今年の織姫、彦星へ
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 緩やかに、優しく、星々が流れる。とても静かな場所だった、とても涼しい場所だった。

――ここはミルキーウェイ。日本人の言う天の川である。

 そんな場所に芳乃 零二とサクラは居た。

(……熱い)

 零二は口を開き、言葉を発するがここは真空の宇宙空間。空気振動の無い場所で、人は音を生み出す事は出来ない。

(そうだねっ、私は嬉しいけどねぇ)

 そんな彼に答を返すサクラ。宇宙空間の温度は基本的には絶対零度だ。しかしながら、太陽のような熱源が近く、その放射を受ければ、それはまた話が違う。今二人が立つ――宇宙空間の為、正しくは漂っている――この場所はまさにそんな熱を受ける場所だった。

 太陽から放たれる電磁波や放射能が零二とサクラの身を焼く。

(今は私の能力で『魔術』へ変換させて、その『魔術』で身を守ってるからね)

 そう言ってサクラは蕩けたような表情を作る。まるで”ひなたぼっこ”をしている時の様だ。

(――なんでこんな事になったんだろうか……)

 零二はぼんやりと思い出す。ほんの数分前のことだ――

 

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「……蒸すなぁ」

 リビングのソファーにだらりと身体を横たえる零二。

 その日はどうにも蒸した。異様な暑さで、雨まで降っていた。そんな天気だ、彼の気も、

「うぅ……日が無いよぉ……」

 カーペットの上で寝るサクラの気も滅入る。そんな時はどうも会話がおかしくなる。

「ねぇ、ねぇ、しりとりしよ、しりとり」

「しりとりぃ? かったりぃよ……」

「えーっ、折角アダルト版も出るんだしぃお互い尻を狙おうよぉ」

「それ尻取りの意味違う、それに尻の狙い合いとかしたくねぇよ……」

「これが本当の狙い『愛』だねっ ハッハッッハッハ!!」

「どういうテンションだよソレ……」

「お尻とお尻でお知り合いってハッッハハハハハ」

「ヒロインにあるまじき状態だなぁ……しかし蒸す、熱い、つらい……」

「同じ熱いでもカラッとしてるほうがいいよねぇ」

「なんだっけ、飛行機は大抵晴れてるよな」

「飛行機? 腫れてる?」

「何だっけ……雨雲よりも上に行けば雨にふられないとか……」

 その話を聞くと、サクラが立ち上がる。その評定はいい事を思いついた総司令官の様に輝いていた。

「――ソレだよ!」

 

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――ということだ。

 つまり、サクラは太陽光を浴びたいが為に者の数分で空を超え、宇宙へ至ったのだ。

恐るべきはその日光への執着。流石は戦略破壊魔術兵器(と書いて武器と読む)が日光の一言で公式に説明されるだけはある。彼女の存在意義とイコールなのではないかと、零二すら思ってしまうほどだ。

(あぁ……太陽光イイ! 宇宙キター! って感じがするんだよ!)

(もう、良いだろ帰ろうぜ……)

 あまりこの場に長居は出来ない。『魔術』で防護されており、何か問題があればダ・カーポを使えば良い。

だが、そう言う問題ではない。先程からどうも体調が良くない。具体的に言うと、内圧が外圧以上の力があるために破裂する風船の様な音がする。あと鉄分が多めで赤い液体が沸騰する音もだ。

(――人は宇宙に生きるべきではない……スペースノイドはまだ先の話だな)

 そんな事を考えながら彼は言い知れぬ身体の危機をダ・カーポで修復していく。その速度は尋常ではない。

(まるでマグマの中に居る様な気持ちだ。なんだかんだで不老不死でも無限にダメージ与えられるのはつらいんだな)

 きっと不老不死とか無限の体力とか言う相手にあっても無限に攻撃すれば良いと、そんな安直な発想はするまいと深く胸に刻む零二。そんな事を身をもって理解し、そんな事を考えるのは彼くらいの者だろう。

 莫大な筈の魔力総量が底を付くのではないかと思うほどの深刻なダメージ。流石に死んでから戻したのではでは遅い、その為死ぬ直前には戻さなくてはならないが、ほぼノータイムで死ぬ。致命傷で済んだとかそう言う話じゃない、ほぼ即死だ。

