インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#14 |
[side:一夏]
五月。
セシリアが空に見事にまで弄られ、もてあそばれた上で撃墜されたあの日から数週間経ったその日。
翌週から((クラス対抗戦|リーグマッチ))が始まる関係で最後のアリーナ練習の日となる筈のその日に俺はやってしまった。
その場の勢いというか、売り言葉に買い言葉というか…
鈴に対して、つい『貧乳』と言ってしまったのだ。
その結果、当然の如く鈴は大激怒。
クラス対抗戦で俺を半殺しにするとかなんだとか宣言したらさっさとその場を立ち去ってしまった為に謝る事も出来ずに迎えてしまったリーグマッチ当日。
第二アリーナの第一試合。
俺は、専用機『((甲龍|シェンロン))』を纏い、俺を射殺さんばかりに睨みつけてくる鈴と対峙していた。
鈴の甲龍は((非固定浮遊部位|アンロック・ユニット))が特徴的で棘付き装甲がやたら攻撃的だ。
アレで殴られたら、痛そうだな。
『それでは両者、規定の位置まで移動してください。』
アナウンスに促されて俺と鈴は空中で向き合う。
その距離五メートル。
「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ。」
そこに、鈴が((開放回線|オープン・チャンネル))で声をかけてきた。
「雀の涙くらいだろ。いらねぇよ、全力で来い。」
俺は、真剣勝負で手を抜くのも抜かれるのも嫌いだ。
勝負は全力でやってこそ、そこに意味が生まれるモノだ。
「一応言っておくと、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破できる攻撃力が有れば本体にダメージを貫通させられる。」
「知ってるよ。身近にそう言うのを持ってるヤツがいるからな。」
「あっそ。」
『それでは両者、試合を開始してください。』
ブザーが鳴り、それが切れる瞬間に俺と鈴は動いた。
ガギィン!
瞬時に展開した雪片弐型が物理的な衝撃ではじき返された。
習って間も無い((三次元躍動旋回|クロス・グリッド・ターン))をどうにかこなして鈴を正面に捉える。
「ふぅん。初撃を防ぐなんて、やるじゃない。けど―――」
鈴が手にした異形の青龍刀。
まるでバトンのように両側に刃のついた…と言うよりは刃の中心に持ち手があるかのようなそれは正に縦横無尽に、縦、横、斜めと自在に角度を変えながら俺に襲いかかってくる。
箒相手に対二刀の戦闘訓練はしたけど、コレはこれで勝手が違う。
どうしても俺が守勢に回り、一方的に削られて行ってしまう。
一度、距離を取って…
「―――甘いっ!」
鈴の肩アーマーが開き、中心の球体が光った瞬間、俺は目に見えない衝撃に殴り飛ばされた。
「今のはジャブだからね。」
ジャブの次は?
――((本命|ストレート))に決まっている。
ドンっ!
「ぐあっ!」
目に見えない衝撃に殴り飛ばされて、俺は地表に打ちつけられる。
シールドバリアーを突破した衝撃と叩きつけられた衝撃で身体がズキリと痛む。
ダメージは七六。これは…かなりマズイ。
* * *
「良くかわすじゃない。衝撃砲《龍咆》は砲身も砲弾も目に見えないのが特徴なのに。」
そう、鈴は賞賛してくるが俺はそれどころではなかった。
砲身も弾丸も見えない衝撃砲を回避する為に、鈴の視線とハイパーセンサーが告げる空間の歪みや大気の流れに全神経を集中させている。
目は口ほどに物を言う。
衝撃砲を撃つ前には必ず鈴の視線が攻撃予定の場所に数秒間固定されるから、それを合図に回避してるけど…
正直、このままじゃじり貧だ。
どこかで流れを変えないと、削り切られる。
この対抗戦までにやって来た事は全て基礎的な移動技能の習得だ。
箒との剣道の稽古は刀の特性と間合いの再確認、そして相手の行動を見て読む事の練習になった。
『剣の道は見の道である』とは、よく言ったモノだ。
とはいえ、付け焼刃でしかない俺に対してそれぞれの基礎動作をかなりのレベルで統合してこなす事の出来る鈴。
俺と鈴との間にある格の差は依然として大きい。
同じく代表候補生であるセシリアにギリギリまで食らいつけたのはセシリアが驕り、油断してくれたからだ。
本来のセシリアは戦闘中冷静で、詰将棋のように相手を追い詰めてゆくタイプだ。
