リリカルとマジカルの全力全壊 無印編 第二十話 英霊さんいらっしゃ〜い |
「久しいなルビーよ。しかし守護者を相手取るなど、無茶をするのう?」
突然乱入してきた老人は笑う。
強大な敵を前にしていながら、不敵に、楽しそうに、この状況でそんな表情が出来るところが、彼の性格を表しているような気がする。
『誰がやりたくてこんな事しますか、呆けたんですか爺?』
「ふむ、それもそう・・・か!」
ぎりぎりの所を、切り返しの刃が通り過ぎた。
感情を全く宿さない鋼色の瞳を見て、タラリと老人・・・ゼルレッチの顔に冷や汗が流れる。
「大斬撃」
老人が宝石でできた剣を振る。
同時に世界がずれた。
それはそのまま空間の刃となり、頭上の死角から襲いかかってくる剣を文字通り一閃して斬り飛ばす。
その機械的な容赦のなさにも寒気を感じるが、それより今ゼルレッチが使ったのは…
「これは・・・ルビーの?」
「ルビーも出来るだろうが、ワシのほうが元祖だ。マダム?」
プレシアの言葉にゼルレッチが反論する。
拘りでもあるのだろうか?
そのまま振り抜いた宝石剣が地面を両断、不可視の絶対的切断力を持つ大斬撃の刃を、シロウはかろうじてかわすが、よけきれなかった外套が世界のズレに巻き込まれて切断された。
「時の庭園が・・・」
大地を割った斬撃は断崖を作り出し、両者の距離を広げながら離れて行く。
大斬撃の一振りは、時の庭園その物を真っ二つに両断していた。
以前、なのはとルビーが見せた物とは威力も規模も段違いだ。
『ルビーちゃんとなのはちゃんだってやろうと思えばこれくらい』
ちょっと悔しかったのか、ルビーがそんな事を言っているが、聞き流そう。
下手に突っ込んで『あは〜私達と爺、どっちが上か試してみますか?』などとどこぞの幻な拳の打ち合いになっても困る。
「しかたないとはいえ、会話に剣で乱入してくるとは無粋よのう?」
ゼルレッチが、離れて行く大地の半分を見ながらそうやれやれな顔をしていた。
どうやら確信犯でやったようだ。
人様の家というか城というか、そう言うものを真っ二つにしてこの反応・・・相当に面の皮が厚いと見た。
『相変わらずはっちゃけてるようですね〜年寄りの冷や水って言葉を知れってかんじですよ』
「ル、ルビーちゃん?助けてもらったのに失礼だよ。す、すいません・・・えっと、ゼルレッチさん?・・・あれ?」
ゼルレッチの名前を口にしたなのはの記憶に引っ掛かるものがある。
キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの名を知っている?
「聡い子じゃな?いかにもワシが君が持っているルビーの生みの親じゃよ」
「ルビーちゃんの?」
そう言えば、ルビーは力を開放する時の呪文の中に、創造主としてゼルレッチの名前を含めていたと思いだした。
『色々と中二病な二つ名を持っているくそ爺でファイナルアンサーですよなのはちゃん』
「そ、それはちょっとなの」
ルビーが上機嫌な声でそんな事を言ってくる。
しかも黒い。
今のルビーはとっても黒かった。
「えっと、ルビーちゃんはゼルレッチさんの事嫌いなの?」
『嫌いですね〜』
即答だった。
こんな反応をするルビーは初めてで、なのはは本気でどう返していいのか悩む。
「クククッすまんのうお嬢さん、ルビーがワシを嫌うのは仕方のない事なのじゃよ」
「あ、ゼルレッチさん」
「何せ、完成した直後にワシ自らの手で封印したのだからな、責められるべき咎はワシの方にあろう?」
「え?」
ルビーが、作られてすぐに封印された?