(毒の沼がダメージ256じゃ勝ち目ないよなぁ……しかも立ってるだけでダメージは酷い、死ぬ)

 サクラは先程から守っていると言うが、そんなのはどうも感じ取れない。

どうにも腑に落ちない零二は、サクラの方を見る。

(ウェヘッ……ウェヘッッヘッッヘッヘ……アッハッッッハッッハ……あぁマスター、星が……星が見えますよぉ……ウェヘッッヘッッヘッヘ……でも違う……違うなぁ……星はもっとゆっくり動くんだよ……出して下さいよねぇ……)

 トリップ状態だ。

 それもそのはず。地球に、それも日本に当たる日の光なんて、何割もカットされた状態。日本のモザイクがかったAVの様な物。それで満足していたのがサクラだ。それが無修正の洋物を目の当たりにすれば……その衝撃、そのダメージは計り知れない。

(あーマスター、致しちゃいましょうよ、やっちまいましょうよ宇○姦ですよ○宙姦、人類初ですよ、折角アダルト版が出るんですよ……ウェヘッッヘッッヘッヘへへへっっはっっはHAHAHAHAHAHAHAHA)

 だんだんと挙動がおかしくなるサクラ。流石の零二も引く。夏の太陽は人を大胆にすると言うが、これは大胆と言うよりは狂気だろう。今まで多くの敵と、多くの存在と戦ってきた零二が怯えている。今まで無いほどに、今までの恐怖が唯のお遊びであったかのような恐怖。

(おい! 帰るぞ! もう地球行くぞ!)

 そう言い、零二は彼女を叩く。

(ウェヘッッヘ、あぁん、こう言うプレイがお好みですかぁん、あぁマスターってそう言う……)

 例え、叩いたとしても治らない。叩いて治るのはブラウン管テレビ位の物だ。

(――えぇい!)

 零二は諦め、ダ・カーポを発動。

 

 そして目に映るは見慣れた天井、乾いた笑いを放つプラズマテレビ。

(『ダ・カーポ』で、サクラを、俺を戻した……宇宙へ飛び出す前、地球まで……やれやれ何でこれを最初に思いつかなかったんだかな……)

 

「ウェヘッッヘッッヘッヘ……へっ!? お、お日様……お天道さまは!? あぁ……陽の光が無い何て!」

 叫びとともに、正気に戻るサクラ。

「おい、大丈夫か?」

「マスター、お日様! なんでもします、だからお日様を! 日光を下さい! 私には、私にはアレがないと……」

 前言撤回。中毒症状を起こしている。これは中々に危険な状態だ。

「……はぁ」

 ため息を一つ吐くと、零二はサクラに触れ、もう一度能力を発現させた。

 

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「で、なんだって宇宙なんぞに行ったんだよ……」

 少しはマシになった湿度、先程よりも確りとした顔付きの零二がそこに居た。

「だって……」

 先の痴態を教えられ、赤く染まった顔でサクラが答える。

「七夕……だって聞いたんだよ……」

「あぁん? 七夕ぁ?」

「七夕……織姫と彦星がって……そう言うの、マスターと一緒に見たくて……でも生憎の天気だから……」

 そう言い、俯くサクラ。零時はそれを見て、頑張ってこらえたが、笑う。

「――っ! そんな笑わなくてもっ!」

 笑われている事を理解し、サクラは怒りを顕にする。そんな彼女を尻目に、零二はドアを開け、ベランダへと出る。

 天気は先程も言った通り、生憎雨。お天道さまなんて拝めそうにもない。

(――だが、関係ない)

 そう、彼には関係が無い――例え、今の天気が雨であれ、雪であれ、槍が降っていたとしても、彼には、零二には関係がない。

(昨日は……嫌になるほどの『晴れ』だったからな)

「『復元する世界』(ダ・カーポ)」

 彼の異能が、空を、世界を、侵食し、『二十四時間前』、『晴れの天気』へと変える。

「最初から言えば良かったんだよ、空が、天の川が見たいってさ」

 雨は吹き飛び、天には綺麗なミルキーウェイが見える。

「ほら、簡単だろ?」

 そう言い、零二は彼女に笑みを向ける。その瞳には、驚きと喜びから、嬉しそうな笑みを浮かべるサクラが写っていた。

 

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「――お熱い所すみませんが、今日は七月の八日ですよ兄さん?」

 

 台無しだった。

 

 

 

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