Angel Beats! 〜if〜 第1話
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「...お...ん。」

おぼろげな意識の中、音が聞こえた。

 

「あ...く...。」

その声は、徐々に近づいてきているようにはっきりとしてきた。

 

「アオバくん!!」

はっきりとした声が俺の意識を掬い上げた。だけど、誰の声なのかは分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・うぅ。」

 

目を開けると、丸い月が視界に入ってきた。満月だ。

月が見えることから夜だと分かる。夜空は雲一つなく、星が見え、まるで作り物の映像を見ているようだ。

 

そして、俺は今、仰向けの体勢のままでいることを知った。

後頭部には冷たい何かが当てられているがそれ以上に酷い頭痛がしていた。瞼も重く、寝ぼけているといった感じだろうか。

 

まだ頭がボォーっとしている。

 

「ここは...どこだ?」

首を傾けて周りを見渡す。学校の校舎のようなものが見える。

少し古びた感じだがボロッちいというわけではない。あくまで建てられてすぐではないだろうということだ。

 

俺の視界に入ってきている映像を以前に見たことは無い。知らない場所にいる。それだけははっきりとしていた。

 

そもそも何で俺がここにいるんだ。霧散していた意識が一点に集中していく。

だが、考えてみても何も思い出せない。

 

少し、困惑しかけている俺の頭が次の瞬間、跳ね上がった。

 

校舎の方から銃声が聞こえてきたのだ。

 

「...何だ、一体?」

 

ゆっくりと起き上がる。腕、肩、足、まったくもって痛みなど無く動かせている。

自分の姿をよく見ると俺は紺に近い黒の学生服を身に着けていた。

 

「...あっ、目が覚めましたか。」

突然の声に後ろを振り向く。幼さの残る声だ。

 

そこには一人の少女がいた。髪の色は金髪。それをポニーテールで後ろに纏めている。

幼さの残る顔つきであるが、美人な部類に入るだろう。だが、全体としてみるとどこか儚げな感じなのだ。触れたら散ってしまう、そんな感じだ。

少女はkeyコーヒーと書かれたアルミ缶を片手に持ち、こちらを見つめていた。

 

キレイな人だなぁ...。無表情なのがどうかと思うが。

 

「...いりますか?」

少女はもう一本keyコーヒーを取り出し渡してきた。

 

「ありがと。」

俺は素直に受け取る。買ったばかりなのか手に触れたそれは暖かかった。

プルタブを開け、一口含む。普通のコーヒーの味だ。

 

気分も落ち着いてきたので、反射的に自分の置かれた状況を把握しようと周囲を見渡した。

三角屋根の校舎に、体育館、更には結構な広さの運動場まである。フェンスを越えた向こう側には鬱蒼とした森が先が見えないほど広がっている。

やっぱり記憶にはない。

 

では、見方を変えてみよう。

そう思い、俺は目の前の少女に視線を移す。だが、彼女と知り合いな覚えはない。

「君は誰なんだ?ここはどこなんだ?」

 

すると少女は、

「...人に聞く前に自分のことを言うのが礼儀です。」

ごもっともです。

 

「すまない。俺の名前は...アオバだ。」

あの時、誰かが俺のことをそう呼んでいた気がする。

 

「上は...えっと小田桐。小田桐アオバだ。」

なんで今、一瞬、苗字が浮かばなかったんだ。

 

その少女は機械的な口調で、

「...私の名前は遊佐です。ここでは『死んだ世界戦線』のオペレータをやっています。」

『死んだ世界戦線』...なんじゃそりゃ。新手の宗教団体か何かか?

 

「『死んだ世界戦線』って?」

 

「現時点では『死んでたまるか戦線』と名乗っています。まぁチーム名みたいなものです。」

言い終わると遊佐はコーヒーを一口飲んだ。

遊佐の顔は相変わらず無表情である。

 

「...2つ目ですがここは死後の世界です。つまりアオバさんは死んでいます。」

えっ?俺が死んだ?何を馬鹿な...。

そう思い遊佐の顔を見るが嘘をついているようには見えない。というより表情が読めない。

 

「...本当なのか?」

 

「...本当です。」

遊佐の言った言葉をすぐに受け入れることが俺には出来なかった。

 

