かくして祝福の鐘は鳴る
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「珍しいな、君が私の店に来るとは」

「そうですね、顔見せ位には来るべきだったかもしれません」

 某年某月某日…【食事処 理想郷】に来店したのはアッシュブロンドに金の目、少女と呼ぶべき容姿で軽く笑うカレン・オルテンシアだった。

 彼女が店に来るのは珍しいどころか初めてである。

 基本教会にいて、遠出をするのも珍しい彼女の行動範囲に理想郷が入っていなかったのだ。

「それで、今日は何の用かな?」

 そんな彼女が、自分のテリトリーを超えて店に来たという事は、それ相応の理由があっての事だろう。

 正直、このシスターが関わっている時点で厄介事臭がしないでもないが、知らない所で何かされ、巡り巡って自分に降りかかってくるくらいならば、最初から目の届く所に置くかこっちから関わっていった方がいい。

 火は小さなうちに消すに限る。

「察しがいいですね、エミヤシロウ?それでは単刀直入に言いましょう…」

 息を吐くように間をとったカレンの表情が、挑戦的と言うか挑発的な物に変わる。

 どうせろくでもない事に巻き込むつもりだろうと、シロウもため息をつきつつ何を言われても動じないように腹をくくった。

「結婚してくれませんか?」

 …時が止まった。

 色が消え、モノクロの世界になる。

 流石にこの申し出はシロウの予想を大きく斜め上方に超えてきたため、頭の中まで真っ白になった。

 完全に動きのなくなった世界で唯一…カレンがしてやったりな笑みを浮かべている。

「…まず最初に確認しておこう。どういう意味だ?」

 なんとか自我境界線を構築しなおしたシロウが問う。

 表面的には平静を保っているが、内心は|自分(カレン)と結婚してくれと言いださないだろうかと割と戦々恐々だ。

 そして…非常に不本意極まりないが、シロウのそんな考えを見透かしたかのようにカレンの笑みが濃くなっている。

「ただ単純に、冬木教会で結婚式を行いたいと言っているだけですが?適当に相手を見繕って貰えませんか?」

「…既に妙な方向に話が転がり出したな」

 どうやらと言うかやはりと言うか、愛の告白では無いらしい。

 口調からして、どうも教会で結婚式がやれれば何でもいいようにも聞こえる。

 予想はしていたが、やはり重要な部分をぼかす事でこちらの動揺を誘い、からかうつもりだったかと息を吐いた。

 物理的に英霊を傷つけるのは難しいが、精神攻撃で殺す事は可能かもしれないなどと思ってみる。

 胃潰瘍で死んだ英霊など聞いた事もないが、案外殺れるんじゃないだろうか?

「まずはこれを見てください」

 そう言って、カレンが差し出したのは結婚情報誌だ。

 さっきのたまった結婚と言う奴に関係してくるのだろうが、まだどういう流れで関わるのかが分からない。

「これは?」

「昨今、チャペル式での結婚式が流行っているようですね…」

 今更な気もするが…結婚式のスタンダードが神前や人前からチャペル式に移行しているのは確かだ。

 結婚式場だけでなく、少し大きなホテルならチャペル式の設備を備えている所も珍しくない。

 白無垢よりもウェディングドレスの方が見た目など華美なので、女心をくすぐるのかもしれないが、シロウにはその辺りの機微までは分からない。

「にわかな神の家が氾濫し、嘆かわしい事です」

「そういうものなのか?」

 これまたシロウの理解の及ばない世界の話だ。

 宗教と魔術は切り離せない関係にあるため、シロウも齧りくらいはしたことがある。

 ただしそれは、基本的に魔術と宗教の歴史を紐解いた程度で、結婚式やらなんやらのローカルな部分の知識までは持ち合わせていない。

 しかも相手は一応がつくが宗教関係の人間だ。

 こういう手合いの意見を安易に否定して、良かったためしもない。

 良く分は知らないが本職の聖職者が認めるなり施しなりなりされていれば、ホテルの聖堂も神の家と言えなくもないのではないかとは思うのだが、結婚式にしか使われない施設と、日曜礼拝などもやっている教会ならば、後者の方が御利益はありそうな気はする。

