たとえ、世界を滅ぼしても 〜第4次聖杯戦争物語〜 英霊混戦(三騎来襲) |
招かれし者達はここに集う。
戦場の勇士は、歴戦の王を見て、猛るだろう。
―――――――されど、集うのは王のみにあらず。
いざ来たるは黒き狂気、黄金へ挑むその力は、果たして届くのか…
*************************************************
戦車から降りてきたのは、とにかく大きな男だった。
赤い髪に赤銅色の眼、何より鍛え上げられた体躯は周りの者を見るだけで圧倒する程であった。
「双方、武器を収めよ!王の御前である!!」
高らかに吼えた声は、彼が自ら乗っていた戦車の雷鳴に匹敵しかねない程に重かった。
その鋭く燃え盛るような威圧を湛えた眼は、気迫だけで他者を屈服させかねない程である。
しかし、セイバーもランサーもその名を世に残す【英雄】だ。
大男に叫ばれた程度で、戦き平伏すような者ではなく、逆にその声に警戒を露わにする。
だが、この英霊サーヴァントが襲撃では無く、
セイバーとランサーの対決にただ乱入してきただけなのだと、
それ故に、その理由が分からなくなってしまった為、迂闊に動く事が出来なくなってしまった。
だが、その彼等の内心を気にする事無く、赤い髪の巨漢の御者は、躊躇う事無くこう叫んだのである。
「我が名は征服王イスカンダル!此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した!」
そうして、その倉庫街に集結していた全員が、思わず固まった
その場は、完全に困惑していた。
聖杯戦争の場において、まさか真名を自ら名乗るサーヴァントが現れる等、予想外にも程があったからだ。
思わず目を見開き戸惑いを隠せないセイバーに、何ともいえない表情をするランサー、
彼等のマスターもまた、どういうつもりなのかとライダーと名乗った大男に視線を向け――――――――
「何を、考えて、やがりますか!この馬ッ鹿はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
――――――――そいつは、御者台から現れた、黒髪の少年に、ぽかぽかと殴られていた。
「え?もしかして、彼がライダーのマスターなのかしら?」
突然の事に思わずアイリスフィールが口元に手を当てて呟くが、そう呼ばれたライダーのマスター
【ウェイバー・ベルベット】にはそんな事気にしている余裕もなかった。
そもそも彼は、本来此処に来るつもりなんて毛頭もなかったのだ。
それをライダーに引き摺られるように、夜の冬木市を飛び回るように、戦車で連れまわされ。
高所恐怖症の気もちょっとあったりするのに、冬木大橋の上に連れてかれたり等の苦労があった。
そんな事やあんな事、そして今の発言もありで、ライダーに対する畏怖さえも忘れたウェイバーは、
とにかく戸惑いと怒りを込めた叫び声をあげて、征服王のマントに掴みかかったのだが……
びしっっ!!
………ライダーのデコピンによるが打撃音が静かに響き、その声はその場に沈んだのだった。
蹲るウェイバーと、己の指以外には何事もなかったかのように、
ライダーは黙ったままのセイバーとランサーへ、おもむろに声をかける。
「うぬらとは聖杯を求めて相争う巡りあわせだが、矛を交えるより先にまずは問うておくことがある。
うぬら各々が聖杯に何を期するのかは知らぬ………だが今一度考えてみよ。
その願望、その祈り、天地を喰らう大望に比しても尚、まだ重いモノであるのかどうかを、な」
その言葉に、セイバーは不穏なものを感じ取り、その瞳を細めライダーを睨みつける。
「貴様―――――――――何が、言いたい」
「うむ、噛み砕いて言うとだな」
ライダーはその問いに答えると同時に、両腕を突き上げ高らかに言い放つ。
「ひとつ我が軍門に降り、聖杯を余に譲る気はないか!?さすれば余は貴様等を朋友ともとして遇し、世界を制する快悦を共に分かち合う所存でおる!」
『…………………………………………………………………………………………………………………』
空気が、固まるを通り越して、溶けた。
言われた内容を理解するのを、殆どの者が拒む程に。
ソレは、余りにも、突拍子もない、あり得ない提案であった。
セイバーとランサーは、思わず呆れを含んだ眼差しを向け。
アイリスフィールとランサーのマスターは戸惑いを。
そして―――――――――今、この場を隠れて偵察している者達の一人は、「あんなのに世界は征服されかけたのか」、と溜息を零していた。