それから、どのくらい時間が過ぎただろう。凄い長い時間だったかもしれないし、ほんの数分だったかもしれない。

 

「分かった。」

俺はその言葉を信じることにした。なぜなら、俺にはおそらく記憶が無いからだ。自分の名前以外、何も思い出せない。

 

「...すんなり受け入れましたね。」

遊佐は意外そうに言った。

 

「まぁな。俺はここを知らない。だからお前の言葉を信じるしかないからな。」

俺は空を見上げて言う。

「それに俺にはところどころ記憶が抜けているようだし。」

 

「...記憶が抜けている?事故にでもあったかもしれません。まぁそのうち記憶も戻るでしょう。アオバさん以外にも記憶が無い状態でこちらに来た人もいますが、何人かは記憶を取り戻しています。」

そう言って遊佐は付けていたインカムに手を当て、何処かと連絡をとり始めた。

 

「...こちら遊佐です。ゆりっぺさん。新しい人を見つけました。場所は中庭です。」

 

『遊佐、中庭にいるなら早く撤退しなさい。そっちに天使が向かってきているわよ。』

そういうとゆりっぺと呼ばれていた相手が一方的に通信を切った。

 

それにしても天使ってなんだ?

 

困惑していると遊佐は、

「...アオバさん、緊急事態です。ここから撤退します。」

いきなり手を掴んできた。柔らかい手の感触にどきりとする。そんな俺の心情は置いてけぼりにされ引っ張られる。

 

「おい、ちょっと...。」

俺の叫びもむなしく、校舎に連れて行かれる。早歩きで急ぐ遊佐の歩調にタイミングがあわず、足がもつれそうになるのを辛うじて回避する。

 

階段を駆け上がり、3階へ行く。

時折、銃声が聞こえてくる。

突然遊佐が止まった。

 

「どうした?」

俺が聞くと、

 

「...ここまでくれば安全です。」

遊佐は手を離し、窓から外の様子を眺める。

 

俺はその横に行き、

「天使って何なんだ?」

 

その質問に遊佐は、

「アレが天使です。」

と言って指を差した。その先には1人の少女がいた。遊佐の着ている制服とは別の制服を着用している。

 

「どう見てもただの女の子にしか見えないのだが...。」

 

「...見かけに惑わされては駄目です。」

天使と呼ばれている少女の歩く先には数名の男子生徒がいた。

各々銃を持っている。

 

その生徒達が一斉に銃を構える。

「おいおい、たかが女の子1人相手に...。」

 

バンッバンッ...

乾いた銃声が響く。男子生徒が天使に発砲したのだ。

数発の銃弾が天使に当たり、学生服が血で真っ赤に染まっていく。

 

天使はそんなこと気にする様子もなく、どこから出したのか剣を振り続けている。

 

「化物かよ...。」

思わず呟いてしまった。

 

すると男子生徒側にさらに数名が助けに駆けつけていた。

一斉射撃が続く。だが天使には一発も弾があたらない。天使はバリアを張っているかのように銃弾を弾き飛ばしているのだ。

 

その時、弾き飛ばされた銃弾が遊佐の近くの窓ガラスに飛んできていた。

とっさの判断で俺は遊佐を突き飛ばす。反射的に体が動いていた。

 

「!!」

遊佐の驚いた表情を見たのは初めてだが、今はどうでも良い。

 

パリン!!ザクザクザク...

 

見事に窓ガラスが割れ、破片が飛び散る。

鋭利な欠片は月明かりに照らされキラキラと輝きながら俺に降りかかった。皮膚を裂き、肉に食い込む。

 

コンマ何秒のことが凄く長く感じられた。

そして、激痛が体に走る。傷口が熱を持った様に熱い。

 

遊佐が駆け寄ってくる。眉を寄せた彼女の表情が初めて無表情では無い表情だと知った。

そんな顔するなよ。そこで俺は意識を失った。

 

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目を覚ますと、遊佐がこちらを覗き込んでいた。どこか安心したように口元が緩んだ。

ってあれ?俺はガラスでザクザクじゃなかったのか。

 

何で生きてるんだ?痛みも全然感じない。

それに傷跡もない。

そんな俺をよそに、

 

「ゆりっぺさん、アオバさんが目覚めました。」

 

「そう、アオバ君お目覚めはいかがかしら?」

ここは校長室かどこかか。ソファの上に寝かされている俺は体を起こし、声のした方を向く。

 

