BIO HAZARDirregular SWORD REQUIEM第四章
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 夜の帳が下りてき始めた街の一角で、ゴトリと鈍い音を立てて一つのマンホールのフタが開かれる。

 そこからクーガーDを左右へと向けながら、一人の少年が出て来た。

 周囲にゾンビがいないのを充分に確かめると、少年はマンホールの中へと声を掛けた。そこから次にメガネを架けた少女が、最後に肩からスリングでモスバーグを吊るした少年が出て来る。

 全員が出て来て一番最初にしたのは、肺に残っていた下水の空気を全部吐き出す事だった。

 下水の臭気が混じった空気を残らず吐き出すと、レンは周囲を見回して顔をしかめた。

 

「まずいな」

「何がだよ」

「もうじき日が暮れる」

「それがどうした?」

「夜間射撃に自信は有るか?」

 

 言われたスミスが言葉に詰まる。

 軍隊でもない限り、普通夜間射撃訓練なぞ行わない。ましてや民間人ではなお更だった。

 

「街灯を頼りに大体の見当を付けて散弾撃ち込めば………」

「生存者と間違えたらどうする。それに予測で撃てる程弾丸の余裕は在るのか?」

 

 スミスがポケットから残っている弾丸を全て出して数え始め、改めてその少なさに絶句した。

 

「散弾が込めてるのも含めて12発、マグナムが23発………」

「オレはあと30発ってとこだ」

 

 レンとスミスが無言でお互いを凝視した。二人の顔を交互に見たミリィが不安げな声で聞いてくる。

 

「それって…………」

「どう考えても足らないだろうな」

 

 レンのいともあっさりとした返答にミリィが息を飲んだ。

 

「それじゃあ……」

「いや、ここからだったらオレん家まですぐそこだ。店に有るのをかっぱらってこよう」

 

 ミリィの不安げな声をスミスが打ち消すが、そのスミスの声も何処か不安げな色を含んでいた。

 

「親父、生きてるかな…………」

「そう簡単に死ぬ人じゃないとは思うがな」

「もしゾンビになっていたら………」

「その時はお前の手を煩わせたりしないさ」

 

 そう言いながらレンが腰の刀を鳴らす。それを見て何かを言おうとしたスミスの視界の隅に、街灯に映し出された長い人影が写った。

 

「誰だ!」

 

 レッドホークをそちらに向けながらのスミスの声に人影は答えず、ゆっくりとこちらへと近付いて来た。しかも徐々にその数は増えていく。

 もはやその人影がゾンビで有る事が疑い様も無くなる頃には、道路のあちこちからゾンビ達がこちらへと姿を見せ始めた。

 

「言ってる傍からこれか!」

「走るぞ!」

 

 レッドホークとクーガーDを乱射しながら三人はその場から逃げ出した。

 

 

 カチン。

「チッ!」

 

 後退したまま止まったスライドがクーガーDの最後の弾丸が尽きた事を知らせる。

 レンは右手にいたゾンビを斬り捨てながらそちらへ刃を向けようとするが、もはや刀で斬るには近過ぎる距離にまでそのゾンビは迫っていた。

 とっさにレンは持っていたクーガーDを上へと放り投げると、力強く握った拳をそのゾンビの顔面へと叩き付けた。

 金属粉入りのグローブから鼻骨のひしゃげる感触が伝わり、僅かにゾンビが後ろに下がる。

 その隙を逃さず、レンは相手の首へと水平に刃を突き刺し、そのまま横へと薙いだ。

 ゆっくりと倒れていくゾンビを見ながら、回転しながら落ちてきたクーガーDを器用に受け止める。

 

「クイックドロウなんて何時覚えたんだ?」

 

 そちら側から迫って来ていたゾンビの相手をしていたはずのスミスが何時の間にかこちらを見ていた。

 どうやら今のが最後の一体だったらしい。

 

「ミカエルフェスティバルのパーティの隠し芸に使おうと思って覚えたんだがな、無駄になった」

「転校してきた時みたいにイアイヌキでもやってみせればいいんじゃないか?」

「あの後しばらくあちこちのパーティで余興として呼ばれまくったからな。またピエロになるのはゴメンだ」

「みんなして、面白がってたものね」

 

