残留思念 中編 |
冬木の街、その地下を通る下水道の一角で、十年前に行われた悲劇を知る者は少ない。
第四次聖杯戦争にして最後の聖杯戦争…7組のマスターと英霊のうちの一組。
キャスター事ジル・ド・レェとそのマスター雨生龍之介の享楽の為に、多くの少年少女が犠牲となり、その命をもてあそばれた惨劇の舞台となった場所だという事を知る者はわずか数人だ。
悲鳴と苦痛と狂気に満たされた彼の場所は、同じく召喚された騎乗兵の英霊、ライダーことイスカンダルの宝具により起こった炎によって清められ、キャスターと龍之介が討たれた後に、報告を受けた教会の魔術師達が隠ぺいに来て以降、定期点検に訪れる水道局員以外に訪れる者はいない。
事後処理を担当した魔術師の腕が確かだったのは、彼等にしても幸いだっただろう。
おかげで自分達がいる場所が、十年前に発生した大量行方不明事件…その犠牲者達の最後の場所だと知らずに済んだのだから。
そんな場所に…否、そんな場所だからこそ“奴”は現われたのか…それとも、一度狂気が染みついた場所は、似たような“物”を引き寄せる引力が発生するのか…。
「オ、オオ…オオ…」
光無き空間の隅に、そいつはいた。
枯れ木を連想させる小柄な老人の姿をした人外、その輪郭は不自然に波打ち、同時に老人の皮膚の下では何かがせわしなく蠕動している。
それを見て取る者がいなかったのはむしろ僥倖だっただろう。
もしこの場に誰かが踏み込んで来ていたら、その人間の安全は保障できなかったのだから…。
「せ、聖杯…聖杯ヲオオオオオ…」
老人…間桐臓硯のうめき声にも似たそれは、半ば密閉された空間に驚くほどよく反響した。
執念、あるいは妄執…言い方には様々あるだろうが、臓硯の抱き続けている想念を分類すれば、おそらくそのあたりに分類されるだろう。
それ自体が悪いというわけではない。
執念も妄執も、生きていく上ではなかなか捨てがたいものであるのは事実…ただし、何事に対してもそうだが、度を越せば、あるいは他人を顧みなくなればそれは害悪だ。
当人以外にとって…臓硯の聖杯に対する思いは、すでにその域に至って久しい。
「ぐがぁぁ!!」
身を震わせていた臓硯だが、いきなり獣の叫びをあげてのたうちまわり始めた。
「で、でてくるでない小童が!!お前如きがワシの邪、じゃ…じゃじゃ…」
呂律があやしくなって来た。
同時に、臓硯の体が膨張して大きくなり、かと思えば今度は元のサイズよりも小さくなるという事を交互に繰り返す。
そこに法則や連続性を見出すことは難しい。
あえて言うならば、何らかの綱引きじみた駆け引きが行われているようだ。
「う、ぐげがばぁ!!」
臓硯本人にも、己の状態を制御できていないのが、その表情から良く分かる。
なんとか自分の身に起こっている変化を抑えようとしているようだが、全くと言っていいほど成果を上げていない。
「お、おのれ“偽物”がぁぁぁぁ!!」
やがて、一際大きな悲鳴を上げると、臓硯はその動きを止めた。
「…あ…お…い…さん」
その一言は、静かになった空間に溶けて消えた。
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「間桐…臓硯だと?」
「は、はい」
学校で起こったことの一部始終を語り終えたイリヤは、空気が劇的に変化したのを感じた。
見慣れた【食事処・理想郷】の厨房が別世界になったように感じる…原因は目の前に立つ一人の男…シロウのせいだ。
今の彼は魔術師ですらない、戦闘者の顔になっている。
自分の父も時々同じ顔になるが、イリヤは正直…あまり好きでは無い。
「……間違いないのか?」
「はい、間違いはないと思います」
こういう時、ホムンクルスの持つ高スペックは非常にありがたい。
以前、ちょっと興味本位で読んだ程度の資料に添付されていた写真を、正確に思い出す事など容易い事だ。
そのため、学校で見た怪人物の正体が、今は存在しない間桐家の当主、臓硯だったと断言できる。
「それに、そいつが使ったのは間桐家の蟲でした。人間…と言っていいのか分かりませんけど、間桐と何らかのかかわりがあるのは間違いないと思います」
「そうか…にわかには信じがたいが…」
シロウが考え込むのを見たイリヤはほっとした。
イリヤの読んだ資料には臓硯の写真の横にはっきりと最終聖杯戦争において暗殺した人物の名前…要するにエミヤシロウの名前が記載されていた…つまり、今回の襲撃者は過去に一度殺されているはずの存在であり、殺したのは目の前にいる義兄と言う事だ。
自分が殺した相手が生きていると言われて、義兄がすんなり信じてくれるかどうかと言うのは正直疑問だったが、思っていたより柔軟にシロウが信じてくれた事で、一番の山場が過ぎた。
「蟲に噛まれた葛木先生は、駆けつけてきたキャスターさんにお任せしました」
痛みと毒に耐えている葛木を介抱していたら、いきなり目の前に現れたのだ
まさか瞬間移動でもあるまい。なので、単純な魔術による高速移動だろうが…問題は葛木の危機を察知する反応速度が尋常じゃないという事だ。
何か旦那の異常を察知するたぐいの魔術でも仕込んでいたのか?