それはなのはも知らない。
確かに、率先して話すような内容でもないが・・・。
「じゃあ、ルビーちゃんはそれで拗ねているんですか?」
『なのはちゃん?勝手にルビーちゃんをツンデレキャラ設定したらプンプンですよ〜?』
「ご、ごめんなさい」
表面的にはふざけているとしか思えないが、なのはは素直に謝った。
何となくだが、これに関しては安易に聞いたり踏む込んでいいとは思えないものを感じる。
虫の知らせという奴かもしれない。
そんな二人のやり取りを見ていたゼルレッチがニヤリと笑った。
「重畳重畳、ルビーよ?良いマスターに巡り会えたようじゃな?彼女がそうなのだろう?」
『・・・それはそうと、やたらとタイミングよく出てきましたね〜出待ちしてたんですか〜?それともなのはちゃんの雄姿に惚れでもしましたか?』
無理やり・・・ルビーが誰から見ても明らかに話の方向を変えた。
ゼルレッチの問いかけに、何か追及されたくない内容が含まれていたのだろうか?
当のゼルレッチも、ルビーの挙動不審に気が付いていないわけではないだろうが、あえてそれを問いただすことはしない。
『通報するかどうかの選択肢ですので是非ストーカー行為をしていたと白状してください。幸いにも近くに警察モドキな人たちがいるんですよ〜』
「そんな事をせんでも、最初からお前が候補者の証を立てれば、創造主と製造物としてのパスが通ってワシが召喚される事になっておっただけの事よ」
『んな!?このエロ爺!!乙女の体になんて物付けているんですか!?なのはちゃーん、ルビーちゃんが汚されちゃいましたーー!!』
「え、えっと・・・」
胸の中に飛び込んできた長杖を受け止めて、なのははどうしたものかと困惑する。
あのルビーがこうも一方的にやり込められるのを見るのも初めてなので、リアクションに困る。
そんな思いのこもった瞳でゼルレッチを見れば・・・カカカッと愉快そうに悪魔超人のような笑い声を上げていた。
役者が違うようだ。
「しかし、こんな並行世界の果てで、これまた珍しい才能を見出したものじゃの〜」
「は、はあ・・・」
間違いなく自分の事だろうが、何と答えればいいのか分からない。
じろじろと見られて緊張する。
「なるほど、この世界の魔法と魔術の両方を扱える逸材か・・・」
緊張だけですんでいるのは、ゼルレッチの瞳の中にある好奇心の色のおかげだろう。
まるで子供のような・・・おもちゃを見つけた時のような目だ。
それがなければ、ルビーの言う通り変質者認定されても文句が言えなさそうではあるという感想は内心だけにとどめておこう。
「さて、お嬢さん?」
「なのはです」
「ではなのは嬢、横に避けなさい」
「ニャ?」
ゼルレッチに突き飛ばされた目の前を、銀の輝きが通り過ぎだ。
輝きは剣の形をしている。
「ニャーーー!!レイジングハート!!」
『ディバインバスター』
剣が飛んできた方向を見て悲鳴を上げつつ、なのはが杖を構えるとタイムラグ無しにディバインバスターが放たれた。
桃色の砲撃が迫ってきていた剣の群れをまとめて消し飛ばす。
「・・・・・・」
その破壊を掻い潜ってシロウが来た。
すでに白と黒の中華剣を構えている。
「話に口ではなく力で割り込んでくるとは、事情は理解できるが本当に無粋よな?」
「ゼルレッチさん!」
「下がっておれ」
ゼルレッチがなのはを背にかばって前に出る。
なのはの見ている前で、シロウとゼルレッチの戦いが始まった。
無数に放たれる大斬撃を、培った心眼を頼りにシロウが避け、反撃に放たれた剣をゼルレッチが空間を歪めて反らし、受け流し、あるいはシロウに向けて返す。
それはシロウと魔法使いとなったなのはの戦闘に匹敵するほどのぶつかり合いだが、明らかに習熟の時間差を感じさせる戦いだ。
なのはのそれは所詮借り物でしかないが、この二人の戦いは全て彼等の力だ。
「守護者と真正面からやりあう事になるとはな、久方ぶりに血が騒ぐぞ」
魔法使いの一角が笑う、嗤う、嗤う、ワラウ。
強大な魔力を、一切の制限なく行使する姿は畏怖の対象だ。
「すごい」
放たれる七色の魔力、伝説の武器が飛び、交差する。
「わ、私も・・・」
なのはもゼルレッチの援護をしようとするが、一歩踏み出した所で膝をついてしまった。
一時的にとはいえ、魔法使いの力を制御する事はまだ幼いなのはには厳しく、体力を消耗しすぎている。
「ルビーちゃん、手伝って・・・」
『なのはちゃん、これ以上の無茶はダメですよ』
「でも・・・」
半人前の魔術師が、守護者を相手にここまで時間を稼げたのは十分すぎる戦果だ。
なのはがいなければ、ゼルレッチが来る前にプレシアは勿論、ここにいる全員の命がなかっただろう。
何より目の前のゼルレッチとシロウの戦いに、素人のなのはが介入できる隙など無い。
それが本物と借り物の差なのだろうか?