 レンは苦笑しながら受け止めたクーガーDのスライドを戻すと、ホルスターへと戻し、刀を一振りして同じく鞘へと収めた。

 

「こんなに苦労して家に帰ったのは小学校の時に駄々こねて親父にRマートに置き去りにされて以来だ」

 

 妙に疲れた声を出しながら、スミスがすぐ傍に有った自分の家の玄関へと向かう。

 玄関のドアを開けようとしてカギが掛かっているのに気付くと、ポケットをまさぐってカギを探すが、幾つかのポケットを探した後、不意に硬直した。

 

「やべえ………」

「どうした?」

「カギお前ん家に忘れてきた………」

 

 それを聞いたレンとミリィが深い溜息を漏らす。

 

「大声で親父に開けてもらえば何とか……」

「その声聞いてまたゾンビ連中が集まってきたらどうする」

 

 レンの指摘にスミスの顔がまた硬直する。

 どうするべきかを必死に考えるが、いいアイデアが浮かばないでいると、ふとミリィが玄関へと近寄った。

 

「ちょっと見せて」

「何する気だ?」

 

 スミスに代わってミリィが玄関のドアへと近寄るとライトで鍵穴を覗き込んだ。

 

「ここがこうなって、そっちがこうなっているんだから、あそこをこうかしら?」

 

 持ってきたアウトドアグッズの中から取り出した工具でミリィがしばらく鍵穴をいじると、カチリと音を立ててカギが開く。

 

「開いたわよ」

「………妙な特技持ってる優等生だな」

「確かに」

「こういうのは仕組みさえ解れば何とかなるんだけど」

 

 変な所を感心している二人に多少困惑した視線を向けながら、ミリィはドアを開けて中に一歩踏み込んだ。

 途端、その鼻先に銃口が突き付けられる。

 

「誰だ」

「あ、あの、あたしは…」

 

 レミントンM1100―Pショットガンの銃口を突き付けながら誰何する中年男性にミリィがしどろもどろになっていると、その脇からスミスがその男性へと近付き声を掛ける。

 

「ただいま親父」

「スミス生きてたのか!」

「店長も無事みたいで」

「レンも一緒か!」

 

 目の前の少女が息子達の知り合いらしい事を察した男性、ケンド銃砲店店長ロバート・ケンドは向けていた銃口を降ろした。

 

「取り合えずとっとと中に入りな。ゾンビが入って来ちまう」

「お邪魔いたします」

 

 銃口を降ろされてほっと一息ついたミリィが中に入った後、レンがドアを閉めて元通りにカギを閉めた。

 

「取り合えず何をしてきたのか知らんがシャワーを浴びろ、臭うぞ」

「下水の中を通って来たものでしてね」

 

 レンが苦笑して自分の状態を見る。

 三人共体からは異臭がしたが、特に下水内で転倒したレンは全身から異様な臭いが漂っていた。

 

「話はその後だ」

 

 

 ノズルから噴き出してくる熱い液体を頭から被りながら、レンは今まで有った事をぼんやりと思い出していた。

 街中を覆い尽くしたゾンビ、全滅していく警官隊、生き残る為の戦いの決意、初めて自分の意志で元とはいえ人間を斬った事、目の前で死んでいった警官や狂気に陥っていた女性、未熟ながらも使わざるを得なかった剣技、ロッカーで震えていたミリィを助け出した事、奇怪な変化を遂げたゾンビとはまた違う変異体、未熟さ故に招いた負傷、下水の中での無様な戦い……………

 体を洗う事も忘れ、レンは排水溝へと流れていくお湯を眺める。

 

(光背一刀流の剣は猛々しき激流にして、明鏡なる止水)

 

 剣術を習う時、一番最初に教えられた言葉をレンは思い出していた。

 

(激流にして止水、か…………だとしたら、オレの剣はせいぜいこのシャワー位の物でしかないのか?)

