IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜 |
「ん・・・・・・・・」
朝が来た。簪は布団の中でもぞもぞと動いた。
今日は専用機持ち達によるタッグマッチトーナメントが行われる。
「・・・・・・・・・」
今日は、がんばらないと。
そう考える・・・・・・。心が追いついてこなくとも。
簪の心は昨夜の一件で酷く打ちひしがれていた。
今日のトーナメントも、勝ち進んでいけば当然楯無と当たることになる。
簪はそれが嫌で仕方なかった。
「う・・・・・・・」
ズキン
胸が痛む。
こんな時、ヒーローがいてくれたら―――――――――
きっと完全無欠のヒーローなら、こんなことではへこたれることは無い。
だけど、自分は違う―――――――
昨日のことを思い出すだけで、簪の心は挫けそうになる。
事実、今も簪の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
(あ・・・れ・・・・・?)
ふと、あることに気づき、ムクリと体を起こし、キョロキョロと周囲を見渡す。
「ここ・・・・・どこだっけ・・・・・・・」
目を覚ました部屋が自分の部屋とはちがうことに簪は気づいたのだ。
「ん〜・・・・・、もう食えねえって・・・・・」
「!?」
突然、横の方からベタすぎる寝言らしき声が聞こえた。
おそるおそる首を声のした方に向ける。
そこには、ベッドの縁に寄りかかり、毛布で身を包んだ・・・・・・・
「う・・・・・うそ・・・・・・・・」
簪のタッグパートナーである瑛斗が眠っていた。
(え・・・え・・・・・どうして・・・・・・・?)
半ばパニック状態で昨日の夜のことを思い出す。
(姉さんと薫子さんの話を聞いて・・・・・、走って・・・たら、桐野くんに・・・・・ぶつかって、それで・・・・・部屋に連れてきてもらって、全部話したら・・・肩、を・・・・・抱いて何かを言ってくれた・・・のは覚えてる・・・・・)
しかし、そこからのことは簪はいまいち覚えていない。瑛斗の声を聞いていたら、だんだんと意識が薄れていってしまったのだ。
結論からすると
簪は、瑛斗の部屋で、瑛斗のベッドで眠ってしまった。
ということになる。
「あ・・・ああ・・・・・・!」
顔が見る見る赤くなっていく。瑛斗を起こさないように、静かに、しかし素早く簪はベッドから抜け出した。
(へ・・・部屋に・・・・・か、帰らなくちゃ・・・・・・・)
時刻はまだ六時前。この時間に廊下を出歩いている人はいないはずだ。
簪はドアに向かう。
「あ・・・」
ふと、視界の端に昨日瑛斗に渡すはずだったカップケーキが入っているはずの紙袋が映った。
(渡しそびれちゃった・・・・・・・)
心の中でため息をつき、紙袋を手に取る。
「?」
しかし、それは思いのほか軽くなっていた。
「??」
中を覗いてみると、何と空っぽになっていた。
そして紙袋の裏には、『桐野くんへ』と書かれたカードが貼ってあるはずだったが、それも違うものになっていた。
「・・・・・・・・・・・」
『美味かったぞ』
笑顔の顔文字と共にそう書かれたカードが貼られていた。
(食べて・・・・・くれたんだ・・・・・・・・・)
そのことが、簪は嬉しかった。
簪は空っぽの紙袋をギュッと抱いて、眠っている瑛斗を見た。
「今日は・・・がんばるから・・・・・」
そっと囁いて、簪は部屋を出た。
「それでは、開会の挨拶を更識楯無生徒会長からしていただきます」
虚さんがそう言って、司会用のマイクスタンドから一歩下がる。
ちなみに、俺も一夏ものほほんさんも生徒会のメンバーなので虚さんの後ろに整列している。
「ふわぁ・・・ねっみー・・・・・」
「はわぁ・・・ねむねむ・・・・・」
「しっ、二人とも、教頭先生が睨んでる」
「うーっす・・・」
「うい〜・・・」
結局、昨日の夜は簪にベッドを譲って、俺はベッドの縁に寄りかかって寝た。微妙に寝心地が悪かったから、まだ微妙に眠い。
(そういや、俺が起きた時にはもう簪はいなくなってたけど、もう大丈夫かな・・・・・)
眼前に整列しているIS学園の生徒たちのどこかにいるであろう簪を捜そうと楯無さんが話しているのを聞き流しながら目を動かすが、ここからでは良く見えなかった。
「まあ、それはそれとして!」
(ん?)
