SPSS第3話〜道化たちの昇天〜
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「ここは……どこ?」

「今は……いつ?」

「あなた、そこにいるの?」

「そこって? ここってどこ?」

「分からない……。でも、なんだか寒いね」

「嫌なところ……。でもあなたと一緒、よかった」

「なんだか眠たいね……」

「もう少し、寝てよっと」

「うん」

「ここは暗いし……」

「なんだか疲れているみたい……」

「変だね、今までずっと寝ていたみたいなのに……」

「これからもずっと…………」

「…………眠い」

「さあ、目を閉じてみて。すぐに……眠……に落ち…………ら」

「…………おやすみ」

 

 

「ウルフルンさん、これはど〜ういうことでしょう?」

「ああん? オレにも分かんねーよ」

 鬼ヶ島地下――皇帝ピエーロの宮殿。柱から天井から梁からすべてを黒を基調としたこの豪奢な建造物の最奥に、三幹部とジョーカーは集まっていた。

「知らないなんてことはないでしょう? バッドエナジーを集めてきたのはあなた方なんですから」

「だから、分からんと言ってるオニ。ジョーカーはうるさいオニ」

 ほんの少し前までは、ピエーロが封印された黒い本がショーケースの中の見本のように安置されていた玉座の前には、普段と違いいささか取り乱したようなジョーカーと冷静にそれに応じる三幹部という、少し違和感のある光景。

「……シラを切るおつもりですか? 悪の皇帝ピエーロ様に仕える忠実な部下であらせられる偉大なる三幹部の方々ともあろう御仁が」

「シラを切るとはなんだわさ? まるで私たちがなにか隠していると言っているようにしか聞こえないだわさ。ジョーカー、味方の異心を疑うのは異心を抱く者だけというだわさ」

 ジョーカーの皮肉がマジョリーナにそう砕かれると、ジョーカーは仮面に覆われた表情をぴくりと一瞬引きつらせ、

「……まあ、よいでしょう。で、は。これからどうするんで〜す?」

 いつもの飄々とした態度に戻ると、ジョーカーは鳥の頭のように尖った仮面を指で押しながら玉座を見上げた。

 数十メートルはあろうかという巨躯をその身のためだけに造られた椅子に深く腰を沈めるようにゆったりと預け、膝に肘を置いてくんだ両手についさっき確認された強化アカンベェに似た化粧を施した顔を乗せているこれこそ、悪の皇帝ピエーロの容貌だった。

 そう、あくまで容貌――さきほど封印を破り復活したピエーロは、今は全身が石のようにくすんだ灰色で、まさしく石像のように微動だにすることもない。

「まさか復活したピエーロ様が、まだ半分封印されているようなものだとは思いませんでしたよ」

「オレぁ言われた通りにバッドエナジーを集めただけだぜ」

「また俺様がバッドエナジーを集めてくればいいだけオニ」

「ジョーカーは、戻って指示を仰いでくればいいだわさ」

「りょうか〜い」

 ジョーカーはくるりと一回転し、右手を腰に当てて深々と礼をすると、

「ではでは三幹部のみなさまは。小賢しいネズミのお掃除をお願いしますね〜え。どこからかちょろちょろと、ここに入り込んできてるみたいですよぉ〜?」

 ピエーロの石像のさらに上、鬼ヶ島の地表部分の方を顎で示し、そのままどこからかトランプの竜巻を作り出すとジョーカーは姿を消した。

 あとに残った三幹部は、ほくそ笑むと同時に顔を見合わせ、大きく頷いた。

 

 

「ねぇマーチ」

「どうしたの、ハッピー?」

 マーチと一緒に鬼ヶ島を探索していたハッピーは、部屋の一角からガサガサと取り出したそれを掲げてみせる。白い金属質な表面をした三角柱のそれには、いく筋もの線がまとまった痕がいくつも残っていた。

「これって……」

「爪とぎ板、かな? あっほら、これは?」

 マーチが拾い上げたのはハッピーが持っているそれより細長く、残っている痕も一本ずつで深く刻まれていた。

「これが爪なら……そっちは牙?」

「あ、クシもあったよ。銀色の毛……ってことは?」

「この部屋は狼さんの?」

 ハッピーは軽く息を吐くとぐるりと周囲を見渡し、マーチは肩をすくめた。

 

「なあピース、この部屋なんか暑ない?」

「そうだね……、やっぱりあの窯が原因かなぁ」

 額の汗をぬぐいつつサニーとピースが顧みた先には、主不在のまま燃え盛る炎を宿した窯と、その前に設置された巨大な金床と鎚があった。

「あれって……」

「武器カンカンして作るやっちゃな。と、いうことは、や」

 サニーは唇の端を釣り上げて楽しげに笑うと、壁際のタンスを勢いよく開く。

「ビンゴやな」

「これって……赤鬼さんの?」

「虎柄パンツや! ……見つけてもええもんちゃうけどな」

 開けた時と同じ勢いで叩きつけるようにタンスを閉め、サニーは頭をかいて苦笑いをしてみせた。

 