そこには,ほっそりとした足に痩せ型の体系、紫の短髪とそれに結んだリボンが目立つ女の子がいた。

 

「ようこそ、死んでたまるか戦線へ。私はリーダーのゆり。」

 

「小田桐...。」

 

「小田桐アオバ君でしょ。遊佐から聞いてるわ。」

 

「はぁ、というより何で俺は生きてるんだ?」

 

「遊佐から聞いてない?まぁいいわ。ここは死後の世界。ここでは死ぬことはないわ。たとえどんな致命傷を負ってもね。死ぬ痛みは味わうけど。」

そうなのか。信じるしかないな。だって俺はいま生きているのだから。

 

「他に分からないことがあるなら何でも聞いて。」

 

「じゃぁ1つ。何でお前らは天使と戦っているんだ。」

 

「あたし達がかつて生きていた世界では,人の死は無差別に・無作為に訪れる物だった。だから抗いようもなかった。だけどこの世界では天使に抗えば生き続けられるのよ。」

ゆりは真剣な顔で言っていた。

 

「天使に抗い続けてどうするんだよ?」

 

すると、ゆりは胸を張って答えた。

「天使を消し去り、この世界を手に入れるのよ。そんなわけだから、死んでたまるか戦線へ入隊してくれないかしら。」

 

「なんで俺は入隊しないといけないんだ?」

 

するとゆりは顔を近づけてきて、

「あんた馬鹿!?まじめに学校生活送るつもりなの?天使に消されたいの?」

 

「消されるってどういうことだ?」

 

「簡単に言えば成仏みたいなもんよ。まじめに学校生活を送ると消えるのよ。で、ここ以外は安全な場所はないわよ。入隊するの?」

こうなったら仕方がない。乗りかかった船だ。

 

「分かったよ。入隊する。」

 

「よろしい、改めて歓迎するわ。」

 

彼女は命いっぱいの笑顔で、

「ようこそ、死んでたまるか戦線へ。」

 

こうして俺の非日常は、遊佐とゆりによって訪れることとなった。

 

「戦線メンバーは私と遊佐以外にもいるけどおいおい紹介するわ。」

そう言ってゆりは学生服を渡してきた。

俺がいま着ている学生服とは違う。

 

「学生服が違うようだが。」

 

「それは一般生徒用の制服よ。こっちのは戦線メンバーの制服。」

 

ふと思った疑問を口にしてみる。

「一般生徒も死んだ人間なのか?」

 

「違うわ。彼らはNPC、いわゆるノンプレイヤーキャラクターよ。始めからこの世界にいる模範生ってわけ。だから授業や部活をやっても消えないわ。」

なるほど。

 

「話は戻すけど,戦線のメンバーは男子はベージュのブレザーを,女子はこのセーラー服調の制服を着てるからすぐ分かるわよ。」

ゆりは自分の制服を指差しながら言った。

 

「あとこの部屋に入る合言葉を教えておくわ。『神も仏も天使もなし』よ。」

 

「一応私のほうから戦線メンバーには伝えておくから,メンバーを見かけたら声をかけるように。後のことは遊佐,あなたが面倒を見てあげて。」

 

「・・・分かりました。ゆりっぺさん。それじゃあ行きましょうか。アオバさん。」

そう言って遊佐は校長室を出て行く。俺もその後を追った。

 

 

 

 

 

「ここが食堂です。」

ごく普通の食堂である。一台のテーブルに四脚の椅子、それが横に並んで一つの列と化している。

数台ごとにテーブルとテーブルの間に観葉植物が置かれている。

 

入り口には券売機があり、その先に食堂のおばちゃんらしき人がにこにこ笑顔でこちらを見ている。

 

「私達は餓死することはありませんが,それでもお腹は空きます。そんなときにここを使ってください。」

相変わらずの無表情で話している遊佐は、淡々と説明していく。

 

「それと満腹になったからといって満足しないで下さい。消えてしまうことがあるので。あと麻婆豆腐はあまりお勧めできません。」

麻婆豆腐はあまり美味しくないのか。

 

「分かったよ。」

そういってもう一度食堂を見渡した。

するとまだ1時間目の授業中なのに肉うどんを食べている学生とピラフを食べている学生がいた。

 

