IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜 |
「はあ、妹さん・・・・・」
「一年生の・・・・・」
とりあえず話を聞くことになり、一夏は再び俺と楯無さんにお茶を入れてくれた。
「そう。名前は更識簪ちゃん。あ、これ写真ね」
楯無さんが見せてくれた携帯電話の画面にはどこか陰りがある少女が写っていた。
(これが楯無さんの妹さんか・・・。にしては―――――)
「あのね、私が言ったって絶対言わないでほしいんだけど・・・・・」
「「?」」
「絶対絶対ぜーったいに! 言わないでね?」
しつこいくらいの前置きをする楯無さん。普段からは想像できない姿だ。
「妹って、その・・・・・ちょっとネガティブっていうか、ええと・・・・・」
ものすごく慎重に言葉を選んでらっしゃる。相当言いずらいのだろうか。
「暗いのよ」
おわー、ばっさり言いおった。
「そ、そうですか」
「そ、それはそれは」
「でもね、実力はあるんだよ。だから専用機持ちなんだけど―――――」
「けど?」
「専用機がないのよねぇ」
「は?」
一夏が首を捻る。しかし俺はピンと来た。
「あ、もしかして、その楯無さんの妹さんって、専用機持ちが参加するイベントをいつも欠席してる四組の専用機持ちの子ですか?」
いつかセシリアが話していたことを思い出した。確かあれは鈴が転校してきた当日だったか。
『一組の他に四組にも専用機持ちがいる』的なやつだったな。
「そう。それが簪ちゃんなの」
「でも、どうして専用機が無いんですか? それじゃあ専用機持ちって言わないんじゃあ・・・?」
「あのね・・・、これって一夏くんのせいなのよ」
「「へ?」」
俺は一夏の方を見る。だが、一夏は心当たりはないと首を横に振った。
「簪ちゃんの専用機の開発元って倉持技研なのよ」
そして俺は再びピンと来た。
「ああ、白式の開発元の」
「うん。白式の方に人員を全部まわしちゃってるから、未だに完成してないのよ」
「なるほど・・・・・」
「なるほどって、お前な。それもこれも一夏のせいだぞ?」
「う・・・・・」
言葉を詰まらせる一夏はさておき、俺は話を本題に戻した。
「それで? その妹を頼むっていうのは?」
「うん。実は昨日のキャノンボール・ファストの襲撃を受けて、各専用機持ちたちのレベルアップを図るために今度全学年合同のタッグマッチをやるんだ」
「ほお、タッグマッチ」
「それで?」
そして、楯無さんは畳んでいた扇子を横にして手を合わせ、俺達に頭を下げてきた。
「お願いっ! そのタッグマッチで一夏くんか瑛斗くんのどっちか簪ちゃんとペアを組んであげて!」
「ちょ、ちょっとちょっと楯無さん」
「頭を上げてくださいよ。そこまで頼み込まなくてもやりますって」
二人であわてて楯無さんをなだめる。普段こっちを振り回してくるようなこの人がここまで頼んで来るのだ。断るわけにはいかない。
「え、ほ、本当? じゃあ・・・いいの?」
楯無さんが上目遣いでこっちを見てくる。
俺と一夏はこくりと頷いた。
「さて、じゃあどっちが行く? やっぱり俺が行った方がいいのか?」
一夏が提案する。だが俺は異議を唱えた。
「いや、ここは俺が行く。ISのことならお前よりかは知識があるし、第一、自分の専用機の開発を邪魔してくれてるようなヤツとペアは組みたくないだろうよ」
「うぐっ、悔しいけど正論・・・・・」
「そういうわけだ。楯無さん、あなたの妹の面倒は俺が責任を持って見ます」
「わかった。けど・・・、極力私の名前はださないでね」
「え? どうしてです?」
「あの子・・・・・私に対して引け目があるっていうか・・・・・・その・・・・・・」
今度は一夏がピンと来たようだ。
「妹さんと仲が良くない・・・・・とかですか?」
「うん・・・・・・」
シュンとなって頷く楯無さん。
どこかで見たことがあるような感じがする。
「箒と篠ノ之博士か・・・・・」
「箒と束さんか・・・・・」
どうやら一夏も同じことを考えたようだ。
あの二人も、こんな感じだろう。不仲をなんとかしようと策を講じる姉、それに反発する妹。
箒のやつは専用機まで用意してもらったのに博士への態度は変わっていないらしい。
「まあ、でも、大丈夫ですよ楯無さん。楯無さんは寮に妙な薬を蔓延させたりしないじゃないですか」
「え?」
楯無さんにそう言ったら、一夏が俺の服の襟を引っ張って俺を後ろに向かせた。
(バカ! アレは俺とお前、それと千冬姉と山田先生しか知らないんだぞ!)