「それで、カレン・オルテンシア…一体君は何が言いたいのかね?」

 ここまで言ってまだ分からないのか?っと言う蔑みの目で見られる筋合いはないと思う。

 やれやれ、はっきり言わなければ理解できないのかこいつはと言う感じの溜息を、これ見よがしにつかれる覚えもない。

「つまり、現代の流行に流されている若人達に、本来の結婚という儀式を思い出してもらおうという事です」

「具体的には?」

「冬木教会で結婚式を執り行い、それを映像と写真に収めます」

 それをブライダル雑誌の出版社に持ち込んで掲載してもらおうという事らしい。

「…待て、それは単に営業だろう?」

「ついでです。それによる収入が教会の維持費に流用される事は否定しませんが…」

 この女の面の皮は何センチだろうかと真面目に計ってみたくなった。

「会場は当然冬木教会で、披露宴などはありません。撮影はすべて通して行います」

「待て、意図は分かったが何故それを私に持ってくる?」

「貴方なら相手には苦労しないでしょう?」

 皮肉かと問えば、勿論皮肉ですよと返してきた。

 この女は…聖職者のくせに何でこんなに歯に衣着せないのだろうか?

 思わずイラッと来るが、この感情のまま動いたら負けだ。

 実に楽しそうにこちらを観察しているカレンの顔にピキリと来る物があるが…耐えた。 

「それに、貴方には色々と貸しがありましたしね?」

「む…」

 確かに、暴走した魔術師達を撃退するために骨を折って貰った覚えがある。

 実際骨を折ったのはギルガメッシュだったが、この女ならギルガメッシュの物は自分の物とかジャイアン理論すら持ちだしかねないので、言っても無駄だろう。

「この辺りでまとめて返していただきたいのですが?」

「つまり、適当に結婚式の真似事をしろと…」

 面倒だが…より面倒な問題で貸しを使われるよりはましかと諦めた。

「真似事?そんな事が許されるとでも?」

「…何?」

 晴れかけていた不穏な空気がリバウンドしてきた。

 しかもそのレベルを上げて、カレンが今日一番のいい笑顔を浮かべている。

「神の前での誓いに虚偽は許されません」

 はっきり断言された。

 つまりカレンが言いたいのは…。

「…本当の結婚式を行えと言うのか?」

 冗談でも演技でもなく、本当に結婚しろと…?