古代マケドニアの支配者、無双の戦士を束ねたと云われる、【征服王・イスカンダル】。
【世界征服】という野望の実現に、恐らく歴史上誰よりも迫った人物である。
しかし、だからといってこのような行動をするのは如何なものか…
戦っている者達の決闘へ乱入して、いきなり自らの真名を暴露した挙句、突然の恭順要請。
これでいったい誰が納得するというのか、そもそもソレを受け入れられると本気で思っているのか。
ハッキリ言って、周りが呆れるのも戸惑うのも溜息吐くのも当然と言えば、当然だった。
「残念だが……その提案は承諾しかねる。」
苦笑まじりに肩を竦め、頭を横に振るランサー。
だがしかし、その双眸は一欠けらとて((笑っていない|・・・・・・))。
鋭く、剣呑な雰囲気を漂わせ、ランサーはライダーを冷たく睨み据えていた。
「俺がこの忠誠と武勲を捧げるのは、今生にて誓いを交わした新たなる主ただ一人だけ………断じて貴様ではないぞ、ライダー」
「そもそもそんな戯言を述べ立てる為に、貴様は私とランサーの勝負を邪魔立てしたというのか………騎士として、許しがたい侮辱だ!」
そう言うランサーに続いて問いかけるセイバーの顔は、純粋な怒りに染まっていた。
生真面目な彼女にとっては、ライダーの提案そのものが不愉快きわまるものだったのである。
双方から怒りに満ちた敵意の視線を向けられ、ライダーは少し困ったように、いかつい拳をぐりぐりと、自身の額に押しつける。
「待遇は、応相談だが?」
『くどい!!!!!』
ダメか?と申し出るライダーを、セイバーとランサーは声を揃えて拒絶した。
更に、セイバーは淡々としたまま続けて言葉を付け加える。
「重ねて言うなら、私もまた1人の王としてブリテン国を預かる身。
いかな大王といえども、臣下に降るわけにはいかぬ!」
「ほう――――――【ブリテンの王】とな?」
その宣言によほど興味を惹かれたのか、ライダーは大仰に眉を上げた。
「こりゃ驚いた!名にしおう騎士王が、こんな小娘だったとは、なぁ?」
「………その小娘の一太刀を浴びてみるか?征服王」
低く押さえた声と共に、セイバーは剣の構えを取った。
その見えない剣と全身から湧き上がる戦意は、はっきりとした怒りを示している。
その様子にライダーは眉を顰めると、深く深く溜息を吐いた。
「あー…こりゃ交渉決裂かぁ勿体ない、残念だのう…」
「ら、い、だぁぁぁ……………………!」
その時、ライダーの隣から恨めしそうな声が響く。
デコピンによる額の痛みと、今までの色んな状況にその場に蹲っていたウェイバーだった。
どうやら、痛みからは復活出来たようだが、それ以上に苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「ど〜すんだよお?征服とか何とか言いながら、結局総スカンじゃないかよお……お前本気でセイバーとランサーを手下に出来ると思ってたのか?」
そんな言葉を、ライダーは何ら悪びれた風もなく大声で笑って言い放つ。
「まぁ、“ものは試し”と言うではないか!」
「『ものは試し』で真名バラしたンかいぃぃぃ!?無駄に情報渡したようなもんじゃないかぁぁぁぁ!!!」
そのあんまりな答えに、
ウェイバーはライダーに、再びポカポカと両手で殴りつけながら叫び声をあげた。
それは何というか、周りの者からすれば、新手の漫才か同情を引くような光景でしかなく。
セイバーやランサーにアイリスフィールは、目の前の幼いマスターが気の毒にしか思えなかった。
と、その時――――
『そうか……よりにもよって、貴様か』
――――低い、低い地を這うような怒りと憎悪を孕んだ声が響き渡った。
その声に数名が反応する、ソレはセイバーとアイリスフィールには聞き覚えのある声。
そう、ランサーのマスターであった。
先程までずっと黙っていたにも関わらず、突然の負の感情を込めた声に戸惑いを隠せない。
ランサー自身も、己のマスターが何故不快なのかが分からないらしく、怪訝そうな表情をしている。
だがそれを気にする事も無く…いや、気にする余裕も無いのか、そのマスターは怨嗟を込めた言葉を投げつけていく。
『何を血迷って、私の用意した聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば。
よりにもよって、君自らが聖杯戦争に参加する腹だったとはねえ…………ウェイバー・ベルベット君?』
