鋼と剣悟
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轟木鋼は自動販売機の前で煩悶していた。ここは漢らしいコーヒーを飲むか、自分が好きなカフェオレを飲むか、と。

正直な話、鋼はカフェオレの方が飲みたい。

しかしなから、召喚せし者に漢らしい自分がカフェオレを飲んでいる姿をもし見られたら……、と想像するとそうもいかないのである。

それならコーヒーでもカフェオレでもないものを選択すればいいのではないか、と思われるかもしれない。しかしながらなんとコーヒー、とカフェオレだけが今だけ増量中なのである。

彼の武器、エッケザックスからも窺えるようにデカイから当然強いという彼のポリシーがその二択を迫るのである。

正直な話、飲み物に強い、弱いはないのだが。強いて言うならば英語で濃いコーヒーはStrong coffeeというため、熱血馬鹿な彼は強いと思うのかもしれない。先程から自動販売機の前でガタイの良い男が悩みながら無意識のうちにくねっているのをすごい目で見られているのは意にも介さず、召喚せし者からの集中放火を気にしているというのは些かおかしい話ではある。そして悩みに悩んだ末に硬貨を投入口に入れる。自分の頭の中で決定したカフェオレを押そうと指を伸ばした瞬間、

「あれ、鋼ん。奇遇やな」

耳馴染みな声が彼の耳に飛び込んできた。その声の主の方向へ視線を向けると、細長い目をした青年が立っていた。

「……剣悟」

「あれ、なんでそんな嫌そうな顏してるん。ワイなんかしたやろか? ってか鋼んなんでそんな姿勢で固まってるん?」

言われて、鋼は自分がカフェオレを押そうと指を伸ばしていた体勢で固まっていたことに気付く。端からみればおかしかったらしい。

「いや、別に嫌そうな顏なんてしていないが」

指を伸ばしていた体勢を何事もなかったかのように戻し、自分の考えうる限りのスマイルを作る。

「怖ッ! めっちゃ睨んどるやん」

自分としては笑顔を作っていたつもりの鋼は心の中で血の涙を流す。

鋼の心中など気付くわけもなく剣悟は言葉を続ける。

「まぁ、何をして置いたかおいといて。ちょうどよかったわ。鋼ん、ちょっと今時間良い?」

「ん、急になんだ。大丈夫だが」

訝しげに思いつつ鋼は是を唱える。それもそのはず、先程からただ一人で何を買うか悩んでいただけだからだ。そんな彼に用事などあるわけもない。まぁ、強いて言うなら喉が渇いていたわけだが。それも途中で何か買えばいいだけだ。

「ほんなら、ワイについてきて」

「どこか行くのか?」

「うん」

剣悟は人差し指を自分の口の前に持ってきて

「ワイのとっておきの場所にな」

口の端をつり上げてそう言った

 

「いったい、こんな所に何があるっていうんだ?」

剣悟に連れられて鋼がやってきたのは仄暗い路地裏だった。光が届いておらずそこだけ世界が隔離されてるような感覚に包まれる。

「あるやん。さっきから視界にも入ってんで」

そう言われて鋼はあたりを見渡すがあたりには長年の雨風のために剥落して元の名前が読めない看板、シャッターの下りた店、黒猫などしか目に映らない。至ってどこでも見るような光景だ。これといって特別なところはない。

「鋼ん、わからんのあれやん」

そんな鋼の様子に呆れるように言いつつ剣悟がある一点を指差す。

鋼が差された場所を注視する。そこにあったのはただの自動販売機であった。

「おいおい、剣悟。こんなただの自動販売機だけのために俺様をーー」

自動販売機に近づきながら愚痴っていた鋼はその全貌を見たときに二の句が継げなくなった。

「なんだ、こりゃ」

鋼がそう言うのも無理はない。ふつう自動販売機と言えば目に見える範囲にその飲み物の見本が、その商品が何であるか分かるように置いてある。しかしながら、鋼の目の前にあるのはその部分が?という紙で覆い隠されているだけだった。

「何が出るか分からへんゆうやつちゃうかなってワイは予想してんねんけどなぁ。」

剣悟が小首を傾げながら言う。

「予想ってなんでだよ」

「だってワイ買ったことあれへんもん。なんか何出るかわからんから怖いやん。それで鋼んに買ってもらおうと思って」

「何だそりゃ」

その発言に対して鋼が鼻で笑う。

「まぁ、いいだろう。俺様が買ってやるよ」

ちょうど先程から喉が渇いていたので鋼は快く承諾した。

 

「少し怖いな」

財布から小銭を取り出しながら鋼が独り言のように呟く。

「ん、なんか言うた?」

「い、いや何も言っていない」

そして投入口にそれを入れた。鋼が及び腰で目的のボタンを押す。すると、ガコンという音ともに缶が出てきた。缶をとるために鋼がしゃがみ込む。そこから缶を取った鋼はそれに書かれている文字を読んだ。

「Fussaー!×2?」

鋼がそれを剣悟にも見えるように向ける。そのデザインは緑色の下地に黄色でFussaー!と書かれてあるところに同じく小文字で×2と書かれている簡素なものだった。いかにも身体に悪そうですよ臭がする。

鋼が恐々とプルトップに指を引っかける。プシュという音ともに缶が開いた。少し飲み物には不似合いな臭いが辺りを漂う。

「ウッ」

鋼が顔を顰める。

「なぁ本当にこれ飲むのか?」

鋼が缶を指でカンカンと叩きながら聞く。

「いや、別に飲まんでもいいけど漢らしい鋼んにしたら弱気とちゃう?」

「断じてそんなことはない。ただこれを飲むことにより俺がさらに強くなってしまう可能性がないとは否めじゃないか。そうなったら俺様は益々ーー」

「つべこべ言んとはよ飲みーや」

中々に粘る鋼にしびれを切らした剣悟が鋼の目の前まで行き、鋼を掴んで鋼の口に缶を近づけ傾ける。鋼の口の中に流れ込んでいくFussaー!×2。ドンドン、ドンドン鋼の喉を通っていくFussaー!×2。

するとみるみる内に鋼の顔色が変わり、変な汗を顔中にかきはじめた。鋼の顔色には苦渋の色しか浮かんでいない。剣悟が缶を離すとその缶は重力に従い下に落ちた。次の瞬間、糸の切れたマリオネットのように鋼の体も地面に落ちた。

卒倒した鋼を尻目に剣悟は缶を拾ってラベルを読む。

「原材料名……」

そこに羅列されていたのは明らかに口に入れてはいけないもののオンパレードだった。

そして、商品名に目を通す。

「ありゃりゃ。ま、鋼んなら死なんやろ。いやー自分で買わんでよかったわ」

パッパとズボンを払い、立ち上がり剣悟はお気楽な決断をした。そして、鋼を置き去りにしたまま歩を進める。

歩きながら後ろ向きにその缶を投げる。そして、それは闇夜に弧を描いてゴミ箱に吸い込まれていった。剣悟が去った後残されたのは商品名、育毛剤と書かれた缶が入ったごみ箱と鋼がポツンと取り残されているだけだった。

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