「義兄さんと結婚できると聞いて!!」

 シロウが二の句を告げるより早く、乱入者が来た。

 向かって右、店側の入り口を文字通り吹き飛ばして入って来たのはイリヤだ。

「イリヤ…何と言う格好をしているんだ?」

 シロウの見るイリヤの恰好は…確かに変だった。

 ただし、それはこの場と状況を鑑みてと言う意味であり、彼女の恰好が見れた物ではないと言うわけではない。

「ど、どうですか?義兄さん?」

「あ、ああ…綺麗だ」

 はにかみながら問いかけてきたイリヤは確かに美しい。

 母譲りの淡雪のような白い肌に、薄紅色のドレスがよく映える。

 あまり飾った所のないシンプルさが、余計な脚色なく彼女の魅力を引き出していて、薄いベールの向うで頬を染めている様が初々しい。

 要するに、イリヤは今…ウェディングドレスを着ている。

「…イリヤ、一体…」

「シロウお兄さんが結婚相手を探していると聞いて!!」

「こっちもか!?」

 今度は左側、厨房の勝手口から突撃してきたのは桜…こちらも見事にウェディングドレスだ。

 乱入者二号はイリヤのそれとは対照的に、レースをふんだんにあしらった仕様で王道のイメージのウェディングドレスを着た桜だ。

 真っ白なドレスは桜の黒髪に良く映えて、対照色のコントラストが美しい。

 二人はまずシロウを見て微笑み、ついで互いをロックオンして激しい視線を交わした。

「おやおや、何故こんな修羅場に?」

 言葉とは裏腹に、楽しそうな口調で観戦モードに入ったカレンに軽く殺意が湧くが、今は目の前の二人の方が問題だ。

 カレンの落とした爆弾に気を取られ、最初からいたのにすっかりその存在を忘れていたのは失敗だった。

 やけに静かだった事も忘れていた原因の一つだが…何をしていたのかと思えば、どうやらお色直しに行っていたらしい。

 物理的にいなければそれは静かにもなるだろう。

 しかも、カレンが結婚云々の話をし始めてからさほどの時間すら経っていないと言うのに、どこからかドレスを調達しつつ、着替えてきたこの早変りはどう言う奇跡を使ったのだろうか?

「おやおや、お二人共血気盛んな事ですね」

「自分で種をまいておいて何を言う」

 しかも、刈り取るのをシロウに押し付けて笑って見ているだけなのだから、性質が悪いにも程がある女だ。

 すでに両者の周囲には漏れだした魔力が陽炎となって立ち上っている。

 イリヤに相手を頼めば即座に桜が暴発するだろう…桜を選べばその逆だ。

 二人の魔力が正面からぶつかったなら、5分後に【食事処 理想郷】が原型をとどめているかも危うい。

 しかも、二人共にちらちらとこちらに視線を向け、自分を選べと催促してきているので残り時間もないと来た。

「…仕方がない」

 シロウは腹をくくった。

 

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 一週間後の大安吉日…青天の空の下、冬木教会は結婚式の準備にあわただしかった。

 列席する参加者名簿には土地の有力者である遠坂や任侠の藤村組組長の藤村雷画を始め、古今東西の伝説上の英雄の名前が載っていると言う…見る者が見れば文字通り目を剥くような物となっていた。

 国際色豊かな面子は、そこにいるだけで異彩を放っていたが…一番挙動不審なのは今回の主役の片割れである新郎だ。

 既に聖堂に入っていると言うのに、そわそわして落ち着かないでいる。

「シ、シロウクン、ボクハドコカオカシクナイカナ?」

「何所かおかしいかと言えば見たまんま不審人物だな、少しは落ち着け切嗣」

 新郎は…衛宮切嗣だった。

 ぼさぼさの髪は理容店に強制連行し、スッキリした長さに整えつつ無精髭も剃り落している。

 無意識に、せっかくセットしている髪を触って崩してしまいそうになるのをたしなめられている男が、その筋では頭にヤのつく自由業な連中より遙かに恐れられた彼の魔術師殺しだなどと…誰が信じるだろうか?