「おい、ルビーよ?」
戦いの最中でありながら、ゼルレッチが話しかけてきた。
世界をバックアップに持つシロウを相手にこの余裕、流石・・・「こりゃちっとやばいかも知れんぞ?」・・・でもなかったようだ。
「ええええええ!?」
『はあ?あなた仮にも本当の魔法使いでしょう!?』
あまりにもあっさり言われて、その内容を理解したなのはが叫び、ルビーが突っ込む。
「仮は余計じゃ仮は。ええい、無茶を言うではないわ!世界一つ分の魔力を供給されている相手にどうやって勝てというんじゃ?」
だんだんと、ゼルレッチの顔に余裕がなくなってきている。
大斬撃の乱れ撃ちと、剣による絨毯爆撃による境界線がゼルレッチの側に近づいてきていた。
『こっの耄碌爺!!玉と砕け散るくらいのちょっといいところを見せなさい!!』
「ルビーちゃん、それこそちょっとなの!!」
読んで字のごとく玉砕である。
それでいてちょっと良い所レベルらしい・・・ハードルが高すぎるだろうと二人の会話が聞こえていた全員が思った。
「こりゃ、本格的にまずいか?」
そんな事を聞かれても困るしかないのだが、ゼルレッチが防御に回る率が多くなってきている。
対してシロウの猛攻は衰える事がない。
『赤い月を殺った時のようにちょちょいってやってくださいよ!!』
「ワシも歳じゃからな、全盛期のようにはいかん」
『こんな状況で老けこむな爺!!』
「何・・・この緊張感のなさ?」
結構命がけなのは間違いない。
それなのに会話だけ見れば漫才のようなのだ。
なのはが茫然とつぶやくのもやむなしだろう。
近くにいるプレシア何か、展開について来れずに目を丸くしている。
「むう、お嬢さん?」
「は、はい?」
「どうにかならんかのう?」
「いや・・・そ、そんな事言われても・・・」
いきなり話を振られても、なのはにとってはどうしたものかである。
忘れてはいけない。
才能を持ってはいても、なのはは8歳児で半人前の魔術師なのだ
同時に、こんな状況で考えることでは絶対にないが、間違いなくゼルレッチはルビーの生みの親なんだなーと理解した。
この無茶ぶりはルビーに通じるものがある。
「あ、そう言えば!さっきルビーちゃんがジュエルシードを封印して差し出せばあの人も見逃してくれるかもって!!」
「ジュエルシード?」
「あれです!!」
なのはが指さす方向には、未だに魔力を放出し続けているジュエルシードがある。
「なるほどのう、あれが守護者が現界した理由か、ならばあれをどうにかすればいいわけじゃな?」
言うほど簡単にいかない。
起動しているジュエルシードの15個はそれぞれに干渉しあっていて手が付けられない状態だ。
クロノ達が総出で封印作業にかかっているのに、まだ封印が完了していない事の意味を考えれば、どれだけ困難なことなのか想像もたやすかろう。
「ルビーよ。別にあの宝石を封印せねばいかんというわけでは無かろう?」
『は?』
「あの魔力、使いきってしまえ」
・・・これまたとんでもない事を言い出したものだ。
数個を同時起動しただけで、世界を破壊することさえ可能な代物が15個、それだけの魔力をどうやって使いきれというのだろうか?