ともあれキャスターは自分達から事情を聴きだすや否や、治療途中の葛木を攫って文字通り消えた…まあ、あの新婚夫婦の間にわざわざ割り込んで何かしようと言う気は微塵もないし、何かしようとしたら余計な事をするなとあの女は言うだろう。
魔術のエキスパートであるメディアならば、中途半端だった解毒も手当ても自分達よりもよほどうまくやるだろうし、自分でやると言うなら否もない。
後日何らかの形で葛木には礼をしなければなるまいとは思う。
「……イリヤ?」
「は…い?」
ポンと肩に手を置かれ、気がつけばシロウが自分をまっすぐ見つめている事に気がついた……何故そこで鼓動が速くなる?
「無事でよかった」
「あ、ありが…とう」
何で、言葉がうまく出てこない?
ホッとしているシロウの顔を見ていると、言葉がうまく出てこず、|滑舌(カツゼツ)が悪くなって言葉を噛んでしまう
「もう大丈夫だ。お前は私が守ってみせる」
「っつ!?」
どきんと、イリヤの胸の中で何かがはねた。
心臓の鼓動が急速に血液を循環させ、頬が朱に染まるのが分かる。
これはきっと、ホムンクルスとかそう言うのは関係ない、根源的な感情に基づく何かだ!!…っと思う。
「…今日の営業はここまでだ。後片付けを頼む」
「は、はい」
イリヤの返事より早く、シロウは厨房から出て行った。
「義兄さん…」
臓硯に対抗する為に去ったシロウを、イリヤが見送る。
その姿は何と言うか…乙女だった。
学校にいるファン達が彼女を見れば、写真に撮って永久保存するだろう。
それほどに、今のイリヤは芸術じみた美しさを纏っている。
「…甘くも辛くもないけど、とりあえずごちそうさま」
「っ!?」
だが、どこの世界にも例外はいる。
不意打ちでかけられた声に、イリヤは思わず飛び上がった…物理的に、芸術が喜劇になり下がった瞬間だ。
「り、凛!?何時からそこに!?」
振り返れば、やってらんねえと本性丸出しでやさぐれている凛がいた。
一応美人に分類されているのだから、その表情はどうかと思う。
「いや、最初からいたでしょうが?」
そう…一緒にシロウに報告に来たのだから、いるのは当然だ。
「ま?あ、お兄ちゃんに惚れなおしているどっかの誰かさんは?私の事なんてアウト・オブ・眼中どころか記憶の中からもフェードアウトしていらっしゃったようですけど?」
「なぁ!?」
赤いアクマ状態になった凛に主導権を握られては、イリヤとしても分が悪い。
まだシロウのショックから立ち直れていない現状では尚の事、あうあうと妙なボディランゲージで現在の心境を表現しているようだが、残念な事に全く解読できない。
「それにしても、お前は私が守るってまるで告白みたいね」
「え?やっぱり凛もそう思う?」
一発でイリヤが正気に戻った…顔が真っ赤になってここではない何所かに焦点を合わせている状態を正気と言っていいかどうかは疑問だが、少なくとも話は通じるようになったようだ。
「ど、どうしよう。に、義兄さんって言ってるけどそれは歳の差だし、勿論血はつながっていないから問題は無しOK、婚姻届けはどこだったかしら?」
「いや、先走り過ぎ…って言うかイリヤ?あんた婚姻届けを常備しているの?」
訂正、|こいつ(イリヤ)は全然正気じゃない。
「異議あり!!」
そして異議が来た。
声の主は遠坂さん家の桜さん、ちなみに今日のアルバイト担当でさっきまで注文の海老フライを揚げていました。
そんな彼女は、せっせと揚げた山盛り海老フライの乗った皿をドンとイリヤと凛の目の前にあるテーブルに叩きつけるようにして置くと、一番上の一本を取って豪快にかじった上で、半分になった海老フライで剣よろしくイリヤを指さす…一応、彼女も遠坂家の人間なんだが、どうにも優雅さとかが世代を重ねるたびに失われて行っている気がするのは気のせいか?
