sayuki
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  魔法戦争が終結しておよそ一週間。

 日常を取り戻した私たちは今日も日々を謳歌すべく兄さんとサクラちゃんとまお太で散歩へと来ていた。

「マスターーー! 今日はとっても良いお天気なんだよ」

 ミルキーウェイでの買い物を終えて公園へと向かい、到着するとすぐにサクラちゃんが走り出した。

 ワン!

 そんなサクラちゃんを見てまお太も駆け出す。

「やれやれ、元気なこった。紗雪、座ろうぜ」

 兄さんに促されて、中央にあるベンチで一息をつく。

 ここからだと追いかけあう……いや、一方的にまお太に追いかけられるサクラちゃんがよく見えた。

「……こうしてると日常に戻れたって気がするな」

 兄さんがふと何気なく呟く。その顔にはどことなく笑みが浮かんでいる。

「うん。そしてそれも兄さんのおかげ。兄さんがいなかったらきっと今は無かった」

「そんな大層なことをした気はねぇけどな」

 謙虚に返す兄さん。私は自分の手柄を自慢しない兄さんのこういう所に惚れたのかもしれない。

「それより、紗雪だって俺が帰ってくる前は島を守ってたんだろ? 紗雪の方が凄いじゃねぇか」

「……私は守りたい物を守っただけ。そんなことは無い」

 兄さんに褒められて思わず照れてしまい、顔を背ける。

「折角だ、聞かせてくれよ。紗雪の戦いをさ」

「良いけど……。大したことはしていない」

 そうして、ポツリと語りだす。

 あの頃の、召喚せし者の運命を背負った日の事を。

 ゆっくりと記憶の底から呼び覚ます。

 懐かしく、そして色々なことを考えていたあの時のことを。

 それはちょうど今から二年ぐらい前のことだった……――――――。

 

 その日は雨だった。辺りの音を掻き消すようなその雨は、心を陰鬱にさせる印象さえ与える。

 その中、黒羽紗雪はそんな外へと一人を見送りだしていた。

「それじゃあの、紗雪。今日一日は帰って来れないと思うが家の方は任せるぞ」

「大丈夫、相良さん。私だって、子供じゃない」

 相良苺は突如仕事が入り外出しなければならなくなった。

 その為、家には紗雪一人が残されることとなったのだ。

「ニシシッ、それもそうじゃな。それにしても頼もしいことじゃ。零二が見たら喜ぶじゃろうに」

「……………………兄さんは関係ない」

 突如出た名前に焦りを見せる紗雪。

 それに対し苺は分かってると言わんばかりに笑みを浮かべた。

「っ――! もういい、早く行って」

「ククッ、そうするかのぅ。では行ってくるのじゃ」

 黒いマントを翻して外へ出る苺。その姿は何か重いものを背負った異様さを感じさせたがしかし、

紗雪はというと先のやり取りでそんなものを気にしているほど余裕は無かった。

沈黙が訪れるが、苺は度々こうして急に出かけることがあったから紗雪は一人になることになれていた。

 そして、その都度に“天の川”へ紗雪が面倒を見ている猫のところへと行くことにしていたため大して暇を持て余すこともなかった。

 しかし。

「…………はぁ」

 紗雪は外を見て小さく、物憂げに溜め息をつく。

 そう、今日は生憎なことに雨だった。

 水を嫌う猫は、雨の日にはあまり外に出ようとしないために“天の川”に行っても遊ぶことができない。

 習慣となっていたことが無くなり、そのため特にこれといってやる必要のあることも無かった。

 外に向けていた視線を外し何をしようかと考えること数秒、自室へと行くことにする。

 ――――たまには読書もいいだろう。

 そう考えた紗雪はリビングを通り、自分の部屋とを区切る扉を開け、部屋へと入る。

 綺麗に片付けられた紗雪の部屋はぬいぐるみで飾られている年相応の少女のそれだった。

 特に考えるわけでもなく適当に本を取り、ベッドの元でそれらのぬいぐるみと一緒に横になる。

 手に取った本はいわゆるファンタジーのものだった。

 一人の主人公が魔法の力を借りて世界を救うために戦う、そんなお話。

 紗雪はどちらかというとファンタジーはあまり好きなほうではなかった。

(――――兄さん……)