そして、そんな中で忌々しげに己の名を呼ばれて、ウェイバーはやっとその【憎悪の矛先】が自分であると理解した。
のみならず、その声の主が一体【誰】なのかと、いう事も。
「あ………!」
そう、時計塔で講師を務めるあの男ならば、ウェイバーに聖遺物を盗まれたとしても、
ライダー以外の【他の英霊】の聖遺物を用意する事ぐらいは、出来て当然だったのだから。
故に、この冬木の地において、
【彼】がウェイバーの敵として現れる事になったとしても、何も不思議では無かったというのに。
『ああ残念だ、実に残念だなぁ。
可愛い教え子には幸せになってもらいたかったんだがね。
ウェイバー、君のような凡才は凡才なりに凡庸で平和な人生を手に入れられた筈だったというのにねぇ?』
ウェイバーは男を出し抜き、彼が呼び出そうとしていた英霊をサーヴァントとして従えた。
それは、時計塔で彼相手に受けてきた屈辱に対する、自分の出来る精一杯の仕返しだった。
そう、それで精一杯だったのに。
確かにウェイバーは、時計塔で過ごしてきた数年間の間、
彼を、【ケイネス・エルメロイ・アーチボルト】を、殺してやりたいと思った事は何度もあったが、
……逆に、その【相手からの悪意】に晒されたのは、これが初めての経験だったのだ。
((声の主|ケイネス))は、ウェイバーが恐怖に動けなくなっているのを理解すると。
いっそ穏やかとも取れる冷ややかな声で、嘲笑いながら言ってのけた。
『致し方ないなぁウェイバー君。
君については、私が特別に課外授業を受け持ってあげようではないか…
魔術師同士が殺し合うという【本当の意味】、その恐怖と苦痛とを、余すところなく教えてあげるよ――――――――光栄に思いたまえ』
事実、ウェイバーは恐怖に身を疎ませていた。
それほどまでに、何処からともなく浴びせられる、ケイネスの視線は恐ろしかった。
自分がどれだけの事をしてしまったのか、それによってこのような事態に陥った事も、魔術師が殺し合うという事の意味も。
どんな形であれ、やっとウェイバーは【理解する】事になったのだ。
だからこそ
そんな恐怖に震えていた自分の肩を包み込む、その大きな掌の感触に、心の底から面食らった。
自分をマスターとして扱おうともしないライダーが、まるで自らを鼓舞するように笑みを浮かべていた事に。
「おう魔術師よ?察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな。」
ウェイバーの肩に手を置いたまま、
何処に潜むとも知れぬランサーのマスターへ向けてライダーは呼びかけると、呆れたと言わんばかりの憫笑で顔を歪めた。
「だとしたら片腹痛いのう!
余のマスターたるべき男は、余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ、坊主のようにな。
姿を晒す度胸さえない貴様のような【臆病者】なぞ、役者不足も甚だしいわ!!」
『……………』
そう言って、((彼の王|イスカンダル))はハッキリと笑い飛ばした。
くだらないと、馬鹿馬鹿しいと、お前の言葉なぞ意味はないと、
多少遠回しではあったかもしれないが、【自らが主はウェイバーである】と彼は言ったのだ。
――――ならばそういう事なのだろう、ライダーことイスカンダルにとって
ランサーのマスターであるケイネスの言葉など、それこそ【何の意味もない】のだ。
どれだけ彼がウェイバーに脅迫めいた言葉を投げつけたとしても、
ウェイバーが恐れる程の魔術師だとしても、
イスカンダルからすれば、戦場にも出てこられない腰抜けと罵られてもしょうがない、【つまらない男】でしかないのだから。
その否定の声に、言葉を失くしただ憤怒の感情を込めるケイネスの事も気にする事もなく。
ライダーは誰にともなく夜空に向けて、大音声を張り上げた。
「おいこら!他にもおるだろうが?闇に紛れて覗き見をしておる連中は!!」
これには、その場の全員が怪訝な顔をし、困惑を露わにする。
「どういうことだ?ライダー」
問いかけるセイバーに向けて、ライダーは笑みを浮かべると言い放った。
「セイバー、それにランサーよ。
うぬらの真っ向切っての競い合い、真に見事であった。
あれほどに清澄な剣戟を響かせておいて、惹かれて出てきた英霊がよもや余一人という事はあるまいて。
余は知っておるぞ!ランサーの気配に導かれ集ってきた者共をな!!」
そしてより一層、ライダーは辺り一面に轟き渡れとばかりに、大声で辺りに叫び続ける。
「情けない。情けないのう!冬木に集った英雄豪傑共よ!