「シロウお兄さんが言ったのはあくまで!!あーくーまーで妹を守る兄としての発言だと思われます裁判長!!」
「は?裁判長ってひょっとしてあたしの事を言ってるのかしら、桜?」
前振りも何もなく、女の修羅場に巻き込まれた凛がちょっとびっくりする。
凛が話について来れていない事など知った事かと言わんばかりに、桜の言葉に対して不敵に笑ったイリヤは海老フライを一本取ってこれまた豪快にかじった。
「義理の兄妹のアドヴァンテージをなめてもらっちゃ困るわね、確かに義兄さんはいろいろアレでアレだけど、日常のスキンシップから発生するフラグイベントの数々の積み重ねをどう思いますか裁判長?」
「ええ、イリヤまであたしを裁判長扱いなわけ!?」
イリヤにまで裁判長認定された。
「あ、あのね二人共?もうちょっと落ち着きなさい。そんな肉食丸出しだとシロウもひくでしょ…って何よその眼は?」
互いににらみ合っていたはずのイリヤと桜が、口論をやめて凛に視線を合わせている。
しばらくじーっと見ていた二人だが、ほどなく互いに目を合わせて深い溜息を吐いた。
それを見た凛がカチンときて、もともと高くなかった沸点が一気に超える。
「な、何よその溜息は!?」
「同じシロウでも士郎狙いの人は言う事が違うわね、義兄さんに比べたらハードルも低めだし?」
「な!?」
「愛は惜しみなく奪うものですよ、姉さん?」
「それはあんまりにも穿ち過ぎ、って言うか何で私が士郎狙いになってるのかなぁ!?」
真っ赤になって、取り繕うような反論しておいて何を今さらであろう。
「か、勝手な言いがかりをつけてもらっちゃあ困るわよ!!これでも私の理想は高いんだから!!」
自称、理想の高い凛は真っ赤になったまま、海老フライをひったくるとがりっと行った。
今更だが…三人とも食い方が男らし過ぎる。
「…このツンデレは、髪型がツインテールなのは洒落かしら?」
「まあ、先輩ならそんな姉さんでも受け止めてくれますよ。だってシロウお兄さんの元ですから」
「だーかーらー!!私が士郎を意識している事を前提で話を進めんなって言ってんでしょうが!!」
凛がガーっと吠え、怒れる三人娘はムシャムシャと海老フライを消費している。
しかしお前達…それって確か…。
「あ、あの?」
「「「あん!?」」」
「い、いえ?ごゆっくり?」
海老フライを注文した客…あまりに遅いのと、厨房から聞こえてくる声になんだろと思って覗いたのだが、怒れる三対の瞳に睨まれ、すごすごと引き下がっていく。
恐怖でちょっと涙が出てたかもしれない。
ちなみに、店内には他にも数人の客がいたのだが、全員が目の幅涙を流していた。
おそらくは凛か桜、ついでに客として時々店に顔を出すイリヤを含めた三人娘の誰か狙いだった客だろうが…三人の会話を聞いて夢破れた兵達…ちょっとやそっとでは立ち直れそうにないダメージを食らったようだが…【食事処 理想郷】の明日は大丈夫か?