下手な事をすれば、そのまま世界の崩壊につながるというのに・・・それは封印するよりリスクが高くて困難な話だ。
『このはっちゃけ爺は、無茶にも程があるでしょう?』
「やかましいわ!!」
ルビーに言われたくないだろうが、無茶なものは無茶だ。
「なんかこう、ぶわわわわ〜な感じで何かないか?」
『アバウト来たーーーー!!』
ゼルレッチ翁がお茶目なのかそろそろ本気でやばいのか考えものだ。
「ルビーちゃん?」
『何ですかなのはちゃん?』
「どうしたらいいなの?」
なのはのまともさが清涼剤のようだ。
ゼルレッチとルビーでは話が進まない。
『う〜ん、そうですね、方向性を与えてやればいいだけですから、ジュエルシードの魔力をまとめて消費できるようなとんでもない魔術でも使えばいいわけですけど』
ジュエルシードの魔力のケタが違う。
これを一気に使い切るほどの魔術とはどれほどのものだろうか?
基本的に、魔術師は魔力の確保に血眼になる事が多い。
魔力がなければ魔術の行使も実験もおぼつかないからだ。
それなのに使いきれないほどの魔力を前にして使いきれないよ〜などとほざいている現状はぶん殴られても文句が言えないほど贅沢なのだろう。
状況さえ許すならだが。
『う〜ん、とにかく魔力をやたらめったら使えばいいわけですから・・・あ』
ルビーが分かりやすく何か思いついたらしい声を上げた。
『この理論なら・・・いや、でも・・・この状況じゃリスクが・・・』
「ルビーちゃん!思いついたんならやってみようよ!!」
『なのはちゃん・・・わっかりました〜〜!!』
ルビーの迷いをなのはが掃う。
ならばあとは行動だ。
『なのはちゃん!まずはプレシアさんゲット!!ここにいたらあぶないですからね!!』
「了解!!」
ここからは阿吽の呼吸だ。
状況に置いてけぼりを食らっていたプレシア拉致って、なのはが飛ぶ。
「っつきゃーーーー!!」
プレシアが外見を裏切る可愛い悲鳴を上げているが気にしない。
『ジュエルシードの所へGO〜!!』
当然だが、飛んで行くなのは達にシロウが気がつかないわけがなかった。
すぐにそちらに攻撃の矛先を変えようとするが、その前に再びゼルレッチが立ちふさがる。
「今しばし、時間稼ぎにつきあって貰おうか?語り継がれる英雄よ?」
「・・・・・・」
シロウは何も答えない。
戦闘が、闘争が何よりの言葉と言わんばかりに、苛烈な攻撃を再開した。
―――――――――――――――――――――――――
「到着!!」
「え、なのは?っきゃあああああ!!」
「フェイトーーー!!」
勢いがつき過ぎたなのは達がジュエルシードの封印をしていたフェイトに激突して、テスタロッサ親子がもみくちゃになっているのも気にしない。
二人揃って目がナルトになっているが無視だ。
後で誠心誠意謝ろう。
「な、なのは?」
いきなりの事にユーノがびっくりしている。
封印作業をしていた魔導師達の手が止まっていた。
『レイジングハート、この魔法陣を!!』
『了解しました』
なのはを中心に、桃色の魔法陣が展開される。
しかしそれは何時もなのはの使っているミッド式の魔法陣ではない。
魔導師達が初めて見る形・・・魔術師の魔法陣だ。
「何をするつもりだ!?」
なのは達に気がついたクロノが声をかけるが、なのは達は止まらない。
『そしてジュエルシードをここに!!』
暴走状態の15個だけではない。
クロノ達に託していたジュエルシードも合わせた20個のジュエルシードが、魔法陣を中心にして円状に並ぶ。
「ルビーちゃん、次に何をすればいいなの!?」
何をするつもりか、これから何が起こるかすら聞かない。
なのははルビーを信頼して、ルビーはなのはを信じている。
故に、なのははただ自分のやれることだけを問いかけるだけだ。
『呪文を、レイジングハート』
『はい、なのはさまにインストール、行きます』
「受け取ったよ!!」
良いコンビネーションだ。
礼装のルビー、デバイスのレイジングハート、そして主であるなのはの完璧な連携が取れている。
「何するつもりなの?」
「なのは?」
『しゃらーっぷ!お二人はただそこでじっとしていてください!!』
「「は、はい!」」
事情説明を求めたプレシアとフェイトがルビーに怒鳴られて素直に黙る。
アドリブに弱いのは血筋だろうか?