事実、あの一戦以来何度か模擬戦をやったが見事に封殺されて負け続けだ。
――そんな俺が、代表候補生に食らいつくためには『絶対に勝つ』という意志の力で勝る以外に光明を見出すチャンスは無い。
「鈴。」
俺は切り札の切り場所をここと定める事にした。
出来れば温存しておきたいが、使いどころを間違えれば無意味に手札を晒すだけになる。
だからと言って、使わないまま負けるのも宝の持ち腐れだ。
「な、なによ。」
真っすぐと見つめる俺、気後れしたのかあいまいな表情を浮かべる鈴。
「本気で行くからな。」
「な、なによ。そんな事、あたりまえじゃない。と、とにかく、格の違いってのを見せてあげるわよ!」
バトンのように両刃青龍刀を一回転させて構え直す鈴。
その衝撃砲の砲火が放たれる前に距離を詰めるべく加速姿勢に入る。
『((瞬時加速|イグニッション・ブースト))』。
国家代表時代に千冬姉が使っていた技であり、この技と雪片で世界最強の座に着いた。
瞬間的に最高速度まで上げるそれは使いどころを間違わなければ十分に代表候補生…いや、国家代表相手でも通用するモノだ。
はっきり言って初見殺しの一撃だ。
だからこそ、雪片弐型のバリア無効化攻撃と組み合わせて一撃必殺を狙うしかない。
「うおぉぉぉぉッ!」
踏み切る。
急激なGに意識がブラックアウトしそうになるがISの操縦者保護機能が働いてそれを防ぐ。
瞬時に鈴との距離を詰め、俺の刃が届く、その瞬間前。
ズドオォォォォ………ォン!!!
突然、大きな衝撃と轟音がアリーナ全体を揺らした。
鈴の衝撃砲じゃない。
範囲も威力もケタ違いだ。
「な、なんだ!?」
『一夏、試合は中止!鳳さんを連れてすぐにアリーナを脱出!』
オープンチャンネルを通して、管制室にいるらしい空から声がかかった。
いきなり何を…そう思った瞬間、ハイパーセンサーが緊急告知を行ってきた。
『―――フィールド中央に熱源。所属不明のISと推定。ロックされています。』
「なっ!?」
ISのシールドと同種のもので出来てるアリーナのシールドをぶち破れるだけの攻撃力を持った機体が乱入、こちらをロックしている。
要約すれば『ピンチ』の三文字だ。
「一夏っ!」
「うぉっ!?」
鈴の声で反応した俺はその場を逃れるとその直後にその場所を熱線が通り過ぎた。
「アンタは逃げなさい。」
「お前はどうするんだよ。」
「時間を稼ぐわ。別に最後までやり合わなくても学校の先生たちが来るまでくらい持たせるわよ。」
「ッ!鈴、危ないっ!」
余裕を見せていた鈴を抱きかかえてさらう。
その直後に再びあのビームが通り過ぎた。
「ビーム兵器。それもセシリアのISより出力は上か…」
ハイパーセンサーが告げるビームの出力に冷や汗が出てくる。
「ちょ、ちょっと、馬鹿!放しなさいよ!」
「お、おい!暴れるな―――って、殴るな!」
「うるさいうるさいうるさい!だ、だいたいどこを触って―――」
「ッ!来るぞ!」
煙を晴らすかのようにビームが連射される。
どうにかかわすと射手たるISが浮かびあがって来た。
深い灰色をした、異形のIS。
異常に長い腕はつま先よりも下に伸びていて、首がない。
何よりも全身を装甲で覆っている。
((全身装甲|フル・スキン))。
通常はシールドエネルギーで守られている為に装甲は見た目ほど重要では無い。
それ故に装甲は部分的にしか展開されない。
もちろん、防御特化型ならば物理シールドを持つ事はあるけれども、露出が全くないISというのはまず存在しない。
巨体には姿勢制御用なのかスラスター口が全身に見てとられ、頭部には剥き出しのセンサーレンズが不規則に並んでいる。
腕には先ほどのビームの発射口らしき孔が左右合計で四つほどあった。
「おい、お前何者だよ!」
「………」
当然ながら、返事は無かった。
『織斑くん、鳳さん!今すぐアリーナから脱出してください!すぐに教師部隊がISで制圧に向かいます!』
そこに割り込んできたのは今度は山田先生だった。
こころなしか、いつもより声に威厳がある。
「いや、先生たちが来るまで俺たちで食い止めます。―――いいな、鈴。」
「だ、誰に向かって言ってんのよ。それより離しなさいってば。動けないじゃない!」
「ああ、悪い。」
俺が腕を離すと鈴は自分の体を抱くような格好で離れて行った。
そんなに嫌だったのか?