「このヘタレ…」

「どうとでもいえ陰険シスター」

「最悪ですね、貴方…」

「そこまで言われるといい加減心外だな、依頼に不備はないはずだ」

 軽蔑の視線と言葉をよこして来るカレンをシロウは華麗にスルーする。

 カレンが依頼したのはあくまで本当の結婚式を行い、それを撮影する事だけだった。

 どうあってもシロウでなければならない理由はない…それでもやはりヘタレと言われれば返す言葉もないのだろうが、それはそれでこれはこれだ。

 店長として、シロウは【食事処 理想郷】を守る義務があるのだから…実際、落とし所自体は悪くなかったと自画自賛している。

 親に結婚式を譲ると言われて、それでも我を通す様なイリヤではないし、桜ならば尚の事…いい妹分に恵まれた事に感謝しよう。

「…む、始まるか?」

 シロウに皮肉を吐いていたはずなのに、何時の間にかパイプオルガンの前に移動していたカレンが椅子に座り、鍵盤に手を添えて賛美歌のメロディーを奏で始める。

 奏でられる音楽が聖堂内を満たすと同時に、参列者の後方にある扉が開放され、今日の主役が入場してくる。

 彼女が登場した瞬間、参列者の全てが感嘆の息を漏らした。

 白いウェディングドレス姿のアイリスフィールは、彼女自身の美しさもあって白百合か胡蝶蘭のようだ。

 アイリスフィールの隣に立つ新婦の父親役は、見た目の問題で雷画が務めている。

「?♪??♪♪」

 二人が一歩目を踏み出すのに合わせて、ライダーが賛美歌を歌い始めた。

 女神の歌声はパイプオルガンの音色と共に聖堂に反響し、天上の音楽で満たしてゆく。

 祝福の音の中、雷画に手を引かれたアイリスフィールは、参列者達の視線に見守られ拍手を浴びながら切嗣のもとへと向かう。

 その後ろでベールを持ってくれているのはギルガメッシュ(小)だ。

 話をしたら進んで協力してくれたのだが、一体大人になるどの段階でこの素直さを失ってしまったのだろう?

「会長の母上…とても高校生の親とは思えぬ美しさだ。そうは思わんか?」

「本当に、やっぱり血筋だろうな、シロウさんの知り合いにも年齢のわりに若い人多いし」

「……」

「すっごいきれいですよアイリスフィールさーん」

 新婦側には、イリヤの繋がりで穂群原生徒会+葛木と、雷画の身内で虎が出席している。

 特に虎が我が事のようにはしゃいでいた。

「新婦さん奇麗だね?!!」

「由紀香の言う通りだな、流石はあの会長の母上と言う所か、非のつけどころがない」

「前から思ってたんだが…」

「何だ蒔の字?」

「こういうの見てると卒業(1967 米)とか思いださね?」

「…本気でやったら殴るぞ、誰だこんな危険人物を混ぜたのは?」

 穂群原学園陸上部の三人娘もちゃっかり人数合わせに動員されていた。

 切嗣もアイリスフィールも身内と呼べる人間が数人しかいないため、参列者も自然と寄せ集めになってしまうのは仕方がない。

「エクセレント!!これだけの英雄達に祝福されながらの結婚とは、まさにお金に換算できないウェディングですわ、教会自体が貧相なのはまあ仕方がありませんけど」

「ルヴィア…そろそろ日本の“遠慮”と言う言葉を勉強しろ…陰険シスターが横目でこっち睨んだぞ」

「そういえば、ウェイバー先生?私まで出席してよろしかったんですか?」

「お前がまた勝手についてきたら巻き込まれたんだろうが、いい加減部下に俺のスケジュールを調べさせるのをやめろ」

 友人であり戦友の晴れ舞台と言う事で急遽来日してきたウェイバーとルヴィアは新郎側の席にいる。

「ほう、これまた美人の嫁さんではないか…」

「アレクセイ…欲しいなどと言ったら許しませんよ?」

「…む?」

「む?ではありません。貴方はどうにも人の物を欲しがる悪癖がありますからね」

 アルトリアとアレクセイの二人もいるようだ。

 数をそろえるため、適当に連絡の取れる相手を選んで声をかけたはずなのに、この面子が集まる辺りに運命とか必然と言う言葉を思わずにはいられない。

 そんな彼等、彼女達の目の前を通り過ぎ、アイリスフィールが切嗣のもとに辿り着いた。

 切嗣にアイリスフィールを引き渡すときに、雷画が本当に父親の如く切嗣を睨んだりしたのは見なかった事にしよう…本当の娘が哀れになる。

 新婦側の席にのいた所でこっそり虎にどやされていた。

「奇麗だ。…アイリ」

「うれしいわ、切嗣…ありがとう」

 並んだ二人は同時に神父を見る。

「…ここに、結婚式の開会を宣言する」

 厳かに、重量さえ感じさせる声の主はバーサーカー…ヘラクレスだ。

 狂化が解けた彼が、今日の式を執り行う。

 神父と言うには少々見た目が武人過ぎてしまうが、本人の神性と伝説の中において神に上り詰める人物なので、これ以上の適任はない。

 何より本人が名乗り出て、新郎新婦の了承が得られたとなれば問題があろうはずがない。

「新郎、貴方はその健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 大英雄の言葉は、全てを包む父のような温かさで愛を問いかける。