肉うどんを食べている学生は大柄のがっちりとした体型の男だ。

「おぉ,新入りの小田桐か。俺は松下だ。よろしくな。」

松下は俺に握手を求めてきた。俺もそれに答える。ごつごつとした手は俺の手より大きい。

 

「・・・松下さんは柔道5段なので敬意をもって『松下五段』と呼ばれています。」

横で遊佐が言った。松下五段か。みんなからの信用は厚そうだ。

 

ピラフを食べている学生の側にはなぜか長ドスが置いてある。

「よろしくな,ボウズ。」

 

「ボウズじゃねぇ。」

コイツの第一印象はヤクザだな。

 

「・・・彼は藤巻さんです。」

遊佐が言った。

 

 

 

「ここは図書室です。」

意外とたくさんの本が置いてある。あたりを見渡すと戦線メンバーが2名いた。

 

眼鏡をかけた青年と普通の男の子だ。俺は近くに行き挨拶をした。

「新入りの小田桐アオバだ。よろしくな。」

 

すると普通の男の子が,

「やぁ、はじめまして。小田桐君。よろしくね。」

と言う。見せ掛けはごく普通の男。大柄でもなく小柄でもない、細くもなく太っているわけでもない、イケメンでも不細工でもない、何の特徴もない感じだ。おまけに今のあいさつも普通過ぎる。

 

眼鏡をかけた青年もそれに続き,

「よろしく。」

と眼鏡を上げて言った。

 

横では遊佐が,

「・・・特徴がないのが特徴の大山さんと,眼鏡をいちいち上げますが馬鹿なのが高松さんです。」

ふ〜ん。って高松って馬鹿なの?知的な感じだけど。

 

 

 

廊下を歩いていると,赤いバンダナをつけた一人の男が踊っていった。

見るからに怪しいやつだ。制服からして戦線のメンバーなのだろうが。

 

「Let's dance」

いきなり近くに来て言った。

 

「踊らねぇし。」

 

「・・・彼はTKさんです。今のはTKさんなりの挨拶です。」

遊佐が言った。TKを見る遊佐の目は少し引いていた。

 

「TK?それが名前なのか。」

 

「本名は誰も知らない謎の人です。」

謎の人って・・・。そんなヤツが戦線にいて良いのか?

 

 

一通り周った俺達は,

「・・・もうすぐお昼ですから食堂に行きましょう。」

遊佐の提案で昼飯を食べに行くことになった。

 

時刻は12時30分過ぎ。そろそろ4時間目も終わるころらしい。

食堂に着き、券売機の前に行って気がついた。

 

俺、金持ってねぇ・・・。

「アオバさん、お金がないのですか?」

遊佐が自分の財布を出しながら言った。一般的な革の財布だ。

 

「あぁ、そのようだ。」

俺が困っていると、

 

「...私がおごりましょう。」

 

「えっ!?良いの?」

 

「・・・この間助けていただいたお礼です。それに、事務室に行けば奨学金がもらえることを忘れていました。」

脳裏にガラスでザクザクに刺されたことが蘇る。

食事前に思い出すものじゃないな。無理やり頭の片隅に追いやる。

 

「ありがとよ。」

俺は比較的値段が安いきつねうどんを選んだ。

遊佐はラーメンを選んでいた。

 

「あ、言い忘れていましたが、この世界では天使の意思に従い真面目に授業を受けたり、満足や納得をしてしまうと消えてしまうので、いくら満腹になっても、満足はしないように気を付けて下さい。」

「あぁ、分かったよ。」

 

2人で近くの席に座ると,

 

「となりいいか?」

 

横から声をかけられた。

「どうぞ。」

 

隣に座ったのは青髪の青年だ。この人も戦線の制服を着ている。

 

青髪の青年は、トンカツ定食を食べている。

「お前見かけない顔だなぁ。新入りか?」

青髪の青年は聞いてきた。

 

「あぁ、小田桐アオバだ。」

 

「俺は日向だ。よろしくな。アオバ。なぁ椎名新入りだぞ。」

いつの間にか日向の目の前には首に長い襟巻きをした美少女がいた。

 

「気づかなかった。」

思わず呟いてしまった。

 

「浅はかなり...。」

長い襟巻きをした美少女は和風定食を食べながら呟いた。

 