嫌ならそいつは悪かったが緊急事態だ。勘弁してくれ。
『お、織斑くん!?だ、駄目ですよ!生徒さんにもしものことがあったら――――――』
敵ISが体を傾けて突進してきた。
単純な((突進|チャージ))はそれほど苦なくかわせるが相手の巨体故に回避も一苦労だ。
「ふん、向こうはやる気満々みたいね。」
「みたいだな。」
俺と鈴はそれぞれの得物を構える。
「一夏、あたしが衝撃砲で援護するから突っ込みなさい。武器、((雪片弐型|それ))しかないんでしょ?」
「その通りだ。じゃあ、行くぞ。」
キン、と互いの武器の切っ先をぶつけあい、それを合図に即席のコンビネーションながらも飛び出した。
* * *
[side: ]
「もしもし!?織斑くん、鳳さん!聞いてます?聞こえてますか!?」
ISのプライベート・チャンネルは声を出す必要など全く無いのだが、失念するくらいに真耶は焦っていた。
「本人たちがやると言っているのだ。やらせてみてもいいだろう。」
「お、織斑先生!何をのんきな事を言ってるんですか!」
「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ。」
「織斑先生もどうぞ。砂糖を少し多めに入れてありますから。」
「ああ、すまないな。」
空にマグカップを差し出され千冬と真耶は受け取る。
中に満たされたコーヒーは、確かに甘かった。
「山田先生。パイルバンカー用の炸薬の用意をお願いできますか?」
「出来ますけど…どうするんですか?」
「薙風に装備されている一〇五ミリパイルバンカーは威力抑制の為に炸薬量を減らしてますが最大威力でやればシールドか、ロックされている扉の物理破壊ができます。」
薙風――空の専用機であり、武装試験機である為に固定武装を換装することができる規格外な機体である。
確かに、アレに装備されているモノならばシールドエネルギーをぶちぬく事も、閉鎖されている扉を破砕する事も出来るだろう。
「ですが…」
「それに、奥の手もあります。確実に、シールドを抜けるだけの威力のある一撃が。」
「判った。手配するから準備を急げ。」
「了解。」
何か言いたそうな真耶を横に千冬が許可を出して整備課に炸薬の手配を依頼する。
管制室を出てゆく空と入れ替わりで、今度はセシリアがやって来た。
「先生!わたくしにISの使用許可を!すぐに出撃出来ますわ!」
「そうしたいところだが、―――コレを見ろ。」
ブック型端末の画面を数度叩いて第二アリーナのステータスチェックを呼びだす。
「遮断シールドがレベル四で固定?…しかも全ての扉がロックされて―――あのISの仕業ですの!?」
「そのようだ。これでは避難も救援も出来ん。」
実に落ち着いた様子で話す千冬だが、その手は抑えきれない苛立ちに画面をせわしなく叩いていた。
「で、でしたら、緊急事態として政府に助成を―――」
「既にやっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中、千凪も物理的に障壁破壊をするために準備している。突入口が出来次第すぐに部隊を突入させる。」
言葉を続けながらも、ますます募る苛立ちに千冬の眉がピクリと動く。
それを危険信号と取ったセシリアは頭を押さえながらベンチに座った。
「はぁぁ……結局、待っている事しかできないのですね。」
「何、どちらにしてもお前は突入隊に入れないから安心しろ。」
「な、なんですって!?」
「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる。味方を誤射するのがオチだろう。」
「そんな―――そんな事ありませんわ!このわたくしが邪魔だなどと…」
「連携訓練はしたか?したなら、その時のお前の役割はなんだ。ビットはどう使う?味方の構成と敵のレベルはどのような想定だ?連続稼働時間は―――」