「…誓います」

 切嗣は、一度息を吸い込む間を持ってはっきりと答えを放った。

 アイリスフィールと共にあると、皆の前で宣言したのだ。

 ヘラクレスは何処までも優しい視線で切嗣を見て、そのまま横にいるアイリスフィールにずらした。

「新婦、貴女はその健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

 ほとんど即座に答えが返って来た。

 少しせっかちな返しだったと気がついたのだろう、ベールの上からでも彼女が赤面しているのが分かる。

 いくら恥ずかしくても逃げ出す事は出来ないので、俯いてしまった。

「では、指輪の交換を…」

 それに気がつかなかったと言う風に、式を進めるのがヘラクレスの優しさだろう。

 横に控えていたランサーが一歩前に出て手に持っている箱の中身を差し出す。

 白い箱の中にあるのは銀で作られた結婚指輪だ。

「俺の手製なんだ。大事にしてくれ」

 ニヤリと笑ってウインクをするランサーに苦笑しながら、二人はそれぞれの指輪を受け取った。

 切嗣はアイリスフィールに…アイリスフィールは切嗣にお互いの指輪をはめて交換する。

「次に、結婚証明書に署名を…」

 二人の名前が証明書に書き込まれると、いよいよ近づくクライマックスに参列者の期待が高まる。

「では、誓いの口付を…」

「はい」

 切嗣がアイリスフィールのベールをめくれば、瞳を潤ませた彼女と目があった。

「切嗣…」

「愛している。…アイリスフィール」

 切嗣は心持ゆっくり顔を近づけ…アイリスフィールは目を閉じて受け入れる。

 二人の唇が近づき、触れ合った瞬間…盛大な歓声が上がった。

 