「ここは、なにかの実験室なのでしょうか……」

「怖いクルー。きっとキャンディ食べられちゃうクールー」

 不安がるキャンディを肩に乗せ、ビューティはずらりと薬品の入った瓶の棚を見渡しながらそう呟いた。一歩を進むたびにカツンカツンと足音が響くのも、一層の不気味さを助長している。

「まあまあ。今は部屋の主も不在のようですし、それよりもポップの手がかりを探しましょう」

 ビューティは頬に手を当てて奥の部屋に進んだ。だがそこにあったのはポップの手がかりとなるものではなく、部屋の主を特定するもの。なにも入っていない大鍋と、どこか抜けたデザインの発明品と思しき用途のピンと来ない道具――おそらくは発明品。

「あら、これは……」

「マジョリーナの部屋クル?」

「の、ようですね」

 ビューティは一通りの様子を確認すると、不安げに眉をひそめてから、キャンディの方を見こそすれ誰に問うともなしに、

「手がかりらしきものはありませんし、一度、戻ってみましょうか……」

 

 

 鬼ヶ島は、五人と一匹が手分けして探索した結果、特別な施設ではないと分かった。彼女らが鍵デコルを使用して鬼ヶ島がある場所――キャンディ曰くメルヘンランド辺境――に降り立ったのは一時間ほど前のこと、改めて変身したのち、地上一階に設けられていた入口から堂々と鬼ヶ島に侵入したすぐにあった大ホールでの集合を約して三手に別れていた。

 そして今、再集合した五人は結局成果なしという成果を報告し合って落胆していた。

「ポップはどこにいるのかなぁ……」

「ウチとピースが探した限り」

「ポップが捕まっていた痕跡はなかった、かな」

「ウルフルンの部屋にも手がかりなし」

「わたくしが探した限りでも、収監施設のようなものさえ見つかりませんでした」

「クル……お兄ちゃんどこクル……」

 三幹部の個室と会議室のようなオープンなスペースを除いては使われた痕跡のない部屋があるのみの上階へ続く階段に腰かけ、五人と一匹は一様にため息をついた。とりわけキャンディは、長い髪をだらりと伸ばして悲嘆に暮れている。

「……にしても、おかしいですね」

「なにが?」

「ハッピーは訊く前に考えてみ?」

「私も分かんない……」

「はあ……、あたしたちは誰を追ってここに来たの?」

 頭を抱えながらも、マーチが優しく易しく問いかけた。

「えーっと、狼さんと」

「赤鬼さんと……」

「マジョリーナクル」

 そこまで答えても、ハッピーとピース、キャンディは得心のいかぬ顔で首を傾げている。

「ならな、どうしてその三人がここにおらんと思う?」

『ああ、なるほど(クル)!』

 二人と一匹が同時に頷いた。ということはこの三人はほぼ同じ思考能力ということになるのだが、あえて触れずにビューティは思考を進める。

「ここは彼らの居城のはず。しかし彼らの姿はどこにも見えず、かといって罠だとしてもなにもなさすぎるのではないでしょうか」

 今度はマーチとサニーもぽかんとした表情で、ビューティは慌てたように解説を加えた。

「要するに、この城のどこかにあの三人はいるはずです、ということです」

「……そういうことやな」

「んじゃ、あと探してないのは――」

 マーチの視線は自然と下へ、ただしうつむくのではなく床下をうかがうように。そして降りる手段を探して床を見回す。と、その時だった。

「ウルッフッフッフ、ようこそプリキュア」

「俺様たちの鬼ヶ島へオニ」

「迎えが遅れただわさ、すまないだわさ」

 ウルフルン、アカオーニ、マジョリーナの三幹部が彼女らの前に現れた。ただし、その言葉に害意は見受けられない。そればかりか、臨戦態勢を取ったプリキュアたちに対して深く慇懃な礼をするとウルフルンは部屋の隅を指さした。

「な、なに?」

「案内するだけさ」

「案内やて?」

「それって……」

「ポップの所オニ」

「なんだって?」

「いったいどういうつもりですか?」

「それもすべて、話すつもりだわさ」

「クル……早く連れて行ってほしいクル」

 訝しむ五人だったが、キャンディの悲痛な言葉に心を決め、三幹部に従った。

 

 

「――って、ちょっとちょっと!」

「これなんや?」

「ポップの変化の術……じゃないよね」

「ちょっと、どういうこと?」

「説明、していただきましょうか?」

 そうして五人と一匹が案内されたのが、鬼ヶ島地下、皇帝ピエーロの宮殿玉座の間だった。そこに腰かけるピエーロの圧倒的な威圧感に彼女らは一瞬たじろぐも、すぐさま身構えるとその足元の三幹部へ向けて毅然とした口調でビューティは尋ねた。

「これが、悪の皇帝ピエーロだ」

「バッドエナジーを大量に供給することで封印から覚めた姿がこれオニ」

「だが、まだ完全とは言えないだわさ」

「そういうことじゃないクル! お兄ちゃんはどこって訊いてるクル!」

 キャンディが高く跳ねながら叫ぶも、ウルフルンは軽く一瞥を向けただけでそれに応えてプリキュアの方へ向き直る。

「こいつの完全な復活には、さらに純度の高いバッドエナジーで生成した宝珠が必要になる。だからその前に、頼む、こいつにレインボーヒーリングを、白い浄化の光をぶちかましてほしい」

