ハルヒ 七夕 |
「もうすぐ七夕ね」
「ああ、そうだな」
唐突なハルヒの一言に俺は身構える。……『イベントをやるわよ!』と大騒ぎするからな。
「キョン」
来たな、今年はどんなイベントが来るのか?
「あんた、今年の七夕には予定はあるの?」
「いや、別に」
「……そう、分かったわ。 まあ、そのはずよね」
「そのはずか……予定がなくて悪かったな」
当たり前だ、妹に酷い目に遭わされても断って、予定を空けておいたんだからな。
「そう、あたしは、予定あるの。 正確には……何でもない。 ふふ」
「ふふって何だよ。 俺は……何でもない」
「分かってるわよ。 今夜はデートがあるのよね。 そう思ってイベントは企画しなかったの」
「……ああ、そうか。 俺は準備があるから、先に帰る」
「ええ、楽しみ、楽しんでらっしゃいね」
ハルヒは俺をニコニコとした表情と仕草で見送った。 なぜだか腹立たしいな。
「そうだ、キョン。 七夕のデートは和装で行くといいわ。 幸運に恵まれるかもね」
『あんた死ぬわよ』とでも言いそうな勢いである。
「キョン。 あんた今、あたしが占星術をやりそうだと思ったでしょ」
「いえ、滅相もございません」
こいつ、本当は俺の心を読めるんじゃないだろうな。
「図星? ふふ。 あんたの考えている事位は……まあいいわ」
「笑いすぎだ。 じゃあ、SOS団のイベントは無いってことなんだな」
「まあ、そうね。 あんたみたいな分かり易い奴って珍しいわね」
「放っとけ」
俺はムシャクシャしたまま部室を後にした。
……結局、七夕の当日もハルヒの誘いは無かった。
俺はムシャクシャしたまま部室を後にした。
……結局、七夕の当日もハルヒの誘いは無かった。
俺は妹とミヨキチ、そして両親と神戸港の七夕祭りに来ていた。
もちろん、服装は普段通りのカジュアルで。 意地でも和装はしないからな。
辺りは人並みと色とりどりの光や音で溢れ、夏が来たことを嫌と言うほど感じさせる。
しかし、これだけ光が溢れていれば、織姫と彦星が会うことは適わないだろうな。
おまけに辺りには蝋燭まで灯っているというおまけ付きだ。
「今日はお兄さんと遊びに来られて嬉しいです」
「今日、ここを選んだのはミヨキチなんだって?」
「はい、是非お兄さんにも来て欲しくて、がんばって調べました」
「そうか、ありがとう」
「……嬉しいです。 あ、次はあっちに行きませんか?」
「ああ、行こうか」
「兄さん、これを持っていてください」
ミヨキチは背の低い蝋燭と100円ライターを俺に渡し、ニコニコしている。
「……これは?」
「すぐ分かります」
2,30秒程すると、辺りの明かりが一斉に落ち、空と地上に天の川が浮かび、
周囲から歓声が静かに上がった。
「こういう事か、ありがとうな、ミヨキチ」
返事はなく、俺は不思議に思い辺りを見回すが、一緒に来ていた連中も居ない。
「さて、どうしたものかな。 ……っと!」
背中に何かがぶつかってよろけてしまい、危うく蝋燭を落とすところだった。
俺はふと思いつきライターで蝋燭に火を灯してみた。
「す、すみません! あれ、さっきまで人はいないと思ったのに……。」
「……まあ、大丈夫ですよ。」
振り返ると何か深刻そうな顔をしたカップルがこちらを申し訳なさそうに見ていた。
何かベタベタしたものが背中に付着している。
「暗いところから人が現れる……蝋燭……それ、いいですね! 七夕にキャンドルナイトと消灯ををやってみるってのは。 あっ!」
「キャンドルナイトですか、なるほど、それで消灯イベントが……」
「すみません、すみません! コーヒーを零してしまって……」
「まあ、いいですよ。 急に暗闇から現れたらしょうがないですよ。 それに、今日はもう帰るので」
おそらく、俺が何もない空間から出てきた事は間違いないな。 消灯イベントの企画前……時間遡行か?
