垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】―― BOX―18 気付けぬ再会 |
触れ合っているのに分からない。
向かい合っているのに気付けない。
想いも誓いも運命も。
いとも容易く捻じ曲がる。
――79回目の『私』――
◆ ◆ ◆
表向きは日本屈指の生徒数と規模を誇る箱庭学園。
実際のところは天才を安価に作り上げるために創設された研究機関であるわけだが、その理事長室ともなれば、ある意味黒幕の居城――ラスボスのいるステージと呼んでも差し支えない場所だと言える。
もっとも、五人は楽に腰かけられるソファで緑茶を啜る安心院不和は、この部屋の主がとある人外の考えに共感しただけの傀儡に過ぎないことを――もっと言うなら、不和自身が『彼女』の命を受けた傍観者兼監査役兼進行役であることを重々承知しているため、敵地と言うよりは別荘にいるような気軽さで、フードを被った姿のまま寛いでいた。
一方、一年生にして生徒会長を務める我らが愛すべき黒神めだかも、不和の隣に座って茶を啜っていて、呼び出した相手が理事長であっても、その凛とした居住まいを崩すことはなかった。
「いやはや、学園でも一、二を争う有名人の君達がそうして並んで座っていると、さすがに壮観と言わざるを得ませんね」
テーブルを挟んで二人の向かいに座るのは、髭を蓄えた七十代と思しき老人だ。
不知火袴。
箱庭学園現理事長。
不知火半袖の祖父であり、フラスコ計画に出資している数十の財団の一つ――不知火家の人間でもある、和装に身を包んだ老年の男だ。彼は年経た人間特有の柔和な――しかし全てを覆い隠すような考えの読めない笑みを浮かべている。
教育者として純粋であるが故に歪んだ理念を身の内に秘めたこの老人を、不和は世間話に応じることもなく、冷めた視線で見据えた。
何故自分まで呼び出したのか。
それは、無言の問いかけだった。
「おっと、これは年寄りの((戯言|たわごと))でしたね。せっかく目安箱に投書してまで君達二人に足を運んでもらったのですから、余計な話は抜きにして早速本題に入るとしましょう。……まずは黒神さん、風紀委員会――雲仙くんの正義(やりすぎ)には私も手を焼いていたので今回の一件は正直助かりました。箱庭学園理事長として改めてお礼を言います」
「いえ、礼にはまったくおよびませんよ。それより私としてはお孫さんの制御をお願いしたいものですな」
「ははは、それは無理と言うものですよ。袖ちゃんに言うことを聞かせられるのは君の幼馴染の人吉くんか、せいぜい――」
そこで寒気に襲われた理事長は、ちらりと不和を見た。
不和が湯呑に口をつけたまま、相変わらず――いや、より一層鋭さの増した視線を理事長に向けている。左手をパーカーのポケットに入れていて、これ以上話を脱線させると今すぐにでも両目と舌を抉り取るために飛び掛かってきそうな、予感と言うよりは確信を抱かせる凶悪な気配を漂わせていた。
理事長は咳払いを一つして、不和の機嫌を損ねないよう慎重に言葉を選びながら話を戻す。
「…………まあ、それはともかくとして黒神めだかさん、安心院不和くん。実は君達に折り入ってお願いがあるのです」
「お願い、ですか」
「………………」
めだかは怪訝そうな表情を浮かべ、不和はフードの暗闇の中で目を細める。
「雲仙くんは私が主宰するプロジェクトに参加してくれていまして。ですが、彼はしばらく静養しなければなりません。理由は言うまでもありませんね? そこで彼の抜けた穴を埋めるために、君達どちらか一人に代役をつとめていただきたいのです」
お願いと言いつつも、有無を言わさぬ強制力が理事長の口調には込められていた。
並大抵の――それこそどこにでもいそうな『普通』の高校生であったなら、どれほど心の中で拒んだとしても、目の前の怪翁が放つ言い知れない狂気に呑まれて頷くしかなかっただろう。
しかし、不和もめだかも、((暖簾|のれん))に腕押し――あるいは柳に風とばかりに、さほど興味も示さず平然と茶を啜っていた。
どこまでも我が道を((征|ゆ))く豪胆な二人だったが、理事長は特に気分を害すこともなく続ける。
