垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】―― BOX―12 過負荷だって困ります |
絵画も楽曲も彫像も詩歌も。
万人に理解されるものを芸術とは呼ばない。
理解されないから、芸術としか呼ばれない。
――168回目の『僕』――
◆ ◆ ◆
「…………えーと、コレ、僕のせいか?」
呟き、善吉と阿久根を振り返るが、困り顔の二人は黙って肩を竦めるだけだった。
肩を竦めたいのはこっちの方だ。
何だこれは。何なのだこれは。
「不和兄ぃ、用が済んだんなら早く買い食いしに行こうよー。人吉も突っ立ってないでさー」
「そうだなー。お前はもう少し空気読もうなー」
不知火が制服にぶら下がって急かす。
適当に相槌を打ち、足元に倒れている三人の乙女を見た。
燃え尽きている。というより、焼け焦げている。
もちろん、『上手に焼けましたー』と本当にこんがり焼けているわけではなく、あくまで例え、比喩表現だ。
比喩表現…………ではあるのだが。
立ち上る煙を幻視できてしまうほどの衝撃を精神に受けているようで、三人とも死に体の如き有様だ。
焼身ではなく傷心。
試しに、その辺に転がっていた絵筆で突いてみる。
何の反応も示さない。
「……返事がない。ただの屍のようだ」
「いや三人とも生きてるからね?」
「確かにデビルやべぇダメージ喰らってましたけど……」
はああぁ、と男子三人の暗澹とした溜め息が重なる。
この後始末は一筋縄ではいきそうにない。
とりあえず、どうするべきか。
ひとまず無意識のうちにしがみついてくるめだかの相手は自分がしなければならないとして、残りの二人はここに連れてきた後ろの馬鹿野郎どもに責任を取らせて何とかしてもらおう。
というか、何とかさせる。絶対に。
ああ。
まったく面倒だ。
どうして役員でもないのにこんなことをしなければならないのだろうか。
◆ ◆ ◆
美術室の扉を開けると南国であった。
「…………んなわけねぇだろ」
あれは『雪国』だ。
冒頭の句こそ知っているものの、未だに読んだことはないため内容は知り得ないが、少なくとも、水着姿の少女が登場したりはしないし、自信満々にサイドチェストでポーズを取ったりもしない――はずだ。そうであってほしい。そんな近代文学は嫌すぎる。
場所が美術室に変わってもいつも通りである光景に、不和はため息をつかずにはいられない。最近、ため息をつくのが癖になってしまっている気がする。
とにかく。
ええと。
何してんのこいつら。
「素晴らしい! さすがはめだかさん! あなたはまさに美の女神だ!!」
今日も今日とて阿久根は一方通行のめだか道を邁進中。
善吉は幼馴染の奇行を目の当たりにして口から魂が抜けかけている。
そして我らが生徒会長様は――
「フッ。阿久根書記、女神とは過大評価だな。せいぜい妖精か天使が妥当なところだろう」
謙遜になっていない謙遜をしつつも、扇子を片手にまんざらでもない御様子。まあ、容姿を褒められて喜ばない人間はいないだろうが。
ああ帰りたい。
扉を閉めて無関係を装いたい。
ほら、関係者以外立ち入り禁止と張り紙がしてあるではないか。生徒会役員でも美術部員でもない自分は場違いで不要で無関係な一般生徒だ。
だから帰らないと。
帰ろう。
帰らせろ。
帰せ!!
