Fruity KISS |
最初に言っておくけど、別に、あいつを喜ばせたいとかそんなんじゃない。
ただ、その仏頂面の、他の表情がみたいと―そう、思っただけ、なんだけど。
―そんなこと考えるから、こうなるのよね―。
さすがに、この状況はあたしも想定してなかった。
もたもたしてるわけにはいかないのに、どうにもならないこの状況。
何かがひとつ違うだけでも―例えば、そこに誰もいないとか、こんな格好じゃないとか、時間的にもう少し余裕があるとか―そうすれば、何とか、なりそうなものなんだけど。
そうじゃないから、何ともならないのであって。
―さて、どうしよう。
優秀な探偵さんなら、ここからあたしがどう動けば良いのか、即座に言い当てるのかしら。
「お嬢様。」
イライラした、あからさまに不機嫌そうな声が聞こえる。
シズ。そう、彼。相当、怒ってるみたい。
そりゃそうよね。もうそろそろドレスに着替えるかしないと、馬車が来ちゃうもの。
「いつまでそうしていらっしゃるおつもりです。」
「も、もう少し待って。」
さっきから、この堂々巡り。
ほんと、察して欲しいくらいだわ。
あたしはベッドの上、布を1枚深くかぶって。
彼はたぶん、扉の前で仁王立ち。
この、あたしの部屋には最低限の普段着しか置いていないから、着替えるなら別の部屋から着替えを持ってこないととか―そうなるんだけど。
ミオもやきもきしてるわね。
―うぅん、あたしが来ないとかじゃなくて、別の意味で―
はぁ。って。大きなため息が聞こえた。
「―全く、そろそろ着替えて頂かないと、
間に合いませんよ。」
「わ、わかってるわよ。」
それが出来れば苦労はしないわ。
でも、そこからシズが退くかしないとどうにもならないじゃない。
けど、退けとは言いたくない。何でだかは解らない。
それくらい一人で出来る、そう言えばたぶん、すべてが終わるのに。
―もうっ、ミオのせいだわ―馬鹿―!
布をさらにきつくかぶって、あたしは、ぐっと唇を噛んだ。
「―お嬢様、
シズ様を驚かせてみたいとは思いませんか?」
それは、つい数時間前の話。
ミオはにやにやしながらそう切り出した。
こういう顔をするときは、決まって何か悪巧みを考えているもの。
いつもなら流してしまうけど、シズという名前が出てきたところで、あたしはほんの少しだけ身を乗り出した。
「何をする気?」
「いえ、お嬢様。
実は、こういうものを手に入れたんですよ。」
まるで時代劇の悪代官みたいに声を潜めるミオ。
そうして背中からすいと取り出したのは、小さな三角のついた、黒いカチューシャだった。
「今、町娘の間で流行ってるんですよ、コレ。」
「ふぅん―」
見た目、普通のカチューシャ。別に、これといった仕掛けとかはないみたい。
「これをつけると、髪の間から黒い三角が見えて、さながら猫の耳がついたみたいになるんですよ。」
「へぇ―」
「猫好きのシズ様にぴったりじゃありませんか?」
あぁ―成る程ね。
そこでようやく、あたしはミオが企んでいる内容を飲み込んだ。
曰く、これをつけてシズの前に出て、びっくりさせろ、ということ。
―でも、そんなのでうまくいくかしら。
「大丈夫ですよ、お嬢様!」
怪訝そうなあたしの顔に気付いたのか、ミオがそういってどんっと自分の胸を叩く。
「男たるもの、きっとカワイイ格好の女の子とかは、
ぐっとくると思うのですよ!」
「―そうかしら。」
あのシズでも、そんな顔、するのかしら。
そうだとしたら―見てみたい気も、しないでもないわ。
カチューシャを貰って、あたしは、そっとそれをつけてみた。
途端、ミオがきゃあっと歓声を上げる。
「可愛い!お嬢様、よくお似合いですよ!」
「―そう?」
「ついでにお召し物も取り替えてみては如何でしょう!もう少しこう、ですね…」
「…お嬢様。」
シズの声。あたしははっとする。
そう。そうだわ。諸悪の根元はミオよ。
あんな風におだてるから、結局こんな格好で隠れる羽目になっちゃったんじゃない。
まぁ…それに乗った、あたしもあたしだけど。
「そろそろ、お時間ですよ。」
咎める様な口調。さすがに、そろそろ出て行かないと本気でまずいのだろう。
「わ、わかってるわよ。」
そう、出て行けば良いだけの話だわ。