『えっ?』

 そうして発せられたウルフルンの言葉は、彼女らに衝撃をもたらした。自身の首魁の封印と復活について言及しただけでなく、それに対し必殺技を放てと、頭を下げたのだから。

 ウルフルンの束ねられた銀色のたてがみが弧を描いて下に垂れた。

 そしてそれに続いたアカオーニの台詞は、ウルフルンの突然の行動を咎めるものとはむしろ逆、そもそもそうすることが予定調和だったように、

「お願いオニ、説明する暇は今はないオニ」

「戸惑いは仕方ないだわさが、この通りだわさ」

マジョリーナすらそう続けば、もうプリキュアの間では警戒よりも疑問が大半を占め、ピエーロと三幹部とを交互に見比べると構えていた腕を下ろし、背筋を伸ばして思案するように顔を見合わせた。

「キャンディ、どういうこと?」

「分からないクル……」

「こいつら、なんでこんなこと頼むんや?」

「敵じゃなかった……ってこと?」

「どうする、ビューティ?」

「……真意を測りかねます」

 三幹部はなにも言わぬまま頭を下げている。しかし彼女らの逡巡がそれで晴れるほど、両者の溝は浅くない。そしてついに痺れを切らしたように、ウルフルンは顔を上げた。

「言ったろ、時間がねぇ! そいつの正体は――」

「やはぁり。裏切るおつもりでしたか三幹部の皆様?」

 突如として、天からの声。続いて、地の底からトランプカードの奔流。

『ジョーカー!』

 思考を遮ったのは、ジョーカーと呼ばれた男と、その仮面の奥に爛々と光る瞳だった。ギラギラと光るそれは敵意に満ちた光をプリキュアに対して放ち、体ごと回転して今度は三幹部を射抜いた。

「……だ、誰」

「私はジョーカー……、悪の皇帝ピエーロ様の忠実な部下にございますよ、キュアハッピーさん」

 ぞくりと背筋を粟立てるような粘着質な声でそう答えたジョーカーは、荒い呼吸を抑えようともせず華麗な動きでバク転を繰り返しピエーロの元へ移動すると、顔が崩れているかと錯覚するほどに狂気的な笑みを――現実に、顔の輪郭が歪んでいく。

「ウルフルンさん、完全復活の方法、教えていただいて感謝しますよぉ〜」

「ちいっ! させるもんかよ!」

 プリキュアたちの頭を飛び越え、ウルフルンがジョーカーへ飛びかかった。

 だが、その爪がジョーカーの痩躯を穿つよりも早く、その体から禍々しい黒色のオーラが発せられるとウルフルンは弾き返され宙を舞った。

「狼さん!」

「うるせぇ! お前らは早く浄化の光を!」

「させません、よ……ウルフルンサアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」

『!』

 ジョーカーが狂ったような絶叫を上げると、吹き出す霧は勢いを増し、プリキュアと三幹部が距離を離すのとほぼ同時に、再びジョーカーは吠えた。

「サアアアアアアアアアアアアアアアアああああて三幹部の皆さん? プリキュアの皆さん? 覚悟はよろしいですか?」

 霧が晴れるとジョーカーの姿はそこにはなく、代わりにいたのは、全身を緑の鱗に覆われ、長いひげと体躯を悠々と空にたゆたえている竜だった。鳥の頭に似た仮面の意匠を頭部に残しているとはいえ、長い体をうねらせピエーロに巻きつき、赤い口腔に鋭い牙を備えるその姿はまさしく東洋の竜の姿。

「ちょちょちょちょっと、どういうこと?」

「仲間割れでしょうか?」

「来るで!」

 その右手の先からどす黒い色の光線がプリキュアと三幹部に向けて放たれる。それを挟んで左右に別れたプリキュアは、同じく分散した三幹部の表情を盗み見て息を飲んだ。まっすぐジョーカーを見る視線は、彼女らが敵に向けるそれと似た強さと、敵意と正義を持っていたからだ。

「どうする?」

「どうしよ?」

「えっと……」

「ビ、ビューティ?」

「ひとまず、様子見を」

 そんな三幹部の様子に戸惑いを覚えたプリキュアがひとまず静観することを決めるのを横目に、アカオーニが金棒を振りかざしてジョーカーに向かっていく。その後方に魔法陣のようなものが現れると、空中でその突進は加速した。

「オオオオオオオオオオニイイイイイイイイイイイイイ!」

 鈍い金属音が、アカオーニの金棒とそれを受け止めたジョーカーの手の平との間で鳴り響く。

「まだまだ!」

「終わらないだわさ!」

 アカオーニと同様に緑の魔法陣で加速したウルフルンがジョーカーの顔に正面から突っ込んだ。と同時にアカオーニの金棒には赤色の魔法陣が爆発をもたらし、自身は魔法陣形成に集中しているマジョリーナから離れたところに着地した。