このセイバーとランサーが見せつけた気概に、何も感じるところがないと抜かすか?
誇るべき真名を持ち合わせておきながら、コソコソと覗き見に徹するというのなら、腰抜けだわな。
英霊が聞いて呆れるわなぁ、んん!?」
一通り豪笑を放ち、ライダーは不敵に口元を歪め、最後にこう挑発の意思を込めて【宣告】を降す!
「聖杯に招かれし英霊は、今!ここに集うがいい!!
尚も顔見せを怖じるような臆病者は――――――征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!!!!」
ライダーの激しくも熱い糾弾の声は響き渡る、それは一切の驕りも許さない【王の言葉】。
明らかな挑発だと知りながらも、目を伏せ耳を塞げばいいと分かりながらも、
【誇り】ある者ならば決して無視出来ない言葉だった。
故に、その場にその黄金は現れた――――――――――――
「((我|オレ))を差し置いて、【王】を称する不埒者が、一夜のうちに2匹も涌くとはな」
その黄金のサーヴァントは、不愉快げに口元を歪めると、
己の眼下に対峙する3人のサーヴァントを侮蔑も露わに睥睨した。
冷たい紅の瞳は、明らかに自ら以外の存在を否定すると共に貶めている君臨者の【ソレ】だった。
自らこそが絶対であり、他に刃向う事すら許さない支配者の意思、
早々に相手が頭を垂れるのが当然といわんばかりの態度。
何よりも――――――――そのサーヴァント自身が言うように、その男は【王気】と呼ばれるモノを感じさせていた。
その場のマスター達は、目の前に現れた黄金が、何者なのかに気付く。
そう、あれこそは昨日に行われた最初の戦闘の勝利者であるサーヴァント、
遠坂のマスターに呼び出されたであろう英霊。
この場に集いしサーヴァントから考えればすぐに分かる、あれは【アーチャー】、
聖杯戦争における【三騎士】に数えられる存在だと…
「そこまで言うんなら、まずは名乗りを上げたらどうだ?貴様も王たる者ならば、まさか己の威名を憚りはすまい?」
マスター達の動揺を気にする事無く、黄金のサーヴァントへ、ライダーがそう問い掛ける。
それは至極真っ当な意見であり、少なくとも誰であろうと問い掛ける事。
「問いを投げるか…雑種風情が、王たるこの((我|オレ))に向けて?」
だが、アーチャーの真紅の双眸は、益々怒りを帯びてライダーを睨み据える。
どうやら、己の名を聞かれるのは、アーチャーには許しがたい行為だったようだ。
そうして、とうとうその英霊は殺意を剥き出しにすると、ライダーへ向かって冷たく言い放ってきた。
「我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら――――そんな蒙昧は生かしておく価値すらない」
アーチャーの左右の空間に、
陽炎のような揺らぎが広がり、その中から眩い刃の輝きが忽然と虚空に出現した。
美しく神々しい装飾に彩られ、湧き上がらんばかりの魔力が宿っている剣と槍。
明らかにそれは、【宝具】と判断されてしかるべき代物だった。
………アサシンのサーヴァントを一方的に殺した、恐ろしく一方的な蹂躙。
今再び、それがこの場を持って再現されようとしていた――――――――――――
<SIDE/間桐雁夜>
「アイツだ……!やっと現れた…!」
倉庫街の地下下水道、ずっとそこに隠れていた雁夜は声を荒げて顔を顰めた。
現れた黄金のサーヴァントは、間違いなく己の敵として存在する遠坂時臣のサーヴァントだ。
ならば、やる事は決まっている、その為に自分はこの場所にいたのだから…!
