IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜 |
「・・・・・・」
「・・・・・・」
気まず〜い沈黙が部屋を包んで三十分くらい経っただろうか。俺とシャルルらしき女子はベッドに腰掛けて向かい合ってはいるが全く話をしていない。仕方ない。こうなったらヘルプを呼ぼう。俺は携帯で一夏に電話をかけ、すぐに来いとだけ伝えた。一分ほどすると一夏はやって来た。
「瑛斗ー。急に呼び出してどうしたんだ?って、誰だ?その子」
「誰だと思う?・・・・・シャルルだ」
「え!?でもシャルルは男だろ?」
「ああ。だから今からどういうことか説明してもらおうと思ってな」
俺は改めてシャルルに顔を向けた。
「えっと、じゃあ、どうして男のフリを?」
「それは、その・・・・・実家の方からそうしろって言われて・・・・・」
「実家って言うとデュノア社の―――――」
「そう。僕のお父さん。その人からの直接の命令だよ」
「命令?親なのになんでそんな―――――」
「僕はね瑛斗、一夏。愛人の子なんだよ」
そうきたか・・・・・。愛人・・・。なんとも複雑な話になりそうだ。
「引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなったときにね、父の部下がやってきたの。それで色々検査する過程でIS適応が高いことがわかって、非公式だけど会社のテストパイロットをしてたんだ」
シャルルの一言一言が重みを持っている。おそらくシャルルは話したくはないことを懸命に話してくれている。俺はそれを聞くことに専念した。
「父にあったのは二回くらい。会話は数回位かな。普段は別邸で生活してたんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あのときはひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。お母さんももう少し話してくれば良かったのに・・・・・」
まただ。また大人の自分勝手な都合が子供を巻き込んでいる。俺は心の内から溢れる怒りを抑えるのに苦労した。
「それからだよ。デュノア社が経営危機に陥ったのは」
「え?デュノア社って量産機のシェアが世界第三位だったんだろ?」
「確かにそうだが、デュノア社は第三世代型の機体の開発に他国と比べれば大きな差がある。ほとんどの企業が国から資金をもらってやっと開発、研究が成り立ってるこの御時世。フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』からは除名を食らってる。だから国防の為にもフランスは第三世代型の開発は急務なんだ。だろ?」
「うん・・・。凄いね瑛斗は。よくそこまで分かってるね」
「ここ数日でデュノア社に関してちょっと調べてみたんだ。そしたらそんな情報を発見できた」
「じゃあ、僕がどうしてここに来たのかも、分かるよね」
シャルルの目は悲しみでいっぱいになっていた。人はこんなに悲しい目をできるんだろうか。
「デュノア社が注目を浴びるための広告塔。そして・・・・・」
「そうだよ。僕はね、二人のG−soulと白式のデータを盗んで来いって言われてるんだ。あの人に」
「そんな・・・」
一夏が思わず呟く。ショックを隠し切れないのは無理もない。ふふ、とシャルルは乾いた笑いを漏らした。
「でもこれで任務は失敗。僕は近いうちに本国へ呼び戻されるだろうね。デュノア社は・・・・・そうだね。今までの様にはいかなくなるだろうね。どこかの企業の傘下に入るよ。まあ、僕にはもう関係ないことだけどね」
「「・・・・・・・・」」
自分の子供をこんなことに使うなんて、相当な下衆だな。デュノア社の社長は。
「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。今までウソついててごめんね」
「・・・・・いいのかよ」
「え?」
「ん?」
「それでいいのかよ!お前は!」
俺はシャルルの両肩を強く掴んだ。怒りが込み上げてくる。抑えようがない。
「え、瑛斗?」
「親がいなけりゃ子は生まれねえ。そりゃそうだ。でもだからって親が子の生き方を決めたり、自分の道具みたいに使ったり!そんなことされてお前は!お前は悔しくないのかよ!悲しく・・・悲しくないのかよ!?」
俺の頬を何かが伝った。なんだ?ああ、俺の涙か。怒りを通り越して悲しくなっちまったみたいだ。
「・・・・・悲しいよ」
シャルルがポツリと言った。
「悲しいよ!苦しいよ!辛いよ!でも!でも・・・!」
ボロボロと大粒の涙を流してシャルルは俺に抱きついてきた。
「でも、なんだ?お前の人生はお前のものだ。誰のものでもない。お前自身のものなんだ。自分を押し殺してまで、こんなことをする必要はないんだ」
「・・・・・・!」
「泣いて、いいんだぞ」
「う・・・・・うわぁぁぁぁん!わぁぁぁぁん!」
俺はシャルルの頭を優しく撫でてやった。そうして俺と一夏はシャルルが泣き疲れて眠るまでそばにいた。
「・・・で、どうするんだ?」
シャルルをベッドに横たわらせて布団をかけた一夏が俺に聞いてきた。
「そうだな。シャルルの身柄の安全は確かだ。それに関しては問題はない」
「特記事項第二一、だな」
「お、覚えられたのか」
「ああ。まあな」
「勤勉だな・・・そうだ。一夏、悪いんだけど、明日の駅前に遊びに行くの延期してくれないか?」
「え?別に良いけど、どうしたんだ?」
「少し朝早くから遠出する」
「・・・その顔は何か企んでるな?桐野研究員君?」
「フッ、ま、そんなところだ」
「あ、もしもし?エリナさん?」
『瑛斗?そっちは今早朝よね?どうしたの?」
翌日早朝。俺は屋上でエリナさんに電話をかけている。
「エレクリットの本社ってツクヨミで開発された武装設計図ありますよね?」
『あるわよ?』
「そんなかに俺のアイデアファイルってありましたっけ?」
『瑛斗の?ちょっと待ってね・・・・・。あった。あったわよ』
「良かった。まだあった。じゃあそのファイルのデータ、こっちに送れます?」
『へ?パソコンでいいかしら?』
「はい。ぜんぜん構いません」
『ちょっと待ってね・・・・・。うん。送信完了!もうついてるかしら?』
俺はノートパソコンを開き画面を確認する。確かに届いている。
「ありがとうございました」
『どういたしまして。それより、何に使うの?これ見たところ第三世代型のISの設計図面みたいだけど』
「いや、これと言ったことはありませんよ。それじゃ」
『あ、ちょ、瑛斗―――――』
プチッと電話を切る。エリナさんには悪いが、こっちもこっちで忙しいのだ。
「よし・・・行くか」
俺はG−soulを展開し、上昇する。
「Gメモリー!セレクトモード!」
様々な画面が映し出される。俺は迷わず選択した。
「セレクト!ゲイルス!」
コード確認しました。ゲイルス発動許可します。
G−soulの姿が変わり、背中に大型のウイングがつき、スラスターも増強されている。そしてそのウイングを90度スライドさせて、戦闘機の翼のようにする。この高速巡航形態のときに使用できる大型大出力エンジンを点火し、俺は大空は駆けた。目指すはフランス、デュノア社!
