反英雄の東方日記-幻想世界- 2 |
上白沢慧音視点
里の人から「近くに知らない人が倒れてます!」と言われ、彼を発見したのは今から三日前の出来事だった。
別段驚きもしなかった。
この幻想郷では外来人が流れてくるなんて日常茶飯事だからだ。
けれど、一目見た途端その考えを完璧に打ち崩された。
見た目はどう見ても人間の少年なのに、まるで古くからいる妖怪かと間違える程に濃い、ただし少ない魔力。
永く生きてきた私にさえ恐れを抱かせるオーラを放つ腰の剣。
居るだけで発生する重圧。
異能を持たない一般人だから気付かない異様さ。
もしここに博麗の巫女なんていたら退治は免れないであろう人物だ。
意識を失っていたのは幸いだったのかもしれない。
こんな明らかな危険物、力なき人々の集う里に置けるわけがない。
私は危険性を説明しようとした。
が、普通の人間には気付かないのを思い出し、結局私の家で監視することとなった。
だが今日。
いつまで経っても目覚めない様子に痺れを切らした(どうにも里の人間に危害が及ぶかも…と思うと私は冷静ではいられないようだ)私は彼の歴史を覗いてみることにした。
ここ幻想郷では、力の強い人間や妖怪、妖精などは特殊な能力を得ることがある。
私もその一人で、歴史を食べる程度の能力を持つ。
文字通りの能力だ。
これのちょっとした応用で、他人の歴史を覗きみることが出来る。
当然個人の記憶とも呼べるものを覗くのはいけないことだし、そもそも歴史になる程のことを成していないと何も見えないなどの問題点も多いが、その時の私はそんなの頭になかった。
こんな魔力を持つ妖怪(恐らく)なら無名なはずがないと思い込んでしまっていたのだ。
布団で横になりピクリとも動かない彼の額に触れ、覗いた。
見えたのは大規模の火事。
次に誰かの笑顔、そしてレーザーにそっくりの極光。
現実に戻った時、全身にびっしょりと汗をかいていた。
たったあれだけでも、込められた気迫がわかる。
人生をかけて成したと容易に想像出来た。
やはり人の歴史など覗くものではないな、と反省し手を放す。
そこで。
パチリ。
彼の瞳が開いた。
…非常に気まずい。
私のしたことは何一つ気付かれていないのに、なんだろうこの気持ち。
いうなれば…地雷を踏んだ感じに似ている。踏んだことないが。
彼は精気の宿ってない死んだ目を数回瞬きすると、急に立ち上がり抜刀の体勢をとった。
しかし事前に剣は取り上げてあったので殺傷沙汰は未然に防げた。
この様子だと相当警戒心が強いな…。
困ったものだ。
「えー…その…なんだ。今自分の置かれている状況を理解出来るか?」
「剣は何処だ。早急な返還を要求する。」
いきなりそれか!
もう少し状況の把握に努めろよ!
なんて内心では言うが、正直覚醒から反撃までの速さに体が強ばってしまった。
恐ろしい。
「返してもいいが、人を傷つけないことと、事情を話すことを約束しろ。」
「了承した。」
どこぞの半人前でもあるまいし、切ってからどうとかを癖にしてるような奴は危なくて仕方ない。
返すのも嫌々なんだよなぁ…。
それでも約束は守る。
隣の部屋から即席の鞘に収めた剣を持ってきて手渡した。
彼は刀身や柄が無事か確かめてから、あぐらをかいた自分の左に置いた。
ここでも抜刀準備か。なんだこいつ。
「じゃあ話せ。約束は約束だ。」
「いいだろう。
と言っても俺から話せることは少ない。」
は?
「記憶が漠然としか思い出せない。
覚えていることは名前と剣、そして一部の風景と誰かの声のみだ。」
「じゃあそれだけでもいい。」
本当に困った。
外来人にはさして珍しくもない記憶の混濁や喪失だが、こいつは見た歴史から言ってヤバイ。
単純な危険度なら中級妖怪にも勝る。
最悪手懐けておきたいが、こいつの性格がまともなのを祈ろう。
「名は葉月紫苑。人間だ。
確かずっと戦い続けてきたと思う。
この剣は俺が作ったもので、なによりも信頼出来る逸品だ。」
「終わりか?」
「終わりだ。記憶など言う必要あるまい。」
「そうか。その通りだ。
ところで…じゃないな。お前はこの世界を知らないんだろうな?」
記憶に問題があるなら忘れた可能性もあるし、というか幻想郷でこんな人間を私は知らない。故にそう判断した。
「ああ。そもそも世界の名前も覚えていない。」
「なら説明しておく義務がある。よく聞けよ。
ここは幻想郷。妖怪と人間が共存する、妖怪にとっての最後の地だ。
結界で外界と遮断され、忘れられた者が送られてくる。
決められたルールと身の安全を守れる力があるならば自由が約束されるが…、
ここでお前に質問だ。
これからどうする?」
選択肢は豊富だ。
どこかの勢力で雇ってもらってもいいし、この人里で生活してもいい。
一人で生きるのも可能だろうし、潔く死んでもいい。
しかし外来人は間違いなく人里で暮らす。
外の世界は平和だと聞く。その平和から離れたくないのだろうな。
こいつもそう答えると思っていたのだが…。
「腕試しに各地を回ろう。
いずれはここに腰を下ろすやもしれないが、暫くは寄らん。」
こう答えた。
止める理由もない。
「私からはなにも言わない。
所詮個人の人生だ。個人に選択の権利がある。」
彼は、その数分後、本当に里を出ていった。
異変の引き金にはなるなよ。
折角助かった命を奪いたくはない。
まあ今の行動も自殺とあまり変わらないんだが。
嵐のように来た少年は、嵐のように去っていった。
しかし再会の日は、そう遠くなかったようだ。
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