踵を返し、逃走を図る不和。
しかし一歩踏み出した途端に背後から勢いよく抱き着かれた。
「お兄ちゃん、どうして黙って出ていこうとするのだ?」
「それはお前がこうして飛び掛かってくるからだよ」
どこかの見せたがりな生徒会長じゃあるまいし、公衆の面前を水着少女付属のまま歩けるほどの度胸はさすがの不和にもなかった。
仕方なく美術室に入ると、入口からは死角になって見えなかったがもう一人、絵の具で汚れたエプロンを着ている男子生徒がいた。こちらに背を向けて、真っ白なキャンバスをイーゼルに立てかけたりパレットを準備したりと忙しなく動き回っている。
「どちら様? 善吉の舎弟?」
「なんでそういう結論に達するんスか。今回の投書主の夕原くんですよ。めだかちゃんをモデルに絵を描きたいんだそーで」
それはまた、物好きな。
話を聞けば、夕原は不和と同じく美術系の特待生であり、課題としてコンクールに絵を出展しなければならず、モチーフを探し求めていたのだそうだ。しかし、なかなか『コレだ!』というものに出会えずスランプに陥ってしまったらしい。
進退窮まった夕原は目安箱に投書し、めだかがモデルを務めることになった、と。
事情は分かった。
だがまだ腑に落ちないことがある。
「そのモデルの依頼とうちのお嬢様が水着姿なのとボディビルのポージングと、一体全体どういう関係があるんさね?」
「さあ?」
肝心な部分が不明瞭だ。まるで接点が見当たらない。
二人して首を捻っていると、めだかが補足してくれた。
「今回、夕原同級生の絵のテーマは『女神の浜辺』なのだそうだ。ゆえに私は浜辺を連想させる水着に着替えたというわけだ」
「そのポーズの意味は?」
「私の趣味だ!!」
はい、謎はすべて解けました。だからどうした。理解できないことだらけではないか。
ともあれ。
他ならぬめだかがモデルとして選ばれたことで、今回の案件は解決したも同然に思えた。
鍵も掛けていない室内で平然と着替えることができるめだかにとって、水着だろうがなんだろうが、己の肉体を披露することに微塵の躊躇も一片の迷いもないのだから。
夕原の筆はキャンバスの上を淀みなく走り、絵は瞬く間に出来上がってゆく。
「へぇ、いい絵じゃねぇか」
善吉が感心する。
不和も後ろから覗き見てみる。
なるほど確かに、さすがは特待生といったところか。素人目から見てもかなりの仕上がり具合だ。
しかし本人は納得がいっていないようで――
「……駄目だ、違う!! 僕が描きたいのはこんな絵じゃないんだ!!」
完成直前だった絵を床に叩きつける夕原。
拾い上げ、確認してみるが、特に悪い印象はない。
「そんなに酷いとは思えねぇがなぁ。むしろ上手い方だろうーが」
どこがいけないのだろう。
絵画の良し悪しは不和にも分からない。
所属こそ二年十二組――特別美術科の特待生ではあるが、それはあくまで表面上の立場にすぎず、勉強もスポーツにも関わらなくても良い立ち位置を選んだだけだ。
だがそれでも夕原の絵は、躍動感――とでも言えば良いのか、めだかの美貌や力強さを丁寧に描き出し、表現しているように思える。
「二人とも、もう少しよく見てみるといい。この絵にはまだ足りないものがある」
それまでめだかの水着に喜んでいた阿久根が、真面目な顔になって夕原の絵の問題点を指摘する。
頭を抱えて苦悩していた夕原もその言葉に頷いた。
「その通りです。風景画にしても人物画にしても、絵画とは常にモチーフ以上の『美』を表現していなければならない。モチーフとまったく同じでは駄目なんだ」
「……ああ、そう言うことね」
足りないものが何なのか合点がいった。
確かに、そっくりそのまま写し取りたければ写真でも撮ればいいことだ。
さすがは自称|芸術家(アーティスト)。歴史上の高名な画家たちがそうであったように、夕原にも他人には理解できないプライドやポリシーがあるらしい。
不和は言った。
「つまりアレか。たとえ描いたとしても、めだかちゃんの『美』とやらは完成され過ぎているから――」
「そうです! 芸術性が――まったくない!!」
うわぁ言い切った。言い切っちゃったよこいつ。
