IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜
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「スラスター出力・・・・・チェック」

 

第六アリーナのピットで自機の打鉄弐式のコンソールを開きながら、全ての数値に目を通す。

 

本音が手伝ってくれたおかげで、機体構築はおおいにはかどった。おそらく二年生になったら姉である虚と同じように整備科に行くのだろう。

 

(それに・・・・・・)

 

瑛斗もとても役に立った。

 

彼はISの研究員としての能力を申し分なく発揮し、簪では思いつかないような意見で簪のシステム調整にアドバイスをくれた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

しかし、それよりも何よりも瑛斗の存在自体が大きかったのかもしれない。

 

(な、何・・・・・・・考えてるの・・・・・私・・・・・・・)

 

赤くなりそうな頬をごしごしと擦って誤魔化す。

 

すると、瑛斗がプライベート・チャンネルを開いた。

 

『どうだ? 行けるか?』

 

「う、うん・・・・・・」

 

『じゃあ俺が先に行くから、タワーの頂上で合流しよう』

 

「わ、わかった・・・・・・」

 

簪は腰を落として偏向重力方カタパルトに両足をセットする。

 

空中投影ディスプレイに『Ready』の文字が表示され、それが『Go』に変わった瞬間、簪は一気に機体を加速。第六アリーナの空へと飛びだした。

 

(機体制御は・・・・・・大丈夫・・・。あとは・・・ハイパーセンサーの・・・・・接続、連動)

 

ピピッとハイパーセンサーがG−soulを補足する。

 

瑛斗の横顔がアップで映ると、簪はついついドキッとしてしまう。

 

(お、落ち着いて・・・・・集中・・・・・・集中・・・・・・・)

 

背部スラスターの出力特性に気をつけながら簪は加速する。

 

(姿勢保持スラスターには問題・・・・・なし・・・。加速時のシールドバリアーを試験展開・・・)

 

コンソールを呼び出し、試運転する。

 

特に問題ないはずの動作のはずだったが、実際にシールドバリアーを展開すると、いきなり機体ががくんと揺れて止まった。

 

「・・・?」

 

おかしいなと思い、さらにディスプレイを呼び出して現在の各種パラメータを確認する。

 

(シールドバリアーが展開時に相互干渉・・・・・。それでPICが反転・・・・・・・)

 

どうやら腕部のシールドバリアー発生装置に問題があるようで、簪は展開を一時停止し、飛行システムの再検査を行った。

 

瑛斗と合流するころにはその作業はほとんど終わりを迎えていた。

 

「よっ」

 

瑛斗がひょいっと手をあげる。

 

簪はそれにどう反応したらいいのかわからず、とりあえずコクリと頷いておく。

 

「どうよ? 機体の方は?」

 

「大丈夫・・・・・・・」

 

「そっか。そいつは何よりだ」

 

にっと笑う瑛斗が眩しくて、簪は慌てて目を逸らす。

 

「じゃ、じゃあ・・・・・戻るから・・・・・」

 

これ以上、ここに二人だけでいたら何かがおかしくなってしまいそうな気がして、簪は瑛斗の返事を待たずに先に急降下を始めた。

 

「ふぅん。やっぱはえーな。セシリアのブルー・ティアーズと同じくらいか?」

 

「た、たぶん・・・・・・データ上は・・・・・・・」

 

ドギマギとしながら答える簪。

 

その体はまるで瑛斗から逃げるように速度を上げていく。

 

(・・・・・・・あん?)

 

簪の後ろを飛んでいた瑛斗はふとおかしなことに気づく。

 

簪の駆る打鉄弐式、その脚部スラスターのジェットの炎がぱっ・・・・・ぱぱっ・・・・・とちらついているのである。

 

(なんか・・・・・変だぞ?)

 

「かん――――――」

 

ボウン!

 

「「!?」」

 

瑛斗が簪に確認の通信を送ろうとした矢先、打鉄弐式の右脚部スラスターが爆発した。

 

突然の爆発衝撃とブースターの片方を失ったことによる姿勢崩壊で簪は機体ごと大きく傾いて中央タワーの外壁へと一直線に突き進む。

 

「簪さん!」

 

(反重力制御が利かない・・・・・・・!? ど、どうして―――――――)

 

ディスプレイに浮かぶ『エラー』と『警告』の文字。一気にシステムダウンを起こした打鉄弐式にタワーの外壁が迫る。

 

「ッ―――――――!!」

 

反射的に目を閉じる簪。その時、強い声が突き刺さるように飛んできた。

 

「簪ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

ビームウイングを展開し、瞬時加速によるさらなる加速で瑛斗は簪と壁の間に割り込む。

 

(あ・・・・・・・)

 

簪の体を抱きしめ、背中から外壁に衝突する。

 

「がぁ・・・・・っ!」

 

ISの操縦者保護があるとはいえ、衝撃を完全に殺すことができず、瑛斗は苦痛に顔を歪める。

 