「そのプロジェクトを、私は便宜上『フラスコ計画』と呼んでいます」
そこから先は不和にとって至極どうでもよい、はっきり言って雑音でしかない話が続いた。
理事長は((自分が|・・・))進めているプロジェクトがどれだけ崇高で偉大であるのかを――黒神めだかという少女がどれだけ異常であるのかを噛んで含めるように滔々と語っているが、そんなものは生まれたときから((あの人外|・・・・))に子守歌代わりに聞かされてきたのだ。
今さら。
今さらそんな((夢物語|・・・))を自慢げに話されたところで。
「…………………ちっ」
段々と苛立ち始めていた自分を抑え込むように、不和は小さく舌打ちをしてソファに深く座り直す。
なんだ、と改めて実感する。
口じゃあ人外とか何とか言ってても、案外((あの人|・・・))のことが家族として好きなんじゃねぇか。
彼女が立案した計画を、さも自分の物であるかのように言われるのがこれほど腹立たしく感じるとは思わなかった。
どうやらこの((理事長|クソじじい))は、この機に乗じて不和もフラスコ計画に取り込もうと画策しているようで、それが不和には鼻持ちならない。
「それでは二人とも。ここで一つ、老人の実験に付き合っていただけないでしょうか」
ドロドロとした不和の心境を知ってか知らずか――知っていてやっているのだとしたら余程の性悪爺だが――理事長の話は佳境に入ろうとしていた。
理事長が取り出したのは、グラスに入ったサイコロだった。
サイコロを用いた異常度測定。
フラスコ計画の主要メンバーにして((実験体|モルモット))、『((十三組の十三人|サーティン・パーティ))』に入れるほどの適正があるのかどうかを測るものだ。一括りに((異常|アブノーマル))と言っても個々によって結果は千差万別で、たとえば雲仙冥利の場合は出目が全て六で揃ったらしい。
自分から誘っておいて適性試験も何もないだろと思わなくもないが、不和は老人の余興に付き合うことにした。
自分が『何』を相手にしているのかを、思い知らせるために。
サイコロを掴み、((掌|てのひら))の中でジャラジャラと鳴らす。
「じーさん――じゃなかった、不知火理事長。僕はあんたの期待に応えられそうにねぇぜ?」
「……?」
言葉の意味をはかりかねている理事長を余所に。
不和は不気味に笑んで、サイコロを振った。
◆ ◆ ◆
不和とめだかが退室した理事長室には、七人の人間が存在していた。
「そんな……馬鹿な。こんなことは絶対に在り得ません……」
一人は言うまでもなく不知火袴であった。
彼はぶつぶつと呟きながら、信じられない物でも見るような目で、テーブルの上に無造作に放置されたサイコロを凝視している。
「……理事長、何が在り得ないんですか? サイコロ占いの結果には驚かされましたけど、二人とも理事長が言うほどのものとは思えませんでしたが」
そう言うのは、理事長の背後に控えるように立つ六人の内の一人――宗像形だ。
他の五人に比べれば、校則に準じた制服姿は十分に常識人の範囲ではあった。だが、彼の姿を見て安心感を得られる人間は間違いなく皆無と言っていいだろう。
右の腰に帯びた、一本の日本刀。
宗像はいつでも鯉口を切って抜き放てるよう、右手を鞘に添えた体勢を取っている。
『((枯れた樹海|ラストカーペット))』――それが彼の((験体名|かたがき))だった。
宗像の隣に立つ男も、同意するように口を開く。
一際抜きん出た長身で筋肉質、コーンロウのヘアスタイルに色黒の肌を持つ男だ。
「確かになあ。あの黒神って女の方は俺達を敢えて無視してたみてーだけど、不和って奴は逆に殺す気が失せるくらい無警戒だったぜ」
高千穂千種。
験体名――『((棘毛布|ハードラッピング))』。
「私も雲仙くんに勝てたのはマグレだと思うな。もしかして手加減されてたのかも」
雲仙くんああ見えて優しいからねー、と朗らかな声が天井から降ってくる。
天井に両の足裏をつけて蝙蝠のように((立っていた|・・・・・))のは、笑みを浮かべた少女。
ニット帽を被り、ファー付きの上着を羽織っているにも拘らず、胸元やヘソが丸見えで、めだか以上に露出度の高い格好をしている。