「そうだ、着替えを用意させてください! お詫びと、いい発想をもらったお礼です!」
「はは、それなら有り難く頂戴します」
俺はポートタワー付近の店で浴衣をあつらえてもらい、ブラブラと町をふらついていた。
さて、店で確認したが2005年で間違いない。 今回はどうやって元の年に戻ろうか。
「ジョン、あんたジョンじゃないの?」
ぼーっと考えていると、どこかで聞いたことのあるような声。 中学生の頃のハルヒか?
「やっぱり、今年もジョンに会えたわね! 最高よ!」
「久しぶりだな。 ところでお前、保護者はどうしたんだ?」
「ジョン! 去年はあんたの事探したけど見つからなくて焦ったわ。 今年は遊びまくるわよ!」
「お、おい……」
ハルヒは俺の手を取ると、繁華街へとグイグイと引っ張っていく。
「ジョン、あんたには宇宙的な服が似合うと思っていたけど、和服もいいわね」
「そうか?」
「べ、別に素敵とか思ってないわよ! 地味な顔にはちょうど良いわ!」
「へいへい」
ハルヒはSOS 団で遊ぶときのようにはしゃぎ回り、いろんな店を楽しそうに見ている。
中でも原色をした、チープな玩具がお好みのようだ。
「それ、気に入ったなら買ってやるよ」
「本当? ……ふふふ。 好きなのよ、こういうのって」
そう言ってポケットをまさぐり、原色の玩具を取り出す。
確か、心理学ではポケットは“夢”を表すの物だったか。
「ねえ、ジョン? あたし、もう家には帰らないわ。 二人で過ごしましょう。」
「残念ながら、俺はそう特殊な存在ではないんだ、お前が期待する程でもない。 あと、お子様と付き合ったら逮捕されちまう」
「……そう、ジョンは大人の方が好みなのね」
待て、俺はロリコンじゃない。 某所管……いや、至ってノーマルだ。
「そう、残念ね。 また、逢える?」
「ああ、また会えるさ。 今日は俺が家まで送っていく、いいな」
「分かったわ」
……やけに物わかりの良いハルヒは珍しいな。
「……ジョン? 今、余計な事考えたでしょ?」
「いや、別に」
「まあ、いいわ」
全く鋭い奴だ、この辺りは変わっていないな。
俺はハルヒを家まで送り、前例に習い長門のマンションに向かう途中、いつの間にか眠ってしまっていた。
……俺が目覚めた場所は、夕暮れに赤く染まったSOS 団の部屋だった。
「キョン、和服が似合うわね」
「え、俺? はは、びっくりさせようと思ってな」
「電車で送ってもらったとき、あたしがキーホルダーをつけたのを覚えている?」
「え!? ……わ、分からんな」
「これ?」
ハルヒは指の間に別のキーホルダーをぶら下げている。
「それじゃなくて……いつの間にテーブルの上に?」
「あら、何で長机の上のものが本物だって分かったの?」
「それは……」
「ジョン、やっと会えたわね。 あたし、知らない振りをされていると思ったことも有ったのよ」
「……なんてな、冗談だ」
「あたしは考えたの。 入学式の時、ジョンがなんであたしを無視したか」
ハルヒは俺に近づいてきてそっと手を握った。 その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「何で昔と変わらない姿であたしの前に現れたのか、何で知らない振りをするのか」
「ハルヒ?」
「でもね、もし時間を遡れるのなら、知らないのは当然でしょ? そう考えたらしっくりと来たわ」
「勘違い、だろ……?」
「いつになったら、キョンがジョン=スミスになるのか待った……鍵は七夕みたいで良かった。
ジョンはあたしが大人になるのを待ってくれてたのよね。 信じてた。あんたとあたし自身を。
本当に、長かった。 でも、これからはずっと一緒よ。 そう、多分永遠に一緒」
ハルヒはそう言い、真っ直ぐに俺の目を見つめた。
おわり
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