自分からモデルになってほしいと頼んでおいて断言しやがった。
善吉も阿久根も顔が引きつっている。
一方、指を差され、あまつさえ芸術性が皆無とまで言われためだかはというと――
「………………」
なぜか晴れ晴れとした笑顔で、壁に手をついて落ち込んでいた。
どうやら面倒なことになったようだ。
「ハァ……。とりあえず、お前らは代わりのモデルになりそうなの探して来い」
「不和くんはどうするんだい?」
うなだれたままのめだかを指し示し、
「死ぬほど面倒くせぇけど、あいつの相手してなきゃならねぇだろーが。それとも――お前らが代わってくれるか?」
まるで死地に赴く兵士のような、諦めと憂いに満ちた不和の笑みに、善吉と阿久根は黙って頷き、美術室を出ていくしかなかった。
◆ ◆ ◆
数十分後。
阿久根と善吉は、美術室の前で正座を強いられていた。
二人の前には不和が仁王立ちしており、その額には青筋が浮かんでいる。彼の背中には例によって例の如く甘えた表情のめだかが張り付き、緊迫した空気をぶち壊していたが、それを今指摘できるほどの余裕も勇気もなかった。
「……………………で?」
蔑むような視線のまま、不和は低い声でただ一言。
たったそれだけだったが、二人の冷や汗が止まらなくなる。
「二人とも、それぞれが考えるモデルの代役を見つけてきた。それは良い。僕は一人連れてくるのがせいぜいだと思っていたんだが、これは嬉しい誤算だ。完璧だ、素晴らしい」
ぱち、ぱち、ぱち。
乾いた拍手が廊下に響く。
けどなぁ――と、不和は続ける。
「問題はその後だ。その後が大変よろしくない。ひとが慣れねぇことを頑張ってるっつーのに脱ぐだの脱がねぇだの、なぁにくだらねぇことで言い争って時間を浪費してやがんだお前らは。引き受けてくれた先輩たちだって暇じゃあねぇんだろーが。そこんとこわかってんのか?」
「いや、だってそれは阿久根先輩がナメたことを――」
「何をほざくか虫が! 最初に突っかかってきたのはきみの方だろう!」
「はァ!? 俺のせいだって言うんですか!?」
再び取っ組み合いの喧嘩に発展しそうになった善吉と阿久根の鼻先を掠めるようにして、銀色に光る何かが目で捉えられるギリギリの速度で通過していき、そのままコンクリート製であるはずの壁に深々と突き刺さった。
ギギギ、と青ざめた顔で不和の方を窺ってみれば、彼は毒々しい瘴気を口から撒き散らしながらゴキベキと首を鳴らし――
「もう、その愉快な舌ぁいらねぇよな?」
いつのまにか右の五指の間から生えたカッターナイフがこちらに照準を合わせて、左手に握られた金切り鋏がジャキジャキと刃を鳴らしていた。
フードの暗闇の中から、爛々と光る目だけが本気だと語っている。
「「スイマセンでしたぁ――――っ!!」」
平身低頭する二人を尻目に、不和は離れたところに立っている諫早と鍋島を見た。
「あー、先輩方。忙しい中、うちの馬鹿どもが面倒お掛けしてしまってすいません」
「そ、そんな謝らんでもええで? ウチらもちょうど暇やったとこやし。なあ?」
「私は暇じゃなかったけど……あ、ああでも、協力はするから安心して! ね!?」
この時、不和とめだか以外の四人の中に暗黙の決まりごとができた。
絶対に不和を怒らせないようにしよう、と。
「さて、さっさと描かせてさっさと終わりにしちまいましょう。夕原、準備は?」
「はい! 既に完了しております!」
不和の問いに敬礼で返す夕原。
「俺らがいない間に何があったんですか……」
「まあ、そこはどーでもいいだろ。それじゃあ先輩方、お願いします」
「ほな行くでー」
水着に着替えた諫早と鍋島が美術準備室から現れる。
諫早は羞恥心からか、露出の少ない全身を覆う型の競泳用水着を選び、鍋島は一般的なデザインのビキニの上に柔道着の上着と、どういうわけか帯まで締めている。
こうなると、客観的にはイロモノ的な感じがしないでもないが、二人ともめだかとはまた違ったタイプの美麗さがある。
さて、夕原の反応は。
「………………」
聞くまでもなさそうだった。
酷く冷めた半目で、筆を動かしてすらいない。曰く、芸術は人を脅すための道具ではないそうで。