 

 自分の戦い様と師匠である伯父や光背一刀流正統後継者の従兄の剣を脳裏で比べれば、その差は雲泥と言っても過言ではなかった。

 

(もっとオレに力が有れば、あるいは…………)

 

 濡らさないように気をつけながら、左腕に巻かれた体液の滲み出してきている包帯を見る。それこそが、自分の未熟さの現れその物のような気がしていた。

 

「着替えここに置いておくね」

「……ああ」

 

 ガラス越しに響いてきたミリィの声に、レンは我に返る。

 

「お〜い、まだか?早くしてくれ〜」

 

 順番的に最後になったスミスが情けない声でぼやいてくる。

 

「もう少し待ってろ。今出る」

 

 レンは思考を止めると、スポンジとボディソープを手にした。

 

(今はただ、生き残る事を考えよう)

 

 体を洗いながら、レンは自らにそう言い聞かせた。

 

 

「で、話を聞こうか」

 

 全員がシャワーを浴びて着替えた所で、ロバートは居間に全員を集めた。

 外からでは分からなかったが、よく見ると家の窓という窓が全て家具や板で塞がれていた。 

 ソファーすら使っている為、居間の床にロバートが直に腰掛けると、他の三人もそれに習った。

 

「まず、この子は誰だ?」

「クラスメートのミリア・マクセル。隠れて震えていたとこを見つけてここまで連れて来た」

「ミリィです、初めまして」

 

 レンの説明の後にミリィが挨拶をしながら頭を下げる。

 

「スミスの父親のロバートだ。ま、よろしく」

 

 短く自己紹介をしながらロバートが差し出した手をミリィが一応握り返し、短い握手をするとその手を離した。

 

「街の様子はどうだ?」

「どうもこうもねえよ、街中化け物だらけだ。ゾンビだけじゃねえ、ゾンビ犬だの狂暴なカラスだのカメレオン男だの大蜘蛛だのホラー映画顔負けの状態だよ」

 

 スミスの返答にロバートが難しい顔をしながら唸る。

 

「何とかここまで生きて辿り着いたんですけど、もう弾丸が無いらしくて、出来れば譲っていただきたいんですけど」

「いいだろ、親父。弾なんて売る位あるんだからよ」

 

 軽く言ってのける息子に一瞥をくれながら、ロバートはポケットからキーホルダーを取り出して投げた。

 

「そんなチャチな銃よりもいいのが倉庫に幾つか有る。好きなの持ってきな。代金は後払いにしといてやるよ」

「ありがとうございます」

「すみません」

「ありがとよ、親父」

「お前のは小遣いから差っ引く」

「そりゃ無いぜ親父ぃ?………」

 

 スミスの悲哀が空しく部屋に響いた。

 

 

 幾つものカギが掛かった厳重な扉を開け、レン、スミス、ミリィの三人は倉庫の中へと入った。

 

「こいつだこいつ」

 

 スミスが一つのライフルケースを手に取りそれを開ける。中には一丁のスナイパーライフルが入っていた。

 

「ルガーM77マークU?どっからこんなのを?」

「親父がSTARSの人に頼まれてカスタムした奴の一つさ。他にも有ったんだが後はほとんど納入しちまって遅れたこいつが残った」

 

 驚くレンに説明しながらスミスが真剣な表情で照準を覗き込む。

 本来ならば長距離用にスコープが付いているはずの場所には代わりに短・中距離用のレーザーポインター付きのダットサイトが取りつけられ、装弾数増量の為のマガジンが伸びていた。

 

「レン、そこの棚から弾取ってくれ」

 

 スミスの指差した方向に有った弾丸ケースを手に取ったレンが、その箱に書かれた表示を見て目を丸くした。

 

「徹甲焼夷弾!?どっからこんな物騒な代物を…………」

「オレが知るか、親父に聞け。STARSの人達も何考えてこんなモン頼んだんだか」

 

 スミスが呆れたような声を出しながら、M77マークUの隣に置いてあったガンケースをレンへと手渡した。

 

「こいつは?」

「同じくSTARSの人達からの注文さ」

 

 レンが手渡されたガンケースを開けると、そこにはグリップに星を意匠化したマークの入った銃が収められていた。

 

「ベレッタM92Fカスタム“サムライエッジ”。オレの伯父さんが持てる限りの技術をぶち込んで改造した傑作だよ。人数分作ったらしいんだが、何でか一丁余った」

 

