臣下と王の七夕 |
7月7日PM11:00 星見公園にて
「お〜い、陣やん!こっちや、こっち!」
声の主、霧崎剣悟はツカツカと歩いてくる少年、有塚陣に手を振り声をかける。
「やあ、霧崎。全く、君も大人(リアリスト)に見えて、案外子供なんだね。
七夕の日に短冊を書いて飾ろうなんてさ」
「やだなぁ〜陣やん。ワイもれっきとした十代やで〜。
普通に夢見るお年頃やん」
会って早々、軽く皮肉を言ってくる陣を軽くいなし、剣悟は話を続ける。
「それはそうと、ちゃんと短冊書いてきてくれたんか?
せっかくワイがここまで準備したんに、書いてもらってへんのやったら
泣いてしまうかもしれへんで〜」
剣悟の後ろに横たわっている
3メートルくらいの装飾された竹を見ながら、オヨヨと泣きまねをする剣悟を見て、
陣はふぅと息を吐き
「大丈夫だよ、霧崎。本当は七夕の願い事{こんなこと}なんてとっくに卒業してる僕だけど、
あいにく僕は王だからね。
せっかく臣下が祭り事を催して王を楽しませようとしてるのに、
王である僕がそれを無碍にするわけがないじゃないか」
と、パーカーのポケットから数枚の短冊を指で挟んで取り出しヒラヒラとしてみせる。
「さすが陣やん、ノリが悪いようでめっちゃノリがいいとこ、ホンマ好っきやで〜」
剣悟は『ほんまは楽しみにしてたんやろ〜?』
というツッコミをどうにか押し殺し嬉々とした表情で陣を見る。
陣は剣悟の反応に満足したのか微かに口を釣り上げながら
「そうか、それじゃ早速始めようか……と言いたいところだけど、轟木はまだ来てないのか?」
この場にいなければならないもう一人の男について剣悟へ問いかける。
「そうなんや、鋼んは、まだ来てへ……っと、噂をすれば何とやらやで」
剣悟が視線を向けている方向を見る。
そして、ドドドドドと音が聞こえるような走り方をしながら
こちらに近づいてくる轟木鋼を陣は確認した。
「おう!おめーら!待たせたなっ!じゃあいっちょやるかっっ!!」
遅れたことを悪びれることなく豪快に笑いながら、そう提案する鋼に剣悟が
「始めたいのは、やまやまなんやけどな、鋼ん。その前にど〜しても気になることがあるねん」
と尋ねる…いや、尋ねざるを得なかった。
「おうよ!なんだっ?」
「肩に担いでる『それ』、なんなん?」
鋼の持っている4メートル近い物干し竿にぐるぐる巻きの布がついている応援旗の様なもの
について疑問を投げかける。
すると鋼は
「あぁ、これか!そりゃ、アレだ。おめぇがよこした紙っきれあるだろ?
あんなちっっっこい紙っきれじゃあ、俺様のおおぉぉぉきな願いは書ききれねぇわけよ!!」
それで自らの願いを表現できるものを用意した、と鋼は肩に担いでいたものを
剣悟の近くに横たわっている竹の隣にズンッと突き立てながら語った。
鋼用と思ってA3サイズで作った短冊を渡したハズの剣悟が苦笑しながら
「…ほな、準備も出来たみたいやし…始めましょか」
と告げると
「…そうだね」
「おうよっ!!それじゃ、派手にいくぜえぇぇぇ!!おりゃぁぁぁああああああ!!!!」
そして、我先にと鋼が応援旗もどきをバッと開放する。
すると、2メートル四方の布にデカデカと記されていた文字は、
『俺』
の一文字。
「………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………」
しばらくの間、一言も言葉を発せずに『俺』の文字を見ながら固まる剣悟と陣。
そして、その隣で満足そうに『俺』の文字を見つめる鋼。
数分後、やっとのことで剣悟が膠着から抜け出し
「………鋼ん…漢字、書けるんやね……」
と、本来ツッコミを入れなければならない数々の事柄を置き去りにして、一言だけ感想を述べた。
すると鋼は
「おいおい、そんなに褒めんなって!!前に言っただろ?最近、俺様は読書にハマってるって!
だから、こんな複雑な漢字も楽勝で書けるようになっちまったぜっ!!日々知的になっていく俺様が怖いぜ、全く!!
どこまででっっっけぇ男になっちまうんだろうな、俺様は!!がっはっはっはっ」
と上機嫌に、かつ豪快に笑いながら答えた。
そんな鋼の様子を見て、仮にツッコミをしてもまともな答えが返ってくることはないだろう
と悟った2人は『俺』に対するあらゆる処置を放棄して
本来の七夕の姿である竹に短冊を飾るという作業に取り掛かり始めた。
「それじゃあ霧崎、僕の短冊はその竹の天辺に飾り付けるようにしてくれ」
と、自らの短冊を剣悟に渡す陣。
「りょ〜かいや」
短冊を受け取り、(陣やんはどんなことを書いとんや)と短冊に目を落とした瞬間
剣悟は本日2度目のフリーズを起こすことになった。
その手にあるハガキよりも小さい短冊に隙間無くびっしりと埋め尽くされた文字文字文字文字
『里村紅葉を屈服させる里村紅葉を屈服させる里村紅葉を屈服させる
里村紅葉を屈服させる里村紅葉を屈服させる里村紅葉を屈服させる
里村紅葉を屈服させる里村紅葉を屈服させる里村紅葉を屈服させる
……………』
『里村紅葉を跪かせる里村紅葉を跪かせる里村紅葉を跪かせる
里村紅葉を跪かせる里村紅葉を跪かせる里村紅葉を跪かせる
里村紅葉を跪かせる里村紅葉を跪かせる里村紅葉を跪かせる
……………』
預っている他数枚の短冊もきっと同じような内容なのだろう。
(…あかん…イタイ、イタすぎるで…これは確かに男なら誰もが経験する類の病気や…
ただ、陣やんのは拗れに拗れて末期状態や…マズイ、マズすぎるで…)
そんな固まっている剣悟に対して陣は優雅に語り始める。
「あぁ、それに書かれていることは願いなんかじゃなくて、ただの事実だからね。
僕は神に願って思いを叶えてもらうんじゃなくて、これから起こる現実をそうやって、ただ文字にしただけさっ!
そうさっ!僕自身は王であり、また神でもあるんだっ!!
その僕が他の神になんて願いを乞うわけないだろっ!!はっーはっはっはっはっ」
(……こりゃ、ワイには無理やわ…止められんし治せへん…)
(まあ、困るんはワイじゃなくて里村やし、あの里村が相手じゃ叶いそうもない願いやし、ええか)
(もし万が一、いや億が一ってことになってしもうても、芳やんか天敵の鈴白はんが何とかしてくれるやろ)
そんな結論に到達し、フリーズから解かれた剣悟は
陣の短冊を彼の望むとおりに、そして誰にも見られないよう竹の一番上にしっかりと結びつけた。
さらに『退屈せん毎日でありますように』
と書かれた自分の短冊を竹の枝に結び竹を地面に突き立てた。
「まあ、これじゃあ、わざわざ願いなんかせんでも退屈のしようがあらへんがな」
と、今なお笑い続ける陣と『俺』の一文字をみて自分の世界に入ってしまった鋼を見て
楽しそうに自らも表情を綻ばせるのだった。
〜Fin〜
説明 | ||
fortissimo本編で常にフラグを乱立させる彼らの平和な日常を思い浮かべて書きました。 | ||
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