二人はなのはの傍でぺたんと座って置物と化した。
『魔力の導入はルビーちゃんが、収束と制御はレイジングハート、なのはちゃんが魔術の行使で行きます』
『承知しました姉さん』
「うん、わかったよ!」
『危険ですからしまっていきましょう』
全てのジュエルシードが輝きを放った。
おそらくはルビーがジュエルシードを発動させたのだろう。
「なんて事を、世界を滅ぼすつもりか!?」
クロノ達が戦々恐々となる。
次元震を押さえるだけで精一杯だったというのに、すべてのジュエルシードが発動してしまってはもうどうにもならない。
しかし、その中心、魔法陣の中心に立つなのはの周囲だけは静かだった。
「・・・・・・魔術回路、全力全開」
なのはの声は凛として、喧騒の中にあってなお、この場にいる誰もがその声を聞き取った。
同時に、なのはの|魔術回路(サーキット)に桃色の魔力がほとばしり、文字通りの全力で起動開始する。
「素に銀と鉄礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
呪文だ。
なのはが呪文を唱えている。
周囲のジュエルシードの魔力が、強引になのはに集められていた。
肉眼で見えるほどに濃密な蒼の魔力の中で、なのはの瞳はここでないどこか遠くを見ている。
トランス状態という奴だろう。
もはや誰の声であろうと、今のなのはには届かない。
殺されても今のなのはは気がつくまい。
これが魔術師の行使する魔術だ。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。 繰り返すつどに五度ただ、満たされる刻を破却する」
だれも、こんな呪文は知らない。
そして長い。
魔導師であっても、強力な魔術の行使には呪文を必要とする事があるが、つまりなのははそれだけ強大な魔術を行使しようとしているという事を全員が察する。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
朗々となのはが呪文を唱える姿は、神に祈りを捧げる巫女のようにも見えた。
ジュエルシードの魔力が渦を巻き、流れ、収束してゆく。
世界を滅ぼすほどの魔力は、8歳の少女の意のままだった。
魔術師だろうと魔道師だろうと、生涯でこれほど巨大な魔力を制御する機会などまずあるまい。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
呪文が完成した瞬間、集められていた魔力が派手に爆発した。
―――――――――――――――――――――――
「やったか?」
シロウを足止めしながら、ゼルレッチは背後で行われた魔術が完成した事を悟ってニヤリと笑う。
苛烈に攻め立てていたシロウの攻撃が止んでいた。
世界の、霊長の危機を回避する為だけに存在する守護者の動きが止まるという事はつまり・・・。
――――――――――――――――――――――――
「せ、成功したの?」
トランス状態から現実に意識を戻したなのはが呟く。
すでに魔法陣は消え去り、ジュエルシードもない。
蒼いかけらが宙を舞っているところを見ると、どうやら魔力を完全に放出して砕け散ったようだ。
「ルビーちゃん、何したの?」
ここでやっと、なのははルビーに問いかける。
今更だが、なのはは何の魔術を使ったのかすら分かっていない。
ジュエルシードが消失した以上、当座の危機は去ったと思うのだが?
『ムフフ〜成功しましたよ〜』
ルビーがやたら上機嫌だ。
何かいい事でもあったのだろうか?
