真田さんのグラサンに指紋つけたい
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「なあなあ、オッチャン誰ぇー?」

 

 

 真田卿介はとにかく寡黙な男だ。常に表情を覆い隠すサングラスにセメントで固めたようなポーカーフェイス、彩度の主張がまるでない黒いスーツに真っ黒の毛髪。容姿だけ抜き出しても何一つとして『騒がしい』という要素を持たない、いわば寡黙という概念に姿を与えて抜き出したような存在である。

 その容姿に違わず口数も少なく、最低限の義を為す以外の会話を無駄と断じているかのような無口っぷりに、大抵の人間はターミネーターか何かか、と恐怖すら覚えることだろう。

 そう、実際に真田はだいたいそんなもんであった。

 

「おっちゃんグラサーン、あははははは!」

 

「あの、お嬢……」

 

 そんな真田が困った顔をするところというのは、かなりのレアリティを誇る。陽菜子としてはそのような顔を見ると申し訳なく思ってしまうが、同時に自分だけに見せてくれている表情に密かに喜びを覚えるという複雑な状況だ。

 だから、陽菜子以外の人がいる状況でそんな顔をされるとちょっと嫉妬してしまう。

 

「えっとね、真田さん、その子は陽菜子の新しい友達なの。最近ここに入院してきたんだよ」

 

「……そうですか」

 

 年の頃は陽菜子と同じくらいだろうか、快活な印象を受ける少女だが、その印象に反して手足は華奢で、今にも折れてしまいそうに儚い――そう、陽菜子と同じく。

 なるほど、彼は病弱なのだろう。病弱である快活な性格故に、入院の先輩である陽菜子と親交を深めたのだと容易に想像がつく。

 

「それで、それでね。この子の名前はね、宵月アリスちゃんっていうの。真田さんも仲良くしてあげて」

 

「というわけであたしと仲良くしてやってくれたまえ!」

「……よろしくお願い致します」

 

 ツッコミの言葉はない。アリスはやや残念そうな表情を除かせたが、すぐに表情を元の快活なものに戻す。

 

「そんでさー、おっちゃんはヒナちゃんのナニなの? そこんとこ教えてよー、ねー」

 

 もしかして恋人ってヤツー、などと言って陽菜子を慌てさせてはいるが、真田の中では唯一絶対の答えは決まっている。

 

――道具。

 

 しかし真田の口から今この時、口にするのはいささか無粋なように思われた。

 陽菜子は敬愛する恩人、主君の娘だ。故に真田は彼女のために存在するし、彼女の害にならない範囲で喜ぶことであれば、いくらでも為したいとも思う。

 だが「よろしく」とは言ったもののなにをしていいのかわからなくもあった。陽菜子とも日頃、上手く接することができているとは言い難いのだ。その上に子ども――それも陽菜子と違い活発な手合いを相手にする方法など、真田は持ち合わせていない。

 

 結局真田は、道具を誤魔化して伝える以外の術を持たない。

 

「体の一部……でしょうか」

 

「一心同体宣言!?」

 

「いえ、どちらかというとお嬢が主体ですが」

 

「尻に敷かれてる夫婦っ!」

「さ、さささ真田さんっ!?」

 

 ごく普通に誤魔化しただけなのだが、マセた少女には燃料にしかならない。

 

「そんな恐れ多い、お嬢にはこのような人格破綻者などよりも、もっと相応しい相手がいらっしゃいます」

 

 そう、例え身体が弱かろうと、親を失おうと――まっとうな人間としての幸せを得る権利くらいはあるはずだ。

このような『血塗れの死神』などと結ばれなければならない道理はない。

 真田の気遣いは、しかして陽菜子の表情を曇らせるのみだった。

 

「そんなこと言わないで欲しいな……」

 

 只の道具にかけるには真剣すぎる、只の臣下にかけるには優しすぎる。

 

「陽菜子はね、ずっと寂しいのも、苦しいのも、真田さんのお陰で忘れて、この病院で過ごせてこれたんだよ。だから真田さんには、もっと自信を持って欲しいな」

 

 澄んだ陽菜子の瞳は、すがりつくような光を以て彼を縫う。

 

「……」

 

 真田には闇がある。掘り返しても掘り返してもキリがないほどに、後暗い部分が山になって背に積み重なっている。陽菜子の命のために狩ってきた『生命』もそうであり、陽菜子の父の利の為に狩ってきた『生命』もそうだ。

鉄臭い紅の海にどっぷりと浸かりきった真田が、罪の落とし子である真田が、陽菜子を光に導ける存在になろう筈がない。

 

