真・恋姫無双 〜七夕物語〜 第1夜 |
7月7日
その日は、世間一般で”七夕”と称される日であった。
幼稚園や小学校では笹の葉に願いを書いた短冊を括り付け、歌を歌ったりして行事を楽しむ。
場所によっては七夕祭りということで、祭りを行って楽しんだりもするらしい。
織姫と彦星が年に一度、天の川を渡って邂逅を果たす。
なんとロマンチックで、なんと残酷なおとぎ話だろうか。
年にたった一度しか会うことが許されない。
だが、それでも少年は羨ましいと思った。
だって少なくとも、一年に一度は、会えると分かっているのだから。
「せやからな、かずピー。俺はいっつも思ってたんや。
織姫さんの親父さんってのは、なんて残酷な人なんやろうかって」
「いいじゃないか。元はサボっていた二人が悪いんだし、例え一年に一回でも会う機会を作ってくれたんだから」
「違うねん。確かにそこは優しさだったのかもしれへん。
けどな、愛だって無限やない。いずれは醒めて落ち着くものや」
「…………」
「だから俺は思ったんよ。一年に一度会うってことは、逆を言えば新しい恋をしようとしてもできないってことやろ?
忘れようとしても、忘れかけた頃に7月7日がやってきてまう。それって、本当に幸せなことなんか?」
「さぁな。幸せなんて、当人の感じ方によって変わるんだし、それを言い出したら切りがないだろ」
「まぁ、そうなんやけどな……要するに」
「要するに?」
「七夕に託けていちゃいちゃするカップルは爆発すればええ!!!」
そんなくだらない会話で放課後を潰しながら、一刀はずっと考えていた。
愛は無限ではない。
いずれは醒めてしまうもの。
悪友の言葉が頭の中で木霊する。
真っ赤に滾った夕陽が半分ほど沈み掛け、部活終わりの生徒たちが”お疲れー”なんて掛け合いをしながら、帰り支度を始めている。
一方で、反対側の空は既に青黒い色に染まり始めており、薄っすらと月が姿を現し始めていた。
(忘れようにも忘れられない、か。なかなか痛い所を突いてくるじゃないか及川。
でもな、それでも俺はこれが残酷なことだとは思いたくないんだ)
そんな風に感じてしまったら、彼女たちとの思い出が重荷になってしまうような気がして。
一刀は逃げるように、窓の外へと視線を移した。
結局あの後、及川のカップルが羨ましいという話を15分ほど聞かされた。
今ではすっかり日は沈んでおり、街灯が灯るコンクリートの道を一人一刀は自宅に向かって歩いていた。
帰宅の途を歩きながら、一刀は先ほどまで馬鹿をしていた友人を思う。
及川は及川なりに自分を励まそうとしてくれていたのだろう。
一刀があの三国志の世界から帰ってきて一年ほどが経つ。
勝手に訳の分からない世界へ放り出され、時には流され、時には自ら選択して、天下統一の覇業を支えた挙句に、勝手に元の世界へと戻された。
この世界へ戻ってきた当時は、その余りの理不尽にやりようのない怒りを感じていたが、
今ではそれも落ち着いて心の整理もつけることができた。
それよりも、当時は周囲の人間に本当に迷惑を掛けたと思う、というより実際に掛けた。
向こうでは何年もの歳月を経験したのに、こちらの世界では半日ほどしか経っていなかった。
だが、外見は変わらずとも内面は変わったなんてものじゃない。
ついこの間までは命のやり取りをしていたのだ。
ふとした拍子に仲間が死んだ時のことなんかを思い出しては気分を落とし、
魏の将たちのことを思い出しては、どうして自分はあの世界に残れなかったのかと悔しさを感じていた。
そんな一刀の情緒不安定な様を見て、気味悪がる奴も居れば、面白がってからかってくる奴も居た。
そんな時、一刀に味方してくれたのが及川だった。
一刀が何かとからかわれ、机に突っ伏していた時、及川は一刀の為に本気で怒ってくれていた。
普段がふざけた雰囲気の性格だっただけに、一刀が本気で怒った及川を見たのは長い付き合いの中でもあれが初めてだった。
以来、少しずつではあるが一刀もあの世界に依存することはやめた。
思い出を懐かしむことは良いことだが、それに縛られていてはその思い出を、彼女たちを自ら重荷にしてしまう気がしたのだ。
そんなことは一刀も、彼女たちだってきっと望んでいないだろう。
そうやって前を向いた一刀は、再び普通の高校生として日々の生活に身を投じた。
そうしておよそ一年が経ち、ついには一刀も大学受験を考える歳になった。
狙いは国立で上位の大学。
もちろん、身の丈に合っていないことは分かっている。
ただ、普通に勉強をして普通の大学に入るというのは、何か違う気がした。
というか、恐らくそんなことをしたらあの軍師に馬鹿にされる。
「アンタ、仮にも魏で私たちと一緒に居たじゃないのよ!!私や風、稟と一緒に居て何にも学ばなかった訳!?
