまま五分ほど経ったときだろうか。
動物園の至る所から悲鳴じみた鳴き声が響き始め、奥から動物たちが飛び出してきた。
「わあー、ライオンさんだー!」
善吉は両手を挙げて喜んでいるが、めだかは信じられないらしく呆けている。
ライオンはめだかに縋り付くような視線を投げかけ、自ら頭を垂れて服従の意を示した。
めだかが恐る恐る手を延ばして頭を撫でても、されるがままだ。
「善吉! 触れたぞ!」
「よかったねーめだかちゃん!」
「一体何が……」
「百済くんが何かしたのは間違いないだろーけど」
くじらと真黒は顔を見合わせて首を捻る。
飛び出してきた動物たちがめだかを怖がっていないこともそうだが、何より二人の目には、そのどれもがめだかに助けを求めているように見えるのだ。
動物は人間に比べて正直だ。
弱肉強食。弱者は常に強者に従うことで己の身を守ろうとする。
ならばこの場には、めだかよりも恐ろしい、めだかに助けを求めたくなるような『何か』がいることになる。
「やってみるもんだねぇ。ここまでとは思わなかったけど」
いつの間にか戻っていた百済が飄々と言う。
「百済くん、これはキミが?」
「ええまあ。裏に忍び込んで、ちょっと目を見ただけですよ?」
――友達のためなら((嫌われ者|マイナス))になるのも悪くない。
そう呟く百済の笑みに、真黒は感謝すべきなのだろうが、何故か震えが止まらなかった。
◆ ◆ ◆
帰りの車内。
動物と触れ合えたことがよほど嬉しかったのか、めだかの興奮はいまだに冷めることはなかった。
購入したぬいぐるみを抱きしめて、善吉と話し込んでいる。
「……百済くん」
「ん?」
車窓から外を眺めていた百済に、隣に座っていたくじらが話しかけてきた。
「さっき言ってたよな。友達のためなら嫌われ者になってもいいって」
「うん」
くじらはこてん、と百済の肩に頭を載せた。
柔らかな熱と、優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「私は嫌わないからな」
「え?」
「百済くんが何をしても、誰にどう言われても、私は絶対に百済くんを嫌ったりはしないからな」
「…………」
静かに、けれど確固たる意志を秘めた口調。
ふざけて言い返す気は毛頭なかった。
ただ一言だけ、
「……ありがと」
そう呟くだけだった。
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