IS『に』転生ってふざけんな! 第17話
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 自由落下するような感覚を味わって深い闇に堕ちて行った俺は、突如としてその感覚が止まった事に気づき、その目を見開いた。

 

 そこには消え始めている(・・・・・・・)高い天井と、なぜだか泣いているナターシャさんがいた。

 

 

(ここは……精神世界か………。つか、どういう事だ? 身体が全然、思うように動かねぇ……)

 

 その時ふと思い出す、一夏との最後の攻防。今思えば、福音のコアに直撃していた。まさか、それのせいなのか?

 

 

 冗談じゃない。アレは俺が勝手に一夏の攻撃を逸らしたからコアに当たったんだ。自打球浴びて病院に搬送される代打バッターくらい恥ずかしい。

 

 人の本能なのか何なのか、俺はまるで生まれたばかりの小鹿が立ち上がろうとする時の脚のようにプルプル手を震わせながら、攻撃を受けた左胸にそれを当てた。

 

 

 ぬるぬると言うか、べたべたと言うか、そんなぶっちゃけ気持ち悪い感触が手から伝わってきた。この世界でも俺には感触と言う物が痛覚を除いて無いハズなのだが、俺と福音の同化率(シンクロりつ)が上がってきたからなのか、このできればこの感じたくなかった感触も味わうことができた。

 

 

 目をギリギリまで下に向け、手をできる限り持ち上げてその付着物を確認する。

 

 

 

「………な、なんじゃ…こりゃぁ……」

 

 ジーパン履いたあの刑事の台詞が何の違和感もなく出てくるほど、俺の手には赤黒く見える液体がべっとりと付いていた。まぁ、オイル類じゃなかっただけマシか。

 

 こういう時だけ人っぽくなる仕様は冗談抜きで勘弁してほしいのだが、今はあのクソ神に文句を言っても始まらない。

 

 

 

「―――――ッ!!!」

 

 ナターシャさんが何か叫んでいるが、俺にはどういうわけかそれが遠く聞こえた。

 

 

「…―――がい……、死なないで! お願いだから………ッ!」

 

 ナターシャさんの瞳から一滴の雫が、俺の頬に落ちて流れた。

 

 

(これ……マジで終りじゃねえのか?)

 

 胸からは大量出血。美人の女性に涙ながらに看取られている。ポケモンDPの一回目の映画みたいに消え始めている、2人しかいない空間。この短い間でフラグ乱立させすぎだろ俺……。どうせなら死亡じゃないのを作れよ。

 

 

 

 つまらない冗談はこれでよしとして――――どうやら、俺は覚悟を決めるしかないようだ。

 

 

(こうなったら最期くらい、最高に格好つけて死んでやらぁ……)

 

 

 こんな時でも――――いや、こんな時だからこそこんな中二臭い事が考えられる俺は、どうやら一度死んでもバカが治らなかったらしい。バカは死んでも治らないと昔からよく言うが、二度も死んだら流石に治るのかもしれないがな。

 

 

 

「……ゴフッ!!?」

 喋ろうとしたら血が喉に引っかかってむせてしまった。何回か咳込み深呼吸して、なんとか話せる状態に持って行く。

 

 

「ハハ……また、会いましたねぇ………」

 

 今までで感じた事のないほどの、どこから生まれてくるのか解らない辛さと苦しみから、俺の口から放たれた台詞はどこか間延びしたものになってしまう。

 

 

ナターシャさんは心底驚いた様子で俺の顔を見て、その瞳に溜めた涙を一気に溢れさせた。

 

「(良かった……やっぱりまだ大丈夫だったのね!) あなたが何をしていたのかは少しだけなら知っているわ。だからお願い、教えて! 一体私とあなたに何があったの!?」

 

「悪いんスけど、ちょっとその質問には答えかねますね………」

 

「どうして!!?」

 

 あんな天災兎にやられた事を教えたら、何をしてくれるのか分かったもんじゃない。今回の事は全部俺の仕業にしてしまうのが、今できる最善の選択だ。

 

 

 

「それよりも………最期の願いごと、ちょっと聞いてくれませんか?」

 

「最期なんて言わないで! 私はあなたに訊きたい事が沢山あるの! それに、私はもっとあなたと―――――!」

 

「残念スけど、こんな状況じゃ仕方ないですよ……それに、自分の事ですからねぇ………解っちまうんスよ、色々と……。

 願いごとって言っても、大したものじゃないですよ。ただこのまま――――俺が消えるその時まで、一緒に居て下さい――――――」

 

「―――――ッ!」

 

 

 ナターシャさんはこれに何を感じたのか、一瞬だけ身体をビクッと震わせ、そして俯いてしまった。座りこむ彼女の足下に垂れる雫が、美しく煌めいている。

 

 

 ……――――ス―――――

 

 

 そして、そのまま仰向けで寝ていた俺の頭を持ち上げ、まるで本当の母親のように抱いてくれた。

 

 

 顔と顔が隣り合う様にして抱かれた俺は、彼女から漂う香りを感じることができた。

 

 

 

 天国か地獄への土産には十分すぎるな………。

 

 

 

 