「この人は椎名さんです。『浅はかなり...』が口癖の人です。」

遊佐はラーメンを啜り終わると言った。

 

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昼飯を食べ終え、事務室で奨学金をもらってきた後、遊佐の通信機に連絡が入った。

 

「...アオバさん、校長室へ行ってください。ゆりっぺさんが呼んでいます。」

遊佐からそう伝えられ校長室へ向かったのだが、俺より一足早く校長室の前に来ている人物がいた。

ハルバートを持っている男子である。

 

彼は真っ直ぐ何もせずドアノブに手をかける。ってあれ。合言葉を言わなくて良いのかな?

その男は窓を突き破り吹っ飛ばされていった。大きなハンマーで飛ばされたのだ。

窓から下を覗くとグロテスクな光景が広がっていたので、そっと頭の片隅に追いやった。

 

俺は合言葉を言って中に入る。中には数名の戦線メンバーがいた。

 

「ハルバードを持った男がさっき飛ばされていったぞ。大丈夫なのか?」

一応ゆりに報告しておく。だがゆりは、

 

「あぁ、野田君ね。いつものことだから気にしなくて良いわよ。」

あっさりとした回答。他の戦線メンバーも口々に、

 

「アホだ...。自分の仕掛けた罠に引っ掛かってやがる...。」

「バカだなアイツは。」

「浅はかなり...。」

悪口を言っている。

 

「アオバ君、これ。」

ゆりは俺に一丁の銃を渡してきた。

 

「ショットガンよ。威力はまぁまぁよ。」

そういうと突然、近くにいた高松に向け発砲するゆり。

叫び声をあげる間も無く床に崩れ落ちる高松。かわいそうに。

 

「あと接近戦用にナイフも渡しておくわ。」

何食わぬ顔でゆりにナイフを渡される。

 

「あぁ...どうも。」

それらを受け取った。そのときの俺の顔はきっと引きつっていただろう。

 

ゆりは校長が座るような椅子に座って、ベレー帽を被りながら言った。

「全員集まったようね。それでは今回の作戦を発表する。」

 

この場にいる全員の視線がゆりに集まる。

「今回の作戦は『天使エリア侵入作戦』よ。」

天使エリア?なんだそりゃ。

 

「天使エリア?」

他の戦線メンバーも困惑している。

 

「はっきりいって、天使と今のまま戦っても天使を消すことなんて出来ないわ。そこで...。」

ゆりっぺは何かの鍵を取り出し、

「天使の情報を集めることにしたわ。場所は分かってるから大丈夫よ。」

自信満々に言った。

 

「今回の作戦メンバーは日向君、大山君、松下君、TK、藤巻君、野田君、それとアオバ君。」

 

「俺もか!!」

 

「ガルデモは今回はなしよ。それじゃぁオペレーションスタート!!」

 

 

 

 

 

俺達はいま『天使エリア侵入作戦』を行っているのだが。

「何で、女子寮なんだよーーー!!」

思わず叫んでいた。

 

「ちょっとうるさいわよ。」

ゆりに注意された。ゆりは自分の口元に人差し指を持ってきて口を開くなと合図する。

 

「すまない。」

現在、藤巻とTKは寮の外で見張っている。

2人には天使が来たらすぐ発砲するようにゆりが命じている。

 

「じゃぁ入るわよ。」

ゆりは天使の部屋を鍵を使って開けた。

 

その瞬間、松下五段と野田が先に中に入った。

数秒後、中に入って良いと合図があったので俺達も中に入る。

 

てかこれって不法侵入じゃね。

そんな不安をよそにゆりたちは部屋をあせくっていく。

 

日向はベットの下を覗き込んでいる。

松下五段と野田は入り口で見張りをしている。

大山は誤って天使の下着入れのタンスを開けて顔を赤らめている。

ゆりはなにやらパソコンをいじっている様だ。

 

するとゆりが突然、

「あ〜もう分けわかんない!!」

と言った。

 

「どうした、ゆりっぺ。」

日向がパソコン画面を見に行く。

 

「パスワードが必要なのよ。お手上げだわ。」

ゆりががっかりしていると突然銃声がなった。寮の外からだ。

 

