インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#28 |
[side:一夏]
さて、六月も最終週になった。
いよいよを以って学年別トーナメントが始まり授業はすべて休講。
生徒たちは会場整理や来賓の応対誘導、その他雑務に駆りだされていた。
ちなみに俺とシャルルは『その他雑務』に配置され千冬姉や空の手伝いに当てられていた。
で、それらから解放されたら大急ぎで各アリーナの更衣室へと走る事になる。
俺とシャルルが一か所更衣室を占拠してしまっているから、反対側の更衣室は大変な事になっているのだろう。
「しかし…こりゃすごいな。」
更衣室のモニターからは観客席の様子がうかがえるのだが…
普段は生徒で埋まっている観客席は各国の政府関係者らしきスーツの集団や研究所員らしき集団(何故か白衣を着ている)。
企業のエージェントなんかもかなりの数が居るだろう。
「三年生にはスカウト、二年生には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来てるからね。一年生は今の所は関係ないみたいだけど、上位入賞者には早速チェックが入ると思うよ。」
「ふーん。御苦労なこった。」
もちろん、その『チェック対象』には俺が含まれているのだろう。
なんせ入学前には『解剖させてくれ』とやって来た輩すらいるくらいだ。………そいつらが三枚におろされたが。
が、今の俺にとってはそんな事よりもラウラとの対決の方が重要だ。
「一夏はやっぱりボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね。」
「まあ、な。」
鈴とセシリアは結局ISの修復が間に合わず出場禁止になってしまった。
一応、空が『イギリスと中国の当局に事情は伝えてある』と言ってたが…正直、二人にとって大きなマイナスになるだろう。
先日の騒ぎの事を思い出して、無意識に左手を握りしめていたらしい。
シャルルがさりげなく添えた手でほぐされて気がついた。
「あんまり思いつめちゃだめだよ。冷静に行かないと。…恐らく、彼女は一年の中での最強だろうから…」
「ああ、判ってる。いつも通り頼むな。」
「うん。まかせて。」
練習の間、基本的に…というか俺が前衛タイプの足止めをしている間にシャルルが後衛タイプを撃破。
そのあとで二対一に持ち込んで畳みかけるというパターンを基本形にするのが一番という結論に達した。
「よし、最終チェック完了っと。そっちはどうだ?」
「うん。僕も大丈夫。―――そろそろ対戦表決まる筈だよね?」
「俺らはAブロック第一試合って決まってるから、相手が決まるだけだけどな。」
これも空からの情報なんだが、各国の政府要人やら研究員やらの要望で俺の出番が一番最初に固定になったそうだ。
だから最初から『一年の部 Aブロック 第一試合』に関しては片側が決定済みなのだ。
他の生徒については従来のシステムがうまく動かないから今朝大急ぎで生徒が作ったクジで決めていた。
「今更仕方ないけど、第一試合だなんてね。」
シャルルの声色からすると『ツイてない』という風に取れる。
が、
「そうか?余計な事を考える暇がない分、やり易いと思うが。思い切りよく、出たとこ勝負は勢いが肝心だ。」
どうしようもない分は運を天に任せるしかないからな。
「ふふふ、やっぱり一夏ってすごいな。僕だったら『一番最初に手の内を晒す事になる』ってマイナスにしか考えないよ。」
「シャルルの言う事も一理あるけどな。―――お、対戦相手が決まったみたいだ。」
モニターに完成したトーナメント表が表示される。
「―――えっ」
「………ッ!」
モニターの左端に表示された名前を見て、シャルルは驚いたような声を上げ、俺は無言で拳を握りしめた。
「シャルル、頼むぞ。」
「う、うん。」
一回戦の相手は―――ラウラのペアだった。
ペアを組む相手はどこかのクラスの代表でもない、一般生徒のようだ。
悪いが即行で退場してもらおう。…恨むなら、ラウラと組む事になった運の悪さを恨んでくれよ。
* * *
[side:箒]
私と簪は出場できないセシリアや鈴と共に観客席にいた。
私たちのペアの試合はAブロックの第五試合。一夏たちが試合終了になったところで更衣室へ行けば十分、間に合うし第五試合の選手が今の更衣室に押しかけては邪魔になるだけだろう。
それ以上に、『第一試合を見逃したくない』という思いが強かった。
Aブロック第一試合が一夏対ラウラ・ボーデヴィッヒのカードなのだから。
ボーデヴィッヒとペアを組んでいるセラ・ダルキアンは簪のクラスの生徒で、どちらかと言えば実技は苦手な部類に入るらしい。
『精々固定砲台がいいところ』とは((四組代表|かんざし))の言葉。
「一夏さん、大丈夫でしょうか…」
「結局、AICの対策って出来てなさそうだったけど」
AIC…アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。
ボーデヴィッヒの駆るドイツ製第三世代型IS、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載された『慣性をゼロにする』能力の第三世代型兵装。
衝撃砲などと同様なエネルギー干渉型の武装と目される。
かなりの完成度を誇りボーデヴィッヒの腕と相まって、先日はセシリア、鈴の二人を相手にほぼ完封勝ちをして見せた。
奇襲による一撃必殺か、弾幕による封殺か。
私と簪で考えた『対ボーデヴィッヒ』戦術はそのどちらかに絞られた。
恐らく、一夏の取る手は前者だろう。
IS学園において『一撃必殺』は一夏の、白式の『零落白夜』の為にあるような言葉だ。
((瞬時加速|イグニッション・ブースト))からの一撃。
これに全てを賭けるのが私たちの出した一夏が出来得る技術と武装を使用しての『最善』の結果をもたらすパターンだった。
当然、一夏も考えているだろうが………
「あ、出てきましたわ。」
セシリアの声に私は思考を中断させアリーナのバトルフィールドへと視線を固定させた。
―――勝てよ、一夏………!