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「……」
店がそんな状態になっているとはつゆ知らず、当の本人であるシロウは目的地に到着していた。
それなりに距離のある場所だが、そこは流石英霊の身体能力というべきだろう。
辿り着いた場所の名前は、元間桐邸跡地…かつて、間桐という魔術師の一族が居を構えていた場所…あまり気持ちのいい思い出はない。
間桐が滅んで以降、この場所の管理は冬木の管理者である遠坂にゆだねられている。
大元の龍脈とは離れているが、魔術師が拠点に選ぶ場所、しかも崩壊したとはいえ工房のあった場所でもあるとくれば、何も知らない一般人に売り払うわけにもいかない。
そんな事になって万が一、何らかの魔術による影響が出ては土地の管理者の面目とかいろいろ立たないからだ。
他の魔術師ならともかく、事があの蟲爺に関わる事だけに微塵も油断が出来ないというのが悪い意味での影響力だろう。
死んでまで跡を濁しまくる爺だ。
そんなわけでやむなく遠坂家が色々裏から工作し、この土地を手に入れたのだが…はっきり言って使い道がなく、10年たった今でも更地のまま…おかげで毎年の税金対策に遠坂時臣が嘆いていたのを思い出すが、とはいえ、そんな彼の苦労は無駄ではなかったと断言できる。
事実として…死んだはずの間桐臓硯は蘇って来たのだから…。
「お?い、シロウ?見つけたぞ?」
間延びした声にシロウが振り返る。
この場に来たのはシロウだけではなかった。
シロウの名を呼んだランサーに、ライダーも来ている。
ゲイ・ボルクと石化の魔眼、共に蟲で構成された臓硯の天敵になる能力の持ち主だ。
「こいつだろ?かすかにだが魔力が残っているぜ、それと鼻が曲がりそうな腐臭もな」
ランサーが示す場所には、拳より少し大きい位の穴があいている。
同時に、ランサーが言う所の魔力の残滓と腐臭も感じた。
「間違いないな…」
シロウは十年前の自分の迂闊さに舌打ちする。
本体である臓硯の死は確認した…しかし、間桐雁夜の中にいた刻印虫の存在を見逃してしまったようだ。
十年前、自分が瀕死の雁夜を寝かせた場所と、穴のあいている地面の位置が重なる。
雁夜の遺体はシロウがクラウ・ソラスの炎で焼いたが、もし…その間に、臓硯が最後の悪あがきで雁夜の中の刻印虫に魂を移し込んでいたとしたら…浄化の炎が雁夜を包むまでに、逃げるチャンスはあったはず…臓硯を殺しきれなかったのは、シロウのミスだ。
「しかし、おかしいですね…」
疑問を言葉にしたのは、今までしゃべらなかったライダーだ。
「なんだよライダー?何がおかしいってんだ?」
「臓硯の行動です」
ランサーの問いに、ライダーが簡潔に答える。
「私は多少なりとも、前々回の聖杯戦争で臓硯と接点があったのですが、臓硯は本当にイリヤの前に直接姿を現したのですか?」
「そう聞いている」
シロウが言葉と共に首肯した。
「ずっと地面の中にいたとしたら、すでに聖杯が存在していない事を知らなかったとしても仕方はないでしょう、しかし…」
「何が言いたいんだ?」
「あの老人…自分から策もなく、前に出るような人物じゃなかったはずですが…」
「それは…」
その通りだ。
間桐臓硯という魔術師は、蟲を自由に操るマキリの術を使うが、基本的に前に出る事はない。
策謀を巡らし、罠を仕掛け、卑劣な事を平気で行うがあくまでそのスタイルは後方支援、あるいは指揮者のそれだ。
本人が相当に高齢で、その体すらもほとんど蟲に置き換えている事も関係している。
「…ただ単に、駒がなかったんで自分が出るしかなかっただけじゃないのか?」
ランサーの言うとおり、今の臓硯には己の身を構成する蟲以上の手駒はないはずだが…。
「いえ、それでも…むしろだからこそあの老人は周到に策を巡らせるはずです」
一度で成功しなければ、二度目の難易度が跳ね上がる。
現にこうやって、シロウ達が動いているのだ。
あるいは学校での襲撃が唯一の、そして最後のチャンスだったかもしれない。
「それなのに、凛と葛木という不確定要素が介入してきただけで、あっさり引き上げました」
あの爺の狡猾さを思えば、むしろある程度の邪魔者が介入してくるのを想定して動くだろう。
才能はあっても、まだ一人前と言い難い凛と、肉弾戦では脅威だがあくまで人間である葛木の介入が想定していた脅威を超えていたかどうかはかなり微妙な線だ。
あの妖怪なら、素の力で圧倒しそうな気がする。
「つまり…どう言う事だ?シロウ?」
「…復活した間桐臓硯には、何かの不備が起こっている…のか?」
策を巡らす余裕もないほど切実で切羽詰った問題が?