『なのはちゃんもそれは感じたんじゃないですか〜?』
「う〜ん、うん」
確かに、あの魔術を使っていた時に何かをつかんだ感覚はあった。
間違いなく何かに手が届き、それを手繰り寄せた感覚がある。
『あれこそ、サーヴァント召喚の魔術です。過去の英霊を呼び出す魔術ですよ〜』
「え、英雄?」
『はい、本来は聖杯のような強大な魔力を必要とする魔術ですけど、今回は代わりになるものがありましたから』
つまりそれがジュエルシードという事だろう。
ルビーの話によれば、サーヴァントは存在しているだけで大量の魔力を消費していくらしい。
使いきれない魔力を消費するにはうってつけ、それでもまだ余るようならシロウにぶつけて魔力を消費してもらおうと言うのがルビーの狙いだったようだ。
幸い、ルビーの生みの親であるゼルレッチは、疑似聖杯の作成にも協力していた過去があるらしい、そのあたりから英霊召喚の魔術のデータを流用出来たのでこの計画を速攻で考えたとの事・・・やはり一筋縄でいかない杖だ。
「え〜っと、つまりなのはの使い魔を召喚する魔術ってことだね?その子に魔力を吸収させて使い切ろうって事?」
『そうですよ〜』
とはいえ、かなり高レベルな魔術なので、なのはは大分端折り重要な点だけ理解した。
懇切丁寧に説明されても、今のなのはでは理解しきれない。
ルビーも気にしちゃいない風なのでそれでいいのだろう。
「ねえルビーちゃん?その使い魔さんは何処?」
『そこにいるでしょう?』
「ううん、いないよ?」
『は?』
これは完全に予想外だったのか、ルビーが素で驚く。
確かに、周囲にはなのはとプレシア、フェイトしかいない。
召喚したはずのサーヴァントの姿は何処にもなかった。
『え〜うっそだ〜凛さんじゃあるまいし〜なのはちゃんがうっかり?』
本人が聞いたら怒り狂うような事を平然と言う。
それでも、やはり現実にサーヴァントの姿はない。
なのはは何かをつかんだような気がすると言っているので、魔術その物は成功しているはずなのだが・・・空を見上げてもサーヴァントが落ちてくる様子はなかった。
『おっかしいですね〜、本当ならここになのはちゃんにぴったりの英雄がいなきゃおかしいのに、どこ行ったんでしょう?・・・ん?』
何所かでぴしりという音がした。
静かになったこの場において、その音は思いのほか良く響き、全員の視線が一点に集まる。
「アリシア?」
プレシアが茫然とつぶやく、音源はアリシアの入っているポッドだ。
そのガラスの表面にクモの巣状のひびが入っている。
戦闘に巻き込まれて壊れたか?
そんな事を考えている間にも、ヒビは大きくなっている。
まるで本当にひな鳥の孵化の瞬間のように見えて、全員がわけのわからない期待にゴクリと唾を飲んだ。
「え?にゅあーーーー!?」
「なのは!?」
とっさになのはの名前を呼んだのがだれかを確認する事さえできなかった。
皆に見ている前で限界に達して破裂したポッド、その中から何かが一直線になのはに向かって行ったのだ。
影しか見えないほどのスピードで、誰も反応できない。
反応した時には既に、その何かはなのはの下に到着してしまっていた。
「にゃーーーーああああ!!」
しかし、なのはの状態もまた普通じゃなかった。
自分に向かってきたものが何かを考えるより早く体が動いていた。
自分にとびかかってきた物に両手を差し出し、掴んだと思ったら体をのけぞらせて巴投げというか投げっぱなしジャーマンの如く背後に投げ飛ばしたのだ。
基本的になのはの運動神経は切れているはずだが、人間極限状態になると信じられない事をやらかすものらしいと、なのはは実体験で理解したがそれは後での話だ。
今のなのはは絶賛パニック中である。
「な、何何何!?」
『なのはちゃん、落ち着いて下さい』
「え?」
自分が投げ飛ばしてしまったものが何なのかと振り返ったなのはは、そこにいる“人物を見て目を丸くした。
思考が停止する。
「アリシア・・・ちゃん?」
見間違えようもなく、フェイトによく似た金髪に顔立ち、ポッドの中にいた少女が、“死んでいたはず”の彼女は自分の両の足で地面に立っている。
その姿もまた、ポッドの中にいたときと同じ、一糸纏わぬ姿だが、彼女はそれを隠そうともしない。
何より彼女自身、今の自分の姿に興味など持ってはいまい。
感情を感じさせない瞳が安っぽいガラス玉のようだ。
|感情(いろ)のない瞳に見つめられたなのはが、恐怖に身を固くする。
「アリシア!?」
傍にいたプレシアが断言した。
という事はなのはの目が悪くなったのでも、幻を見ているわけでもないという事になる。
間違いなく目の前にいるのはアリシア・テスタロッサだ。
「・・・マスター」
「え?」
機械的に、あるいは自動的に発されたような平坦な声に、なのはは自分が話しかけられたのだという事に気がつくまでわずかに時間がかかった。
「マスター、アナタノオナマエヲ・・・」
「マスター?なのはの事?」
「ナノハ・・・マスターナノハ、リョウショウ、アリシア・テスタロッサ・・・サーヴァント・・・」
「え?あちょっと!?」
ふらりと、力が抜けて倒れこんできたアリシアの体を、なのはは思わず受け止めた。
「痛っつ!?」
なのはの手がアリシアに触れた瞬間、左手に痛みが走ってなのはが顔をしかめた。
直後に、アリシアの体重が完全になのはにかかって来る。
その“温かさ”になのはがはっとした。
「生きて・・・る?」
温もりがある。
暖かい。
それは生きている証拠、ついさっきまで、間違いなく死んでいたはずの少女の体には、確かな命の脈動が感じられた。
「アリシア!!」
なのはの言葉に反応したのか?