 しかし、この本は別だった。というのもの主人公が紗雪の最愛の人に似ているのだ。

 自分の大切なものを護ろうとするために一生懸命で、それでいて優しげな一面も見せる男。

 そんな主人公に紗雪は兄、零二のことを投影していた。

 今はこの島を離れている零二のことを思い出すためにしばしばこの本を読んでいる。

 そしてそのたびに一つのことを想った。

 ――――兄さんはいつ帰ってくるのだろう、と。

 零二が島を離れてからおよそ、一年が立つ。

 自分の為に島を出て働きにいったとはいえど、それだからこそ早く帰ってきてほしいという想いもあった。

 本を読みながら微妙な葛藤に包まれている中、最近は勉強で夜を越すこともあったため徐々に眠気に襲われていく。

 ゆっくり、ゆっくりと瞼が閉じ、やがて紗雪はまどろみの渦に飲み込まれていった。

 

                ◇

 

「――――――んっ…………」

 眠りについて数時間。そこで紗雪は目を覚まし、いつの間にか寝ていたことに気づく。

 時計を見ると、長針は十二を回っている。

 身体を起こし、目をこすって外を見ると先ほどの雨は止んでいた。

(ちょうどお昼の時間だし、“天の川”に行ってご飯も食べてうたまる達と遊んでこようかな)

 そう考えた紗雪は立ち上がり、身支度を整えることにする。

 銀に輝く髪を結い上げ、黒のリボンで留める。短いズボンに黒のニーソックスを通し、すこしばかりか露出の高い服装となる。

 その姿の身軽さはまるで猫のようなものを彷彿とイメージさせた。

 そしてそのイメージに違わず、機敏な動作で外へと出る。

 少しばかりか湿気の強い中を、紗雪は軽い足取りで“天の川”へと向かう。

 その歩みはいつの間にか走りとなっていた。

 というのも最初は遊びが楽しみであることによるものだった。

 だが、それは徐々に不安へと変わっていた。

(これは……どういうこと…………?)

 人がいる気配がしないのだ。

 街の明かり、店、家、と人のいた形跡は確かにそこにある。

 しかし、これまで人一人としてすれ違ってすらいない。それどころか、何か異質な空気さえ感じる。

 不信に想った紗雪はとりあえず辺りの建物に人がいないか確認する。

 特にこれといって理由は無いが心の底で、何か嫌な予感を感じ取っていた。

「これは一体、何がどうなっているの……――」

 しかし、調べれば調べるほど焦りは増すだけ。

 紗雪が求める安堵は逆に不安へと導くものだった。

 普段は冷静である紗雪の顔に少し曇りがかかる。

 ――こんな奇怪な出来事にはいまだかつて遭遇したことが無い。

 それもそうだろう。

 人がいなくなるというのは、はっきり言って異常の類だ。

 この世界の中でこんなことが果たして起こりうるのだろうか?

 ――ファンタジーならば有り得るだろう。

 ならば、今いる世界はどこだ?

 …………そうか、これは夢の続き。

 ばかばかしいファンタジーのような出来事など有り得ない、そう確信し角を曲がったその時。黒の外套を羽織る男がそこにいた。

「ほぅ……。こんなところにいたか」

 低く、響くようなその声は確かにそう呟いた。

 だが、紗雪にはその言葉を気にしている余裕は無かった。

「あの、すみません……。街に人が見当たらないんです、何か原因を知りませんか?」

 男は紗雪を一瞥して眉を顰める。

「…………なるほどな。まだ覚醒前ということか。――いいだろう」

 

「―――――――――魔術兵装―――――――――」

 

