真・恋姫無双 EP.101 光明編(3) |
崩落に注意をしながら、土砂をどかして穴を大きくすることになった。
「日暮れまでには、何とせねばのう」
「そうですね。璃々ちゃんの体調を考えたら、あまり時間は掛けられません」
美羽たちの話によれば、ずいぶんと衰弱しているようだ。何度か声を掛けたが、璃々には返事をする気力もないようで、わずかに反応を示すばかりである。
「中からも掘った方が早いのではないか? 妾たちも手伝うぞ」
美羽がそう提案してきたが、風は断った。
「万が一の事もあるので、そちらは何もしないでください。出来れば、少し入り口から離れていた方が安全かも知れません」
「わかったのじゃ」
祭が大きな岩を動かし、稟が大きめの石をどかしてゆく。風と小蓮は土砂を布袋に詰めて、穴を広げていった。日が傾いて、周囲が赤く染まり始めた頃、ようやく子供が通れるほどの穴に広げることが出来たのである。
「念のため、風が宝ャを使って中の様子を見てきます。安全そうなら、美羽様たちを外に出しましょう」
「わかった」
承諾を得て、風は意識を集中する。すぐに頭の上の宝ャがピコピコと動き始めた。そして広げた穴から、美羽たちの居る中に入って行ったのである。
中は真っ暗で何も見えない。宝ャを通して見ているとはいえ、その視力は普通の人と変わらない。人形の目が慣れるというのも妙だったが、あくまでも見ているのは風の目だ。慣れるのにしばらく待ち、やがて確認するように周囲の岩肌を見回した。
差し込む光でぼんやりと見えるだけだったが、何とか穴周辺の確認をすることが出来た。
(少し崩れやすそうですね。傾いた岩が気になります)
だが、あの大きな岩を動かすにはかなりの時間を要する。不安は残るが、子供はわずか三人だ。慎重に行えば、問題ないだろうと判断した。
一度、宝ャを戻した風は祭に伝える。
「子供たちを外に出します」
「問題なさそうか?」
「不安はありますが、慎重にすれば大丈夫でしょう。一応、宝ャで岩を支えておきます」
「よし」
風は再び宝ャを操って、穴の中に入った。そして奥で待機している美羽たちを呼んでくる。
「もう、いいのかえ?」
「出られるのかにゃ?」
声を出せない宝ャは、肯定するように大きく頷いた。美羽と美以は璃々を抱えるようにして、再び穴の近くに移動する。
「聞こえますか? それじゃ、順番に一人ずつ、ゆっくりと出てきてください」
稟が外から声を掛け、まず、動けない璃々を先に出すことになった。とはえい穴は小さく、祭や稟では体を入れることすら出来ない。そこで小蓮が半身を穴の中に入れ、璃々の体を引っ張り出すことにした。
「よし、いくよ!」
横になった璃々の腕を掴み、上半身を穴に入れた小蓮がゆっくりと引っ張って行く。中では宝ャが、璃々の足を掴んでゆっくりと押していた。
「もうちょっと……よし!」
体が周囲の壁にぶつからないようにしながら、小蓮は無事に璃々を助け出すことが出来た。
璃々を安全なところまで運び、続いて美以が出て来ることになった。
「いくにゃ」
美羽がそう言って、出ようと穴に近づいた時だ。傾いていた大きな岩が、滑るように横に動いたのである。その衝撃でかろうじて支えていた部分が折れ、岩がまだ穴の中にいる二人の少女の上に倒れて来たのだ。
「おわっ!」
「にゃっ!」
思わず頭を抱えてしゃがみこんだ美羽と美以は、悲鳴を上げて目を閉じた。だが、倒れて来たはずの岩が二人の頭上にやってくる気配はない。恐る恐る目を開けると、目前で岩は停止していた。
「何が起きたのじゃ?」
美羽が確認するように見ると、岩の下の方で宝ャが倒れそうな岩を支えていたのである。
「風!」
驚いた美羽が宝ャに近づこうとした時、穴の外から声が掛けられた。
「二人とも早く!」
「そうにゃ! 美羽、行くのにゃ!」
「……わかったのじゃ」
支える宝ャを美羽が見守る中、美以が穴から出るため横になる。
「宝ャ、がんばるのじゃ。妾もすぐに出るからの」
小さな体でピクピク震えながら、宝ャが大きな岩を支える姿を、美羽は懸命に励ますように声を掛けた。宝ャは話せなかったが、その声はしっかり風に届いていた。
「よし、最後は袁術じゃ!」
「うむ。では、行くからの」
祭の声に応え、名残惜しそうに宝ャを見ながら、美羽は穴に身を差し入れた。
岩が崩れそうな瞬間、風は宝ャを使ってそれを支えた。
(くっ……さすがに辛いですね)
通常よりは力を出せるとはいえ、岩を支えるのはかなりの負担になる。それだけ意識を集中し、精神を消耗するのだ。
(ですが、力を緩めるわけにはいきません)
これまでの疲労もあり、風自身の限界も近い。だが手を抜く訳にはいかなかった。
(せっかく生きて再会出来た美羽様を、こんなところで失うわけにはいきません。必ず、無事に連れて帰ります)
強い想いがある。風にも、少し不思議な気分だった。
そもそも、最初は北郷一刀の援護のために行った行動だったのだ。袁術に近づいたのも、打算的だった。だが一緒に過ごし、話をするうちに気持ちが変わっていったのである。
(守ってあげなければいけないという、妙な義務感が生まれました。彼女自身の性格もあるのでしょうが、その素直さと周囲の環境を考えた時、そばに居てあげたいという気持ちが芽生えたのです)
美羽の笑顔を守りたい。風はそう、強く思った。だから、自分がどうなろうとも美羽を助ける。
風の額に、汗が滲んだ。
「風、大丈夫ですか?」
稟が心配そうに声を掛けてくる。それに無言で頷いて、風は微笑んで見せた。
「妾は、鳥になりたかった」
「どうしてですか?」
「鳥になれば、自由に空を飛べるのじゃ。どこにでも、好きな場所にいけるではないか」
「でも美羽様、自由な鳥には鳥なりの、不自由があるものです」
「自由なのに、不自由なのかえ?」
「みんな何かに縛られ、生きているのですよ」
「風もかえ? 風は何に縛られておるのじゃ?」
「風はですね……」
あの時、何と答えたのだろうか。遠のく意識で、思い出そうとする。けれど、思い出せない。
「風! 風!」
「しっかりするのじゃ!」
稟と美羽の声が聞こえる。ぼんやりとする視界に、二人の顔が見える気がした。
(大丈夫ですよ、美羽様。稟ちゃん……)
光が、降り注ぐ。風は最後に微笑んで、意識を失った。