「三幹部のみなさん、これまで……手加減をしていたんですねぇ!」

 だがその猛攻を余裕を持ってしのぎ、ジョーカーは両手と口から三方に光を発する。三幹部の方も容易にそれをかわすと、マジョリーナの援護を得て再びウルフルンとアカオーニがジョーカーに肉薄し、それぞれの得物を交わらせた。

『…………』

 その様子を部屋の隅に固まって眺めていたプリキュアは、彼らの普段とは全く違う戦闘と展開の唐突さに呆然としていた。

 なぜウルフルンたちは自分たちを放置するのか。なぜ仲間割れをしているのか。なぜいつもよりも本気なのか、なぜ普段は本気ではなかったのか。なぜピエーロを復活させようとしないのか、なぜ、ピエーロにレインボーヒーリングを放てというのか。その真意は。

「もしかしてあの人たち、味方……なのかな?」

 ハッピーがふと呟く。その言葉に、四人の注意がジョーカーから逸れた、その瞬間。

「プリキュア! 危ないオニ!」

 アカオーニの狼狽した声に、五人ははっと顔を上げた。だが、その先にアカオーニの赤くて太い体躯は確認できず、あったのは視界全体の黒。クレヨンで塗りつぶしたような、いつかの空を彷彿とさせるどす黒さの、光を無限に吸収するかと思わせる闇の濁流だった。

「アカオーニ!」

 ウルフルンの呼び声に返答はない。いや、正確には、頭蓋に響くようなジョーカーの嘲笑がそれに答えていた。

「愚かなアカオーニさん、プリキュアを守って死ぬなんて」

「なんやて?」

「赤鬼さんがわたくしたちを守って……」

「仲間に向かって愚かって、どういうことさ!」

 考えることをやめ、マーチが一直線にジョーカーに向かう。続いてサニーが炎を、ビューティが氷を四肢にまとわせて戦闘を再開した。

「感謝するだわさ! けど!」

「オレたちに加勢するくらいなら早く! ピエーロを!」

 三人の加勢で戦況は均衡するも、ウルフルンとマジョリーナは悔しさを口の端に滲ませてそう叫ぶ。そんな頑なな態度に、ハッピーは無意識のうちに呼びかけていた。

「ねぇ、なんで?」

「ああ?」

 消えては現れ固い鱗に爪を立ててはまた消えを繰り返していたウルフルンが、ハッピーの正面に降り立った。片目分の鋭い眼光だけを後ろに向けたウルフルンに、ハッピーは言葉を投げかける。

「ねぇ、どうして私たちの味方をするの?」

「はいはい、お話は終わりですよ三幹部の皆さん」

 だが、マジョリーナの魔法攻撃にサニー、マーチ、ビューティの同時攻撃をあしらいながらもジョーカーがそう口を挟んだ。

「くそがっ!」

 ウルフルンは憎々しげにその軽い口を睨めつける。その動作の一瞬の遅延を見逃さず、ジョーカーは太い闇を吐き出した。

「ウルフルン!」

「マジョリーナ!」

 マジョリーナが形成した白い魔法陣がガタガタと揺れ、同様にマジョリーナの表情も苦痛に歪んでいく。その目配せを受けたウルフルンがハッピーとピースを両脇に抱えて跳びすさると、マジョリーナは苦痛に表情を歪ませながら口を開いた。

「……プリキュア、信じてくれとは言えないだわさ。けど、これだけは、……言うだわさ」

「マジョリーナさん!」

「ジョーカーは、災厄の結末を導く闇の眷属だわさ。光の大敵……私たちの――」

 その言葉が、小さな体が、闇に呑まれ、溶ける。

「……マジョリーナ、お前まで……っ」

「そんな……」

「狼さん……」

 ウルフルンは犬歯を悔しげに打ち鳴らし、ぐっと力の入ったその細腕の中でハッピーとピースは信じられないというように漏らした。またしても散華する命。たとえそれがかつての敵だとしても、もう彼女らの中に敵という意識はなく――

『きゃあああああああっ!』

「ふふん、弱いですねぇプリキュアは。こんな彼女らに希望をかけて、あなた方は我々を裏切ったのですねぇ」

 三人を弾き飛ばしてなお余裕を見せるジョーカーの強さに、恐怖という感情も忘れてただ茫然と立ち尽くしていた。そんなプリキュアたちの気の抜けた様子を横目で流し見、ウルフルンは覚悟を決めるように一つため息をつく。

「フン、オレたちはハナから裏切ってなんていねぇ。……オレたちは、オレは! 最初から!」

 その爪で空を切り宣言すると、その銀糸のようなたてがみと尾をひらりとはためかせて向き直り、

「……プリキュア。今まですまなかった。ポップは玉座の奥の部屋に保護してある、ジョーカーから守るためにな」

「狼さん! ちゃんと説明して!」

 憂いを孕んだその語調に、ハッピーが正気を取り戻したように強く質した。だが、ウルフルンは力なく首を振ると再びジョーカーの方に振り向く。

「話はポップから聞け…………オレたちでは信じてもらえなかった、分かっていた、んなこと!」

「あなたも、散るおつもりですか?」

「ああ、見せてやるぜ。――ピエーロ様が第一の側近! メルヘンランド随一の亜空間戦闘術の使い手、ウルフルン様の戦いってやつをよぉ!」

 ウルフルンの姿が消える。そしてその直後、ウルフルンはそう名乗った、己の本来のあるべき姿を。ジョーカーの、薄い緑色の首筋の鱗に爪をひっかけて、自身の喉元にも爪を立てながら。