「可能性は高いと思います。それが復活の時に生じた物なのか、それとも何か別の要因によるものか…」
その答えを知る者はいない。
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「「「うわぁ……」」」
イリヤ、凛、桜はとても良く似た嫌そうな顔を浮かべ、異口同音にうめき声をあげた。
三人の視線は一つの報告書に注がれており、彼女達の嫌悪の理由はどうやらこいつのようだ。
「あらあら三人とも、淑女にあるまじきはしたない声を上げるのですね」
三人とは対照的に、何故か愉快そうなのはカレンだ。
何で彼女がいるのかと言うと、この場に彼女がいるのはむしろ当然だというしかない。
何故ならば四人がいる場所は言峰教会、その聖堂内なのだから。
シロウの指示通り、店を臨時休業状態にした三人は、その足で教会に移動していた。
本来ならば、狙われているイリヤを護衛しながら、遠坂邸に避難するのが正しいのだろうが、それ以上に教会に……っというかカレンに聞きたい事があったためこの場を訪れている。
「いや、これは女として呻かないわけにいかないでしょうが?」
ひらひらと報告書を振って見せる凛は心底げっそりした顔である。
その報告書に書かれている内容こそが、彼女達のリアクションの原因だ。
「嬉々としてこんなもんを見せるあんたも大概よ?」
「あらあら、これは心外ですね凛?私は貴女方が教えてほしいと地面に額を擦りつけて哀れな犬のように懇願するから“間桐臓硯と間桐の魔術”に関する情報を開示したというのに」
「そんな事までしてないでしょうが、それにこれは自衛のためには必要な事よ」
自分を知り、敵を知れば百戦危うからず…それはなにも攻める時だけの話では無い。
守るにしても、相手の手札を知る事は有利に繋がる。
「それにしても、これって本当なの?」
「ええ、作成にはエミヤシロウの助力も借りましたので、かなり詳細な物のはずですよ」
カレンの笑みが濃くなる…この女、絶対よろしくない事を考えてやがるな…。
「つまり、十年前にエミヤシロウが遠坂桜を救出しなかった場合、彼女は×××で●●な事になり、最終的には■□■□な事になっていたという事です」
「人の妹を脅かしているんじゃないわよ!!」
可哀そうに、自分がたどっていたかもしれない運命を聞いた桜が真っ青だ。
「だ、大丈夫桜?」
「…やっぱり」
「え?」
「やっぱりシロウお兄さんは私の王子様だったんですね!!」
…おや?
桜のお目目の中で星が輝いているな?
「もう、もうこれは私の全てを感謝に変えて、兄さんに捧げて受け取って貰います!!」
「アンタ…いつの間にかたくましくなっていたのね」
「やっぱり私自身にリボンを巻くのは必須ですよね、姉さん!!」
「いやごめん桜、マジでどうでもいいって言うかそんな事を私に聞くなこの愚妹」
姉としてしみじみ思う。
自分の後ろに隠れて、色々な物におどおどと怯えていた妹はいつの間にか遠くに行ってしまったようだ。
「まあ遠坂桜の事はそれでいいとして」
「それでいいの?」
「今回狙われているのは衛宮・イリヤスフィールだそうですから」
カレンの問いかけに、イリヤが頷く。
「という事はつまり、イリヤスフィールが×××で●●な■□■□な事になるかもしれないということですね」
「アンタほんっとうに性格悪いわね、まだその話を引っ張るの?」
絶対友達になりたくない相手だが、これで近所の評判は悪くないのだ。
その猫かぶりは遠坂のそれに匹敵するかもしれない…っとはいえ、そんな事はぶるぶる震え出したイリヤに対処する方が先か…。
「大丈夫よイリヤ、皆があんたを守って…」
「これってひょっとして私にもお姫様フラグが立ったって事かしら?」
「あんたも相当に図太くなったわね!!」
まあ、女の子ですから…。
「ダメですよイリヤさん!!お姫様ポジションは私の物です!!」
「独占禁止法違反よ桜?」
「そんな法律はありません!!」
ギャアスギャアスと言いあいを始めた友人と妹に、凛がうんざりする。