ふいに、楯無さんがパンッと持っていた扇子を開いた。そこには『博徒』の文字。
「今日は生徒全員に楽しんでもらうために、生徒会である企画を考えました。名付けて『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』!」
わあああああっと整列していた生徒たちが一気に沸き上がった。
「って、それギャンブルじゃねえか!」
「桐野副会長、安心しなさい」
「は?」
「根回しはすでに終わってるから」
見れば、教師陣の誰一人も反対していない。ただ、織斑先生が一人頭を押さえているだけであった。
「それに賭けじゃありません。あくまで応援です。自分の食券を使ってそのレベルを示す。そして見事優勝ペアを当てた人に食券が配当されるのです」
「なるほど〜・・・って、だからそれがギャンブルだっつってんでしょうがっ!」
大体俺はそんな企画のことは一ミリたりとも聞いてねえぞ!
そう言おうとした矢先、一夏とのほほんさんが俺の肩に手をのせた。
「諦めろ瑛斗。俺も最初は反対したけど、こうなっちまった以上はしょうがない」
「だってー、きりりんってばぜんぜん生徒会に顔出さないしぃー」
「ぐっ・・・! そ、そりゃ確かに最近整備室に入り浸ってたけどよ・・・・・!」
なんてこったい。ここまで堂々とギャンブルが行われるなんて。
恐るべし、生徒会長。恐るべし、IS学園生徒の順応っぷり・・・!
「さて! 次はランダムに組まれたペアを発表しまーす!」
楯無さんがそう言うと、楯無さんの後ろに大型の空中投影ディスプレイが現れた。
そーいや、セシリアが言ってたな。一夏とペアを組むのは抽選になったって。
「さあ! あなたのペアは誰かなー!?」
ディスプレイに映し出されたルーレットが回りだし、ペアが決定される。
バン!
ルーレットが止まった。
「いやー、鈴とセシリアは本当に仲がいいよな」
「そうだな」
開会式が終わり、ISスーツに着替えに一夏と共に第四アリーナに向かっている。
結局、一夏は三年生でスイスの代表候補生のクレア・バーストンさんとペアを組むことになった。
あれほど一夏とペアになることを望んでいたセシリアは何の縁か鈴と組むことに。まあ、うすうすそんな感じはしてたんだけどな。
「・・・・・・・・・・・」
しかし、俺にとってはそんなことはどうでもいい。問題はトーナメントの組み合わせだ。
俺と簪のペアは第一試合で戦うことになった。相手はなんと・・・・・・・・。
(箒と楯無さんか・・・・・いきなりの大本命すぎるっつーの)
楯無さんの冗談だと思っていたが、あの人は本当に箒と組んだのだ。一体どうやって箒を引き入れたかは気になるところだが、今気がかりなのは簪だ。
(しょっぱなの試合から楯無さんと当たるからな・・・、色々心配だ・・・・・)
「・・・と、おい、瑛斗!」
「ん? おわっ!」
ガン!