「なっ、貴様洗脳が?」

「オレたちゃもともと悪役でな……、悪に堕ちる演技くらいはできるさ」

「しまっ――」

「地獄への道連れ、仮初とはいえ仲間だったんだ、付き合えよジョーカー!」

 ウルフルンが己の喉笛を引き裂く。と同時に、ジョーカーごとこの空間から姿を消した。

『…………?』

 一瞬、なにが起きたのか分からずにプリキュアは立ち尽くす。彼女らに絶えない恐怖と怒りをもたらした竜の姿はまるで最初からなかったように霧消しており、おそらくはそれを仕掛けたと思われるウルフルンもいなくなっていた。アカオーニもマジョリーナもいない、沈黙の世界。ただ石のごときピエーロの虚ろな彫像が玉座に鎮座するだけだった。

「…………え?」

 ようやく思考が映像に追いついたのか、ハッピーがぽつんと一言吐き出した。それによって張りつめていた糸が途切れたように思えたが、それに続く音は誰かの言葉ではなく、ガラガラと壁が崩れるような音だった。

「……皆の衆、無事でござるか」

『ポップ?』

「お兄ちゃん!」

 壁に開いた穴からポップが顔をのぞかせると、ようやくプリキュアの表情は弛緩する。偶然にもポップの近くに身をひそめていたキャンディを抱きとめたポップは、激戦の爪痕の残る広間を苦い表情で見渡してから、

「ウルフルンたちは逝ったでござるか……」

 悲痛な表情で胸を押さえながらポップはひとりごち、沈んだ瞳をゆっくりとプリキュアに向ける。

「ポップ、無事だったんだね、よかった!」

「心配かけたでござる」

 ポップが頭を垂れる。みなその姿にほっと一息ついたが、どうも払拭しきれない疑念が心中にもやもやと残っているのか責めるような口調で、

「説明、してもらおうか」

「全部、教えてね」

「ウルフルンたちの目的って?」

「悪の皇帝ピエーロとは?」

「キャンディも知らないことあるクル。隠してたクル?」

 ポップは、そう問われることが分かっていたように、それに答えることが使命だと思っているように大きく頷くと、キャンディをハッピーの胸に預けて五人と少し距離を取った。

「了解でござる。……すべてを話す時が来たのでござるな」

 ポップはそう言いながらもなお逡巡するように視線を落としたが、やがて意を決したようにまっすぐ五人と妹を見据えた。

「……ことの始まりは、やはりメルヘンランドを巡る抗争からでござるな」

「メルヘンランドとバッドエンド王国の?」

「プリキュアたちにはたしかにそう説明したでござる。でも、事実は少し違っているのでござるよ」

 申し訳なさそうなポップの言葉に、ビューティの脳裏にははっと閃くものがあった。

「まさか、ふしぎ図書館にあった赤い本の記述は……」

「赤い本でござるか? ……まさかふしぎ図書館に残っていたとは」

「どういうことや? あれは一つだけ内容がちゃうからって、信用ならへんって言うてたやん」

「……そうでござる。赤い表紙の本は他と内容が違うはずでござる」

 ポップはそこで言葉を切り、息を軽く吸うと、

「――ただし、正しい内容はその唯一の本の方でござる。他のふしぎ図書館の蔵書は、……すべて偽の歴史なのでござるよ」

『!』

 プリキュアが愕然とするのが手に取るように分かった。彼女らがキャンディに導かれて力を手にして以降、信じてきたそれはすべて嘘だと断じられたのだから。そしてそれは、キャンディにも同じことが言えた。

「なに……それ」

「どういうことクル?」

「メルヘンランドに突如訪れた災厄に立ち向かう五人の戦士と一匹の妖精――そんな記述があったはずでござる」

 その一節は細部は違いこそすれたしかに見覚えがある。サニーが怪訝な表情で頷くと、

「五人の戦士ってウチらの先代のことやろ? それで妖精ってのは、ポップ?」

「そう……でござるな。たしかにその妖精とはたしかに拙者のことでござる。五人の戦士というのも、そのうち二人は皆の衆と同じ、伝説の戦士プリキュアだったでござる」

「二人……だけなの?」

「なら、他の三人は誰なんや?」

「まさか――」

 マーチが口を押さえると、ポップは視線を逸らしながら答えた。

「ウルフルン、アカオーニ、マジョリーナの三人でござる」

 またしても五人と一匹に衝撃が走った。メルヘンランドの遣わした妖精キャンディと敵対し、プリキュアと戦い、ポップを誘拐した三幹部が、メルヘンランドの戦士だったという。