「撤退するわよ。」

ゆりの指示と共に全員速やかに部屋から出る。

ゆりが部屋の鍵をかけ終わると寮の入り口とは反対方向に走り出す。

 

「そっちって逆方向じゃねえのか。」

俺が聞くと、

 

「あんた馬鹿〜!!入り口から出たら天使に見つかっちゃうじゃない。非常口から出るのが得策よ。」

ゆりは走りながら言った。

 

「なるほど。でも野田は入り口のほうに行ったぞ。」

 

「アホだ。」

日向がつぶやく。

 

俺達が非常口に入るのと同時に野田の断末魔の叫びが聞こえた。

 

 

 

ミッションを終了した俺たちはその日は解散となった。

校長室から出た俺を待っていたのは遊佐だった。

 

「アオバさん。寮に案内します。」

そう言って、遊佐は俺について来いとばかりに先を進んでいく。俺もその後ろを付いていく。

校舎から出ると外はもう真っ暗だった。

 

「寮にはルームメイトとかいるのか?」

俺は会話作りのために遊佐に尋ねる。

「いますよ。同室の方はNPCという場合がほとんどのようですが、中にはルームメイトを追い出して一人で住んだり、戦線の方同士で部屋を組み替えたりしているようです。」

 

「ルームメイトを追い出すって...。遊佐もなのか?」

「いえ、私は気にしてないのでそのままです。中には人間じゃないやつと一緒に寝るなんて、という考えの方が多いみたいですが。」

遊佐は前方を見ながら答える。

 

「ここが男子寮です。」

しばらく歩くとそこはあった。団地のような棟には無数の部屋の明かりが灯っていて、眺めている今でも次々と灯が増えている。

 

「ドアの前にはその部屋に住むことになる人の名前のプレートがありますので、自分の名前を探してください。では、おやすみなさい。」

「あぁ、ありがとな。おやすみ。」

遊佐の後ろ姿が見えなくなるまで見送った俺は、寮の中へ入っていく。

 

玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩いていく。左右にはドアがびっしりと並んでおり、ドアの横には遊佐の話通り名前の書かれてあるプレートが貼られていた。

ようやく3階に俺の名前の書かれてあるプレートの部屋を見つけた。同室の人間はNPCが多いらしいが、まだ、彼らと戦線メンバーとの違いははっきりと判らない。

 

話せば答えてくれるし、それなりの反応も返す。

 

まぁ、いいか。気にしてもしょうがない。

同室の住人、プレートを見た限りでは名前は大仁多というらしい。

意を決してノックしドアを開ける。

 

「今日から同室になる小田桐アオバっていいます。よろしく。」

「あぁ、俺は大仁多、大仁多健司。まぁ、気軽に健司とでも呼んでくれ。」

部屋は勉強机に椅子、二段ベットそれから洋服箪笥があるだけの質素な部屋だ。大仁多健司はそんな中、勉強机に向かっていた体を椅子を回すことでこちらに向けてそう名乗った。

 

部活動で鍛え上げられたのか、その体はごつく松下五段と渡り合えるのではないだろうか。

髪は黒で短髪。目は少し垂れ下がり気味で人がよさそうな顔をしている。

制服は戦線の者ではなく、この世界に来て最初に来ていた黒に近い紺の学生服を着用している。

 

そんな彼は俺が入ってくるまで机に向かって勉強していたようだ。

机の上にはノートとシャーペンそれから消しゴムが転がっている。

 

俺は中に入り、ドアを閉めた。

「机はそっちだ。ベットは上を使ってくれ。俺は寝相が悪くて上だと落ちちまう。」

大仁多の言葉にははっと笑いが漏れてしまう。大仁多はそんな俺の様子に安心したようだ。

どうやら彼なりに俺の緊張を察してくれたらしい。

 

「風呂は一階にある。なるべく早く行かないと混むからな。何なら今から行くか?」

「でも、健司は宿題してたんだろ?悪いよ。」

大仁多の提案を俺はやんわりと断ろうとする。申し訳ない。

 

「あぁ、あれか。気にするな。宿題じゃないし、急ぎの要件でもないからさ。」

そう言って、大仁多は着替えとタオルを準備し始める。

「ほら、新しいタオル。」

「あぁ、ありがと。」

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こっちの世界に来てから数日がたち、遊佐や戦線メンバーともある程度仲良くなったころ、ゆりから指令が来た。