 レンはサムライエッジをケースから取り出し、手に取ると構えてみる。

 微妙な握り具合を確かめると、装弾しない状態でスライドを後退、スライドストップを下げて元へと戻すとトリガーを引く。

 チン、と澄んだ音を立ててハンマーが落ちると、レンは顔に笑みを浮かべた。

 

「いい銃だ」

 

 そのままガンケースに入っていた弾丸を込めようとケースを手に取り、それが普通の物より重いのに気付くと顔をしかめた。

 

「まさかホットロード(炸薬増量薬莢)か?」

「そのまさかだよ。ほんとに何考えて…」

 

 そこでふと何かを思い出したスミスの手が止まった。

 

「思い出した。親父がSTARSの一人と友人なんだが、その人がこれらの注文しに来た時に何に使うんだって親父が聞いたら、その人こう言ったんだ。“ゾンビ退治に行く”って」

 

 それを聞いたレンの手も止まる。そのままあごに手を当てた状態でしばらく思案する。

 

「そういえば、家にもSTARSの隊員だ、って人がナイフを買いに来てたな。やはり警察は何か知っていたのか?」

「いや、だとしたらもっと凄い量の注文が来てもおかしくないが、少なくても他にこんな物騒な物の注文は受けてない。それに分かってたならその前に市民を脱出させるモンじゃないのか?」

「こう考えたらどうだ。警察の極一部、署長やSTARSといった本当に一握りの者だけが知っていたとしたら?」

「それこそおかしいぞ。だったら市民の絶対保護を目的にしているSTARSが黙っている訳がないじゃないか」

 

 二人ともそのまましばらく考えこむが、やがてスミスが降参したように両手を上げた。

 

「止めた。オレみたいなのがどんなに考えたって分かる訳が無え。こういうのはそれこそミリィみたいな頭脳明晰な優等生が…」

 

 そう言いながらミリィの方へと視線を写したスミスの目に、妙に真剣な表情でそこいら辺にある銃に適当な弾を込めようとしているミリィの姿が入ってきた。

 

「ミリィ、何やってんだ?」

「え、ああ。あたし銃の事なんてよく知らないから、どうやったらいいか分かんなくて」

 

 レンが近寄って見ると、彼女は一生懸命マグナムに9mmパラベラム弾を込めようとしていた。

 

「………そいつは口径が違う。こっちを使え」

 

 レンはホルスターからクーガーDを抜いてミリィへと手渡す。ミリィは驚いた顔でそれを受け取った。

 

「いいの?これってレンの愛用のじゃ?」

「オレはこっちを使うからいい」

 

 レンは手にしたサムライエッジを見せると、装弾の終わったそれをホルスターへと収めた。

 

「ありがとう」

 

 礼を言いながらミリィはクーガーDを受け取る。そしてそれに弾を込めようとあちこちをいじくり始めた。

 

「グリップの所にあるボタンを押せ。それでマガジンが出てくる。後はそれに弾を込めてスライドを引けばいい。ダブルアクションのみだからそれでトリガーさえ引けば弾が出るようになる」

「あ、ありがとう」

 

 少し照れながらミリィは言われた通りにして弾を込め始めた。

 それを横目で見ながら、スミスはわざと大きな声を出した。

 

「なぁレン。ダブルオーバック(散弾の中で最も粒が大きい弾丸)とスラッグ弾(ショットガン用の単発弾頭)、どっちをモスバーグに込めりゃいいと思う?」

「両方交互に詰めとけ。間違ってもそれで生きている人間撃つなよ」

 

 益々過激になっていく装備を見ながら、レンは呆れたような声を出した。

 

 

 装備を整えた三人は、これからの事を話し合う為に再び居間へと集まった。

 

「で、これからどうすんだ?」

「出来ればすぐにでもこの街から脱出したいとこだが、ここから先は街灯も少なくなってくる。夜ではゾンビの姿も見つけにくくなるし、疲労も溜まっているから出来れば朝を待ちたい所だが………」

 

 そう言いながらレンはロバートの方を見た。

 何が言いたいかを理解したロバートはフンと鼻を鳴らしながらぶっきらぼうに言った。

 

「分かったよ。それじゃあみんな泊まってけ。たいしたもてなしも出来ねえがな」

「ありがとうございます」

「重ね重ねすみません」

「いいって事よ。こんな状態じゃあしかたあんめえ」

「よ、親父太っ腹だな」

「お前は客の為に寝ないで見張りしろ」

 