「バーサーカ―……!」
声を上げる、胸に宿した激情のままに、ただあのサーヴァントを駆逐させるのだと命令すればいい。
そうすれば、あの男の苦しめる事が出来る、あわよくば、サーヴァントを失った奴を、
そのまま■■ことだって出来るのだと、そう思って、命令を雁夜は叫ぼうとして……
―――――――――――――――――――――ソレが、何を引き起こすのかを――――――――――――――――――
「…っ」
ふと―――――――――――脳裏を哀しげな声が響いた気がした。
雁夜が感じたソレは一瞬の惑い、無視する事だって出来る、きっと空耳程度の言葉だった。
けど、何故か……無視してしまってもいいのだろうかと、小さな疑問が湧いたのだ。
そう、桜の為にも、自分は死ぬ訳にはいかない。
だからこそ、今は他のサーヴァントの情報こそが必要なのだ、
この戦いもアーチャーの宝具を知るのが目的……あわよくば、一太刀でもいれてやれればいい!
「…………そうだ、焦る必要なんて、ないんだ。
今、此処でアレを倒せるなんて保証は無い、もっと冷静にならないと…。
っバーサーカー!お前の実力を俺に見せてくれ!
無理に奴を殺す必要なんてない、ただ出来るならあのサーヴァントの情報を集めてこい!!」
自らの従えるサーヴァントへ向けて雁夜は叫ぶ、
その声に応じて黒き狂戦士は戦場へと向かっていった。
戦いへ挑みに行くバーサーカーへ、雁夜は意識を向けて目を伏せる。
自らもまた使役する蟲を使って、遠坂時臣のサーヴァントを探る為に、戦場へ視界を飛ばす。
彼等の初陣は、こうして此処に幕を開けた。
*************************************************
突如として沸き起こったその魔力に、その場の全員が目線を向けた。
その先に―――――――――――――夜の色を集めたような、闇色の黒騎士が、立っていた。
全身をフルプレートの鎧で固め、ただ兜から見える赤く染まった異常な光。
何よりも禍々しいまでに発せられるその魔力は、明らかにサーヴァントだろう。
そしてそれ故に分かるのだ……あれは、身も心も狂っている、((狂戦士|バーサーカー))のサーヴァントだと。
全身から漂う負の波動は、明らかに他のサーヴァントとは比較にもならない。
そう……まるで、殺意が形を成して現れれば、あのような姿になるのではないかと思うほどに。
「……なぁ征服王。アイツには誘いをかけんのか?」
そう声をかけるランサーだが、その目は決して笑ってない。
むしろこれまでで最大の警戒を、バーサーカーに対して向けている。
「誘おうにもなぁ……ありゃあ、のっけから交渉の余地なさそうだわなぁ」
先程までに比べて明らかに積極性に欠ける発言だが、全員がライダーと同意見だった。
……そもそも言葉は通じまい、狂気に犯されている存在に、果たして言葉を解する事が出来るのか?
その時点で会話など無意味でしかないのだから。
「で、坊主よ。サーヴァントとしてはどの程度のモンだ?あれは」
「……判らない、まるっきり【判らない】」
「なんだぁ?貴様とてマスターの端くれであろうが。
得手だの不得手だの、色々と『視える』ものなんだろうが?」
「だから!【見えない】んだよ!あのサーヴァントはどういうことか分からないけど、ソレが見えないし分からないんだ!!」
そう叫ぶウェイバーと同様に、隠れてそのサーヴァントを伺うマスター達も戸惑いを隠せないでいた。
その通り、バーサーカーのステータスが見えない為である。
まるで靄のように陰っているその姿は、他の存在から自らを隠匿するかのようなモノ。
………彼等は知らないが、【ソレ】が、バーサーカーの【宝具】なのだ。
相手に己の情報を知られない、これがその【宝具】の強みでもあり利点。
マスターの『視る』力すら防げているのもコレのおかげであった。
突如登場したこの異様な((狂戦士|バーサーカー))に全員が警戒を緩めないが、バーサーカーはそれを気にする事無く、ただ一点を見ていた。
そう、たった【1人だけ】にしか、彼は用は無いのだから。
「誰の許しを得て((我|オレ))を見ておる?この狂犬めが……」
その視線の先にいるのはアーチャー、黄金の王の姿である。