「き・・・・・きりの・・・・・・・・・くん・・・・・・」

 

「は、はは・・・・・。よう・・・ケガぁ・・・・・してねぇか・・・・・・?ちなみに俺はありえんくらい痛え・・・・・・・」

 

そう言って不器用な笑顔を見せる瑛斗が、簪の目にはヒーローように見えた。

 

場を和ませるための冗談も、簪の耳にはたまらなく格好良く聞こえた。

 

「あ、あ・・・・・・あの・・・・・・・、あの・・・・・・・・・っ」

 

「簪はどこもケガしてないな?」

 

「え・・・・・・? う、うん・・・・・・・」

 

「そうか。なら良い」

 

まだ体を痛みが走っている瑛斗は、片目を閉じて壁から体を引きはがす。

 

ビームウイングがビームソードと同質のもののため、外壁には、凹みの他にも二つの大きな穴が開いていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

瑛斗の腕に抱かれたまま、簪は自分の心臓が痛いくらいに高鳴っているのを自覚する。

 

初めて密着する男子の体。しかし、嫌いではない。それはきっと、相手が瑛斗だからだろうと、簪は奥手ながらに思った。

 

『ちょ、ちょっと! そこの生徒! なにが起きたの!? こっちにはタワー破損の表示が出てるんだけど!?』

 

「あ、はい。えっと、IS訓練中の事故です。俺は一年一組の桐野瑛斗です」

 

「い、一年・・・・・・四組の、更識簪・・・・・・です」

 

『事故!? 怪我してないわよね!? 大丈夫なの!?』

 

わーわーとまくし立てているのは、数学担当教師のエドワース・フランシィだった。

 

ちなみに、彼女はカナダ出身の二十五歳で、絶賛彼氏募集中。趣味は盆栽である。

 

「えっと、とりあえず怪我はしてないんで、そのままピットに戻ります。下で待っててください」

 

『お、オーケー。じゃあ、気をつけて下りてらっしゃい』

 

通信が切れたのを確認すると、瑛斗は簪を抱いたまま降下し始めた。

 

「またシステムエラーが起きたらたまったもんじゃないからな。このまま下りるぞ」

 

「う、うん・・・・・・・」

 

こくん・・・・・・と小さく頷いた簪は、そのまま黙ってしまう。

 

その頬は夕日と同じように茜色に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー・・・・・やっぱりというか。当たり前というか、報告書提出か・・・・・・」

 

ピットに戻った俺達は、先生に事情を説明して体に問題が無いかチェックされた後、レポート用紙十枚分に相当する紙束を渡された。

 

「ツクヨミで散々っぱらこういうのはやってたから苦手じゃないけど、ただただ面倒なんだよなぁ」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

簪さんがなんだか申し訳なさげに俺を見ている。

 

「ん? どうした?」

 

「あ、あ・・・・・の・・・・・、私の・・・・・・せいで・・・・・、ご、ごめんなさい・・・」

 

「なぁに。気にするこたぁねえさ。機体の事故じゃどうしようもねえって」

 

「う・・・・・・・・・」

 

俺がそう言うと、簪さんは両手をギュッと握って俯いてしまった。

 

(あー、やっぱりショックだったんだろうな・・・・・。自分で調整してきた機体で事故を起こしたんだもんな。無理ないか・・・・・)

 

命にかかわるようなことにならなくて良かった。

 

そんで、これで簪さんが独力の限界を知ってくれたら今よりももっと成長するはずだ。

 

「なあよ」

 

「な・・・・・・なに・・・・・?」

 

「やっぱ整備科の人たちに手伝ってもらわねえか?」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「もうタッグマッチまで一週間しかない。ここは安全第一で――――――」

 

「う・・・・・・・、うん。そう・・・する・・・・・」

 

「えっ?」

 

こくんと素直な返事に俺は面食らってしまう。

 

てっきり、無言で拒否するか、「イヤ・・・・・」とか言うと思ってたから。

 

「えーと、のほほんさんはオッケーとして、黛さんにも声をかけてみるか」

 

「し、知り合いなの・・・・・・?」

 

「ん、まあ・・・少なからず?」

 

「そ・・・・・そう・・・・・・なんだ」

 

? 気のせいか、一瞬簪さんがムスッとしたように見えたんだが?

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

あれ? 気がついたら会話がなくなってるぞ?

 

さっきまでわーわーと騒いでいたエドワース先生もいなくなって、静まり返ったピットに二人きり。

 

そりゃ会話もなくなるわ。

 

「あー、アレだ・・・・・・・」

 

ダメだ。アレだって言ったけどなんも話題がない。どうしたもんか。

 

「あ、あのっ・・・・・・・」

 

「?」

 

ぎゅうっと両手を握った簪さんが俺の前に迫ってくる。

 

「ありがっ! ・・・・・・・とう」

 

「な、なんて?」

 

「あ、あの・・・・・ありが、とう・・・。助けて・・・・・くれて」

 

「なんだよ。そんなことか。当たり前だろ? 目の前の女の子一人助けられなくて何が男か!」

 

立ち上がってグッと拳を握る。

 

「・・・・・・・・・・」

 

そんな俺を簪さんはじーっと見つめてくる。なんだろうか?