布をまくって、颯爽と歩いて、扉まで向かえばいい、それだけの話じゃない。
扉から出ちゃえば、きっとそこにはドレスを持ったミオが立ってるわ。
きっと、きらきらした瞳で結果を聞きたがるだろうけど。
でも。
あたしは、また、布を握った。
だめ、出来ない。そんなこと、出来ない。
けど、このままシズが去ってしまうのも、―。
そこまで、考えた。
まさに、その時だった。
ばさぁっ―
風が吹き込んでくる、その寒さを肌で感じて、
あたしは初めて、自分の上に乗っていた布が消えたことを知った。
「―!」
起きあがる。振り返る。
舞い上がる白い布越し、見えたのは―
「―あ、」
「―…っ!」
ばっと、彼は顔を背けた。
左耳に付けたピアスが、その名残を残して揺れた。
でも、見えたのは、そこまでだった。
「…きゃっ!」
呆然としたあたしの視界が、再び、白に覆われる。
布をかけられたのだ。
「ちょっと!何するのよ…っ」
「早く着替えて頂けませんか。」
聞こえてきた声。
いつもの彼には似つかわしくないほど、焦っているように…みえた。
そう、焦っているところを無理矢理押さえ込もうとしている様な、
そんな不自然な響きの。
勿論、そんな声。今まで聞いたことない。
「そんな格好でまさか、お出かけになるおつもりですか。」
「ば、馬鹿言わないでよ。これから着替えようと思っていたところだわ。」
「…なら、良かった。」
…ん?
良かった?
最後、呟く様に聞こえたその言葉に、あたしは眉をひそめる。
こんな格好で出て行くと、名家の名に傷が付くとでも言いたいのかしら。
期待はずれというか…ある意味、期待通りの態度に、
何か少し、がっかり。
ひとつ、ため息をついて。あたしは布をかぶったまま、ベッドから足を伸ばした。
つま先にスリッパを引っかけたとき、あからさまな視線を感じて、顔に掛かる布を少しだけまくる。
こちらを見つめる目と目が合った。
シズ。いつもの仏頂面。何にも変わらない。
何かちょっと、ムッときた。
「…何よ、とっとと着替えてくるから退きなさいよ。」
「…。」
動かない。そればかりか、すいと視線をずらす。
完全に興ざめだわ。ミオに、そうやって言わないとだめね。
あいつは唐変木だから、あたしがどんな格好したって驚かないわよって。
…なんかちょっと、寂しいけど。
そうして彼の手前を通り過ぎ、ドアノブに手をかけた刹那。
何かが、聞こえた気がして、振り向く。
シズがこちらを見ている。
相変わらず、顔はそっぽを向いているけど。
「…何?」
「…ミオを、呼んで参ります。」
「良いわよ。あたしが行けば済むことでしょ。」
「そんな格好で屋敷内をうろうろされては―」
あぁもう何なのこいつ。
誰のためにこんな恥ずかしい格好してやったと思ってるのかしら。
「布を巻いていくから関係ないでしょ。」
「そうではなくて―」
「じゃあ何なのよ。」
「―。」
そこまで話して、なんだか、様子がおかしいことに気付いた。
歯切れが悪いというか。何か不自然というか。
そう思って見ているうちに、彼の耳が徐々に赤くなっていく。
―あら?
「あ、あなたのそんなお姿を、―」
あら、あら?
どんどん赤くなっていく。まるで、リンゴみたいに。
「その、―…」
…!
それだけ言って、彼は、耐えきれなくなったかの様に部屋を飛び出した。
廊下を、ばたばたと走っていく音が聞こえる。
あとに残されたのは、あたし。
シズみたいに、真っ赤になって、立ちつくす、あたし一人。
『…その、あなたのそんなお姿を他の輩に見せるのは…許せない。』
確かにそう言ったはず。
最後、全然聞こえなかったけど。
これって、…これって。
あたしは、へなへなとそこに座り込んでしまった。
そうして、混乱した頭の中で何とかそれを整理しながら、
…これって、どうやってミオに伝えれば…
そればかり、考えてた。
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メイド+猫耳というテーマで書いた創作掌編 *** 数年前に発行した合同誌「FruityKISS」より *** 元は漫画にする予定だったとか… | ||
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