「天使エリア侵入作戦』は失敗に終わり自分達が馬鹿であることを知ったゆりは新しい人材を探すことにした。それも頭の良いヤツを。

 

そんなわけで俺達も勧誘するのを手伝うハメになった。

遊佐と一緒に勧誘するために校舎をうろついていると、音楽が聞こえてきた。

 

「なぁ、この音楽は何なんだ?」

ギターやらドラムの音が聞こえてくる。

 

「・・・これはガールズ・デット・モンスター、略してガルデモの演奏です。ここでは人気のあるバンドです。死んでたまるか戦線の陽動部隊でもあります。」

 

「ふ〜ん。」

 

聞こえてくる音楽はとても心に響くものだった。

これを演奏しているのがどんな人たちなのか興味がわいてきた。

 

そんな俺の心が読めたのか、

「...少し見ていきますか?」

遊佐が提案してくれた。

 

「いいのか?」

 

「少しくらい大丈夫でしょう。」

そういうと遊佐は手を握ってきた。って近くの教室に行くのに手をつなぐ必要ってあるの。俺的には嬉しいけど。

 

遊佐に目をやる。いつの間にか遊佐がこちらを見ていた。

「...いやらしいことを考えていましたね。」

全部見透かされていた。

 

 

 

 

 

「君が新入りの小田桐か。私は岩沢まさみだ。ボーカル&リズムギターを担当している。よろしくな。」

そういったのはクールなイメージの女性だった。

 

隣で遊佐が、

「...岩沢さんは陽動部隊のリーダーです。」

と言った。

 

「じゃぁみんなを紹介する。左から順にリードギターのひさ子、ドラムの入江、ベースの関根だ。」

 

「よろしく。」

目が怖い女性だな。

 

横で遊佐が、

「...ひさ子さんと麻雀をする時は気をつけてください。」

麻雀?気をつけろ?どういうことだ。

 

「うわぁ〜。新入りだってよ。しおりん〜♪」

そういったのは小動物を思わせるような女の子だった。

 

「みゆきち、意外とカッコイイよ。彼氏にしちゃいなよ。」

金髪ロングヘアーの女の子がみゆきちと呼ばれていた子とはしゃいでいた。

 

「...みゆきちと呼ばれているのが入江さん、しおりんと呼ばれているのが関根さんです。」

遊佐は、はしゃぐ入江たちをよそに冷静に彼女らを紹介していた。

 

ガルデモのメンバーと数分会話をし、再び勧誘するため校舎をうろついている。

 

すると前方に倒れている男の姿が。髪の毛をツンツンに立てた男である。頬にそばかすのある男だ。

「...新しくこの世界に来た人かもしれません。」

 

「とりあえず起こそうか。」

俺達は寝ている彼に近づく。俺は起きろーと言っているのだがなかなか起きない。

遊佐は男の顔を覗き込んでいる。

 

一向に起きないのでなんだかムカついてきた。

そう思い拳を作って男の腹、それも鳩尾の辺りに力を込めて振り下ろした。

 

ドスッ...。

返事がない。ただの屍のようだ。

 

「...アオバさん。やりすぎだとおもうのですが。」

 

「遊佐は気にしなくていいよ。こいつはただの屍だから。」

 

すると突然、屍が起き上がって、

「誰が屍じゃボケぇぇぇ!!」

その叫びと共に俺に殴りかかってきた。俺はギリギリでかわすことに成功する。

 

「ハァハァ...。ここはどこだ?」

あたりをきょろきょろと見渡す復活した男。眼は釣り目気味できつい印象を与える。

 

その男の動きが止まった。

 

その目線の先には、

「むッチャきれいやわぁ。」

遊佐がいた。

 

そいつは無理やり遊佐の手を握ると、

「ワイは鶴野鉄平や。君はワイの天使や。愛しとるでぇ。」

勝手に自己紹介をし始めた。

 

それにしても会って早々愛してるって遊佐も困っているじゃないか。

 

顔を赤らめて...えぇ〜〜〜!!

顔を赤らめてる!!いつも無表情の遊佐が!!