古賀いたみ。
験体名――『((骨折り指切り|ベストペイン))』
「ま、見込みがなくても人数合わせにはちょうどいいんじゃない? ボクと王土さえいればフラスコ計画はそれで成り立つワケだし」
荷を担いだ小柄な影が言う。
古賀とは対照的に、厚手の手袋にマフラー、のっぺりとした仮面で肌を隠している。
男子制服こそ着用しているが、仮面が顔を覆っている上に厚着であるため、男か女かは判別できない。
行橋未造。
験体名――『((狭き門|ラビットラビリンス))』。
その行橋に王土と呼ばれた男もまた、黒神めだかを――安心院不和を過小評価しているようだった。
「あれだけの美貌ならば、俺の視界に存在することを許してやってもよかろう。男の方は……奴隷として召し抱えてやるとしよう」
都城王土。
験体名――『((創帝|クリエイト))』。
フラスコ計画の要である『((十三組の十三人|サーティン・パーティ))』、さらにその中でも最重要の素体と称される男だ。
言動からも分かる通り、彼は自分が生まれながらの王者であると信じて疑わない性格であった。
各々、自分勝手にめだかと不和に対する酷評を述べる。
あの黒神めだかを格下扱いする彼らを、いつもの不知火袴ならば頼もしく思っていたところだが、
(違う、違うのですよ君達)
何もわかっていない。気付いてすらいない。
(黒神さんの占い結果も十分異常ではありますが、それより何より、不和くんの――『彼女』が手塩にかけて育て上げた((最高失敗作|・・・・・))である彼の占い結果が、こんなものであるはずがないんです!)
理事長は年甲斐もなく両手をテーブルに叩きつける。その衝撃でめだかの占い結果であるサイコロの塔は崩れてしまったが、((そんなことは|・・・・・・))((どうでもよかった|・・・・・・・・))。
理事長の視線が注がれていたのは、その隣。
六、四、一、六、二、五、三、一。
テーブルを叩いた反動で崩れたわけでも、出目が変わったわけでもない。
安心院不和の占い結果は。
法則性や異常性など微塵も感じられない、平々凡々としたありふれたものだった。
(まさか冗談でも何でもなく、本当に失敗作だったとでも言うのですか!? しかし、ならば何故、どんな理由があって『彼女』は今も不和くんを手元に置いているんです!?)
考えれば考えるほど、不和の結果には納得がいかない。
何処がどう間違ってしまったのか。
実のところ、不和が予想した通り、不知火袴は不和をフラスコ計画に取り込んでしまおうと考えていた。
結果を確認したのが自分一人だけならば、誤魔化しはいくらでも可能だったろう。だが、他に六人――めだかも含めれば七人もの証人がいるのだ。
事実がどうであれ、この場において、安心院不和という人間は紛れもないただの『((特例|スペシャル))』であると誤認されてしまった。
責任者の権限で強制的に不和を参加させたとしても、他のメンバーは納得しないだろう。下手をすればフラスコ計画そのものに支障をきたしてしまう。
完全に裏目に出た。
サイコロを一回振っただけで、不和はこちらの目論みを台無しにしたのだ。
歯噛みして、親の仇のようにサイコロを睨みつける理事長だったが――
「……………………」
その脇から。
ひょい、とサイコロを摘まみ上げる者がいた。
名瀬夭歌。
験体名――『((黒い包帯|ブラックホワイト))』。
顔面を包帯でグルグル巻きにして、留め具代わりに短剣を挿している。
全身をすっぽりと黒い外套で覆っているため、行橋同様に男女の区別がつかない。
「どしたの名瀬ちゃん?」
「………………」
天井から見下ろす古賀の問いかけにも答えることはなく、終始無言を貫いたまま、名瀬は手に取ったサイコロを矯めつ眇めつ観察していた。
◆ ◆ ◆
理事長室の前でめだかと別れた不和は、花壇に腰かけて携帯電話をカチカチと弄っていた。
見ているのは、不知火に勧められて最近会員登録をした学園ツイッターだ。
もちろんその特性上、大半が何気ない呟きではあるのだが、なかなかどうして貴重な情報が――主に不知火経由で――出回る事も少なくないため、面倒だと思いつつも一日一度のチェックは欠かさない。
