インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#24 |
[side:一夏]
「た、ただいま………」
「あ、一夏おかえり。―――って、どうしたの?なんだかふらふらしてるけど。」
「ああ、いや、気にしないでくれ。」
理性対煩悩・本能連合軍の熾烈な戦いに疲れただけだから。
「大丈夫だ。それよりお腹すいたろ。焼き魚定食貰って来たんだが食べられるか?」
「うん。ありがとう。頂くよ。」
にっこりと笑ってトレイを受け取るシャルルだったが、テーブルに置いたところで表情が固まった。
「? どうした?」
「え、えーっと……」
「魚、苦手なのか?」
「そうじゃないけど………」
シャルルの視線を追ってみるとその先にあったのは…箸。
「ああ、そうか。箸じゃなくてスプーンとフォーク貰ってくるべきだったな。」
確かに、シャルルが箸を使っているところは見た事がない。
そもそもで箸を使うメニューを注文してすら居なかったと思う。
「気が効かなくて悪いな。すぐ貰ってくる。」
「い、いいよ!これで頑張ってみるから。」
ぎこちない笑みを決意の表情に変えたシャルルは焼魚定食に箸を手に立ち向かい……
ぽろ、
「あっ。」
ぽろ、ぽろっ。
「あっ、あっ。」
おかずを落しては情けない声をあげるシャルル。
魚の身をほぐすところまでは問題ないのだが、『つまみ上げる』から先の動作に問題があるらしい。
落下先は皿の上なのでもったいなくは無いのだが、このままでは食事が進まない。
「スプーンとフォーク貰ってこようか?」
「ええっ?い、いいよそんなの。なんとか頑張るから。」
「そうは言ってもなぁ。難義だろ。遠慮するなよ。」
無遠慮、無茶振り、傍若無人は子供の特権だ。
「で、でも………」
「シャルルはあれだな。もうちょっと他人に甘える事を覚えた方がいいな。遠慮ばっかりは損するぞ。」
「うぅ………」
「俺なんかじゃ頼りないかもしれないけどさ、寄りかかる程度なら支えられると思うぞ。」
「……一夏、」
しばらく迷っていたがシャルルは観念したかのように口を開いた。
「じゃ、じゃあ、あの……」
「おう、なんだ?」
恐らく、『初めて』に近いんだろう。
シャルルは思い切り言いにくそうにどもりながら、
「え、えっと、ね。その………一夏が食べさせて。」
予想外の事を『お願い』してきた。
流石にこの展開は予想できなかった。
「あ、甘えてもいいって言ったから……」
あごを引いた上目使いで言葉を重ねてくるシャルル。
どこかずれてる気がするが、『一に遠慮、二に辞退』のシャルルのようやく出てきた『お願い』だ。
「そ、そうだな。よし、じゃあそうしよう。」
…ただ、あの上目遣いは反則だ。
捨てられた小型犬が雨の降りしきる中、段ボール箱から送って来るかのような眼差しをしているのだ。
コレを断れる奴が居たら悪魔か魔王だ。
IS操縦者としてそういう二つ名がつくならまだしも、こんなことでなりたくは無い。
俺はシャルルから箸を受け取り、さっき取り落とした分と合わせて鰆の身をつまんだ。
「じゃあ、あーん。」
「あ、あーん。」
まさかシャルルとまで『はい、あーん』をやる事になるとは思わなかった。
もぐもぐ、と咀嚼するシャルルの頬は心なしか赤い。
「うまいか?」
「う、うん。おいしいね。」
「そうか。」
「じゃ、じゃあ次はご飯がいいな……」
「おう。」
女子の一口分ほどの量をとり、手を受け皿にシャルの口へとご飯を運ぶ
「あーん。」
「ン………」
もう気分は手のかかる娘を持った父親だ。
そういえば風邪をひいて起きるのも難しいくらいになった千冬姉がアキ兄に食べさせてもらってたっけ。
あの時のアキ兄の気持ちも、こんなのだったのかな。
蛇足ながらその時、束さんは千冬姉の廻りで騒いでいた為にアキ兄の拳骨制裁を貰って部屋の片隅に沈んでいた。
「つ、次は和え物がいいな。」
「わかった。」
こうして、最後まで俺が食べさせる事になった。
だんだんとお互いの口数も減っていった…というか、俺がシャルルの視線で次に何を食べたいのかを予測していたから言葉が要らなくなったと言うべきか……
食事が終わると俺は食器を返しに行き、帰って来たときにはシャルルはもうぐっすりと眠っていた。
その寝顔は無垢な幼子のようでつい微笑みがこぼれる。
「おやすみ、シャルル。」
軽く頭を撫でてから、俺も自分の布団にもぐりこむ。
……今日はいろんな事が起こり過ぎて、肉体的にも精神的にも疲れ果てていたようで、俺の意識は布団に入るとすぐに眠りに落ちて行った。
* * *
某所―――
「お嬢から連絡があった。『箱を開けろ』だ。」
「よーし、オペレーション『パンドラ』発動。」
「パンドラの箱 ギガ盛り、希望抜き一丁!但し返却は断る。」
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#24:シャルルの初体験 | ||
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