それとも娘の姿に色々な感情が噴出したのか?
プレシアがあわててアリシアに手を伸ばす。
なのはも、それに逆らわずにアリシアの体をプレシアに引き渡した。
プレシアは受け取った娘の体を手早く自身が来ていたマントでくるんだところはさすが母親と言うべきか。
『まさか・・・こんな事になるなんて・・・』
ルビーの言葉も硬い。
本人の言うとおり、この状況は予想していなかったのだろう。
「ど、どう言う事?」
『どうやら本当に彼女がなのはちゃんのサーヴァントのようですね』
「ええーーー!?」
なのはは驚いた。
これは間違いなく驚くべき状況で、驚かざるを得ない状況だ。
ルビーが言っている事はつまり、アリシア・テスタロッサがなのはの使い魔になってしまったという事だから・・・死んだ人間が生き返っただけでなく、なのはのサーヴァントになってしまったなどと、予想出来ていたらそれは確信犯だ。
『う〜ん、これはルビーちゃんのうっかりですね〜最初から失敗も考慮していたとはいえ、この展開は想定外です』
「意味不明にも程があるよ!説明して!!」
『召喚の時、近くにいたのは誰ですか?』
「え?プレシアさんと、フェイトちゃんがいたよね?」
『それと、アリシアさんのポッドも近くにありました。ずばり、それが原因です』
「は?」
『その二人も、術式の一部に組み込まれちゃったんですよ』
サーヴァント召喚の術式は、過去の英霊を呼び出す魔術だ。
本来ならば、英霊ゆかりの聖遺物を用いて召喚をおこない、召喚する英霊を特定する。
しかし今回の場合、そんな物を用意する暇はなかった。
この場合、なのはにゆかりの英霊か、近しい性格の英霊が召喚される。
『そこで、プレシアさんとフェイトちゃんとアリシアちゃんの遺体です』
魔法陣の中にいたプレシアとフェイトの存在が、魔術を歪めたのだろうとルビーは考える。
|根源(プレシア)と、|同一存在(フェイト)、そして何より、本人の遺体というこれ以上ない遺物が英霊召喚の触媒として作用し、アリシア本人をこの場に呼び出したのだろう。
「で、でもアリシアちゃんが英霊?」
『似たような前例ならありますよ』
事実として、神とは名ばかりのなんの力も持っていない人霊がこの術式によって召喚された事がある。
「でも生身だよ?ちゃんと触れたし、幽霊じゃないよ?」
『問題はそこなんですよね〜』
魂と肉体は切り離せない縁でつながっている。
召喚されたアリシアの魂がその縁で肉体に牽かれ戻ったと考えるしか説明のしようがないが、アリシアの肉体は生命活動を停止していたはず・・・文字通りの生き返り?