「そういえば、ウルフルンさんは最後にそのようなことを……」

「でも、狼さんがメルヘンランドの戦士だったってことは?」

「バッドエンド王国は、当時存在してへんかったっちゅうことか?」

 サニーが尋ねると、ポップは首肯して話を続ける。

「当時、あの三人はメルヘンランドの騎士団長として拙者とともに敵と戦っていたのでござる。その敵の名は『カラミティエンド大帝国』。災厄の結末をもたらさんとする大帝デストロンが率いた闇の軍勢でござる」

 ポップは語る、遠い戦争の歴史を。プリキュアはおろかキャンディにも伏せられてきた、本当の歴史を。

「あの三人――三将軍はメルヘンランドでも特に武勇に長けた人材だったでござる。拙者は恐れ多くもロイヤルクイーン様の信任を受けていたでござるから、拙者もその補佐として三将軍とともに戦っていたのでござるよ」

 いつの間にか横から言葉を挟む者はいなくなっていた。時折ハッピーやピースが立てる唾を飲む音を目安とするようにポップは言葉を紡いでいく。

「けれど、時間が経過するに連れて戦況は悪化し始めたのでござる。マジョリーナ殿は戦況を打開するために、拙者を人間界へ送り込むことを決めたのでござる。……そう、伝説の戦士プリキュアを探し出すためでござる」

 プリキュアという身近で親近感のある単語のせいか、比較的頭のつくりが簡単なハッピーとピースにも話が見えてきたらしい。

「しかし、拙者は結局二人しかプリキュアを見つけられないまま、戦況の悪化を聞き二人――キュアスターとキュアミストの二人と一緒に拙者はメルヘンランドの戦列に復帰したのでござる」

「キュアスター……?」

「……キュアミスト?」

 紫色と赤色。それが、スマイルパクトにあって今のプリキュアにはない色だった。おそらくはこの二人は、この二色のプリキュアということだ。

「二人には、皆の衆とは少し違う方法でプリキュアの力を授けたのでござる。だからこそたった二人のプリキュアでも大きな戦力として数えることができ、結果として戦局はメルヘンランドに傾いたのでござる」

 違う方法、という部分にビューティは少し違和感を覚えたが自分たちには関係ないと判断し、特に言及されることなくポップの話は佳境に入って続いていく。

「ところが、拙者たちの快進撃も長くは続かなかったのでござる。言った通りカラミティエンドは闇の軍勢でござる。元々悪役だった三将軍や純粋無垢な少女だったプリキュアの心の中には、戦いを重ねる度に少しずつ闇が蓄積されていったのでござる」

 ポップはそう一息に言いきってしまうと、口惜しそうに唇の端を噛んでから二の句を継いだ。

「その後の戦いにおいて、三将軍はたびたび心を闇に奪われるようになり、メルヘンランド首都までの後退を余儀なくされたのでござる。しかしそこでも、三将軍は敵になったり味方になったりしていたのでござる」

「じゃあ、その時に?」

 マーチがそう訊いたが、ポップは首を振ってその推測を否定する。

「……スターとミストは首都防衛戦において、闇に囚われた三将軍によって大きな負傷をしたのでござる。そして、……二人とも生命の危機に陥ったのでござる」

『そんな……』

「本当でござる。さいわいロイヤルクイーン様がキュアデコルの力を使って二人を治療することに成功したのでござるが、その時に二人はプリキュアのさらなる力に気づいてしまったのでござる」

「さらなる力、ですか?」

 ポップはキャンディを促し、デコルデコールを取り出させた。そこには十六のデコルがすべて揃っており、ポップはそれを愛しそうにも憎そうにも見える不思議な表情で引き寄せると、

「このデコルは、人の幸せを皆の衆に分け与えるための道具なのでござる。本当に幸せを願うものがデコルに祈りをささげる時、世界中から幸せがこのデコルデコールを中心に集まるのでござるよ」

「……それがどないしたん?」

「簡単に言えば、このキュアデコルは心と心の純粋な部分を繋ぐことができるのでござる。ロイヤルクイーン様の癒しを願う純粋な思いに触れた二人はそのことに気づいてしまったのでござる」

 ハッピーは両手でデコルデコールを包み込むように持ち上げた。人と人の心を繋ぐというそれが放っているキラキラとした光は、たしかに日常の幸せの端々を回顧させる形をしている。

「そして、スターとミストの二人は、デコルの力を依り代に三将軍の心の中の闇を自分たちの心の中に集中させたのでござる」

「えっ……」

 ハッピーは息を飲み、慌ててデコルデコールを取り落としそうになる、

「そないなことしたら……」

「二人の中にも闇は溜まっていたって……」

「じゃあ、まさか!」

「それが――」

 ポップは、力なく頷いた。

「二人はメルヘンランドを一度は救ったのでござるが、結果として闇の力に呑みこまれ、それが暴走を始める前に半永久的に封印されることになったのでござる」

 ビューティはうつむき、口を押さえ嗚咽を堪える。そんなビューティの様子を訝しんだ四人に、ポップが憔悴したように解説を加えた。

「その後も戦況は覆らず、メルヘンランドが瓦解したのは本当でござる。ロイヤルクイーン様も闇の力で封印されたことも。そしてメルヘンランドを接収したカラミティエンドは、デストロンは元の闇の大陸に帰還したのでござるが、側近を何人か残してメルヘンランドの支配を開始したのでござる。自らの蛮行を隠すために、……闇に染まった戦士プリキュアを、悪の皇帝ピエーロに仕立て上げたのでござる」