(わ、悪い悪い)
そういえばそうだった。
「い、いえ! 何でもないです! な、なあ!? 一夏!?」
「そ、そうですよ! 何でもないです! 何でもありません!」
あははあははと笑ってごまかす。
「そ、そう? とにかく、簪ちゃんのこと、お願いね?」
「はいっ! 任せてください!」
ドンッと俺は自分の胸を叩く。
「うん。でも、無理はしないでね?」
そう言って楯無さんは部屋を出て言った。そして俺達はふぅっと息をはく。
「なんか・・・・・いつもと違ったな。楯無さん」
「ああ。なんつーか、相当悩んでたな、ありゃ」
マイペースで我が道を行くが地のあの人があそこまで悩むとは。
「まあ、それよりも、分かってるな?」
「・・・・・分かってるよ」
一夏はある一点を見てため息をつく。
「代わりのドアの申請、だろ?」
「そゆこと」
「・・・・・・・・・・」
明かりもない部屋で、一人マドカは右手の包帯を交換していた。
活性化治療ナノマシンの多量使用によって傷口は完全に塞がっている。使用済みの注射器が室内には散乱していた。
「入るわよ、エム」
ノックも無しに部屋に入ってきたのは、同じく亡国機業に身を寄せるスコールだった。
豊かな金髪が歩くたびに美しく揺れる。
「昨日の無断接触だけど、説明してくれる? 織斑マドカさん」
「・・・・・・・・」
ニコニコとした表情を崩さないスコール。それに対して、マドカは一瞥をしただけで、再び手を動かし始める。
「あなたにとっては劇的な出会いであっても、こちらは困るのよ。あまり無軌道に動かれるとね」
「・・・・・・・分かっている」
「あなたの任務は各国のISの強奪。それ以外のことにあまりISを使うようなら―――――」
ドンッ!
爆発音が響き、ベッドの隣にあったサイドテーブルが医療キットごと吹き飛ぶ。
次の瞬間、マドカは首を絞められた状態で壁に押し付けられていた。
「―――――。ふふっ、さすがに良い反応ね」
微笑むスコールの背中には、射撃ビットがいつでも発射できる状態で向けられている。
「・・・・・・・・・・・・・」
拘束がとかれたマドカはベッドに降りる。スコールも、ISを解除してマドカの横に座る。二人分の体重を受けたベッドがぎしりと音を立てた。
「ねえ、エム? あなたが織斑マドカであろうとなかろうと、亡国機業にいる間はあなたはエムよ。それを忘れないでちょうだいね?」
「・・・・・・・・・決着をつけるまではそのつもりだ」
「決着・・・・・、織斑一夏との?」
「ふっ、あんな男はいつでも殺せる。私の目標は―――――」
「織斑千冬、でしょ?」
スコールはクスリと笑う。
「織斑千冬ねえ・・・・・。今はISを持ってるわけでもないし、それほど手こずる相手とは思えないけど?」
「侮るな・・・・・。お前などねえさんの足元にも及ばない・・・・・」
「はいはい。悪かったわ。だからそのナイフを投げるのをやめてちょうだい。壁紙に傷が付くわ」
「ふん・・・・・」
くだらない挑発にのったことを恥じるようにマドカは手に持ったナイフをしまう。
「それじゃあ私はもう一眠りさせてもらうとするわ。ああ、エム、次の任務まで時間がかかるわ。それまでは自重して頂戴ね」
「わかった」
「素直な子は好きよ。それじゃあね、エム」
来たときと同様に自分の用件だけ言ってスコールは部屋を出て行った。
マドカはベッドから立ち上がった。
「?」
ふと、散らかった医療キットのケースに紙が挟まっていることに気づいた。
「・・・・・・・・・・・」
それを手に取り、メモ書きのような文章を読む。
『くれぐれも桐野瑛斗には手を出さないでね。もし万が一彼を―――――』
「・・・・・・・・」
そこまで読んでマドカはそのメモを破り捨てた。
自分には桐野瑛斗など関係ない、そう判断したからだ。
(だが・・・、なぜスコールはあれほど桐野瑛斗に固執する?)
考えても答えが出ない疑問を振り払うようにマドカはもう一度ナイフを取り出し、自分の頬にそれを当てた。
皮膚が切れ、真っ赤な血が溢れだす。
千冬に良く似た顔を傷つけることで、マドカは言い知れぬ興奮を覚えていた。
うっとりとした表情が、ナイフの側面には映し出されていたのだった。
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