* * *
[side:一夏]
「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ。」
「同感だ。」
試合開始を告げるブザーまでのカウントダウンが始まる。
五、四、三、二、一…〇!
「叩きのめす。」
試合開始と同時に放たれた俺とラウラの言葉は奇しくも同じだった。
「おぉぉぉぉッ!」
開始と同時の((瞬時加速|イグニッション・ブースト))。
零落白夜と組み合わさる事で、正に一撃必殺となるこの技だが…
「ふん。」
ラウラが右手を突きだしてくる。
「開始直後の先制攻撃か。判り易いな。」
―――来るッ!
「シャルルッ!」
「任せて!」
PICを全開にして急停止、そのまま右方向へと((瞬時加速|イグニッション・ブースト))をしてから再度、((瞬時加速|イグニッション・ブースト))。
((短距離瞬時加速|ショート・イグニッション・ブースト))。
瞬間的に加速し、すぐに停止する回避用の機動だ。
急激な横運動であるために体にそれなりの負担はかかるが相手の横をすり抜けたい時とかには中々に便利な技だ。
これを発展させると((連続短距離瞬時加速|リボルビング・ショート・イグニッション・ブースト))という急加速急停止の繰り返しによる機動もあるのだが、今の俺にそこまでの技量がない為会得出来ていない。
「先に片方を潰す、か。確かに有効な手ではあるが、私の前では無意味だな。」
ラウラはそう言うがその直後から始まったシャルルの銃撃に否応なく足を止められる。
そしてシャルルがラウラの足止めをしている内に俺が狙うのは…
「でぇぇぇぇい!」
「えっ?あっ? きゃぁぁッ!」
ラウラの相棒。
彼女は打鉄にアサルトライフルを持たせたばかりというところで、まだ構えてすらいなかった。
ラウラに向かっていた俺が突然の方向転換をかけて襲いかかって来た事に対処できなかった相手に零落白夜を発動させた雪片弐型の一撃を叩きこむ。
零落白夜の発動は踏み込みから残心までの間のみ。すぐさま第二撃を叩きこんで機能停止へと追い込む。
首打ちか兜割りができれば一撃で行けるかもしれないが、あいにくそれができるほど俺は精神的に強くない。
「よし。シャルル、すぐ行くからな。」
((全天周対応型|オールラウンダー))のラウラの相手を中距離射撃型のシャルルが相手をするのはいかんせんキツイ筈だ。
雪片を構え直し、俺はラウラへと突っ込んで行った。
* * *
[side:箒]
試合開始から五分、早くも形勢は一夏たちの方に傾いていた。
一手目で僚機を撃破し、それから目標との二対一戦闘に持ちこみ今に至る。
互いに目立った損傷こそないがボーデヴィッヒは一方的に出端を叩かれ続けている。
一夏をAICで取り押さえようとするとデュノアが大口径の銃でヘッドショット狙いの狙撃をする。
デュノアを狙えば一夏が装甲の隙間を狙って突きを放つ。
刺突は斬撃と違って点の技だ。
故に刀や腕を抑えるのは難しい。
だからと言って一夏の体をAICで抑え込もうとすればデュノアが待ってましたと言わんばかりに旺盛な銃撃を加える。
その銃撃を避けるなり防御なりすると一夏の拘束は解除される。
結果として、六本のワイヤーブレードと両手のプラズマ手刀だけで戦わざるを得ない状況を作り出された。
それでも着実に一夏にダメージが蓄積しているのは単純にボーデヴィッヒの力量故だろう。
完全な削り合い。
デュノアには一撃必殺の手段がなく、一夏は初撃の零落白夜と((瞬時加速|イグニッション・ブースト))、今までの削り合いでエネルギー残量が心許無い。
ボーデヴィッヒは二対一の封殺戦法に対応せざるを得ない。
一夏が墜ちるのが先か、ボーデヴィッヒが墜ちるのが先か………
勝負はそれで決まるだろう。
どっちが削り勝つのか。
「あぁッ!」
会場のどよめきが強くなった瞬間、足に巻きついたワイヤーブレードが一夏をアリーナの外壁に叩きつけた。
「一夏ぁッ!」
倒した相手に興味は無いと言わんばかりにデュノアに襲いかかるボーデヴィッヒ。
AICとワイヤーブレードでデュノアが拘束され、レールカノンが向けられて勝負がついたかと思った瞬間―――
ドゥッ!