「ここかぁ・・・」
俺は大きなビルを見上げてつぶやいた。ゲイルスは高速巡航の時に使われる装備。性能で言うと宇宙空間なら秒速2400メートルっていうふざけたスピードで移動できる。あんまりピンとこない?じゃあ、めっちゃ速いって思ってくれれば間違いは無い。
「さて・・・」
俺は気を引き締めてビルの入り口からエントランスに入る。今の俺の姿はIS学園の制服。大分周囲の注目を集めている。
「あー、すいません。日本語、伝わりますか?」
受付にいた女の人に話しかける。
「はあ、問題ありませんが・・・・・」
おお、この女の人、フランス人なのに日本語がペラペラじゃないか。なら話は早い。
「デュノア社長に会いに来たんですけど」
ピクッとわずかに女の人の眉が動いた。
「少々お待ちください」
言うと受話器を取り出し、何やら会話を始めた。すると、
「こちらです」
大柄の男の人が現れて俺をエレベーターに促した。それに乗り、しばらくすると広間に出た。高さからしておそらく最上階だろう。
「やあ、よく来てくれた。歓迎しよう」
「・・・・・・」
俺を出迎えたのは黒髪に白髪が数本混じり、顔が精悍な初老の男だった。こいつがシャルルの父親か。
「ささ、座りたまえ」
俺は来客用のソファに無言で座る。
「で、何の用かな。ISを操縦できる男性の一人、桐野瑛斗君」
「いえ。今日来たのは商談です」
「ほお。それは興味深い。聞こうじゃないか」
男は余裕ぶった表情を変えない。
「聞いた話によれば、この会社は第三世代型の開発に苦心しているご様子。そこでこんなものを持ってまいりました」
俺はパソコンを開き、画面を見せた。
「これは・・・!」
男の表情が一変する。
「第三世代型のISの設計図です。どこの国にも見せてはいません。この会社が初めてです」
「・・・・・・」
男は顎に手をやり考えるような仕草をした。ぶっちゃけ言うとこの設計図は俺がツクヨミにいたころ、暇つぶしに描いたものだ。あまりの完成度に所長に若干引かれたのを今でも鮮明に覚えている。
「どうです?欲しいですか?」
「・・・・・・何が望みだ?」
食いついたな。思った通りだ。
「望み、とおっしゃいますと?」
「いくらでこれを売ってくれるかと聞いてるんだ!」
「そうですね。俺は金なんていりません」
「なに!?」
金はいらないという発言に男は驚いている。
「その代り、一つ条件があります」
「条件?」
「はい。お子さんのシャルル君、俺達に全部話してくれましたよ」
「・・・!そうか、しくじったのか。使えん奴め・・・!」
殴りかかりそうになるがグッと堪える。うん、俺今感情のコントロールできてる。
「条件と言うのは簡単なことです。シャルルに今後一切あんな馬鹿げたことはやめさせてください」
「ほう、そんなことかね?てっきりもっと大それたこと要求してくるのかと思ったら、あの娘を守ろうとしているのか。君は。いやはや、それは驚いた」
「・・・・・」
「ああ、すまないね。ふふ。つい笑ってしまった。君も物好きだね。あんな欲深な女の娘のどこが―――――」
カチャ
「ヒッ!?」
「それ以上その口開いてみろ。お前の体、爪も残さず消し飛ばしてやるからな」
俺は男の額にビームガンを当てて凄む。
「そ、そんなことをして、たっ、タダで済むと思ってるのか!?」
男は半ばパニックで俺に叫んだ。うるさい男だ。
ビシュッ!
「!?」
男の顔にビームが当たるすれすれでビームを放つ。これで少しは静かになるだろう。窓ガラスが一枚割れていたが気にすることは無い。
「シャルルはな・・・お前の為に自分を殺して男のフリまでして!IS学園に来たんだ。この会社と、お前の為にだ!そんなお前の娘を、お前は!」
怒りが再び込み上げてくる。こいつがシャルルを自分の都合に巻き込んで・・・!許さない!
引き金を引こうとするが、引けなかった。引けるわけがない。ここでこの男を殺してしまえば、シャルルは本当に一人になってしまう。これ以上、シャルルの悲しむ顔は見たくない。
「・・・くそっ」
俺は右腕だけ展開していたG−soulを解除し、立ち上がって出口へ向かう。
「とにかく、その設計図は渡します。だけど、こんど何かシャルルが悲しむようなことをしてみろ。俺はお前を絶対に許さないからな」
俺はそう言い残してデュノア社を去った。
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