 その、明らかに異質な言葉は、空気中の何かを振るわせた。

 そして、男の手の下には漫画やゲームで登場するような光輝く刃が握られていた。

「――――っ!」

 それは、あかさまに凶器であるモノ。人の命を容易く奪い取るであろう、武器。

 見るやいなや後ろに後ずさる紗雪。

 だが、目の前の男はそれを紗雪へと向けていた。

「聞け、少女よ」

 しかし、いきなり切りかかるなどという真似はせず、その体勢のまま男は紗雪へと言い放つ。

「ここは、お前の知っている世界とは似て非なる空間、概念魔術空間と呼ばれるものだ」

「概念魔術……空間?」

 聞きなれぬ単語に思わず聞き返してしまう紗雪。 

「そうだ。そしてにわかには信じがたいだろうがこの世界には魔法というものが存在する」

 その答えとして男は魔法、という言葉を口にするが紗雪はその語りの真剣さ、言葉の重みに何か聞かなくてはならないと感じていた。

「…………それで?」

「その魔法で形成された空間がここだ。本当は結界で覆ったと言った方が正しいのだがな」

 男の言葉は区切りを入れ、続く。

「で、その空間にはその魔法を使うことができる特異な者だけが存在することができる」

「――――私はそんな奇怪な能力は持ち合わせていない」

 現在この周辺を覆っている概念魔術空間の詳細を聞き、紗雪は反論をする。

「今は、な。だが、お前にはその能力がある」

 おそらく予想していたであろう、その紗雪の答えに男は少し笑みを浮かべる。

「お前は過去に“発掘された超金属”と呼ばれる宝石の形状をしたものを拾ったことがあるだろう」

「――――っ!」

 そう言われて思い出す。そういえば確かに小さいころ零二に渡そうと思って、小さな宝石を拾ったことがあった。

 しかし、それはいつのまにか消えていたため、どこかに落としていたものだと思っていた。

「それが、俺達の生命力の根源となるものだ。俺達は“発掘された超金属”によって不死の存在へとなった」

「不死の存在……?」

「そう。俺達はいかなる科学兵器によっても殺すことのできない存在なんだ」

 男の言葉はいつしか楽しそうなものへと変わっていた。

「死ぬことがないなんて、有り得ない」

「別に死ぬことが無い、とは言っていないさ」

 今度は男の言葉に紗雪が眉を顰めた。

「科学兵器では殺すことができないのでしょう?」

「ああ、そうさ。だがな魔術兵器でなら殺すことができる。魔術兵器で相手の兵器を壊せば“発掘された超金属”による生命力の供給を失い、消滅する」

 笑みを浮かべながら、男は手に持つ剣へと視線を向け、そして心底愉しげに言葉を続ける。

「そして。――――魔術兵器を使う者同士、“召喚せし者”が互いに出会った時には命を賭して殺し合いをするんだ」

「―――――――っつ!!」

 背筋が凍るようなその冷たい言葉は戦闘経験の無い紗雪でさえ、即座に身構えさせた。

「さぁ、これでわかっただろう。俺達が今すべきことが。ならば唱えろ、“魔術兵装”と!」

 男はいわゆる戦闘狂と呼ばれるものだった。

 戦うことに快楽を覚え、自分を認識する。

 そんな戦いがもう少しで出来ると考えると、興奮してきた。

「――――二つだけ、聞きたいことがある」

「…………何だ?」

 飲み込みの早い紗雪は男の説明で大方の事情を察し、そしてそれが嘘ではないだろうと考えていた。

 しかし、それを踏まえた上でどうしても聞きたいことがあった

「その“召喚せし者”が戦う理由は?」

「護りたいモノを護る為だ」

「あなたは一体――――」

「――――臼沢翔。お前を殺すものだ」

 二人のやり取りは自然に、緊張など無く行われた。

「そう」

 紗雪はその答えに満足したかのようにそれだけを呟く。

 

「―――――――――魔術兵装―――――――――っつ!」

 

 そして力強く確かな自信を持って、そう唱えた。

 瞬間、紗雪の手には白と黒で彩られた二つの拳銃が握られる。

「それじゃあ、始めましょう。私とあなたの殺し合いを」

 

              ◇

 