 

これはこれで珍しいものを見れた気がする。

でも顔を赤らめた遊佐は可愛かった。

 

「...校長室に行ってください。たくさんの女の子達があなたを待っていますよ。」

 

「ホンマか。ホンマなんか。ここはワイのパラダイスや〜。」

関西弁丸出しの鶴野はかなり喜んで校長室に行った。

 

鶴野がいなくなると遊佐はインカムを使い、

「...ゆりっぺさん。そっちに天使の手先のツンツン頭の関西弁の男が向かっています。校長室の前で迎撃お願いします。」

その声は淡々としている。

 

そう言って通信を切った。遊佐の顔は無表情に戻っている。

「今までの行動って...。」

 

「全部芝居です。顔を赤らめたのも芝居です。」

そういって顔を赤らめる遊佐。

 

全部芝居だったのか...。遊佐って意外と怖いな。

俺も会って早々あんなことしてたら...。考えるだけゾッとする。

 

その数分後、大量の銃声が校長室の方から聞こえた。

 

 

 

 

「...ワイは仲間になるでぇ〜。」

縄で縛られて身動きの取れない鶴野が言った。

その周りを俺とゆりと遊佐と椎名と野田と日向が囲んでいた。

 

「ゆりっぺ!!こいつ怪しいぞ。変な話方しやがる。宇宙人か、新手の宇宙人なのか!?」

野田はハルバードを鶴野の首筋に向け言った。

 

「関西弁も知らないのか。アホだぁ〜。それに新手の宇宙人て。新手じゃない宇宙人がいるのか!?」

「浅はかなり...。」

 

「彼を仲間にしましょう。」

ゆりが言った。

 

「ゆり、正気かよ。」

思わず言ってしまった。

 

ゆりは俺の方をむいて、

「彼の動きはなかなかだったわ。素早い動きでわたしの懐に入ってきたときは驚いたわ。」

いや、それは抱きつこうとしただけだと思う。

 

「とにかく鶴野君は今から戦線のメンバーよ。とりあえずは日向君あなたが面倒見てあげて。」

ゆりはそう言うと鶴野の縄を解いた。

 

「それじゃぁ、今日は解散よ。」

ゆりはそういうと俺達に背を向け、歩いていく。

その後ろを鶴野がついていく。

 

「「って待て待て待て。」」

思わず突っ込む俺と日向。日向は鶴野の襟首を掴むと引き摺っていった。

 

椎名と野田はいつの間にか居なくなっていた。

残された俺と遊佐。

 

「...もうすぐお昼ですから食堂に行きましょう。」

遊佐の提案で昼食をとることになった。

 

 

 

 

 

食堂の席に着く。

俺の昼飯はカレーライスだ。形のいい肉もごろごろ入っており旨い。

一方の遊佐は肉うどんを食べている。最近はいつも一緒に食堂で遊佐と飯を食べている。特別会話が盛り上がることは無いのだが、なんというか居心地がいいのだ。遊佐のほうも嫌がるそぶりはないので、こんな感じの時を日々過ごしている。

 

そしてなぜか遊佐の隣には鶴野がいた。たこ焼きを食べている。

「なんでお前がここにいる?」

 

俺が聞くと、鶴野は、

「ワイは男には興味がないんや。あんな青髪野郎と一緒に居てもおもろない。そんなわけで遊佐ちゃん、ワイと遊ばへんか?」

 

と言う鶴野に対し、遊佐はなぜか俺の食べかけのカレーを食べながら、

「...あなたと遊ぶくらいなら、アオバさんと遊んでいた方がマシです。」

その言葉を聴いた瞬間、俺の顔は赤くなり、鶴野は固まっていた。遊佐、冗談にしてはその発言はどうかと思うぞ。

 

しばしの沈黙...。

 

「...アオバさん,いきましょうか。」

遊佐が自分のうどんを食べ終わると言った。

 

「あぁ...。」

俺は席を立つ。いまだに鶴野は固まっている。微妙に涙目になっている。

 

俺はそんな鶴野を見て、

「なんかごめん。」

そう言うとその場を去った。

 

それからしばらく、鶴野は固まったままだったらしい。

 

説明
ここは死後の世界。毎日のように『死んでたまるか戦線』のメンバーと天使が争いを繰り広げていた。そんな世界にやってきた少年,小田桐アオバ。
最初は戸惑うも自分の歩むべき道を見つけていく。歩んだ先に彼が得るものとは?
にじファンからの移転です。
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