インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#21.5 |
[1]
千冬が待ちに待った昼休み。
久々な((愚弟|さいあいのおとうと))の((手料理|てづくりべんとう))に表向きはいつも通り、内心では鼻歌交じりにスキップしそうなほどに浮かれていた。
茶を淹れ、弁当を職員室の机に広げる。
一段分のおかずのラインナップは出汁巻き卵にアスパラガスと人参のベーコン巻、ひじきの五目煮、ほうれん草の胡麻和え、そして唐揚げ。
当然ながら、一夏が箒たちに振舞った弁当と同じおかずである。
「さて、頂くとするか。」
茶を一口啜ってから、ほうれん草の胡麻和え、ひじきの五目煮を一気に食べ、ご飯と茶で流し込む。
………『嫌いなモノはさっさと流し込むように食べ、後から好きなモノをゆっくり食べる』。
これが、千冬の昔からのクセだった。
矯正が繰り返された結果、『残す』ではなく『先に処理する』に進歩し、そこから先には進めずに大人になってしまった結果である。
ご飯の半分ほどと茶で二品を処理した千冬はここからが本番と言わんばかりに出汁巻き卵、ベーコン巻と箸を進めてゆく。
「ん。一夏のやつ、また腕を上げたな。」
千冬の好みにあった味―――ここでは織斑家の家庭の味と言うべきだろうか。
他では決して味わうことの出来ないそれらに舌鼓を打ちつつ箸を進める。
そして、大好物である唐揚げに箸を伸ばし―――
ぱくり、と口に放り込んで噛みしめた途端、何故か涙が出てきた。
―――おかしいな。
そう思って袖で拭うが拭ったそばから涙で歪む視界。
幸い、生徒の目は無い職員室であり、そこにいる教員たちはそれぞれ自分のことで忙しそうにしており、千冬の様子に気付いていない。
唐揚げ一つに泣く要素などありはしない。別に辛い訳でも苦い訳でもないのだから。
だが、涙が湧き出てくる。
……それは、千冬の側に理由があった。
―――『懐かしい。』
アレは何時だったろうか。
両親が、千冬とまだまだ幼い一夏を残して姿を消してから間もなくの事だった筈だ。
小学校最後の遠足のとき。
その当時、一夏はまだ二歳。家事など家庭科の授業でちょこっとやっただけの千冬も同様に『家事』など全くできなかった。
出来物を買うしかないと諦めかけていたが、千冬は弁当をアキトに作ってもらった
その時に入っていたおかずは甘い卵焼きに、人参とブロッコリーとソーセージの炒め物に、ピーマンの醤油炒め、唐揚げとレタス。
諦めかけていたが故に、その『手作り』の味が嬉しかった。
………当時はまだ好き嫌いが酷く、ブロッコリーと人参、ピーマン、レタス―――要は野菜類を残してこっぴどく叱られ矯正されたのは((黒歴史|みとめたくないかこ))である。
――そういえば、一夏の奴も大分アキト兄さんに似てきたな
料理の腕も、洗濯や掃除の技量も、―――その信念や諦めの悪さも。
それも当然だろう、と千冬は思う。
一夏にとって、『兄』であると同時に『父親』でもあったのだから。
「もう、七年か。」
七年。
長いようで短くもある間に、いろんな事が起こった。
『織斑千冬』という少女が『世界最強のIS操縦者にしてIS学園の教師 織斑千冬』となり、
『織斑一夏』という少年が『世界初の男性IS操縦者 織斑一夏』になった。
『篠ノ之束』という少女が『ISを開発し世界を変えた天才科学者 篠ノ乃束』となり、
『篠ノ之箒』という少女が『IS開発者の妹 篠ノ之箒』になった。
七年前、千冬と束はまだ高校三年生、一夏と箒は小学三年生だった。
それが、今や社会人と高校一年生。
『七年前に戻れたら。』
そう、時々思う。
思って、『バカらしい』と自嘲する。
『バカらしい』と自嘲しながらも、『もし戻れたら』を想像してしまう。
――――もし、戻れたら………
「あ、織斑先生。珍しいですね、お弁当ですか。」
背後から声を掛けられて、千冬は内心慌てて『IS学園の教師、織斑千冬』の仮面をかぶる。
声をかけてきたのは同僚にして副担任の山田真耶だと声で判った。