いきなり壁に激突した。いかん。前をよく見ていなかった。
「っててて・・・」
「大丈夫か? さっきから怖い顔してっけど」
一夏が心配そうにこっちを見てくる。
「気にすんな。そんなことよりお前は自分の心配しろって。ペアさんの足引っ張るなよ?」
「わかってるよ。俺だってそうならないつもりだから」
一夏がグッと拳を握った。
「あ、おーい、二人ともー!」
すると、整備の時に大変お世話になった黛さんがたったかたーと走ってきた。
「あ、黛さん」
「どうしたんです?」
「みてみて。これ、オッズなんだけどね」
「「はあ」」
見せられた紙を見ると、やはり箒と楯無さんのペアがダントツの一位だった。ちなみに俺と一夏はというと・・・・・。
「げ・・・」
「同率の最下位て・・・・・」
「まあ、二人のペアは未知数だからしょうがないわね」
そういうもんなのか。
二番人気は二年と三年のペア。その次にシャルとラウラのペアだ。
「六組・・・・・、この学園って、専用機持ちが十二人いるんですね」
「そうよ。一年生だけでも八人。異常よ、異常。二年生も三年生も二人ずつしかいないのに。しかも最新型の第三世代機が何機いると思ってるの?」
「なんか、すごいですねぇ」
一夏がのんきな感じで言った。
「何言ってるの! 君たちのせいでしょ! 君たちの!」
ずびしっと指差された。あ・・・そう言えば、そうだった。
「それに篠ノ之さんなんて、第四世代相当な訳だし・・・・・」
「みたいですね」
「って、そんなことはどうでもいいの!」
いや、どうでもよくないだろ。とは言えないので、俺と一夏は沈黙する。
「ともかくね、試合前のコメントちょうだい! 私これから全員のところ回らなきゃいけないから、忙しいのよ! はい、ポーズ!」
カシャ! カシャ! と俺と一夏を別々に写真に収めると、今度はメモとペンを取り出した。
「写真はオッケー! コメント! はいっ!」
「え、ええっと・・・精一杯頑張ります」
やや焦り気味の一夏がコメントした。
「優勝するぜ! くらい言ってよー」
「いや、それは・・・・・」
「うーん、そうだ!」
数秒思案した黛さんが顎に手をやり、キリッとキメ顔をした。
「『俺に負けたら恋のハーレム奴隷だぜ』ってどう?」
「なんですかそれ!?」
「え、いやあ、姉さんがそのようなことを言ってたから」
「一夏・・・お前・・・・・」
俺は一夏にドン引きの視線を送る。この前のインタビューでそんなこと言ったんか・・・・・。
「ち、違う! 俺はそんなこと一言も言ってない!」
一夏が反論すると、黛さんがカラカラと笑った。
「冗談よ、冗談。 織斑くんって、からかうと面白いわね。たっちゃんの言った通り」
「勘弁してくださいよ・・・・・」
「ふふ。それじゃ、次は桐野くん」
マイクのようにペンを口の近くに近づけられた。
「あー・・・、いのちだいじにガンガンいこ――――――――」
――――――――――――ズドォオオオオン!!
「「「!?」」」
突然、地震のような揺れが俺達を襲った。
「きゃあ!?」
「あぶないっ!」
立て続けの揺れにバランスを崩した黛さんを一夏が抱き寄せる。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。ありがとう・・・」
「一体何が?」
バシャンッ! 派手な音を立てて廊下の電灯がすべて赤色に変化する。続けて、あちこちに表示されたディスプレイが『非常事態発生』の文字を告げていた。
『全生徒は非難シェルターへ! 繰り返す! 全生徒は―――――きゃあああっ!?』
緊急放送していた先生の声が不自然に途切れた。
続けて、さらに大きな衝撃が校舎を襲った。
「な、何!? なんなの!?」
黛さんが訳がわからないといったように取り乱す。
この感じ・・・・・、あの時と・・・!
「チッ!」
俺は気づいた時には動き出していた。
「瑛斗!?」
「桐野くん!?」
「一夏は黛さんを安全な場所へ! 俺は状況を確認してくる!」
そう吠えて、俺は猛然と駆け出した。
(同じだ・・・。ツクヨミの時と!)
俺の脳裏に、崩壊するツクヨミと所長の最期の姿がフラッシュバックする。
(もう嫌だ。あんな思いをするのは!)
「G−soul!!」
俺はG−soulを展開し、スラスターを噴かせる。
(俺は、もうあの時の無力な俺じゃない!)
今度は守ってみせる! 絶対に!
その想いを胸に、俺は廊下を疾駆した。
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