 笑いながら自分の背中を叩く息子に白い目を向けながらロバートは冷たく言い放った。

 

「そりゃ無いだろ親父ぃ…………」

 

 スミスは半泣きになって抗議した。

 

 

 結局、ミリィを除いた三人で一人づつ交替しながら二人一組で見張りをする事になり、後番になったレンはベッドルームでミリィに傷の手当てを受けていた。

 滲み出した体液が染み込んだ包帯を慎重にミリィは解いていく。ハーブの鎮痛効果が効いているのかあまり痛みは感じないが、体液で張り付いた包帯を剥がすとさすがに痛む。

 

「大丈夫?」

「ああ、何とかな」

 

 レンが顔をしかめているのを見たミリィが心配そうに声を掛けるが、レンは無愛想に答える。

 傷口からにじみ出ている体液を丁寧に拭き取り、救急スプレーで消毒を施した後に来る途中で見つけたグリーンハーブと鎮痛効果を高める効果のあるレッドハーブを混ぜ合わせた物を傷口へと貼り付け、新しい包帯を巻いていく。

 

「終わったわよ」

「済まないな」

 

 手当ての終わった左腕を具合を確かめると、レンは傍に置いてあった備前長船を抜いてその刀身に損傷が無いかを確かめ、台所から拝借してきた包丁用の砥石を軽く架ける。

 それを見ながら、ベッドまでも窓を塞ぐ為に使っている為、毛布に包まりながらミリィは床へと直に寝転んだ。

 

「ねえレン」

「なんだ」

「あたしのパパとママはどうなったかな………」

「…………奇病の感染者はそのほとんどが病院にいた。病院にいた君の両親はおそらくもう………」

「そう…………」

 

 なるべく意識して感情を込めないように言うレンに、ミリィは短く答える。

 その事は何よりも彼女が一番よく分かっているはずだったが、それでも認めたくはなかったのだろう。

 

「あのね、レン」

「ん?」

「あたしね、小さい頃からパパみたいなお医者さんになりたかったの」

 

 寝返りをうってレンへと背中を向けながら、ミリィは小さな声で喋り始める。

 

「それで、何時の日か家族三人で、どこか山間の小さな村で小さな病院を開きながら静かに生活するのが夢だったの。それもいいな、ってパパもママも言ってくれてたから、小さい頃から医者になる為に一生懸命勉強してきたわ。だけど………」

 

 小さく鼻をすする音が聞こえ、少し涙声になりながらもミリィは続けた。

 

「あたしの覚えた事なんて何の役にも立たなかった。パパとママを助ける事も出来なければ、レンやスミスの足手まといになってばっかだし、それに………」

 

 そこで涙声はすすり泣きへと変わる。それを聞きながらレンは研ぎ終えた刀を鞘へと収め、毛布に包まりながら床へと寝転んだ。

 

「後悔してるのはオレだって同じだ」

「!」

 

 レンの意外な告白にすすり泣きが微かに止む。

 

「母さんの実家は日本じゃ有名な陰陽師、こっちでいうとこのエクソシストの家系でな、オレの剣技、光背一刀流は本来その家に伝わる退魔用剣術なんだ。オレはその正当後継者の従兄が鉄骨を両断したり、ガラス瓶に入れた枝をガラス瓶を斬らずに枝だけ斬るのを見た事が在る」

「まるで手品ね」

 

 ミリィがくすりと笑うのを聞きながら、レンは更に続ける。

 

「だけど、それが出来るようになるまでそいつがどんなに厳しい修行を積んだかもオレは見た事が有った。オレには絶対無理だと思った。だから基本だけしか習わなかった。素質は有ったらしいんだがな」

 

 レンはそこで一息付く。

 

「後悔してるよ。何でオレはあの時ちゃんと修行を受けなかったのかって。もっとちゃんとした修行を受けてればこんな傷を負う事も無かったろうし、もっと大勢の人を助ける事も出来たかもしれない」

「レン………」

「だからオレは何が何でもこの街から生きて脱出する。そして日本に帰って修行してもっと強くなる。今考えているのはそれだけだ」

 