アリーナの壁から伸びた一筋の閃光が、ボーデヴィッヒの背中を撃ちすえた。
その閃光の発生源は………一夏ッ!
「よかった………」
『シャルル、いけぇぇッ!』
オープンチャンネルで叫ばれた、一夏の声。
シュヴァルツェア・レーゲンの至近距離に飛び込んだラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの左腕の盾が吹き飛んでその正体を現した。
現行の正規採用武装の中では最高クラスの破壊力を持つ、第二世代型において単純威力では最強の武装。
六九口径パイルバンカー《((灰色の鱗殻|グレー・スケール))》、通称―――
「((盾殺し|シールド・ピアース))。」
先日――といっても大分前だが、セシリア戦で空が使った一〇五ミリ口径という((規格外な代物|バケモノ))に比べれば可愛いものだが、それでも十分に一撃必殺になり得る威力を誇る。
勢いよく、叩きこむように突きだされたデュノアの左腕。
ズガァァンッ!
盛大な炸裂音と共に、ボーデヴィッヒの表情が苦悶に満ちたものに変わった。
装甲のない腹部に叩きこまれたそれは絶対防御を発動させた。
それでも、衝撃が抜けたのだろう。
ガコン、と、杭の基部に付けられた((回転式弾装|リボルバー))が次の炸薬を送り込む。
続けて放たれる第二撃。
「ぐあぁっ!」
ガコン、
そして、三発目が装填。
その一撃で勝負は決まる筈だった。
* * *
[side: ]
「ふぅ……危なかったぜ。」
一夏は叩きつけられた壁際で両手で構えていたライフルを下ろし、グリップから放した左手でかいてもいない汗をぬぐった。
本来、射撃装備の無い……それ以前に雪片弐型以外の武装を持たない白式が何故こんな代物を使えたかというと、実は空のおかげだったりする。
空の所属研究所、槇篠技研で開発した『武装一個分容量を持つ』拡張ユニット。
IS本来の拡張領域をPCのHDDとすると拡張ユニットは外付け式メモリかUSBみたいなフラッシュメモリに当たる、IS本体に依存しない武装追加の手段の一つとして開発された。
そこには今回は荷電粒子銃が登録されている。
荷電粒子銃も槇篠技研製で、一夏が頼み込んで借り受けた物だ。
試作版のコレは一発限りの使い捨て式だが威力は現行の光学武装の数倍、
この銃の一発分のエネルギーで現行型光学武装の一弾装分くらいにはなる。
そんな高威力高燃費な一撃と((盾殺し|シールド・ピアース))を二発。
これならば大抵のISが機能停止に追い込まれるであろうがシュヴァルツェア・レーゲンは辛うじてではあるが耐え抜いた。
だが、連撃はまだ終わらない。三発目の炸薬が装填され、止めを刺す用意が整う。
シャルルが止めの三発目を叩きこもうとした時、それは起こった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(こんな……こんなところで、負けるのか………私は………!)
暗闇から生まれ、影に生きてきた少女は再び深い闇の底に突き落とされそうになっていた。
(私は負けられない……負ける訳にはいかない!)
ラウラ・ボーデヴィッヒにとって、『((織斑千冬の弟|おりむらいちか))』は害悪でしかない。
強く、凛々しく、堂々としている憧れの存在を、変えてしまう存在は。
故に、
(敗北させると決めたのだ。アレを、完膚なきまでに叩きつぶすと。)
だが、現実は違う。
叩きつぶされかけているのはラウラの方である。
(力が、欲しい。)
叩きつぶし、完膚なきまでに壊しつくす力が。
『―――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……?より強い力を、求めるか……?』
(言うまでも無い。力がそこにあるのなら、なんでもくれてやる。だから、私に力を……比類なき最強を……唯一無二の絶対を―――私に寄越せ!)
その願いは、楔を解き放った。
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Damage Level……D.
Mind Condition……Uplife.
Certification……Clear.
《Valkyrie Trace System》………boot.
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#28:トーナメント、開戦 | ||
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