おんなじ女として、自分の中にもああいうものが眠ってるかもしれないと思うと鬱だ。
ちなみに、やはりというか当然というか…カレンは実に楽しそうに二人の掛け合いを見ている。
「「「っ!?」」」
そんなかしましい娘たちだったが、いきなりきた衝撃に息をつめた。
爆弾のようなドンと腹に来る振動に驚いたのもあるが、同時に三人は理解した。
この衝撃は一般の人間ならば感じる事もなかった物…三人だから、もっと言えば“魔術師”だからこそ知覚できる類の物…つまり、魔術によって起こった爆発だ。
「よっしゃ引っ掛かった!!」
いきなり歓声を上げたのは凛だ。
ぐっと拳を握り、会心の笑みまで浮かべている。
「……遠坂凛、貴女一体何をしたんですか?」
疑いようなどゼロだ。
爆発を仕掛けたのは遠坂凛…この女で間違いあるまい。
「そりゃあ、危険な蟲に狙われているんだから、この位の用心は当然でしょう?」
「ぬけぬけと…つまり罠を仕掛けたのですね?」
おそらく魔術式の地雷のようなものだ。
「……遠坂凛?一般人に被害が出たら冗談じゃ済みませんよ?」
それは魔術の隠蔽という視点からも、土地の管理者としての観点からも看過できない事のはずだが…当の凛はフフンと鼻で笑っている。
「ノープロブレム、私がそんな間抜けな見落としをするとでも?心配無用、魔力に反応するように設定したから、魔力を持たない人間がどれだけいようと発動はしないわよ」
凛には相当な自信があるようだが…他の皆はあきれ顔だ。
「…遠坂凛、貴女…最初からこの場で決着をつけるつもりでしたね?」
「当然、逃げてても無駄でしょう?」
いつどこから現われるか知れない相手に対して、守りに入るのは愚策だ。
常に緊張を強いられる状況は精神を疲弊させ、体力を削り取る。
敵の狙いがイリヤと分かつている以上、それを餌にして罠を張り、迎え撃って逆に敵を殲滅するのが正しい策だ。
正しいのだが…魔術師としては、その思考の方向が好戦的過ぎる気がするのは、気のせいではあるまい。
「それならば、遠坂家で行うのが最良でしょう?ご自慢の自宅には結界が完備してあるはずでは?」
「無理に決まってるでしょう?私の家は住宅街のど真ん中にあるのよ?」
そんな場所で迎え撃つとなれば、周囲の一般人にどんな被害が出るか知れない。
相手は聖杯に狂った人外…実際、ほとんど人がいなくなっていたとはいえ、臓硯は学校という公共の場で、しかも人払いの結界すら張らずに襲撃してきた。
臓硯がどういう状態か知れないが、まともな魔術師としての最低限の思考…神秘の隠蔽も期待できない相手として対処しなければならない。
「それに、家の結界だと委縮して向かつてこないかもしれないしね」
遠坂の結界ならば、蟲ごときではその敷地内に入る事も出来ないだろう。
だが、捕まるまでずっと家の中にこもっているわけにもいかない。
なので、程良く付け入る隙があり、周りに人のいない言峰教会におびき寄せて返り討ちにする事を選んだのだ。
そんな一連の諸々をこっそり一人で仕込んでいた凛はドヤ顔で、あまり厚みのない胸をここぞとばかりに張っている。
対するイリヤは当然自分を守るためにやってくれたことなので何も言えず、桜も好き好んで体を汚されたいはずもないので、ひきつった笑みを浮かべるしかない。
唯一、カレンだけはやれやれとため息をついている。
「事情が事情ですから、仕方がありませんね、迷える子羊に閉ざす扉は神の家にはありません」
「理解してもらって助かるわ、あんたも一緒に守ってあげるから心配要らないわよ?」
「……所で…そういえばギルガメッシュが外出していましたね」
「え?」
調子に乗っていた凛がフリーズした。
逆にカレンはにんまりとなり、イリヤと桜に至ってはあっちゃーな顔になっている。
当然だが、大人バージョンでも子供バージョンでもギルガメッシュはギルガメッシュ、当然魔力を発散している。
つまり…帰宅したギルガメッシュがさっきの罠を発動させたというか、引っ掛かった可能性もあるのか?