 

「・・・・・・格好、いい・・・・・」

 

「へ?」

 

「なんでも・・・ない・・・・・・」

 

「? そうか」

 

ふと外を見れば、すっかり暗くなっていた。

 

ISを解除して十分ほど経つので、大分体も冷えてきた。

 

「そろそろ戻るか。このままここにいても風邪ひくだけだし」

 

「う、うん・・・・・」

 

返事はするが歩き出さない簪さん。

 

「どうした? 簪さん?」

 

「・・・・・・らない」

 

「うん?」

 

「さ、さんは・・・・・・・いら、ない」

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・」

 

「・・・わかった。行こうぜ。簪」

 

「・・・・う、うん!」

 

俺は簪さ・・・・・じゃねえや。簪と一緒にピットを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「これで・・・・・・よしと! うん。できた」

 

就寝前。俺は自室のノートパソコンからあるデータを引き出してUSBメモリに入れていた。

 

そのデータというのはG−soulのGメモリーの一つ、『フラスティア』の稼働データだ。

 

「これを明日、簪に渡せば打鉄弐式はもっと強くなれる」

 

メモリを引き抜いてテーブルの上に置く。

 

そして俺はベッドに仰向けに倒れる。

 

(さんはいらない・・・か。心の距離が縮まった証拠だな)

 

コンコン

 

「ん? こんな時間に誰だ?」

 

ドアがノックされたので俺はとりあえずドアを開けた。

 

ガチャ

 

「やあ」

 

「おやすみなさい」

 

「まあ、待ちなさいって」

 

やって来たのはフリーダム生徒会長の更識楯無さん。今宵も何かとめんどくさそうだ。

 

「で、何しに来たんですか?」

 

「うーん、特に用はないけど、経過を聞きに来たの」

 

「そういうことですか」

 

「で、どうどう?」

 

「あー、何か、呼び捨てでいい。って言われました」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「楯無さん?」

 

突然、楯無さんがフリーズした。顔は笑顔のまま、体は微動だにしていない。

 

「楯無さん? 楯無さーん?」

 

目の前で手を振る。

 

「えっ、あ、ああ。そ、そう。よかったわね。仲良くなれたんだ。おねーさん嬉しい」

 

なぜか俺の頭を撫で繰り回してきた。

 

「そうだ。お土産のクッキー。貰ってちょうだい」

 

そう言って楯無さんは抹茶クッキー的な緑色のクッキーが入った小さな籠を俺に渡した。

 

「えー? 今度はなんですか? 唐辛子ですか?」

 

以前、あんなことがあった手前、俺は警戒してしまう。

 

「やーねー。そんなことあるわけないじゃない」

 

「んー、まあ、もらいますけど」

 

俺がクッキーが入った籠をテーブルに置くと、楯無さんは窓の外を怪訝そうな顔で見た。

 

「え? 何・・・アレ?」

 

「アレ?」

 

俺も振り返って窓を見るが、これと言っておかしなところはない。

 

「何が見えたんですか?」

 

「私もよくわからないけど、多分気のせいね。もう帰って寝るわ」

 

「そうですか。是非そうしてください」

 

「うん。じゃーねー」

 

言って立ち上がり、楯無さんはまた止まる。

 

「あ、そうだ。私のペア、箒ちゃんだから」

 

「そうですか・・・・・って、え?」

 

聞き違いだろうか? いま、楯無さん、箒って言ったような・・・・・?

 

「じゃ、おやすみー」

 

そのまま楯無さんはさっさと行ってしまった。

 

「ま、まさかな。箒が楯無さんと組むなんて、ないない」

 

まったく、あの人の冗談は本当に聞こえるから質が悪い。

 

俺はクッキーを無意識に一枚手に取り、口に運んだ。

 

はむ。もぐもぐ・・・・・・。

 

「ぶばあああああああああああああ!?!?!?」

 

「あはははは! 引っかかったぁー! じつはそれはワサビを大量に練り込んだクッキーなのだー!」

 

「楯無ゴラァッ!!」

 

俺は怒りのあまりビームガンをコールしてドアの隙間から顔を覗かせている楯無さんに銃口を向けた。

 

「きゃー」

 

楯無さんは悪戯に成功したのがよほどうれしいのか、高笑いしながら逃げていった。

 

「ち、ちくしょうめ・・・・・! マスタードの次はワサビかよ・・・・・・・!」

 

俺はワサビクッキーをとりあえず粉みじんに砕いて、ビニール袋に入れてゴミ箱にブチ込んだ。

 

「あの生徒会長め・・・。いつか一泡ふかせてやる・・・・・・・!」

 

そう固く誓い、俺は再び歯を磨きに洗面所へ行った。

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『さん』はいらない・・・・・
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