――故に道具。

 

 血に塗れても構わない、処刑のためだけに引きずり出され、健やかなる時間には倉に仕舞われておくだけの断頭台――。

 

 真田は妥協せずに沈黙し、陽菜子は涙を溜めて真田を見つめ続ける。

次の刹那か、また次の刹那か――その堰が決壊するのは間近かと思われた。

 

 

「いやぁ、お熱いねーヒナちゃんおっちゃん!」

 

「あふぇっ!?」

 

 ばんばん、と脳天気な衝撃に陽菜子が眼を丸くした。アリスが陽菜子の背中をばしばしと叩いてその空気を混ぜっ返し、なかったことにしていた。

 

「そんなにおっちゃんのことが好きなんか? このこのこのォ!」

 

「や、やめ……痛い……」

 

 そんな彼女の行動に真田は助けられていた。

口下手――ということすらおこがましい話術しか持たない彼では、とてもではないがまともに陽菜子を説得できるとは思わない。故に捧げるのは只の感謝、その意志は……。

「それ以上は」

 

 目を白黒させて咳込む陽菜子から引き剥がすことで示すことにした。

 

 

 

 こうして、真田卿介と高嶺陽菜子の奇妙な日常は始まったのであった。

 

 

 

 

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(む……時間ができたか……)

 

 

 アリスと陽菜子が友達になってひと月、真田は安堵を覚えていた。

友人ができたことにより敬愛する主――陽菜子は今までより明るくなった。今まで見せていたどこか寂しげな表情は和らぎ、真田が訪ねていくと嬉しそうに、アリスと遊んだこと、おしゃべりしたこと、喧嘩して仲直りしたことを話し出す。

 

 だが、何故だろうか。

陽菜子が明るくなることは喜ばしいことである筈だ。だというのに、どうにも一抹の寂しさを感じてしまう。その複雑な胸の内をひねり潰して抑えながら、真田は土産を選ぶ。

生命力はついこの前に分け与えたばかりなので必要ない。食品類は健康を損なう可能性からあまり推奨されない。真田は唸った。玩具の類のものは真田にとっては未知の領域だ。処刑鎌に平穏の形はわからない。それでも何かを……と足掻くように花屋の店先に立ってはみたもののが、どの花も色が違うだけで同じように見えてしまう。

 

「おっちゃん、ヒナちゃんのお見舞いかー?」

 

 店先で微動だにせず立ち尽くす真田に店員の女性がびくびくしていたところで、救いの神は舞い降りた。

活発そうな雰囲気に、細いながらも日に日に活力が戻り健康体へと近づいてゆく身体の少女、宵月アリスである。友達であるのか数人の少女と共に店を冷やかして回っていたようだ。

 

「花を……」

 

 アリスは首をかしげた。

たまにならと外出の許可を得た少女は、病院生活の息抜きにとショッピング

 

「何を選べばいいのでしょうか」

 

「ああ、なるほど!」

 

 ようやく合点がいったとばかりに、アリスがニカリと人好きのする笑みを浮かべた。

そのまま振り向くと友人と何事か言葉を交わし、イタズラな笑みで真田の方へ体を寄せてくる。

 

「おっちゃんおっちゃん、私でよければプレゼント選び、手伝っちゃうよー!」

 

「よろしいのですか?」

 

 願ってもない申し出だ。

陽菜子に近い年齢で、かつ友人となっている彼女であればきっと陽菜子が貰って喜ぶであろう種類を選ぶことができるであろう。

 

「OKOK、私としてもそろそろ病院に帰んなきゃだしー、友達の恋路は応援したいもんだしね」

 

 それにしても笑いのバリエーションが多い少女だ。くひひなどと悪巧みをするような声が漏れていながら、そこに影の世界に見られる暗い部分が全くない、奇妙な笑い方。

その笑い方そのものを眩しく思いながらも、真田は彼女に頼ることとした。

 

 

「あ、報酬はおっちゃんのサングラス触らせてもらえればそれでいいよ」

 

 

 彼女にとっての報酬の概念はよくわからない。黒いレンズに指紋がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お嬢、ご機嫌麗しゅう」

 

「わぁ、きれいな花! 真田さん、ありがとう……」

 

 色とりどりのフリージアを束にして入ってきた真田を、陽菜子は顔を赤らめて歓迎した。

常識に疎そうな少女ではあったが、香りが強くなく、首も落ちず、花言葉として縁起が悪いものも避けて花を選ぶ程度の常識だけはあったらしい。

 

「花は生けておきますか?」

 

「えっと、じゃあお願いします」

 