 このまま俺も、彼女の背中に手を伸ばせれば良かったのだが――――もう、残った空間は俺達の周りだけだった。その残った部分も、徐々に光の粒となって遥か上空へ舞い上がっていく。なにより、俺は身体に力が入らなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

(呆気ない、終り方………だったな……まぁ、こんなもんか。それよりも―――――なんだか、眠いな)

 

 

 

 

―――次に生まれ変わるとしたら、何がいいだろうか。

 

 ―――――ちゃんと人として転生する方が良いか。

 

 ――――――――いや、またISとかに転生したりするのも面白いかもな。

 

 

 

 

 ――――まぁ、それはその時に考えるとするか。

 

 一体どんな存在になろうとも、それなりに面白おかしく生きてやるさ。今回みたいにな。

 

 

 

 想い残しが1つだけあるが……いや。このまま安らかな気分で逝こうか―――――。

 

 

 

 

(福音になれて、本当に良かったですよ………ナターシャさん)

 

 

 

 

 

 

 …………白い閃光が俺達を包み込み、そして―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある岬。そこの柵に、金属製のウサミミを着けた女性が腰を下ろしている。そしてその後ろには、スーツ姿の黒髪の女性が佇んでいる。

 

 

「――――大事な妹が手酷くやられたが、それもお前の考え通りか?」

 

「そればっかりは私も驚かされたかな〜。まさか、たかが軍用の分際(・・・・・・・・)で紅椿を相手にあそこまでやるとは思わなかったよ。いっくんが勝てたのは奇跡だね」

 

 束は空中に投影されたディスプレイを見ながら答えた。だがその軽快な言葉とは裏腹に、彼女の表情は面白くなさそうに見える。

 

 

「かつて世界12ヶ国の軍事コンピューターを同時にハッキングし、歴史的大事件を自演した天才でも、予測できない事もあったとはな」

 

 皮肉そうに言う千冬。その表情はどこか楽しげだった。

 

 

 

「……それにしても、福音のあの行動はお前が関係しているのか? アレはとてもじゃないが――――――」

 

「別に私は変わった事は何もしてないよ。ただちょっと“自分で行動できるようにしてあげて”“動かないといけない状況を作った”だけだよ」

 

 束の言うその2つの内容を千冬は知らないのだが、それでもそれだけで彼女が何をしたのかは大まかの見当はついていた。

 

 

「では、ISの持つ意識があれだけの事をやったと言うのか?」

 

「その通りだよ。それに、そうとしか考えられない。

 

 

 

 “人の心”を、アレは持っちゃったんだよ」

 

 

「人の……心?」

 千冬は眉を寄せながらその言葉を反芻した。

 

 

「そう。ちーちゃんも分かってるでしょ。アレの行動は感情的だってことが」

 

「…………」

 千冬は、答えない。沈黙を守ったままだった。

 

 

「アレは『完成された欠陥機』とでも言えばいいのかな。機械(ロボット)の最終到達点(ゴール)は“人間”だけど、それと同時に“人間だったらダメ”だからね。だから人の心という本当ならば再現不能な厄介な物を完璧に再現しているアレは――――欠陥(ポンコツ)以外の何物でもないんだよ」

 

 

束の言う事に対し【ISはそもそも完成していない。欠陥と言うのは些か違うんじゃないのか】という疑問を抱くかもしれない。

 

 だがそれはISという概念の話である。束の言っている事はそのISが含まれている“機械”という概念に基づいているため、『人の心を持っている→それは機械としての欠陥→故にISとしても欠陥である』という三段論法が成立していると考えてもらいたい。

 

 人工頭脳と言えども、ソレは突き詰めれば1と0の集合。意識に似たような物があるISにもそれは当然ながら当てはまる。束はただ、自身をより高みへと導くためだけにそれを取り付けたのだと考えられる。

 

 そのはずなのに福音はそうではない。利害(1と0)ではなく感情という厄介な物で動いた。これは技術の完成と言えば聞こえはいいが、結果的にはただの障害にしか成り得ないのだ。感情的な機械など、世界中のどこも誰も必要としていない。

 

 

 

 人と同じならば機械は機械の役目を果たせない。心を持った機械は必要ない。そんな基本理念があるからこそ、彼女はインフィニット・ストラトスという“パワードスーツ”を作ったのである。

 

 

 

 

 

 かなりの偏見である事には間違いないが、自分の作った無人機(ゴーレム)を一夏に破壊させるためだけに作ってむかわせた彼女は、そう考えているのだと推測できなくもない。

 

 

 “機械は所詮機械でしかなく、人間を真似する事はできても人間になる事は許されない”

 

 

 それこそが不変的な概念であり、絶対的な価値観なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでちーちゃん。今の世界は楽しい?」

 

「そこそこにな」

 

「そうなんだ」

 

 岬に強い風がうねり、束はその中で何かを呟きながら忽然とその姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

「束……お前は一体、何を企んでいるんだ? 私にはもう、お前の考えが分からない――――」

 

 

 

 ただ1人残された千冬は溜息交じりにそう呟き、その場を去った。

説明
これは、米国の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』に憑依転生してしまった少年と、その操縦者であるナターシャ・ファイルスの噺である。
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IS インフィニット・ストラトス 

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