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「…ふう」

 ヘラクレスの閉式宣言によって二人が退室した後、教会を出たシロウは外をぶらついて時間を潰していた。

 本当なら一連の流れで次のセレモニーに入っているはずだが、撮影機材の移動や準備で少し時間が空いてしまったのだ。

 式の費用などはすべて教会持ちなので、この程度の不満は甘受すべきだろう。

「シロウ」

「ん?」

 呼ばれ、振り返って見れば今日の主賓の二人がそろって歩いてくる。

「いいのか?今日の主役が揃ってこんな教会の裏に来て…」

「ははっそのくらいの自由はあるよ」

「どうしてもお礼が言いたくて…」

「お礼?そんないい物では無いさ、面倒を押し付けたような物だ」

 シロウにとっては危機回避のためだったので、お礼を言われたら逆に申し訳ない気分になる。

「それでも、ありがとう。私こんなの初めてよ」

「そうか、まあ魔術の契約とは違うからな」

 打算有りの必要性ありな契約と結婚式のそれを一緒にする方が間違いだろう。

 それではあまりにも夢が無さ過ぎる。

「しかし、二人ともいないと言うのは確かに失礼だな、アイリ?先に戻っていてくれないか?」

「そうね、向うの準備ができたら呼びに来るわ」

「頼むよ」

 心底うれしそうな笑顔のまま去っていくアイリスフィールを男二人が見送った。

「…変わったな?」

 シロウの言葉は勿論、切嗣に向けられたものだ。

 出会ったと言うか、再開した時の切嗣とは別人…シロウの記憶にある切嗣とも違う気がする。

 シロウの記憶にある切嗣は、いつも影のある笑い方をしていたが、目の前にいる切詞にそれはない。

「ああ、僕はいま幸せだからね」

 惚気られた…結婚式をやると決まってからこっち、切嗣のテンションは妙な事になっている。

 今のようにハイになっている事もあれば、急に真顔になって何かを考え込んでいる事もあった。

 今更マリッジブルーでもあるまいし、あれは新婦側のあれこれだろうと思って見て見ぬふりしていたのだが…。

「吸うかい?」

 切嗣がポケットから取り出したたばこを勧めてきた。

「貰おう。しかし煙草は止めたんじゃなかったのか?」

「こんな日くらい硬い事は言わないで欲しいな」

 互いに苦笑しあい、一本ずつ抜きとって火をつける。

 肺に煙を吸い込めば、たばこ特有の味がした。

「それで…何か話したいんだろう?」

「ばれてたか…」

 舌を出してとぼける切嗣に続きを促す。

 あまり時間があるわけでもない。

「シロウ…僕は幸せだったんだ」

 切嗣が…ひどく遠い目をした。

「前に話した事があるね?僕が大事な人を亡くして、父親を殺した時の事を…」

「ああ…」

 田舎の港町に住んでいた切嗣と父親…そして助手の少女シャーレイ…試薬の流出による彼女の死徒化と、切嗣が彼女を殺せなかった事による悲劇…人でなくなった者達が歩きまわり、燃え盛る村の中から切嗣を救いだした女性…ナタリア・カミンスキに事情と現状と原因を聞き、借りた銃で切嗣は父親を殺した。

「ナタリアに拾われてからも僕は幸せだった」

 自分の父親が行った事が氷山の一角と知り、封印指定執行者となっても…ナタリアがそれ以外の生き方を知らなかったためであり、切嗣に才能があり過ぎたためでもあるが、彼女についていく事を選んだのは切嗣だ。

何故なら、人を殺すすべを磨きながらも切嗣は幸せだった。

「ナタリアが…母と呼べる人が傍にいたから…そして彼女も僕が殺した」

 300人の屍食鬼を詰め込んだ旅客機、そんな小さな死都を地上に降ろさない為に、唯一の生存者である家族を犠牲にした。

 切嗣の幸せを終わらせたのは切嗣本人だった。

「母と呼べなかった事が心残りだった」

 思えばあれが、魔術師殺し衛宮切嗣の誕生だったのだろう。

 やむを得なかったとはいえ、一番大事な者…守りたかった者を己の手にかけた以上、切嗣はそれ以外の物に優劣をつけられなくなったのだから…。

「それ以来…僕は幸せになる事が怖かったんだ。特別な誰かを作るのが怖かったんだと」

 愛する物を救えず、誇りに思っていた父と母になってくれたかもしれない女性をその手にかけた…ならば、次もまた…と…。

「…アイリスフィールを愛していたのだろう?」

「愛していた。アイリだけでなくイリヤも…でも僕はそれを自分の願いの犠牲にしようとした」

「彼女を連れて…イリヤと共に親子三人で逃げだそうとしていたはずだ」

「僕は実行できなかった。そんな物に何の意味がある?」

 誰かが止めなければ、シロウがいなければ、切嗣は再び自分の愛する者をその手にかけていたかもしれない。

 しかし…。

「それで、結局は何が言いたいんだ?」

 この男に限って泣き言でもあるまい。

 いくら教会とは言え、シロウ相手に告解でもなかろう。

 色々な物を抱え、それでも妻を愛するとついさっき誓ってきた男なのだから…そんな心の傷などとっくに乗り越えたからここにいるはずだ。

「あ?うん、そうだね…つまり何が言いたいかと言えば、僕はもう幸せになる事をこわがらない。アイリとイリヤの三人で幸せになると決めたからね、だからシロウも…」

「切嗣ー!!」

 アイリスフィールが切嗣を呼んでいる。

 おそらく準備ができたのだろう。

「あ…」

「早く行ったらどうだ?主役がいなければ何も始まらないぞ?」

「う…わかった。この話はまた後で…アイリ、今いく!!」

 切嗣がアイリスフィールの下にかけて行くのを見送って十年以上夫婦をやっている二人にこういうのはなんだが…初々しいなと言う感想を得た。

「…気を…使われたかな?」

 切嗣の背中を見送って、シロウはぼそりと呟いた。

 

?????????????????????