しかもサーヴァントと名乗ったがクラスが分からないと来ている。
正直な話、正体が不明すぎて訳が分からない、受肉した英霊・・・っと言っていいのかさえ迷う存在だ。
ルビーも何らかのイレギュラーが起こる事までは想定のうちだった。
本来ならば、きちんと入念に前準備をして行う魔術儀式をこんなやっつけで執り行ったのだ。
問題が起こらない方がどうかしていたのだが、基本的に英霊を呼び出せればそれでよかったので、『まいっか、えい!!』な感じで決行してしまった結果として何が起こるかをあまり考えていなかった。
この状況はジュエルシードの魔力を使い切ったという意味で予想通り、その結果何故かアリシアがよみがえってしまったという意味で予想外の様相となっている。
『これ以上は検証なしには分かりませんよ?』
「う・・・ん?」
そんな会話をしていると、タイミングよくと言うべきかアリシアが目を覚ましたらしい。
一瞬、あの透明な瞳を彼女の瞼の先に想像したなのはが身を固くするが、目を開けたアリシアの瞳は人間のそれだった。
「アリシア?」
「どうしたの、ママ?」
「本当にアリシアなの?」
プレシアの問いかけに、アリシアはその意味を測りかねているように見える。
それも当然だろう。
寝起きにいきなりお前は本物かと聞かれて、その意味を理解して答えろと言うのはちょっと難しい。
「変なママ、私は私だよ」
「そう・・・そうね・・・」
プレシアはそれ以上何も言わなかった。
それだけで十分だと言うように娘を抱きしめる。
瞳からはとめどなく涙があふれて伝い落ちていた。
「なんでだろ?すごく長く寝過しちゃっていた気がするの、それにとっても怖い夢を見た気もするの・・・」
それは・・・彼女が命を落とした時の記憶なのだろうか?
「そう、怖かったの・・・大丈夫、それは夢よ」
プレシアは大丈夫、大丈夫と繰り返す。
長い時間を経て、願い、求めて成就した母子の再会・・・それですべてが終わればこの上なく理想的な終わり方だが・・・。
「フェイトちゃん?」
「は、はい?」
「何でなのはの背中にくっついているなの?」
何時の間にかぴったりと、なのはの背中にフェイトがいる・・・というかしがみついている。
手とか握っているのは無意識だろうか?
何となく子猫を庇っているようなイメージがわいてくるが、これっていい事なのだろうか?
「ご、ごめんなさい」
「・・・いいんだけどね」
フェイトの複雑すぎる家庭事情を考えれば、隠れたくもなろうとなのはにだってわかる。
母親と思っている女性が、自分とおなじ娘、あるいは元となった少女と再会しているのを見て何も感じないわけがない。
なのはは、この後どう言う展開になったとしても修羅場以外の選択肢を考えつかないので、背中を貸すくらいの事は訳がないのだが・・・「あ、ママ?あの子誰?」・・・そう言う時に限って目ざとく見つかりたくない人間に真っ先に見つかる物だ。
その理屈に従ったのかどうか、隠れているフェイトをアリシアが見つけた。
「っつ!?」
なのはの背中でフェイトが息を飲む。
「大丈夫、大丈夫だよフェイトちゃん」
「なのは・・・」
プレシアがアリシアにかけた言葉をなのはがフェイトに贈る。
握った手からフェイトの震えが伝わってくる。
何か本当に迷子の子猫を保護しているような気がしてきた。
涙目のフェイトを思わずお持ち帰りしたいな〜とか思ってしまったのを意志の力でねじ伏せる・・・そんな場合では無い。
内面での戦いは理性が勝った。
『なのはちゃんも目覚め始めてきましたね〜?』
「ルビーちゃん?」
『何でもありませんよ〜フフフ』
思いっきり妖しい笑いだった。
やがて、フェイトも覚悟を決めたのか、なのはの背から出て横に並び立つ。
二人の手はつながれたままだ。
「わ、大っきくなった私がいる」
「・・・・・・」
その言葉に、フェイトは何を思っただろうか?
フェイトは何も言わずにアリシアを見ている。
誰もが今目の前の状況を忘れて見入っていた。
喉を鳴らす。
―――プレシアは、娘の疑問に何と答えるだろうか?
フェイトはある意味でプレシアの罪その物だ。
そしてその罪はアリシアの為に犯した罪だ。
プレシアはそれを告白できるのか?
貴女の為にやったと言えるのか?
そして・・・それに対してアリシアの反応は・・・答えは?
プレシアは迷い、戸惑い、そして悩んでから、二人の娘を見る。
「アリシア・・・フェイトは貴女の・・・え?」
プレシアは最後まで語る事が出来なかった。
何故ならば、プレシアの体を貫通するほどに深く、剣がその胸に突き刺さったのだから・・・。
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リリカルなのはに、Fateのある者、物?がやってきます。 自重?ははは、何を言ってるんだい?あいつの辞書にそんなものあるわけないだろう?だって奴は・・・。 ネタ多し、むしろネタばかり、基本ギャグ | ||
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