理屈はよくわからないが、この二人も眼鏡に適わなかったことは確かだ。
その旨を二人に伝えると、めだかと揃って壁に手を突き反省のポーズ。
犠牲者が増えていく。
というか妙に静かで身体が軽くなったと思ったら、めだかはどうしてまたそこに戻っているのだろう。
「ど、どうします? 諫早先輩がダメとなると……」
「俺も鍋島先輩ならと思ったんだがな。不和くんは誰かいないのかい?」
「生憎、モデルになってくれそうな奴はいねぇな。お前らこそ他にいねぇのかよ」
片隅で額を突き合わせて相談するが、起死回生の案は浮かんでこない。
仕方なく、今度は不和を含めた三人で代役を探すことになった。
◆ ◆ ◆
「探すっつってもねぇ……」
とりあえず、めだかを慰める仕事から解放されたのは良いが。
だからといって、モデルの代役をしてくれそうな人物に心当たりがあるわけでもない。ないわけでもないが、頼みごとをすると相応以上の対価を要求してきそうな、一癖どころか癖だらけの連中ばかりなのだ。
前途多難、八方ふさがり。
細く、薄く、浅い人付き合いが裏目に出た。
それを憂えるほどの感情を、不和は持ち合わせてはいないが。
「思うようにはいかねぇのが人生やね」
ぽす、と腰に軽い衝撃。
「あひゃひゃ♪ なーに似合わないこと言ってんのー不和兄は? 不和兄ほど自分勝手に生きてる人もいないじゃん」
そりゃそーだ、と不和はそちらを見もせずに、飛びついてきた不知火を小脇に抱えた。
「――ったくどいつもこいつも。僕を抱き枕にするのが流行ってんのか?」
まっさかー、と。
呆れ顔の不和に対し、不知火はあっけらかんと言う。
「ところで不和兄は何してんの? まーたあのお嬢様に引っ張って行かれたと思ってたんだけど」
「当たらずとも遠からずってとこか」
不知火にも今の状況を伝えた。
いつものように、生徒会の案件に巻き込まれたこと。
あの生徒会長が珍しく落ち込んでいること。
そして解決のために不和が動いていること。
それを聞いた不知火は一言――
「不和兄って……お人好し? どうして面倒事に首を突っ込むのさ。不戦主義者の名が泣くよー?」
「違ぇよ……って否定できねぇのも面倒だな」
「それで結局どうするのさ? 不和兄ってそんな友達いないじゃん」
「お前ってホント僕に対してだけ歯に衣着せねぇのな」
ともあれ、不知火の言も確かにその通りだ。
理想としてはギブアンドテイク。
善意などではなく、単純な交換条件で呑んでくれそうな人物が望ましい。
学生の間で金銭の遣り取りをするのはめだかが良い顔をしないだろう。となれば、報酬はそれに代わるもの――ジュースなどの現物支給か、あるいは食堂で何かを奢るか……。
と、そこで一つの可能性に思い至り、抱えられたままでいる不知火を見た。
「なあ半袖。バイト、する気あるか?」
不知火は、きょとんとした顔で首を傾げるのだった。
◆ ◆ ◆
美術室の前に舞い戻った不和。
その小脇には未だに不知火が抱えられている。
「それじゃ行きますかー」
「ますかー」
探すまでもなかった。
答えはすぐ近くにあったのだ。
扉を開けると、既に善吉たちも戻っており、どういうわけか水着姿だった。めだかや鍋島たちも挫折から何とか立ち直ったようだ。
「……何でお前らまでそんなカッコしてんだ?」
「あーいや、これは成り行きというか発想の転換というか……」
テーマは『女神の浜辺』のはずだ。
なぜこいつらまで水着に着替える必要がある。
足元に放置されている二人の肖像画はいったい何なのか。
「ま、いいけどよ。ホレ」
抱えていた不知火を皆の前に出す。
「やっほー人吉♪」
「不知火? こいつを連れてきてどうするんですか?」
「僕がモデルとして雇った。五百円分の食券で」
不和兄が頼みごとなんて珍しいしー、と不知火はこの提案を二つ返事かつリーズナブルなお値段で了承してくれた。いやはや、持つべきものは妹分である。
「でもめだかさんや鍋島先輩たちでも無理だったものを彼女が務められるとは……」
「あの三人でダメだったから不知火に賭けるしかねぇんじゃねぇか。もしこれでアウトなら僕らにゃあもう打つ手はねぇ――」
「これだぁあああああああっ!!!」