 

 鐘が鳴る。

 祝福の鐘と共に、教会の扉があけ放たれ、新郎と新婦が現れた。

「おめでとうー!!」

「おめでとうございま?す」

 花吹雪のように撒かれるライスシャワーの中を歩く二人は一点の曇りもなく幸せそうだ。

 一段一段、ゆっくりと階段を下って来る。

「は?い、そろそろブーケトス行くよ?」

 二人が階段の一番下に辿り着くと、解り易く活気が上がる。

 誓いのキスが本人達のメインイベントならば、ブーケトスは参列者のメインイベントだろう。

 新郎と新婦の前に自然と空間が開けられる。

「悪いけど、娘としてはママのブーケは渡せないわね」

「負けませんよ、イリヤさん」

 肩透かしを食らった対決の鬱憤をここで晴らそうと言うのか、イリヤと桜が燃えている。

 格闘漫画のように熱い熱気が渦巻いていた。

「それでは私も」

「ちょま、ライダーまで参加すんの!?」

「ポセイドンとは愛人関係でしたから、結婚していたわけではありませんしね」

「ありませんしね?って何その無理ゲー!?」

「遠坂には負けられませんわ!!」

「ルヴィアまで絡んでくんな、めんどくさい!!」

 それでも参加する意思は変わらないらしく、きっちり真正面のいちばん良いポジションを確保しているのが凛らしいと言えば凛らしいか…。

「よっし、あたし達も参加すんぞ!!」

「え、ええ?ま、蒔ちゃん?恥ずかしいよ」

「フム、蒔の字の言うとおり、私達にも参加の権利はあるしな、由紀香?これも経験だ」

 ずるずると両脇に手を入れられ、友人二人に引きずられてゆく由紀香は捕獲された宇宙人のようだった。

「私も混ぜろーー!!これでもシングルだぞゴラーー!!文句あるか!?」

 トラが吠えた。

 いつの間にか竹刀まで持ち出しているのを美綴綾子が必死に止める。

「ちょ、藤村先生!!落ち着いて!!何無茶しようとしてるんですか!?」

「何言ってんのよ美綴さん!?女は攻めなきゃ!!」

「何を、どこを攻めるつもりですか!?」

 何か虎に火が付いている。

 結婚式を見ていて何かの導火線に火がついたようだ。

 それが女としての諸々なのか、それとも動物的な本能なのかは微妙…。

「そうですよねバゼットさん!?」

「え、ええ!?大河、そこで私に同意を求めるのですか!?」

「ちょ、藤村先生!?」

 有無を言わせず美綴とバゼットを引きずって行く姿はとてもパワフルだ。

 今の大河に逆らえる者はいない。

「わ、私もですか?」

 そしてさらに、参加者は増える傾向にある。

「何を遠慮しとるかアルトリア、奪い取って自分のもんにして来い!!お主はどうも奇麗事が多くていかん!!たまには正直になってこんか!!」

「ア、アレクセイ!?貴方の理屈を押し付けられても困る!!」

 でも結局、アルトリアも参加する事になった。

 最終的には12人と割かし多めの人数が一列に並んだ。

 必ず分捕ってやると目が爛爛としている者から、流れで参加する事になってしまいやれやれな顔の者までいる。

 まあ、いくらなんでもこの状況で魔術だのなんだのはあるまい。

 とんでもない事にはならないはず…だ。

「行くわよ皆?」

 アイリスフィールが背を向け、ブーケをトスする。

 12本の手が同時に落ちてくるブーケに伸びた。

「はい、|カット(フィッシュ)!!」

「「「「「「「「「「「な!?」」」」」」」」」」」

 12対の瞳が見ている前で、ブーケがっ攫われた。

 赤い布によって…。

「皆さんお疲れ様でした。撮影はここまでです」

 そして…それをなした下手人はブーケをゲットしたまま頭を下げて礼を言う。

「…カレン?あんたどう言うつもりかしら?」

「おや、どうかしたのですか遠坂凛?私はただ小道具を回収しただけですが?」

 ぬけぬけと言うが、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべている顔が雄弁に物を語っていた。

「ああ、なるほど投げられたブーケをゲットした人が次に結婚するジンクスですが…これはうっかりしてました。テヘッ」