そんなアーチャーからすれば、薄汚い狂犬が自分を不快な視線で見ている等、決して許せぬ侮辱であった。
「せめて散り様で((我|オレ))を興じさせよ、雑種!」
その宣言と共に、アーチャーの左右に浮かんでいた剣と槍の切っ先が、
ライダーからバーサーカーに向けられると、剣と槍は猛烈な速度で射出された。
その狙いは弓兵とは思えないほど大雑把だが、何せ2本とも宝具である。
それらは着弾と同時に、その場所を爆発させる程の破壊を齎した。
あんなものを食らって、ただで済む筈がないと数名が息を呑む。
そして巻き上げられた粉塵が薄れていくと――――――――――――――その人影は、あった。
その手には打ち出された筈の剣が握られ、僅かに逸れた足元には槍が作ったクレーターが出来上がっている。
揺らがない視線はしっかりとアーチャーへ向けられ、黒い狂戦士は今だ健在であった。
「……奴め、本当にバーサーカーか?」
「狂化して理性を無くしてるにしては、えらく芸達者な奴よのぅ」
「え…?」
「分からぬか、坊主。
あのサーヴァントはな、先の攻防でまず第一射の剣を【手で掴み】、続けて飛来する槍を、その剣で打ち払ったのだ。」
ランサーとライダーが唸るが無理もない。
神速で飛来する宝具を掴み取り、それを即座に使いこなして間髪いれずに迎撃に使用する等、とてもバーサーカーのクラスとは思えない。
だが、宝具を打ち出した当のアーチャーは、顔を怒りに染めていた。
自身の宝具を奪い取り、今もなお立っているバーサーカーの姿に憤怒を浮かばせている。
「その汚らわしい手で、((我|オレ))の宝物に触れるとは……そこまで死に急ぐか、狗っ!」
怒号と共に再びアーチャーの周りに宝具の群れが現れる。
その数はざっと見て16…数多の剣に槍に鉾等、それら全てが紛れもない【宝具】だった。
「そんな……!馬鹿な!?」
思わず声を漏らしたウェイバーだったが、アイリスフィール達も内心は同じである。
本来宝具は1人の英霊に1つか2つ、多くても3つか4つが限度だ。
切り札とも言える宝具をあれだけ所有し、それを未練もなく放っていく等異常としか思えない。
「その小癪な手癖の悪さでもって、どこまで凌ぎ切れるか――――――――――――さぁ、見せてみよ!!!」
その瞬間、それぞれが膨大な神秘を有する宝具の大群が怒涛の如くバーサーカーへ殺到していく。
一発一発が絶大の威力を持つ宝具の嵐が、倉庫街一帯を壊滅させていくのだ。
だが…その一切の容赦の無い爆撃の中で、バーサーカーは倒れなかった。
バーサーカーは、最初と同様に飛来した矛を左手で掴み取ると、
たった今奪い取った武器を、まるで自分の体の一部のように使いこなし、
右手の剣と合わせて襲い来る宝具の一斉射撃を片っ端から撃ち落としていく。
「どうやらあの金色は宝具の数が自慢らしいが、だとするとあの黒いヤツとの相性は最悪だな」
言葉すらなくし、ただその激戦を見続ける者達の中で、ライダーだけが顎に手を当て冷静に呟いた。
「黒いのは武器を拾えば拾うだけ強くなる。
金色も、ああも節操なく投げまくっていては深みに嵌る一方だろうに、融通の利かぬ奴よのぅ」
ライダーの指摘の通り、バーサーカーはアーチャーの宝具の猛攻を前にして一歩も譲らない。
それどころか、より強力な宝具が飛来する度に、手元の武器を放り捨てて新たな得物を掴み取り、
すかさず持ち替えて宝具を迎撃していくのだ。
そして、手元に偶然残った2本の宝具を、
おもむろにバーサーカーは掲げると、アーチャー目掛けて両方とも投げ放った。
投擲の狙いは曖昧だったのか、投げられた斧と曲刀とが命中したのは、
アーチャーの足場になっていた街灯のポールであり、その鉄柱を軽々と切断してみせる。
一方でアーチャーは鉄柱が寸断されるより先に身を翻し、
何事もなかったかのように地表に着地を決めていた。
しかし、その顔には先程以上の憤怒が浮かんでいる。
「この、痴れ者が……!天に仰ぎ見るべきこの((我|オレ))を、同じ大地に立たせるかッ!」
その凄まじい怒号と共に、アーチャーの後ろの空間が、今まで以上に大きく歪み始める。
「その不敬は万死に値する!そこな雑種よ、もはや肉片一つ残さぬぞ!!!!!!」