「わ、判りました!もう結構です。」
「ふん。判ればいい。」
セシリアは両手を揺らして『降参』のポーズをとった。
「はぁ…言い返せない自分が悔しいですわ。」
『こちら千凪。ロックされているドアの破砕に入ります。』
モニターの一角に空からの通信が入る。
ISを装備し、その右腕には大型のパイルバンカーがその威容を晒していた。
(確かにアレなら扉を破砕して物理的に突入口が開く。―――だが、体の方が持つまい。)
千冬が懸念と心配の混ざった感情をもてあましている間に、ドアに向かって空はパイルを発射待ち状態にする。
『行きますっ!』
轟音。
離れている管制室にすらこうまで響くとなればかなりの威力だろう。
一発目で扉が歪んだ。
二発目で扉が盛大に凹んだ
三発目で扉がひしゃげかけた。
四発目、五発目。
そして六発目で、扉が吹き飛んだ。
『山田です。千凪さんが扉の破砕に成功。ピット内に進入します。』
真耶からの報告を受けて、ホッと一息が入った。
『腕の方が持たないのではないだろうか』という懸念が杞憂に終わったからだろう。
だが…
『ああっ!』
「どうした。山田先生。」
『遮断シールドです。シールドがアリーナ側のピットの入り口を封鎖しています。これでは………』
「くっ………用意周到な事だ。」
千冬は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
たとえ、物理破壊で侵入口を作ったとしても無駄なあがきだったのだ。
シールドを抜ける威力を持った武器はたった今使い切ってしまった。
と言う事は、クラックが成功しない限り手出しができない
『え?千凪さん?』
『一発だけの、とっておきを使います。後ろには立たないでくださいよ。』
ピット内を監視するカメラの映像で空がシールドに向かって残弾数〇のハズのパイルバンカーを構える。
何故か、右腕のみを部分展開した状態で。
「おい、千凪!弾切れのパイルバンカーなんかで何ができる!」
『一発限りですけど、対人使用禁止されたヤツが使えます。』
千冬はハッ、とした。
以前の授業で空に((高速展開|ラピッド・スイッチ))を実践させた時にみた武装リストには『一〇五ミリ口径パイルバンカー』の行に続きがあった。
使用禁止とされていたそれは―――
『いっけぇぇぇ!』
腕力でシールドに叩きつけられたパイルから杭状のエネルギー波が撃ち出された。
『零距離破砕衝撃波動砲』
――((非実体杭|エネルギー・パイル))を生成し、それを指向性を持たせて一気に解放する事で発生した衝撃波を叩きつける、文字通りの実体を持たないパイルバンカー。
但し、試験運用の際にいともたやすく擬似的に発生させられていた絶対防御を抜き、標的を徹底的に破壊した為に対人使用が禁止されたいわくつきの武器である。
その威力は、シールドエネルギー如きで止められるほど、優しくない。
バキィン!
その破砕音と同時に遮断シールドが破壊され、同時に薙風の((腕だけ|・・・))が飛んだ。
「ッ!」
千冬も、一瞬だけだが我を失った。
ただ一人、右肩腕を失ったが瞬時に展開された薙風だけが、ただ一陣の風となって駆けだす。
「総員、突入!」
千冬の声で我に帰ったISを展開した教師たちが慌ててアリーナへと飛び込んで行く。
「これで……」
『一夏ぁっ!』
安堵の息をつく間もなく千冬は頭を抱えたくなった。
いつの間にかピットから姿を消していた箒が中継室を占拠していた。
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#14:決戦、クラス代表戦!(前編) | ||
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