文字の羅列を流し読みながらスクロールしていくと。
「……『鉄球を引き摺ったゴスロリ一年女子発見』……?」
物騒な単語を見つけた。
見つけてしまった。
理事長の誘いを蹴った直後であったため、嫌でも十三組に所属する生徒を連想させられる。雲仙冥利を潰した黒神めだかを潰せばフラスコ計画に参加できる――などと単純安易に考える十三組生がいないとも限らないからだ。
鉄球ゴスロリ女に関連する書き込みを読んでいくと、『生徒会長が!』やら『避けねー!』やら『ドッヂボール勝てるかも!』やら、挙句の果てには『俺達の鍋島さぁああああん!!』というわけのわからん書き込みがどっさりと。
祭りを通り越して、もはや((混沌|カオス))である。
「……まあ、猫美先輩が出てきた時点で色々と終わりなんだろーけどな」
相手が十三組生だったとしても――いや、十三組生だからこそ、天才嫌いの鍋島が後れを取るとは微塵も思えなかった。
携帯電話を閉じる。
結末がどうなるのか気になったが、それ以上に、不和は『異変』に気を配っていた。
気を配らざるを得ない状況に陥っていた。
人の気配が、全くと言っていいほどに皆無なのだ。
無人になるような時間帯ではない。
前、後ろと、ぐるりと首を巡らせる。しかし、人っ子一人見当たらない。
まさかと思いつつも携帯電話を確認すると、アンテナは一本も立っておらず、圏外だった。映画館などで使われるような――あるいはそれよりも格段に高性能な――電波を阻害する何らかの装置が仕掛けられているのだろう、と適当に分析しながら、
「ひっ――ひひひひひひ……」
孤立した――助けも呼ばないこの状況下で、不和は俯き、頬を吊り上げて笑う。
そして。
自分に向けて投擲された無数の注射器を、両手に一本ずつ握ったケーブルカッターで全て切り落とした。
シャキリシャキリシャキリ、と鎌状の刃を持つ鋏をリズミカルに鳴らしながら、不和は顔を上げて、改めて((己の眼前に立つ|・・・・・・・))敵を見た。
包帯の白と((外套|マント))の黒のコントラストが印象的な――だがその服装ゆえに男女の区別をつけられない、奇妙奇天烈な相手だった。
いつからそこにいたのか。
最初からそこにいたのか。
無人だったはずの視界の中に、手品のようにいきなり出現したのだ。
(……気付けなかった、見えなかった……っつーより、((さっき|・・・))みてぇに認識をズラしてたって感じか?)
注射器の破片と、入っていた無色の液体を踏みしめて立ち上がる。
男か女かも定かではない相手に対して、精神的な距離を測るために話しかけようとして――
「へー、意外とやるみてーだな。今の、俺的には必殺技な感じで攻撃したんだけど」
相手の方が先に口を開いた。
男性口調で――けれど不和と同年代の少女だと分かる声音だった。
「まあ、見てのとーり俺は頭脳労働専門だから、攻撃が躱されようが捌かれようが問題ねーんだけどな。つーかそんなことより不和くん、ちょっくら俺とトークしよーぜー。自己紹介とかいる?」
「いや、必要ねぇよ。……名瀬夭歌。験体名『((黒い包帯|ブラックホワイト))』。でもってフラスコ計画今期統括者」
すらすらと、原稿を読み上げるように不和は言葉を繋ぐ。
大抵の十三組生なら知っている程度の情報しか持ってない風を装って。
「僕が知ってんのはこれくらいだけど、他に何か付け足すことがあるなら言ってくれ」
「あらら、俺ってば結構有名人?」
「さすがに女だってことまでは知らなかったけどな」
ともあれ。
まさか名瀬も、本気で年頃の男女が行うような高校生トークをするために現れたわけではないだろう。
心当たりはない――と言えば嘘になる。あの七人――いや八人か――の前で、あれだけ単純な、人を小馬鹿にした真似をしたのだ。
だが。
興味か、憎しみか、あるいは他の何かか。
彼女がどんな感情を抱き、どんな理由があって接し、この後どんな展開が待ち受けていたとしても、不和は統括者である名瀬と敵対する気は毛頭なかった。
元より、傍観者として過度な干渉を控えるためにフラスコ計画とは距離を取るつもりではあったし、問題が発生した場合は秘密裏に処理してフォローしようとも考えていたからだ。