 言うだけ言うとレンはミリィに背を向けた。

 

「明日は日の出と同時に出発するぞ。早いとこ寝ておけ」

「レン」

「なんだ」

「ありがとう」

 

 それだけ言うと、ミリィは目を閉じた。

 レンの脳裏に、目の前で自殺した女性の事が思い浮かぶ。

 

(彼女だけは、なんとしても護ってみせる)

 

 隣から静かな寝息が聞こえて来たのを確認してから、レンは眠りに付いた。

 

 

 闇の中を、荒い呼吸をしながら走っていた。

 右手には抜き身の日本刀、左手には家から勝手に持ち出したベレッタM92FS、体には余った裾を捲り上げて強引に着込んだタクティカルスーツを着たレンは必死になってそれから逃げていた。

 振り返り様、ベレッタを乱射。

 放たれた弾丸は闇を貫き、そして消える。

 だが、追ってくる気配は一向に消えない。

 物陰に隠れ、なんとか呼吸を整えようとした時、突然周囲の闇が実体化してレンへと襲い掛かる。

 

「う、うわああぁぁ!」

 

 絶叫しながら、刀を無茶苦茶に振り回す。

 覚えた剣術も何も思い出せなくなっていた。

 が、闇は刃を掻い潜り、レンへと迫ってくる。

 そしてそれがレンを捉える瞬間、突然虚空から出現した別の刃が影を貫き、両断する。

 両断された闇は現れた時を逆戻しするように、虚空へと掻き消える。

 そして、そこには代わりに日本刀を持った一人の若者が立っていた。

 墨色に染め上げられ、胸に五芒星の紋の入った小袖袴を着込んでいる風変わりな格好をした若者は鋭い目付きでレンを睨みつける。

 

「だから来るなって言っただろ!」

「だけど………」

 

 しどろもどろになるレンに、若者は更に激しい言葉をぶつけようとするが、そこで突然闇へと向き直り、八双に構える。

 

「まだ滅んでいない…………来るぞ」

 

 レンは唾を飲み込むと、僅かに震えながら若者と背中合わせになって刀を正眼に構える。

 

「落ち着いて修業を思い出せ。お前なら出来る」

 

 若者の言葉を背中に受けながら、レンは呼吸を整え、精神を研ぎ澄ます。

 摺り足で微妙に両足の力配分を加減しながら、慎重に周囲の気配を探っていく。

 闇の中で、独特のリズムを持った二つの呼吸音がしばし響く。

 永劫にも感じられるような緊張した時間が過ぎ、レンの頬を緊張の汗がつたって地面に落ちようとした瞬間、突然眼前の闇が形を持ってレンへと襲い掛かる。

 

「はあああぁぁぁ!!」

 

 闇へと向けて、レンは渾身の力を込めて刀を振り下ろした。

 

 

「………懐かしい夢を見たな」

 

 短い眠りから目覚めたレンは、そう呟きながら体を起こす。

 五年前、生まれて初めて実戦で戦った時の夢だった。

 自分を経由して従兄へと持ち込まれた依頼に興味本位で付いていき、そして生まれて初めて敵に対して刀を振るった。

 だが、今よりも更に未熟だった当時のレンは絶体絶命のピンチに陥り、従兄に助けられた。そして、従兄のサポートに徹しながら敵をなんとか倒した。

 

(今度はオレが誰かを助ける番、か)

 

 隣で静かに寝息を立てているミリィに視線を移す。

 ロッカーの中で泣いていた彼女の姿に、その時の自分の姿が重なったように見えた。

 ふと壁に架かっている時計を見ると、見張りの交替時間になろうとしていた。

 

(守ってみせるさ。オレが生きている限り)

 

 ずれている毛布をミリィの肩に架け直すと、武器を手にレンは物音を立てないようにして部屋を出た。

 

 

「なあスミス」

「なんだよ親父」

 

 見張りをしながらレッドホークの整備をしていたスミスは、父親に適当な返事を返しながら整備を続ける。

 

「この街から出た後どうするつもりだ?」

「…………分かんね」

「母さんのとこに行くのか?」

「……………さあな…………」

 

 二人とも、そのまましばらく無言。

 