仮にも英霊なのだし、アーチャーである所のギルガメッシュにも一応対魔力があるので死にはすまい。
そもそも人間の魔術師の罠に英霊が引っ掛かるかどうかという考えもあるが、そこはあのギルガメッシュ…うっかり属性の慢心王の事なのでないとは言い切れない。
「凛…貴女…」
「姉さん…」
「え?い、いやチョイ待ち!!待ってまーって!!まだギルガメッシュって決まってないでしょうが!!」
「これが遠坂の|お家芸(うっかり)ですか…」
「やかましい!!」
直後、声よりやかましい振動が来た。
魔力による爆発の第二段、一度目より近い…凛の顔色が青くなったのを見ると、どうも防衛ラインを二重にしていたようだが、それは同時に魔力を持った何者かは着実に近づいてきているという事だ。
「い、いやいやいや、まだよ!!まだ引っ掛かったのがギルガメッシュじゃなくて間桐臓硯だって可能性も十分…」
「自分達を襲おうとしている相手が来るのを期待するなんて、正気を失いましたか凛?」
「う、五月蠅いわね!!」
軋む音に会話が切れた。
何者か…おそらく凛のトラップに引っ掛かった誰かが、とうとう教会の扉に辿り着き、開こうと力を込めたために起こった音だ。
瞬間で魔術師の顔になった三人+成り行きを見守るカレンが身構える。
本当に嫌な話だが、凛の言うとおり間桐臓硯がここに辿り着いた可能性もゼロでは無い。
その場合、ダメージを受けたであろう臓硯を即時殲滅する必要がある。
この場における戦闘要員である凛、桜、イリヤはそれぞれの魔術回路を起動させ、魔術を発動させるタイミングを計りながら見る教会の戸口はゆっくりと開き…。
「ぷはー一体誰ですか?あんな性質の悪いいたずらを仕掛けたのは?」
「「「「……」」」」
現われたのはギルガメッシュ子供バージョンだった。
あっちこっち煤けていて、口からは黒い煙を吐き出している。
「おかえりなさいギルガメッシュ?」
「た、ただいま…どうしたんですかカレンさん?いつもは「何でこんなに遅くなったのか説明してごらんなさいこの×××?」とかネチネチと小言を言っているのに、今日に限ってなんだかやさしいし、それ以上に嬉しそうですよ?」
|この女(カレン)…あの毒舌はすでに日常会話レベルなのか?
「フフフ、気にしなくてもいいんですよ」
「うわ、皮肉を軽くスルーされた。いや、めちゃくちゃ気になるんですが…それと何で遠坂凛さんは白い灰になってるんです?」
床に突っ伏し、賭けに負けた敗者…凛の姿はとても哀れなものだった。
「気にしなくていいんですよ。大方、仕掛けに使った宝石の値段でも思い出したのでしょう」
「ぐは!!」
遠坂の魔術は宝石なんて物を媒介に使うため、とにかく金を食う。
図星を指された凛のダメージ…プライスレス。
カレンの満足そうな笑顔もプライスレス。
人の不幸をかぎ分けるカレンの嗅覚がとんでもない。
「はあ、よく分かりませんが、お客さんですよ」
「客?こんな時間にですか?」
「あ、いえ…カレンさんじゃなくて、遠坂さんに…」
「「私?」」
桜と真っ白になっていた凛が復活して反応する。
「ええ、さあどうぞ」
ギルガメッシュが道を譲り…大人バージョンでは絶対にあり得ない行動だ…中に通されたのはぼろぼろのジーンズとシャツを着た白髪の青年、血の気の薄い白い肌の男に、凛と桜が目を丸くする。
「えっと…あ」
「まさか…」
二人は、十年ぶりでありながらすぐにそれが誰かを見分けたようだ。
「や、やあ…」
ほほの肉がそげ落ちた顔に笑みが浮かぶ。
凛と桜は十年ぶりにその笑顔を見た。
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第四次聖杯戦争が終わって数年後…死んだはずの男が地の底から戻って来た。そのおぞましきせいで求める物は…。 他のサイトにあったFateの逆行再構成物の外伝であり、時臣矢アイリスフィールなどが生きていて葵も健在です。他に第五次聖杯戦争のサーヴァントもいます。間桐雁夜と臓硯は死んでいます。というか死んでいました。 | ||
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