 それが、世界の真実だった。

「嫌……」

「……そう、なんや」

「そんなことって……」

「ピエーロの正体が、プリキュアだったなんて……」

 もう何度目かも分からないほどに訪れた衝撃に、ハッピーは目の前が暗く閉じられるような感覚を味わった。今まで敵と思ってきた者が味方で、その首魁に至っては自分と同じプリキュア、つまりは自分と同じ年頃の少女だという。はっとして見上げたピエーロの石像は、相変わらず虚無の化粧をまとっていた。

「戦後、三将軍はカラミティエンドがピエーロとなったプリキュアを元に戻す方法を知っていると睨み、側近に取り入ることでその方法を探すことを提案したのでござる。反して拙者や他の者たちは、カラミティエンドからキュアデコルを取り返し、ロイヤルクイーン様とメルヘンランドの再起を優先すべきと主張し、メルヘンランドの首脳陣は分裂することとなったのでござる」

 続くポップの言葉は、吹っ切れたような調子でテンポよく語られていく。

「結果的に三将軍はメルヘンランドの跡地を離れ、洗脳を受けた真似をしてカラミティエンドに潜入することになり、仮にも武官であった拙者はカラミティエンドの動向を探るためにメルヘンランドを駆け回り、他の者たちはデコルを回収するために、とある者に残る五人のプリキュアを探す任務を与えたのでござる」

 そこまで言いきり、ポップは疲れたように一つ息を吐き出す。

「それ、キャンディのことクル!」

「そうでござるな」

 ポップは飛び込んできたキャンディの頭を優しく撫でると、五人の顔を順に見回した。

「隠していてすまないでござる。……怒っているでござるか?」

「ううん……そんなはずないよ」

「せやな。ウチらそんなに短気やあらへん」

「いいよ、ポップだって、そんな辛い過去言いたくないもんね」

「大丈夫。ショックは受けたけど、でも」

「話してくれてありがとう、ポップ」

 五人がにっこりとほほ笑むと、ポップも安心したように、目元を隠すように下を向いた。

「ウルフルン殿に捕まった時、いよいよこの時が来るとは覚悟していたのでござる。でも拙者は、三将軍との約束を、カラミティエンドに改竄された歴史を正しく伝えるという責務をなんとか果たせたようでござるな」

 ポップは自らに言い聞かせるようにそう呟くと、改めてデコルデコールを手にして深々と五人に頭を下げた。

「あとはこれをお願いするだけでござる。三将軍が突き止めた、ピエーロを唯一プリキュアに戻す方法を試してほしいのでござる」

 もうその言葉は予測がついていた。だからこそハッピーも頷きを返し、半円を描く五人の中心に手を差し出す。きゅっと表情を引き締めたハッピーに、四人も同調して手を重ねた。

「ごめんね、狼さん、赤鬼さん、魔女さん」

「ウチらが信じへんで、そのせいで……」

「だからせめて、その願いだけはっ」

「あたしたちが引き継ぐよ!」

「わたくしたちの希望を、届けましょう」

 重ねた手をぎゅっと握れば、瞳は自然と重なりピエーロの寂しげな表情へと移る。白い指先から伝わる拍動すら一致するかと思えるほどに通った心が、白い輝きを放ち始めた。

「みんなの力を、合わせるクルー!」

 熾烈な覚悟の代償である異形の姿に涙ぐんだ声でキャンディが応える。その額から発せられた光が五条に別れ、キュアデコルとなって五人の元へ届けられた。

『プリキュア! レインボーヒーリング!』

 黄金のティアラを戴いた五人の中心にまばゆい光が集まると、球を描くように広がったそれは五人が掲げた片手に指向され一直線にピエーロの方へと走っていく。

「信じるでござる! ウルフルン殿、アカオーニ殿、マジョリーナ殿を! そして、プリキュアの純粋な気持ちを! いざ!」

 ポップが祈りに似た叫び声を張り上げ、放たれた白い浄化の光の進路上にデコルデコールを帆降り投げた。

 デコルデコールに、レインボーヒーリングの光が吸い込まれていく。ずっと、ずっと。尽きることのない光を、飽くことのない甕のように、ずっと。

「これは……」

「どういうことクル?」

 先に限界を迎えたのはプリキュアの方だった。息を荒げ膝を地につき、目を半分だけ必死に開いて宙に浮いたままのデコルデコールを五人は見つめていた。それでも、デコルデコールは変化をしない。

「…………どういう、ことや?」

「はあ、はあ……、もしかして?」

「足りなかった……の?」

「……、いいえ、信じましょう」

 不安と無力感に狩られた三人をビューティが力強く励ませば、ハッピーはぐっと顔を上げて息を吸い込むと、

「スターさん! ミストさん! みんなの想い、受け取ってええええええええええ!」

 最後の力を振り絞ったハッピーの、あらん限りのその願い。びりびりと空気が波打つ。

 やがて、沈黙を破り、デコルデコールがかすかに揺れた。同時に方形の光がゆっくりと、段々と勢いをつけながらピエーロの方へ伸びていく。

 全員の――ポップの、キャンディの、ビューティのマーチのピースのサニーの、ハッピーの表情がはっと明るくなった。その輝きに負けないくらいのまばゆさがピエーロの巨体をCTスキャンでもするように上から順に照らしていき、やがてそれがピエーロにも宿り始める。