 紗雪は宣言の直後、銃を交差させ弾を走らせる。

 初めての戦いであるにも関わらず流れるような動作で、その行動をやってのける。

 それもそのはず。紗雪はこの二丁拳銃のことを熟知していた。

(頭の中にもう一つ考えが増えたような感覚。私はもうこの武器のことの総てを知っている)

 白と黒の魔力を帯びた弾丸は翔へと襲い掛かる。

 だが、翔は剣を一振り。たったそれだけで、弾を文字通り切り捨てる。

 それは、現実にはとても有り得ないことだ。だが、これは“召喚せし者”同士の戦い。常識などというものでは到底はかることのできない戦いだった。

 怯むことなく銃撃を続ける紗雪。

 しかし、翔はそれを難なく切り捨てる。

 右に、左に次々と降り注ぐ攻撃は翔の目にはしっかりと映っていた。

「どうした? その程度か」

 打ち続けること数分。しかし、紗雪は攻撃をかすらせることも出来ずにいた。

「少し策を講じていただけ。これからが本当の戦い」

「ほう、そいつはまた楽しみだな」

 短くやりとりをして再び攻撃に移る紗雪。

 しかし、その表情にはどこか焦りが表れていた。

(攻撃が通らないなら、どこか隙を作って一撃で持っていくしかない。だったら――!)

 それは戦闘経験の少ない紗雪にとって必死に考えた策。

 その策を実行しようと、銃を振り上げたその時。翔は、魔力の集中を終了させていた。

「しまっ――――」

「――――――抉り抜く光の刃!」

 ――――――――――――――――抉り抜く光の刃――――――――――――――――。

 それはかつて九つあったとされる世界への転移魔術。

 一部の空間における平行世界への移動を自在に行い、閉ざす魔術。

 本来ならば自身の制御によって、あらゆる厄災から身を護るために創られた防衛魔術。

 しかし、それは戦闘狂である翔にとってみれば攻撃魔術として使わないのは全く持っておかしな話だった。

 翔の魔術を受けて、空間が歪みとともに転移する。

 紗雪はそれを転移する直前に肌で感じ取っていた。

 やがて空間が転移し、新たな空間が形成される。

 そこには当然のごとく紗雪はいなかった。

「ふん、他愛の無い……」

 その状況を見て、翔は油断をする。

 それが、彼の命取りとなった

「――――――福音の魔弾っ!!!」

「なっ―――!」 

 翔の背後で銃へと魔力を集中させ、瞬時に解き放つ。

 その弾道は綺麗な曲線を描き、無防備な翔へと疾走する。

 しかし。

 いかな無防備な状態であるとはいえど、多くの修羅場を切り抜けてきた翔にはやはりこれの起動も見えていた。

 即座に右に回避をすることでどうにか攻撃を回避する。

 だが、白と黒の弾丸は大きく動きを変える。

 それもそのはず。この二つの弾丸は対象者の音を追跡する魔術。

 いくら避けてもそれは到底意味の無いものだった。

 それを悟った翔はその攻撃を受け入れ、正面からまともに食らった。

 

 

                   ◇

 

「はっ……、まさかこんな子供に負けるとは思いもしなかったな……」

「…………」

 消えいく翔に紗雪は無言で返す。

「さて、これで“召喚せし者”の戦いがどんなものかわかっただろう……」

「私はこれからも戦う。私にだって護りたいものはある」

 それは一つの決意。大好きな兄が愛した、この島を守るという大きな決断。

「そうか。そいつはなによりだ。……じゃあこの戦いの敗因はお前の方が護りたいものに対する想いが強かった、というとこだな……」

 そうして、翔は苦笑を浮かべる。

「……こんな俺が言う言葉じゃないがその大切なもの何としてでも護りぬけ……。それが、お前の力だ……」

 最後に言葉を残して翔は消えた。

 と、辺りを囲んでいた異質な空気が元に戻る。

「言われなくても分かってる」

 消えていった翔にそう答える。

 自分の想いは大事な兄との繋がりだから。

 だから、私は戦う。

 善や悪などといった概念ではなく、ただ大切なものを護るために……――。

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