「なあ親父」

「なんだよ」

「何でお袋と別れたんだ」

 

 意外な質問に、ロバートがしばらく沈黙するが、やがて苦い顔で喋り始める。

 

「さあな、色々とあったからな。おめえがガキの頃弾込めてねえ銃で遊ばせた事とか、家族サービス放っぽりだしてガンのオークションに行ってた事とかな」

「最低の父親だな」

 

 スミスが笑いながら、整備の終えたレッドホークに弾を込めていく。

 

「なあ、スミス。もし母さんのとこに行ったら伝えておいてくれ」

「何をだよ?」

「済まなかったな、あばずれが、って」

「自分で言えよ。代わりに殴られるのはゴメンだ」

 

 弾を込め終えたレッドホークをホルスターへと戻しながら時計を見る。

 

「そろそろ交替の時間か」

「スミス」

「今度はなんだよ」

「寝てるのをいい事に襲うなよ」

「誰が襲うか!それにオレにはちゃんと好きな子が…」

 

 そこまで言って、スミスは慌てて自分の口を塞ぐが、ロバートは薄笑いを浮かべていた。

 

「知ってるぞ。レンの妹だろ」

「何で知ってやがるんだ!」

「人生の先輩なめんじゃねえよ」

 

 慌てふためく息子をさも面白そうに見ながら、ロバートはさらにからかう。

 

「で、どこまで進んでんだ?まさかもう行き着くとこまで行ったか?」

「ユメちゃんはまだ14だろうが!ただミカエルフェスティバルに一緒に行こうと誘っただけだ!」

「なるほどアプローチはしている訳だ」

 

 スミスが巧みに父親の誘導尋問に乗せられているのに気付いた時には、すでに洗いざらい喋ってしまっていた。

 顔を真っ赤にしながら父親を睨み付けるが、言ってしまった後では何の効果も無い。

 

「ま、運がいいのか今日本に行ってるらしいからな。無事に生きてこの街から出られたらキスの一つもねだってみたらどうだ?」

「やかましいわ!この変態親父!」

「お前と一緒にするな。22越えねえ女はオレにとっちゃガキだ」

「何の話だ?」

 

 ふと気付くと、何時の間にかすぐ傍に仮眠から起きてきたらしいレンの姿が有った。

 

「いや、じつはスミスの野郎が…」

「喋るな!殺すぞくそ親父!」

 

 吼えるだけ吼えながら、スミスはレンと交代で仮眠へと入った。

 

「結局ホントに何の話だ?」

 

 

 ゆっくりと昇ろうとする朝日の中、その朝日とは似つかわしくない動く屍達は、自らの飢えを満たす為の獲物を探していた。

 もはや五感すら働いているのかどうか怪しいはずのそれらは、微かな感覚を頼るのか、それとも独自の感覚が有るのか、ゆっくりゆっくりとその数を増しつつある一つの家へと向かっていた。

 生き残る為に足掻く者達がいる場所へと。

 

「増えてきてるな………」

 

「ど、どうすんだよ」

 

 塞がれた窓の僅かな隙間から外を見ながら、レンは焦りを感じていた。

 

「やっぱり昨夜の内に出発した方がよかったんじゃなかったのか!?」

「あの数に夜中に襲われてみろ。ゾンビの夜食になるのがオチだ」

 

 動揺しまくっているスミスをたしなめながら、レンはこの窮地を脱出する方法を模索した。

 

「裏から出て店から通りへ抜けな。少なくてもこっちよりはマシのはずだ」

 

突然のロバートの提案に、一同は顔を見合わせ、一様に頷いた。

 

「それしかないか」

「急ぎましょう」

 

 裏口へ向かおうとした時、ふとロバートがその場を動こうとしないのにスミスが気付いた。

 

「何やってんだよ親父。とっとと行こうぜ!」

「先に行きな。オレは後から行く」

 

 そう言いながら、レミントンを構える父親の考えている事をスミスは唐突に理解した。

 

「ば、馬鹿な事言うなよ親父!死んじまうぞ!」

「安心しろ。オレには切り札が有るんだ」

「切り札だか何だか知らねえけど、そんなんでどうにかな…」

 