不和の言葉を、夕原の叫び声が遮った。
何事かと見やれば、夕原は興奮した様子でわなわなと身体を震わせている。
衝撃的な事態に対面すると『雷に打たれたよう』とよく形容するが、今が正にその状態だ。
夕原の変貌に、皆呆然となる。
不知火は勢いに流されるままスクール水着に着替え、浮き輪を装備した。
見たまんま、夏休みの小学生である。
「その幼さの残る横顔! 青い果実のような矮躯! 触れたら折れてしまいそうな華奢な四肢! これまでのモデルの比じゃない! 素晴らしい! これこそが芸術だ!!」
めだかの時とは比べ物にならないほどの速度で筆を走らせる夕原。
不和は黙って首を擦った。
「……まあ、アレだ。とりあえず投書主の要望は果たしたっつーことで」
「ああそうだね。夕原くんもあの様子ならスランプに陥ることもないだろう」
「それはいいんですけどね先輩方。((あっち|・・・))はどうするんですか?」
善吉が指さす方には、深刻なダメージを負った三人の乙女。
それを見た不和は一言。
「…………えーと、コレ、僕のせいか?」
◆ ◆ ◆
「やあやあふーくん。ご機嫌いかがかな?」
朗らかに話しかけてくる彼女の出で立ちは、いつか見た中学校の制服とは方向性が270度ほど違っていた。
制服――ではあるのだろう。学校指定という意味ではあながち間違ってもいないように思える。
しかし、まかり間違っても教室で堂々と着用するような服装ではない。
そもそもこれは服と分類される物なのだろうか。
「ん? どうしたんだい? もしかして久しぶりにお母さんに会えて感激しているのかな? そうだったら嬉しいけど、少しだけ文句も言わせてほしいなあ。この世界じゃふーくんしかまともな話し相手がいないというのにさ、ふーくんったら恥ずかしがっちゃって滅多に来てくれなかったじゃないか。女性を不機嫌にさせるようじゃ好きな子にも嫌われちゃうぜ?」
はあああぁ、と不和は教室内に一組しかない机に頬杖をついて、返事の代わりとばかりに長々と溜め息を吐いた。
これまでの疲れが一気に来た。
落ち込むめだかを慰め、不知火に追加報酬として食堂で理事長名義で奢り、男子三人揃って先輩たちに平謝りして。
「そんで? ここに連れてきた理由は何なんですか?」
「なぁに、大したことじゃないさ。最近めだかちゃんや半袖ちゃんとばかり遊んでいるようだから寂しくなっちゃってさ」
だから、遊んで?
ごす、と不和は机に頭を打ち付けた。
この人外は何と言った?
遊んでと言ったか?
百年二百年はざらに生きているこの化生の存在が子どものようなあどけない表情で?
「おやおや? どうしたのかなふーくん。鳩が機関銃喰らったような顔をして」
それは間違いなく死に顔ですよね、などと突っ込む余裕もない。
「どっちかというと、授業参観で親が無理に着飾って悪目立ちしてるのを見た息子の気分ですよ」
スクール水着。
似合わないわけではない。むしろ似合っているから複雑なわけで。
胸にはご丁寧に『あんしんいん』と平仮名表記で刺繍済み。
あじむじゃねぇのかよ、と小声でかろうじて呟く。
「…………ニーソックスは脱がないんですね」
「脱がせてみるかい? 紺色が嫌なら白スクだってあるぜ?」
「全身全霊をもって遠慮します。そして着替えなくていいです」
この世に運命やら何やらを決める神的存在がいるというのなら、さっさと目の前に現れて欲しい。
徹底的に破壊して殺害して殲滅して後悔させてやる。
「とりあえず僕の絵でも描いてもらおうかな?」
「その恰好を絵に表せとか、もはや拷問ですよ」
やれやれと首を振りつつも、不和は何時の間にか握っていた絵筆を、真っ白なキャンバスに走らせるのだった。
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第十二話 | ||
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2079 | 2007 | 3 |
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