「ああ。と言っても自分で作った訳ではないがな。」
「と、いうと…((織斑くん|おとうとさん))の手作りですか。」
「今朝、弁当を作ったから持って行けと押しつけられてな。」
じぃーー、と見つめられて千冬はたじろぎそうになる。
じぃーーー
「………一つ、味見してみるか?」
結局、千冬は折れた。
「そうですか、それでは遠慮なく…」
目力で押し通した真耶は唐揚げに手を伸ばした。
「んー、おいしいですね。」
「そうだろう。」
自慢げな千冬。
「……時に山田先生。」
「はい?」
「今日の放課後、空いているだろうか。」
「はぁ、まあ空いてますけど…」
真耶は底知れぬ不安に襲われた。
何故、こんな事を聞かれているのだろうか……と。
そしてその不安は、
「ならば、ISの模擬戦闘に付き合ってもらおうか。」
最悪の形で、的中した。
「えっ!?」
真耶はその時自分が地雷を…それも対人用のセンサーを使った対戦車地雷(爆薬増量版)を踏んだ事に気がついた。
残っていた唐揚げは、『お楽しみ』としてとってあったものだったのだ。
それを横取りしたとなると………
「なに、ちょっとばかり勘を取り戻しておこうと思ってな―――――逃げるなよ。」
「ははははは、はいッ!」
正に狼に睨まれた子ウサギ状態。
真耶は、明日の朝日が拝めるか不安になった。
* * * * * * * * *
[2]
放課後、夕日に橙に染められた教室で―――
ぐぅ………
「はぁ………腹減ったな。」
一夏は空腹に悩まされていた。
ただでさえ運動量の多いIS操縦者をやっている男子高校生の胃袋が『昼に食べた量が少なすぎる』と抗議してきているのだ。
だからと言って、学食は既に営業終了、寮の食堂は夕食の準備中で購買ももうロクなモノが残っていない。
故に夕飯まで我慢するしかないのだ。
ぐぅ………
「………水でも飲んで何とかしようか。」
「一夏。」
立ち上がろうとした処を箒が呼び止めた。
「ん?なんだ、箒。」
ずずぃっ、と近づいてきた箒に一夏は若干引く。
「来い。」
一夏の腕をつかんで移動を始める箒。
一夏は為されるがままに引き摺られて行った。
そして辿り着いたのは営業終了し、談話コーナーと化した食堂だった。
その中でも一番奥まった場所に一夏を連れ込んだ箒は包みを突きだす。
「な、なんだ?」
「………弁当だ。」
消えそうなくらいに小さい呟き。
「弁当?」
「ああ。」
実はこの弁当、箒が昼に一夏に食べさせる為に作ったモノである。
一夏を昼に誘ってこの手作り弁当をふるまうつもりだったのだが、逆に昼に誘われ、手作り弁当を振舞われてしまった。
一夏の弁当と献立がだいぶ被っていた為に出すに出せないままになってしまい、自分の分は自分で食べたが、一夏の分が残ってしまったのだ。
「いいのか?」
目を輝かせた一夏の問に、箒は無言で頷く。
「!それじゃあ遠慮なくいただくぜ。ありがとな、箒。」
「ふ、ふん!」
紅潮した顔を隠すように一夏から顔を逸らす箒。
だが、『旨い旨い』と弁当を食べる一夏に頬が緩む。
「うん?」
「どうした?」
ふと、一夏の箸が止まり箒は心配そうになる。
何か失敗でもしたのだろうか。
そう不安になる箒。
だが、
「この唐揚げ、確かにアキ兄のヤツに似てるけど……ちょっと甘めなのか。砂糖じゃない…みりんか?うん、どっちかって言うとこっちの方が好きだな。俺は。」
うんうん唸りながら箸を動かし始める一夏。
対して呆気にとられた箒。
あっけにとられたが頭が褒められたと認識できるや否や自然を優しい笑みが浮かんでくる。
嬉しそうに弁当を食べる一夏と向かい側に座って頬を染め、微笑みながら眺める箒。
そんな初々しい光景はもう十分ほど続いた。
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#21.5:閑話 とある昼下がり/とある放課後 | ||
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