 あの寡黙でなかなか乙女心を解しない真田が花を持ってきたという望外の喜びに、少女は顔を輝かせた。

アリスは隅に寄って、初々しい陽菜子の様子と動じず寡黙に動き続ける真田の寸劇をただニヤニヤしながら見守っていた。

 

――穏やかな時が流れる。

 

 時に置き去られたかのように風はそよ吹き、笑顔が溢れ、光は柔らかく差し込む。そんななかで二人と、それを眺める一人の時はくるくると回っていた。

しかし時間とは無情なものだ。いくら穏やかに流れようとも、必ずどんな人間にも平等に終わりを告げる。

 

「あ……れ……?」

 

 それは、最初は只のふらつきだった。

 

「ヒナちゃん!?」

 

 アリスが駆け寄るが、それは無意味だ。次に目の焦点が合わなくなって、起きているという感覚が消えて、ぱたりとベッドに倒れこむ。

陽菜子はこの病室におけるベッドの主である。しかしその言い方は時に相応しくない。

――ベッドが引き込み、陽菜子がそれに抗えず身を沈める。そのようなことは少なくない。

 

「クッ――早すぎる!」

 

 陽菜子の病は、いわゆる不治の病だ。

余命いくばくもないと言われてから今まで生き残れたのは陽菜子の努力もあるが真田による生命のブーストが最も貢献するところだ。

 何が悪かった? 真田は逡巡する。生命はついこの前に奪い、陽菜子へと移した。快活に、明朗になった主の様子からは体調の悪さは見られなかった。それどころか寂しさを和らげてはしゃぐ主の姿は……

 

――快活に?

 

 迂闊。明るくなったことにより生命の消費が増大していたというのか。それに花を持ってやってきた今日は、特にいつもよりも興奮度合いが高かった。それ故のこの現象か。

ならば解決は容易い。生命を奪い、陽菜子に移し替えればいい。それだけだ。

 

 そのためには誰かから生命を奪わねばなるまい――真田の正面には、陽菜子に縋りつく細い体躯の、入院している少女の姿があった。

彼女の保有する生命力は、多くはないだろう。弱った人間が多くの力を持つはずがないのだから。

陽菜子に必要な生命力は、少なくはないだろう。それほどまでに病は深刻なのだから。

 今アリスから奪い取れば、それが意味することは――

 

「――ゲートオープン」

 

 トランプが舞う。今まで穏やかだった室内に風が吹き荒れ、無数の紙片が舞い踊る。

それに振り向いた少女が目を丸くして――

 

「<ruby><rb>傷だらけの忠誠心</rb><rp>《</rp><rt>ストーム・ブレディンガー</rt><rp>》</rp></ruby>」

 

 

 奪った。

 

 

 どさりと倒れこむ少女を尻目に、死神は只、己の守るべきもののためにその生命を移し替える。

そしてナースコールで看護師を呼び出し、こう告げた。

 

「宵月アリスの容態が突然急変し、私達の目の前で倒れました」

 

 今日は外出許可が降りていた日だ。容態が悪化するリスクは極力抑えた日であった。そのはずだ。

にもかかわらず急変した容態に瞠目した看護師たちは、慌ただしく彼女を緊急治療室へ運び込んでゆく。

 

 

「申し訳ございません、お嬢……」

 

 

 友人の命を奪ったその手で、何を守るなどと言えた義理ではないのかも知れない。

だが――

 

 

「私がいくらこの手を汚そうと、貴方の命だけは――」

 

 

 カードに書かれた死神は笑う。

眼の前にある命を狩り取りながら、只々大切な何かのためにと鎌を振り下ろす。

 

 奪われた生命は致命に至り、程なく陽菜子の騒がしかった日常は終わりを告げることだろう。それでも彼は絶対に殺させはしない。

現在この身は高嶺陽菜子その人の為だけに存在しているのだから――。

 

 

 サングラスを外してそのレンズを見れば、年輪のような人の油脂。つい先程まで跳ねまわるように表情を変えていた少女の存在の証明がべっとりと跡を残していた。

なぜだかこのまま残しておいたほうがいいような、そんな感傷を抱きながら――真田は布を取り出し、こびりついた単なる汚れを拭き取った。

 

 

 

 

 

 

 

――これは、彼の仮面の表層に付着した油脂の汚れ。

 

 

―― 一時ついたままだったそれをただ単に拭きとった。

 

 

 

 

――只、それだけのお話。

説明
真田卿介と高嶺陽菜子の過去にあった、ちょっぴり無情なお話。そんなことより真田さんのグラサンに指紋付けたい。
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