そんな考えがあって、安心院不和は握っていたケーブルカッターを両袖口にしまい込んで、不戦の意を示すように肩を竦める。
建前にせよ何にせよ、戦闘能力を(あまり)持たない相手が話し合おうと提案しているのなら、不和には断る理由はなかった。
「んーで、トークっつってもテーマは何よ? 学業? 友人関係? 今流行の音楽?」
ふん――と名瀬は鼻で笑い、不和に向かって何かを放り投げた。
注射器ではない。他の――武器らしい武器でもない。
彼女が投げ、不和が受け取ったそれは、何処にでも売っていそうな、何の変哲もないサイコロだった。
「おいおい、今度はお前の実験にでも付き合えってのかよ。何度振っても結果は変わらねぇと思うぜ? それとも自分の目で見たことも信用出来ねぇタイプなのか?」
「はっ。あれだけ堂々とマグネット・ダイスを使った((イカサマ|・・・・))をしておいて、結果も何もねーだろーよ」
名瀬は言う。
「そのサイコロは、理事長室でお前が振ってそのまま置いて行ったやつとは別モンだ。重心が偏るような細工はねーし、もちろん磁力にも反応しねー。もう一度、俺の目の前で振って見せろ。研究者として、現統括として、お前の化けの皮を全身くまなく剥がし切ってやるからよ」
「……そうかい」
不和が笑う。
「そいつぁ楽しみだ」
言って、握った手を、地面に向けてゆっくり開いた。
カラカラと音を立てて、跳ねるように転がった八つのサイコロの出目は――七。
真ん中から綺麗に半分に割れたサイコロは、一と六の面を上にして、八つが八つとも、通常ならあり得ない、まさしく異常としか言えない結果を叩き出した。
「得心したか名瀬夭歌。これが僕の――取るに足らない異常性だ」
目を見開き、驚愕の表情を浮かべる名瀬に、安心院不和は事もなげに((嘯|うそぶ))く。
十六の破片を蹴り飛ばし、平然と、悠然と、泰然と。
至極、どうでもよさそうな態度を貫きながら。
「………………おー、スゲースゲー。サイコロが割れて出目が揃うとか、雲仙くんや黒神だって足元にも及ばねー芸当を間近で見られるなんてよ。やっぱりお前は((サンプルとして|・・・・・・・))((相応しい|・・・・))」
不和は油断していたわけではない。
武器をしまいこそしたが、指一本動かせばすぐにでも取り出して――投擲できるよう準備していたし、名瀬の一挙手一投足も見逃さないように神経を研ぎ澄ませていた。
だからこそ、様子見に徹していたからこそ。
安心院不和は見逃していた。
名瀬の攻撃が、既に終了し――完了していることを。
「一つ言っとくぜ不和くん。液体だろーが気体だろーが、薬は薬でしかねーんだ」
がくり、と。
唐突に、不和は膝から崩れ落ちた。足どころか、全身の筋肉が弛緩してしまったかのように、指先一つ動かすことができない。
無様に、地面に顔面から倒れ伏す。
「あ、ああ?」
ぶっ倒れ、混乱しながらも、頭の片隅で冷静に思考する。
何らかの薬物による症状だということは容易に想像がついた。
思い当たるのは、自分が切り落とした注射器の群れ。その中に充填されていた無色無臭の薬液。
名瀬は言っていた。
自分にとっては必殺技である、と。
躱されようが捌かれようが問題はない、と。
あれが負け惜しみでも冗談でもなく、ただ単純に、事実を述べていただけだったとしたら。
(……笑えねぇ。まったくもって笑えねぇ)
自分の迂闊さに、慢心に、低い注意力に。嘲笑いたくなるほどに笑えない。
足元の注射器から漏れ出た薬液が常温で揮発する代物で、それを吸い込んだことによる中毒症状なのだと、薄れて沈んでゆく意識の中で遅まきながらに理解する。
「ああ、安心しくれていーぜ、致死性の劇薬とかじゃねーから。普通の病院でも扱ってるよーな睡眠導入剤と筋弛緩剤の((混合液|ちゃんぽん))だよ。常人なら十秒くらいで昏倒してそのまま永眠するくれーの量なんだけどな」
でもまあ、お前にはこれくらいで丁度いい感じだろ、と言う名瀬の声は、不和に届くことはなかった。
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