ホントに下半身にしか能がない、どうしようもない男だったのね!!」
こんな感じに、きっと言われるに決まっている。
台詞の内容はともかくとして、仮にもあの魏の筆頭軍師たちと一緒に仕事をしていたのだ。
それで凡人レベルというのは、なんだか彼女たちから何も学んでいないような気がして嫌だった。
ふと、空を見上げてみる。
本日は6月30日。
澄みきった黒いキャンバスに、白い星々が散りばめられている。
天気予報では、7月7日まではこの天候が続くらしい。
梅雨の時期には珍しく、今年は天の川を見ることができるかもしれない。
「……羨ましい」
一刀は無意識の内にそう呟くと、足早にその場を後にした。
--------夢を見た。
ゆらゆらと揺れる視界の先に、ぼんやりとした輪郭が見て取れた。
「貴方の望みを叶えましょう」
その輪郭から、ふいにそんな声が聞こえた。
(俺の、望み?)
声の主は一定の調子で淡々と答える。
「外史……あの世界に戻りたくはありませんか?」
心臓がどくんと跳ね上がった。
会えるのだろうか。
彼女たちに、再び。
「制約がつきますが、会うこと自体は可能です」
含んだ言い方に一抹の不安を覚えたが、それでも聞かなければ始まらない。
一刀は無言で先を促した。
「一つは期限が1週間ということ。それを過ぎてあの世界に滞在することはできません」
1週間。
彼女たちと会えるのならば、喉から手が出るほどに嬉しい機会だ。
「次に、貴方がそのままあの世界に戻る訳ではないということです」
(どういうことだ?)
「行けるのは精神だけ。つまり身体はこの世界に残ったままになります」
ポルターガイストのようなものなのだろうか。
しかし、それでは幽霊と同じだ。
これでは皆と話すこともできない。
「私が器を用意します。貴方はその身体で1週間の間を生きることになりますね」
(じゃ、じゃあ、容姿が変わるだけで皆とは話したりできるんだな!?)
「えぇ、そうなります」
一刀は思わず拳を強く握りしめた。
彼女たちと話せるのならば、容姿なんて関係ない。
始めは説明するのに戸惑うかもしれないが、ちゃんと話せば皆はきっと分かってくれるはずだ。
そうして喜びを露わにする一刀とは裏腹に、声の主は再び口を開いた。
「最後に一つ。貴方が北郷一刀であることを、彼女たちに伝えてはなりません」
突き落とされるというのは、こういうことを言うんだろうか。
余りの理不尽な言葉に、気付けば一刀は憤慨していた。
(なんだよ、それ………ッ!!)
希望が見えたと思ったら、それが手の届かないところへ行ってしまった。
届くと思ったのに。
触れられると、そう思ったのに。
「受けるか受けないかは貴方の自由です」
優しさの欠片もない言葉に一刀ついに拳を上げた。
しかし、振り上げた拳に感触はなく、ただ何もない空を切っただけであった。
声の主は以前と変わらずそこに居て、だけどもそこには居なかった。
だが、それでもやり切れない想いが言葉となって溢れ出した。
(なんなんだよ畜生がッ!!!!勝手に放り出して、勝手に連れ戻して、挙句の果てに選べだなんて、俺に何をさせたいんだよッ!!!!!)
「…………」
(答えろよッ!!)
怒鳴らずにはいられなかった。
この1年間、もう会えないと諦めていたのに。
ようやく綺麗な、手の届かない思い出として、整理が付いたはずだったのに。
”貴方の望みを叶えましょう”
そのたった一言で、一刀の胸中はぐらりと揺らいだ。
(………名も名乗らずに1週間、どうやって皆と一緒に過ごせるんだ?)
「魏の将として、貴方を向こうの世界へ送ります。触れ合う機会は多いはずです」
------それでも。
それでも、会えるのならば縋りたかった。
(この世界の俺はどうなるんだ?)
「あちらとこちらの世界では時間の流れが異なります。1週間が終わる頃に、元の世界で目が覚めるでしょう」
つまり、向こうの世界で過ごす時間は俺が眠っている間に見ている夢のようなものということか。
(そうか……夢なら、触れられなくても仕方ないか)
皆の様子が確認できるだけでも良しとしよう。
そう考えると、多少なりとも気持ちが楽になったような気がした。
(連れて行って欲しい)
「分かりました。では、胡蝶の夢へ誘いましょう。
それと正体を明かせばその時点で貴方は夢から醒めること。努々、お忘れなきよう」
その言葉と同時に意識が急速に黒く染まって行った。
説明 | ||
初投稿なので至らぬ部分もあるかと思いますが、そこはご容赦を。 更新速度は7月7日に終わるように合わせる訳ではないので悪しからず。 |
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コメント | ||
アルヤさん 何分初めてなもので、いきなり長編とか書いたとしても失踪するのが目に見えてるんですよね。10話くらいで纏められたらと思っています。(布団) 結構短い外史になりそうですね。(アルヤ) |
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真・恋姫無双 魏アフター 七夕 | ||
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