 ピキッ、という殻が砕けるような音が響いた。

「来た! 来てくれた!」

「届いたんや!」

「やったね、みんな!」

「うん! よかったぁ……」

「これで一安心ですね」

「プリキュアクル! 新しいプリキュアクルー!」

「三将軍殿……、お疲れ様だったでござる。そして――」

 目を開けていられないほどの閃光が飛び散り、そしてホワイトアウトした視界の中に次第に人の形に作られていく二つの影に、ポップは感慨深げに語りかける。

「……スター、ミスト。遅くなったでござるが、やっと会えたのでござるな」

 カツン、という一際高い音がすると、影は完全な人影となる。そして固唾を飲んでその様子を眺めていた五人や二匹の方へ同様の音を立てながら近づいてくると、光の出現はそこで止まった。

「あら、ポップじゃない」

「なんだか久しぶりな気がするわ」

 二人とも歳は五人よりも少し幼いように見えた。ただし言動は低く落ち着いた大人のそれであり。まとう雰囲気もどことなく大人びた印象だった。

「……スター」

「なぁに? というか、今はいつ? ここは?」

 赤色を基調とし、大きく裾の広がったドレスのような衣装に、黄金の羽根をあしらったティアラを頭に乗せたその姿は、細部は違いこそすれまさしくプリキュアと呼ぶに等しい。

「……ミスト」

「なにかしら? できれば、後ろのプリキュアさんの説明をお願いしますね」

 スターと呼ばれた彼女と同じような衣装を今度は紫色をベースとした配色に、正面は膝丈なもののサイドとバックはかかとまで届くかというロングスカートを身にまとった彼女は、スターと同じようなティアラを乗せた頭をちょこんと傾げた。

「会えて嬉しいでござる。スター、ミスト」

「何回言うのさ、あたしたちも嬉しいよポップ」

「ずいぶん久しぶりな気がしますね。私たちが闇に囚われてから――込み入った話は、自己紹介を済ませてからにしようかしらね」

 ハッピーよりも頭半個分ほど低いミストが、さらに少し低い位置にあるスターの頭を撫でるようにしてなだめる。スターは口元にふやけた笑みを浮かべるも、すぐに小柄な動物を思わせる鋭い眼光で五人を見上げ見回した。

「あ、私はキュアハッピー。星空みゆきです」

「ウチはキュアサニー。大阪人の日野あかねや」

「キュアピース、です。本名は黄瀬やよいっていうの」

「あたしはキュアマーチって言うんだ。緑川なおとも呼んでね」

「わたくしはキュアビューティ、青木れいかと申します」

「キャンディクル! お兄ちゃんの妹クル!」

 和やかなムードで五人と一匹はそう名乗った。それに対しポップを愛でるスターを愛でるミストは長髪を指で梳きつつにこやかな微笑を返し、スターを促して対面する。

「あたしはキュアスター。赤坂ありさよ」

「キュアミストです。紫藤あすかっていいます」

 肩にかからないくらいのボブカットの髪を揺らし、スターは口元だけで笑ってみせる。なにか面白くなさそうなことでもあるのかとハッピーが首を傾げれば、ミストがスターの気持ちを代弁するように、

「それで、ハッピーさんたちはおいくつからプリキュアを?」

「ミスト、それは……」

 ポップは弾かれたように留めようとするが、がっちりとスターに体を掴まれていてはそれ以上声を上げることもできなかった。

「私たちは、中二になった直後だったから、えーと、半年くらい前かな? それよりキミたちはすごいね、何年も前にプリキュアをしていたんでしょう?」

 ハッピーの言葉にミストの疑念は解消されたかと思いきや、ミストは眉をひそめるとポップの表情を攻めるような強い視線で一瞥してから、

「私とスターは、小学六年生のころから四年近くメルヘンランドで戦ってきました」

『え?』

 五人とキャンディがぽかんと口を開ける。その言葉通りなら二人は――封印されている期間を除いても――中学三年生ということになるのだ。つまり、一つ年上ということ。しかしその割には、あまりにも二人の体は幼い。

 その疑問はミストも同じだった。スターに関しては、最初からこれを感じ取っていたからこそ怪しんでいたのかもしれない。

 つまり。

「キャンディ? 私たちは成長することを代償にプリキュアになったよね? でもハッピーさんたちは、若々しい力に満ちている気がするの」

「そうだよ。あたしもおかしいと思ったんだよそれ」

 スターがポップをぎゅっと抱きしめながら五人を睨みつける。

「訊くけど、あんたたちはなにを代償にその力を手に入れたの?」

 代償――その言葉に、五人とキャンディは首を傾げた。何度もその言葉を反芻しながら、漆黒の宮殿に立ち尽くしつつ。

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