 必死に説得しようとするスミスの頬を、いきなりロバートは力任せにぶん殴った。

 

「父親が行けって言うんだからおとなしく行きな」

 

 床に倒れている息子を厳しい表情で見ていたロバートは一転して顔に笑みを浮かべた。

 

「それに、てめえがどんなアホ面でガールフレンドにプロポーズするかを知るまでは死ぬに死ねねえさ。だからとっとと行きな」

「親父………」

「ロバートさん………」

 

 言葉を失っているスミスとミリィの脇から、レンは一歩ロバートの傍へと近寄ると深々と頭を下げた。

 

「今まで、お世話になりました」

「お得意さんにサービスするのは当たり前だろうが。礼はいいからとっとと行きな」

 

 すでにあちこちの窓から窓を叩く音が聞こえ、その内のいくつかからはゾンビの腕が中へと進入してきていた。それを見たロバートの表情が険しい物へと変わる。

 

「もう話している時間もねえ!急げ!」

 

 赤く腫れた頬を押さえながら立ち上がったスミスは、父親を睨み付けながら裏口へと向かおうとした。

 

「いいか親父!ぜってえに死ぬんじゃねえぞ!」

「しつこい奴だな!そんなんじゃ彼女に嫌われるぞ!」

 

 途端、玄関が無数のゾンビ達によって破られ、次々とゾンビ達が家の中に入ってきた。

 それへと向けて散弾を撃ち込みながら、ロバートはその場から三人が裏口へと向かおうとするのを横目で確認した。

 

「来なゾンビ共!ここから先は進入禁止だ!」

 

 そう言いながらロバートは次々と散弾を撃ち込むが、圧倒的なゾンビ達の数に瞬く間に弾丸は尽きる。

 

「こいつの出番か」

 

 ロバートは傍らに置いておいた切り札に架けておいた布を取り去る。

 そこから出てきたのは、ガソリン入りのポリタンクとガスボンベを括り付け、点火用に弾丸から取り出した炸薬入りの紙袋を貼り付けた手製の爆弾だった。

 

「おりやああぁぁ!!」

 

 気合と共にそれを玄関の外にいるゾンビ達の中心へと放り投げ、腰から素早く予備用の銃を取り出してそれにポイントした。

 

「死ぬなよ、くそガキ共」

 

 そう呟きながら、彼はトリガーを引いた。

 

 

 突然後ろから聞こえて来た爆発音に三人が振り返ると、そこには大きな爆炎が上がっていた。

 

「親父いいぃぃぃぃ!!!」

 スミスが泣きながらの叫びが虚しく響くが、答える声は無い。

 

「振り返るなスミス!前だけを見ろ!」

 

 レンが叫びながら傍に近寄ってきていたゾンビの一体を斬り捨てる。

 

「ちくしょう………ちくしょおおおおお!!!」

 

 スミスは泣きながらこちらへと近付いてくるゾンビに向けてモスバーグを向けた。

 

 

「う、つ……」

 

 鈍い頭痛でロバートは目を覚ました。

 見ると、壁に叩きつけられた自分の体にゾンビの死体が乗っかっていた。

 それを退けながら周囲を見ると、すでに高くなってきている太陽が大破した玄関と動かなくなった無数のゾンビの死体を照らしていた。

 無言で足元に転がっていたレミントンを拾い、店へと向かう。

 店のウインドウからは幾つか動かないゾンビが見えたが、少なくても息子達の死体が無い事だけを確認すると、普段のようにカウンターの椅子へと座り込み、そこいらにある弾丸を銃へと装填し始めた。

 何故か息子達の後を追うという考えは起きなかった。その場所こそが自分がいるべき場所だという考えだけが脳裏に有った。

 

「客はもう来そうにねえな………」

 

 独り言を言いながらも、普段のようにカウンターに陣取り、店番の真似をしてみる。

 彼の元を、今回の事件を謎解く人物が訪れるのはこの二日後の事だった。

 

説明
アメリカ中西部の街、ラクーンシティを突如襲ったバイオハザード。陰陽師の血を引く少年レンは、家宝の宝刀、備前長船と愛銃ベレッタM8000クーガーDを手に、友人のスミスと共に生ける死者の横行する地獄の街から脱出を試みる…………
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