そして現れた宝具の数は32以上……先程の倍以上の数だ。
最早手加減する気は完全に失せ、紅蓮に燃える双眸がバーサーカーに向けられる。
宝具の連射を凌いでのけたバーサーカーではあったが、
まさかそれに倍する攻撃が繰り出されようとは思ってはいなかっただろう。
次に起こるだろう事態へ、全員が息を呑むが、不意にアーチャーの視線が大きく外れ、【町の方角】へ向けられた。
「貴様如きの諫言で、王たる((我|オレ))の怒りを鎮めろと?大きく出たな時臣……!」
アーチャーが忌々しそうに舌打ちすると、辺り一帯に散らばっていた宝具も含め、
新たに打ち出されようとしていた宝具が、まとめてその場から消失する。
恐らく、自らのマスターに呼び戻されたのだろう。
「命拾いをしたな……狂犬」
既に殺意も失せたようだが、アーチャーはその傲岸さを隠さずに、他のサーヴァント達を見据える。
「雑種共!次までに有象無象を間引いておけ。((我|オレ))と、見まみえるのは【真の英雄】のみで良い。」
そう言い放つと、金色の粒子と共に、アーチャーは霊体化して引き上げていった。
「どうやらアレのマスターは、アーチャー自身ほど剛毅なタチではなかったようだな」
苦笑するライダーだが、事態は好転していない。
アーチャーは去っても、今だ脅威となりえるバーサーカーはこの場に健在なのだ。
バーサーカーは暫くアーチャーの消えた場所を見つめていたが、完全にいなくなったと感じたのか、
そのままライダー達に背を向けようと踵を返そうとした………が、
【何か】を感じたのか、バーサーカーが視線を向ける。
その先には――――――――――――――セイバーの姿が、あった。
「………っっ!!??」
その瞬間、セイバーの背筋へ、凄まじい悪寒が奔り抜ける。
それは本能的なモノ、明らかな敵意と憎悪の視線に、一瞬にして危機感を覚えたのだ。
「……■r■r■…!」
ぞっ、とする程の怨嗟の声、被っている兜の間から見える赤い狂気の光が、彼女を睥睨している。
「……a■■e■…!!!!」
バーサーカーが駆ける。
その身に狂気を纏わせて、今まで以上の憎悪を叫びながら、ただ全力で疾走してくる。
そしてその疾走の先にいるのは、ただ1人。
「アイリスフィール!下がって……!」
己の主を守ろうと、剣を構えたセイバー、その人であった────────────
*************************************************
―――――狂気は、止まらない。
暴走を始めた騎士は、もはやその衝動を抑えない。
狂える思考は主を蝕み、その心を壊すだろう。
その狂気を止める事は、出来ない。
止める意思を、狂気は持ち得ていないからだ。
―――――――――だが、その暴走を赦さない者がいる。
駆けよ【銀】よ。
お前の初陣は、この時をもって始まるのだから―――――
【あとがき】
バーサーカー無双ここに爆誕!
原作通り英雄王ことアーチャーを撃退しましたが、やはり…な展開になりました。
とうとう最初の暴走が引き起こされてしまったバーサーカー。
そして雁夜おじさんのピンチに、ついにドラグーンが動きます。
暴走するバーサーカーをどうやって止めるのか、その行動にご期待ください。
次回をお楽しみに。
今回のBGMは、【the battle is to the strong (Fate/Zero OST Vol.T)】でした。
※感想・批評お待ちしております。
説明 | ||
※注意 こちらの小説にはオリジナルサーヴァントが原作に介入するご都合主義成分や、微妙な腐向け要素が見られますので、受け付けないという方は事前に回れ右をしていただければ幸いでございます。 それでも見てやろう!という心優しい方のみ、どうぞ閲覧してくださいませ。 乱入する英霊が続出!正直空気呼んで出てこようよ!と言いたくなる面々。 いざ戦おうという状態にもかかわらず置いてきぼりにされるセイバーとランサー! このバトル、一体勝者はいたのだろうか・・・ | ||
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