 舌を出して失敗しちゃったジェスチャーをしても全然可愛くなかった。

 本人全く笑ってないし、この女は絶対すべて分かった上でやらかしやがったのだ。

「しかし残念、私は神にこの身をささげたシスターですので、誰かの妻になると言う事ができません…つまり…」

「「「「「「つまり?」」」」」」

「私が一番最初に結婚しなければならないと言う事は…皆さん、一生独り身と言う事ですね」

「「「「「「カレンーーーーー!!」」」」」」

 彼女達が怒るのもやむなし…ここは怒るべき所だろう。

「いい度胸ねカレン?無理やり還俗させてでも結婚させてやるわよ!!」

「あ?れ?お代官様、そんなご無体な?」

 カレンが棒読みでのたまった瞬間、何かが逝った音が複数重なった。

 

???????????????????????

 

「何をやっているんだか…」

 切れた彼女達が騒ぎ、カレンがそれを受け流している様を、シロウは少し離れた場所から見ていた。

 何時も通りと言えば何時も通りだが、結婚式くらい厳かにやれないものかとも思う。

 切嗣とアイリスフィールが子供達のはしゃぎぶりを微笑ましそうに見ているので問題はあるまいが、そろそろ大人になって欲しい物だ。

 特に虎…生徒に混じって何をやっているんだあの肉食動物は?

 ライダーやバゼット、氷室鐘や三枝由紀香と美綴綾子辺りは早々に戦線離脱していると言うのに…残りの半数くらいは未だにブーケを奪い取ろうとしている。

 他人がゲットしたブーケを奪い取った場合、ジンクスとかその辺りどうなるのだろう?

「これが幸せなのか?」

 平穏な日常を幸せと言えるならば、これもまた幸せの形なのだろう。

 少々エキサイティングな幸せなのは否めないが…。

「…私は…幸せだったのか?」

 シロウは切嗣の言葉を考える。

 子供の頃の切嗣と同じく、あの悲劇を経験する前の自分は…“多分”幸せだったのだろうと思う。

 この時代に来る事で、シロウは確かに自分の名前を取り戻した…両親も見た。

 しかしそれは…ただそれだけの事でしかない。

 世界に認められ、英霊の座に招かれた英雄はその時点で存在を固定される。

 守護者やサーヴァントとして、新たに手に入れた記憶や経験は更新されるが、英霊になった時点で父母の記憶をなくしていたシロウには、彼等の事を“思い出す”という行為が出来ない。

 故に、自分の名も父母も士郎の家族としか認識できなかった。

 シロウが未だに衛宮姓以外を名乗らないのも…それがすべてではないが理由の一端ではある。

 それでも、多分がつくとはいえ幸せだったのだろうと言えるのは、この世界の士郎のおかげだ。

 彼を見ていると、父と母が自分をどう言う風に育てていたかがよく分かる…きっと思い出せないだけで自分もまた愛されていたのだろうと、そう思える。

「だが…そういう問題ではないのだろうな…」

 答えは分かっている…切嗣は自分にも幸せにおびえるなと言いたかったのだろう。

 そしてシロウの幸せとは…。

「…?」

 そんな事を考えながら“彼女”を見ていたら、視線に気がついたのか自分に向かって振り向いた。

 シロウが彼女を見て、彼女もまたシロウを見る。

 互いの視線が交差するが、彼女の方はシロウの視線の意味を理解できずに戸惑っていた。

「…ふむ」

 少し考え…頷き…何かを決めたシロウは色々な意味で前に進む一歩を踏み出した。

 

 …後日、この結婚式の映像と写真が公開されると、冬木教会での結婚式の希望者が殺到し、カレンがホクホク顔になったらしいが……それは割とどうでもいい話ではある。

 

 

説明
ある日、カレン・オルテンシアがシロウの所にやってきた。
お願いがあると言う彼女がシロウに頼んだ内容は…。


他のサイトにあったFateの逆行再構成物の外伝であり、時臣矢アイリスフィールなどが生きていて葵も健在です。他に第五次聖杯戦争のサーヴァントもいます。
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